異常なる清浄機

作者:七尾マサムネ

 東北地方、桜の開花が進む頃。
 春の気配漂う住宅街の一角のゴミ捨て場に、空気清浄機が捨てられていた。黒き長方形の箱がたたずむ様子は、碑石の如く。
 長年、家庭の空気をきれいにし、一家団欒をサポートし続けて来たその機械も、今や回収の時を待つだけの塊。
 だがそんな機械は、ダモクレスにとってうってつけの素材であった。
 小型ダモクレスがこっそり隙間から侵入を果たすと、こっそり機械的なヒールを開始した。金属質の音と怪しげな光が何度もこぼれた後、空気清浄機に第二の生が与えられた。
「セージョー、セージョー……!」
 巨大ダモクレスと化した空気清浄機、そのセンサー部が赤く点灯した次の瞬間、排出された風が、周囲の桜の花びらを散らした。
 人間こそが空気を汚すもの。それを浄化し、グラビティ・チェインを奪う。
 黒き巨体が、侵攻を開始した。

「ギヨチネ・コルベーユ(ヤースミーン・e00772)さんの調査により、ダモクレスの襲来が予知されました」
 ヘリオン内。セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)によるミーティングに、ギヨチネ自身も耳を傾けていた。
「住宅街の一角にあるゴミ置き場。そこに廃棄されていた空気清浄機が利用され、ダモクレスへと変化してしまうのです」
 まだ実際に被害は出ていないが、このままでは周辺地域の人々の命は失われ、グラビティ・チェインが奪われてしまうだろう。よって、ダモクレスの侵攻の阻止が、今回の任務となる。
 長方形の空気清浄機から変形したダモクレスは、人型ロボットめいた外見をしている。
 ずんぐりとした黒のボディから板状の手足が出た様は、どこかペンギンを思い起こさせるものだという。
「兵装も、空気清浄器の機能を反映させたものばかりです。頭部のスリットから放出される風は、加護をも一瞬で吹き飛ばしてしまうでしょう」
 また、強風を発して対象を足止めしたり、下部に備えられたスリットから吸引を行いケルベロスのエネルギーを奪ったりする能力が確認されている。
「こちらの行動を阻害する攻撃が得意なのですな。それから察するに、ポジションは」
「はい、ジャマーだと思われます」
 ギヨチネの推測を、セリカが肯定した。
「『空気を汚すもの』として人々が除去されてしまう前に、撃破をお願いします。なお、現場の近くにはお花見のできるような広い公園もありますので、任務完了後、桜を愛でてくるのもいいかもしれませんね」
 そう言って、セリカが微笑んだ。


参加者
十夜・泉(地球人のミュージックファイター・e00031)
ギヨチネ・コルベーユ(ヤースミーン・e00772)
オペレッタ・アルマ(ワルツ・e01617)
ティノ・ベネデッタ(ビコロール・e11985)
多留戸・タタン(知恵の実食べた・e14518)
ハンナ・カレン(トランスポーター・e16754)
井関・十蔵(羅刹・e22748)
綿屋・雪(燠・e44511)

