●踏み躙る
「ここは全てを赦し浄める地……だったっけか。っは! テメーの思い出ごと、蹂躙してやったぜ」
ざまぁみろ、と悪し様に男は淡い瑠璃色の花へ言い捨てた。
其処は結界のように森で外界から隔てられ、仰ぐ日差しが眩しくも柔らかく感じられる程度に開けた地。木立を抜けて来た清風に、『あなたを許す』という花言葉を持つ花――ネモフィラが揺れる地。
そしていつの頃からか『赦しの花園』と呼ばれるようになった地。
僅かばかりの拠り所を得ようと、罪の記憶を裡に抱えた人らが花へ打ち明けに訪れる。
――しかし。
「どいつもこいつも勝手に吐いて、勝手に赦された気になってる。おキレーなアナタサマだったら、こんなバカで阿呆な人間どもも赦しちまえるのかねぇ」
見るからに仕立ての良いスーツに身を包んだ男は、遠ざかる男か女かもわからなくなった人影と、記憶の中の女を心の底から嘲笑う。
彼がこの地を有り余る財力で買い取ったのは数年前。以来、花咲く季節になると訪れ、藁にも縋る想いの人々を揶揄り罵る。
小さな聖堂を建ててからは、更に効果は覿面。
「中に入ってるのが隠しカメラとも知らないで。救いようのない連中だ」
増えた餌食に、彼は喉を鳴らして愉悦に浸る。
だからこそ、彼は選ばれた。
「貴方のそういう、腐ったやりようは魅力的ね。えぇ、とても」
タールの翼と濁った瞳を持つ緑のシャイターンに。
「イイねぇ。これで何もかも力づくで思うが儘じゃないか」
彼の名は、瑞実椎名と言った。
けれどこれはもう、彼を表すのに相応しい名ではない。
緑の炎で焼かれ、再臨した彼は既に立派なエインヘリアル。煌びやかな装飾が施された武具だけが、ただの椎名であった頃の彼が有していた富の名残。
「やっぱり豪華な武具が一番よね。私が迎えに来るまでに、その武具を使いこなせるようにしておきなさいよね」
「ああ、喜んで!」
然してシイナは、彼をエインヘリアルへと変えた緑のカッパーが飛び去るのを悠然と見送った。
●瑠璃色の季節
詠沫・雫(海色アリア・e27940)が吐いた憂いの溜め息を、リザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)は思い出す。
雫は思い出あるネモフィラの園で事件が起きるのを危惧していた。
そしてその不安は、現実となった。
一人の男性が、死者の泉の力を操るシャイターンの一体『緑のカッパー』によりエインヘリアルと化し、枯渇しているグラビティ・チェインを補う為に人々を殺めようと動き出したのだ。
「皆さんには急ぎ、彼――瑞実氏がエインヘリアルとなった現場であるネモフィラの花畑へ赴いて頂きます」
担う役目は勿論、今まさに暴れ出そうとしているシイナの討伐。
エインヘリアルとなった彼の身長は、三メートルには届こうかという巨体。それに煌びやかな武具を纏い、『罪深き愚か者どもへ死の救済を!』と大剣を振るう。
「彼の言い分は、自分の思い通りにならなかった女性への当てつけのような印象をうけました。いずれにせよ、人々に愛される場所でこんな勝手が出来る方です。エインヘリアルになってしまった以上、かける情けはありません」
厳しい顔でそう言い切り、リザベッタは改めてケルベロス達と向き合う。
「歪んだ魂に踏み躙られようと、赦しの花は咲き続けています。皆さんにも加護がありますように」
植わるのはネモフィラ。赦しを与える花。廻り廻った運命の皮肉さえ、きっと浄めてくれる瑠璃色の園。
参加者 | |
---|---|
ムギ・マキシマム(赤鬼・e01182) |
