激情の戦士

作者:砂浦俊一


 黄昏時。一つの任務を終えた水無月・実里(希う者・e16191)は、仲間たちとも別れて一人だった。
 夕飯は何にしようか考えながら、彼女は人の通らぬ寂しい道を歩いていた。
 その時、不意に真上からの殺気。
 空を振り仰いだ彼女は、直上から回転しながら急降下してくる『何か』を見た。
 咄嗟に実里は後方宙返りで回避する。
 急降下してきたそれは轟音とともに着地、アスファルトがクレーター状にめりこんだ。
「目標捕捉。ウェアライダー種、個体名・ミノリ」
 無機質な電子音声の主は男性型のダモクレス。袖のない装甲服に身を包み、白い人工被膜と球体関節の両腕は巨大な円月輪を携えていた。その顔は逆光になった夕陽がまぶしく、よく見えない。
 ダモクレスは硬い足音を鳴らして距離を詰めてくる。実里は相手の全身から放たれる尋常ならざる殺気に威圧感を覚えてじりじりと後退、付近にあった解体中のビルの敷地内へと踏み入る。今日の作業は終わったのか、工事の人間は不在のようだ。
「ミノリ。オマエハ、生カシテハオケヌ」
「御指名なんてね。私の名前も売れてきたのかしら」
 実里は微笑を浮かべるが、ダモクレスどもに名前が広まったところで嬉しくもない。それに笑みは強がり、背中を嫌な汗が伝っている。一人で勝てる相手ではないかもしれない、それほどのプレッシャーを彼女は敵から感じている。
「オマエハ、ココデ死ヌ。無様ニ死ヌ。無惨ニ死ヌ。コノ私、シラクサアンジガ、オマエヲ殺ス! ソウ、殺ス! 殺ス! ブチ殺ス!」
 狂気すら滲ませる激情の電子音声を轟かせて、円月輪を構えたダモクレスはその場でコマのように高速回転する。
(さっきの一撃はこれか!)
 さらに一歩下がった実里は、床に走る亀裂に足を取られてしまう。
「あっ――」
「何ヒトツ為ス術ナク、死ネ!」
 バランスを崩した実里へと、全身を高速回転させるシラクサアンジが突撃した。


「皆さん、超絶ヤバイ事態っス! 水無月・実里さんがダモクレスの襲撃を受ける予知があったっス! 急いで連絡を取ろうとしたんスけど、連絡がつかなくて……実里さんが無事なうちに救援へ向かってほしいっス!」
 緊急の招集で呼ばれたケルベロスたちは、オラトリオのヘリオライダーの黒瀬・ダンテの真っ青な顔を見た。
「敵は単独行動中のダモクレス、名前は『シラクサアンジ』。武器は巨大な円月輪、斬撃に用いたり、ブーメランとかチャクラムみたく投擲したり、後は体ごと高速回転させての攻撃っス。詳しくはこちらの資料で。ヘリオンの機内で目を通して欲しいっス」
 急ぎプリントアウトされた資料を、ダンテはケルベロスたちに配布する。
「場所はビルの解体現場なんで、周囲の被害は気にしなくてオッケーです。ビルの鉄骨は残っているので身を隠すのに使えるっスね。ただ隠れていても位置がバレたら敵は鉄骨ごと斬り裂くか、円月輪をホーミングさせて攻撃してくるっス。戦闘前に到着できれば最良っスけど、数分ほど遅れるかもしれません。なので、実里さんが負傷している可能性もあるっス……」
 ともかく、現場に到着次第すぐに加勢できるよう準備を整えておくほかない。
「ケルベロスを救えるのはケルベロスだけ、実里さんの救援、よろしくお願いするっス!」
 今は一刻を争う事態。
 実里の無事を祈るケルベロスたちを乗せて、ヘリオンが急発進する。


参加者
蒼龍院・静葉(蒼月光纏いし巫狐・e00229)
セフィ・フロウセル(誘いの灰・e01220)
リオル・アイオンハート(天狼疾駆・e02015)
イピナ・ウィンテール(眩き剣よ希望を照らせ・e03513)
水無月・実里(終りを夢見る詩・e16191)
エンジュ・グリオイース(醒天を駆けし刃翼・e21923)
エリン・ウェントゥス(クローザーズフェイト・e38033)
マシェル・ラフィーヴェ(海平線に映るヤレアッハ・e47837)

