終わりなき午後の決闘者

作者:土師三良

●宿縁のビジョン
 荒涼たる大地に銃声が響き、岩の上に並べられていた空き缶が跳ね上がった。銃声は六発。空き缶も六つ。
「百発百中! 今日も調子いいっすよー」
 リボルバー銃を手にして会心の笑みを浮かべたのはコンスタンツァ・キルシェ(ロリポップガンナー・e07326)。この荒野で射撃訓練をしているのだ。
「次は曲撃ちをやってみるっすかねー」
 鼻歌交りにリロードを終えた時、挑発的な言葉を背中にぶつけられた。
「鉄砲ごっこは楽しいあるか、おじょーちゃん?」
「はぁ?」
 振り返ったコンスタンツァの視界に入ったのは、細い目をした痩身の男。派手なシャツを着て、ノートパソコンを持ち、何本ものケーブルが付いたヘッドギアを装着している。いや、そのヘッドギアは体の一部なのかもしれない。シャツの襟元から覗く胸も、剥き出しの両腕も、なにも履いていない両足も、機械化されているのだから。
 あきらかに地球人ではない。レプリカントか、あるいは――、
「――ダモクレス?」
 険しい目つきをして呟くコンスタンツァに向かって、痩身の男は会釈した。
「お初にお目にかかるね。私、『チャン』という者ある」
「なんなんすか、その喋り方? めちゃくちゃうさんくさいっていうか、嘘っぽいっすよ」
 鼻白むコンスタンツァを無視して、チャンは話を続けた。
「私、手頃な獲物を探してたあるよ。お嬢ちゃん、ケルベロスでしょ? だったら、獲物にピッタリね。こうして出会ったのもなにかの縁ということで――」
 細い目が更に細くなり、口の両端が吊り上がる。それはとても朗らかな笑顔に見えた。全身から滲み出る悪意を無視すれば。
「――私の獲物になってちょーだい」
「獲物ぉ? やれやれ……」
 コンスタンツァは大袈裟に肩をすくめてみせた。
「『雌カマキリのキルシェ』一門のアタシを獲物扱いするなんて、思い上がりもいいとこっすね」
 銃を手の中でくるりと回し、ホスルターに戻す。
 戦意がないことを示したのではない。その逆だ。『受けてたつぜ』という意思と『いつでもかかってきな』という挑発。
「教えてあげるっす。あんたこそが獲物だってことを!」

●音々子かく語りき
 ヘリポートに集まったケルベロスたちの顔ぶれを確認した後、ヘリオライダーの根占・音々子は語り出した。
「一時期、ダモクレスによる人間のアンドロイド化事件がよく起こっていましたが、世の中には自分の意思でダモクレスに改造されちゃう不届き者もいるようです」
 そんな『不届き者』の一人の動きを音々子は予知したという。
 その男の名はチャン。凄腕のクラッカーにして名うての詐欺師だったが、より大きな力を求めてダモクレスに魂を売ったらしい。
「チャンはダモクレスの力を試すため、本人が言うところの『手頃な獲物』を探してたみたいです。で、見つけた相手がコンスタンツァ・キルシェちゃん。廃墟の町がある荒野で二人はかち合っちゃうんですよー。私、その予知のことをコンスタンツァちゃんに伝えようとしたんですけど、連絡が取れなくて……」
 コンスタンツァに警告を送ることはできない。
 しかし、加勢に行くことはできる。
「今すぐヘリオンをかっとばせば、戦闘が始まる前に到着できるはずです。コンスタンツァちゃんと力を合わせて、やっつけちゃってください。ダモクレスのブリキ野郎を!」
 音々子は力強く叫び、虚空に拳を叩きつけた。そこに『ダモクレスのブリキ野郎』がいるかのように。


参加者
大弓・言葉(花冠に棘・e00431)
ファルケ・ファイアストン(黒妖犬・e02079)
莓荊・バンリ(立ち上がり立ち上がる・e06236)
コンスタンツァ・キルシェ(ロリポップガンナー・e07326)
朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)
佐久田・煉三(直情径行・e26915)
那磁霧・摩琴(シャドウエルフのガンスリンガー・e42383)
アメリー・ノイアルベール(本家からの使い・e45765)

