桜日和に落ちる牙

作者:小鳥遊彩羽

 ――春。
 桜が見頃を迎え、多くの観光客が行き交う交差点の中央に、突如として巨大な『牙』が突き刺さった。
 一瞬にして騒然とする人々の目の前で、その牙は見る間に鎧兜を纏う竜牙兵へと姿を変えていく。
「――オマエたちの」
「ゾウオとキョゼツを、グラビティ・チェインを、――ヨコセ!!」
 そして、竜牙兵による無差別な殺戮が始まり、人々の悲鳴と血で辺りは満たされていくのだった。

●桜日和に落ちる牙
 とある街の交差点に竜牙兵が現れ、無差別に人々を虐殺する事件が起きる。
 トキサ・ツキシロ(蒼昊のヘリオライダー・en0055)はその場に集ったケルベロス達にそう伝え、この凶行を阻止して欲しいと続けた。
「これから、ヘリオンで急いで現場に向かうけど――」
 介入のタイミングは、竜牙兵が出現した直後。これは、出現前に避難勧告を行うと竜牙兵が別の場所に出現してしまい、事件を阻止できなくなってしまうためだ。
 その代わり、ケルベロス達が戦いの場に到着した後ならば警察などに一般市民の避難を任せられるので、皆は戦いに集中して欲しいとトキサは言った。
 竜牙兵の数は三体。いずれも各々が持つ得物で戦ってくるという。個々の強さは大したことはなく、ケルベロス達が力を合わせれば難なく撃破できる相手だと続けてから、トキサはその後に、とさらなる続きを添えた。
「ちょうどその交差点から少し奥の路地に入った所に、行列のできる美味しいパンケーキが食べられるカフェがあるらしくてね……」
「戦いの後のごほうび、ですか?」
 他の同胞達と共に話を聞いていたフィエルテ・プリエール(祈りの花・en0046)がそっと首を傾げると、そういうこと、とトキサは笑ってみせた。
 カフェの名は『桜花堂』。元はふわふわのオムライスや熱々のビーフシチューなど、普通のカフェのメニューが中心だったのだが、ある時から新しくメニューに加わったパンケーキが口コミで一気に話題になり、パンケーキの人気店としても広く知られるようになったカフェなのだという。
 桜花堂のパンケーキの特徴は、何と言ってもその厚さ。直径10センチほどで高さ三センチほどの、分厚いながら中までしっかりと火が通っており、もちもちとした食感が楽しめるのだそうだ。パンケーキの他にフレンチトーストや、勿論オムライスやビーフシチューなどの定番のメニューも揃っているので、一仕事こなした後のお腹にもちょうどいいだろうとトキサは笑ってから、改めて表情を引き締めた。
「――というわけで、美味しいおやつとごはんのためだけでなく、驚異に曝されながらも日々を生きる人々のために。皆、よろしくね!」


参加者
古鐘・るり(安楽椅子の魔女・e01248)
アレクセイ・ディルクルム(狂愛エゴイスト・e01772)
ベルノルト・アンカー(傾灰の器・e01944)
羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)
藍染・夜(蒼風聲・e20064)
セレス・アキツキ(言霊の操り手・e22385)
小鳥遊・涼香(サキュバスの鹵獲術士・e31920)
天羽・蛍(突撃戦闘機・e39796)

