グリーンアプローチ

作者:蘇我真

「ふー、いいフライトだった……」
 空港、飛行場の片隅で大の字になって寝そべる男がいた。半袖のワイシャツに紺色のネクタイ、傍らにはエンブレムのついたパイロットハットが置かれている。
「パイロットって、給料いいんでしょう?」
「ん、まあね。それより、空を飛べるってのが一番気持ちいいけど……」
 そこまで答えてから、男は自分に話しかける女の存在を訝しんだ。
「ってお客さん? 駄目ですよ、こっちは関係者以外立ち入り禁止です。ロビーまで案内しますから」
 男は立ち上がり、その女を誘導しようとする。女は褐色肌、露出度が高い衣装を身にまとっている。まるでベリーダンサーのようだった。
「やっぱり男はお金持ちに限るわよね。いくら勇者になっても、お金が無かったらいい装備も買えないもの」
「いったい何を……」
 男が問うよりも早く女が舞う。刹那、男の足元から深緑色の炎が出現しその全身を焼き尽くした。
「う、うわあぁぁっっ!!」
「うん、いっちょあがりっと♪」
 緑の炎で焼き尽くされたかに思えた男だが、炎が消えたときには一回り、いや二回り以上も大きな姿に生まれ変わっていた。
 その巨体を覆うのは透き通るようなクリスタルの甲冑。パイロットをイメージしたのか、背中には水晶の翼がつけられている。
「いい、エインヘリアル。人間を襲ってグラビティ・チェインを奪うのよ? うまくできたら、迎えにきてあげるわ」
「……はっ」
 男は片膝をつき、女へと恭しく頭を下げる。
「見事任務を果たし、貴女様の翼となりましょう」
 こうして、空港を襲うクリスタルなエインヘリアルが誕生したのだった。

「有力なシャイターンが動き出したようだ」
 ブリーフィング。星友・瞬(ウェアライダーのヘリオライダー・en0065)は集めたケルベロスの面々を前にそう切り出した。
「彼女たちは、炎彩使いを名乗っている。死者の泉の力を操り、その炎で燃やし尽くした男性を、その場でエインヘリアルにする事ができる……戦力を増やされるのは厄介だな」
 続いて、瞬は今回倒すべき敵についてのデータを開示していく。
「出現したエインヘリアルは、パイロットの蒼穹ツバサ。子供のころから空を飛ぶことに憧れていて、猛勉強してパイロットになったという。こう言ってはなんだが、シャイターンが選んだにしてはいい男だろう」
 瞬は今までのシャイターンが選定したエインヘリアル候補を何人か思い浮かべたらしい。
「まあ、とはいえ事務仕事をサボって飛行場でごろ寝するあたり、空を飛ぶことしか興味がない問題パイロットだったのだが……」
 そんな問題パイロットが、エインヘリアルとなったことで更なる問題を引き起こそうとしている、と瞬は続ける。
「ツバサは現在グラビティ・チェインが枯渇した状態のようで、凶暴になっている……飛行場から空港のロビーに移動すればすぐに利用客の殺害を開始するだろう。それは、止めないといけない」
 時間帯は昼、現場はツバサの勤務している空港。飛行場は滑走路であるためアスファルトで平坦に舗装してあり障害物もなく、戦うのにはうってつけだ。
「武器はクリスタルの剣による斬撃、それと背中の水晶の翼による低空飛行体当たりだな」
 空を飛べるといっても浮遊できる程度で上空まではいけない。飢餓状態であるため逃げられる心配はないと瞬は補足した。
「残念ながら彼を救うことはできない。だが、せめてシャイターンによる枷を解き、最期に自由の翼を与えてやってほしい」
 瞬はそう締めくくり、ケルベロスたちへと頭を下げるのだった。


参加者
パトリシア・バラン(ヴァンプ不撓・e03793)
イスクヴァ・ランドグリーズ(楯を壊すもの・e09599)
日月・降夜(アキレス俊足・e18747)
ルデン・レジュア(夢色の夜・e44363)
遠音宮・遥(サキュバスの土蔵篭り・e45090)
ジェスト・エクスナージュ(紅き鋼の竜の戦士・e45416)