■リプレイ

●歌え、殺しのバラッド
「教えてあげるっす。あんたこそが獲物だってことを!」
 コンスタンツァ・キルシェ(ロリポップガンナー・e07326)が叫ぶと、彼女の周囲で土煙が盛大に巻き起こった。まるで爆発が起きたかのように。
「あいやー! いったい、何事あるかーっ!?」
 チャンが細い目を丸くして、大袈裟に驚いてみせた。『何事あるか』などと言っているが、目の前で起きたことはしっかりと把握しているだろう。
 そう、ケルベロスたちが降り立ったのだ。
 そのうちの一人、スコティッシュフォールドの人型ウェアライダーの朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)が――、
「コンスタンツァさん! 助太刀にきましたよー!」
 ――『地雷式・魔訶青蓮(マカセイレン)』を発動させると、今度は本当に爆発が起きた。
 コンスタンツァではなく、チャンの周囲で。
「またまた、あいやー! 中国人もびっくりあるよー!」
 冷却効果を有するグラビティの爆風に切り刻まれながら、チャンは再び驚声を発した。もちろん、本当は『びっくり』などしていないだろうが。
「語尾の『ある』とか、『あいやー』という叫びとか……そういうのをリアルで聞く日が来るとは思わなかったわ」
 と、呆れ顔で独白したのはオラトリオの大弓・言葉(花冠に棘・e00431)。天然キャラを演じる所謂『養殖系』の彼女からすれば、わざとらしいキャラづくりをしているチャンは同類と言えなくもないが、親近感を抱くことはできなかった。
「三下臭がプンプンする喋り方ですよね」
 環もまた呆れ顔で呟いた。
「確かに三下じみた喋り方っすけど、あいつは自分を卑下しているわけじゃないっすよ。逆に――」
 コンスタンツァがチャンに腕を突き出した。しかし、なにも持っていない。愛用のリボルバー銃はホルスターに収まったまま。
「――こっちを三下の獲物と見做して、バカにしてるっす! ホント、ムカつくっすね!」
「我らがスタン姉を獲物扱いするとは笑止千番でありますなぁ!」
 と、叫んだのはレプリカントの莓荊・バンリ(立ち上がり立ち上がる・e06236)。
 彼女がコンスタンツァの横に並んで同じポーズを取ると、天使の羽が付いた銃が両者の手の中に実体化した。
 それらのトリガーがひかれ、銃声が……響かなかった。かわりに爆発音が轟いた。チャンの頭上にダイナマイトが出現して炸裂したのだ。ワイルドグラビティ『エンゼルキッス』である。
「まあ、どうせ、追いつめられちゃったら、流暢に日本語を喋りだす手合いなんでしょうけどね!」
 爆煙が晴れたところに言葉が飛び込み、似て非なる同類にスターゲイザーを食らわせた。
 彼女に続くのはボクスドラゴンのぶーちゃん。チャンめがけてボクスブレスを吐き、それが命中したのを見届けると――、
「……」
 ――無言で(いや、もとより喋れないのだが)ドヤ顔を決めて、自分の額のあたりに前足をもたげた。西部劇じみたロケーションにあてられ、凄腕の寡黙なガンマンになりきっているらしい。頭に前足を持っていったのは、ガンナーズハットの鍔を指先で摘む仕草をしたつもりなのだろう。
「お? 決まってるじゃないの、ぶーちゃん」
 小さなガンマンをおだてながら、本物のガンナーズハットをかぶったファルケ・ファイアストン(黒妖犬・e02079)が腰のリボルバー銃に手を伸ばした。
「それにしても、こないだのメガネのシャイターンといい、このエセ中国人といい――」
 神速のクイックドロウで『エセ中国人』を撃ち抜く。
「――最近、スタンは悪い大人とばっかり縁があるねぇ。あんまり、僕に心配かけないでよ」
「貴方、失礼あるね!」
 銃撃をものともせず、チャンが怒りの声をあげた。例によって、本気で怒っているわけではないだろうが。
「私に『エセ』はつかないある。正真正銘、中国のヒトあるよ。もっとも、ダモクレスとなった今では国籍も人種も無意味ね。HAHAHA!」
 わざとらしい感情表現を怒りから笑いに変えて、チャンはノートパソコンに指を走らせた。
 機械化された体のそこかしこから鈍色の粒子群が勢いよく放出され、ケルベロスに降りかかる。
「これ、私の知識とダモクレスの技術から生まれたジャミング・ナノマシンある。接触した電子機器をクルクルパーにしちゃう、いわば『実体化したコンピューターウイルス』ね。しかも、電子機器だけじゃなくて、微細な電流で生体の動きも狂わせることができるあるよー」
 チャンが(訊かれたわけでもないのに)解説している間にナノマシンの群れはケルベロスの後衛陣にダメージを与え、何人かの命中率を低下させた。
 もっとも、後衛陣は六人なので効果は少しばかり減衰しているし、そのうちの四人が受けたダメージは防具の破壊耐性で半減している。そして、なによりも彼らには強い意志がある。この程度の攻撃で苦鳴を発する者など――、
「ぎゃおぉぉぉーん! めっちゃ痛えよぉーっ!」
 ――一人だけいた。
 ヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)だ。
 そんな彼(五十一歳)の横で、チーム最年少(十歳)であるオラトリオのアメリー・ノイアルベール(本家からの使い・e45765)が静かに言った。
「自らダモクレスになることを選ぶ人がいるなんて……理解しがたいです」
「そうだね」
 那磁霧・摩琴(シャドウエルフのガンスリンガー・e42383)が小さく頷き、ガンベルトから薬瓶を抜いて地面に叩きつけた。
「親愛なる仲間たちに期待を。希望を掴む集中力を。香れ、フォーサイシア!」
 それは『Heal of Forsythia(ヒール・オブ・フォーサイシア)』という名のヒール系グラビティ。割れた瓶からレンギョウの香りが立ちのぼり、前衛陣――佐久田・煉三(直情径行・e26915)、バンリ、ぶーちゃん、オルトロスのイヌマルを包み込んでいく。
「なんで、あいつらのほうが先なんだよぉ! 俺の傷も治してよぉーっ!」
「はいはい。後でね」
 駄々っ子モードのヴァオ(繰り返すが、五十一歳である)を摩琴(十八歳)がなだめている間に煉三がチャンに突進し、ファナティックレインボウで攻撃した。間髪を容れず、バンリが同じくファナティックレインボウを、アメリーがスターゲイザーを見舞う。
 ナノマシンの影響を受けてなお、アメリーの命中率は通常よりも上昇していた。スナイパーのポジション効果を得ているからだ。
 そして、スナイパーでないはずのバンリと煉三の命中率も少しばかり上昇していた。
『Heal of Forsythia』がもたらしたエンチャントによって。