■リプレイ

●春の嵐はダモクレスと共に
 ダモクレスの出現地点である住宅街を、ハンナ・カレン(トランスポーター・e16754)のキープアウトテープが封鎖する。
「さ。ちゃちゃっと片付けてお楽しみと参ろうや」
 周辺に一般人がいない事を確認した井関・十蔵(羅刹・e22748)は、準備してきた酒が気になる様子。首尾よく任務を果たした暁には、さぞかし美味い酒が飲める事だろう。
「家族の団欒を見守ったものが人を襲う……被害が及ぶ前に対処しましょう」
 戦いに備える仲間達に、十夜・泉(地球人のミュージックファイター・e00031)は、改めてよろしくと告げた。
「タタンさんとジョナさんも、またよろしくね?」
「リョーカイでござます泉さん! ジュータクガイの安全と、タノシーお花見は! タタンとジョナが守るですから!」
 闘技場での縁ある泉に応え、多留戸・タタン(知恵の実食べた・e14518)とミミックのジョナ・ゴールドが胸を張った。
 その時、桜の木々が揺れた。自然のものではありえぬ風が吹きすさび、花びらが枝を離れる。
 突風に続いてケルベロス達を襲ったのは、震動である。
 発生源は、すぐに正体を現した。巨大なる空気清浄機……ダモクレス化により二足歩行という機能まで備えてしまっている。
「汚れを集めてばかりだった空気清浄機も、反抗なさりたいお年頃でおられるのでしょうか」
 荒ぶった様子で手当たり次第に風を生む敵を見て、ギヨチネ・コルベーユ(ヤースミーン・e00772)が割と真顔で言った。
 こちらへ接近するダモクレスを、オペレッタ・アルマ(ワルツ・e01617)は、じっ、と見つめ、
「……たしかに、ペンギンのようにも、みえますね」
 バランスを取るためか、交互に左右に傾く歩き方も、ペンギンを思わせる要因の1つかもしれない。
 だが、どこか親しみを覚えそうになるとはいえ、その目的は人々の殺戮。
 行く手にケルベロス達を検知した空気清浄機ダモクレスは、頭部のセンサーを輝かせた。
「セージョー、セージョー」
「確かに人は、空気を汚すものかもしれぬ。だが、美しいものを愛でるものでもあるのだ。この景色も人々も僕らケルベロスが守るもの。ゆえに、排除させてもらうぞ」
 ごぅん、と音を立てて本格稼働する敵を迎撃すべく、ティノ・ベネデッタ(ビコロール・e11985)が武装した。肩を並べるのは、頼りになる知己ばかり。心情的にも万全の布陣だ。
「ながらく、おつかれさま、でした。こころ苦しくあります、けれど。これを、さいごのおしごとにいたしましょう」
 桜舞う景色に、バケツヘルムの綿屋・雪(燠・e44511)が、透きとおった声を響かせる。
 ケルベロス達に囲まれたダモクレスは、ヒレ状の両腕を振り上げると、戦闘行動を開始したのである。

●桜とダモクレス
 守りをギヨチネ達に任せると、ハンナが、逆手に握った惨殺ナイフを閃かせた。技を乗せた刃が、陽光を反射して煌めくたび、機械の体が少しずつ『殺されて』いく。
 ハンナが離れた隙を見計らい、ダモクレスが反撃に出ようとする。だが、それを封じるようにして、泉が畳みかける。関節部に狙いを定めると、日本刀にて断つ。内部機構に損傷を与えると同時、ダモクレスの回路に干渉し、その動きを阻害していく。
 続けて、ギヨチネが、地面を蹴った。妖精の魔力を得て大跳躍を遂げると、敵の頭頂を見下ろす高さへ。己の存在を誇示するのは、敵意を向けさせるため。虚空に虹をかけながら、蹴りが炸裂。
 そんな浄化志望者を、ダモクレスが放っておくはずもない。
 家電であった頃の何百倍もの強さを持った浄化風を、前衛に浴びせかける。その風圧は、ケルベロス達を強化していた加護をも、一気に吹き飛ばす。
 シャーマンズゴーストの竹光が、笠を飛ばされぬよう押さえつつ、片手を祈りの形にし、傷を癒す。十蔵も、慣れた手つきでゾディアックソードを振るい、癒しの輝きを放つ星座を描き上げる。
「セージョー、セージョー」
「それがアナタにあたえられた、『命令』、ですか?」
 ことり、と首を傾げたオペレッタが、バネを巻いたアリアデバイスより音色を奏でた。旋律に包まれた敵の黒の装甲が、冷気の白に染め上がってゆく。
「??」
 ふとダモクレスは、空を仰ぐような挙動を見せた。その体に、白の粒が降り始めたからだ。雪と同じ名を持つ冷たき結晶は、ダモクレスに触れるや否や、損傷箇所が弾け、束縛はよりきつく、そして怒りは促進された。
 ケルベロス達に混じって、ダモクレスに敢然と立ち向かう、ジョナ。圧倒的な体格差にもめげない。タタンの張ってくれたマインドシールドで守りを固め、ヒレめいた腕にかぶりついた。
 腕を動かしジョナを振り落とすと、ダモクレスは送風レベルを上げ、後方のケルベロス達の支援を押し返す。
(「ところでこのダモクレスは何故ペンギンなのだ?」)
 そんな疑問を抱きつつも、ティノが暴れ回る標的に、バスターライフルの銃口を向けた。頭部、センサー周りに狙いを定めると、トリガーを引く。
 着弾直後に発生した氷結が、ダモクレスの重量バランスを崩し、傾かせた。
 氷とペンギン。なんとなく、相性はいい。