■リプレイ


 先日、水無月・実里(終りを夢見る詩・e16191)は自らの宿敵を倒していた。
 それ以降、彼女はどこか燃え尽きた様な状態を自覚している。それでも依頼を受けているのは、デウスエクスを野放しにすれば多くの人に迷惑が及ぶ、という思いに他ならない。
(いつ戦死しても構わないと思うこともあるのに、お腹が空けば何を食べようか考えている自分もいる。滑稽ね)
 襲撃者であるダモクレスを前に、彼女は自嘲の笑みを浮かべる。
「コノ私、シラクサアンジガ、オマエヲ殺ス!」
 円月輪を構えたダモクレスが、その場でコマのような高速回転を始めた。
 最悪でも相打ちに持ち込みたいが敵の実力は未知数、彼女はひとまず距離を取ろうと後退するが、床に走る亀裂に足を取られてしまう。
「何ヒトツ為ス術ナク、死ネ!」
 高速回転するシラクサアンジが突進してくる、迫りくる死、実里の目には全ての景色がスローモーションに見える。
 このまま死が訪れる?
 否。
「死なせない、そう約束したから!」
 蒼龍院・静葉(蒼月光纏いし巫狐・e00229)の轟龍砲、シラクサアンジは真横に吹っ飛ばされた。
「実里さん、無事ですか…!」
 尻餅をついた実里の前に立ったのは、息を切らせて駆け付けたイピナ・ウィンテール(眩き剣よ希望を照らせ・e03513)。彼女は実里へと『紅瞳覚醒』で盾を付与すると、敵の動きを警戒しつつ前衛に着く。
 実里の前に続々と現れる援軍のケルベロスたち、知った顔もいれば、知らない顔もいる。
「静葉からの要請での参陣だ」
「静葉、すっごい心配してたからね。まぁ私はパパも手伝うって聞いたから、来たのもあるけど」
 セフィ・フロウセル(誘いの灰・e01220)が味方前衛へマインドシールドをかけ、エリン・ウェントゥス(クローザーズフェイト・e38033)はシラクサアンジめがけて闘気を撃ちこむ。だが、それは未だ高速回転している敵に弾かれてしまう。
「だからパパじゃないって……。ともかく無事で何よりだ、水無月。久しぶりだな」
 リオル・アイオンハート(天狼疾駆・e02015)はエリンの発言に困惑しつつも、実里に肩を貸して立ち上がらせる。
「お初にお目にかかります。私はエンジュ・グリオイース(醒天を駆けし刃翼・e21923)。私たち蒼月光翼、参戦いたします」
「同じくマシェル・ラフィーヴェ(海平線に映るヤレアッハ・e47837)、初対面ですが援護に来ましたよぉ」
 エンジュは両手でスカートの端を持ち上げて軽く挨拶。マシェルは実里に微笑みかけた後、砲撃形態のドラゴニックハンマーを構えた。
「邪魔者ドモメ。ミノリトトモニ、死ネ」
 静止したシラクサアンジが円月輪を構える。その銀色の刃がビル内部に差し込む夕陽を反射し、不気味に輝いた。


