ドラゴニック・ロアー

作者:月夜野サクラ

 陽炎揺らめく夏の街を、おぞましい咆哮が貫いた。
 衝撃に震えるビルを巨大な尾が掠めると、その外壁は砂の城のようにぼろぼろと剥がれて地に落ちる。
 真昼の繁華街は悲鳴と混乱の只中にあった。地震の如く大地を揺るがし、行く手に並ぶ建物を押し潰しながら、『それ』は真っ直ぐに此方へ向かってくる。
 蒼く輝く極北の氷のような鱗に、深海の如き群青の眸。尖った鼻先から漏れる吐息は恐ろしく冷えて、降る陽射しすらも凍らせる。
「グオオオオオオン!!」
 力の入らぬ翼をばたつかせ、竜はもどかしげに慟哭した。
 這いずり、壊し、手頃な命を喰らっても、この空を翔ぶにはまだ足りない。枯渇した力の源を求め、竜は貪欲に全てを喰らい尽くしてゆく。

●氷竜、吼える
「ドラゴンの復活が、予見されました」
 単刀直入に告げて、ヘリオライダーの少女――セリカ・リュミエールは言葉を切った。落ちた金髪を長い耳に掛ける仕種は落ち着いていたが、どこか緊張しているようにも映る。集まったケルベロス達を見渡して、確かめるように少女は紡いだ。
「先の大戦末期に、オラトリオによって封印されたドラゴン達です」
 巨大な翼で空を舞い、あらゆる存在を喰らって進化する究極のデウスエクス――ドラゴン。
 封印から醒めたドラゴンはグラビティ・チェインの不足により飛べなくなった身体を引き摺りながら、街を破壊し、人々を喰らわんとするだろう。そして殺戮によって得たグラビティ・チェインで再び空を舞うその時、彼らは本来の力を取り戻す。
 そうなる前に彼らを撃破して欲しいのだと、セリカは言った。
「皆さんに向かって頂きたいのは、ここ」
 白い指が示したのは、関東は房総半島某所。人口三十万程の地方都市の中枢に、そのドラゴンは蘇る。
「凍てつく氷のブレスを吐く蒼い鱗のドラゴンで、数は一体だけです。空を飛べないほど弱体化してはいますが、相手は巨大なドラゴン……くれぐれも、気をつけて下さいね」
 市民には避難勧告を出すよう、既に手は廻してある。街は最悪破壊されても『ヒール』によって復旧することが可能なため、まずはドラゴンの撃破を最優先に行動するのが良いだろう。どのように立ち回るかはお任せしますと、そう言ってセリカは唇を結んだ。
「相手に不足はなし、ですね」
 呟くように言って、暁月・ミコトは立ち上がる。朝風に浮いたポニーテールを背に流し、娘は仲間達を振り返った。
「楽な相手ではなさそうですが、頑張りましょう」
 罪なき人々の命が無碍に散らされて行くのを、許すわけには行かないから。
 蘇る竜を討つべくして、ケルベロス達は封印の地に赴くのであった。


参加者
四垂・ミソラ(ドラゴニアンの鎧装騎兵・e00473)
フランツ・サッハートルテ(シュピッツショコラーデ・e00975)
大神・凛(ドラゴニアンの刀剣士・e01645)
ココット・フェルナンド(福音は何時の日か・e01804)
花月・ロゥロゥ(太陽と月の尻尾・e02190)
アルセウス・アイゼンファウスト(機竜のタマゴ・e02255)
森沢・志成(地球人のガンスリンガー・e02572)
バルドロア・ドレッドノート(ガンシップドラグーン・e03610)

