なのはな第一団地、受難の日

作者:譲葉慧

 街の中心から少し離れたなのはな地域には、大規模な市営団地が点在している。
 団地のほとんどが、20年以上前に建てられたもので、外見からして、古びた印象はぬぐえない。
 それでも、街への通勤圏であること、そして団地中心に展開している商業施設の利便性から、団地の住人はそこそこ多かった。
 老朽化した建物には、修繕や補修が必要だ。なのはな第一団地内の中央道路を歩く作業着の男達の姿も、住人にとっては、いつもの景色の一つだった。
「今日の作業は長いっすか?」
 3人の作業着の男のうち、一番若い男が、年かさの男に尋ねた。
「長くなるなぁ……床下がシロアリに完全にやられちまっててな。上の階まで食い込まれてやがるんだ」
 その答えに、憂鬱そうにもう一人の男が応える。
「作業がでかいからな、作業中、住人には外に出ててもらうけどな、遅くなると、まだかって文句が来るんだぜ……」
 辟易したように話す男を元気づけるように、若い男が、明るい声を出した。
「昼は、どうするっす? 近いコンビニは……メーソンだったかな、いや、ナインヨレブンだったっけか……」
「それは昨日やった棟の話だろ。今日はヨイコーマートがすぐ東側だな」
「やった! 俺、あそこのカツ丼好きなんっすよ」
「……着いたぞ。無駄口叩かんと、一心不乱に仕事するんだ、美味く飯が食えるぞ」
 たくさん並ぶ団地の棟の一つ、住人が一時退去して静まり返ったそこに、3人の男達は入って行く。
 そのしばらく後、団地の共同玄関から中に入ってゆく一つの影があった。住人が戻って来たのではない。それは大人の男の背丈を越える大きさで、そして何よりも人ならざる異形の姿をしていた。
 皮肉にも、団地で今まさに駆除されている虫と同じ姿だ。
 それが団地に入り込んでから、男の悲鳴が相次いで聞こえ、そして程なく元通りの静寂が戻って来た。
 
 今日も日本各地のデウスエクスに対応するため、ヘリポートではヘリオライダー達がケルベロス達を募っている。
 黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)も、自らが予知した事件を、目の前のケルベロス達に説明していた。
「ローカストが事件を起こすんっす。あれっすよ、なんか、頭いいローカストが色々やらかしてたじゃないっすか。あいつら、どうも少し方針を変えたみたいで、今度は少しお頭の足りない手下を送り込み始めたんす」
 少し前に襲撃事件を起こしていたローカストより、知性が動物並に低い分、戦闘力は高い傾向にあるのだと、ダンテは付け加えた。
「奴らがどこを襲うのかってのを、武器・商人(闇之雲・e04806)さんが目星付けてくれて、おかげで自分、予知が出来たんっすよ」
 ホント、有難いっす。そう言うダンテは、日本地図帳を取り出し、どの地域、どの市、どの区……と、順繰りにケルベロス達に示してゆく。何故か、少し消沈している様子に見える。
「団地でシロアリ駆除してる業者さんがローカストに襲われるんっすよ。現場は、この『なのはな第一団地』のある一棟なんっすが……」
  地図を見ると、『なのはな第一団地』は、20棟からなる大規模団地だった。中央に管理棟と集会所があり、東西南北の4ブロックに5棟ずつ建っているようだ。
「実は、そっくりな建物だらけで、団地のどこで事件が起こるのか、良く分からなかったんす……」
 ダンテが消沈している原因はここにあったようだ。現地に行ってから被害者とローカストがどこに居るか探る必要があるのだ。
 ならば、分かっていることを全部教えて欲しいと促され、ダンテは続ける。
「襲われるのは業者さん3人で、多分作業始めたところっすね。手分けして同じ棟の一階床下で作業してるようなんす。そこをローカストが襲って、全員捕えて床下に閉じ込めようとするわけっす」
 もともと、さほどグラビティ・チェインを要さないローカストだが、知力が低いために、己の限界量が分からず見境なく3人全員からの収奪に走るようである。
「けれどグラビティ・チェインの吸収は遅いんで、いきなり3人の命が失われるわけじゃないっすが……ローカストは3人捕まえた後、他の住人を探して棟内をうろついた後、棟外に獲物を探しに出てしまうんっすよ」
 棟外に出るまでの猶予はどれだけか、その問いを受け、ダンテはしばらく考え込んだ。頭の中で計算を巡らせているらしい。
「アタマ悪いローカストっすからね。かなり、相当、現場に着くのが遅れた場合っすかね……」
 かなり、相当、とは、目星をつけず、総当たりで団地を探した場合か。そう問われ、ダンテは頷いた。
 もし、団地内の他の棟に出られてしまったら、最悪追跡不可能になるだろう。現場の早期特定のために何がしかの手立てを講じなければならない。
「あとは、ローカストの戦い方っすね。シロアリの外見通り、顎から伸びた牙、ぎざぎざの腕での斬りつけ、とげとげの脚蹴りで戦うようで、回復をしないのは、多分体力自慢だからっぽいっす」
 今回のローカストは単体攻撃を主とする。耐久力もさることながら、攻撃力も高いようだ。一度標的として狙われたなら、ただでは済まないだろう。
 知り得た情報を全て語り尽くし、ダンテはケルベロス達をヘリオンへと誘った。
「分からないことが多くって申し訳ないっす。でも、団地にローカストが入り込んだばかりの今、叩かなければならないんす。皆さんなら何とか出来るって、自分、信じてるっすから! よろしく頼むっす!」


