そのひとは、桜の花弁と共に……

作者:沙羅衝

 此処は桜の名所、奈良県吉野山。山に囲まれ、自然豊かな地域だ。
 季節は春。春の吉野といえば、決まっている。桜である。
 山全域ほぼ全てに広がる薄紅色の絶景。数万本といわれる桜の花が順番を追って一斉に開花するのだ。
 その吉野山の場所でも最も山奥にあたる奥千本エリアで、ヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)が、ボクスドラゴンの『アネリー』と共にその景色を眺めていた。
「綺麗……」
 仲間から離れ、一人散策に出た彼女は、ひらひらと降り落ちる桜の花弁を手の平に乗せた。周囲には誰も居ない。少し自分だけの特等席を見つけたようで嬉しくなり、満足そうな表情で大きめの岩に腰を下ろした。
 思えば最近は、途方も無く忙しかったように思う。
 周囲の事、自分の事、何もかも全て。
 彼女が此処を訪れた理由は、そんな事を一旦整理しておきたかったからだ。
 手の平に載せた花弁が、また風に乗ってひらひらと何処かに飛んでいく。
 その行方を眺めながら、彼女は一つ持ってきた水筒に手を伸ばした。中にお気に入りのお茶を淹れて、持ってきていた。
 もう日も落ちようかという時刻である。春の訪れではあるのだが、ここは山の奥。少し寒い。

 ざあ……。

 ヴィヴィアンが水筒の蓋を開けようとした時、少し大きな風に乗った花弁が突き抜けた。
「……!」
 彼女はその風の中に、異様な雰囲気を察知する。それは、間違いなく自らが経験してきたケルベロスの知識。
「……誰?」
 彼女はそう言いながら、オウガメタル『ルーチェ』に戦闘の準備を呼びかけた。
「……少し、面影があるな? いや……まあいい」
 ヴィヴィアンが向けた視線の先には、長身の人物が一人在った。しかし、彼が歩みを始め、此方に近づいてくるほど、その長身とは人間にこそ当てはまる言葉なのだと理解できる。その巨躯は、エインヘリアルそのものだ。
「私の目的は、キミのグラビティ・チェイン、そのものだよ。何も言わず、差し出して欲しい」
 彼はそう言って、大剣を抜き放った。

「皆に急いで集まってもらったのは他でもない。ヴィヴィアン・ローゼットちゃんが、エインヘリアルの襲撃を受ける事がわかったからや」
 宮元・絹(レプリカントのヘリオライダー・en0084)は、落ち着いた表情でケルベロス達を見た。彼女の後ろには、リコス・レマルゴス(ヴァルキュリアの降魔拳士・en0175)の姿もあった。
「絹、ヴィヴィアンには連絡できないのか?」
 リコスは、少し苛立った表情を隠そうともせず絹に尋ねた。
「あかんかったわ。ちょっと遅かったんかもしれん。せやから、皆には一刻も早く救援に向かって欲しいねん……」
 自らの予知の遅さに、少し後悔の念を漂わせる絹に、ケルベロス達は大丈夫だと応えた。
「ありがとう。彼女を襲撃する敵は、フェリックス・ノイアルベールさんっちゅう、以前オラトリオやった人や」
「やった人……。つまり、もうオラトリオではないのだな?」
「せや。どうやら何らかの事情で、エインヘリアルにされてしもた人やっちゅうことまでは分かった。あとの詳細はなんともわからん。
 で、彼はゾディアックソードをメインに、炎の攻撃を駆使してくるから、そのあたりは注意するんやで」
 頷くケルベロス達に、礼を言う絹。最後にリコスが口を開いた。
「ヴィヴィアンは戦場を共にした仲間なんだ。誕生日にも来てくれて、手作りのフルーツクッキーも貰ったんだ。そんな優しい彼女の危機だ。だが、私一人では助ける事は出来ない。皆、協力して欲しい」