■リプレイ

●KERBEROS,DEBUT!
 プロペラの羽音がやけに五月蝿く耳につくのは、戦いを間近に控えた緊張感からであろうか。押し入ってくる風の強さに現場上空が近いことを知り、四垂・ミソラ(ドラゴニアンの鎧装騎兵・e00473)は席を立つ。
「さ、て。張り切ってまいりましょうか」
 相対するは氷の巨竜。永い眠りから覚めたばかりとはいえ、侮り難い相手だ――気を引き締めて掛からねば此方が痛手を負いかねない。吐息ひとつ、読書の手を止めて、フランツ・サッハートルテ(シュピッツショコラーデ・e00975)は開け放たれた扉の先に目を向ける。
「小細工はなしだ。全員一丸、正面から止めさせてもらう」
 一分の迷いもない足取りで、向かう先は空の入り口。強風に顔をしかめながらも、大神・凛(ドラゴニアンの刀剣士・e01645)はどこか愉しげに口角を上げた。
「確かに大きいドラゴンだな」
 広がるビル街の底に這うのは、蒼く巨大な背中と尾――相手にとって不足はない。行くぞと振り返って見れば、八人の仲間達が力強く呼応する。
「ポジションは打ち合わせ通りでお願いっす。一緒にがんばろー!」
「了解です」
 花月・ロゥロゥ(太陽と月の尻尾・e02190)がぱしりとコートの背を叩くのに応えて、暁月・ミコト(地球人のブレイズキャリバー・en0027)は淡々と頷いた。一方で開いたドアにしがみ付くように外を覗き込み、森沢・志成(地球人のガンスリンガー・e02572)はごくりと唾を飲む。実戦経験は未だ片手に数える程もない志成にとって、眼下に望む景色は身震いせずにはいられないものだった。
「お、思ったより高い……」
 間違っても、足手纏いにならないようにしなければ。緊張に身を固くしていると、隣に並ぶ気配を感じた。精悍な体躯に纏うコートを堂々とはためかせ、バルドロア・ドレッドノート(ガンシップドラグーン・e03610)は乗降口の手摺に手を掛ける。
「目標確認。これより作戦を開始する」
「えっ!?」
 傍らの志成が上ずった声を上げた時にはもう、竜の翼は霞の中にあった。無造作に飛び降りたバルドロアの身体は重力に導かれるがまま、真っ逆さまに地表へと落ちて行く。

 一方、その頃。
「皆さん落ち着いて、避難して下さい!」
「お怪我をされた方はいらっしゃいませんか?」
 ヘリオンに乗り込んだ九人の仲間をサポートすべく、地上の現場周辺には総勢二十三名ものケルベロス達が集結していた。ドラゴンの進行方向に先回りした西水・祥空らの呼び掛けに応じて、一時はパニックに陥り掛けていた人々が流れるように現場を離れて行く。転んだ子供を助け起こして天を仰ぎ、八代・社は額に手を翳した。見れば遥か上空に浮かぶ鉄の鳥から、九つの瞬きが降ってくるのが視認できる。
「あいつらがいる限りは、負けねえさ」
 空を滑る其の姿は、真昼の流星の如く。地表すれすれで竜の翼を大きく羽ばたかせ、アルセウス・アイゼンファウスト(機竜のタマゴ・e02255)は軽やかにタイルの舗道に降り立った。
「同じ翼を持つ者同士、屠るのは少々気が引けますが」
 人々に害成すデウスエクスを、捨て置く訳には行かない。纏め上げた長い後ろ髪を慣れた手つきで留めれば、心は音もなく冴え渡って行く。続々と着地する仲間達の中に知った顔を見つけて、シヴィル・カジャスは頼もしげに笑った。
「行け、ドローン達よ」
 そして願わくは共に戦う仲間達の、盾とならんことを。
 解き放てば小鳥を模した小さな無人機が、前線のケルベロス達を守るように展開する。その群をきょろきょろと見回してから敵に向き直り、ココット・フェルナンド(福音は何時の日か・e01804)はぽそりと口を開いた。
「なんだか、どきどきしますね……」
 けれど決して、怖くはない。
 深呼吸一つ、見開いた瞳に呼応するように、紅い仔竜がクァッと鳴いた。
「行きますよ、ピロー」
 さあ、いざ立ち上がれ――ケルベロス。
 新たなる戦いの物語が今、此処から始まろうとしている。

