いつも眠りにつく前に

作者:土師三良

●安眠のビジョン
「よく聞け、腰抜けの青二才のクソ野郎ども! ぬいぐるみを抱いて寝ることが許されるのは三歳までだ!」
 夕日に染まる公園でビルシャナが怒鳴り散らしていた。なぜか軍服姿だ。
 彼の前に並んでいるのは初々しい新兵たち……ではなく、五歳前後と思われる子供たち。女児が七人、男児が三人。皆、左腕にぬいぐるみを抱えている。
「なぜ、貴様らはぬいぐるみを抱いて寝る? 夜が怖いのか? 闇が怖いのか? しかし、ぬいぐるみなんぞを抱き締めたところで、恐怖からは逃げられんぞ! 強い大人になりたければ、自分一人の力で恐怖に立ち向かえ! 判ったか!?」
「さー! いえっさー!」
 子供たちは声を揃えて答え、一斉に敬礼した。微笑ましい光景に見えなくもない。全員の目から生気が失われ、顔が能面のようになっているという点を無視すれば。
 そう、この子供たちはビルシャナの洗脳下にあるのだ。
「よし! では、ぬいぐるみを捨てろ!」
「さー! いえっさー!」
 子供たちは一人ずつ前に出て、ビルシャナの前にぬいぐるみを置いた。
 全員がそれを終えた時、ビルシャナの足下には小さな山ができていた。十体のぬいぐるみで構成された山。
「この小汚いぬいぐるみどもに未練はないな!」
「さー! いえっさー!」
「今夜からは一人で寝るんだぞ!」
「さー! いえっさー!」
「いい返事だ。しかし、それだけでは足りない! 最後に貴様たちの覚悟を示せ! 自分たちの甘ったれた心の象徴が灰になる瞬間を見届けることで!」
 五度目の『さー! いえっさー!』を待つことなく、ビルシャナは炎のグラビティを放ち、ぬいぐるみの山を灰に変えた。

●明子&音々子かく語りき
「茨城県日立市にある海の見える公園に鬼軍曹じみたビルシャナが現れました」
 呆れ顔に少しばかり怒りの色を混ぜて、ヘリオライダーの根占・音々子が語り出した。言うまでもなく、聞き手はケルベロスたち。場所はおなじみヘリポートである。
「それがまた実に大人げのないビルシャナでして。『ぬいぐるみを抱いて寝るのは許さない』みたいな教義を掲げて、就学前の子供を十人も洗脳しちゃってるんですよー」
「確かに大人げないわねー」
 と、頷いたのは千手・明子(火焔の天稟・e02471)だ。
「ぬいぐるみに親を殺されたわけでもないでしょうに……まあ、そんな輩は容赦なくとっちめてやるけど、問題は子供たちのほうね。洗脳されているということは、その子たちも戦闘に介入してくるんでしょう?」
「はい。ですから、ビルシャナに手出しする前に子供たちを説得して正気に戻す必要があります。ただし、説得といっても洗脳されている上にお子ちゃまですから、理屈よりもインパクトを重視したほうがいいと思います」
「インパクトねぇ。やっぱり、ぬいぐるみの可愛さをドーンと知らしめるというのが常套手段かしら?」
「そうですね。本物のぬいぐるみで釣るもよし。ぬいぐるみっぽいモフモフ系のサーヴァントやペットの可愛さをアピールするもよし。自分で着ぐるみを纏うもよし。ウェアライダーの人なら、動物変身するもよし」
「全員が着ぐるみ姿で参加したら、遊園地のパレードみたいな光景になっちゃうわね」
 苦笑じみた笑みを口許に浮かべる明子。
 音々子も同じように笑ったが、すぐに顔を引き締めた。
「楽しい絵面の任務になりそうですけど、楽しいだけで終わるわけにはいきません。子供たちの夢と心を踏みにじる横暴かつ狭量なビルシャナを――」
「――きっちり退治してやるわ! まっかせなさい!」
 明子は力強い声で後を引き取り、自らの胸を拳で叩いた。


参加者
アジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470)
千手・明子(火焔の天稟・e02471)
ミチェーリ・ノルシュテイン(青氷壁の盾・e02708)
琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)
鉄・千(空明・e03694)
巴江・國景(墨染櫻・e22226)
エドワード・リュデル(黒ヒゲ・e42136)
エリアス・アンカー(異域之鬼・e50581)

■リプレイ

●モフれよ、さらば与えられん
「最後に貴様たちの覚悟を示せ! 自分たちの甘ったれた心の象徴が灰になる瞬間を見……あれ?」
 鬼軍曹気取りのビルシャナの目がテンになった。
 いつの間にか、彼の前に並んでいた子供たちが一人増えて十一人になっている。新たに加わったのは、他の子たちよりも年嵩の少女。
 そして、軍曹の足下に積み上げれたぬいぐるみも一つ増えて十一体になっていた。新たに加わったのは、黒豹のぬいぐるみ。
 珍事はそれだけにとどまらない。奇妙な一団が公園にどやどやと入ってきた。何故に奇妙なのかというと……大半の者が着ぐるみを纏っているのだ。ニワトリさんの着ぐるみ、ウサギさんの着ぐるみ、クロネコさんの着ぐるみ、オオカミさんの着ぐるみ、金色の竜派ドラゴニアンさんの着ぐるみ、そして、ビルシャナさんの着ぐるみ。
「燃やすのは待つでござるよぉーっ!」
 ビルシャナさん(繰り返すが、本物のビルシャナではなく、着ぐるみである)が叫んだ。元・軍人の某ケルベロスに似た声で。
「そうよコケッ! 燃やしちゃいけないコケッ!」
 ニワトリさんも子供たちに訴えた。ニワトリといっても、そのシルエットは球形に近い。サキュバスの某ケルベロスが使役するファミリアロッドのニワトリと同じように。
「コケ、コケッ、コケェーッ!」
 自らの言葉にエコーをつけるニワトリさんであったが、ふと『素』に戻ってしまい、小声で呟いた。
「語尾にコケをつけるのって、喋り辛い上に恥ずかしいですわ……で、でも、頑張る」
「ええ、頑張りましょう。これも子供たちのためです」
 ニワトリさんを励ましたのはクロネコさん。猫耳付きのフードの下の顔は人派ドラゴニアンの某ケルベロスにそっくりだ。
「俺も口調を変えたほうがいいかな。普段よりも柔らかい感じで……」
 と、オウガの某ケルベロスに似た声で独白した後で、オオカミさんが子供たちに語りかけた。
「僕らは君たちの友達の友達だ。君たちの友達の泣いている声が聞こえたから、ここに来たんだよ」
「ふざけるな! ぬいぐるみが泣くわけないだろうが!」
「そんなことないコケッ!」
 眼を剥いて怒鳴る軍曹にニワトリさんが反駁した。
「ぬいぐるみもね、長く愛してあげると魂が宿って、泣いたり笑ったりするようになるコケよ! もちろん、お喋りだってするコケッ!」
 ほぼ球形の着ぐるみをぐるりと半回転させて、ニワトリさんは軍曹から子供たちに向き直った。
「ねえ、ぬいぐるみが貴方たちに喋りだしたら、素敵だって思わないコケ?」
「思うでござーる! とぉーっても素敵でござるよぉーっ!」
 まだ状況が把握できずにいる子供たちに代わって、ビルシャナさんが答えた。ハイテンションで飛び跳ねながら。
「素敵ですね」
「素敵ドラ! 素敵ドラァー!」
 クロネコさんが静かに頷き、ドラゴニアンさんがビルシャナさんに倣って跳ね回る。もっとも、後者の動きには切れがない。プライドが邪魔して、弾けることができないのだろう。
 軍曹にもそれが判っているのか、ドラゴニアンさんのことなど無視して、ビルシャナさんのほうに怒鳴った。