 実里は日本刀と喰零刀を抜くが、どこか精彩に欠ける。
「無理そうなら下がっていても構わんぞ」
 エンジュの治癒能力を白魔狼の旋焔によって高めた後、リオルが実里を気遣った。
「大丈夫、やれる。奴を牽制するっ」
 異種二刀でシラクサアンジに斬りかかる実里を、慌ててエンジュがメタリックバーストでサポート。さらにマシェルが轟龍砲で援護する。
 対する敵は円月輪を用いた近接戦術で迎え撃つ。
「ソノ程度カッ。舐メラレタモノダナァ!」
 シラクサアンジが実里を押し返すが、すぐさまイピナがカバーに入る。かつて彼女は父親や仲間たちが消息不明になり、安否もわからずに待ち続けた経験がある。それ故、彼女は自分の知らない所で親しい人がいなくなるのを嫌がり、危なっかしい人は放っておけなくなってしまう。
「私の前で、実里さんを殺させはしません!」
 頭部を狙ったファナティックレインボウ。だが角度が浅く、敵の額をわずかに傷つけ金属片が散るに留まる。
 しかし攻撃を邪魔されたシラクサアンジは舌打ち。顔には怒り。
「実里さん、敵の顔や名前に覚えは?」
 静葉は牽制の熾炎業炎砲を撃ちつつ、隣に立つ実里へ問いかけた。
「いいや、全然。どこで恨みを買ったのかしらね」
 口では否定したものの、敵の姿には妙な既視感。そこへ敵の凶刃が迫る。
「私を狙うのなら、追ってこい……っ」
 二刀で円月輪をいなしつつも一太刀を浴びせ、実里は自らを囮に敵を誘導するよう動く。そんな彼女の立ち回りが、見ている仲間は不安でならない。
「実里さんはあなたなんて知らないそうですっ。誰から殺害を指示されたんですかっ。それともあなたの個人的理由ですかっ。答えなさいっ」
 小柄な体格を活かし、敵の懐に潜り込んだエリンの拳が唸る。
 胴への重い一撃に後退したシラクサアンジは、これが返答だと言うかのように円月輪を投擲した。ケルベロスたちは一斉に散って円月輪を避けるが、ホーミングするそれは後方からも迫り来る。
「あらあらぁ。実里さん以外とはお喋りしてくれないの?」
 身を屈めて背後からの円月輪を避けたマシェルは、伏せの姿勢のままカオスキャノンを撃つ。脚部への被弾にシラクサアンジは片膝をつくが、その手は戻ってきた円月輪を掴む。
「ならばその口、こじ開けるまでっ」
「襲撃理由は何であれ容易に私たちを殺せると思うな!」
 惨殺ナイフを手にしたリオルとオウガメタルを構えたセフィが、敵を左右から挟撃。戦闘用スーツが裂かれ、装甲が散り、露出する敵の胸部。それをエンジュは見逃さない。
「心地良さと痛み、どちらを所望かしら?」
 普段の穏やかな性格から一転、冷酷さの滲み出る笑みを浮かべた彼女が放つは氷血の投刃。深紅のオーラを纏う短剣は、味方には治癒の施しとなるが敵には鋭利な刃となる。
 胸部への一撃にシラクサアンジの顔が苦悶で歪む。
「ウァアライダー種。個体名・ミノリ。オマエヲ殺スマデ、私ノ体ハ止マラヌ!」
 シラクサアンジは短剣を引き抜き、床に投げ捨てた。地の底から轟くような電子音声は、実里への呪詛のようにケルベロスたちの耳に響く。


 敵は執拗なまでに実里を狙う。そのたびにケルベロスたちに阻まれ、機械仕掛けの体は破損し、海老茶色のオイルを散らせる。
 ケルベロス側の負傷も増えていく。敵の手痛い反撃に裂傷や擦過傷が増え、流れる汗が傷口に染みる。息も上がる。
(こいつは、私と同じだ。怒り、怨み、憎しみに身を委ねて衝動のまま戦うしか出来ないんだ……)
 敵の姿は、まるで怒りと憎しみのままに宿敵と戦っていた己そのもの。それが実里の感じた既視感の正体だった。
 イピナの闘気の刃が敵の手足の関節部に打ちこまれる。
 一瞬、シラクサアンジは怯むも、歪んだ関節を軋ませながら彼女を跳ね除けた。
「まだまだ……倒れません!」
 光刃で攻撃を受け流したイピナは、前衛組とともに敵を囲もうとする。
「ミノリ! コノ私、シラクサアンジニ、ソノ命ヲ差シ出セェ!」
 憤怒の叫びを上げるシラクサアンジは前衛組の防衛ラインを強引に突破、そこへ巨大なパイルバンカーを構えたリオルが立ちはだかった。だが鉄杭が射出されるより早く、跳躍した敵はすれ違いざまに円月輪でリオルの肩を裂く。
「すまん! 抜かれた!」
 リオルはケルベロスコートの上から傷口を手で抑え、シャウトで癒やしつつも後衛へ注意を促す。
 サーヴァントのシルトとビャクヤがシラクサアンジに飛びかかるものの、高速回転を始めた敵に跳ね飛ばされて、ビルの内壁に叩きつけられる。
(個人的動機だとしたら、私が何か大切なモノを奪ってしまった? 私と違うとすれば、彼はきっと私を殺しても止まれずに、暴れまわるしか出来ないんだろうなぁ。それでも、多少でも彼が安らげるなら。私はいっそ――)
「実里さん!」
 誰かの叫びに実里は我に返る。眼前には体を高速回転させて突撃してくる敵。ビルの鉄骨も断ち切る円月輪が、実里の全身をコマ切れにするべく襲いくる。だが回転が突如、乱れた。これまでのダメージで脚部が高速回転に耐えられなくなってきたか。
 考えるより早く実里は動いた。獣の本能が体を衝き動かした。反逆・表当て。肉を切らせて骨を断つカウンター技。回転の乱れた敵へと、獣化した手足の乱打をぶち込む。
 だが代償も大きい。彼女も円月輪の刃を避けきれず、両者ともに地面に倒れる。
「……これはいけませんっ」
「マルタ、お仕事ですよぉ」
 倒れた実里はエンジュがフローレスフラワーズで癒やす。マシェルも回復役に相棒のマルタを向かわせ、自身はグラインドファイアの業火で敵を包む。
 地獄の業火のような炎の中、シラクサアンジは立ち上がった。体を包む白い人工被膜は溶け落ちていく。それはまるで涙のように頬を伝って顎から滴る。金属の地肌が剥き出しになった全身は、各所から燻る黒煙を立ち昇らせている。しかしその手は円月輪から離れない。
「止マルモノカ。ミノリへ、トドメヲ刺スマデハ……」
 片足を引きずりながら、シラクサアンジは実里に近づこうとする。
「まだ動くのなら――この道を貫く、偽り無き正しき輝きを私たちに!」
 セフィからの偽り無き願いのガラス靴を受け取り、エリンと静葉が駆けた。
「我が剣、我がこの銀煌は護りたい者たちに捧げる魂葬の斬撃!」
 その叫びに振り返ったシラクサアンジへと、エリンが繰り出す銀煌の斬衝撃。敵の両腕が肩から切断され、円月輪も地面に落ちる。
「妾の友に手を出すな下郎!」
 蒼き月の陰の力を集中させ、静葉は妖艶さと怒りを身に纏う。
 蒼月剣、『終』の型。蒼桜の花弁が散る中、シラクサアンジの胴体は真っ二つになって宙を舞った。


