孤高の鳥

作者:蘇我真

 とある山奥に、滝に向かって剣を振る葵原・風流(蒼翠の五祝刀・e28315)の姿があった。
 五刀流を目指し、修行に明け暮れていたのだ。
 腕を振るうと刃が滝を切り、水飛沫が舞う。
 飛沫は晴天の光を浴びて虹色の彩りを見せる。
 その滝の上に、ビルシャナはいた。
 風流の下に影が差す。そのシルエットに気づいた風流が見上げる。
 大きい、それが風流の第一印象だった。
「ビルシャナ……! こんなところにまで、私を信者にしにきましたか!?」
「違う!!」
 ビルシャナはぴしゃりと断言する。威圧感のある胴間声が滝の轟音をかき消し、大気を震わせた。
「お前を、倒す。俺の目的はそれだけだ!!」
「信者など必要ない……そういうことですか」
 戦いの予感に風流は腰を落とし、戦闘の構えを取る。
 それとほぼ同時に、滝の上からビルシャナの身体が舞った。

「葵原風流がデウスエクスの襲撃を受けるようだ」
 予知を見た星友・瞬(ウェアライダーのヘリオライダー・en0065)がケルベロスの皆を招集する。
「本人に連絡を取ろうとしたのだが、修行か何かで電波の届かない森の奥にいるようだ。連絡がつかなかった」
 だが、今からヘリオンで急行すれば敵襲の直後に現場にたどり着けると瞬は説明する。
「敵はビルシャナ。ビルシャナの中でも大きい個体のようだ。ビルシャナボッチという名前だが、ボッチというのは一人という意味なのか、それともダイダラボッチから来ているのか……」
 瞬は腕を組み、首をひねっていたが直に考えることを放棄する。
「まあ、どちらでもいいか。とにかくビルシャナが風流を狙っている。場所は山奥、滝の下だ」
 足元には水が流れ、滑りやすいがケルベロスなら問題なく行動できるだろうと瞬は太鼓判を押す。
「ビルシャナボッチの攻撃方法は通常のビルシャナと変わりない。だが、巨体だけあって基礎能力の高い個体のようだ。ひとりで相手をするのは厳しいだろう」
 しかし、と瞬は首を横に振る。
「敵のビルシャナと違い、ケルベロスには友がいる。数は力だということを、示してやってほしい」
 そう締めくくり、瞬は頭を下げるのだった。


参加者
ガド・モデスティア(隻角の金牛・e01142)
源・那岐(疾風の舞姫・e01215)
ピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542)
朔望・月(桜月・e03199)
源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)
六・鹵(術者・e27523)
葵原・風流(蒼翠の五祝刀・e28315)
影守・吾連(影護・e38006)