リコリス・セレスティア(凍月花・e03248) |
百鬼・澪(癒しの御手・e03871) |
天見・氷翠(哀歌・e04081) |
草間・影士(焔拳・e05971) |
詠沫・雫(海色アリア・e27940) |
服部・無明丸(オラトリオの鹵獲術士・e30027) |
アルスフェイン・アグナタス(アケル・e32634) |
ご丁寧に設えられた煉瓦道を、黒い翼で空を叩いて服部・無明丸(オラトリオの鹵獲術士・e30027)は駆ける。
「これだからシャイターンどもの選定は好かぬ」
濃い緑の匂いの中に、花の香りが迫っていた。
「人選の問題ではない。あれも人命なのじゃ。どのような形であれあのような者でも惜しむ者はおるものだ。そう知るからこそ、余計に許せぬ!」
視界が、瑠璃色に開けた。
待ち受けように赦しの園に仁王立つのは、あからさまに世界を賤しめる男。
「小虫は足が速いな。手始めに、死の赦しを呉れてやる!」
人を止め異形と化したシイナは、無明丸が手向けた怒りごと人の想いを踏み躙る。
●花守
ひた走った木漏れ日の終着点。宗教画のような陽だまりの全貌を百鬼・澪(癒しの御手・e03871)は素早く見渡し、意識を一点へ集中させていく。
「身から出た錆……でしょうか。力やお金で何かを思い通りにできるなどと、思い上がりも甚だしいものですね」
穏やかな微笑みは常のまま、澪はシイナの足元で思念の爆発を起こす。そこへユニコーンを思わす箱竜の花嵐が花の息を吹きかけると、巨体が僅かに傾いだ。
「どうあれ! その冥府魔道踏み込んだならばここより先へは一歩たりとも進ませぬ! 一歩たりとも退かせもせぬ!」
その隙を見逃さず、無明丸が花園の縁で構える。
「さぁ! いざ尋常に勝負いたせ!!」
「成程」
無明丸が撃った弾丸で、頬に氷を張りつかせたシイナが愉快気に喉を鳴らす。
「それじゃァ、最初の慈悲はお前へ呉れてやろう!」
ガチャガチャと金色の鎧を騒がせ、エインヘリアルが無明丸へ肉薄する。しかし煌びやかな大剣が振り下ろされるより早く、アルスフェイン・アグナタス(アケル・e32634)が前へ出た。
「――っ、これはこれは」
受け止める直撃に全身の骨を軋ませ、アルスフェインは緩く口の端を上げる。正直、纏うロングコートの特性がなければ、盾役の己でも幾度も受けるには厳しい一撃だ。
「メロは無理をし過ぎないように」
体当たりを仕掛けたばかりの宝石が如き箱竜へ、アルスフェインは注意を促す。最前に立ち仲間を守る者として、最も大事なのは易々と倒れない事。そして難より遠ざけられた者の役目は――。
「罪深き愚か者共ね、まさかこの場で最も愚かな者がそれを言い出すとは驚きだ。その内面のどす黒く汚れた小さな器を覆い隠すような、巨体と煌びやかな武具、まさに虚飾の鎧だな」
嘲りに嘲りを返し、ムギ・マキシマム(赤鬼・e01182)が渾身の力で魂喰らう刃を薙ぎ払い、
「お前の剣はその程度か。見せてみろ己の力を」
暗に人から与えられた力など役に立ちはしないと示しつつ、ムギに続きシイナの懐に飛び込んだ草間・影士(焔拳・e05971)が叩き潰す事に特化させた大振りの片手剣を下段から一気に振り上げた。
ぎぃん、と鋼同士がぶつかる音と共に、シイナが鑪を踏む。ムギと影士、強大な破壊力を操る二人の連撃は、シイナにとっても無痛でやり過ごせるものではないのだろう。
だがそれ以上のケルベロス達の思惑に、シイナは気付いていなかった。自分がいつの間には花園の外へ誘導されていた事に!