参加者
セレスティン・ウィンディア(墓場のヘカテ・e00184)
黒田・稔侍(ブラックホーク・e00827)
武器・商人(闇之雲・e04806)
カルメネール・ブラン(如何様キキーモラ・e05242)
アクレッサス・リュジー(葉見ず花見ず・e12802)
九浄・聖沙(地球人の鹵獲術士・e14513)
水野・葵(傭兵幼女・e15084)
片桐・宗次郎(夜明けの・e17244)

■リプレイ


 なのはな第一団地東側敷地から道路を一本挟んだ先に、コンビニエンスストア『ヨイコーマート』はあった。
 まだ平日の午前中とあって、店内の客はまばらだ。水野・葵(傭兵幼女・e15084)は、弁当を選び、レジへと向かった。
「……おとーさんが……しろありくじょの……おしごとしていて……」
 ぽつりぽつりと話す葵に、店員の中年女性は優しい笑みを向け、ビニール袋に入れた弁当を手渡した。
「お弁当を届けるの? 偉いわねえ。なのはな団地のどこか分からないんだったら、管理人さんに聞くといいんじゃないかしら?」
 ヨイコーマートから出て来た葵を迎えたのは3人の仲間達だった。彼らは地図を広げ、現在地と団地を確認している。
「葵、お疲れさん。管理棟には他の4人が向かっているし、俺たちは団地を探索するか。ここから一番近いのは東側だな」
 葵の話を聞き、アクレッサス・リュジー(葉見ず花見ず・e12802)は、地図に表示された自分達の現在位置と団地との間を指でなぞった。傍らで九浄・聖沙(地球人の鹵獲術士・e14513)はヨイコーマートでの聞き取りについて、管理棟に向かった4人に携帯電話で連絡している。
「こちらは団地の探索を始めるわ。調べどころは色々あるわね……あら、棟入口の掲示板? そういう方法もあったわね。それじゃ、また後で」
 向うも管理棟に着いたそうよ。聖沙の言葉を受けて、ケルベロス達はなのはな団地東側の棟に向けて歩き出した。

 団地東側敷地には、4階建ての団地が5棟並び、壁には端からE-1から5までの表示がされている。コンクリートの壁は、塗装が所々剥げており、ヒビが入っていた。
 住人にとっては、毎日を過ごす家である団地だが、セレスティン・ウィンディア(墓場のヘカテ・e00184)に冷たい威圧感を与えてくる。人の手が生み出した無機質の塊が、四方八方から彼女を抑えつけて来るかのようだ。
(「セレス、大丈夫よ。人の命が掛かっているの。しっかりして」)
  そう自分に言い聞かせ、セレスティンは、全身で圧迫感を受け止め、5棟を見比べた。人のいない棟は、他の棟と様子が違うはずだった。例えば、洗濯物の数、駐車場の車の数……。
「中心から2棟目……表示はE-2棟ね。ベランダに住人が居たわ」
 ここは除外ね、と聖沙は飛行してE-1棟の様子を見ているアクレッサスを仰ぎ見た。アクレッサスは、ここも違うと合図している。次は隣のE-3棟だ。セレスティンはベランダの様子を観察する。
「E-3棟にはベランダの窓が開いている部屋が一階にあるわね。留守にするなら、そんな不用心なことしないわよね……この季節にずっと開け放しというのも、寒すぎるでしょうし」
 セレスティンは続いてE-3棟側の駐車場を見た。他の棟よりも停まっている車は多いように見える。在室者が多いという事だろうか……? ケルベロス達はE-3棟については一先ず保留にし、E-4棟の探索へと移った。
 E-4棟は、心なしか、今まで見た他の棟よりも静かなようだった。外から窓を見る限り、人の姿は見えない。かと言って、ここが現場だと、そうではないとも言い切るには些か心もとなさが残る。ケルベロス達は気配を潜めながら、共同入口を伺った。集合郵便受けの隣に小さな掲示板がある。
 掲示板を見ようと背伸びした葵を、良く見えるようにとアクレッサスがそっと抱き上げた。
「しろありくじょの、おしらせ……」
 掲示板の張り紙は、今日このE-4棟でシロアリ駆除が行われることを知らせるものだった。現場の特定完了――一旦入口から離れ、聖沙が管理棟の4人へと連絡を取ろうとした丁度その時、向うからの着信があった。