「うっとうしい! 黙れ、この偽ビルシャナ!」
「偽ビルシャナだと? そういう貴様は――」
 ビルシャナさんが足を止め、口調を変えて軍曹に言い放った。
「――偽軍人だろうが!」
「な、なにを言うか!? 俺は本物の軍人! そう、合衆国海兵隊にその人ありと言われたガーハートマン軍曹であーる!」
 頭に乗せたキャンペーンハットの角度を直して、軍曹は名乗りをあげた(あきらかに偽名だ。日本人なのだから)。本人は凛然たる態度を取ったつもりなのだろうが、動揺は隠せていない。ビルシャナさんが着ぐるみ越しに発した威力――本物の軍人じみたそれに気圧されているのだろう。
「とても本物には見えんがな」
 ビルシャナさんと同種の威力を漂わせながら、軍曹をぎろりと睨みつけたのは神崎・晟。その身に纏っているのは海上自衛隊の士官の制服。もちろん、本物だ。
「ぐぬぬぬ……」
 軍曹は悔しげに呻いた。『本物』の二人との格の違いを自覚したのだろう。
 そんな彼を(わざわざ着ぐるみの瞼を半眼にして)冷ややかに見ながら、ビルシャナさんが子供たちに警告した。
「皆、騙されてはいけないでござる! こいつは悪い奴ですぞ! ぬいぐるみを集めて、よからぬことに使おうとしているでござる!」
「いいかげんなことを抜かすな!」
 と、ビルシャナさんに詰め寄ろうとした軍曹であったが――、
「おっと、ごめんよ」
「んぎょわぁーっ!?」
 ――オオカミさんに行く手を阻まれ、情けない悲鳴とともに飛び退った。
 もちろん、ただ阻まれただけのことで悲鳴をあげたのではない。オオカミさんの着ぐるみから鬼神角が突き出て、軍曹の尻に突き刺さったのだ。子供たちには見えない角度で。

●汝の隣人をモフれ
「ええい! なんなんだ、貴様らは!? ガキどもにデタラメを吹き込むわ、尻に凶器を突き刺すわ……って、また変なのが増えてるぅーっ!?」
 軍曹が絶叫した。
 彼の視線の先にいるのは一頭のトナカイ。『変なの』呼ばわりされたが、実に愛らしい。
 柴犬サイズのトナカイなのだから。
 軍曹のヒステリックな反応などどこ吹く風と受け流して、小さなトナカイさんは子供たちに体をすり付け、あるいは鼻先でつつき、目線を誘導した。
 ウサギさんの着ぐるみに。
 エプロンをつけたそのウサギさんは幼児向け教育番組のお姉さんを彷彿とさせた。お姉さんだけでなく、番組のアシスタント兼マスコット的な存在もいる。ウサギさんの両横に控えているテレビウムのアップルとオルトロスのイヌマルだ。
「こんにちわー!」
 子供たちに挨拶するウサギさん。顔出し型の着ぐるみから覗く笑顔を見て、人派ドラゴニアンの某ケルベロスを思い出す者もいるかもしれない。
「皆は知ってるかなー? どうして、ぬいぐるみたちが皆のところに来たのか?」
 その問いに対して、トナカイさんとアップルとイヌマルが『んー? わかんない』とばかりに首をかしげてみせると、子供たちも釣られて首をかしげた。
「いや、ちょっと待て! これはいくらなんでも可愛すぎるだろ! 反則、反則!」
 と、思わず自分のキャラを忘れて軍曹が割り込んできたが、誰も相手にしなかった。
「それはね――」
 ウサギさんは丸い体のフクロウのぬいぐるみを自分の前に置いた。
「――君ト友達ニナリタクテ来タンダヨー!」
 と、フクロウの台詞を口にした後で、青みがかかったウサギのぬいぐるみを取り出した。
「友達ダカラ、眠レナイ夜モ傍ニイルヨ!」
 ウサギの台詞に続いて、新たなぬいぐるみが登場した。二体のパンダだ。
「私タチモ暗闇ハ怖イケド――」
「――友達ト一緒ナラ、強クレナレルンダ!」
