永劫回帰

作者:黒塚婁

●生誕
 ゴミ捨て場で、かしゃかしゃかしゃと不思議な音がする。
 ――それは正規のものではなく。すぐ近くには廃墟がある。解体されることもなく放置されたビル――その片隅に、不法投棄された家電が放置されていた。
 此処は謂わば、家電の墓場。破れた窓から風雨が吹きつけるも、コンクリート敷きの冷たい床の上――もっとも、金属の身は土の上でも殆ど変わらぬだろうが――錆び、ひび割れた家電が、朽ちることも無く天を仰ぐだけの場所。
 這い回っていたのは、握り拳ほどの宝石に機械の小さな脚が生えた、奇妙な機械だ――知る者が見れば、それがコギトエルゴスムであると知れようが、今この場には誰も居ない。
 それは何かを見定めるよう、いくつかのゴミの周囲を回っていたが、不意に速度を上げる。
 一瞬の沈黙、後。
 キュィイイイ――耳障りな音を立てて、周囲のゴミは粉砕された。
「――……!!!」
 立ち上がったそれは、両腕を旋回させながら金切り声を上げた。言葉には到底変じられぬ、狂った音階だ。
 こうして、それは生まれた――全ての無念を磨り潰すために。

●いずれ土に
「廃棄されたミキサーだそうだ」
 雁金・辰砂(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0077)は事の概略をこう語った。
 とある場所に不法投棄された家電製品がダモクレスとなる事件が起こる。人への被害は未だ出ていないが、放置するわけにはいかぬ。疾く駆けつけダモクレスを撃破して貰いたい――と。
「現場は街中にある廃ビルだ。高いフェンスで囲われ、放置された土地……そこに家電を棄てる不届き者がいるというわけだ。それが土地の持ち主か、第三者かまではわからぬが――あの場に積まれた廃棄物を見れば、利用しているものは一人や二人では済まないと断言できる」
 心底惘れたように辰砂は言い、ケルベロス達に向き合った。
 ミキサーが変じたダモクレスはひとまず人間型をしている。二メートルほどの大きさで、二足歩行をする。ただし武器である両腕が大きく、バランスとしてはやや前屈みだ。右腕がニードルタイプの刃を持ち、左腕はブレードタイプの刃を持つ。
 それには顔がある。だが、その造作は解らない――顔があるのに解らない、というのは何故か。
「無貌である、ということではない……撹拌されたように、崩れているのだ」
 人によっては、目を背けたくなるほどに。
 ――何故そんな容貌に、という問いに意味は無いだろう。解はない。
「デウスエクスの心理など考えるに値せぬ。ゆえに、貴様らに告げる言葉はひとつだ――滅せ。形も残らぬほどにな」
 淡淡とそう告げて、辰砂は説明を終えるのだった。


参加者
アギト・ディアブロッサ(終極因子・e00269)
シルク・アディエスト(巡る命・e00636)
ルピナス・ミラ(黒星と闇花・e07184)
月霜・いづな(まっしぐら・e10015)
ラズリア・クレイン(天穹のミュルグレス・e19050)
鹿坂・エミリ(雷光迅る夜に・e35756)
名雪・玲衣亜(不屈のテンプレギャル・e44394)

■リプレイ

●無貌
 寂寥が漂う。街中であるというのに、この空間は異様な気配に包まれている。
 廃墟へと踏み込めば周囲には廃家電が無造作に転がっている。
「墓場……というより、もはや死骸の山と呼ぶべきでしょうか」
 それらを涼しげな視線で一瞥し、鹿坂・エミリ(雷光迅る夜に・e35756)が淡淡と評する。
「斯様な場所があっては、ダモクレスが再度生産されよう」
 ふむ、と重く頷き、ガイスト・リントヴルム(宵藍・e00822)が目を細める。陣笠より除く鋭い眼光がより鋭利に、この場にある全ての残骸を睥睨した。
 ほぼ同時――奥から甲高い、耳障りな音が響く。
 金属の塊らしい足音を立てながら、ダモクレスはのっそりと姿を現す――それの全貌を捉えようとした時、まず目を引くのが凶悪な大きさをした両腕の刃、そして筆舌に尽くしがたい、顔。
 あるべきものがあるべき位置にない。そしてそれは規則正しく崩れているわけでもなく――生理的嫌悪を呼ぶような形に仕上がっている。
「ああー。かくはんってそういう事ね。サイアク」
 名雪・玲衣亜(不屈のテンプレギャル・e44394)が苦虫を噛み潰したような顔で言う。彼女の肩に乗っているハリネズミは不思議そうに首を傾げた。
 かくはん、何ソレ? と説明を受けてからずっとその意味――言葉そのものも含む――を考えていた彼女は、一見でその答を得た。
「まあ、おいたわしい」
 耳をへたりと下げ、月霜・いづな(まっしぐら・e10015)は背負っていた和箪笥――ミミックのつづらを降ろした。
 真っ先にそれを不憫を観るは彼女の心の表れか。
「コレもリサイクルって言うのかね?」
 肩竦め、アギト・ディアブロッサ(終極因子・e00269)が奥を見やる。ダモクレスの進路には粉砕された家電の屑が連なっている。
 柔らかな紫色の髪をふわりと揺らし、ルピナス・ミラ(黒星と闇花・e07184)が目を瞑り、静かに首肯する。
「こういう不気味なのは、さっさと倒すに限りますね」
「どのような姿をしていようとも、ダモクレス。この手で、スクラップにして差し上げます」
 ブルーサファイアで凛とそれを見据え、ラズリア・クレイン(天穹のミュルグレス・e19050)が星剣ステラ・マリスを構えれば。
 菫モチーフのフィルムスーツ、適者生存を盾のように展開させながら、シルク・アディエスト(巡る命・e00636)が前に立つ。
「ここで地に還りなさい」
 放った一言は厳しいものであったが――彼女が持ちうる穏やかさと、仄かな憐憫を湛えていた。