●滾れ、怒りのブラッド
「ダモクレスになるって、そんなにいいことっすか?」
 コンスタンツァがバイオレンスギターをチャンに叩きつけた。グラビティブレイクだ。
「アメリーも言ってたけど、ぜっんぜん理解できないっすよ。アタシなら、音楽を愛する心や人を想う心を絶対に捨てたりしないっす。その代わりに永遠の命を得られるとしても!」
「HAHAHA!」
 ギターの殴打で倒れかけたチャンであったが、素早く体勢を直して哄笑した。
「永遠の命ぃ? 実に凡俗らしい発想あるね。私、そんな物のためにダモクレスになったのと違うよー」
 不愉快な笑い声に合わせるかのようにケーブルがのたうち、コネクタから赤いナノマシン群を噴き出した。
 標的となったのは煉三。ファナティックレインボウに付与された怒りが働き、彼を狙ったのか? あるいはたんに目についただけか? それは判らないが、なんにせよ、攻撃は届かなかった。怒りを付与したもう一人のケルベロス――バンリが盾となったからだ。
「じゃあ、ボンゾクたる己に教えていただけませんかねぇ」
 ナノマシンにダメージを受けながらも、バンリは果敢に蹴りで反撃した。今度はフォーチュンスターだ。
「ダモクレスなんかになった理由を!」
「私、控えめに言っても天才ね。狭苦しい人間社会には収まらない宇宙的スケールの存在あるよ」
 チャンは体を半回転させて、フォーチュンスターを紙一重で躱した。
「だから、ヒトの殻を捨てて、ダモクレスに進化したある。そう、自分がなるべき者になり、自分が立つべき場所に立っただけ。そもそも、私ほどの逸材がデウスエクスとして生を受けなかったのがなにかの間違いねー」
「うわー……その自信、ちょっと分けてほしい」
 チャンの言動に退きつつ(『自信を分けてほしい』という想いは半ば本気だったが)、言葉が妖精弓を引いた。
「存在じゃなくて、尊大さが宇宙的スケールですね」
 二つの意味でひいた言葉に続き、環が押し出した。腕に装着したパイルバンカーを。
 ハートクエイクアローとデッドエンドインパクトがチャンの胸板を貫く。
 そして、穿たれた傷口に蛾が飛び込んだ。当然のことながら、本物の蛾ではない。煉三がグラビティを込めて飛ばした蛾型の電子機器『瑕疵(バグ)』だ。
「ん、今のおまえが『なるべき者』であり、そこが『立つべき場所』というわけか。望みがかなってよかったな。おめでとう」
 と、無表情に言ってのける煉三に対して、表情豊かなダモクレスはおなじみの笑い声を返した。
「HAHAHA! 実に低レベルな挑発あるね。そんなつまらない皮肉で私を怒らせることなどできないよー」
「ん? べつに皮肉を言ったつもりなどないが?」
 煉三は首をかしげた。無表情のままで。
「……掴みどころのないヒトあるね」
 煉三の非人間的な反応にさすがのチャンも気後れした様子を見せたが、すぐにまた自分のペースを取り戻した。
「とにかく、貴方たちごときに私を怒らせることなどできないよ。でも、逆に私が貴方たちを怒らせることはできるね。というか、そこのお嬢ちゃんを始めとして――」
 チャンはコンスタンツァに向かって顎をしゃくった。
「――貴方たちの大半はもう怒ってるでしょ? でも、それは自分の意思で怒ったのと違う。私が怒りに誘導したある。私、天才的な詐欺師だから、ヒトの感情を思うままに操れるね。その気になれば、貴方たちを懐柔して、ダモクレスに寝返らせることもできるあるよ」
「いるよね、こういう勘違いした人」
 摩琴が吐き捨てた。指揮棒型のアニミズムアンク『Asvinau's Taktstock』を振り、大自然の護りでバンリを癒しながら。
「優秀だからって、なんでもしていいと思ってる人が……」
「それのなにがいけないあるか? 実際、優れた者はなにをしてもいいあるよ。『やれること』と『やっていいこと』は同義である――これ、私の大好きな偉人の格言ね」
「誰よ、その偉人って?」
 冷ややかな声で摩琴は尋ねた。答えは察しがついていたが。
「もちろん、私のことある!」
 チャンは肩をそびやかした。予想通りの答えだ。
 そんな彼に向かって、アメリーが突き進んでいく。手にした武器はアニミズムアンク。
「怒りに誘導したと仰っていましたが、私の中にある感情は怒りよりも恐怖に近いですね。デウスエクスになることを望む人というのは生粋のデウスエクスよりも得体が知れなくて……怖いです」
 そう言いながら、少女は肉食獣の一撃を叩き込んだ。
「怖がってる割には強烈な攻撃をぶちかますね、アメリー」
 ファルケがブラッスクスライムを解き放ち、レゾナンスグリードでチャンの動きを鈍らせた。
「かく言う僕は怒る前に笑っちゃいそう。こういう自信過剰な勘違い君って、ホントに滑稽だからさ」
 陽気な声音ではあるが、ファルケの目は笑っていなかった。