 その四体のぬいぐるみはウサギさんの宝物だった。義姉や友人たちから贈られたプレゼント。
 子供たちがそれを知るはずもないが、ぬいぐるみたちに対するウサギさんの愛はしっかりと伝わったのだろう。一人四役のぬいぐるみ劇場が終わると、子供たちの目は自然と移動した。
 自分たちが捨てたぬいぐるみに。
「ぬいぐるみさん、かわいそう……」
 子供たちと同じ方向を見ながら、天見・氷翠がしょんぼりと呟いた。ひよこのぬいぐるみを抱きしめている。
 その横に立つ月杜・イサギもぬいぐるみを抱えていた。ボリュームたっぷりのウサギの抱き枕。
 空国・モカも大きなぬいぐるみをアピールしていたが、他の二人のように立ってはいない。ブルーシートを敷いて、ぬいぐるみとともに寝そべっている。
「なんだかとっても眠いんだ……」
 天使の群れが降りてきそうな光景だ。ルーベンスの絵はどこにもないが。
「この子はね、怖い夢にうなされてばかりいた私に義妹が贈ってくれたんだ。『兄様が安心して眠れるように』って祈りと一緒にね」
 抱き枕を軽く撫でながら、イサギが語りかけた。ぬいぐるみを見つめ続けている子供たちに向かって。
「君たちのぬいぐるみも、大好きな家族が贈ってくれたものだろう? だったら、簡単に手放してはいけないよ」
「そうよコケー!」
 と、ニワトリさんが同意を示した。
「家族から贈られたことによって、そのぬいぐるみも貴方たちの新しい家族になったコケ! 家族を捨てた挙げ句に燃やしちゃうなんて、絶対に許されないコケー!」
「その通りです」
 クロネコさんがニワトリさんの言葉に頷くと、それを真似るかのようにトナカイさんが首を上下に動かした。
「まあ、世の中には本物の家族に捨てられて、ぬいぐるみとしか寝ることができない不幸な男もいるが……」
 晟がちらりと横に目をやった。
 すると、そこにいたドラゴニアンさんの口が大きく開かれて――、
「俺か!? 俺のことかぁーっ!?」
 ――竜派ドラゴニアンのヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)が顔を覗かせ、泣き声混じりの怒声を発した。
「ヴァ、ヴァオリョーシカ?」
 体を退き気味にして呟くウサギさんであった。

●幸いなるかな、モフれる者
「い、いかん。新兵たちの心が揺らいでいる。ここで一発、活を入れ直さないと……って、またまた変なのが増えてるぅーっ!?」
 軍曹の数度目の絶叫が公園内に響き渡る。
 新たな着ぐるみが現れたのだ。
「ぐはははははは!」
 今度は確かに『変なの』だった。竜派ドラゴニアンの某ケルベロスと同じ声で笑う、凶悪な面構えのカンガルーさん。よく見ると、クマさんもいる。『よく見ると』が付くのは、カンガルーさんの背後に隠れるようにして立っているからだ。
「貴様らに捨てられたこいつらは、今日から俺の友達になるのどぅわー!」
 カンガルーさんは軍曹を押しのけて、子供たちのぬいぐるみを腹部のポケットに次々と入れ始めた。
「な、なに!? 軍曹以外にも皆の友達を狙う奴がいたのか!」
「このままで友達が皆、あのカンガルーさんに奪われてしまいますぞー!」
 オオカミさんとビルシャナさんが大袈裟に喚きたてた。
 子供たちの不安を煽るかのように。
 そして、勇気を沸き立たせるように。
「いきなり現れてなにをやっとるんだ、貴様は!? というか、ポケットがあるということは雌という設定なのか、コラァー!」
 と、喧嘩腰で問いかけてくる軍曹を無視して、カンガルーさん(雌?)はすべてのぬいぐるみ(あの謎の黒豹も含む)をポケットに収納した。
「こいつらはもう貴様らの友達じゃない! この俺の友達だぁー!」
