復讐の白羽根。死刑囚が祈る神。

作者:河流まお

●復讐の鳥
 切れかかった蛍光灯が瞬く、薄暗い部屋の中。
 椅子に縛り付けられた初老の男性と、全身に白い羽根を生やしたビルシャナの姿がある。
 すでに酷い拷問が行われた後のようで、室内はむせ返るような血の匂いで充満している。
「いやはや、さすがは俺を捕まえた刑事さん。まだ意識を保ってるなんて大したもんだ」
 感心したように笑うビルシャナ。
「……棲崎、テメェ」
 椅子に拘束された刑事が、血を吐き出しながらもなんとか言葉を絞り出す。
 ビルシャナと半融合したこの男の名は、棲崎一郎(すみざき・いちろう)。
 10年前にとある地方都市で起こった、女性の連続失踪事件の犯人であり、死刑囚である。
 旧家の生まれで、親から広大な土地を引き継いだ棲崎は、その場所に自分好みの女性を連れ去らい、次々と殺害した。
「長かったなあ……アンタのお陰で俺は自由の羽根を奪われたんだ」
 逮捕後に発覚したその凄惨な『やり口』で、裁判では当然の如く棲崎に実刑判決が言い渡された。
 その後は長らく刑務所に収監されていた棲崎だが――。
「俺は、あの独房で必死に毎日神様にお祈りしたんだッ!
 どうかお助け下さい! 俺に自由をお授けください! ってさ!」
 赤く爛々と輝く瞳を恍惚に歪めながらビルシャナ。
「だから神様が救いを授けて下さったんだ! 執行の当日、神の御使いが現れたんだよッ!」
「神の使い、だと……?」
「そう、輝く純白の羽を持った美しき鳥さッ! 俺に復讐の機会を与え、この素晴らしい力を授けてくださったのだ!」
 胸の前で祈るように合掌する棲崎。
「ハッ……。なにが素晴らしい力、だ……。鏡でも見ろってんだ、この化け物野郎が……!」
 強がりで嘲笑を返す刑事だが、それがビルシャナの逆鱗に触れた。
「黙れ! 俺の前で神様を侮辱するんじゃあないッ!」
 短刀を並べたような鋭い鉤爪が振るわれると、パッと血が飛沫く。
 ゴトリ、と落ちた刑事の首を見て「あ、しまった」と呟くビルシャナ。
「あーあ、まだまだ楽しむ予定だったのに……。どうもこの姿になってから加減が難しいな。
 ……まあ、仕方がない。物足りない部分は、こいつの家族で晴らしてやることにしようか」
 純白の羽根を血の赤で染めたビルシャナは薄暗がりの中で、クク、と不気味に微笑むのだった。


 予知を語り終えたセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)がその瞳を開き、語り出す。
「ビルシャナ契約者による殺人事件を予知しました」
 召喚者の『棲崎』は過去に自分を逮捕した刑事に強い恨みを持ち、彼を殺害しようと目論んでいる。
 セリカが予知した場所は、棲崎が以前に犯行で使っていた地下室。
 戦うには十分の広さがあるし、刑事以外の人払いを考える必要は無い。
 ビルシャナは刑事を出来る限り苦しめてから殺したいと考えているので、もし邪魔が入ればケルベロス達の排除を優先してくるだろう。
「とはいえ、戦いで追い詰められれば被害者を道連れにするために優先して攻撃するかもしれません。十分に注意してください」
 刑事を現場から逃がしてしまうのが手っ取り早いかもしれないが、あえて現場に残して守りながら戦うことも可能である。
 その場合は刑事の身を守る何らかの工夫が必要になるだろう。
「敵はビルシャナとの契約者か……。過去の報告書では人間に戻せた事例もあるらしいが、今回はどうだ?」
 ケルベロスの一人の質問に、セリカは深く考える仕草を見せる。
「棲崎はまだ半融合の状態なので、人間に戻れる可能性はゼロではありません、ですが――」
 セリカが示した契約解除の手順は2つ。
 まず半融合した人間の中のビルシャナの影響力を弱めるために、敵のグラビティ・チェインを削って瀕死の状態まで追い詰める必要がある。
 さらにその上で、ビルシャナと契約した者が人間の心を取り戻し、復讐を諦めて契約の解除を宣言しなければならない。
 契約解除は、心の底から行わなければならないので、「死にたくないなら契約を解除しろ」といった説得では効果が無いだろう。
「……正直、説得は難しいでしょうね」
 棲崎によって奪われた命は刑務官も含めて6名。被害者達の無念を思えば、ここでこの男には罪を償わせてやるべきなのかもしれない。
 なお、今回の依頼の成功条件はビルシャナの撃破のみであり、棲崎と刑事の生死はこれに含まれていない。
 つまり説得を試みるかどうかはケルベロス達の判断に委ねられる、ということだ。
「これ以上罪のない人々がビルシャナの犠牲とならないよう、どうか皆さんの力をお貸しください」
 そう説明を結び、セリカは「宜しくお願いします」ケルベロス達に深く一礼するのだった。