 なのはな第一団地管理棟は、団地敷地中央にあった。隣には集会所があり、団地住民のために解放されている様子だ。集まっている住人達をよそに、4人のケルベロスは、真っ直ぐ管理棟へと向かっていた。
「ヒヒッ……」
 わずかに口角を上げ、武器・商人(闇之雲・e04806)は笑い声を漏らした。
「商人、どうした?」
 黒田・稔侍(ブラックホーク・e00827)は帽子のつばを少し傾け、商人の方を見遣った。商人も微かに顔を上げ、稔侍の方を向く。眼は銀の髪に隠され、唇の形だけが彼の表情を形作っている。
「なにね、黒田の旦那。害虫駆除するお仕事の業者が、害虫に駆除されかける。なんとも皮肉なものだと思ってね。ヒヒヒヒヒ……!」
「はは、違いない。そして俺たちが害虫を駆除しちまえば、一周回って元通り、ってわけだ」
 笑みを浮かべる稔侍を、足取りも軽やかに先頭を歩いている、カルメネール・ブラン(如何様キキーモラ・e05242)がくるりと振り返った。
「そ、業者さんに代わってあたしらがお仕置き、ね。管理人さんに業者さんのいる棟聞いてみようよ」
 そう言い身を翻して管理棟の入口に入ってゆくカルメネールを、片桐・宗次郎(夜明けの・e17244)が後を追う。彼の思案顔は、カルメネールの言葉で少しほぐれたようだった。
「……早くローカストを見つけないと、っすね」
 宗次郎の言葉に、ああ、と稔侍が応えたところで、彼の携帯電話に仲間から着信があった。手早くやり取りを済ませ、稔侍は仲間達にその内容を伝える。
「あちらさんでは、聞き込みで棟を特定出来なかったみたいでな、近くの東側棟を探索するそうだ。俺達も早いとこ片づけちまおうぜ」

「シロアリ駆除? 酷くやられた棟から順番にやってるよ。今日の作業は……」
 ケルベロスと名乗った上で、シロアリ駆除についてカルメネールが尋ねたところ、初老の管理人は特に疑念を抱く様子もなく、バインダーを開いた。シロアリ駆除の他にも、修理や点検があるものと見え、幾枚かページを繰った後でシロアリ駆除の日程を見つけ出す。
「東側の……E-4棟だね。シロアリが酷くてね、作業が終わるまで住人は棟を出ているよ」
 外出する当てのない住人のために、集会所を解放しているのだと説明したところで、管理人は何かに気づいたようだ。ケルベロスが現れたということは、すなわち――。
 彼が喋りだそうとする機先を制し、宗次郎は周りに聞こえないように低く、しかし力強く囁いた。
「……大丈夫。俺達に任せてくださいっす。皆が傷つくようなことはないっすから」
「そうだよ。だから、いつもと同じにしててね。終わったらお知らせするから、それまで集会所の皆にはここで待っててもらってね」
 カルメネールも念を押す。管理人の表情からはいまだ不安な様子が滲み出てはいたが、ケルベロスに任せるしかないということは分かっているようだった。
 その間に、稔侍は探索結果を仲間達に伝えるため、携帯電話を取り出し、声を潜め離し始める。やり取りを終えた彼の口端に笑みが浮かんだ。
「あちらさんも棟を特定したぞ。E-4棟でビンゴだ。なら、次にやるべきことは至ってシンプルだな、急ごうぜ」