■リプレイ

●処女飛行
「今よ!」
 ローザマリア・クライツァール(双裁劒姫・e02948)がヘッドセット型通信機に向けて声をかけると、ケルベロスたちは一斉に散開した。
「デウスエクス、デス。走って逃げてくだサイ」
 パトリシア・バラン(ヴァンプ不撓・e03793)が飛行機の整備をしている職員へと声をかける。
 敵である蒼穹ツバサがサボっていたのは飛行機の一角、滑走路の隅の方だ。利用客などがいるターミナルからは離れており、職員を逃がせば周囲の安全は確保できるだろう。
「サア、こっちを向きなサイ!」
 青空が透けて見えるツバサの甲冑を、虹色の軌跡が貫いていく。
「俺のフライトの……邪魔するんじゃねぇよ!」
 ツバサの視線がパトリシアへと向く。水晶の翼を広げた低空タックルで猛進する。
「注目されるように派手に行こうか! そぉいッ!!」
 不意に、アスファルトへ影が差した。
「ッ!!」
 突進を止めるツバサ。足元に突き刺さるルーンアックス、逆鱗鉞ゴウショウガイ。
「おっと、ここから先は通行止めだぜ?」
 ジェスト・エクスナージュ(紅き鋼の竜の戦士・e45416)だ。アスファルトにヒビを入れた戦斧を軽々と引き抜き、肩に担いでみせる。
「アンタのフライトにつきあってやるぜ。ついて来れるならついて来いッ!」
 盾役であるパトリシアとジェストが前後を挟み、日月・降夜(アキレス俊足・e18747)とエイル・フォールクヴァング(語り手・e56554)が左右についてツバサを包囲する。
「ここから、一歩も先には進ませない」
 ツバサの前方、ジェストの後ろで守りを固めるルデン・レジュア(夢色の夜・e44363)。吹き抜ける風が長い前髪をはためかせる。
「斯様な輩の跳梁を許しているとは……」
 エイルはツバサの動きを見ながら、反対側にいる降夜へと歌を届ける。
「ウィリアム・テルの矢は外れない」
 クロスボウの名手であった英雄の叙事詩が、狙いを定める力となって降夜に注がれていく。
「へっ、ありがてぇ。これなら外さねえってモンだ」
 降夜はきつく拳を握りしめ、吠える。
「よう、あんちゃん。シャイターンなんぞにホイホイ与えられた翼を振りかざしてご満悦か? 己の力でパイロットまでになった男が墜ちたもんだな」
「堕ちた?」
 ツバサの瞳は、ギラついていた。飢餓状態、餌を求めて誰彼構わず殺そうとするその目を、降夜は良く知っていた。
「違うな、俺は手に入れたんだよ、真の翼ってやつをなァッ!」
「てめぇは止める! 俺みてぇな奴を増やさねえためにもなぁっ!」
 唸る拳がツバサの胸にたたきつけられる。振動が伝わり、大気までもが震える一撃。クリスタルの装甲にヒビが入る。
 だが、まだ壊れてはいない。
「信念だかなんだかしらねぇが、クソ喰らえだッ! 俺はやりたいようにやる、それが自由だッッ!!」
 ツバサの叫びと共に、周囲に無数のクリスタルが出現する。跳躍し、クリスタルを蹴っての高速連続斬撃。
 ピンボールのように、反射状に飛び回るツバサ。降夜だけではなく、パトリシアとジェストもガードに手一杯で止めることができない。その場にくぎ付けにされ、水晶剣で出来た傷口から氷が広がっていく。
「その程度の低空飛行で、いきがんなよ……!」
 ジェストは自らにぶつかってくるツバサを見て、パイルステークブーツの杭をアスファルトに撃ち込んだ。
「空への想い……叶えさせて見せるさ。紅き鋼の竜に誓ってな!」
 逆鱗鉞ゴウショウガイを前方に構えてツバサの突進を受け止める。
「ぐっ……!」
 突進力でジェストの身体が浮く。斧をどけて、片腕でツバサの胴体を抱えるように組み付いた。
「捕まえたぜ、ヒヨドリちゃんよぉ?」
「くっ、離せ! 離しやがれッ!!」
 ジェストの肩肉へと齧りつき、束縛から逃れようともがくツバサ。
「ッチィ!」
「ひどいな……ヒトとしての尊厳を完全に失って……こうなる前に私達が動けたら良いのだけどな……」
 ツバサの飢えた獣としての振る舞いを間近で目撃したルデン。かぶりを振って、詠唱を開始する。
「夢よ夢。我らの通り、願った通り、望んだように、重ね重なる色彩よ。覆い尽くして真を潰せ……無限色」
 飛行場の灰色のアスファルトに、幾何学模様の魔法陣が展開されていく。その色は―――。
「白」
 魔法陣が完成した瞬間、世界が白い光に覆われる。ジェストが受けた傷は、白く塗りつぶされていた。
「こんなことでしか役に立てなくてすまない……」
「いや、助かったぜ」
「交代デス!」
 ジェストに代わり、今度はパトリシアが組みついた。
「ジャベはルチャ・リブレの華!」
 背後へと回り込むと、背中の羽根をもぐようにクロスフェイスチキンウィングへと移行する。
 腕と首を決められて天を仰ぐツバサ。
「フォーティーエイトアーツ、ナンバートゥエンティトゥ! バビロンストレッチ!」
 鈍い音がした。水晶の翼、その片翼が根元から折れる。ツバサは苦悶に耐えつつ、出来た隙間からするりと滑り込んでパトリシアの腕から抜ける。
 関節技から逃れるために、自らの翼を犠牲にしたのだ。
「クソッ……俺の、俺の翼を……よくもやってくれやがったなぁッ!!」
「折ったのは自分デス、自業自得デショウ」
 逆恨みを指摘するパトリシアの横、石化の魔弾が通り抜けて倒れたツバサの鎧に着弾する。
「アンタの魂は、共に持って行くわ。必ず、あのシャイターンに叩き付け、刻み込むと誓う。だから――To jest poczatek konca」
「……!」
 耳慣れないポーランド語。これは終わりの始まりよ、という意味と共に現れたのは避難誘導を行っていたローザマリア、イスクヴァ・ランドグリーズ(楯を壊すもの・e09599)、遠音宮・遥(サキュバスの土蔵篭り・e45090)の三名だった。
「お待たせしました。避難は全て完了しましたよ」
 柔らかい、たおやかな言葉とは裏腹に苛烈な跳び蹴り。ツバサは転がって回避するが、星の力を込めたその蹴りはアスファルトを容易に砕いていた。
「悪いが、お前を見過ごすわけにはいかない」
 イスクヴァの槍に炎が宿る。しかし、その炎は常日頃よりも幾分か弱い。地に転がっているツバサの境遇を思い、いつになく逡巡しているようだった。
「そうやって、見下せてんのも……今のうち、だッ!!」
 ツバサは気合を入れて立ち上がる。折れた片翼までは戻らないが、水晶の鎧や剣のひびが修復していく。
「おまえらをぶっ殺して、俺は飛ぶんだッ! この、大空をなッ!!」
 フライトは、まだ続きそうだった。

