桜並木の通学路にて

作者:柊透胡

 青森県むつ市――例年、本州最北の地に桜前線が訪れるのは、ゴールデンウィークの頃。
 約1400本ものソメイヨシノの桜吹雪が絶景の来さまい大畑桜ロードは、青森県でも人気の高いお花見スポットであり、5月の早々にさくらまつりも催される。
 勿論、この時季は、市内各所で桜が美しく咲き誇る。公園や街路、そして、学校でも。
「先生、おはよう!」
「おはようございます!」
 まだ真新しいランドセルを背負った子供達の、元気な挨拶が通学路に響く。
 入学して間もない小学1年生は4月一杯、高学年のおにいさん、おねえさんに連れられて集団登校だ。要所要所で、教師や地域の大人達が優しく見守っている。
「さくら、今日もきれいね」
「もうすぐ散ってしまうけど、桜吹雪もとても素敵だよ」
 その小学校を囲む通学路の一辺は、見事な桜並木。そろそろ満開の風情で、薄紅の光景を見上げる、1年生の瞳はキラキラと輝いている。
 霞む蒼穹も優しい春の朝――まさか、小学校の正門前に、巨大な牙が飛来しようとは。
「ナンだ、ゼイジャクな子供バカリか」
「カマワン。サア、オマエたちの、グラビティ・チェインをヨコセ」
「オマエたちがワレらにムケタ、ゾウオとキョゼツは、ドラゴンサマのカテとナル」
 忽ち、牙は鎧兜を纏った竜牙兵へと姿を変えるや、恐怖に竦む子供達に襲い掛かる。
「グァァァハハハ」
 血の海と化した正門前に竜牙兵の雄叫びが轟き、堪え切れぬように桜がハラハラと舞い散った。

「……定刻となりました。依頼の説明を始めましょう」
 集まったケルベロス達を、都築・創(青謐のヘリオライダー・en0054)は静かに見回す。
「ヘリオンの演算により、青森県むつ市の小学校に竜牙兵が出現する事が判明しました。丁度登校時間であり、このままでは、多くの児童が虐殺される事になります」
 『竜牙竜星雨』が止んで尚、散発する竜牙兵の襲撃。だが、先んじて避難勧告を行うと、襲撃の場所は他に変わってしまう。
「被害を大きくしない為にも、皆さんはヘリオンで現場に急行、竜牙兵の出現を待って凶行を阻止して頂く事になります」
 ケルベロス達が現場に到着した後は、児童の避難誘導は教師達に任せられる。竜牙兵の撃破に専念すれば良い。
「竜牙兵の数は3体。武装は、ゾディアックソード、簒奪者の鎌、バトルオーラが各1体です。武装に即したグラビティを使うようです」
 現場は、小学校の正門前。それなりの広さがあるので、戦うのにも支障はない筈だ。
「特に序盤は、派手な立ち回りで竜牙兵の注意を引いて頂ければ、避難誘導もスムーズに進むでしょう」
 尚、竜牙兵は撤退しない。最期の最期までグラビティ・チェインを求め、憎悪と拒絶を求めて戦い続けるだろう。
「……確か、『菩薩累乗会』にドラゴンは介入出来なくなったのよね? それで竜牙兵とか、ホント懲りないわよね、デウスエクスって」
 ドラゴニックハンマーを担ぎ、結城・美緒(ドワっこ降魔巫術士・en0015)は呆れたように顔を顰める。
「竜牙兵なんて、何度来ても同じよ。パーフェクトな勝利を目指して頑張りましょ!」
「そう言えば、この辺りの桜並木は見頃を迎えているようです。一仕事の後に宜しければ、ちょっとした花見の時間ぐらいでしたら、融通します」


参加者
八蘇上・瀬理(家族の為に猛る虎・e00484)
ビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)
ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)
狼森・朔夜(迷い狗・e06190)
八崎・伶(放浪酒人・e06365)
イズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)
八久弦・紫々彦(雪映しの雅客・e40443)
峰・譲葉(崖上羚羊・e44916)

