病魔根絶計画~天使のいたずら

作者:蘇我真

 光がステンドグラスに差し込み、さまざまな色に変化して降り注いでいる。
 その下にはウエディングドレスを身にまとった新婦と、タキシードの新郎がいた。
「病めるときも健やかなるときも、伴侶を愛すると誓いますか?」
「誓います」
 牧師の問いに、新郎も新婦もよどみなく答えていく。
 その光景を固唾をのんで見守る参列者たち。
「……大いなる父はふたりへ祝福を与えてくれるでしょう」
 牧師はそこまで言った後、言葉を切る。ややあって、しっかりと締めくくりの言葉を口にした。
「みそラーメン」
「………え?」
 顔を見合わせる恋人たちに、ざわつき始める参列者たち。
 ラーメンだけなら聞き間違いと思うこともできるが、みそまでついたらもうごまかしがきかない。
「父は言いました、汝のニンジンを愛せよ。ニンジンたっぷりラーメンを愛しましょう。っていうかそれタンメンやんけ!」
 突然自分でボケで自分でツッコミ始める牧師に、皆は困惑の色を隠せない。
 恋人たちの一生にそうそうない重要イベントが、ギャグで台無しになった瞬間だった。

 その後、牧師は病床に臥せっていた。とはいえ、身体的な異常があるわけではない。ベッドの上、上半身を起こしてなにやらブツブツとつぶやいている。
「福音ギャグ100連発、『マタイ』が『マダイ』を釣って『まあ大』変。これには『モーセ』も『猛省』と『申せ』……猛省だけでいいかな」
 パジャマ姿で伸ばし放題になった無精ひげを指先でいじりながら、延々とギャグを考えているのだ。
 彼の精神状態が平常と異なることは、火を見るよりも明らかだった。


「今回根絶を目指す病魔は『慢性ユーモア過剰症候群』だ」
 星友・瞬(ウェアライダーのヘリオライダー・en0065)は集まったケルベロスたちへ向け、そう切り出した。
「この病魔に感染すると『何か面白いことをして人を笑わせたい』という願望が異常に強くなり、やがて患者は場所や状況を問わずに一発ギャグに走らずにはいられなくなってしまう。例えば、今このように大切なブリーフィングをしているにもかかわらず……」
 瞬が手をポンと叩くと服の袖から万国旗がずるずると引っ張られて出現する。手品である。
「このように、ネタに走ってしまう。発症例のほとんどは真面目で堅い性格の社会人であり、この病気のせいで大事な仕事に影響を受けてしまった患者も多い」
 慢性ユーモア過剰症候群に致死性こそないものの、患者が社会的に死んでしまう可能性がある。
「現在、この病気に罹患している者は大病院に集められ、治療および病魔との戦闘準備が進められている。ケルベロスたちの皆には協力して、重篤の患者に巣食う病魔を倒してもらいたい」
 今回の討伐で病魔を根絶することができれば、この世から慢性ユーモア過剰症候群を消しさることができるだろう。しかし、一体でも病魔を取り逃せば今後も犠牲者は増え続けてしまう。
「今回、皆に担当してもらいたいのは島田牧師。男性、34歳。真面目な性格で今までギャグなどを口にしたことはなかったという。それが急に福音ギャグと称して人々に笑いを届けようとし始めてしまった。典型的な慢性ユーモア過剰症候群の患者だな」
 慢性ユーモア過剰症候群にかかっても笑いのセンスが授けられるわけではない。はっきりいってお寒いギャグを所かまわずに連発してしまっているだけである。
「この病魔に対抗するポイントは、患者のケアにある。看病したり励ましたり……患者を癒すことで一時的にだが巣食う病魔への耐性を得ることが可能だ」
 個別耐性を獲得するとこの病魔から受けるダメージが減少するので、戦闘を有利に進める事が出来るだろう。
「例えば、彼のギャグに笑ってやるとかだな……まあ、あまりにわざとらしすぎるとお世辞だとバレて逆効果になってしまいそうだが。同じようにギャグを口にして牧師を笑わせてやるのもいいかもしれないな」
 もしギャグを披露する場合は、彼の初心者ギャグレベルに合わせた、子供でも笑えるものにしたほうがいいだろうなと瞬は補足する。
「どうか、皆の手で病魔から彼を救ってほしい。よろしく頼む」
 瞬はそう締めくくり、袖から引きずりだした万国旗をひとつにまとめてから深く頭を下げるのだった。