●ドッグファイト
「回復してきたわね……」
 ローザマリアはツバサの動きを見極めるべく、目を細める。
「俺の翼は、まだ半分あるんだ!」
 宙に出現するいくつものクリスタル。冷気を伴った連続突進だ。
「させないわよ!」
 片翼で跳び上がったところで死天剣戟陣を発動する。
 天空より召喚された無数の剣がクリスタルを打ち砕いていく。
「チイッ……!」
 剣の雨の中を飛び回ることもできず、その場に浮遊するしかないツバサ。
「空に逃げたのなら、これで……!」
 遥はドラゴニックハンマーを砲撃形態へと変えると、そのまま発射する。
「何処に居ようと喰らいついてやる」
 同時に降夜も拳を振り抜く。すると拳先からグラビティの乗った気が放たれた。
 空を切り裂く竜虎のオーラが、絡み合うようにしてツバサへと直撃する。
「さすがに、今度は避けられねぇ、かッ……!」
「この位置取りで、何度も外してしまうわけにはいきませんからね」
 遥も自分の力量を鑑みて、出来る限りのサポートをする。絶えず砲撃を仕掛けることで、ツバサの足を止めていた。
「どうした、まだ飛ぶんだろ? 最初で最後のドッグファイトをなッ!」
 ジェストのトマホーク殺法。投げつけられた逆鱗鉞ゴウショウガイをツバサはとっさに半身になって回避する。
「最後って、決めつんなよなぁッ!!」
 ツバメやトンビのように、低空を滑空する。片翼ではバランスがとりづらいのだろう、よろめきながら体当たりする先はイスクヴァだ。
「弱ってそうな、てめぇから倒すッ!!」
 右角が折れ、顔から右肩にかけて火傷跡が残っているイスクヴァが組み易しと判断したようだ。
「くっ……!」
 懸命に、生き延びようと必死になって突撃してくるツバサ。理を歪められ、エインヘリアルと化した男を本当に殺さなくてはいけないのか。
 思考が邪魔して回避が遅れる。
「動きがニブいぜえッ!!」
 高速体当たりが、直撃する。
「なっ……」
 そう漏らしたのは、誰だったか。割って入ったパトリシアがバードストライクを受け止めていた。
「アナタは悪くないシ、ワタシたちも正しくナイ。駆除される側と駆除する側って、いつでもそんなモンダワ」
 パトリシアが告げる。
「……夢を潰された……仇は取ってやるから」
 サークリットチェインでイスクヴァを守るルデン。
「うん、もっと遠くへ飛ばせてあげるからさ……今は眠りなよ」
 かつて眠っていたルデンだからこそ、その言葉は説得力という重さを持って周囲へ伝わる。
「引導を渡してやっとくれ、わしの分まで、な……吹けよ嵐!」
 エイルが奏でる英雄の叙事詩。その第2部、アレグロの旋律がイスクヴァを強化していく。昔、地獄を見た右目の視界が広がる。更なる地獄を見ろ、と催促しているようにも思えた。
「そう、だな……」
 イスクヴァの槍を持つ手が、固く握り込まれる。
「私が、こうなってしまった君の命を奪う権利も……もしかしたら、ないのかもしれない」
 それでも、だからこそ。
「この目に焼き付けておこう。君の描いた軌跡を」
 一薙ぎ。生み出された強烈な衝撃波がクリスタルの鎧を、翼を、粉々に打ち砕いていく。
「済まない、助けてやれず……」
 空に舞う粒子の粉が、陽光を反射して煌いていた。