●意味
 それと対峙した僅かな時間から、絶対的な隙を演算から導き――シルクは地を駆った。
 同時にダモクレスが両腕を起動させる。視認できぬ腕の先、積もった砂塵が吹き飛び視界が曇る。
 先程まで主の背でぐうたらしていたつづらが、ダモクレスの前へ、果敢に立ち塞がる。
 耳障りな音が何処までも反響する。接触した事で火花が散る――紅いそれは、つづらの血液のようにも見えた――すかさず、いづなが溜めたオーラを放つ。
 それが凄絶な嵐をやり過ごしている間に、シルクはゲシュタルトグレイブを肩へと叩き込み――何かを見極めたかのように、彼女は僅かに顎を引き、そのままダモクレスの前に立ち塞がる。
 両者の動きを注視しつつ、アギトが九尾扇を翻せば、妖しく蠢く幻影がエミリを包む。
 ダモクレスを取り囲みように動くケルベロス達の足元が、明るく輝く――。
「この力、皆様の為に……!」
 ラズリアの描いた魔法陣の光に守られながら、ルピナスが跳躍した。
「この飛び蹴りを、食らいなさい!」
 注意を引くように声を発すると、流星の煌めきを纏った彼女は重力を乗せ、それの首元を強かに、打つ。
 更に、相対する位置からガイストが仕掛けた、研ぎ澄まされた蹴撃が続く。強靱な脚が鋼を打ち据えた重い音が響く――が、ダモクレスの躯は表面をひっかいたような疵が残っただけだ。
「……!!!」
 本来の位置にない口が奇妙な金切り声を上げる。それが何を訴えているのか、理解できるものはいない。
 哮るそれへと向き合い――すっと息を吐きエミリが集中を高めると、稲妻が全身を走る。
「そこでじっとしていてください。」
 その一言と同時、指先から雷撃の弾丸となって放たれた。
 ダモクレスの腕に撃ち込まれた弾丸は楔として深々と金属に沈む――そして、強烈な磁力を持って、それの動きを阻害する。アギトの幻影によって強化された磁力は、ダモクレスの躯に目に見える稲光を走らせた。
 相手の顔を直視しないよう顔を逸らしたまま、玲衣亜は砲撃形態に変じたハンマーを構える。
 放たれた竜砲弾は側面から肩を穿つ。少しバランスを崩されたように、それが蹌踉めく――その成果をうっかり、しっかりと観てしまい、
「ホント、ダメなんだって。こういうヤツ」
 玲衣亜はぶるりと身を震わせる。恐怖、というよりは生理的嫌悪なのだが――何故、このダモクレスはこのような姿なのか。いづなは眉を曇らせる。
「なれど生けるものの見目には、ときに……のぞみ、おもい、そのすべてがあらわれると申します――」
「?? グロいとかキモいって言われたいヤツなんているの?」
 首傾げた玲衣亜が問えば、
「成し遂げたいことを表した姿……ということでしょうか」
 静かなルピナスの意見に、いづなは曖昧な笑みを浮かべた。
「もちて生まれた、業……そのようにも、みうけられますの」
 もっとも、彼女は解を持っているわけではない。ただ、そうなのだろうかと思うだけ。
「そんなにも「めちゃくちゃに」してしまいたかったのですか――己も、すべても」
 問いかけにもいらえはなく、ダモクレスはどうと突進してきた。