「参ります」
シイナの足をその場に縫い止めるよう、詠沫・雫(海色アリア・e27940)は戦鎚に竜の轟きを上げさせる。すかさず箱竜のメルが、更に縛めを強めようと波濤のブレスを仕掛けた。
「……世界も心も引き裂いて、争いは続く……誰も、何も、喪われないで欲しいのに……」
「ありがとう、助かる」
仕舞っていた薄青に色付く翼を背に広げ、歌う悲哀を月涙に変える天見・氷翠(哀歌・e04081)の癒しに、アルスフェインは謝辞を告げる。氷翠最大の効果を発揮する回復グラビティは、確かにアルスフェインの消耗を補った。でも、この一手で万端には至らない。
「少しお待ち下さい」
氷翠と共に癒し手を担うリコリス・セレスティア(凍月花・e03248)も、パラディオンとして失われた愛の歌で癒しを重ねる。しかしそれでも未だ足りない。
(「戦闘種族の面目躍如、といった処か」)
「咲き花は露と消え、恵む光を空へ残す――……」
満たぬなら、自らでも補うまで。アルスフェインは花の調べを紡ぎ、音が運ぶ癒しの花弁で己を包んだ。
●戦
外道と呼ぶに相応しい男は、一番潰し易そうと判断し、最初の獲物にメロを定めた。
低い唸りを上げて空より襲い来る剣閃に、追いすがるように澪が喰らい付く。辛うじてメロに覆いかぶさるのは間に合うが、衝撃に緩やかなウェーブを描く髪の幾本かが宙に散った。けれど澪を守る色鮮やかなコートも、シイナ自慢の一撃に対する耐性は高い。
「ちぃと、大人しくなって貰おうかああっ!」
深い呼吸を一つ置いた氷翠の歌を耳に、無明丸が跳躍する。落下は重力に任せ、剣を薙ぎ終えた太い腕へ禍つ刃を捻じ込んだ。
「蚊か?」
けれど巨躯は動ぜず。例えた虫に准え、無明丸を叩き落とす。
「さっさと諦めて楽になれよ。お前らの不甲斐なさも、この花は赦してくれるぜ?」
実の無い贖罪で勝手に赦された気になる人間の浅はかさを揶揄るシイナの嘲笑に、地獄の炎で補うムギの心臓がずくりと跳ねた。
シイナの言い分は、間違ってはいない。『赦しの花』に願い祈い、少しでも許されたいと思うのは――。
(「確かに、甘えだ」)
どれだけ花に縋ろうと、罪は消えない。でも、シイナに言われずとも、本当は誰だって解っている。
(「人間は弱いから、分かっていても何かに縋らないと前に進めない、赦しを請わずにはいられない、そういう時だってあるんだ」)
――俺はこの場所を、この地に来る人々を笑わない。
「そしてお前にも、もう嘲笑わせはしない」
絶対強者など存在しない。それが感情を持つ『人間』という生き物。健やかな魂に正しさを宿し、炎纏わせた剣で敵に正面からぶつかる。体格差を物ともしないムギの一撃に、さしものシイナもよろめいた。
舞い上げられた土埃が、風に乗って瑠璃色を霞ます。しかし花弁一枚さえ散らされないのに雫は安堵を覚えるも、油断を絶ち、祈りを力に換える。
「水を起こす、詠」
刹那、世界が水底に沈んだような気がした。されど静寂は一瞬。巻き起こった大蛇の水流が、エインヘリアルを飲む。手応えは十分以上。メルが回復支援にあたる最中、雫はシイナの弱点を悟る。
「この属性です!」
「そういう事ならっ」
雫から齎された情報を、影士はすぐさま行動に移す。
「お前は逃さん」
静止の態勢から一息に加速し、影士はシイナの懐に飛び込む。
「なっ」
「この牙を突き立てる」
速さにシイナが瞠目する。身構える隙はなかった。影士の拳の連打に、眩い鎧は砕かれ、腹部を重い衝撃が襲う。
(「それにして、も。死が救済とは、随分と押し付けがましい」)
与えられた力の優位を信じて疑わなかったシイナの狼狽を目に、幾度目かの癒しの花を吹かせながらアルスフェインは思考する。
そもそも、救いとは人其々に異なるもの。望まぬ終わりは、一方的な暴虐に他ならない。
(「さて、此奴にも赦しはあるのだろうか」)
森の碧を湛えたアルスフェインの瞳は、最前線にてデウスエクスを見据えていた。だから彼の視線が宿すものを、後方に控える氷翠が知り得る筈がない。しかしこの時、氷翠もほぼ同じ事を考えていた。