 E-4棟は、聖沙の張り巡らせた立ち入り禁止テープに囲まれていた。棟周辺は、しんと静まり返っている。日中の団地には不似合いなその静けさは、違和感を感じさせる。そこに混じる不穏さを感じ取り、身じろぎした葵は、商人の側に寄りそった。商人のいつも通り寸分変わらぬ笑顔に、少し気持ちがほぐれたような気がして、葵も微かに笑顔を浮かべた。
 合流した8人は、棟の入口側物置の陰にひとまず隠れて様子を伺うが、開け放しの入口には動く影はない。ローカストも――3人の業者も。
「設置した鳴子は今のところ鳴ってないわ。ローカストはまだ団地の中ね」
 囁く聖沙。ならば、ローカストが団地から這い出る前に……! ある者は眼差しで、ある者は身振りで。一瞬で了解を交わしたケルベロス達は、静から動へと転じ、一団となってE-4棟内部へと突入した。
 シロアリが建物を食い散らすとしたら、下からか。ケルベロス達は一階の廊下を駆ける。その視界に飛び込んできたのは、散乱する薬液のボトルや駆除のための道具だった。すぐ側の扉からケルベロス達は部屋へと踏み込んだ。
 畳が外された和室の床下に、繭そっくりの檻がある。それを切り裂き、作業着の若い男を助けだした。外へと逃げようとする男を、セレスティンはやんわりと押しとどめ、和室へと戻した。
「あなたを見つけられてよかったわ。もうしばらくそこで辛抱していてね? すぐにシロアリを倒してくるから」
 男を残し、再び廊下を駆けるケルベロス達。人の気配はない。残る2人の業者も捕えられているのか。片っ端から扉を開け、部屋に突入してゆく。
 そして、二階への階段へ着いた時、踊り場から巨大な二足歩行のシロアリが現れた。ケルベロス達を獲物と認識したのだろう、小脇に抱えていた男をどさりと床に落とした。その一瞬の隙に乗じ、先手を取ったのはケルベロスだった。四方八方から鮮やかな色の洗剤が浴びせかけられる。 
「手間取らせてくれたわね……頭悪いくせに」
 構わず動こうとするローカストの顎を、カルメネールのモップの突きが正面から突き、ローカストが態勢を整える前に縦横無尽に叩き、突く。泡まみれのローカストの側面を、階段の手すりの上から葵が急襲する。至近距離からのリボルバーの銃撃は過たず全弾命中し装甲を穿つ。
 衝撃で階段の壁に背をぶつけたローカストだが、壁を蹴り、真ん前にいたアクレッサスのボクスドラゴン、はこに噛みついた。鋭利な牙は易々と身体に食い込み思いの外深い傷跡を残した。
「あなた、体勢を崩してるわよ!」
 噛みつきのために前屈気味のローカスト。それを飛び越え、聖沙は首の後ろを揃えた両足で強かに踏みつけた。エアシューズ『リグザリオ』の底の車輪から迸る魔力が、衝撃で白光を周囲に散らした。
 全力の先制攻撃を受けたローカストに怯んでいる様子はうかがえないが、後じさり、階段を昇っている。それは高所の有利を得ようとしてのことだが、同じく階段を昇り食いつくケルベロスの追撃は、その程度では凌げない。
 稔侍を狙ったローカストの腕の逆刃が、壁をえぐり取り、瓦礫を散らした。壁には大きな亀裂が走っている。部屋の中に逃げ込まれて壊されてはなるものか。宗次郎はローカストの側面から仕掛けた。
「いくらこの世界を壊したって、人の希望までは壊せない」
 ローカストを確と見つめ立つ宗次郎から昇り立つ不動の意思は、見えない重圧となってローカストを階段へと追いやった。ローカストはプレッシャーを与えてきた宗次郎の方を向き、触角を向けた。ローカストは感情を読みづらいが、その動作には苛立ちか怒りか、確かにそういった感情が籠っているように見える。それを宗次郎は笑みで受け止めた。いつかどこかで、こうして戦っていた者……宗次郎の憧憬する正義の味方がそうしていたように、あくまでも、どこまでも不敵に。
「ヒヒヒ……片桐の旦那。虫が、網にかかったねぇ……」
 ローカストの様子を見て、笑いながら商人はゆるりと両腕を広げた。上を向けた掌からゆらゆらと陽炎が立ち上り、竜の形を取った。首を無造作に巡らせた竜の眼が、獲物を捕らえ、見据えた。次いで顎が開き、逆巻く炎が迸る。竜が掻き消えた後も炎はローカストの表皮で燻っていた。
 更なる鹵獲魔術の追撃が、ローカストを襲う。セレスティンは、昼の世界に存在するわずかな影と闇へ囁きかけた。闇の奥底へと声が染み渡った声に、低いうめき声が応える。そしてローカストの足元の影から、うめき声の主、闇を棲み処とするものが現れ、骨の手でローカストの腕を掴み己の棲みかへと引きずり込もうとする。
 それにローカストは抗ったが、冷気を残し消え去った闇の住人の指痕が装甲を拉いでいた。腕を庇うためか、ローカストはケルベロス達の真ん中を狙い、後ろ足で跳んだ。仲間を狙う強烈な蹴りをその身で引き受けたのは、稔侍だ。少なからぬ衝撃を受けた彼を、アクレッサスは、魔術による手術、それもかなりの力技で強引に治す。カルメネールのボクスドラゴン、ピノも、燐光を放ちながら飛び、仲間達の傷を癒していた。
 お互い庇い合う戦法を取った上で、アクレッサスとピノの二人が回復支援に徹しているおかげで、安定して戦いを進められている。その上、ローカストは我を失ったのか、時折後方の宗次郎を狙い、攻撃の機会を逸するのだ。
 この状況、攻めの一手あるのみだな――アクレッサスはにっと笑い、戦場を貫く声で仲間達に呼びかけた。
「お前さんたちのとっておきの一撃、食らわせてやりな」 
 ふ、とかるく笑い、稔侍は両手で構えたリボルバーを構え、引き金を慎重に引いた。弾倉が回転し、発射準備が整う。さらに深く、引き金を引く。
「覚悟を決めろ。この弾丸は必ずお前を撃ち抜く!」
 轟音と共に発射された弾は、ローカストの肩を撃ち抜いた。稔侍は引き金をもう一度引く。再びの轟音。今度は反対側の肩を打ち抜いた。両肩を撃たれたローカストの手が、だらりと垂れた。
「ふふっ、何とかと鋏は使い様……だけどキミのは使えもしないよねっ!」
 ただ見境なしに攻撃を加えるだけで、ケルベロスに翻弄されて己の力を使いこなせなかったローカストに、あくまでカルメネールはにこやかに挑発の言葉を投げかけた。KikimoЯaを支点に、ローカストを飛び越え、背後へと回る。次の反応は、カルメネールの方が速かった。ローカストは半ば振り返ったところで、首を一直線に切り裂かれ、体液を散らしながら、仰向けに倒れ込んだ。簒奪者の鎌が、その力を発揮し命を刈り取ったのだった。


