マグロ以外の寿司など不要!?

作者:質種剰

●陸対海
 回転寿司店。
『お肉フェア開催中!!』
 入り口の傍で、それこそ生肉を模したのか淡い赤色へ白抜きの文字で記された旗がはためいている。
 その宣伝文句に違わず、店内は脂の乗った生ハムや身の締まった馬肉の赤身——どちらも握り寿司である——がレーンの上を次々と流れていた。
「ママ、ローストビーフ食べたい!」
「はいはい、ママは鶏のササミ食べよっと」
 客の会話もお肉一色、余程美味しいのか値段が安いのか、とにかく獣肉の握りは大人気らしい。
 レーンの真上、数倍速で滑っていく注文品も、鹿のロースト、馬の鬣、鯨のユッケ軍艦など、獣肉ばかりである。
 だが。
「マグロ以外のネタは寿司に非ず! 寿司はマグロさえ食べてれば良いんだーッ!!」
 突然、配下を引き連れたビルシャナが店内へ押し入ってきた。
「マグロ以外の魚や、まして魚肉ですら無い獣肉にうつつを抜かすなど言語道断! 断じて許すまじ!!」
「キャーッ!」
「助けて……!」
 ビルシャナと配下達が店内で大暴れしたせいで、何組ものお客の憩いの時間が、無残にもぶち壊されてしまった。

●鮪へ対抗せよ
「かけらさんはどんな寿司ネタが好き?」
「マグロだったら中トロをよく頂くでありますよ。マグロ以外なら蟹味噌が大好きであります♪」
 佐藤・非正規雇用(暗黒企業・e07700)の問いへにこにこと答えてから、小檻・かけら(麺ヘリオライダー・en0031)が説明を始める。
「そんな訳で、青森県にある回転寿司店が、近々ビルシャナの襲撃を受けるようなのであります」
 襲撃の首謀者は、個人的な主義主張によってビルシャナ化してしまった元人間で、個人的に許せない対象が『寿司屋でマグロ以外のネタを食べる事』らしい。
「非正規雇用殿の調査によって存在が確認できたそのビルシャナは、名を『鮪以外のネタ食う奴絶許明王』と言います」
 鮪以外のネタ食う奴絶許明王は回転寿司店の営業時間内に配下を引き連れ、正面入り口から押し込むようだ。
「皆さんには、そのお店へと先回りして明王を迎え撃ち、しかと討伐して頂きたいのであります。宜しくお願い致します」
 鮪以外のネタ食う奴絶許明王は、何より異端者を敵視しているため、ケルベロス達が色んなネタを食べて何が悪いなどと声高に叫べば、襲撃の手を止めてその主張に聞き入る筈だ。
「明王は、彼の主張に賛同する一般人を14人配下として従えているであります。しかし当人が教義の浸透よりも異端者狩りへ力を入れているせいか、未だ完全には開眼してません」
 それ故、ビルシャナ化した人間の主張を覆すようなインパクトのある主張を行えば、戦わずして配下を無力化、人間へ戻す事ができるかもしれない。
「配下達は、明王が撃破されるまでは戦闘に参加して皆さんへ襲いかかるでありましょう。ですが、一番先に明王を倒せば助けられるであります」
 戦闘時に配下が多くなれば、それだけ戦いで不利になる為注意。
 さらに、明王より早く配下を倒してしまうと往々にして命を落としてしまう事も、決して忘れないで欲しい。
「鮪以外のネタ食う奴絶許明王は、ビルシャナ経文とビルシャナ閃光を用いて攻撃してくるであります」
 理力に満ちた破魔の光である閃光は、複数の相手にプレッシャーをもたらすかもしれない遠距離攻撃。
 また、敏捷性が活きた謎の経文は、遠くの相手を催眠状態にする事もある単体攻撃だ。
「14人の配下は、大きな寿司桶を武器代わりに殴りかかってくるであります」
 もっとも、説得にさえ成功すれば配下は正気に戻るため、明王1体と戦うだけで済む。