(「……死が、救済になる人も。居るとは、思うけれど。生きる事が、償いや救済にだって、きっと……」)
これから屠る相手を前に、生きる事での罪滅ぼしを思った時。氷翠は、過去に彼を苛立たせた人物を思い出す。
「シイナさん、貴方の内側にいる女性。その人は、貴方自身を見てくれてた人だよね」
「――っ」
彼の持つ財に目を眩ませなかった強い人。同時に、この物語の始まりになった人。そしてリコリスの記憶をざわつかせる人。
●断罪
シイナが愚行に走った理由が、彼女を忘れられぬせいか、はたまた『傷付いた』事を認められなないからかは分からない。
されど彼女の精神が、清く強靭であったのは事実。
(「……もし、私の母にも。この女性のような強さがあれば。父から『逃げる』事が出来たのでしょうか」)
既に妻子ある身だったリコリスの父。なれば、生まれた『子供』の在り様は、自然と定まる。由緒ある血筋ならば、尚更に。
(「でも、あの人は。母も、父の家族も傷付けた存在の私を、決して罪は無いのだと赦してくれた」)
常に悲哀の色を浮かべたリコリスの瞳が、深い藍色に沈む。気のせいか、背の天使翼も小刻みに戦慄いているように見えた。
(「――だから、知らなかったとはいえ。デウスエクスを助け、あの人や、私達を受け入れてくれた村の方々の命が奪われる結果を作った私の罪は」)
――誰にも、許されなくていい。
「リコリスさん?」
リコリスが記憶の海に堕ちたのは、僅かの間だ。だが並び立つ氷翠は悲しみの気配に敏い者。窺うように声を掛けられれば、リコリスの意識は急激に現実へ戻る。
「……大丈夫です、ごめんなさい」
目礼を終えた眼は、澪へ向かい。そのまま次なる癒しへ繋がる。危ういバランスの戦線を支えているのは、間違いなく氷翠とリコリスだ。そこに盾を担う者らの支えが加わり、陣の崩壊を防いでいる。
「ッチ、人間のクセに!」
「あなたの意の儘になることなど、この先に一つもありはしません」
被ったダメージの殆どを補われた澪の立ち姿は、日々を病院の窓越しに眺めていた頃が懐かしい程に凛然としていた。
「赦しを願う人々のことも、その心も、これ以上踏み躙らせたりしません」
不諦を告げる弦を引き絞り、澪は災禍の主へ狙いを定める。
(「赦しの、花」)
澪に寄り添ってくれていた声は、既に遠く。大丈夫と撫でてくれた手の温もりも、もう思い出せない。失い、取り返しがつかなくなって気付いたのは。
(「そう、全て私」)
赦しを願う事を、今はまだ、澪は自分に赦しはしない。
(「けれど。その願いの気持ちは、守り抜く」)
「っ、クソがああっ!!」
真っ直ぐ射掛けられた矢に鎧砕けた腹を射抜かれた挙句に、花嵐の甘やかなブレスまでまともに喰らったシイナの苛立ちが加速する。
「まとめて死ねェ!」
天を貫かんと掲げた大剣より、星のオーラがケルベロス前衛に降り注ぐ。
「ふははは! この程度、痛くも痒くもないぞ!」
浴びた一人、無明丸の磊落な笑いに嘘はない。時を経て重ねた阻害因子が遂に花開いたのだ。
「さあ! いざと覚悟し往生せい! ぬぁああああああああああーーーーーッ!!!」
ありったけの思い切りを詰め込んだ無明丸の拳が、シイナの横っ面に炸裂する。兜ごと、骨を砕く一撃にエインヘリアルの顔が歪んだ。
「赦されたいだけの甘ちゃんどものクセにっ」
「その赦しを与える花がお前を赦そうと、この俺がお前を赦しはしない」
鍛え上げた筋肉を躍動させ、ムギも無明丸の後を追う。ムギの筋肉は、虚飾の鎧を砕き、敵を貫くモノ。
「俺の筋肉を舐めるなぁぁあああああ!! 我が筋肉に撃ち貫けぬモノなし!」
足元の煉瓦を割る勢いで敵の顔面近くまで跳び、ムギは溜めた地獄の炎を推進力に、右腕を弾丸の如くシイナの鼻っ柱へ叩き込む。
「メル、あと少しです」