参加者
水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)
クリームヒルデ・ビスマルク(自宅警備ヒーラー天使系・e01397)
シャーリィン・ウィスタリア(月の囀り・e02576)
ヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)
村雨・柚月(黒髪藍眼・e09239)
五嶋・奈津美(地球人の鹵獲術士・e14707)
月島・彩希(未熟な拳士・e30745)
ロイ・ウッドロウ(無音の番人・e46812)

■リプレイ

●守護
 ドドドドッ!!
 ヘリオンから降下したケルベロスが桜の木の枝の合間を縫い、次々に着地する。その勢いで、既に落ちていた桜の花弁が舞い上がった。
 翼を持つ者達は降下の勢いのまま、翼を広げて低空で飛行する。
「ちくしょう……。何だってんだ……!」
 水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)が恋人の事を思い、言葉を吐く。
 日は落ちかけ、薄暗い。空はまだ明るいが、木々に遮られてはライトが無ければ歩くのには困難な状況だった。
 鬼人はぎりっと奥歯を噛み締め、絹の情報にあった方角を見る。その表情は、誰彼構わず切りかからんばかりだ。
 すると、ロイ・ウッドロウ(無音の番人・e46812)が、懐中電灯のスイッチを入れ鬼人に声をかける。
「鬼人、気持ちは痛いほどわかるぜ。でもな、冷静さは忘れないようにするんだぜ。それに、俺達が来たんだから、大丈夫に決まってるんだぞ。かっこいいとこ任せていいんだろ、力溜めとけ!」
「……ああ」
 ロイの言葉に少し冷静さを保つ。鬼人はふうっと息を吐くと、自らも灯りを点けた。
 そこに、クリームヒルデ・ビスマルク(自宅警備ヒーラー天使系・e01397)が翼で空気の抵抗を作り、ふわりと着地をする。
「では私達は空から現場に向かいます。出来るだけ、急いで」
「ですから、地上からはお願いいたします。此方も全力でヴィヴィアンちゃんを見つけてみせます」
 シャーリィン・ウィスタリア(月の囀り・e02576)も、翼を使い空中に停止をして声をかけ、また空へと羽ばたいた。
 疾走するケルベロス達。
「そんなに遠くではないはずだ。皆、急ぐぞ」
 リコス・レマルゴス(ヴァルキュリアの降魔拳士・en0175)と共に、アメリー・ノイアルベールとヒスイ・ペスカトールが続く。
 すると、道が二手に分かれていた。
「どっちだ……」
 村雨・柚月(黒髪藍眼・e09239)が立ち止まり、辺りを確認する。しかし、余り迷っている時間は無い。すると、五嶋・奈津美(地球人の鹵獲術士・e14707)のウイングキャット『バロン』が、ニャと片方の道に向かう。しかし、それに素直に付いて行って良い物かとも思う。
「奈津美さん。ひとまずわたし達はこっちの道に行ってみよう。今は誰でも良いから、救援に駆けつける事だよ!」
 月島・彩希(未熟な拳士・e30745)がそう言うと、頷く奈津美。それに続き柚月がまた駆け出した。
 バキ! バキバキバキ……!!
 するとその時、木が切り倒される音が劈いた。その音を聞き、守護する者達は即座に動き出したのだった。