参加者
館花・詩月(咲杜の巫女・e03451)
彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)
ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)
幸・公明(廃鐵・e20260)
ソールロッド・エギル(影の祀り手・e45970)
牧野・友枝(抗いの拳・e56541)
蝶之木・宇都(故に能無しと称す・e56566)
 

■リプレイ

●加護
 いつもはお寒いギャグが流れ続ける病室に、今日は笑い声が響いていた。
「あっはは! なにソレおっかし~!」
 白いキャミソールにネイビー色のパーカーを羽織った少女、牧野・友枝(抗いの拳・e56541)が島田牧師のギャグにお腹を押さえて笑っていたのだ。
「は、はは……最高でしょう?」
 友枝に義理で笑っている様子はない。子供相手に接しているときのような自然の笑顔だ。
「んじゃこんなのはどう? あ! トマトがあんな所に『止まっと』る!」
 島田もつられて笑みをこぼす。
「あはははっ! 素晴らしいですね、あなたも伝道師になりませんか。きっと『殿堂』入りですよ」
「ってなんでやねん!」
 スパーンというスカッとした音が病室に響き渡る。蝶之木・宇都(故に能無しと称す・e56566)がハリセンで牧師の頭をはたいたのだ。
「え……」
 島田は目を白黒させている。一瞬、何が起こったのかわからない様子だった。
「君、暴力は良くないよ?」
 素に戻ったように牧師モードで諭そうとする島田を見て、宇都は慌てて説明する。
「な、なんや知らんのかい! これはハリセンっちゅうて、ギャグにツッコミ入れるときに使うんや」
 まさかここから説明することになるとは思っていなかった宇都は、コテコテの関西弁で早口でまくし立てていく。
「どつき漫才が痛そうで見てられんって苦情がきたとき、じゃあ痛くなくて大きな音が出る道具作ろうゆうてこいつが生まれたんや。おっさんもはたかれて、痛くなかったやろ?」
「そういえば……」
「ほら、おっさんも試しにはたいてみ? 今から僕がボケてみせるから」
 宇都はハリセンを島田に無理やり握らせると自らの眼鏡へ手をかけた。
「眼鏡が普通より小さいて!? やかましいわ! 顔がでかいんや!」
 眼鏡を外して顔の前で前後させる。白銅色の眼球がレンズ越し、前後に合わせて大きく変化する。
「なんでやねん!」
 スパーン。島田がハリセンを振り抜くと、小気味いい音が病室から青空へと抜けていく。
「そう、ええ音! おっさんもやればできるやん!」
「なるほど……誤解していたよ。これは暴力兵器ではなく、むしろ人道に配慮した小道具なのだね!」
「牧師さんは大げさだね」
 くすくすと、手で口元を隠すように笑う館花・詩月(咲杜の巫女・e03451)。その手には、受験生御用達の英単語の単語帳が握られていた。
「おや、それは……」
「聖書からのギャグだけでなく、単語でランダムにギャグを作ってみるのもいいかと思って。たとえば……」
 単語帳をめくったところ、でてきた単語は『オランダ』だった。
「オランダだね……オランダには人が……」
「い『ねーでるらんど』!」
 子供レベルのギャグに合わせておらんだ、と言おうとした詩月だったが、島田の予想外の返事に不覚にも笑みをこぼしてしまう。
