ゴールデンエネミーNo1

作者:秋月きり

 グラスを傾けると、カランと澄んだ音が響く。その向こうで輝く夜景はまるで、宝石箱をひっくり返したかのように、煌びやかな色を纏っていた。
 都心のホテルにあるスィートルームの一室で、男はブランデーを傾けていた。それが身体に帯びた熱を取る為なのか、更なる熱を生み出す為なのか、男地震にも判っていなかった。
「……どうしたの?」
 問い掛けと共に、シーツを身体に巻き付けただけの女が、男に絡みついてくる。それが男の抱く熱の正体だった。アルコールと氷を以てしても彼女への情熱は燻る事も無く、むしろ熱い炎となって燃え盛っていた。
「溜め息なんか似合わないわ」
「いや、なに」
 女の褐色色の肌に触れ、男は苦笑を浮かべる。
「この先の事を考えていた」
 都心の夜景はあくせく働く人々の残滓だ。そして男はそれらと無縁な地位にいた。否、無縁と言えば嘘になる。男の地位だけ言うならば、搾取側――それらの上に立つ地位に君臨していた。
 地位だけではない。名声、金、そして女。ありとあらゆる欲望を満たす全てを手に入れた。その筈だった。
「そうね」
 くすくすと女が笑う。そして男はようやく思い当たる。ありとあらゆる男の欲望に応えた彼女の名を、男はまだ聞いていなかった、と。
 だが、男がそれを問う暇は無かった。身体に絡みつく熱が、男の身体を蹂躙していく。
 それは女の熱ではなかった。否、女が生み出した熱であった。緑色の炎と化した女の熱は男を包み、燃やし尽くしていく。
 炎が途切れた時、そこに男の影は無く。
 ただ、黄金の鎧を纏う巨漢の騎士の姿があった。
 ぱちりと指を鳴らした女は、先の炎と同じ緑色の衣装をまとう。それは何処か、中東風の踊子を連想させる軽装だった。
「やっぱり豪華な武具が一番よね。私が迎えに来るまでに、その武具を使いこなせるようにしておきなさいよね」
 騎士は手にした黄金色の突撃槍で窓ガラスを砕くと夜の闇に消えていく。
 女――緑のカッパーは満足げに見送っていた。

「有力なシャイターンが動き出している事は皆、聞いていると思う」
 その内の一人の動きを捉えた。リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)はヘリポートに集ったケルベロス達に未来予知の内容を告げる。
「場所は都内の繁華街。緑のカッパーによってエインヘリアルに導かれた男性が出現し、人々を襲うようなの」
 エインヘリアルはグラビティ・チェインが枯渇状態の為、繁華街に集う人々を強襲。殺害してグラビティ・チェインを奪おうとするようだ。
「残念ながら、彼がエインヘリアルに導かれたホテルの一室は既にもぬけの殻だから、緑のカッパーを捉える事は出来ない。でも、エインヘリアルによる被害を見過ごすわけにもいかないわ」
 至急繁華街に向かい、エインヘリアルを撃破して欲しい。
 それがケルベロス達に下された使命だった。
「そして肝心のエインヘリアルだけど、緑のカッパーの趣味なのか、……何と言うか、金ぴかなのよ」
 身長3mに及ぶ巨漢を見誤る筈も無いが、それ以上に特徴的なのが、身に纏う武具だと言う。
 エインヘリアルの象徴である星霊甲冑は黄金色。右手に掲げる突撃槍も、左手に持つ凧型の盾も黄金色をしていると言うのだ。
「成金趣味も良い所だけど、武具としての性能は通常のそれと変わりないわ」
 見た目に騙されず、油断しないように、とリーシャは告げる。
「あと、元々の性格もプライドが高く、自分より下の人間を見下し勝ちだったのだけど、エインヘリアルに導かれてその考えに拍車が掛かったようね。『選ばれた人間である以上エインヘリアルに導かれて当然』と言う考えに染まっちゃってるから、説得は意味を為さないわ」
 思考回路は人々の魂を糧とするデウスエクスの物と化しているのだ。ケルベロス達がいくら言葉を重ねても無駄だとリーシャは断言する。
「シャイターンによる暴挙も許しておけないけど、まずは目前、エインヘリアルによる被害を食い止めて欲しいの」
 そして彼女はいつものようにケルベロス達を送り出すのだった。
「それじゃ、いってらっしゃい」