「配下となっている一般人の方々は、明王の影響を受けていますので、理屈だけでは説得できないでありましょう。重要なのはインパクトでありますから、そんな演出をお考えになるのもオススメであります」
 今回ならば、やはり『様々な寿司ネタを食べるメリット』を推すべきでしょうか、とかけらは首を傾げてから、
「明王当人はもうお救いできませんが、回転寿司を楽しんでいるお客さん方や配下達をどうかお助けくださいませ。皆さんのご武運をお祈りします」
 ケルベロス達を彼女なりに激励した。


参加者
入谷・クリス(虹と彼方の境界線・e02764)
ヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)
佐藤・非正規雇用(バトルシップスタイル・e07700)
橘・相(気怠い藍・e23255)
猫夜敷・千舞輝(地球人のウェアライダー・e25868)
黒岩・白(すーぱーぽりす・e28474)
神永・百合(黒き迅雷・e37338)
シャルドネ・フルボディ(ヴァンブリュレ・e56475)

■リプレイ


 青森県の回転寿司屋。
「マグロ以外のネタは寿司に非ず!!」
 鮪以外のネタ食う奴絶許明王が配下と店内へ押し入ってきた時、既にケルベロスはテーブル席に繋がる通路を塞ぎ、襲撃を食い止める準備万端で待ち構えていた。
「ここで戦うと寿司が食えなくなるな……外で決着を付けよう」
 佐藤・非正規雇用(バトルシップスタイル・e07700)が、冷静な口調で明王と配下達へ移動を促す。
「ふん……いいだろう」
 明王がカッコつけて応じた為、ケルベロスは配下らを押しやるようにして店の外へ出た。
「大丈夫だね。落ち着いて。私たちが誘導します。さぁ、こっち」
 その間に店内の客を通用口から避難させるのは入谷・クリス(虹と彼方の境界線・e02764)。
 全員逃がした後は店の入り口へ立入禁止テープを張って、万一の逆流を防止する念の入れ様だ。
「マグロだけ食べる……それは良くないっスよ! 特に子どもとか!」
 まずは黒岩・白(すーぱーぽりす・e28474)が、キッと太い眉を吊り上げて強弁を奮う。
「マグロは大きくて長生きだから体に自然由来の毒がたまってるんスよね」
 食物連鎖の頂点に属する生物の宿命とでも言おうか、プランクトンや小魚の食べた毒素が巡り巡ってマグロの体内へ蓄積されていく事実は、厳然と存在する。汚染物質による生物濃縮の事だ。
「食べてもいいのは週に50~100g程度って基準もあるっス。大人だってその倍」
 特に子どもや妊娠中の女性に対して、生活事業組織の連合会はマグロの過剰摂取を控えるよう呼びかけている。
「週に100gぽっち!?」
「マグロの三種盛りとか食ったらすぐじゃん!!」
 あまりに身近でありながら知られざる現実に、驚きを禁じ得ない配下達。
「おいしいからってそればっかりだったらあっという間に基準を超えて病気になっちゃうっスよ!」
 白は、マグロを食べ続けるデメリットどころか体への悪影響を説いて、配下の心をへし折ってみせた。
「そんな……マグロを沢山食ったら身体に悪いなんて」
「俺は明日からどうやって生きていけば……」
 目論見通り、配下達ががっくりと打ち拉がれる。
「さて、そんな君たちにおすすめなのがサーモン!」
 頃合いを見計らって、ここぞとばかりにサーモンを推す白。
「マグロほどの毒もなく、何より安い! それに色んな楽しみ方ができる!」
 サーモン自体寿司ネタの中では根強い人気を誇り、彼女の言う通りオニオンサーモン、炙りサーモンなどバリエーション豊か。脂の乗ったハラスなどはそれこそマグロのトロにも負けない濃厚かつ上品な味わいを楽しめる。
「サーモンか……子どもの頃好きだったなぁ」
 白の二段構えの作戦は、配下の折れた心を大きく動かした。