■リプレイ

 竜牙兵が現れ騒然となった現場も、ケルベロス達の出現と同時に動き出した警察により、人々の避難は想定以上の混乱を生じさせることなく行われた。
「――ケルベロス!」
 吼える竜牙兵達に構うことなく、ケルベロス達は避難する人々の姿を隠すように竜牙兵を囲み、各々が定めた位置につく。
「ご覧。彼方此方と舞い乱れる花弁が、無粋な輩の登場に心痛めて涙しているかのようだ」
 藍染・夜(蒼風聲・e20064)は謳うように紡ぎ、竜牙兵の意識をこちらへと引き付ける。
「花よ、どうか泣かないで。――今、穢れを祓うから」
 微かな笑みを口の端に乗せて、皆を牽引すべく夜は地を蹴り舞い上がった。手近な一体――元よりこちらから倒すと皆で決めていた星剣の片割れに狙いを定め、散り際くらい美しくあれよと星の軌跡の彩りを散らす。
 ――麗しい春。彼女の微笑みが良く似合う朗らかな季節には、恐怖も絶望も似合わない。
「ロゼ、待っていてください。すぐに美味しいパンケーキをご馳走します」
 振り返らずとも気配でわかる、後方にいる彼女の存在に目元を和らげたのも一瞬。
 敵陣へと踏み込んだアレクセイ・ディルクルム(狂愛エゴイスト・e01772)の眼差しは、既に敵を見るそれの鋭さを帯びて無数の霊体を憑依させた喰霊刀の一振りで星剣の片割れに毒を刻んだ。
「私一人では食べ切れないから、皆でシェアしましょうか」
 そう仲間達へと声を掛けたのは古鐘・るり(安楽椅子の魔女・e01248)。
 パンケーキはプレーン・抹茶・チーズの三種類。
 そして、竜牙兵は剣・剣・鎌の三体。
「まずはこのプレーン……じゃなかった、剣を持った奴から」
 ゾディアックソードは竜牙兵の一番基本的な武器だ。
 ゆえに星剣を持った二体をプレーンに喩え、るりは魔力を秘めた瞳で敵群を凝視する。
 すると、ベルノルト・アンカー(傾灰の器・e01944)が先ずはるりへと喰霊刀が捕食した魂をうつし、その力によって集中力を活性化させた。
「春爛漫と、花見には良い日取りですが……招かれざる客人とはこの事で」
 淡々と紡ぎ、ベルノルトは眼前の敵を確りと見据え、次の手を練り上げる。
「人を待たせております故。無粋な者共には早々にお引き取り願いましょう」
 ベルノルトの言葉にそうよと同意するように頷き、セレス・アキツキ(言霊の操り手・e22385)は敵に対する不快感を隠すことなく吐き捨てる。
「拒絶と憎悪どころか、貴方達にあげる時間さえも勿体ないの」
 さっさと済まさせてもらうわとセレスは縛霊手を掲げ、巨大な光弾を撃ち出した。
「やるからには、最良の結果で終わらせたいものですね」
 勿論、やるからには最良の結果で終わらせるつもりだ。
 縛霊手の光に薙ぎ払われ、動きが鈍る竜牙兵達。狙いを定めた剣の片割れへ、羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)が光り輝くルーンの呪力を纏う斧を振り下ろす。
 状態異常を重ね、敵を動けなくさせる――正攻法とも言える作戦に、竜牙兵達は瞬く間に追い詰められていく。
「ケルベロスなどに、ワレらがヤラレルと思ウナヨ!」
 僅かな一瞬の隙に、竜牙兵達が反撃に転じてきた。
 星剣に宿る星座のオーラは前衛と後衛へ。
 そして、鎌の一振りは、虚の力を帯びてセレスの元へ。
 前後衛の全てを防ぎ切ることは叶わなかったが、こちらへ向いた攻撃のいくつかは、天羽・蛍(突撃戦闘機・e39796)とベルノルトが、そして――。
「ねーさん、お願い!」
 小鳥遊・涼香(サキュバスの鹵獲術士・e31920)の声に、ねーさんと呼ばれたロシアンブルーの様な見た目の翼猫が盾として攻撃を引き受けた。
 竜牙兵との戦いが久しぶりであるという蛍は、被害を抑えるためにも素早く倒すに越したことはないと気を引き締め、前衛へヒールドローンを展開させる。
 勿論、早めに終わらせられた後の『ご褒美』も忘れていない。だからこそ、
「焦らずに行こう。幸い、いい風も吹いているみたいだしね」
 蛍の言葉にうんと頷き、涼香は同じメディックであるフィエルテ・プリエール(祈りの花・en0046)と、ねーさんへ呼び掛ける。
「私達も頑張ろうね」
「はい、頑張りましょうっ」
 涼香は祝福の矢を紺に送り、フィエルテは避雷の杖で護りの雷壁を編み上げ、そしてねーさんが翼を羽ばたかせ、澄んだ風を招きさらなる守りを重ねていく。
「此処は美味しいとか楽しいとか綺麗とか、そういうもので満ちる場所なの。貴方達にあげるものは何もないよ、お生憎様」
 涼香は告げる。それは自分達が居る限り、誰も倒れさせず何も奪わせないという宣戦布告でもあった。