参加者
エリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)
サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
フォン・エンペリウス(生粋の動物好き・e07703)
旋堂・竜華(竜蛇の姫・e12108)
柴田・鬼太郎(オウガの猪武者・e50471)
エリアス・アンカー(異域之鬼・e50581)
吉岡・紅葉(傀儡斬魔・e55662)

■リプレイ

●金色の咎
 その場所は、繁華街まで数百メートルと言った距離の路地だった。しかし、それでも街を彩るライトは分け隔てなく、薄暗い道を煌々と照らしていた。
 男はその道を進む。走るでもなく、駆けるでもなく。ただゆるりと。
 急く事は男に相応しくない。威風堂々と肩で風を切る様は、生前、男が抱いていた思想と同じだった。曰く、あくせくと走り回る姿は労働者にこそ相応しい。まして、名実ともに超越者と化した自身は忙しく走り回ったりしないのだ。
 故に自身の道を塞ぐ者の存在など、許し難い物であった。
「何用だ?」
 8人の男女に向ける声は訝し気に。
「はぁい、オジサン」
 最初に反応したのは年若い少女だった。一見、呑気とも取れる呼び声はしかし、剣呑な気配を覆い隠す薄布を想起させるに十分なものだった。
 男の眉がピクリと上がる。常人の域では感じられぬ筈の少女が抱くそれは、確かに殺気だったのだ。
「オジサンはなかなか強そうね。ま、ファッションセンスはサイアクだけど」
 からかうような、挑発するような言葉に男はふっと笑みを浮かべた。
 一見無礼な言い草は、若者にありがちな暴走行為だ。粋がっているとも言える。
 故に男は笑う。彼女の様子はむしろ滑稽に思えた。若者の安い挑発に構う理由はない。だが――。
「子供を正すのは大人の義務だな」
 浮かぶ笑みは残忍な冷笑か、好色な嘲笑か。
 その笑みから少女を隠す様、ずいっと歩み出る人影があった。
 ウェアライダー――豹頭の青年は男に負けず劣らずギラついた笑みを浮かべる。それはまさしく、肉食獣の笑みだった。
「あの女――緑のカッパーの抱き心地はどうだった?」
 その問い掛けに「ほぅ」と男は唸る。
 男と彼女――緑のカッパーと名乗ったシャイターンとの逢瀬を知る者は少ない。彼女自身か、それに手を貸すものか、はたまた……。
「成程。貴様らが地獄の番犬ケルベロスとやら」
 目の前に立つ障害はそれ以外にあり得なかった。
 地獄の番犬ケルベロス。侵略者に抗う猟犬。神殺しの牙を持つ狩人たちの総称を男は知っていた。
「おうとも。成金野郎。俺はオウガが一人、柴田・鬼太郎。俺を恐れねえならかかってきやがれ!」
 豹頭の男の傍らに立つオウガの青年は豪快な笑みと共に片手半剣の切っ先を男に向けていた。

「貴様らがカッパーの言っていた番犬とやらだな。ならば話は早――」
 デウスエクス――エインヘリアルの口上はしかし、最後まで紡がれなかった。
 横手から飛び出したサイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)の一撃が、男の口上を阻害したのだ。
 大鎌の一撃を盾で受け止めた男はふんと、鼻を鳴らす。嘲笑混じりのそれは、怒りよりも呆れに染まっていた。
「躾のなっていない犬どもだな」
 後方に飛ぶことで距離を取ったサイガはにぃと笑みを浮かべる。語る事は何もない。その宣告の如く、漆黒の瞳はエインヘリアルに向けられている。
 語るのは吉岡・紅葉(傀儡斬魔・e55662)や玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)、そして柴田・鬼太郎(オウガの猪武者・e50471)の仕事だ。戦闘狂である自身はただ、猟犬の仕事を全うするのみ。
 身構える彼を、横に立つ仲間が手を伸ばし牽制する。
「ごきげんよう、金色の騎士様♪ ここから先は私達がお相手させて頂きます♪」
 スカートの裾を掴み、一礼する少女の名前は旋堂・竜華(竜蛇の姫・e12108)。ハンズフリーのライトが浮かび上がらせる曲線に、エインヘリアルの表情が僅かに緩む。
「はん。英雄色好むとはよく言ったもんだ。勇者の名が泣くぜ?」
 その様子を揶揄するのはエリアス・アンカー(異域之鬼・e50581)だった。カッパーの色香に迷い、紅葉に色目を使い、今度は竜華と来たもんだ。女だったら何でもいいのか、との呆れ顔を隠そうともしない。
「見た目だけなら金だけど、中身は見れた物じゃないんだろうね」
 外見の事を指しているのか、それとも性根の部分か。
 エリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)の挑発は辛辣だった。「あー、悍ましい」と首を振る彼の視線は確かに、エインヘリアルに向けられていた。
「安い挑発に乗るのも気に食わんが、敢えて乗ってやろう。ケルベロス」
 憤怒を静かに紡ぎながら、エインヘリアルが槍と盾を構える。
「躾のなっていない犬の末路は一つだ。殺処分してやる」
「ん。そんなことをはさせないの! みんなで貴方を止めてみせるの!」
 ボクスドラゴンを携えたフォン・エンペリウス(生粋の動物好き・e07703)が負けじと大声を上げる。
 声に呼応してか、男が酷く醜悪で歪んだ笑みを形成した。