●新たな役目は静かな眠り
「キューイン、ジョキョ」
 機械音声を発すると、ダモクレスは、矢面に立つギヨチネの吸引にかかった。地を踏みしめ耐えるものの、全身からエネルギーを奪われていく。
 だが、吸引停止の瞬間こそが、反撃の好機。少しばかり損傷を修復したダモクレスを、ギヨチネの結界が包んだ。己が朽ちゆくビジョンを、ダモクレスの中枢に叩きこんでやる。
 跳躍したタタンが、空中で一回転して勢いを加算すると、思い切りルーンアックスを振り下ろした。
 よろめくダモクレスに踏み潰されぬようかわしながら、ジョナが偽の宝物をばらまいていく。
 負けじとダモクレスは、豪風を前衛にまき散らした。
 その余波が、桜の花をも散らす様を見たオペレッタは、破損とは異なる、内部の軋みを得た。
「『これ』は、かんがえます。アナタは、このようなことをのぞまれて造られたのではない、と」
 オペレッタのハッキングを受けたダモクレスが、苦し気にセンサーのライトを明滅させる。
「ガ、ガガ……」
「ゆがめられた『命令』は、『命令』ではありません」
 突風を回転させた槍でしのぐと、ハンナが武器を収め、立ち向かった。巨大ロボット対無手。しかし、ハンナの打撃は、一発で敵の装甲を陥没させた。なぜなら、
「あたしは素手の方が強い」
 ハンナの恐るべき告白と同時、がらん、と装甲板が剥離し、落下した。
 ケルベロス達に翻弄され、ふらり、ぐらりと足元のおぼつかないダモクレス。
「機械が千鳥足たぁな」
 軽口1つ、十蔵がグラビティ製の短剣を敵に投じた。とっ、と突き立つなり霧散したそれは、甘いクチナシの香りを振りまき、敵のセンサーを狂わせる。
「これでちったぁ、ましな匂いになったろうよ」
 後方からの援護射撃やディフェンダーに、視線で感謝を伝え、泉が接敵した。
「申し訳ないのですが、ここで幕引きとさせていただきます」
 速力を上げ、己を一筋の斬撃と化すと、頭部センサーを正確に貫いた。強力無比なその攻撃が、ダモクレスを半壊に導く。
 後方からティノの声が飛んで来たのを受け、泉達が射線を空けた。直後、洪水の如き莫大量の光が、ダモクレスの全身を飲み込んだ。
 ティノによる光の飛沫が止む頃、とんっ、と雪がアスファルトを蹴った。空気清浄機に同情はするけれど、お役目を果たした分、おだやかに送ってあげなければ。
「おつかれさまでした。もう、おやすみなさい」
 雪の超重の一撃が、巨体を打つ。内部から氷の華を咲かせた機械の体は、雪の着地と同時に、静かに破砕したのであった。
 最後の時、明滅したセンサーが感謝を伝えているように見えたのは、気のせいか。