「タスケテー!」
「オウチニ帰リタイヨー!」
「コンナイカツイ奴ノ友達ナンテ嫌ダヨー!」
 ポケットの中のぬいぐるみたちが子供たちに救いを求めた。いや、もちろん、ぬいぐるみが本当に喋っているわけではなく、背後のクマさんが声をあてているのだが。ちなみにその声は、ウサギさんに二体のパンダを贈った友人に似ていた。
「どうだ、聞こえるだろう? この嫌そうな声が! 貴様らが大事にしておけば、こんなことにはならなかったのになぁー! ぐはははははは!」
 肩を揺らして哄笑するカンガルーさん。
 そこに近付いていく者が一人。十一人目のあの少女――新条・あかりだ。
「僕の可愛い黒豹さんを返して!」
 その哀願にカンガルーさんが反応するよりも早く、小さな黒豹がポケットから自力で這い出してきた。
 そして、ウェアライダーの玉榮・陣内に姿を変えた。言うまでもないことだが、動物変身を使っていたのである。
「救い出してくれてありがとう、姫。私は、悪い魔法使いに呪いをかけられ、ぬいぐるみにされていたのです」
 片膝をついて、少女の手を取る陣内。いや、あかりはもう少女ではない。防具特徴の『エイティーン』によって、十八歳の姿になっている。
「貴方は……王子様? ううん、そんなことはどうでもいいんだ。貴方が王子様でも黒豹さんでも世界で一番大好きだよ」
「めでたしめでたしコケッ」
 と、ニワトリさんが物語を締めくくった。
「めでたくねーわ!」
 ハッピーエンドの余韻を軍曹が咆哮で吹き飛ばした。
「なんだよ、この幼稚な三文芝居は!? 見てるほうが恥ずかしいぞ!」
 だが、子供たちの表情から判断する限り、『幼稚な三文芝居』とやらを恥ずかしいとは思っていないようだ。むしろ、魅せられているように見える。
 それに気付いたのか、軍曹は更に声を荒げた。
「こんな奴らに惑わされるなぁー! いいか、ぬいぐるみってのは友達でも家族でもない! ただのモノだ! モノなんぞを抱いて寝るような奴ぁ、立派な大人になれないぞ!」
「立派な大人だろうが、立派じゃない大人だろうが――」
 と、カンガルーさんがどこか物悲しい声で言った。
「――一人では眠れない寂しい夜があるものだ。まあ、俺には貴様らの友達がいるから、平気だけどなー!」
 声を先程までの調子に戻し、ぬいぐるみの詰まったポケットを軽く叩いてみせるカンガルーさん。
 彼に対して、子供たちはなにもできずにいた。あかりたちの物語に希望や勇気を与えられたものの、まだ少し足りないらしい。
 しかし――、
「怖いですか? だったら、私とともに参りましょう」
 ――クロネコさんが優しい言葉で子供たちの背中を押した。
「そうだ。僕たちと一緒に友達を助けよう!」
「皆、ぬいぐるみのことが大好きだよね? ぬいぐるみたちもきっと皆のことが大好き! その想いに答えてあげよう!」
 オオカミさんとウサギさんも声を励ました。
 そして、トナカイさんが子供の一人に近付き、上目遣いで見つめながら、服の裾をくわえてそっと引っ張った。
「だから、そういう可愛い仕草は反則だって! 俺でさえ、胸がきゅんきゅんするわぁーっ!」
 軍曹がもどかしげに身をよじらせる。
 しかし、彼の声など誰も聞いていなかった。
 皆の耳朶を打ったのは――、
「マカ兵衛を返してぇーっ!」
 ――カンガルーさんにぶつけられた、一人の子供の叫び。
 それに続いて、他の子供たちも次々と叫び始めた。
 自分の友達にして家族の名を。
「戻ってきて、イッチー!」
「ミナモンを返せぇーっ!」
「捨ててごめんね、ウェッサーマン!」