●黄金の槍は血を求め
 光が走り抜ける。黄金の輝きは神速の刺突となり、身構えるケルベロス達を襲撃する。
 跳び退く者。得物で受ける者。そして、刺突に身を晒しながらも反撃の刃を構える者。様々な反応の中、エインヘリアルは「クハァ」と赤く染まった口を開く。
「その程度か、地獄の番犬!」
 零れ落ちそうな笑みはしかし、次の瞬間、鋼の拳によって止められた。
「吠えるな。黄金。まだ戦いは始まったばかりだ」
 陣内の雷を纏うオウガメタルの拳は黄金の鎧を切り裂き、横一文字の傷を刻んでいた。
 続くサーヴァント、猫の投擲した戦輪もガリガリと表皮を削り、金色の粉を辺りにまき散らす。
 だが。
「おお。そうか。ならば楽しませて貰おうか」
 自慢の防具の破損にしかし、男は何も感じていない様だ。眉を顰める陣内に男は断言する。
「生憎、武具に固執する貧相な発想はなくてな」
 浮かぶ表情は搾取者のそれだった。
「金、縁故、女……。いらなくなれば新しい物を得ればいい。一つの物に固執するのは、それしか得る事が出来ぬ者のする醜態よ」
「……」
 男の言葉に陣内は言葉を飲み込む。反論はあった。だが、今はそれを形成する場ではない。
「故に応えてやろう。ケルベロス。緑のカッパーの抱き心地を聞いたな? 燃え盛るように最高の女だった。あれ程の上玉はなかなかおらんだろう」
 だが、と断ずるそれは敬愛に程遠い感情。
「あれにならば固執しても構わんな」
「そーかい」
 嫌悪を浮かべる陣内に代わり、言葉を発したのはサイガだった。明滅する闘気を媒介に、蒼炎の地獄をエインヘリアルへ叩き込んでいく。黄金の槍を蝕む乱撃に、エインヘリアルは一歩後退。盾で青年の身体を打ち払う。
「――疾ッ」
 そこに風が走り抜ける。風の正体は流星と重力を纏ったエリオットだった。翼を用いて生み出した高高度からの飛び蹴りは、男の胸を捉え、大きく呼気を吐き出させる。
 常人であれば衝撃にのたうち回る様な攻撃を喰らい、しかし、それでも男が立ち続けるのは、エインヘリアルが故の頑丈さか、それとも防具の性能か。
「ん。ククル。行くの」
 己のサーヴァントに属性を付与させたフォンがオウガ粒子を放出する。前衛に立つ仲間を捉えたそれは彼らが受けた傷を癒し、超感覚を付与していく。
「ん。わたしは貴方の事を知らないの。でも、おじさん。貴方の言い分は最低だと思うの」
 一桁台の少女から非難を受けた男はしかし、子供の戯言と首を振る。
「こういう大人になっちゃいけないって見本だわな」
 揶揄の言葉は多節根と化した如意棒を振るう鬼太郎から発せられた。