参加者
大義・秋櫻(スーパージャスティ・e00752)
ユスティーナ・ローゼ(ノーブルダンサー・e01000)
守屋・一騎(戦場に在る者・e02341)
フィルトリア・フィルトレーゼ(傷だらけの復讐者・e03002)
鷹野・慶(蝙蝠・e08354)
一之瀬・瑛華(ガンスリンガーレディ・e12053)
ウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)
エミリ・ペンドルトン(ビルシャナを逐う者・e35677)

■リプレイ


 地下室へと続く赤錆びた鉄扉に、フィルトリア・フィルトレーゼ(傷だらけの復讐者・e03002)が進み出る。
「皆さん、下がっていてください」
 腰溜めに構えたドラゴニックハンマーが振り抜かれると、鉄扉は蝶番ごと吹き飛んでゆく。
 開いた扉から、むわり、と流れ込んでくるのは停滞し、淀んだ空気の匂い。
「う……この臭いは。あんま考えたくないッスけど……」
 守屋・一騎(戦場に在る者・e02341)が、『古びた血』の匂いを嗅ぎ取り、表情を曇らせる。
「10年前、この場所で行われたという連続殺人事件――。
 その『犯人だったもの』がこの先で待ち受けている、か」
 敵は殺人鬼とはいえ元は人間。どこか複雑な表情で鷹野・慶(蝙蝠・e08354)が呟く。
「み、皆さん、覚悟は、よろしい、ですね?」
 地獄の底へと続くような階段を前にして、ウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)が仲間達に振り返る。
「ええ、行きましょう。新たな惨劇を、私たちの手で止めるために」
 大義・秋櫻(スーパージャスティ・e00752)が静かな表情の中に、確かな決意の炎を灯しながら頷く。
 それとは対照的に迷いの表情を浮かべるのはユスティーナ・ローゼ(ノーブルダンサー・e01000)。
 彼女はどうも物事を深く考え込むきらいがあるようだ。
「……」
 今回の依頼を受けて、出発前に10年前の事件の詳細を調べてしまったユスティーナ。
(「彼は、悪だ。でも……」)
 当時のテレビの報道は、この事件が世間に与える影響や、遺族への配慮を慮り『詳細』が伏せられた形で行わた。
 セリカに事件の資料を求めたとき、彼女が提出に迷いを見せていた理由は、中の写真を一枚を見れば、すぐに理解することが出来た。
「大丈夫ですか? ユスティーナ」
 そんな彼女を心配して秋櫻が語り掛ける。
「考え事は、誰かに話してしまうのも一つの手ですよ」
 秋櫻の心遣いに感謝しながら、ユスティーナはその思いの一端を吐露する。
「……棲崎にはすでに司法の裁きが決定している。もし人に戻せても、いつかは刑が執行される。
 私たちの選択に、意味はあるのかなって思って――」。
 ポツリと呟いたユスティーナの言葉に、明確な答えを出せる者はいない。
 ただ、ケルベロス達が今回選んだ作戦は、棲崎が人間に戻れるように説得を試みるというものだった。
 エミリ・ペンドルトン(ビルシャナを逐う者・e35677)が眉間にしわを寄せながら言葉を探す。
「なんにせよ、まずは敵の体力を削る必要があるわ。
 そこまでは、いつも通り。
 そのあとは、まぁ……話が通じる相手であることを、祈るしかないわね」
 そんな話している間に、到着だ。
 階下から瞬く蛍光灯の明かりが漏れてきているのが見て取れた。
「敵もこちらの接近に気付いているでしょうね」
 静かな表情で一之瀬・瑛華(ガンスリンガーレディ・e12053)が拳銃を抜き放つ。
 ここを下りきれば、それが戦闘開始の合図となるはずだ。
「さ、行きましょうか」
 瞬く蛍光灯が消えた瞬間を狙い、ケルベロス達は地下室へ突入してゆく。