●出逢い
 どぅ……!
 紙一重で躱したゾディアックソードが土を巻き上げ、人一人がすっぽりと入る程のクレーターを残し、その中で桜の木の根が露出する。
 カラン。
 自らの水筒が、少しの時間の後、地面に落ちる音がする。
 バキ! バキバキバキ……!!
 その衝撃で傷が付いていたのだろう。桜の木が派手な音を立てて折れる。
「……強い」
 ヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)は、巻き上げられた土の香りを感じながら、その力の強大さを認識する。よく見ると背中にはオラトリオの翼。だが、その巨躯はエインヘリアルのモノ。巨大な剣がその事を肯定する。
 そこに割り込む違和感。
(「この人……初めて会ったはずなのに、他人の気がしない」)
「行くぞ、次は外さない。構えろ」
 その男、フェリックス・ノイアルベールは淡々と言葉を発しながら、右手を翳し、そこに炎を出現させる。
 ボウ!!
 轟音を上げ、炎が放たれる。その攻撃をボクスドラゴンの『アネリー』がヴィヴィアンを庇い、吹き飛ばされる。
「アネリー!」
 桜の木の根元に叩きつけられたアネリーは、よろよろと身体を起こしながら、何とか主を護ろうと起き上がる。
 ヴィヴィアンが駆け寄り、直ぐに桃色の霧でアネリーの傷を癒していく。すると何とか炎を消す事は出来たのだが、その全てを回復しきる事は出来なかった。
(「このままじゃ……」)
 本当に殺されてしまう。その事を直感するヴィヴィアン。
「せめて……痛みも感じないように……」
 フェリックスはそう言うと、右手に剣を持ち、そして左手にもう一本剣を出現させた。
 星座の重力を二つの剣に纏わせていく。
 必殺の一撃が来る。
 ヴィヴィアンはそう直感し、構えた。身体を覆うオウガメタル『ルーチェ』が、その集中に呼応するように、一際輝きを発する。
 前かがみの体制で、眼前で十字に剣を合わせるフェリックス。
 ばさりと翼を広げ、飛び出す瞬間、
「させる……かあああああああ!!」
 空の霊力を纏わせた日本刀『越後守国儔』でフェリックスの頭上から鬼人が飛び込み、その勢いのまま切り付けた。
 ギギイン!!
 激しい火花を散らせながら、二人のグラビティが交錯する。
「ヴィヴィアンちゃん!」
「ヴィヴィアン!」
 そこにシャーリィンとロイが駆けつける。
「鬼人! シャーリィンちゃん、ロイちゃん!」
 シャーリィンがヴィヴィアンを護るように、フェリックスとの間に入る。そしてボクスドラゴン『ネフェライラ』に命じ、アネリーの傷を回復させた。
「ちょっと、待たせちまったか? もう、大丈夫なんだぞ」
 ロイがそう言いながらヴィヴィアンにオーラ与え、傷を回復させる。
 ドゥ……!
 上空から降り立ちながら、クリームヒルデが竜砲弾を放ち、
『吹き荒れよ紅き灼熱の嵐! 顕現せよ! コロナストーム!』
 柚月による超高温の炎の渦が、フェリックスを襲う。
「アカツキ! 皆のサポートよろしくね!」
 さらに彩希が駆けつけ、ボクスドラゴンの『アカツキ』がシャーリィンの隣に進む。そして、如意棒を伸ばし、フェリックスの剣の軌跡の邪魔をする。
『オン・アニチ・マリシエイ・ソワカ』
 奈津美のかしわ手がぱんと鳴り響き、摩利支天の加護をヴィヴィアンを中心に纏わせた。
「奈津美ちゃん! 彩希ちゃん!」
 見知った顔にほっとした表情を浮かべるヴィヴィアン。
「ヴィヴィアンさん、ご無事でしたか」
 アメリーと共に、ヒスイが飛び込んでくる。ヒスイがそのままオウガ粒子を展開させていく。
「アメリーちゃんまで! 有難う!」
 しかし、アメリーの言葉に目を丸くする事になる。アメリーは、今まさに鬼人と剣を合わせるその敵を見て、確証を持ちながらこう言ったのだった。
「フェリックスお兄様……! こんな形で再会することになるなんて……」