■リプレイ

●竜牙襲来
「おはよう!」
「おはようございます!」
 真新しいランドセルを揺らし、小走りに駆けて行く1年生。そんな1年生を上級生が気遣い、更に教師や地域の大人達が、児童を優しく見守っている。
 桜並木を楽しげに登校する小学生達――本州最北の地に漸く訪れた春の息吹に、誰もが笑み零れる、そんな花霞の朝。
 ――――!!
 まさか突如、巨大な牙が飛来しようとは。
「ナンだ、ゼイジャクな子供バカリか」
「カマワン。サア、オマエたちの、グラビティ・チェインをヨコセ」
「オマエたちがワレらにムケタ、ゾウオとキョゼツは、ドラゴンサマのカテとナル」
 今しも、牙から変じた竜牙兵が竦む子供達に襲いかかろうとしたその時。
「うむ、新学期じゃのう」
 いっそとぼけた声音は、桜の木の下から。徐に竜牙兵へと進み出たウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)は、肩越しに小学生の方を見やる。
「ピカピカのランドセルを背負っているのが、新1年生なのじゃな……もしかして、今回の竜牙兵も新兵なのかのう?」
 本人の意図する所でも無さそうだが、その言葉は明らかに煽っている。
「どうであれ、人々の平和を脅かすデウスエクスは退治するのみなのじゃ」
「チビッコのブンザイで、コザカシイ!」
 ガキィッ!
「未来を担う子供達の学びの場を、荒らさせる訳にはいかないな。牙のお眼鏡に適うかは不明だが……さて、お相手願おうか」
 いきり立つ竜牙兵と対照的に、鎌の一撃を遮ったビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)の口調は沈着だ。チラと視線をやれば、相棒のボクスもファイティングポーズで低く唸る。
 口上の間にも、次々と駆け付けるケルベロス達。大人の方は明らかにホッとした表情で、児童らを集め始める。その動きは存外、整然として――或いは、デウスエクス襲撃による避難訓練なるものもあるのかもしれない。
「期待に満ちた子供達に水を差し、あまつさえ脅かすなんざァいけねえなあ」
 そう言えば、載霊機ドレッドノートの起点は青森県だったか……避難誘導はいっそ慣れた感もある教師に任せ、八崎・伶(放浪酒人・e06365)は巨大なガトリングガンを見せつけながら、竜牙兵の視線を遮る。
「それじゃあ、ちゃっちゃと消えて貰おうか」
 ボクスドラゴンの焔も身構え、今にもブレスを吐く体勢だ。
「もう! 小学生を襲うなんてヒドいよね!」
 イズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)も大いに憤慨している。折角、咲き誇る桜もとっても綺麗だというのに。子供達も桜も、絶対に護ってみせる!
「えへへ、美緒もいっしょにがんばろうね!」
「ええ。こうなったら、パーフェクトな勝利を目指すわよ!」
 意気軒高な結城・美緒(ドワっこ降魔巫術士・en0015)だが、初手は堅実にエンチャントから。護殻装殻術をイズナに掛けた。美緒と肩を並べる峰・譲葉(崖上羚羊・e44916)も、護法覚醒陣を前衛へ――とするには、クラッシャーはウィゼと伶に焔、ディフェンダーは瀬理とビーツーにボクスと、列減衰が生じてしまう為、ルナティックヒールをビーツーに。
「桜と子供に憎悪と拒絶は似合わんだろうさ。早い所退場してもらわないとな」
 同時に、八久弦・紫々彦(雪映しの雅客・e40443)のブレイブマインが、カラフルな爆発と爆風で仲間を鼓舞せんと。
「あの子らは、うちが守る!」
 妹がいるお姉ちゃんとしては、小さな子供を食い物にするのは許せない。後衛に祝福の矢を射掛けながら、八蘇上・瀬理(家族の為に猛る虎・e00484)は好戦的に紫の瞳を細める。
「ああ……てめぇらに手出しさせるかよ」
 やはり剣呑な表情で、狼森・朔夜(迷い狗・e06190)はぶっきら棒に吐き捨てる。
「憎悪と拒絶が欲しいならくれてやる。かかって来いよ!」
 勢いよくドラゴニックハンマーをぶん回し、轟竜砲をぶっ放した。