●桜の宴は賑やかに
 ダモクレスが消えた後、雪達によって戦場の周囲は片付けられ、ヒールが施された。
 そうして後始末を終えると、勝利の余韻を噛みしめるように、或いは、戦いの疲れを払うように、軽く一服するハンナ。泉のブルースハープが、鎮魂歌を奏でるのを聴きながら。
 それから一同が向かったのは、桜咲き誇る公園だ。良き場所を確保すると、持ち寄った料理や飲み物を披露する。
 泉は、おにぎりやお漬物、卵焼き。
「『これ』も、おにぎりをおもちしました」
 オペレッタが並べたのは、その掌のサイズを反映した、ころりと小さなもの。
 ランチボックスからギヨチネがサンドイッチを取り出せば、雪もフルーツサンドを差し出した。こちらは甘酸っぱい春の味、といったところだ。
 飲み物だって必要だ。満を持してクーラーボックスを開封した十蔵が、冷えたビールを大人組にふるまう。
 更に、ティノによって、クッキーやリーフパイといったお菓子の類も加わった。
「手土産を持ってくるのはガラじゃあなくてね。大したもんじゃないがコイツでも食ってくれ」
 そうは言いつつも、ハンナの持参したチョコは、ちょっと良いものだ。
 準備は出来た。雪は、皆に飲み物が行き渡ったのを確かめて、
「それでは、かんぱい、いたしましょう」
 任務の完了と、咲き誇る桜の美しさをたたえて。皆が、杯を打ち鳴らした。
「ぷっはー! この1杯のために生きてるー!!」
 タタンが、いい顔でジュースを飲みほす。
「みなさんも林檎ジュースいかがでしょか! オイシーですから!」
 タタンの実家の農園で作ったという自慢のジュースが、皆のコップを満たしていく。
 サンふじジュースの酸味に、オペレッタは思わずぱちぱち瞬き。するとティノが、王林ジュースをすすめてみる。こちらは甘い方。
 雪も、こくこく、リンゴジュースを味わう。
 ハンナの視線の先、ギヨチネがテキパキとサーブしている。オペレッタ達年少組にはジュースを、大人達にはアルコールを継ぎ足していく。泉は、自分はこれで、とジュースのコップを掲げて見せた。
「少し羨ましいな。いずれ僕が大きくなったら、改めて教えてくれ」
 大人組が楽し気に酒を酌み交わす様子を見て、ティノが言った。未来の飲み仲間の心強い発言に、大人達は有望さを感じたとか感じないとか。
 皆に混じって、お菓子や料理を、もくもくと口に運ぶ雪。どれも美味しいので、ついつい箸が進む。
「……と、ここにも美味そうな酒が」
 すっかり出来上がった十蔵が、新たな酒に手を伸ばす。
 しらふだったら、十蔵も気づいただろう。よく見れば、その酒のラベルには達筆で『ふじ』と書かれていた事。そして、ほっぺたにご飯粒を付けたタタンの目が、きらーん、と輝いた事に。
 ぐいっ。
「お!?」
 思わぬ酸味に、十蔵の口がすぼまった。
「こ、こりゃあ……!」
「はい、お酒と見せかけてリンゴジュースですよー!」
 まんまとタタンの悪戯にひっかかったのである。
「オイオイ、もう寝ぼけてんのか? まあ、酔っ払いの気付けにはちょうどいいか」
 シニカルな笑みをたたえたハンナから軽口が飛んでくると、場を笑い声が包んだ。
 ティノも、普段は引き締めた頬が少し緩んでしまったが、見られていないようだし、内緒にしておこう。うん。
 穏やかな日差しの中、はらりと舞う花弁。その下に広がる皆の賑わいをじっと眺めていたオペレッタが、こくん、とうなずいた。
「……『お花見』は『楽しい』もの。『これ』は、認識しました」
「それは何より。間もなく、満開の花も散ってしまわれる。幾度かハナミを経験させていただきましたが、来年も、その次も、皆と斯様に楽しむことが出来れば、と」
 一升瓶をそばに置き、しみじみ、とつぶやくギヨチネ。
 料理や飲み物が、大分減った頃。十蔵は笑顔のまま、桜の木の根を枕に、横になっていた。
 締めに、おにぎりと出汁で作った簡易茶漬けを味わいながら、泉が空を見つめてつぶやく。
「これも幸せの一つの形」
 定命の者にも、機械にも、そして桜にも。いつかは終わりが来るもの。
 しかし、終わりがあるからこそ、生の輝きもまた強く、美しい。

作者:七尾マサムネ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年4月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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