●堕ちたる竜は地を這いて
「凍てるドラゴンよ、暴虐はそこまでにして貰うぞ」
 ぎらつく巨大な眼を真っ直ぐに見据えて、フランツは小さな丸眼鏡を摘み、コートの胸に仕舞いこんだ。皆がそれぞれの持ち場につき、祭りの準備は整った――後は花火を、打ち上げるだけだ。
「フランツ・サッハートルテ、我流にて地獄に案内しよう!」
 挑むように名乗りを上げれば、這いずる竜が咆哮する。大気を震わす雄叫びに思わず足を竦ませながらも、志成は何かを振り切るように頭を振り、銃の引鉄に指を掛けた。
 ヘリオンでの移動中、あれだけ入念に――尤もそれは偏に、戦いを前に落ち着けなかったが為であるが――手入れをしたのだ。銃に不具合がある筈はない。そして準備に手落ちがないならば、後は己を信じるのみである。
「お……お前の相手は、こっちだ!」
 きっと敵を睨みつければ、思っていたよりも大きな声が出た。乾いた音と共にクラシックな拳銃が火を噴いて、竜は短い悲鳴を上げ、殺意の瞳を一行へ向ける。ひゅうと囃すように口笛を鳴らし、ロゥロゥは興味津々の様子で言った。
「蒼い鱗のドラゴンさんかぁ、鱗触ったらひんやりすんのかなぁ?」
 悪戯っ子のような笑みを浮かべ、少女は慣れた手付きで仮面を身に付ける。その仕草を目に留めて、ミコトが小さく首を傾げた。
「それは何です?」
「安心毛布みたいなものっすよ! 格好いいでしょう?」
 ヒーローみたいで、と言い掛けて、少女ははにかみ口を噤んだ。『みたい』ではなく、『そうでなくてはならない』のだ。彼女達は今正に、逃げ惑う人々のヒーロー足らんとしているのだから。
 ようしと気合を入れ直し、少女は杖で舗道の石を突いた。
「さー、行くっすよ!」
 作戦は、至ってシンプルだ。街を破壊しながら進むドラゴンの正面に回り込み、真っ向から勝負を挑むだけ。ドラゴンの行く手には幹線道路が走っており、立ち回りに困ることはないだろう。しかし滑り出しは順調と、そう思われた時だった。
「!」
 じりじりと後退して開けた道へ誘導するケルベロス達から、巨竜の視線が逸れた。それは即ちそこに、動くものがあるということを意味している。
 ち、と一つ舌打ちして、バルドロアは反転した。ミコトにでも任せられればと思ったが、それで間に合わないのならば動くより他に無い。竜の爪が行く先には、怯える母子の姿があった。
「俺達を無視して貰っちゃ困るな」
 折角相手してやっているものをと、竜人は笑んだ。身に纏った鎧装が竜の眉間に照準を合わせ、白い光を集め始める。そして次の瞬間、爆音が響いた。
「グオオオン!」
 怒りに振り乱す長い尾が、ビルの外壁を叩き割る。逃げ遅れた親子を支援者達に引き渡せば、ひとまず避難は完了だ――後は心置きなく、戦闘に集中することが出来る。
 敵の注意が再び此方に戻ったことを確かめて、凛は水平に構えた刀に手を添えた。
「我等を守る盾となれ――守護刀心!」
 斬霊剣を媒介に立ち昇る霊気が、前線を守る仲間達の前に光の盾を作り出す。助かりますと微笑んで、ミソラは敵に向き直った。
「私の拳よ……万象一切、喰らい尽くせ! はああっ!」
 羽ばたく翼で一気に加速したかと思うと、竜の娘は全体重を載せた拳を敵の顔面に叩き込む。暴れる尾をかわして飛び退きながら後方へちらりと視線を流せば、頷くココットと眼が合った。
「行きます!」
 仔竜の吐き出す火炎の帯を突き抜けて、妖精の矢が竜を射る。畳み掛けるようにフランツが蹴撃を、凛が剣閃を重ねて行けば、血を流す竜の口吻からは明らかな苦悶の声が上がる――されど、同情をしてはいられない。
 少女とも見紛う容貌を一瞬、もどかしげに顰めながらも、アルセウスの表情はあくまで淡々としていた。
「悪いけど、眠って貰うよ」
 かつて仇敵から奪い纏った装甲が、今では身体の一部のように馴染んでいた。五連の砲台は的確に、そして無慈悲に、青い竜鱗を撃ち抜いて行く。