 互いに声を掛け合いながら、順調に戦いを進めるケルベロス達。
 戦場には支援者達の姿もあった。
 陣内の放つ殺気に応じて青白く変貌した翼猫が、翼を羽ばたかせて強い冷気を放つ。
 あかりが喚び出したのは何千本もの針金のような氷柱。無数の針に縫い留められるが如く全身を貫かれれば、骨だけの竜牙兵でもさすがに痛みを覚えたようで。
 フィエルテと視線を交わして微笑み合い、ロゼはこの戦場で戦う同胞達と愛するアレクセイのために、甘く優しい歌声を響かせていた。
 ケルベロス達を前に、ただの骨の躯にすぎない竜牙兵達は最早為す術もなく。
「全然駄目。あとで口直ししましょう。消えて終わりよ……ジャッジメント!!」
 るりはそっけなく言い放ち、けれど次には内に眠る力を解き放っていた。
 力ある言葉を介して現れたのは、戦争と死の神オーディンが持つ神槍のレプリカ。
 竜牙兵の頭上に現れた槍は、るりが指し示すままに竜牙兵を穿ち貫く。
 頭を穿たれ、それでもまだ倒れずにいた竜牙兵を、紺は静かに見つめながら告げた。
「迂闊に踏み込んだ報いを受けなさい、私の世界は甘くないです」
 すると彼女の周囲に現れた黒い影が伸び、蔦のように竜牙兵へと絡みつく。
「ガ……ァッ……!」
 骨の隙間から内部まで侵食され、全てを奪われた竜牙兵が跡形もなく呑み込まれてゆく。
 残る竜牙兵は二体。
 ケルベロス達は作戦通り、もう一体の星剣使いに狙いを切り替えた。
 マインドリングから具現化させた光の盾を、涼香はベルノルトへ送る。
 その傍らで、フィエルテは蛍へ魔術切開を施した。
 メディックが二人いることにより、癒しと守りは万全だ。
 これにより、ベルノルトと蛍も攻撃へと転じることが出来た。
「不用品ですので、どうぞご遠慮なさらずに」
 ベルノルトは手にした硝子瓶の蓋を開ける。
 透明な器から溢れ棄てられるのは、求めた成功とはかけ離れた愚作の霊薬。
 立ち込める香りは毒となって竜牙兵達を蝕み、そこに高速演算を終えた蛍が踏み込んだ。
 演算により見抜いた、敵の構造的弱点。
 そこへ痛烈な一撃を加えると、骨の身体が砕けて崩れ落ちる。
「早く散って下さいな。愛しい人を待たせているのです。――師を穿つ死の矢にて、安らかなる眠りを」
 アレクセイは星詠みの艶やかな唇に優しき言の葉を乗せる。
 すると、星煌めくその一瞬に宇宙の翼に浮かぶ輝きが死の矢尻となって、流れる星のごとく真っ直ぐに堕ちて竜牙兵を穿ち貫いた。
 星の光の中に消えていく二体目の竜牙兵。
 最後に残った一体へ、夜が葬月の名を抱く刀を手に迫った。
「趣を解さぬ愚かな牙よ、花の如く散り逝き、其の身を以て風雅を知れ」
 ――白鷹天惺、厳駆け(いつかけ)散華。
 神速で描かれた幾重もの軌跡は、流星の煌めきを思わせて。
 天を統べ空を翔ける鷹が慈悲無く獲物を狙うが如く幾度も斬り刻まれた最後の竜牙兵がその場に膝をつく。
「これに懲りたら、二度と私達の邪魔をしないで頂戴」
 セレスは真っ直ぐに竜牙兵を見つめ、力ある言葉を紡ぎ始めた。
「嫌なもの程気に掛かる。気に掛かるから縛られる……」
 ――さぁ、貴方が厭うものを教えて頂戴?
 放たれた声は言霊となって竜牙兵を縛り――。
 逃れられぬ強固な楔で縫い付けられたまま命を穿たれた竜牙兵は、そのまま塵となって消えていった。

 涼香が導く風が、蛍のドローンが、辺りを舞って戦いで荒れた箇所を修復していく。他にも手分けをして修復を行い、程なく交差点には少しだけ幻想成分が追加されたいつもの光景が戻ってきた。
 そして、ケルベロス達は早速各々連れ立って、カフェ『桜花堂』へと向かう。

 紺は窓際の一番奥の席で、桜クリームを乗せたプレーンのパンケーキとコーヒーをお供に。そこにやって来たフィエルテに、紺はそっと声を掛けた。
「フィエルテさん、お疲れ様でした。こちら、空いてますよ」
「ありがとうございますっ、紺さんもお疲れ様でした」
 するとそこに、フィエルテが頼んだパンケーキがやってくる。
 チーズがふわっと香る生地に、やはり限定の桜クリームが乗せられて。
「パンケーキも分厚くてもちもちで、お庭の桜も綺麗ですね」
 紺は淡々と紡いでこそいるものの、パンケーキが美味しいと、桜が綺麗だと感じているらしい雰囲気は十分に伝わってくる。
 フィエルテは微笑んで、はいと小さく頷き、
「パンケーキにも、お庭にも。たくさんの春がぎゅっと詰まっているみたいですね」
 隣のテーブルでは、蛍がオムシチューと桜クリームを乗せた抹茶パンケーキ、それからアールグレイを注文していて。
 やがて運ばれてきたオムシチューとパンケーキは、二つ並ぶとかなりのボリュームだ。
「蛍さん、お一人で両方とも、お召し上がりになるんですか?」
 フィエルテが驚いた様子で尋ねると、蛍は何でもないことのように頷いて。
「うん、戦っているとカロリーをたくさん消費するから。痩せの大食いってやつだね」