 ちなみにこの日の彼女が使えたのはベアーハンマーであり、巨大な斧の具現化こそ出来ても生前のグレイの幻を顕現するのは無理である。
 他の動物勢との同時顕現かつ、その性質から配下を攻撃する事態は否めないが、白ちゃんと愉快な仲間たちならばまだ、グレイ登場を実現可能かもしれない。
「さぁ! 説得タイムの時間だ!」
 次いでビシッと指差して宣言するのは、避難誘導を終えたクリス。
「マグロしか認めない、気持ちはわかるよ。けど、それなら私は穴子を推すよ」
 イギリス人とのハーフなクリスが敢えて通好みなネタである穴子を推す自体、なかなかのインパクトである。
「穴子にも良さがあるんだよ? よくふっくらと煮えた身に、お酒、味噌、みりん、砂糖、醤油とシンプルなタレ」
 拙く短い説明ながら、寿司好きの胃へダイレクトに訴えかけて食欲を煽るクリスの作戦は、
「それらを煮詰めて塗った甘い『ツメ』が絶品! マグロにも負けず劣らずな一級品なんだよ」
(「あのタレ、本当に美味しそうだよな……」)
 配下だけでなく、無表情でヨダレを垂らす非正規雇用の心をも揺さぶった。
「最近マグロの脂がキツくて……穴子久々に食おうかな」
 中には、素直な気持ちの赴くまま穴子へ惹かれる配下も。
「どう、ぐうの音も出ないでしょ?」
 両目をニコニコと細めてドヤ顔になるクリスは満足そうである。
「どうだ! 恐れ入ったか!」
 続いて。
「お寿司っていろんな種類が揃っているのに選択肢を狭めるのはもったいない気がするなぁ」
 ヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)は、至極当然な正論を口にして、首を傾げる。
「彼らにとってツナはマグロに入るのか、気になるよね……」
 次に呟いたのは素朴な疑問だ。最近はツナサラダ軍艦などツナの寿司ネタも増えている。
「マグロ美味しいよね」
 一見、見た目通りのお子様な言動に感じられるヴィルフレッドだが、その実、至極冷静な内面を持ち合わせた性格。
「でもマグロ、特に黒マグロは世界中で獲りすぎて今や絶滅の可能性が出たくらい貴重だし、代用魚じゃないマグロだとお値段高すぎてお財布の中身が絶滅しちゃうよ?」
 今も生来のクールさを遺憾なく発揮して、マグロを食べるデメリットについての演説を簡潔ながら理路整然と展開、笑いを取る話術の高さまで披露した。
「うぅ……確かにマグロだけで腹膨らますのは懐が痛むんだよなぁ」
 思惑通りに頭を悩ませる配下を眺め、おもむろに店内から一つの皿を手に戻ってくるヴィルフレッド。
「……悩んだあなたに甘エビはどうだろう。ねっとりと甘い舌触りはとても美味しいよ」
 甘エビの握り2貫が乗った皿を見せて、にっこりと自信ありげな笑みを浮かべる。
「ふむ、甘エビだと……?」
「そう、このネタは甘い!」
 かと思えば、突如勢いづいて甘エビの良さを捲し立て、配下をビビらせた。
「お、おう……」
「ネタが甘くこってりとしているのにシャリがそれを包み込み見事なハーモニーを奏でる奇跡の逸品、これを食べないでなに食べるんだい!?」
 どうやら、ヴィルフレッドは好物の甘い物を目の前にすると子どもっぽくなる性質らしく、誰に請われずとも熱く語り出すそうな。
「甘くこってりした甘エビかぁ、高級で旨いイメージがあったなぁ」
「そうそう、ガキの頃はイクラに次ぐ憧れというか……」
 ヴィルフレッドの弁舌に影響されて、配下達は甘エビに対する欲を抑えきれなくなったようだ。


「いやぁ、マグロのネガキャンとか心が痛むなぁ。ツナの前身たるマグロニキのネガキャンとかなぁ」
 猫夜敷・千舞輝(地球人のウェアライダー・e25868)は、コスプレ好き故か去年の南瓜行列の時に着たフリフリのメイド服姿で登場。