●その刃、鮮やかに
 竜の息吹は雪風と成り、聳え立つビルの谷間を吹き抜ける。凍ったお下げ髪を押えて、ロゥロゥは乙女らしからぬ悲鳴を上げた。
「ぎゃ――冷たっ! 夏なら大丈夫とかそんなことなかったっすー!」
 高温多湿から一気に氷点下へ、急速に冷やされた都会の空気がぴりぴりと肌を刺す。叩き付けるような風に流されぬよう足を踏み締めて、駆けつけたスミコ・メンドーサは感嘆の声を上げた。
「ぬぉ、でっか……こんなの相手にするの!?」
「撃ぇい!」
 ブルー・マールの声を合図に、後方支援のケルベロス達が一斉に攻勢を強める。四方からの撃ち込みが白い喉元に炸裂し、竜は仰け反り身悶えた。その隙に体勢を立て直して、ロゥロゥは雷撃杖をくるると回し構える。
「ビリビリっと回復しちゃうっすよん。ちょっぴり刺激的カ・モ?」
 ぱちりと片目を瞑って一振りすれば、杖の先から放たれた電流が凛の手足に絡みついた。両の掌を握っては開いて異常がないことを確かめると、助かる、と短い礼を述べ、凛はライドキャリバーの背から離脱する。
「いかに強大な敵でも、弱点はあるもんだ」
 どんな相手も、決して無敵ではない。高らかに跳んだその両手で二刀の柄をしっかりと握り締め、少女は竜の頭上へ迫る。
「一生、寝ているんだな!」
 振り下ろした双つの刃が、竜の額を切り裂いた。しかし断ち切るには、少々相手が大き過ぎる。憤怒に暴れ狂う竜は少女の身体を払い除け、長く硬い尾を振り上げた。
「くっ!?」
 打ち下ろされる尾は鞭のようにしなやかで且つ重く、ミソラは奥歯を噛み締めた。咄嗟に刀を構えたものの受け流し切れず、その身体は瓦礫の山へと叩き付けられる。強かに打った背の痛みに顔をしかめながらも、娘はその拳を握り締めた。
「まだまだ、ですよ」
 どんな苦境にも、諦めはしない――勇者と呼ばれた、一族の名に恥じぬよう。しっかりと地面を踏み締めて立てば身に纏った血化粧は、鉛のように重くなった腕へ再び力を与えてくれる。
「艱難辛苦を吹き飛ばす、竜の息吹を今此処に……」
 前線の様子を見渡して、アルセウスは大きく息を吸い込んだ。癒しの風となり吹き渡る息吹は、仲間達の傷を次々に塞いで行く。一方で相対する巨竜は依然、ケルベロス達に牙を剥いてはいたが、青く輝く鱗はそちこちが裂けて、赤黒い血を流していた。
「……ピロー」
 眉間に薄らと溝を刻み、ココットは無意識に相棒の名を呼んだ。見た目も性質も大きく違えど、傷ついた竜は彼女のたった一人の家族である仔竜の同属だ――何も感じないと言えば嘘になる。しかし心配そうに覗き込んだ仔竜に、大丈夫よと少女は微笑った。
「終わらせてあげるしか、ないもの」
 せめてこの苦痛を今、この場所で。
 決意に眉を吊り上げて、掌を翳せば影の弾丸が竜の胸へと沈み込む。限界は、目前にまで迫っていた。
「う、うわ……来るなぁっ!」
 落ちてくる腕の大きさに固く目を瞑り、志成は銃を突き出した。銃口が触れるその瞬間、殆ど反射的に引いた引金は、輝く鱗に瑕を穿つ。飛び退いた竜の白い喉を剃刀の如く蹴り上げて、フランツは仲間達を振り返った。
「次で終わりだろう」
 死に往く竜に、抵抗の術は最早ない。
 仕上げは任せる――言外に促す同胞へ低く頷いて、バルドロアは告げた。
「我らが名を畏れよ。貴様らを喰らう、猟犬の名を」
 神が世界を害するならば、神をも殺して血肉と成す――其の名は孤高、ケルベロス。
 白銀の牙を血に染めて、竜が此方を見詰めていた。双子のサファイアに映る砲身が、煌々と白く輝き出す。
「グラビティジェネレーター、フルドライブ。充填率八十……九十――Drop dead!」
 轟音と共に、全ての銃口が一斉に火を噴いた。燃え盛る焔の壁の中で、凍れる竜が融けて行く。白い煙のようなものが空へ吸い込まれるように昇って行くのを、ケルベロス達は固唾を呑んで見詰めていた。やがてそれさえも細く消え行くのを見届けて、アルセウスは鎧装の砲門を閉じる。
「どうやら、終わったようですね……」
 真夏の街を脅かす者はもう居ない。季節外れの冬嵐が往き過ぎた後、めくれたアスファルトの車線には大小のクレーターだけが残されていた。