 胴体は寸断、両腕も無い。だがシラクサアンジの胸部の動力炉は、まだ稼働していた。
「……死ぬ前に教えて。私は、あなたに、何をしたの?」
 全身の傷の痛みに顔を歪ませながらも、実里はもはや動けぬ敵に問いかけた。
「ミノリヲ殺スマデ、私ハ止マラナイ。ミノリヲ殺スマデ、私ハ止マラナイ。ミノリヲ殺スマデ、私ハ……」
 だが損傷により頭脳に異常が生じたのか、シラクサアンジは同じ言葉をただ繰り返すのみ。
「……そう。殺されてあげられなくて、ごめん。いつか地獄できちんと詫びるから、それまで、バイバイ」
 実里は喰零刀を逆手に持ち、シラクサアンジの剥き出しになった動力炉へ刃を落とす。
 細い黒煙を上げて動力炉は停止した。
「ミノリニ殺サレ……私ハ、止マ……ル……」
 それが最期の言葉だった。実里は哀哭の表情を浮かべて、ただの残骸と化した憤怒と激情の戦士を見つめていた。
「……彼女、これからの事に迷っている気がする」
 地面に落ちた円月輪を拾い上げると、マシェルは実里を気遣う目で見た。
「後の処理は私たちでやっておこう」
「ウィンテール様たちは実里さんの下へどうぞ」
 解体中のビルであるが、戦闘時の被害であちこちの鉄骨が痛んでいる。建造物の解体にも手順がある。突然倒壊して付近に被害が出ないように、セフィとエンジュがヒールを担当する。
「実里さん、大丈夫ですか?」
 今にも倒れそうな実里の肩をイピナが抱いた。彼女自身も傷だらけたが、放ってはおけない。
「いっそ殺されてもいいかな、って思っていたけど……簡単には終われないみたい」
 悲しい笑みを見せる実里の言葉に、静葉は両目から涙を溢れさせた。
「そんな悲しいこと言わないでくださいっ。貴女が迷い惑うのならばこれから先を一緒に考えます、辛いのならば支えます……それが、私たちから実里さんに渡せる希望や生きる理由になるのなら」
 涙声のそれは、終わりの方はよく聞き取れない。
「水無月、貴女を心配している皆にとって『失う』側で良いのか? 貴女が消える事を誰も願ってはいない。これからが大切ではないのか?」
 気遣うリオルの言葉には、少々の怒り。
「少なくともイピナや静葉、俺や周囲関係者は貴女も大切な人だ」
「パパの言う通りだよ。貴女にも希望や大切な事はまだ有るという事を、忘れないで。ね?」
 彼の脇から顔を出したエリンも、そう声をかける。
「そうだね……ごめん。助けに来てくれて、ありがとう」
「死者の声は分かりません。でも、その人たちの分の命も背負って生きなければいけないと思います」
 胸を突かれた思いの実里は仲間たちへ礼を述べ、そんな彼女に静葉が手を差し伸べた。
 今はまだぼんやりとしているけど、これからのことをしっかり考えよう――仲間たちの叱咤を受け止めた実里は、差し伸べられた手をそっと掴んだ。

作者:砂浦俊一 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年4月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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