「実は赤身そこまで好きでもないからエエんやけど。なんて思ってへんでーはっはっは」
 包み隠さず本音を語ってウイングキャットの火詩羽に呆れられるも、今回はマグロ教への反抗という目的にピッタリハマっている為、ツッコミという名の蹴りは免れた。
「そんなワケで、マグロ好きの皆様にオススメの一品を持って参りました」
 と、やはり店内から説得の要となり得る皿を取り、楚々と差し出す千舞輝——ちなみに店内のレーンを回る寿司皿は好きに使って良いと、非正規雇用が現場到着時に店員から許可を得ていた。
「うっ……!!」
 皿の上に鎮座ましましたるネタを見た時、配下のみならず明王までもが言葉を失った。
「どうぞ……『不完全に解凍された冷凍マグロが回転寿司で長らく取って貰えずに回り続けた結果、水と汁が混ざったみたいな液体が流れ出てシャリを浸した上にネタも赤いスポンジみたいになったマグロ』でございます……」
 そう。千舞輝が差し出したのは、回転レーンを何周もし続けて水分も鮮度も色ツヤも失い、スッカスカに乾燥したマグロの赤身の握りだったのだ。
「全ての寿司をマグロにしてみろ……こんな不幸な存在が! まだまだ生まれる事になるんだぞッ!」
 容易に予想し得る最悪な未来をひっさげて吼える千舞輝に、果たして配下達の誰が反論できただろう。
「ダメだ……あんなドス黒くなった赤身なんて、マグロへの冒涜だ……!」
 彼らに出来るのはもはや、スカスカカピカピなマグロ寿司という現実を前に、ただただ落ち込む事だけだった。
 一方。
 ガラガラガラッ!!
「お寿司が食べられると聞いて!」
 突然、引き戸を開けて声を張り上げたのは神永・百合(黒き迅雷・e37338)。
「最近の回る寿司屋さんはサイドも充実しとるから親子連れでも安心なんよな。唐揚げがまた酒のつまみにええんよ」
 上機嫌で回転寿司を賞賛する百合。現に右手へ唐揚げの皿を抱え、左手ではビールの満ちたジョッキをぐいぐい呷っていた。
「マグロしか食べたないんやったら回らない寿司屋行けばええやん?」
 そう配下へ何の衒いもなく——ほろ酔いの邪気の無さとでも言おうか——さらっと真理を吐く当人は、酒が飲めれば何でも良いタイプだとか。
 寿司ネタが肉だろうが魚だろうが酒に合えばそれで良い。サイドメニューも酒に合えば何だって構わない懐の広さである。
「そんだけ拘りあるんやったらむしろそういう気難しそうな大将の店に行けば気に入られるんちゃうか? まあ時価のマグロがどんだけするかは知らんけどな?」
 かように広い懐を有した百合が、寿司屋の唐揚げでビールを飲み飲み言うのだ。
 マグロ一辺倒スタイルを貫けば財布に大打撃たる理屈の明快さもあって、百合の弁に含蓄も説得力もあるのは当然と言えよう。
「うぅ……」
「後、これは聞いた話やけどな。あんまり好きやからって1つのもんばっかり食べとると身体が拒否反応起こして、アレルギーになるらしいで」
 人体の防衛反応とでも言うべきか、マグロに限らず食物アレルギーとしてはあり得る話である。
 つまりは、同じ物ばかり食べ続ける偏食が身体に悪い事を、身体自身も解っていて拒絶するのだ。健康を損なう危険信号として警告している訳である。
「マグロアレルギー……」
「もし罹ったらどうしよう」
 不安を掻き立てられた配下の顔色が、あっと言う間に悪くなった。
「マグロしか食わへんのにマグロアレルギーとか笑い話にもならへんなぁ」
 へっへ、と百合は青い顔の配下らを前に笑うと、ひと口サイズの唐揚げを爪楊枝で摘んで、残りのビールを一気に喉へ流し込んだ。
 他方。
「マグロ、嫌いじゃないよ。むしろ好きな部類だよ、というか一度は目一杯食べてみたいよね」