「そっちは、思いつかなかったかな」
「はっはっは、伊達に無駄に長くは生きていませんよ」
 ギャグセンスは子供レベルでも、語彙力はさすがに生きてきた場数が違うのだろう。
「流石牧師さん、物知りだね」
 朗らかに笑うミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)は、普段ギャグを聞く機会があまりないらしい。
「うん。ギャグならみんな楽しみながら教えを学ぶことができるだろう? 笑いながら、学んでほしいんだ」
「ほんと……こうしてると、病魔に憑かれてるってことが、嘘みたいだよ……」
 恐らく島田の関係者が見たら驚くことだろう、彼は病魔に侵される前はこれほど笑っていなかったからだ。
 ミリムの脳裏に、本当に治療をする必要があるのかという考えがちらりと過る。
「だからこそ、正常の状態に戻してやる必要があるんです」
 ミリムの逡巡を感じ取り、言葉を継いだのはソールロッド・エギル(影の祀り手・e45970)だった。
 ソールロッドの固く握られた拳の中には、肌身離さず持ち歩く聖職者のシンボルがある。
「人には人の、神から与えられた性格があります。それは祝福であり、ときには試練ともなるでしょう。ですから性格を変えるのは、決して悪いことではありません。ただ、それは本人の意思によって行われるべきで、病魔が無理やり捻じ曲げていいものではありません……!」
「………」
 熱く語るソールロッドを、島田が病床から呆然と見上げている。同じ聖職者で入院生活をしていたこともあってか、気持ちが入りすぎていた。
「え、えっと……しゅっしゅっ」
 自らが注目されていることに気付いたソールロッドは、握ったままの拳を前後に繰り出す。
「………ぼ、牧師だけに『ぼくし』ーんぐ、なんちゃって……」
 スパーン。
「ふふ、なんでやねんです」
 幸・公明(廃鐵・e20260)がハリセンを奪って後頭部を振り抜いていた。にこやかな表情を顔に貼りつけたまま。
「ふ、ふふっ」
 合わせた彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)の微笑みが誘い笑いになって、冷えかけた雰囲気を和ませる。
 ソールロッドは苦笑いを浮かべながら、公明の耳元で囁く。
「助かりました」
「いえいえ。ある意味では癒されますよ」
 興味が無いのか窓の外をずっと眺めている自らのミミックを一撫でして、公明はハリセンを手放す。
「さて皆さん、楽しいギャグの時間が名残惜しいですが、そろそろ解決と参りましょうか」
「そう、ですね……」
 思い出したかのように不安げな島田へ、悠乃は腰を折った。
「楽しさへの配慮は素敵ですね。応援します」
 島田の手を両手で包み込む。
「人の感情を動かすには強い印象が必要で、それには緩急が大切です。事前の丁寧な語りかけで聞き手の意識を誘導し、印象的な言葉のタイミングを得る」
 緊張していたのだろう、彼の手は冷たかった。
「それには聞き手となる人々を見つめてその心の状態を把握する事が必要」
 そんな手を温めるように。
「『善き羊飼い』がよく羊のことを知るように」
 神の息吹をかけてやった。
「……っ!」
 島田の顔に紅潮が差す。
「……はい、よろしくお願いします。皆様にもどうか、神の御加護を」
 最後の顔は、ギャグで笑っていたときとはまた違う、安らかな微笑みだった。