●凱歌
「や……やった……」
 まだ冷ややかなタイルの道にへなへなと尻餅をつき、志成は呆然と瞳を瞬かせた。双眸に映るのは、瓦礫の街と其処に集った仲間達だけ――四方どちらを見回しても、ビルを砕いて進む巨大なデウスエクスの姿は見当たらない。成し遂げたことへの達成感よりは寧ろ生き延びたという安堵から、全身にどっと虚脱感が押し寄せてくる。大丈夫ですかと尋ねるミコトの声にも頷き返すのがやっとな程で、少年は困ったように眉を下げ、笑った。傷を負った身体のあちこちが痛むのは、彼等が今も生きているという何よりの証だ。
「……ふぅ。討伐完了だな」
 コートの埃を払い落として、凛は呼び戻したライドキャリバーに体重を預ける。何しろ相手が相手だ、到底無傷という訳には行かなかったが、戦いを終えて全員が二本の足で立っていられることは幸いであった。ほうっと長い息を吐き出して、ココットは漸く表情を緩める。
「ちょっと、緊張しました……」
 ぺろりと頬を舐めるピローに、擽ったそうに頬を緩めて少女は言った。弱体化していたとはいえドラゴンを倒し、街への被害も最小限に抑えた――初陣としては、十二分の戦果と呼べるだろう。
「ロゥロゥさん、どうかしましたか?」
「いえっ、なんでもないっす!」
 へへっと鼻の頭を掻き、ロゥロゥは白面を外した。余裕と見せて内心、結構緊張していたのだが、敢えて口にする必要もないだろう。それは今日、彼女だけの秘密だ。
「そうだ、まだお仕事残ってたっすね。ヒールならロゥロゥさんにお任せあれー!」
 照れ隠しに再び仮面を身に着けて、少女は踊るように瓦礫の街へと駆けて行く。お手伝いしますと紅い翼を羽ばたかせ、ミソラがその後に続いた。じりじりと照りつける晩夏の陽射しに、冷えた地表は瞬く間に熱を取り戻してゆく。
「お腹も空きましたし、早く帰りましょう」
「ああ、まあ一応片付けてからな」
 淡々と帰り支度を整えるアルセウスに、道端の瓦礫を避けながらバルドロアが応じた。市街地修復の手伝いを申し出た天海・矜棲ら協力者達の存在もあり、幸い人手は十分にある。一通り後始末を終える頃には、復路の迎えも来ることだろう。
 やれやれと肩を竦めて、アルセウスは蒼天を仰いだ。
「戦う力を持たない者達からの搾取など、言語道断です。……たとえ、何者であろうとも」
 許される筈がないと、呟くように言って目を閉じた。それ故に彼らは戦い続けるのだろう――無辜の人々の当たり前の暮らしを、悪意ある者の手から守る為に。
 遠く、倒壊したビル街が優しい光に包まれる。幻想を孕んだ街の裾で仲間達を振り返り、ミソラは大きく手を振った。
「皆さん、よかったらこの後、甘いものでも食べてリフレッシュしませんか?」
「おや、悪くないな」
 甘いものと聞いて表情を和らげ、フランツが応じる。戦いを終えたその素顔は、既に穏やかな表情へと戻っていた。ポケットに仕舞った眼鏡を掛け直し、黒毛の竜は遥かな空を仰ぐ。
 夏雲の彼方には遠く、ヘリオンの羽音が聞こえ始めていた。戦いの日々はまだ、始まったばかりだ。

作者:月夜野サクラ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年9月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 19/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 13
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