 桜が綺麗に咲いている時に訪れることが出来たのは、竜牙兵が現れたから。
 そのことに少し複雑な気持ちになりながらも、るりは考える。
(「そういえば、春以外の季節はどうなのかしら。また来たいわ」)
 そうしてるりがまず注文したのはビーフシチュー。食べるのも好きだし得意料理だからということで、研究のためには外せない。
「これは……とてもまろやかだわ……隠し味ね。何かしら」
 るりは分析するようにしっかりと噛み締めながら味わい、デザートは別腹と言わんばかりにパンケーキを。
 プレーンの生地に乗せるのは、桜クリームか自家製のつぶあんか悩んだけれど、せっかく桜が咲いているのだからと桜クリームをチョイス。
「古鐘さんのも美味しそう。良ければシェアする?」
 そこに涼香が声を掛ける。涼香のテーブルには抹茶生地に自家製のつぶあんが乗ったパンケーキが。
「……それは名案ね。自家製って響きに弱いの」
 こうして桜クリームと自家製のつぶあんは、無事にシェアされたのだった。
 一つ味が増えたパンケーキを食べながら、涼香は傍らのねーさんをそっと撫でる。
 仲間と一緒にご飯やおやつを食べるなんて、今までに余り経験がなかったから。
 だからこういった、ありふれたことがとても嬉しいのだと、涼香は想うのだった。

 たまには、デートらしいデートを。
 陣内のオーダーはプレーンの生地に桜クリームのパンケーキ。それからコーヒーを一杯。
「季節限定というからには、ぜひ食べておかないとね」
 けれどチーズとチーズの組み合わせにも惹かれているのはあかりにはお見通しで、あかりはチーズの生地にチーズクリームのパンケーキとカフェオレを注文する。
 美味しいものや嬉しいものは、一人より二人で楽しむほうがずっと幸せだから。
 一口食べて、互いに分け合い。
 桜とチーズの仄かな香りに小さく揺れるあかりの耳に目を細める陣内もまた、自身の耳や髭が上機嫌で動いていることに気づかぬまま。
「最高に贅沢じゃないか」
 そんな陣内を見つめるあかりも口元を緩く綻ばせて。
「……ね、本当に贅沢なひとときだ」

「キアラはどれにするかもう決めた?」
「私は抹茶に桜クリームのパンケーキ! セレスは?」
「じゃあ、プレーンのパンケーキに蜂蜜バターにしようかしら」
 焼き立てのパンケーキがすごく美味しいと感じるのは、一仕事した後というのもあるけれど、何より大事な妹であるキアラと一緒に食べているからだろうとセレスは思う。
「すっごく美味しい。セレス、誘ってくれてありがとうね」
 幸せそうな笑顔を見れば、尚更思いは深まって。
「あ、キアラ、そっちの一口もらってもいい?」
「うんうん、セレスも桜クリームたっぷりつけて食べて。ふんわり柔らかいいい匂いがしてとっても美味しいよ」
「勿論、こっちのも食べて食べて、甘いけどバターの塩気が利いてて美味しいわよ」
 そうして互いに選んだパンケーキを一口ずつ交換すれば、幸せのお裾分けに綻ぶ笑み。
「景色も綺麗なのに……思わず思いっきり花より団子になっちゃってたわね……」
「これだけ美味しいんだもの、お団子堪能しちゃっても仕方ないと思うな。……でもね、桜の下のセレスはとっても綺麗だから見惚れちゃうかも」
「あら、キアラの方が可愛くて素敵よ」
 楽しい話の種をいくつも芽吹かせながら、甘い一時はまだ暫し。
 再びここに訪れる日は、そう遠くはないかもしれない。