■リプレイ

●小さきものたち
 上空から滑空しながら孔雀型の大炎を放つビルシャナボッチ。その一撃は、しかし葵原・風流(蒼翠の五祝刀・e28315)までは届かなかった。
「はぁっ!!」
 割り込むように飛び出してきた源・那岐(疾風の舞姫・e01215)が刀を大上段から振り下ろすと、孔雀型の炎は両断され風流の左右を通り抜けていく。
「ふぅ……」
 那岐は至近距離で炙られた肌に痛みを感じながらも、毅然と大空を舞うビルシャナボッチを見上げていた。
「同じ武人として、風流さんは絶対にお守りします!」
「風流、大丈夫か!?」
 同様に、ピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542)も前に出て仲間たちを護る盾となる。
「みなさん……ありがとうございます!」
 自らの窮地に駆けつけてくれたケルベロスの仲間たちに、風流は深く感謝する。
「どんな因縁があるのか僕は知らない、けど」
 灼熱が通り過ぎた大気を冷やすように、六・鹵(術者・e27523)が冷気を生み出していく。
「ケルベロスの危機なら、皆、力を貸すよ」
 鹵の背丈には不釣り合いである大きなライフル。その大口径から発射されるのは極寒の弾丸。これにビルシャナボッチも冷気で対抗する。
 八寒氷雪輪。八大地獄の名を冠する術の更に強大なものだ。互いに氷を撃ち合う。
 弾丸がビルシャナボッチに命中し、その着弾点から氷化させていくが、いかんせん身体が大きすぎる。一部分を凍らせても打撃を与えたという感触はない。
「いやー、なんなんでしょうね。この無駄にデカいビルシャナ」
 一方、風流はというと因縁は特にない様子だった。他人事な様子でビルシャナボッチを仰ぎ見ている。
「……ない、の?」
 いつもぼんやりとした様子の鹵だが、今回は特に間が合った。
「ないです」
「ないんかい! 直接狙ってくるとか、相応の何かがあるんやろ?」
「これっぽっちも」
 ガド・モデスティア(隻角の金牛・e01142)のツッコミに即答する風流。ですが、と続ける。
「ムダにでかい相手は気に食わないですね。私が小さいみたいじゃないですか!」
 140センチ台の身長で、反った胸もささやかだ。
「……わかる、その気持ちわかるわ」
 そこにはガドも謎の同意を見せる。
「どちらかというと……ビルシャナが風流さんを狙っているというより、風流さんがビルシャナを狙っているみたいだね」
 何かしら小さいことにコンプレックスがあるのだろうと悟って言葉を選ぶ源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)。気配りのできる男だった。
「こうして飛んでると竜みたいやな……ま、ええわ。落とさせてもらうとしますか!」
 ガドはその巨体へ噛み付けとばかりに気咬弾を放つ。
 狙い過たず、ビルシャナボッチの翼に直撃する。いくらかの羽毛が宙を舞い、ビルシャナボッチが着陸する。
「きゃあっ!」
 そう、それは着地ではなく着陸と形容すべき様相だった。
 地が揺れて、よろめく朔望・月(桜月・e03199)。舞い上がる粉塵を滝の水飛沫が払い落としていく。
「信者も仲間もなしというのも珍しいけど、こんだけデカイなら確かに独りで十分なんかな?」
 ガドの呟きに応えるようにビルシャナボッチは両翼を大きく広げた。
「ああそうだ! 俺は俺のやり方で、勝たせてもらう!!」
 閃光が、水飛沫の中を乱反射する。
「くっ……!」
 まばゆい光を、両翼で顔を覆い隠すことでガードしている影守・吾連(影護・e38006)。遠まきに布陣していたので被害はなかったが、その光を至近距離で浴びた前衛のケルベロスは避けようもなく手傷を負っていた。
「菩薩累乗会とは別のところで、こんなやつが一人でいたなんて……!」
 ビルシャナはネタばかりだが、本気になった者は厄介だ。認識を改める必要がありそうだ。
「それでも、ここできっちり倒さないとね!」
 吾連は近くの月へと目くばせし、行動を起こす。
「「星の力でっ!」」
「癒します!」「壊してやる!」
 回復役である月の力と、狙撃役である吾連の力、それぞれの星の力が重なる。降り注ぐ流星が結界となって目の眩んだ前衛たちを優しく包み込んだかと思えば、彗星のような吾連の飛び蹴りがビルシャナボッチの足をしたたかに打ちつけ、行動を阻害していく。
「ぬうっ、小癪な!!」
 翼ではたき落とそうとするビルシャナボッチだが、吾連は既に滑空して後方へと戻っている。
「小さい者には小さい者なりの戦い方があるということ、教えてやります!」
 そう宣言する流水。
 本格的な戦いが、火蓋を切った。