 一瞬の暗闇の中、爛々と輝く赤眼が浮かんでいるのを瑛華は見た。
 目の位置さえ解れば、急所を狙い撃つには十分。
「……捉えました」
 闇の中に大輪の火花が咲く。拳銃から放たれた弾丸が正確に敵の眉間を捉える。
「ぐッ――」
 鉄弾の衝撃を受けて怯むビルシャナ。その一瞬を逃さずウィルマが刑事の元に駆け寄り、縄を切る。
「こ、こちら、へ。大丈夫、大丈夫。……ね?」
「あ、アンタたちは……?」
 刑事は驚いた様子だったが、ウィルマのケルベロスコートを見てすぐに状況を察したようだ。
 取り乱すこともなく、ウィルマに手を引かれて後方へと下がってゆく。
「ずい、ぶんと彼、は、あなたにご執心のようです、ね。彼、なんでここでそんな、ことをするよう、に?」
 説得の糸口になればとウィルマは刑事に尋ねるが、
「解らない。取り調べでは、やりたいからやった、としか答えなかったんでな……。いや、もしかしたら本当にそれが動機なのかもしれないが」
 棲崎への嫌悪を隠さずに、吐き捨てるように刑事が答える。
「そう、ですか……」
「若い奴らに背負わせてすまない。あとは頼む……」
 刑事は自分が足手まといになることを十分理解しているようで、すぐにこの場を離れてゆく。
 当然、追おうとするビルシャナだが、ユスティーナとフィルトリアが立ち塞がる。
「ケルベロスか。とんだ邪魔が入ったもんだ……」
 白羽根を逆立てながらケルベロス達をぐるりと見回すビルシャナ。
「神様のご意志に反する愚物どもめ……楽に死ねると思うなよォ」
 壁に並べられた様々な拷問器具を指差しながら、魔人は狂気の微笑みを浮かべる。