●放て、誓いのバレット
「引きがねをひいぃ~てみせてよ♪」
「きっとわかぁ~っているでしょう♪」
「でしょおぉぉぉ~っ♪」
『ブラッドスター』の三重唱が荒野に流れ、ケルベロスたちの傷を癒し、状態以上を消し去っていく。歌うはバンリとコンスタンツァとヴァオ。
 それに対抗するかのようにチャンもナノマシンで自らをヒールすると同時にジャマー能力を上昇させたが――、
「楽しいセッションに水を差しちゃダーメ!」
 ――仲間たちの歌声に合わせてステップを踏みながら、言葉がハウリングフィストを叩きつけ、エンチャントを吹き飛ばした。
「ん、これはセッションだったのか? てっきり、歌唱のグラビティで攻撃しているのだと思ったが……」
 またもや首をかしげつつ、煉三が跳弾射撃で更なるダメージを与えた。先程と同様、皮肉を言ってるわけではない。言い回しというものを理解してないだけだ。
「たはははは」
 煉三の言動に苦笑しつつ、ファルケもリボルバー銃を撃った。
 それはただの銃撃ではなく、『地獄犬の咆哮(ケルベロス・バースト)』なるグラビティ。誰の耳にも一発分の銃声しか聞こえなかったが、銃口から飛び出した弾丸は三発だった。あまりにも素早く連射されたため、音が一つになったのだ。
「あ、あいやー!?」
 三つの弾痕を穿たれて、チャンが悲鳴をあげた。
 あいかわらず、わざとらしい反応だが――、
「わざとらしさに無理が出てきましたね」
 ――環が数度目の『魔訶青蓮』を爆発させた。
 彼女の言うとおり、チャンの演技には無理があった。本来は余裕を示すこととケルベロスを挑発することが目的だったのだろうが、今は虚勢を張っているようにしか見えない。
 そう、虚勢を張らざるを得ないまでにチャンは追い込まれていた。ヒールのナノマシンがなければ、もっと早い段階で討たれていただろう(ヒールのナノマシンに頼るあまりに攻撃の手数が犠牲になったというのもまた事実だが)。
「『宇宙的スケールの存在』だかなんだか知らんが――」
 嘉神・陽治が『強化丸弾』で後衛陣の攻撃力を上昇させた。
「――絆の力を軽んじたな」
「HAHAHAHA! ちゃんちゃらおかしいあるね。絆だの友情だのというのは、群れることしかできないザコどもが自分の弱さを正当化す……」
「双児宮の座天使よ、彼の者の双方より消えぬ十字を刻むです」
 チャンの長広舌をアメリーの詠唱が遮った。
「les Gemeaux」
 呪文に応じて双子の巨人がチャンの両横に現れて挟撃した。ちなみに巨人たちの得物は槍だが、衣装は西部劇風だった。ガンスリンガーたるコンスタンツァにアメリーが合わせたのである。
「××××!」
 二条の槍に体を抉り抜かれ、チャンは初めて『あいやー』以外の絶叫を発した。言葉の予想に反して、日本語ではなかったが。おそらく、中国語だろう。
「彼はなんと言ったのですか?」
 アメリーが煉三に訊いた。煉三の防具に『ハイパーリンガル』が備わっているからだ。
「ん、性的な意味を多分に含んだ悪態だ。しかしながら、ある種の状況においては賞賛として用いられることも……」
「いや、そんなに詳しく説明しなくていいから」
 と、摩琴が横から煉三を黙らせた。
 そして、彼女はチャンに向かって走り出した。
「仮に『やれること』と『やっていいこと』が同義だとしても――」
 戦闘が始まった時からずっとヒールのために用いられてきた『Asvinau's Taktstock』が凶器に変じた。繰り出されたグラビティは肉食獣の一撃。
「――貴方に『やれること』なんて、なにもないよ!」
「××××!」
 チャンがまたもや吠えた。エセ中国人のように喋る余裕は完全に失われたらしい。
「ん、どうした? その気になれば、俺たちを懐柔できるんじゃなかったのか?」
 煉三が問いかけた。
 例によってそれは皮肉ではなく、純粋に疑問を口にしただけだったが、どちらであれ、チャンは反応できなかった。
 その前にレスター・ストレインが『方形の牢獄』を仕掛けたからだ。
「カッコよく決めてくれよ、スタン」
「言われるまでも――」
 レスターに答えながら、コンスタンツァはリボルバー銃をチャンに向けた。
「――ないっすよ!」
「あ……」
 チャンがなにか言いかけたが、開かれた口にヘッドショットの弾丸が飛び込み、彼を永遠に黙らせた。