●回帰
「先程の一撃で確信しました。上半身のバランスが悪いことを突けば、有利に運べそうですね」
 ダモクレスの刃を恐れず受け止めながら、シルクは皆へと告げる。極めて冷静な様子だが、高速回転する一メートル近くあるニードルを抑え込んでいる状態だ。装甲を飛び越え、肉や骨が軋む音がする。だが顔色一つ変えず、踏みとどまる彼女へ、いづながオーラを放ったのを見届けたアギトは、玲衣亜へと幻影を繰る。
 距離を詰めながらそれを受け止めたエミリは、雷光纏う脚で、タンと地を蹴り――敵を見下ろす。
 あの顔を直視しても彼女は揺るがぬが――全く心がざわつかぬわけではない。似ても似つかぬそれの姿に、どこか過去の自分を重ねていた。
(「ですが、もし私が棄てられたとして、私の心に無念という感情は生まれるのでしょうか」)
 いつ棄てられてしまうとも限らぬ日々を過ごしてきた彼女だ――しかし、いくつものイフを思考しても、答えには辿り着けなかった。
 自分の事はいい、軽く頭を振って戦闘に集中する。
 ――その想いをこちらに向けてください。
 意志を乗せた虹が、垂直に落ちる――首からやや下、背を強かに撃てば、やや前のめりに体勢を崩したそれへと、待ち構えていたつづらがエクトプラズムで攻撃する。
 それは金属の躯を滑り、逆にバランスを崩したつづらを飛び越え、ルピナスがエクスカリバールを振り抜く。
「この研ぎ澄まされた技術の一撃で、凍らせてあげますよ!」
 言葉通り――放たれた一撃で、ダモクレスの肩口が薄く霜を浮かべる。
 重ね、凛乎と響くはラズリアの詠唱。
「終焉の刻は来たり、星よ導け。あまねく戦禍を消し去り、安らぎを。我は再生を願う者なり!」
 ブルーサファイアの視線が、真っ直ぐそれを見据えている。
 解放された魔力は蒼き氷晶となりて、ダモクレスを貫く。肩のみだった氷はその腕の半ばまで枝を伸ばすように伸び――短い気合いの一声と共に踏み込んだガイストが、空の霊力を乗せた斬撃で深く斬りつける。
 ぐらりとバランスを崩した先に、不幸にも一番それを苦手とする玲衣亜がいた。
「ちょっ、近い近い! キツイっての!」
 叫び、彼女は慌てて走り――凄まじい勢いで距離をとったかと思うと、きゅっと振り返り、自らの肩あたりをぎゅっと掴む。
「ほら、いってこーい!」
 ぶんっ、と豪快なフォームで投げつけられたのは、剛速球と化したハリネズミ――「マジかよ?!」という表情のまま、ダモクレスへと突っ込んでいく。
 肩で息をしながら、彼女は鳥肌の立っている腕を撫でて零す。
「げんなりするよ、しばらくひき肉は食べたくないカモ」