●笑顔
「神の御加護ですか。はてさて、レプリカントの俺にもあるんですかねえ」
 悠乃の手により召喚した病魔の攻撃を、バトルオーラを纏った腕で受け止める公明。半信半疑な様子で首をかしげる。
「神を試してはいけませんが……」
 流星の煌めきと重力を宿した魔法弾を放つソールロッド。ふたりの……いや、皆の身体を半透明の御業に似たオーラが覆っている。
「島田さんの加護はあるみたいですよ」
 動画サイトの流れるコメントが氷の弾幕となってケルベロスたちを襲う。公明とミミックが矢面に立ち、後衛の面々を庇う。
「五神開衢、六根清浄、病魔調伏――急急如律令!」
 詩月も弾幕の前に立ちはだかると、取り出した符を組み合わせ、床へと投げつける。適当にばら撒いているように見えて、病院という瘴気の溜まりやすい場所柄を考慮した符を選び、発動させていた。
 強化された詩月の護り、緋袴を模した可動式装甲がコメント弾幕をあるいは弾き、あるいは受け流す。数多の言の葉をその身に受け身体に悪寒が走っても、詩月は守り手としてその場を動こうとはしなかった。
「んっ……!」
 軌道を変えたコメント弾幕のひとつが悠乃に直撃する。
「彼方さん、大丈夫!?」
 病魔を逃がさないよう、貼りついて剣を振るっていたミリムが振り返る。ミリムの実力的には問題の無い相手だが、病魔を相手にするのはほぼ初めてといってよかった。眼前の表情がコミカルに変化していったり、病魔によって全くフォルムが変わるのは不気味に感じる。
「大丈夫です!」
 悠乃は前を向いたまま、凛と声を張る。気合いと共に凍傷を癒していく。
「病魔を倒し、島田さんを元に戻すんです!」
 大きく丸く、そして見る者を惹きつける黒い瞳は戦いの意思を失っていない。
「……そうだね」
 ミリムは口を堅く結び直し、再び病魔へと相対した。勝手が違う相手でも、やるべきことは変わらない。
「理不尽をぶっ壊すのが、ケルベロスのお仕事だ!」
 緋色の闘気を纏った刃が、数瞬のうちに何撃も叩き込まれて。
「裂き咲き散れ!」
 牡丹の剣閃が病魔に刻み込まれて血のような朱色のオーラが漏れ出ていく。
「凄い………でもッ!」
 友枝は、その冴え渡る剣撃を見て刺激される。
 強く地を蹴って突撃し、跳躍。病魔を聖なる左手で引き寄せると、漆黒を纏いし闇の右手で殴りつける。吹っ飛ぶ病魔。
「私も……やるんだからッ!」
 着地の直前にダブルジャンプで病魔へと再跳躍して追いつき、旋風と化した足で蹴り落とす。派手なオリジナル技がなくても、既存の技のコンビネーションで病魔を追い詰めていく。
「フオォォォォ……ッ!!」
 床に叩きつけられた病魔は怒り顔で咆哮すると、自らを鼓舞し自己再生と衝動を強める。
 もちろん、ケルベロスがそれを大人しく見逃すはずがない。
「君とはやっとられんわ! はよケリつけるで!」
 宇都のパイルバンカーが病魔の腹、丸い部分に突き刺さった。
「その的にブルズアイ、ってなあっ!」
「はいはい、さっさと脱ぎましょうね」
 公明の拳が咆哮にも似た風切り音と共に病魔のオーラを吹き飛ばし、宇都の杭先が轟音と共にドリル回転する。破られる再生と衝動。
 それを見て、公明のミミックも大きな口を開けた。一切の躊躇いも見せず、病魔の股間、葉っぱ部分へとかぶりつく。
「!!!」
「……ハコさん、恐ろしい子」
 病魔が悶絶しもんどりうっても、ミミックはがっちりと噛み付いたまま離れようとしない。それを見て公明は内心震撼するのだった。
「……と、とにかく敵は弱っていますね」
 ソールロッドは気を取り直し、自らがグラビティを発動するための歌を口ずさむ。
(ハコさんには、当たらないように……)
 左手に持った魔導書から自分の肉体を媒介し、右手で宙に魔法陣を描く。
(病魔め……さっき滑りかけた恨み、許しませんっ!)
 逆恨みにも似た思いで描かれた魔法陣はいびつだが、失敗ではない。
 崩れた魔法陣は鳥の籠、そこから無色透明の鳥が羽ばたき、病魔へと飛んでいく。
「!!!!」
 鳥は失った色を求めるかのように敵に襲い掛かる。透明な鳥に溶けるかのように病魔も色彩を失っていく。
「……!! ………! …………」
 そうして輪郭が薄くなり、噛み付いていたミミックが標的を失いこてんと床に転がる。
 病魔は鳥と共に綺麗さっぱりとこの世から消滅していて――。
「笑いに病気の力はいらないよ。強制するモノでもない。そんなの無くたって笑えるもん」
 友枝の言葉通り、ケルベロスの皆や島田牧師は晴れやかな笑みを浮かべるのだった。

作者:蘇我真 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年4月20日
難度:やや易
参加:7人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 3
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