 橘・相(気怠い藍・e23255)は、その物静かな雰囲気からは意外に思える程饒舌に、マグロの印象を語った。
「まあ、たぶん死ぬほど食べたら二度とやりたくないとか思うんだろうけど……」
 人間心理の真理をものたまいつつ、相は悠々とマイペースに店内へ入って、何やらごそごそと調達。
「最近、橘家といえばお酒という風潮があるようだけど、それもこれもすべてあの親戚のせい……」
 ふと洩らした親戚への文句が、がらんとした店内に虚しく響く。
「と、それはともかくお寿司には日本酒が合うよね。握り寿司を片手に、日本酒をちびちびとヤるのがイイね!」
 ともあれ、再び外に出た相の両手は、日本酒とお猪口で塞がっていた。
「たしかにマグロもいいんだけどマグロだけじゃあ日本酒の真の良さを引き出せない」
 冷酒の盃を旨そうに舐めてから、眼鏡の奥で敢えて配下を見下すような視線を光らせる相。
「脂っこくなくて、それでいて風味豊かな……そうスルメのような!」
 妙齢のダウナー系メイドコスプレ美女のドヤ顔は、充分絵になったが。
「……え、スルメ?」
 その内容に、虚を突かれた配下達。
「寿司ネタですらなくね?」
「ん、スルメは寿司にはないか。じゃあイカで。ゲソでもいいよ」
 ツッコまれて簡単に主張を変える相へ、
「ゲソの握りと、他にはこんなのが」
 ガイバーン・テンペスト(洒脱・en0014)が店内から取ってきた皿を手渡す。
「いや炙ったスルメをシャリに乗せてもそれはそれでアリなのかもしれない」
 相は、受け取ったゲソの握りやヤリイカの姿寿司、寿司では無いがカラッと揚がったイカリングをガツガツ貪って、
「ヤバい、お酒が進むね!」
 と徳利を1本空けている。
「やっぱりほどよくチビチビとお酒が進むスルメが一番だね」
 断言する相を見て、
「イカか……確かにトロみたいな脂乗ってるのが続くと、つい食べたくなるんだよな」
 配下達もかなりイカへ心を奪われていた。


「覚えてるかしら、子どもの頃を」
 シャルドネ・フルボディ(ヴァンブリュレ・e56475)は、意味深な問いかけを説得のとば口にするべく、穏やかな声音を響かせた。
 決して宇宙に浮かぶラスボスという訳ではなく、柔らかな光を湛えたショートカットの金髪と、青く澄んだ瞳、そして何より薄手のレオタードの上からだとよく判る豊かな胸が魅力的な、レプリカントの少女だ。
「お祝いの日に、同じ桶を囲んで食べた寿司……宝石箱に光り輝く色彩達はマグロの赤だけだったかしら」
 そっと瞼を伏せ、両手指を巨乳の前で絡めて、シャルドネは歌うように優しく語りかける。
「黄白緑橙、どんなご馳走よりも煌めいてなかった? そして桶の黒い夜空から、どの星掴むか悩んだはず」
 黄色は卵、白はイカ、緑はカッパ巻き、橙色はサーモンもしくはイクラだろうか。
 どれも子どもが食べ易い寿司ネタであり、誰しも想い出の中で一度は好物だった事があるに違いない。
「あぁ……懐かしいなぁ、誕生日にはよくばーちゃんが寿司の出前を取ってくれたっけ」
「兄弟で必ずウニとイクラの取り合いになってたわ」
「寿司桶の隙間を埋めている卵焼き、あれ全部貰えるの嬉しかったよなー」
 シャルドネの話術や構成力は素晴らしく、実に楽しそうに子どもの頃の思い出話へ花を咲かせる配下達。
「『何食べようか』と瞳を輝かせたあの時のワクワク……もう忘れてしまったの?」
 切なげに尋ねられて初めて、ハッと自らの郷愁から現実へ引き戻された。
「あたしはこの前ダモクレスから変形したばかり。だからそんな思い出有りはしない、持ってるあなた達が正直羨ましい……」
「……」
 更にはここぞとばかりに身の上話をさらりと披露して、配下の同情を引くシャルドネ。