●序盤の耐戦
 ギラリ、と竜牙兵の眼窩の奥に殺気が灯る。
 だが、先んじてビーツーは星型のオーラを徒手空手の兵目掛けて蹴り込んだ。続くボクスも白橙の炎を吐き掛ける。伶も同じく。やはり、焔もボクスブレスを浴びせ掛けた。ウィゼも勢いよく地を蹴るや、炎纏う一撃を放つ。
「――緋の花開く。光の蝶」
 相次ぐ蹴打の中、イズナは手のひらからそっと緋色の蝶を解き放つ。光の蝶は、ドラゴンの下僕の惑わさんと幻想的に舞う。
 敵のポジションが明確でない時、その出方を窺い、先制の機会を逸するケースも少なからず。しかし、今回は敵の武装を標的の優先順位と定める事で、初手からの集中攻撃が叶った。
「きかんなぁ。子供狙う外道の力なんてこんなもんか」
 投擲された鎌の射線を遮り、強気を嘯く瀬理。味方を庇いながら敵を邪魔する心算だ。同様に竜牙兵の注意を引くべく、ケルベロス達は挑発しながら激しく攻め立てる。
「剣がディフェンダー、バトルオーラは……メディックか」
 敵の挙動から、紫々彦は冷静にポジションを見極めるも……用意した技は近接技が多く、見切りも考慮すれば二の手はバトルオーラ使いに届かない。次点の標的、盾たる剣使いに戦術超鋼拳で打ち掛かったが、寸での所で避けられた。
「鎌使いも前衛のようだな」
 スターサンクチュアリの効果を見て取り、ビーツーも敵の陣容を推測する。
「そっちは任したで!」
 敵のグラビティはブレイク技が豊富だし、ゾディアックソードによるスターサンクチュアリの加護は侮れない。瀬理は引き続き、祝福の矢を仲間に射る。
 敵は数を頼みともする竜牙兵。それでも、最初からケルベロス全員の攻撃が命中するかと言えば――一刻も早く総攻撃が叶うよう、朔夜とイズナ、スナイパー達は足止めの技を繰り出していく。
「……足元注意、だな」
 ボクスより火種を借り、炎礫射撃で敵を牽制せんとするビーツー。使役修正故に厄付けは些か不得手ながらも、ボクスのブレス攻撃と併せてスナイパー達の援護を図る。
 無論、命中率が万全で無くとも、攻め手を控える道理は無い。ウィゼがケイオスランサーを放てば、如意直突きを抉り込む伶。ボクスドラゴン達はブレスとタックルを繰り返す。
「っ!」
 一方、竜牙兵の攻撃は紫々彦に集中した。敵とて眼力を具えるならば、命中率から実戦経験はある程度量れよう。特にクラッシャーであるらしい、鎌使いのギロチンフィニッシュは、防具耐性の不一致もあり火力として脅威だ。譲葉と美緒、メディック2人は早々に回復に専念している。
 ケルベロスの盾は3枚。だが、全ての攻撃が庇えるとは限らない。それでも、威風堂々の内で湧く焦燥さえも愉しむような、不敵な表情を浮かべる紫々彦。倦まず弛まず、遠隔爆破を以て敵の後衛を狙い続ける。
 敵も役割分担する集団戦は、最初の1体の撃破までが最も苦しい。どちらが先に一角を崩すか――敵も自己回復で凌ごうとする。もどかしくも、打撃を着実に重ねんとする戦況が続く事暫し。
「あの時できなかった大爆発、今ならやっても構わないのじゃ」
 何処から取り出したか、ウィゼは導火線が付いたハロウィンボムモドキを投げ付ける。
「いっけぇ、なのじゃ!」
 パチパチと導火線を火種が走る。南瓜爆弾が盛大に大爆発するかどうか……その実、爆発と敵への着弾のタイミングを合わせるのは難しい。それだけに、タイミングさえピッタリ合えば。
 チュドォォォンッ!
 轟音と爆風の余波で桜並木の花が散る。気力を溜める余地も無く、竜牙兵は骨の欠片も留めずド派手に爆散した。