 大半の子供が泣いていた。中には恐怖を捨てきれずに震えている者もいる。だが、一人きりで震えている者はいない。ウサギさんやクロネコさんやオオカミさんが寄り添っているのだから。
「よく言ったわ! えらーい!」
 子供たちの魂の叫びに応じて、クマさんがカンガルーさんの背後から飛び出した……と、思いきや、すぐにまた背後に戻り、カンガルーさんの腰を抱え込んで反り投げた。華麗なるジャーマンスープレックス。
「ぎゃふん!」
「さあ、今のうちに友達を助けてあげて!」
 漫画的な悲鳴をあげてカンガルーさんが気絶(した振りを)すると、クマさんは子供たちに指示を送った。もっとも、指示するまでもなく、全員がカンガルーさんに群がり、ぬいぐるみを救い出していたが。
 それを見届けると、トナカイさんのミチェーリ・ノルシュテイン(青氷壁の盾・e02708)が軍曹に向き直った。
 動物変身を解いて、人型に戻りながら。
 クロネコさんの巴江・國景(墨染櫻・e22226)もミチェーリの横に並び、猫耳付きフードを払い、軍曹と対峙した。
 戦いが始まろうとしていることを察し、別のネコさん――玄梛・ユウマが隣人力と慣れないネコ語を使って、子供たちに避難を促した。
「ここは危ないので、向こうで一緒に遊びましょうにゃあ!」

 数分後。
 カンガルーさんのアジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470)とクマさんの千手・明子(火焔の天稟・e02471)とウサギさんの鉄・千(空明・e03694)は公園のあちこちをヒールをしていた。
 軍曹の姿はどこにもない。いとも簡単に倒されたのだ。
「どんな風になるかしらーらーらー♪」
 修復後の変化を楽しみにしながら、鼻歌交じりにヒールを施す明子。
 期待は裏切られなかった。ジャングルジムに組み込まれていたパンダのオブジェがカンガルーのような子連れ仕様に変わったのだ。
「というか、これはパンダだったのか?」
 千は少しばかり呆気に取られていた。無理もない。以前から何度もヒールされたため、そのオブジェはピンク色に染まり、翼が生え、頭部がカボチャの仮面に覆われていたのだから。
 ニワトリさんの琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)は氷翠とともに子供たちのぬいぐるみの汚れを落としていた。ほつれを縫い直して『素敵なお姉さん』アピールをすることも忘れない。
「ねえ。貴方たちに結婚適齢期のお兄さんはいないコケ?」
 半ば本気で発せられたその問いに子供たちはきょとんとした顔を返した。
 そして、ぬいぐるみの修繕が終わると、再び動物変身したミチェーリ、ビルシャナさんのエドワード・リュデル(黒ヒゲ・e42136)、オオカミさんのエリアス・アンカー(異域之鬼・e50581)、ヴァオリョーシカ状態のヴァオを交えて、子供たちは公園で遊び始めた。
 もっとも、ヴァオはすぐに脱落した。子供の一人に残酷な問いを投げかけられて。
「おじちゃん、家族に捨てられたって本当?」
「……」
「ヴァオさんが息をしてませんにゃー!」
 ユウマが叫んだ。

 ヴァオの死(?)を気にすることなく、公園内を駆け回り続ける子供たち。
 遊び疲れて今夜はぐっすりと眠ることだろう。
 最高の友達と一緒に。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年5月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 3
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