●時の流れ
 ガギイイン!!
 再び走る剣戟。
「この野郎……!」
 鬼人が吼え、弾かれた刀の行方を必死に制御する。
「……その程度か?」
 吼える鬼人に対し、不躾な言葉を放つフェリックス。
「冷静になって! じゃないと守りたい人も守れないわ!」
 奈津美が鬼人の様子に注意を呼びかけ、魔導書を開いて詠唱し、鬼人の脳細胞を活性化させようとグラビティを与える。
「……すまない」
 鬼人は奈津美の言葉にはっとし、帽子を目深にかぶって少し冷静になる。そして、自分が護らなきゃならない存在を思い出させてくれた言葉に感謝する。
「ふう……」
 鬼人は大きく息を吐き、自分達の置かれている状況を確認する。
 クリームヒルデが星型のオーラを纏わせたフェアリーブーツで、的確な蹴りを放つ。
 その蹴りの隙を付き、柚月がクリームヒルデの与えた鎧の傷を惨殺ナイフで広げる。
「そろそろきついんじゃないのか?」
「笑止……」
 柚月の言葉にフェリックスは、そう吐き出す。
 自らの周囲には。身体を張って攻撃を弾き返すシャーリィンとアカツキ、アネリー。そして、ヴィヴィアン。しかし、そのヴィヴィアンの様子がおかしかった。
「ヴィヴィアン、どうした?」
 鬼人はそう尋ねるが、青ざめた表情のまま、その顔を鬼人に向けた。
「鬼人さん。あの方はヴィヴィアンさんのお母様の弟にあたる方です。わたしにとっては……異母兄になります」
「どういう……ことだ?」
 アネリーが言葉の意味を、直ぐには理解出来ない鬼人は困惑する。あろうことか、今敵対しているエインヘリアルは、ヴィヴィアンの親族というのか?
「……叔父、だと?」
 鬼人は絹の言葉を思い出す。何らかの事情でエインヘリアルにされた人物であると。
 ドシュッ!!
 彩希のエクスカリバールの一撃を食らい、宙返りで距離をとるフェリックス。そこにロイが飛び込み、豹の拳を打ち込む。
(「叔父……!?」)
 豹の耳をぴくぴくと動かしながら、後方に下がるロイ。その言葉に少しの動揺が走る。それは彩希も同じだったようで、二人で顔を見合わせ、そして再び前を向く。
 リコスがパイルを打ち込むがそれは空を切る。だが、その後を木々の間から弾丸が打ち込まれ、フェリックスを炎で追撃する。
 その様子を、ぼうっとした視線で目視するヴィヴィアン。
「ヴィヴィアン! 確りしろ!」
「ヴィヴィ、気持ちをしっかり持って! 悲しいけどもう話を聞いてくれる相手じゃないわ!」
 鬼人がヴィヴィアンの肩をゆすり、奈津美が声をかける。うん、と返事はするがヴィヴィアンは動揺を隠せない。
 ずっと孤児だった自分。
 やっと見つけた肉親のアメリー。
 そして、突如現れた叔父。しかし彼女が言うそのひとは、エインヘリアルの姿をしていた。
(「あたしの、叔父さん…!? あたしの家族に繋がる人……。せっかく会えたのに、戦わなきゃいけないの?」)
 そう思い、悩むヴィヴィアン。それでも鬼人と奈津美の言葉に、少し冷静になる。その状況を把握しようと顔を上げる。するとその視界に飛び込んできたのは、水流を生み出して攻撃するアメリーの姿だった。
「アメリーちゃん……。実の、お兄さん。だよね? ねえ、悲しくないの?」
 すると彼女は、少し目を潤ませながらヴィヴィアンの目を真正面から捉える。
「悲しいです。悲しいに決まってます……!」
 頬に涙が伝う。しかし、決意を伝えるべく、アメリーは言葉を続ける。
「でも……悲しみを怒りに変えて戦え、そう教わってきましたから。
 元凶はデウスエクスなのです……。デウスエクスへの怒りに、変えるのです」
 アメリーはそう言って、再び構えた。
「悲しみを、デウスエクスへの怒りに変える……強い、心」
 はっとした表情のヴィヴィアン。隣には恋人や旅団の仲間達。自分にはこんなにも助けてくれる人がいる。その事を実感する。
 時の流れは、叔父をエインヘリアルにした。そこに何があったかはわからない。だが、ここで彼を止める事。そして自らは生きる事。それが、皆の想い、そして、目の前の叔父に対する礼儀なのかもしれない。恨みや悲しみをアメリーのような怒りに変える事は、少し自分には向かない。でも、強い心を持つ事は出来る。
 ヴィヴィアンは、ゆっくりとした旋律で幻想的な光を呼び出す。
『あなたとわたしはうらおもて あなたが果敢に進むのならば わたしはあなたの影になる』
 彼女の歌声は言霊となり、ゆっくりと広がっていったのだった。