●絆の力
「おっと危な」
 樹々を飛び移るガド。先ほどまでいた場所を、孔雀炎が通過していく。
「森の中で火ぶっぱなすとか、山火事になったらどうすんねん」
「そんな後先のことなど、知ったことか!」
 炎でダメならば次は氷とばかりにビルシャナボッチは氷結輪を作り出す。すさまじい冷気で滝が一瞬にして凍りつく。
「孤独を気取っとるつもりやろうけど、態度までデカすぎて仲間はずれになっただけとちゃうんか?」
 ガドは木から跳躍すると、凍った滝を足場にして三角跳び、上空から攻撃を仕掛ける。
「呵呵ッ、心が猛ると気持ちがええねェ。穿たれ焦がされ……」
 朽ち果てた槍にバトルオーラと爆破の炎、更に身体の内から放たれた雷撃を纏わせ一直線に急降下していく。
「両方味わえ」
「ぬうっ!!」
 ビルシャナボッチは回避しようと巨体をよじるが避けきれない。片翼、黒羽根を槍が貫いていく。
「逃がさんで!」
 着地と同時に、両足に受けたその衝撃をエネルギーにした溜め斬りでビルシャナボッチの足を払い斬る。
「なんとっ!」
 翼を使わず、ビルシャナボッチは跳ねた。わずかに刃の切っ先がビルシャナボッチを掠めるだけに留まる。
「浅い、か。なるほど、もうちょい溜めがいるんやね」
「猪口才な……!」
「あなたの相手は私ですよ!」
 空中からの攻撃から地表スレスレの追撃と立体的な攻撃を仕掛けるガドに注意を向けるビルシャナボッチだが、那岐がそれを許さない。
 彼女の手によって創られた鮮やかな虹が、ビルシャナボッチの視界を占領する。
「貴様も……俺の破壊の邪魔をするな!」
「邪魔をしているのはあなたでしょう! 剣を究めようとする風流さんの邪魔を、これ以上させません!」
 雷の如き刺突。幾枚かの羽根が舞う。
「そうそう。風流ちゃんを倒したかったらまずは僕たちを倒してみてよ。全力で、生き延びるけどね?」
 ピジョンも那岐と共に立ち並び、どこか飄々とその様子を眺めている。
「敵は翼を広げることで能力を発動しているようです!」
 後衛から月の声が飛ぶ。敵の動きをつぶさに観察し、攻撃の予兆や癖、弱点を把握しようと心がけていた。
「なるほど、じゃあ武器を封じるにはそのウイングからってことだね」
 ピジョンはファミリアロッドを振る。
「これが数の力だ!」
 杖の先端から放たれた理力のオーラがビルシャナボッチの手羽を封じ、開閉を禁じていく。
「了解っ!」
 更にそこへ瑠璃の斉天截拳撃が叩き込まれる。先ほど槍で貫かれた片翼とは反対側、もう片方の翼を粉砕した。
「いいですよ、瑠璃!」
 義姉の那岐は瑠璃の攻撃が効いているのを、我が事のように喜ぶ。だが、ビルシャナボッチは余裕の態度を崩そうとしない。
「それで阻害したつもりか? 俺の道は……俺の生き方は、何者にも束縛できぬ!」
 ビルシャナボッチの背後から後光が差す。月が展開した前衛への聖域を、純白が塗りつぶした。
「壊すというのなら、再び組み上げるまでです!」
 月はとつとつと歌い上げる。
「わたしは歌う。わたしは願う。あなたへと繋がる『奇跡』があるならば、いつか。たどり着くその未来に。この歌が、祈りが、届くように」
 願い歌は奇跡を乗せて、一番被害の大きかった瑠璃を癒していく。
「僕、ビルシャナは嫌いではないですよ。行きすぎたり歪んだりは多いですけれど、どのビルシャナも、とても情熱的な方々ですから」
 そのこだわり、ひたむきさには元気をもらうこともあると月は好意的な言葉を述べる。
「あなたには好きに生きる権利があります。ですけれど……」
 月はビルシャナボッチを見上げ、毅然と言い放った。
「僕や葵原さんにも同様に、好きに生きる権利があります。大切な仲間を踏みにじろうとするのならば、戦うまでです!」
「何が仲間だ! 群れることしかできぬ羽虫どもが! おまえらなど、俺が啄んでくれる!」
 ビルシャナボッチのくちばしが大きく開かれる。気合と共に両翼が開かれてひときわ大きな炎が生み出されていく。凍った滝が溶け、また流れ出すほどだ。
「孤高を名乗るのもいい。だけど、ひとりの力がどんなに強くたって、皆の力を併せれば、充分越えられる!!」
 その威容に屈せず、瑠璃は螺旋の力を練り上げ、掌で叩き込む。その威力で炎が掻き消え、ビルシャナボッチの無防備な胴体が露わになった。
「絆の力、存分にその身に浴びて、風流さんを襲ったこと、後悔するといいよ!!」
 上空からガドが、地上からは風流が疾駆する。
「数を頼みにかかってきても、所詮は烏合の衆よ!」
 ビルシャナボッチは右の翼でガドをはたき落とし、左の翼で風流を払いのける。
 つもりだった。
「………」
 口をもごもごと動かし、口内で古代魔法を詠唱をしていた鹵。彼の足元に浮かんだ光芒、魔法陣がビルシャナボッチの右の翼を完全に石化させていた。
「このガキ、いつの間に……!?」
「ガキ、か……ま、べつにいい、けど」
 口惜し気なビルシャナボッチの負け惜しみにも、鹵の反応は薄い。今この瞬間は、鹵の方がビルシャナボッチより大きく見えた。
「そんでもって、もう片方は……フクロウたちの止まり木にってね」
 吾連が召喚したフクロウの幻影たちが、ビルシャナボッチの左の翼へと群がっていく。
 爪が、クチバシが、鳥葬さながらに肉を引き裂き、貪っていた。
「この術はね、とある友達と出会わなかったら生まれなかったんだ」
 それはとても大切な友達で。
「ひとりじゃ得られない力、見せてあげるよ」
 ジグザグにつけられた傷がうずく。動けないビルシャナボッチへ、風流とガドの獲物が迫る。
「ガドさん、行きましょう!」
「あいよっ! さっきので溜め具合はわかった、もうミスらん!!」
 太刀と槍、二筋の軌跡がビルシャナボッチの身体を中心に交差する。
「そんな、馬鹿な……これが、数の力とでも……」
 ビルシャナボッチは力を失い、前のめりに倒れていく。
 首が滝つぼに突っ込み、派手な水飛沫を上げる。
 上空にかかる虹は、絆の力が強大な敵を打ち倒した証拠でもあった。

作者:蘇我真 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年4月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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