「臓物引き裂いて、神様への供物にしてやるッ!」
 ビルシャナが舞い踊るように、くるり、と廻るとパッと放射状に白羽根が放たれる。一枚一枚が刃となる斬撃の嵐だ。
「ッ!」
 一騎の頬に刻まれる裂傷。だが、敵に合わせて防具を選んできた一騎にとって、耐えられない攻撃ではない。
「神は自ら助くる者を助く。努力したら神様は手助けしてくれる。
 だけど、あんたは何をした? ただ欲望のまま動いて……挙げ句逆恨み。
 あったのは自由じゃなくて、自分を制御出来ない未熟さっスよ」
 主の意志に呼応し、ブラックスライムが捕食形態へと形を変えてゆく。その黒き牙を敵に突き立てる一騎。
「敵性体確認。リミッター解除。戦闘モードへ移行」
 秋櫻の瞳が淡い赤の光を宿すと、背中から二門の巨大なキャノン砲が展開してゆく。
「今此処で『怪物』として討伐されるか、其れとも『人間』に戻り、罪を償いつつ死刑に処されるか。どうか、お選びください」
 黒煙と共に撃ち出された砲弾が敵の肩越しに着弾する。
「はっ、この俺が、怪物だと?」
 ケルベロス達の攻撃を受けながらも、敵は恍惚の言葉を紡ぐ。
「違うな。俺は選ばれたのだ! 見ろ! この素晴らしい力を! ひひ、ふあは、はははッ!」
 白羽根の刃と鉤爪を使い分けながら、狂乱の舞踏を繰り出すビルシャナ。
 苛烈な攻撃を受け続ける前衛陣をメディックとして支えてゆくのは慶。
(やれやれ、相当イカれてやがるな。……別に助けたい訳じゃねえが、試してみるか)
 相棒のユキにも回復に専念するようにと指示を飛ばし、慶は棲崎へと笑い掛ける。
「その神様の話を聞かせてほしいな」
 多少は警戒が緩むことを期待して語り掛ける慶。
「俺にも神様のことは詳しくは解らない。まぁ、重要なのは、俺の助けを求める声に応じて、光の御使いを寄越してくださったという事実のみだ」
「そんな素晴らしい神様なら、アンタの身体から離れたとしても、きっと力になってくれるんじゃないか?」
 敵の興味をひくよう神様とやらを持ち上げてゆく慶。
「その姿でいんのは満足なことばかりじゃねえだろ?
 なにより、今の姿じゃ神様から与えられたその白い羽が、血で汚れちまうじゃねぇか」
 慶の言葉に、棲崎は一理あると思ったのか「ふーむ」と考える仕草を見せる。
 だが――。
「まぁ確かに微調整は難しくなったが、
 この力なら女を直接握りつぶして、その悲鳴と感触をじかに楽しむことも可能だろう。なにも悪いことばかりではないのさ。
 この白羽根は……そうだな、血が映えるようにと神様が与えて下さったに違いない」
 自分の都合のいいように解釈してゆくビルシャナ。
 話にならないとはこのことか。
 戦場を縦横無尽に動き回り、攻撃を次々と回避してゆくビルシャナ。
 この素早さから察するに、敵のポジションはキャスターだろうか。
 その複雑な動きは、目で追っていてはとても捉え切れない。
「……一つ聞いておきたい事があるわ。貴方、神様を信じてる? 貴方を、貴方に相応しい未来に導く神様を」
 敵の動きの癖を見極めて、狙いを定めてゆくエミリ。
「当然、信じているさ」
 迷わず即答する棲崎にエミリは苦笑を返す。
「私達もまた、神が遣わした貴方の運命よ……告げるわ。復讐を放棄して、力を手放しなさい」
 エミリの言葉にビルシャナは嘲笑を返す。
「手放す気など毛頭ないなァ。この力さえあれば、どんなことでも思いのままなのだから」
 ある程度予想していた答えにエミリは小さいため息を漏らす。
「そう……その答え、忘れないことね」
 狙い澄ましたエミリの轟竜砲が敵の足に命中する。
 足止めはそのうちキュアされるはずだが、今、この瞬間の機を逃さず、距離を詰めてゆくフィルトリア。
「貴方も独房で十分すぎるほどに味わったはずです。
 死の恐怖、苦痛を……」
 死ぬのは誰だって怖い。長い牢獄の中での時間で、棲崎はそのことに気が付くことも出来たはずだ。
「それなのに、何故同じ事を繰り返すんですか!?」
 フィルトリアの右腕に、逆巻く地獄の炎が宿る。
 振り抜く拳は達人の一撃。
 顎元を撃ち抜かれたビルシャナが大きくよろける。だが――。
「ひひ、だからこそ復讐するのよ。俺の自由を奪い、あんな目に合わせたクソ刑事になァ」
 その言葉に、フィルトリアはこの男の本質を見る。
 そも、この男には他人への『共感』など存在しないのだ。
 あるのはひたすら自分・自分・自分――。
 恐らく、被害者への謝罪の気持ちなども、微塵も持ち合わせていないに違いない。
「貴方の自由を奪っているのは、他ならぬ貴方自身です……なぜ、そんなことにも気が付かないのですか」
 どこか悲しそうな表情でフィルトリアは呟く。
 仲間の支援に力を注いでいたユスティーナも悲痛な表情を浮かべる。
「最後まで人であってほしい……そう思っていたわ。でも――」
 彼にかける言葉は、自分には見つけられない。
 だけれども、誰かの言葉が届いて、彼が思いなおしてくれるなら。
 そうあってほしいとユスティーナは願っていた。
 だが、そんな思いを、ビルシャナは嘲る。
「人であってほしい、だと? 愚かな。俺は人を超えた存在に昇格したのだッ!」
 ビルシャナの鉤爪がユスティーナに向けて振るわれる。
 避けきれない、とユスティーナが覚悟を決めた瞬間。ウィルマが凶爪の前に割って入る。その胸元が大きく裂け、鮮血が飛沫く。
「悔悟、も、覚えないどうしようも、ない人間。ああ、どうしようもない。どうしようも、ない」
 深手を負いながらも、ウィルマは楽しそうに笑う。
「あなたは怪物になる。人間ではない、怪物に。
 そこにあなた自身の喜びや怒りはありません。
 それらを捨ててしまってのは他でもない、あなた自身」
 だから――。と一息置いて、
「これで終わりです」
 ウィルマがはっきりと宣言する。
 もはや救うことは叶わない。
 仲間達もそう判断し、戦いは討伐へと切り替わってゆく。