 食前の運動も済ませ、アレクセイとロゼは甘く愛咲く一時を過ごす。
 アレクセイは抹茶に粒あんと桜クリームをトッピング。
 そしてロゼは王道のプレーンにたっぷりの蜂蜜バターと春色の桜クリームを添えて。
「桜、綺麗だね」
 アレクセイが声を掛けても、ロゼはふわふわとろける甘い春の美味しさに夢中な様子。
「……花より団子とは貴女らしい」
「花より団子?! さ、桜も綺麗よ?」
 我に返って取り繕うも、既に遅く。
「……最近、何かに悩んでいたようだけれど?」
「……どうしてわかるの?」
「だって、貴女のことだから」
 当たり前のように微笑むアレクセイに、ロゼは顔を赤くしながら観念した様子でぽつりと零す。
「私は貴方を愛しているけれど、ちゃんと恋をしたのか不安になっていたの」
 それは、アレクセイにとってはとても可愛い悩みで。心が擽ったくなるのを感じながら、ほろ苦いパンケーキを切り分けて彼女の口元へ。
「なら、いくらでも恋に落としてあげるから、好きなだけ我儘に求めておいで」
 アレクセイの言葉に安堵するロゼが差し出されたパンケーキを口にするのを見て、アレクセイはロゼの常磐の瞳を覗き込む。
 幸せにパンケーキを頬張るロゼを見つつ、アレクセイは心に誓った。
 彼女が淡く儚く散らぬ様に、大切に愛で守り抜こうと。
「僕もたまには貴女に愛を請われたい。……覚悟しててね?」
 ――何時でも、何度でも、恋に堕としてほしいから。

 プレーンに蜂蜜チーズクリーム、抹茶に小豆、チーズに蜂蜜バター。
「えっ、あーんですか?」
 アイヴォリーはもじもじと照れてみせるけれど、一口食めばその美味しさに途端に蕩けて、もっととおねだりを。
 眼下に望む満開の桜と卓を彩る皿の数々に、夜は花咲き溢れる春爛漫を思いながら、華奢なのに驚くほど良く食べるアイヴォリーへ次々と匙を差し出して。
「……餌付けみたい」
 思わず零せば、餌付けだなんてと瞬くショコラの瞳。
「わたくしが貴方の手からしか餌を食べない、我儘ないきものになったらどうするんです?」
 抗議しつつも抜かりなく次を要求するアイヴォリーが美味しそうに食べる姿を夜は楽しげに見つめ、不意に腕を伸ばして彼女の柔らかな唇に触れる。
 桜よりも愛らしい目の前の花は、忽ち頬を染めて。
「……甘いお菓子よりもっと一番の、わたくしの大好物を知っているくせに」
 お返しと、触れた悪戯な指先をかぷりと噛めば、青銀の瞳も瞬いた。
「最期まで、責任を持って飼ってくださいね」
 頬を桜色に染めたまま微笑むアイヴォリーに、夜は頬杖をつき、上目遣いでふふりと笑んだ。
「……俺の大好物も知っている? 俺にも餌を頂戴よ」
 ――パンケーキよりも甘い互いの大好物は、帰り道で、存分に。

「イブさんはどれになさいますか? 悩まれるのでしたら分け合う手も」
 褒美の幸福、もといパンケーキのメニューを前にベルノルトがそう提案すると、息吹が驚いたように彼を見て、
「以前は分け合うなんて頭にもなかったベルさんが、自ら分け合いの提案を……」
 人は変わるものねとちょっと感動していると、ベルノルトはさらっと、
「変われたのはイブさんの教育の賜物でしょう」
「ふふ。それじゃ、ベルさんがもっと良い方向へ変わっていけるよう、しっかり教育してあげなくちゃだわ」
 楽しげに笑って、息吹は期間限定は外せないと、桜クリームを抹茶の生地に乗せ、春めいた色合いをチョイス。
 そして、ベルノルトは少女の好む甘さに寄せて、プレーンに蜂蜜とチーズクリームを。
「はい、ベルさん。あーん。如何? 美味し? ベルさんのパンケーキも、お裾分けして頂戴な」
 甘い香りに好感を告げ、ベルノルトは息吹の望むままにパンケーキを分け与えつつ、ふと庭の桜色へと目を向けて。
「桜とは春の短さを現すようで、儚くも美しい花ですね」
 何気なく落とされた呟きに、息吹は柔らかく目を細める。
「儚いからこそ、心惹かれるんだと思うのよ」
「――また来年も、こうして一緒に花見にお付き合い頂けますか」
「来年と言わず、再来年もその次も一緒に……なんて、我侭過ぎるかしら?」
 息吹の我侭に、ベルノルトは微かに口の端を上げて微笑んだ。

作者:小鳥遊彩羽 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年4月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 7
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