●怒涛連撃
「やったぁっ!」
 敵の回復量を上回る火力で押し切った――思わず快哉の声を上げるイズナ。1番苦しい峠は越えた。後はこのまま勢いに乗って、押し切るのみ。
 ケルベロスの次の標的は、ディフェンダー。ゾディアックソードを操る竜牙兵は、すぐさまスターサンクチュアリ中心の防戦に切り替え、その守りを崩すべくブレイク技が殺到する。
 瀬理のブーストナックルはジェットエンジンをフル回転し、ウィゼのレガリアスサイクロンは前衛全体を巻き込む。ボクスドラゴン達もタックルを敢行した。更には美緒達の破剣の援護を受けて、ビーツーの炎礫射撃やイズナの緋蝶、紫々彦のジグザグスラッシュも、敵の動きを鈍らせると同時に、徹底的に星座の守護を砕いていく。
「よしっ、今だ!」
 伶のスパイラルアームに堪え切れず、骨の欠片を散らす竜牙兵へ、朔夜は勢いよく突進する!
「はぁっ!!」
 闘気を纏わせ放つ渾身の蹴り――朔夜の羚蹴脚は、文字通り羚羊の後ろ蹴りのような破壊力を以て、剣使いの防御を突き崩す。よろける竜牙兵を庇うものは、無い。
 残るはいよいよ、鎌使いの1体のみ。この期に及んで、竜牙兵に逃走の気配は無い。
「……」
 ふと、感慨深そうにビーツーは目を細める。脳裏に過るのは3年前の初陣。ディフェンダーとして簒奪者の鎌を握り、やはり鎌を操る竜牙兵と対峙した。
 あの時から変わったもの、変わらぬもの――少なくとも、デウスエクスへの反抗は不変の意志だ。
「倒れてなど、いられるか……!」
 決意も新たに鎌を投擲すれば、同時に飛び出したボクスもその軌道に重なる。
 強かな一撃にギロリと頭を巡らせた竜牙兵は、刃に「虚」の力を纏わせ大きく振りかぶった。
「……オノレ!」
 クラッシャーの手によるドレインスラッシュは、継戦に大いに威力を発揮する。それが……よもや、大きく外して地を抉ろうとは。
「これ以上、勝手な事はさせないよ!」
 畳み掛けてきたイズナの螺旋掌が、敵の遠近感を狂わせたのだ。仲間が作り出した隙を突き、ケルベロスの攻撃が殺到する。
 朔夜のアイスエイジインパクトとウィゼのグラインドファイア、対照的な攻撃が骨身を苛めば、伶の胸部より必殺の光線が迸る。
「白魔よ、駆け抜けろ」
 紫々彦の号令に応え、季節外れの寒風が吹き荒れ激しく霰が降る。忽ち白い渦となり、或いは荒れ狂う獣に変化した白魔は、疾風の如く奔る。竜牙の髄まで凍て付かせんと。
 初めて、攻撃に転じた譲葉は怒號雷撃を、美緒はドラゴニックスマッシュを奔らせた。
「なぁ、ここにあんたら送りこんだボスの名前、吐いてもらおか? ちょっちお話せなあかんみたいやから」
「カクなる上ハ……オマエたちのゾウオとキョゼツを、ドラゴンサマに!」
 返事がないのは百も承知。凄惨な笑みを浮かべ、瀬理はバトルガントレットごと拳を固める。彼女自身の奥底に気付かずに眠るデウスエクスへの殺意は勿論、誰の恐怖だってやらない。負の感情を吹き払えるくらい、ヒロイックに勝ってみせる。
「これでしまいや! ……あはっ、丸見えやわアンタ」
 瀬理は白虎のウェアライダー。生粋の捕食者たる本能に従い、逃れるを許さず拳が深々と抉り込む。まるで、哀れな被食者に慈悲なく食い込む、鋭い牙のように。
 ドサリ、と落ちる鎌。カタリ、と骨を鳴らし、最後の竜牙兵は崩れ落ちた。