●終わりと始まりの1ページ
「忌々しい…」
 身体の炎をそのままにしながら、剣を振るい、桜の木々を薙ぎ倒すフェリックス。
 バキバキ……バギ……!
 しかし、そこには誰もいなかった。先程から、誰かが隠れて支援してくれていると言うことは、この場全員が分かっていた。どうやら、その攻撃を疎ましく思っているのか、明らかな敵意を向けるフェリックス。
 ドゥ……!
 その隙を付き、クリームヒルデが竜砲弾を打ち放つ。ここで躊躇ってはいけない事を、彼女は良く知っていた。
 ドゴッ!!
 フェリックスはその砲撃に吹き飛び、膝をつきながら剣を杖のようにして起き上がる。
 ケルベロス達の攻撃は、フェリックスの動きその物を止める事に特化しつつ、確実にダメージを与えていっていた。
 リコスが全身を光の粒子に変え、駆け抜けると、ヒスイがオウガメタルで鎧を砕く。
(「おふたりの間に血が通っていようとも。ヴィヴィアンちゃんが戦うと決意したのなら、わたくしはその身体が耐えられるよう、その唄が戦場へ響くようにと、護るのよ」)
 シャーリィンが自らの境遇と照らし合わせながらも、溢れそうになる屈辱と虚無感を抑え込む。
『槍で穿ち、剣で屠れ…大いなる女王の名を以て、戦いの誓を示して。――さあ、夜をはじめましょう。』
 シャーリィンが『大いなる女王』の名を持つ魔女に心を寄せる、ヴィヴィアンと鬼人に力を分け与える。
「相容れぬ姿になってしまった貴方の、これが、最後の夜」
「流れ星に丁度いい時間だしな!」
 柚月が再び星型のオーラをフェアリーブーツに載せ、鳩尾に蹴り込んだ。
「ごふっ!」
 口から血が溢れるフェリックス。
「……!?」
 その姿を見て、ヴィヴィが少し躊躇う。そう簡単には強い心は持てるわけではない。すると、柚月が蹴り付けた反動のままにヴィヴィアンの隣に着地した。
「……迷いがあるようだな。だが、この戦いはそう長くは続かないだろう。時は待ってくれないんだ、躊躇ったら後悔が残るだけだぞ」
「ヴィヴィアンさん。辛い、よね。でもその辛さ、わたしも一緒に背負う。だから、大丈夫!」
 彩希がそっとヴィヴィアンを抱きしめる。
「こわいし哀しいし、どうしたらいいかわからないよな、でも、いま大切なひとのことを考えて!」
 そして、ロイが笑顔で言い、豹の耳を元気よくぴんと広げた。
 二人はヴィヴィアンから離れ、フェリックスに向き合う。
『もっと速く……ッ!もっと鋭く……ッ!この一撃を!』
 飛び出した彩希が、冷気を帯びた手刀を打ち放つ。そして、ロイが彩希の作り出した冷気の中心飛び込み、獣の拳を以ってフェリックスの顎を打ち上げる。
 ぐらりとよろめくフェリックス。
「色々、聞きたい事が有るけど、今は、ただ、彼女の家族の事を聞きたい。ヴィヴィアンが会いたがってるんだよ。あんたの、姪だろう? 家族を思う気持ちにデウスエクスも人間も関係ないはず」
 終わりを察知した鬼人が、尋ねる。だが、フェリックスはそれには答えず、剣を振り下ろす。
 カラン……。
 だが、その剣は地面を軽い音を立てて叩いただけであった。
「……ちくしょう」
 鬼人は自分の言葉に反応せず、変わらず殺気を放つフェリックスの態度にそう呟き、意を決する。越後守国儔を抜刀し、左、右に薙ぎ、そして袈裟に斬る。そしてその交わる三点にあたる心臓部分に、刀を突き刺した。
「ぐ……!!」
 少し前のめりに身体を揺らしながら、フェリックスは両膝を付いた。ずしんと言う音が、地響きを伴う。
 奈津美がヴィヴィアンを抱きしめて額をあわせ、勇気と共に力を分け与える。
 心を落ち着かせて前を見据えると、ヴィヴィアンは頷き、フェリックスの元へと歩み寄る。
「……あなたと、もっとお話したかった」
 涙を堪え、その姿に確りと対峙するヴィヴィアン。
「こんな形で、出会いたく、なかった」
 だが、それでもと思い、光のドレスのように輝くルーチェを拳に集め、越後守国儔の柄を拳で押し込む。
「ごめんなさい、フェリックス……叔父さん」
 やはり溢れてくるのは、後悔の念。しかし、誰が悪いわけではない。
 分かってはいる。それでもヴィヴィアンは、謝りたかった。
 するとヴィヴィアンの頭を、大きく、温かな掌が包んだ。
「あ……」
 その温かさに、堪えていた涙が零れ落ちる。
 そして、フェリックス・ノイアルベールはニコリと微笑みながら、消えていったのだった。
 風に遊ばれながら舞い散る桜の花弁と共に、ゆっくりと。