「徹底的に壊しちゃいますよー! そう、徹底的に!」
 チャンの残骸やノートパソコンめがけて、環はグラビティをぶつけていた。ナノマシンの技術や情報が悪意ある誰かに再利用されないように。
 それを見るともなく見ていた言葉が――、
「……終わったわね」
 ――芝居ががった調子で呟き、かぶってもいないガンナーズハットの鍔をつまんで角度を直す仕草をした。ぶーちゃんと同様、西部劇のロケーションにあてられたのだ。
 そのぶーちゃんは『俺が元祖っすよ!』とでも言うように同じ仕草をしている。
「うん。終わった、終わった」
 ファルケが笑いながら、ぶーちゃんに自分のガンナーズハットをかぶせた。ハットのほうが大きすぎるため、頭部がすべて収まってしまったが。
 そんな彼にコンスタンツァが腕を絡ませた。
「知っている人もいるだろうけど、皆に改めて紹介するっす! この人、アタシの未来の旦那様っす! かっこいいっしょ? えへへ」
「荒野の美男と美少女……良いですなぁ。ベストガンスリカップルでありますよ。うんうん」
 バンリが微笑みを浮かべて何度も頷いた。
「おまえ、悪い大人がどうこうとか言ってたよな」
 と、ヴァオがファルケの脇をつついた。
「でも、こんなに年の離れた娘とつきあってるおまえこそ『悪い大人』なんじゃねえの?」
「返す言葉もないねー。ははははは」
 頭をかきながら、ファルケは笑った。
 今度は目も笑っていた。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年5月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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