「でも、新しい思い出を作る事はできる。さあ、みんな遠慮なくどうぞ」
 予め注文していた26人前の寿司桶を持ってくるや、まずは配下へ振る舞った。
「う、旨そう……」
 いきなり思い出を形にされて、配下の心は大いにぐらつく。
「もしマグロ以外の寿司全部無くなたら、君達が対照できるものはただ一つ、それはマグロ寿司そのものだ。君達は、赤身中トロ大トロどちらが一番美味いか決めざるを得ない」
 ライスリも片言の日本語ながら説得の援護射撃を見舞った。
 さて、満を持して説得を始めるのは非正規雇用。
「君達、軍艦巻きを知っているかね……」
 足元では店長が非正規雇用の手にした皿を不思議そうに見上げている。
 少なくとも100円皿ではない柄物の皿へ、何のネタが判らぬよう布を被せてあるからだ。
 非正規雇用は皿を目の高さまで掲げ、配下の前で布を捲ってみせた。
「……これがオレの軍艦巻きどぅわぁ!!」
 皿の上に鎮座していたのは、イクラの軍艦巻き——それも、本物の軍艦に見えるよう細工した海苔に合わせて酢飯が調節された、模型風の細工寿司である。
 また、イクラの色艶が遠目にもよく判る『こぼれ軍艦』で、軍艦の窓や海面を表した新鮮なイクラが宝石の如く輝いている様は、えもいわれぬ迫力があった。
「ぐっ!」
 一般的にマグロの寿司よりも値が張るイメージのあるイクラを対抗馬に出されて、配下達が気圧される。
「ま、マグロにだって軍艦巻きはあるぞ! ネギトロとかユッケとかツナサラダとか!」
 中には苦しい反論を試みる配下もいたが、声が震えているだけ、自身でも苦しい抵抗と解ってるらしく、
「ネギトロは……サラダ油加えて食感良くしてるし……」
 別の配下などはそんな裏事情を洩らして周りからド突かれたりしている。
「写真を撮ってSNSに載せてもいいぞ」
「だ、誰がマグロ以外のネタの写真なぞ……」
 非正規雇用の挑発に動揺する配下達。
「イクラの魅力は他にもあるぞ! 口に入れた後のぷちぷち……そう、あのぷちぷちは何物にも代え難い……」
 実際、あの皮が弾ける食感をイクラならではの醍醐味と感じる者は多かろう。
「『自分へのごほうび』的なアトモスフィアに包まれるぜ……」
 非正規雇用は、豪華極まりない軍艦巻きの味を思い浮かべる。
 そもそもイクラ自体、バイトの安月給ではなかなか食べられない高級品。
 なればこそ、非正規雇用が憧れの対象として語る様子に強い説得力も宿ると言うものだ。
「ああもう我慢とか無理! マグロ以外のネタも食べる!」
「俺も! この寿司桶マジで摘んでいい?」
「俺甘エビ貰うわ」
「俺穴子ー」
「いっぺんこの唐揚げやイカリング食ってみたかったんだ」
 ケルベロスらの力を尽くした説得が功を奏し、配下全員が無事に教義から解き放たれる。
 すぐにガイバーンとミリアが彼らを避難させ、ケルベロスと明王は戦場を駐車場へ移した。
「わしがライトニングウォールを使ったのじゃ」
「いやいや無理だろ。ガイバーンさんいつウィッチドクターになったんだよ」
 などと、何故かミリアが声真似をして自分の手柄をおっさんへあげようと試み、非正規雇用にツッコまれる一幕があったものの、
「さぁ君にラブコールを!」
 最後はヴィルフレッドが明王へ忍び寄り、胸を撃ち貫いて引導を渡した。

作者:質種剰 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年5月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 2
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