 青髪が踊らせ、ラズリアが戦場を翔る――湾曲させた刃で呪いの深度を深める、残酷で鮮やかな一閃。
 彼女が深く穿った事で、ダモクレスの凍結部分は広がり、身体の自由のみならず――意志さえも縛り付ける。
 それでもそれは関係ないとばかり、広範囲を薙ぎ払うブレードを起動させ、ケルベロス達に襲い掛かる。エミリに攻撃を向けるという仕掛けは、充分な深度でそれを冒していたが――時折、矛先が別へと向かうこともある。
 果敢に、前で立ち回るはシルク。展開させた盾と刃を拮抗させながら、火花散らすアームドフォートの合間からバスターライフルが銃口を覗かせる。至近距離で解放したエネルギー光弾は、それと光の線を繋いだかと思うと、戦場の端まで貫く。
 だが、止まらない。装備に小さな亀裂、鮮血が後から忘れたように弾ける。
 彼女のみではない――アギトとルピナス、そしてつづら。武器を構え凶刃を耐える彼らの姿から目を逸らさず、
「こわさせは、いたしません」
 いづなは朗々と謳う。
「天つ風、清ら風、吹き祓え、言祝げ、花を結べ――!」
 清涼なる響きを持つ祝詞は、仲間達の傷を温かく包み込むように。息吹を送る。
 念のためにとケルベロスチェインを繰り、再びラズリアは壊れた守りを修復する。
 ダモクレスの足元が突如爆発する。それも二撃。エミリと玲衣亜の放ったサイコフォースを煙幕代わり、いつしかそれの背後まで回り込んでいたアギトが、鋭い一蹴を見舞う。その身体捌きからして、傷の影響はなさそうだ。
 ルピナスは連なる星が描かれたカードを手繰り、御業を呼ぶ。
「御業よ、炎弾を放ち、敵を焼き払え!」
 撃ち込まれた炎弾がぼうと燃え上がる。炎に照らされたのは、獰猛な竜の容貌――いつしか陣笠をいずこかへ投げ棄てたガイストが、畳みかける。
 両手に握るナイフにて、舞うように、正確無比に斬りかかり、それの両腕の疵を更に致命的なものへと深めていく。
 忘れてくれるなとつづらがエクトプラズムを武装化して食らいついていく。
 波状に絶え間なく続くケルベロス達の攻撃に対し、ダモクレスの攻撃はエミリを目掛け、ただ空転する。
 大きく開いた懐の沈み込むは、赤い軌跡。ひとたび横に靡き、やや下方へと急激に落ちたその真ん中に、凍り付いたニードルが遅れ、空を貫くは本能からの防衛か。
 マフラーすら正確に捉えられないか――と、アギトは、決着の近さを悟る。
 くるりと低い姿勢で振り返ると同時、網状の霊力で、ニードルごと腕を縛り上げる。
「さあ、また貴方の力をお借りいたしますよ」
 アイギス――大切なオウガメタルの相棒へとラズリアは声を掛けた。相棒纏い、鋼の鬼と化した彼女の拳は、そのニードルをへし折った。
 間隙おかず、いづなよりエネルギー光球を受け取ったシルクが、凍り付いているブレードを眉睫に迫ろうと、躊躇いなく飛び込んだ。
 武器を振り下ろす位置は――その急所は既に、見切っている。
「その刃の役目は、もう終わったのです」
 宣告と共に、シルクが叩き折る――両の武器を失い、がらりと空いたその懐に仁王立ちする者がひとり――ガイストの眼光がすっと下がる。
「――推して参る」
 彼が低く構えた、と皆が認識した直後、ダモクレスの首に翔龍が食らいついていた。太刀風を突き破り、牙を剥き、爪を立てる。
 接触の証はひときわ高い金属の悲鳴。殷殷と響き渡るそれを背に、振り抜いて、一歩。
 ガイストが前に出れば――夜闇一瞬の輝龍と彼が諳んじるように――貌を失って崩れゆく鉄屑だけが置き去りになっていた。

●弔い
「なんの、いや『誰』の無念を晴らしたかったのか。ソレは判らんが……役目を終えればこんなもんだよ、お休み同胞」
 すっと目を細め――それも硝子の向こう側に隠し、アギトは踵を返す。
 立ち塞がる敵なら同胞であれ潰す。そう考える彼にとって、できることは――敵は敵らしく、全力を持って粉砕しにいく。
 元よりこれ以外の結末はなかったのだ。
 誰の無念を背負ったつもりであれ。どんな願いを抱いてしまったにせよ。
「これで、やっと、家電としての役目を終えることができたのでしょうか……」
 ラズリアは崩壊した残骸を、見つめて呟く。
 さてな、とガイストが陣笠を拾い、埃を払いながら、瞳を細める。それが一瞥するは、荒れた戦場に無造作に転がる廃棄物。
「……わたくしは奥の方をヒールしてきます」
 皆へそっと告げ、ルピナスが歩き出す――その先は、ダモクレスが誕生した地点だ。
 ずたずたに斬り裂かれた家電だったものたちと、床や壁。悲鳴のように凄惨な疵を見つめ、
「……人の役にたった物達が、この様な場所に居て良いはずがない」
 低く零されたガイストの言葉に、シルクが頷く。
「綺麗になれば、多少でも不法投棄……ひいては、ダモクレスの発生が減るやもしれませんから」
 更に、業者は手配しておきました――彼女の声を背に、エミリは打ち捨てられた家電に手を伸ばす。
 棄てられた機械たちは、意志を持たねども。やはり無念なのだろうか――。
 他者を、敵を、葬ることに何ら躊躇いもない自身の裡に、これらを片付けたいという衝動があるのか、その意味を知らぬ儘。
 ねえ、ねえ、とひときわ明るい声が響く。
「こんなの用意してみたんだけどさ」
 用意していた看板を掲げて、玲衣亜が自慢げな笑みを見せる。
『デウスエクス発生。不法投棄すると危ないよ!』
 妙にポップなデザインが目を引く――彼女の肩で首を傾げているハリネズミの真意は不明だ。
「……効果あるかわかんないケド、ないよりマシだよね」
「はい、すてきだとおもいます」
 いづなが笑みを浮かべて頷いた。
 再びぐうたらしだしたつづらを背負い、短い祝詞を捧げて――彼女は天を仰ぐ。

 かないましたか、あなたの、おもいは。

作者:黒塚婁 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年5月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。