●オールグリーン
「ちょっと、これ直し切れるカシラ?」
 パトリシアはしかめ面でひび割れたアスファルトを覗き込んでいた。
「わ、わりぃな……」
 だいたいの原因であるジェストは頭を掻いて謝罪するしかない。
「しょうがないですよ。手加減して止められる相手ではありませんでしたから」
 遥もアスファルトの修復に取りかかる。滑走路は平坦でないと離着陸に支障が出る。もしかしたら整備員に任せないといけないかもしれない。
 エイルも飛行場に残されたアスファルトの破片を拾い上げていく。その中に、砕け散った水晶の欠片もあった。
「わしに魂を導く力はないが……せめて魂の赴くままどこへでも飛んでゆくがいいじゃろう」
 ジェストのも水晶の翼を構成していた羽根を見つけ、拾い上げる。きらきらと光るそれを、握りしめ、天を仰ぎ見た。
「今度こそ自由に羽ばたきな……」
 風は微風、抜けるような青空だ。
「空を飛ぶには絶好のコンディション、か」
 降夜の中には、空に憧れる気持ちを理解する少年の心がある。だからこそ、ツバサが犠牲になったことが惜しいと思えた。
「状況、終了したわ」
 ローザマリアが通信機へと呼びかける。
 管制の着陸指示を受けたのか、空の向こうから飛行機が一機こちらへと飛んできた。
「蒼穹ツバサ――Nigdy cie nie zapomne」
 振り返る様にして空を見上げるローザマリア。貴方を決して忘れない、とポーランド語で呟く。
「おやすみ……」
 長い前髪の隙間から、ルデンは見た。
「空、描こうか」
 青空を描く、一筋の飛行機雲を。

作者:蘇我真 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年4月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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