「どうした? 大将? 反論があるなら口だけじゃなく、こっちで語ったらどうだ?」
 拳を突き付け、男を挑発する。がはははと豪放磊落な笑みはそれだけでもエインヘリアルへの挑発となる。
 転生したてとは言え、彼らもまたオウガに負けずとも劣らない戦闘種族なのだ。言外に臆病者と蔑まれ、何も感じない訳はない。
「気を付けろ、鬼しか渡れん針山だ!」
 突撃槍を構える男に、地面から生えた無数の槍衾が襲う。エリアスの召喚した針山――正確には、無数に生やした角の檻が男の足を縫い止めるべく、牙を剥いたのだ。
 百舌の早贄には程遠くとも、その足を貫くのは充分だった。
「緑のカッパーの操り人形が他人を下に見るなんざ、お笑いだな。そのメッキの下、見せてくれよ?」
「犬が良く吼えるわ」
 表情を歪めるエインヘリアルの言葉は、しかし、次の瞬間、閉ざされることになる。
「クク、クハハハ……」
 その色彩は狂気だった。妖刀『時恒』が示すままに斬撃を繰り出す紅葉の目は見開かれ、赤く染まっていた。否、そこに宿る輝きが錯覚させただけだ。黒曜石の如き瞳は大きく広げられた口と共に、エインヘリアルに向けられている。
 斬撃を突撃槍や盾、そして鎧で受け止めた男はしかし、じりじりと後退を余儀なくされる。それ程まで、彼女の紡ぐ圧は強かった。
「さぁ、一時の逢瀬、楽しませて頂きましょう♪ 見かけ倒しで無い事を祈らせて頂きますね……♪」
 横合いから飛び出すは矢の如く放たれた八筋の縛鎖だった。肩口を砕かれた男は応戦とばかりにその主――竜華へ突撃槍を繰り出す。
 電光石火の突きがその豊満な胸に吸い込まれる刹那、鈍い金属音が響いた。
「得意なのは女を嬲る事だけか?」
「ふん。だが、太刀筋はまさしく勇者と言った処か」
 槍を防いだのは鬼太郎の蛮剣、そしてエリアスの短刀だった。
 鬼太郎は罵声を、エリアスは警戒を以てエインヘリアルの攻撃を受け止める。強さに関するエリアスの言及は、決して誇大評価では無かった。
 全身黄金色と言った成金趣味を前面に押し出した彼だが、実力は本物。その点においては、彼を見出した緑のカッパーの鑑定眼も、転生させた死者の泉の力も大したものだと唸らざる得ない。
(「趣味の悪さを差し引いてもな」)
 黄金色の成金趣味は誰のものなのか。斧による痛烈な一撃を浴びせるエリオットは皮肉気に口元を歪めていた。
「ん。強いのは判っていたの。でも、私は知っているの」
 もうもうと吹き上がる爆風と黒煙を背景に、フォンが颯爽と胸を張る。
「ん。みんなも強いの。それは……事実なの」
 彼女の紡ぐ言葉は現実か、それとも願望か。だが、その証明は直ぐにでも行われる筈だった。