 3人の業者を無事に助け出し、ケルベロス達は、団地の外へと出た。そこには先程と全く変わらない平和な景色が広がっている。任務は完了だ。
 カルメネールは業者の手伝いと、団地の掃除をするのだと言って再び団地に入ってゆく。団地の前に残ったのは商人と、葵と、宗次郎の3人だった。
「美味しいって噂のカツ丼を食べて帰らないっすか?」
 晴れやかな笑いで宗次郎が、2人をヨイコーマートへと誘う。葵がこくりと頷いた。
「水野の方はカツ丼が初めてなんだっけねぇ……今日食べられて、ちょうど良かったねぇ、ヒヒッ」
 商人もいつもの怪しい笑い声で応じる。
 ヨイコーマートのカツ丼は、店の中の調理施設で作られたもので、出来立てだった。揚げたてのカツに惜しみなく絡められた玉ねぎ入りの卵。ふんわりとした卵と、柔らかいカツは実に食べやすい。汁が染み込んだご飯も、食欲をかきたてる。
「……これがかつどん……すごく、ぼりゅーみーなのです……」
 初めての味を噛みしめる葵。その隣で、宗次郎はある女の子のことを思い出していた。此処には居ない、お腹を空かせた女の子。
「そうだ、お土産買ってたらきっと喜ぶっすね」
 ごちる宗次郎。その女の子の微笑みを思うと、彼も自然に、微笑みが浮かべてしまうのだった。

作者:譲葉慧 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年11月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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