●桜並木の通学路にて
 ザァッと砂が崩れるように、竜牙兵の骸が霧散する。それを、クールな眼差しで見下ろしていた譲葉は人の気配に首を巡らせた。
「もう大丈夫やでー」
 戻ってきた子供達の不安そうな様子に、ニッと笑って差し招く瀬理。
「あ、ありがとう、ございました」
 高学年らしき少女がおずおずと頭を下げれば、口々のお礼がいっそ元気に響き渡る。
「これからも悪いデウスエクスはうちらケルベロスがやっつけたるから、君らは君らの出来る事でうちらを助けてな!」
「はーい!」
「めんけぇわらすっ子らだ」
 低学年の方は屈託ない。微笑ましげに、朔夜は金の双眸を細めている。
「やっぱり、ケルベロスってすごいなぁ」
「ふぉ、ふぉ、ふぉ、簡単な事なのじゃ」
 目を輝かせる男の子とさして歳も変わらぬウィゼは、付け髭を捻りながらそっくり返っている。
「……そうか。全員揃っているなら、何よりだ」
 万が一、避難の際に迷子が出たら翼飛行で捜索しようとも考えていたビーツーは、教師の言葉に安堵の笑みを零す。
「桜並木も、さして傷めずに済んで良かった。道の方も、しっかり点検しておこうか」
「子供らが、これからも毎日通るんやしね。きっちり安全に直しといたらんと」
 ビーツーと頷き合う瀬理だが、生憎と自己回復では地形のヒールは出来ない。ちょっぴり残念そうに後片付けに取り掛かる。美緒も早速、御業を編み始めた。
「えへへ、毎日みる景色がちょっとでも壊れてたら嫌だよね。わたしもちゃんと直してあげるね♪」
 植物達ともとっても仲良しというイズナだから、勿論、ここの桜も大切にしてあげたい。もっと綺麗に咲き誇れるように、想いを込めて気力を注いで回っている。
 ――――!!
 一方、紫々彦が爆破スイッチを押す度に上がるカラフルな爆発。物騒に見えて、きちんと道路が修復されていくのを、小学生達は不思議そうに眺めている。
 程なく、正門周辺のヒールも終わる。教師に促されて登校する小学生らを手を振って見送り、瀬理はしみじみと桜並木を見回した。
「立派なもんやねぇ。弁当作ってきたら良かったわー」
「折角だし、ちょっと時間は早いけどお花見しよう!」
 タイミングよく、お茶とお菓子を笑顔で振舞うイズナ。
「美緒も一緒に観ようね☆」
「うん、ありがとう」
 素直に頷いた美緒は、早速お菓子を口に運んで相好を崩す。一仕事の後の甘味は格別だ。
「こうしてると、漸く冬が終わったって実感が湧くな」
 やはりお茶で喉を潤しながら、朔夜はマイペースに桜を見上げる。彼女も冬の長い北国の出身。桜や花が一斉に咲く春の訪れは、本当に感慨深い。
(「……デウスエクスの時代が終わる日も、いつかは来るんだろうか」)
 過る想いに右腕が疼いたのは――きっと気の所為。

「お待たせ、天瀬」
 桜の木の下、伶を静かに待っていた天瀬・水凪は微かに眉を曇らせた。
「あ、サンキュ!」
「いや……」
 余波で被った戦闘の傷痕に癒しの風が吹く。短い礼に頷き、水凪は1歩後ろから伶を窺う。
「天瀬は子供の頃から今みたいなカンジなのか?」
 丁度チャイムが鳴った所だ。子供達も日常に戻りつつあるだろう。だからだろうか。伶は少女の過去を問う。
「……恐らく、こことは世界が違い過ぎた筈だ」
 表情も声音も、ただ淡々と――水凪は返答のしようがない己を改めて実感する。
「そういう伶は、どうだった?」
 だから、問い返した。喩え無くした記憶の標とならなくとも――彼を知る切っ掛けにはなる。今は只、ひとを、知りたい。そう思う。
「そういうの無かったから、子供時代があるってどんな感じかと思ってさ」
 水凪がヴァルキュリアならば、伶はレプリカントだ。互いに「子供の頃」に縁遠い境遇ならば。
「無くても無いものではないと、聞いた事がある……」
「そっか」
 禅問答めいた遣り取りを通して、彼らが何を掴んだか。知るは桜ばかりなり――。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年5月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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