脳天まで揺さぶられ足元覚束ない敵へ、見抜いた弱点を雫は攻め。メルもシイナを一層縛めようと海彩のブレスを吐く。
(「赦しを求める気持ちも分かるが。結局自分を赦すのは、自分しかいない――が、それを成すこの瑠璃色には、心を動かす力があったという事か」)
花園を背中に庇い、影士はドラゴニック・パワーを噴射させる紅の格闘用ロッドで巨躯を横薙ぎに打ち据えた。痛烈な威力を発揮した一打に、シイナを守る鎧に無数の罅が走る。
「そんなっ、そんなぁ」
「金銭に気を取られ、貴方自身を見てくれない方が、本当は寂しい事だと思うんだ」
強さの仮面が剥がれ落ちた男を見上げ、氷翠は憐れむ。
(「自分だけが生き延びた事。自分を逃がす為に先生が犠牲になった事。まだ力が使えなかった頃、怪我人を看取る事しか出来なかった事」)
成し得なかった、氷翠の中の様々。そして。
(「デウスエクス達を手に掛ける事――どれも赦されたいとは、思わないけれど。せめて、眠る方々が苦しまないように」)
これからの覚悟も腕に抱き、氷翠は透ける御業の手でシイナを鷲掴んだ。軋む圧に、シイナの鎧の殆どが砕け落ちる。
「お、お前たちだって赦されたいだろ? 楽になりたいだろぉ!?」
阿る命乞いなシイナの言葉を、「生憎と、俺は赦されたいと思うような事は無くてね」とアルスフェインは一笑に付す。
「ただ、この花は綺麗だと思う」
「ならっ!」
遥か見上げる長身なのに縋りつかんばかりの男を、アルスフェインは静かな笑みを浮かべ、心の目では睥睨する。
「赦せぬものはこの先も決して赦せぬのだろう。この青を見ても俺の心は揺るがない」
赦せぬものは、何があったとしても赦せない。空の見えない小さな箱庭のような世界に半ば己を幽閉していた故郷に対し、アルスフェインが赦したいとさえ思えないように。
それが己が言い分を他者へ押し付けた者への報い。幸い、死が救済だと言ったのはシイナ自身。同情は欠片も必要ない。
「つまり、お前を赦す必要はないということだ」
空映す翼で羽ばたきシイナと同じ高さで視線を合わせたアルスフェインは、無感動に伸ばした指先で敵の額へ触れ、流し込む螺旋の力でまた一歩、終わりを近付けた。
●浄化
「嫌だ、嫌だぁ!」
狙っても狙ってもメロさえ落とせなかった男は、ケルベロス達の波濤の攻撃から逃れるよう花園へ駆ける。傷を癒す手段をシイナは持っていた。この場から逃げ果せれば、恨みを晴らす機会はきっと巡ってくるはず。
けれどそんな自分本位な策略に、雫が最後の追撃をしかける。
煌びやかで眩い男。彼の怒りを赦すなんて、雫には言えはしない。だって雫はシイナ――椎名の事を知らないから。だのに、自分はこれからシイナの命を奪う。それは真実、罪深きことなのかもしれない。
でも、雫はケルベロスで。シイナはデウスエクス。
「だから。貴方も私も赦して貰いましょう? 貴方が利用した赦しの花に」
波打つ黒髪を靡かせ、雫はメルとひた走る。そして瑠璃色の花園の縁にシイナの足がかかる直前、その前へ回り込んだ。
「さようなら。悲しい音の、人」
「、そん、な……っ」
踏み込みは、強く。軽やかに宙を舞った雫は、グラビティ・チェインを乗せた蹴撃でエインヘリアルを現世の全てから解放せしめた。
静寂が戻った森の煉瓦道を辿りながら、ムギは最後に振り返る。
鬱蒼とした緑の中に突如出現する瑠璃色の陽だまり。小振りな花たちの囁きは、天使の歌声のよう。
嗚呼、確かに。
此処は『赦しの花園』と呼ぶに相応しい。
「まったく、泣きたくなるぐらい優しく綺麗な場所だな――縋りたくなる気持ちが、分かるよ」
作者:七凪臣 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年5月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 6
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