 戦いは徐々にケルベロス側の優位へと傾いてゆく。
 攻撃に晒され続けたディフェンダーの一騎とウィルマ、ユキの傷は深かったが、慶を中心とした仲間の支援がこれを支える。
「逃げねぇよ俺達は。あんたを絶対逃さない」
 傷だらけになりながらも、一騎は倒れない。
 棲崎に言葉が届くとは思っていなかった。だけど、一騎は切り捨てたくなかったのだ。
 少しでも可能性があるのなら、賭けてみるべきだと思った。
 だが、もはや身も心もビルシャナと完全に融合した棲崎を救う手立てはない。
(ならせめて、この結末を、目を逸らさずに見届けるために――)
 そのためにも、一騎は倒れるわけには行かないのだ。
「な、なぜッ!? こんなバカなことがあって、たまるか! 神様から与えられた力が通用しないなどッ!」
 追い詰められたビルシャナから余裕の表情は消えていた。
 終わりが近い、秋櫻はそう判断する。
「神の力で強くなった気でいるかも知れませんが、
 其れは身も心も怪物に成り果てる最大の『逃げ』です。
 人間の犯した罪は人間の法で裁かれるべきもの。
 私は、貴方が自分の罪と向き合い、人間としての最後を迎えてほしいと、思っていました。
 ……ですが、怪物として生きること選んだ貴方には、もう人間として罪を償うことは、叶わない」
 普段、無表情である秋櫻に、静かな怒りの感情が浮かんでいた。
「ならば『怪物』として、一切容赦なく全力で討伐致します」
 ビルシャナに超光速の連撃・スーパージャスティハイパーバレットラッシュを叩き込む秋櫻。
「ぐはッ!」
 吹き飛ばされたビルシャナはなんとか立ち上がり、悲鳴混じりの祈りを叫ぶ。
「か、神様ァ! 今一度力をお授け下さいッ! こいつらを殺す力を! どうか! どうかぁあああ!」
 白羽根の刃を出鱈目に撒き散らしながら、ビルシャナは神に助けを求めるが、救いの神が訪れる事は無い。
「デウスエクスとなった今、あなたは人として最後に残された権利を失ってしまったのではないでしょうか」
 そんな敵を冷めた目で見ながら瑛華が呟く。
「ど、どうか、お助け下さいッ! こ、これからの一生をかけて、罪を償います! だから、どうかぁ!」
 追い詰められた棲崎が、神様の次に祈るのはケルベロス達だ。
「ごめんなさい。わたしからあなたに言えるような言葉は、
 何一つ、持ち合わせていないんです」
 わたしは冷たいのかもしれませんね、と曖昧に笑う瑛華。
 きっと、被害者や家族の人は、棲崎に生きて罪を償ってほしいなどとは思わないだろう。
 悪いことをすれば因果応報。罪なき人間を自分勝手に殺したのだから、殺されても文句は言えないはず。
 拳銃に弾丸を込め直してゆく瑛華。
「ひ、あああッ!!」
 背筋が凍るような恐怖を瑛華から感じ、ビルシャナが階段に向かって走り出す。
 ふう、と小さく吐息をつく瑛華。
 復讐とか償いとか――。
 なんだか、昔のことを思い出してしまいそうだった。
「良かったですね。恐怖に苛まれることなくすぐ死ねますよ」
 瑛華が全ての終わりを告げる弾丸を放つ。
 鉄弾は過たずビルシャナの脳髄を貫通し、その邪悪な思考回路を、肉体から切り離した。
「――」
 断末の悲鳴を残すことなくビルシャナは倒れる。
「……ばかなひと」
 硝煙を吹き消しながら、瑛華は誰へともなく呟いた。

 戦いは終わった。
 かつてこの場所で起こった連続殺人事件が、10年の時を経てようやく終わったのだ。
「……私達は、正義を為せたのでしょうか?」
 ポツリと呟いた秋櫻の言葉を聞き、エミリは視線を落とす。
「さあね……なにが正解かなんて分からないけど、少なくとも私は、自分なりの正しさに従ったわ」
 棲崎の肉体が塵となって消えてゆく。
 やがて、髪の毛一本すら残さずに消滅した棲崎を、エミリは少しだけ哀れに思いながら天を仰ぐ。
 まあこんな地下室じゃ、見えるのは不定期に瞬く蛍光灯の光ぐらいなのだけど。
「棲崎は選んだ。私達も選んで行動した。……それだけ、それで全部」
 せめて私くらいは祈りましょう。
 棲崎の魂に、最後には救いがあるように。

作者:河流まお 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年5月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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