 フェリックスが消えた後、ケルベロス達は傷ついた箇所を修復してまわった。
 幸いに、広範囲にわたっての影響は無かったようで、それ程時間がかかることもなく、修復は完了した。
 ひゅうと、冷たい風が吹き、上空には満月がぽっかりと浮かび上がっていた。
 一同は一箇所に集まり、その景色をなりゆきに任せた。
 桜の美しさが、月光を受けて、見事な色彩を放つ。
 中心にはヴィヴィアンの姿があった。彼女は彼が遺していった青琥珀の勾玉を手に、ずっと祈りを捧げていた。
「みんな、……本当にありがとう」
 祈りを終えた後、助けてくれた仲間達に、笑顔で感謝を述べた。
 ケルベロス達はすぐに帰還する事よりも、少しこの景色を楽しむ事にした。
 彼女は笑顔ではあったが、心の整理をするには、まだ性急過ぎたからだ。

 静かな夜の景色を二人で歩く。風がそよぎ、葉と花弁が擦れた音を感じる。
「何時までも付き合うぜ。俺に出来る事なんて、それ位しかないからな」
 鬼人はそう言い、ヴィヴィアンの思うが侭にさせた。
「ありがと……」
 彼女は泣かなかった。
 それは決意があったから。
(「今はまだ、泣かない。これからもっと悲しいことがあっても、心折れないように」)
 でも、やはり少しの不安はあった。その事を察知したのか、鬼人はそっとヴィヴィアンの肩を抱く。
 するとヴィヴィアンは、ぎゅっと彼にしがみついた。
「……少し、こうしていていい?」
 震える彼女を抱きしめながら、背中をぽんと掌で優しく包む。
「ヴィヴィアンは強いな。安心して涙が流せる時、一緒に迎えような」
 鬼人の言葉に、うんとだけ答えた。

 乾いた空気の中に、自然の香りが混ざり合い、自らが生きている事を実感する。
 唐突に訪れた出会いと別れ。それはまた、一つの始まり。
 見上げれば月明かりと、桜の花弁。
 ふわりと二人を周り、去っていった。

作者:沙羅衝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年4月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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