●クガネのジカン
 黄金色の煌きは、武器その物の輝きだけではなかった。光速斯くやの剣戟――否、槍戟は10対1の数の差を物ともせず、ケルベロス達を切り刻んでいく。
 それはエリアスの評価の通りだった。エインヘリアルは、黄金を纏う男は強かった。
 それは竜華の願いの通りだった。見掛け倒しに終わってくれるなとの思いは、当然の如く裏切られた。彼の実力は本物だった。
「――ッ!」
 だが、神速の槍捌きを駆使するエインヘリアルが抱く想いは、焦燥であった。
 やがて、悲鳴のような言葉が男の口から零れる。
「何者だ! 貴様ら!」
 彼の駆使する突きも薙ぎ払いも、目の前の番犬共の命を奪うのに充分な力を持つ筈だ。そして二合三合と切り結ぶ中で男は悟っていた。彼奴等より、自身の力の方が格上だと。
 にも関わらず、こいつらは――。
「地獄の番犬、ケルベロスだ。地獄に行っても憶えてろ」
 誰何を行ったわけではあるまい。
 それでも律儀に答えた鬼太郎はにぃと笑みを浮かべ、得物の一つ、如意棒を振り被る。大仰な動作から放たれた突風は、そのものが刃と化した巨大な斬撃だった。
 自慢の鎧を切り裂かれ、男の表情に憤怒が宿る。得物も防具も使い捨てで良いと断じた男にあるまじき表情は、余裕のなさの表れだった。
 追撃はサイガのフルスイングによる殴打、そして、エリアスの砲撃だった。エクスカリバールの一撃とバスターライフルの魔法光線を受けた男は踏鞴踏むものの、倒れるに至らない。
 倒れる訳に行かない。見下した人間共に倒されるなどと、男の自尊心が許す筈も無かった。
 続く紅葉の斬撃をその身に受け、砕ける鎧を見下ろしながら、それでも男は膝をつかない。槍が折れ、盾が砕かれようとも、その時は来ないと叫ぶ男に、紅葉の呪詛は染み込み、縋る思いを打ち砕いていく。
「黒炎の地獄鳥よ、我が敵を穿て!」
 そこに突き刺さるのは漆黒の炎で構成された怪鳥だった。エリオットの召喚した怪異は咎人たるエインヘリアルを切り裂き、焼き尽くさんとその嘴、そして鉤爪を男に叩き付ける。
「――搾取して当然の思考をしてるから、それ以上の成長がねーんだよ」
 唾棄の如く、エリオットは自身の想いをぶつける。
 エインヘリアルは強い。当然だ。侵略者である彼らは神――即ち、絶対的な存在であった。だから、ケルベロス達は思考した。どうやれば彼を打ち倒せるか。どうやれば彼に『死』を刻印出来るか、を。
 思考停止した支配者と、その拘束から逃れようと足掻き思考する番犬ならば、どちらに勝利の女神が微笑むかなど、明白だった。
「黙れ犬如きが! デウスエクスたる俺に、選ばれた俺に!」
「うるせぇ」
 その罵倒はエリオットの本心だった。続けて繰り出す地獄の炎は先と同じく怪鳥の姿を為し、エインヘリアルの身体を梳っていく。
「……お前に足りない物を教えてやる」
 重力弾を紡ぐ陣内の声はむしろ、静かに響く。平静に聞こえるそれは、彼が極めてそれに努めている為か、それとも、本心からか。
「成金趣味のお前には判らんかもしれんが、女を抱くのは金じゃねぇ。地位でもねぇ。そんなもん、虚しさしか残らんぞ。本当に大切なモノは……」
 もしもその感情がカッパーとエインヘリアルの間にあれば、その時間は極上の物になっていただろうと、豹頭の男は告げる。
「愛だ」
 若干の照れと共に、真顔で言い切った。
「ふざ、ける、な」
「大真面目さ。尤も……それに気付くまで、俺も随分と遊んじまったけどな」
 遠い目はやんちゃな若き日の自分を思い出しての事だろうか。
「悦楽は――快楽はそれだけではありませんわ。全てを焼き尽くす炎の華、お見せ致しましょう」
 妖艶な笑みを浮かべ、炎を纏う竜華は縛鎖を、そして鉄塊の如き大剣を振り被り、エインヘリアルへ肉薄する。吐息すら交わりそうな距離の中、幾度と炎の鎖と剣が金色の鎧に突き刺さり、その都度、蹂躙の喜びに竜華が快楽の声を零す。
 戦闘狂。戦いこそが快楽と位置付けた少女の艶声は男を高みへと誘っていく。
 即ち、死へと。
「さぁ、咲き誇れ!」
 熱を孕む声と共に、男の身体を大剣が貫く。絶命と絶頂。一瞬で交わったそれに、エインヘリアルの悲鳴が木霊した。
「ん。終わったの」
 熱気に染まった空気の中、フォンの勝利宣言が静かに響き渡った。

●もはや何処にも金は無く
 終わってみれば呆気ない物だと、紅葉は嘆息する。
 見渡せば、既に戦闘の跡はなくなっている。フォンを始めとした仲間達のヒールがその傷痕を消し去っていた。
 まるで何事も無かったかのように。
「だが、犠牲者はいた」
 エリアスの言葉に一同は神妙に頷く。
「ん。緑のカッパー、許すまじ、なの」
「だな」
 少女の言葉を鬼人が肯定し、夜に聳える摩天楼を凝視する。
 あたかも、それは視線の先に邪霊の存在を認めるかのようだった。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年4月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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