夜桜の下で

作者:宮下あおい

 既に4月も終わりに近いこの頃。桜前線も徐々に北へ向かい、浮足立つ雰囲気も合わせて北上するかのようだ。
 しかしデウスエクスが襲撃した爪痕が、その浮足立った浮足立った雰囲気にも水を差していた。

「今回は皆さんに、町の修復をお願いいたします」
 アーウェル・カルヴァート(シャドウエルフのヘリオライダー・en0269)は、広げた地図のある1点を指し示した。
「北海道のとある町ですが、デウスエクスに襲撃され、復興が追い付いていないようです。桜の名所で、お花見ができる公園などもあって、春の観光地としては書き入れ時ですが復興が進まず観光客も減って困っていると聞きます」
 北のほうでは桜は4月末から5月初めのところがある。そのうちのひとつだろう。
「皆さんに修復していただきたいのは、各商店や旅館です。やはりそういったものがなくては、観光客は戻ってきませんから。修復が終わった後は、お花見も良いですね。公園で、あるいは旅館の一室で。どちらも楽しそうです」
 ケルベロスの皆と交流の少ないアーウェルは、今回のお花見が楽しみらしくご機嫌のようだ。そんなアーウェルを横目に挨拶したのは相沢・創介(地球人のミュージックファイター・en0005)だ。
「今回は僕とアーウェルも一緒に行くからよろしく。そうだな……時間としては、修復は明るいうちだろうから、お花見自体は夜だね。ライトアップするらしいから、公園、部屋、どちらでも綺麗に見えるようだよ」
「それでは、皆さん、よろしくお願いいたします」


■リプレイ

●修復
 北海道のとある町。修復のため集まったケルベロスは34人。住人に指示を仰ぎ持ち場へ、あるいはそれぞれ話を聞いて気にかかる場所へと足を向ける。
 嘉神・陽治(武闘派ドクター・e06574)と生明・穣(月草之青・e00256)は、商店街の修復に来ていた。ヒールで修復するとどうしても幻想が混じってしまう。極力人の力で復興すべき場所もきっとある。今日集まったケルベロスの中にも同じように考えている者はいる。住人に話を聞いて、人の力で直すべきならそれはそれで、手伝うこともできるだろう。
 ひとしきり持ち場の修復を終えた2人は、花見の買い出しを終えたところだ。
「このくらいで足りるだろ」
「そうですね。会場の準備もありますし、公園へ向かいましょう。――おや、あれは……」
 2人が気づくと同時に望月・巌(昼之月・e00281)も、同じ顔を向けた。巌は地元の工務店と協力し、ヒールでは出せない趣のある古い建築物の修復に当たっていたのだ。
「お、おまえら、終ったのか?」
「ああ、今は修復具合の確認がてら買い出しってやつだな」
「そうか、そんじゃあ先に場所取りでも頼むか。俺ももう終わるから、花見のセッティングにかかろう」
 3人から少し離れた商店を修復している御神・白陽(死ヲ語ル無垢ノ月・e00327)と猫夜敷・千舞輝(地球人のウェアライダー・e25868)の姿も見える。
 声が聞こえる距離ではないが、フェルミリス・アウレティア(精霊王女・e21909)、咲良・無月(がらんどうの人形擬態・e23538)がヒールを使用している様子も目に入った。
 弦巻・ダリア(空之匣・e34483)、リィンハルト・アデナウアー(燦雨の一雫・e04723)もある商店の修復を手伝っていた。
「お弁当入れておくショーケース、このへん?」
「ダリア、少しズレてるよ。ほら、一緒に」
 ヒールと人力を使い分け、丁寧にひとつずつ修復をしていく。
 大きな施設は観光客を呼び戻すため、優先して復興が進んでいるが、路地裏にあるような個人店はどうしても遅れ気味だ。あえてそんな場所を選んで、修復に回っているのが佐々木・啓介(地球人の降魔拳士・e61354)だ。
「よし、完了。あの……聞いていいっすか?」
 店の修復を終えた啓介は、店主に質問を投げた。ケルベロスについて、どう思うか。ケルベロスとして経験の浅い彼には、迷い戸惑うことも多いのだろう。
 一方、綴喜・染(インシグニスブルー・e26980)とアベル・ヴィリバルト(根無しの噺・e36140)は旅館の修復を担当していた。
 指示とともに夜の花見についても少し説明があった。旅館の建物の修復が終っていないが、夜にはこの辺りの位置から花見ができるだろう。
「良いところだな。夜桜見物出来るのはこの辺か」
「今が満開……おっと、染、向こうで呼んでるぜ?」
 後方から聞こえた声は、旅館の従業員だ。それに応じて、染とアベルは足を向ける。
 旅館の玄関口では、名無・九八一(奴隷九八一号・e58316)が図面を見ながら、他のケルベロスと話し込んでいるようだ。寺内・美月(地球人の刀剣士・e58487)は旅館の女将に指示をもらっている。
 白銀・ミリア(白銀の鉄の塊・e11509)とセレッソ・オディビエント(葬儀屋狼・e17962)も旅館の修復を担当していた。
 ミリアが持っているのは、この辺りを映した写真だ。
「よーし、こんな感じに修復すればいいんだな」
「私は向こうから、ミリアはあちらからにしよう」

●公園
 花見の会場となった公園。皆思い思いに場所を取っている。
 巌や西水・祥空(クロームロータス・e01423)は紙皿、紙コップを配ったり、皆への気遣いを忘れない。
「前者2つが甘口、こっちは辛口だ。アテに合わせて好きな方を飲んでくれよ?」
 笹ヶ根・鐐(白壁の護熊・e10049)は、自前で用意した酒を指さした。
 スパークリング日本酒、大吟醸に火入れ酒、他にも酒は用意されている。酒のアテには、地物を始め、焼きもろこしやじゃがバター、乾物、ジビエの燻製、陽治が自前で準備した猪の燻製。修復した商店から提供された焼き肉一式には、猪の肉もある。
 美味しそうな匂いが立ち込め、店から提供された料理に応じて、湯気や煙が上がっている。
「今日は色々兼ねているが楽しもうじゃねえの。肉も美味そうだ」
 陶・流石(撃鉄歯・e00001)は並んだ料理を見渡した。
 祥空は仲間の顔を順に見た後、ライトアップされた桜を見上げる。
「万さんも戻られ、菩薩累乗会の阻止も叶いました…。今日の夜桜は、格別でございますね」
 陽治が伏見・万(万獣の檻・e02075)へ視線を向ければ、スキットルの酒を煽っていたらしく、既に出来上がっているようだ。陽治が何か言おうとしたが、先に万が視線を酒のある方向へ向ける。
「……ったく、しょうがねえな。あん時は大目に見たが程々にな」
 視線で交わす会話。万は最近暴走から救出された。それも含めた陽治の言葉。万は一瞬真顔になり、皆へと顔を向けた。特に手を煩わせてしまったのは、陽治と鐐。
「……ああ、世話になったな。お陰でまた美味い酒が飲める」
「気にしないで、仲間がピンチの時に助ける、当然だ」
 ふと鐐は周囲を見回す。先ほど周辺に注いでまわったが、ジュースと間違えて飲んでいないか。スパークリングは甘口でジュース感覚だが、やはりアルコールだ。ケルベロスといえど未成年者も多い。
 軍司・雄介(豪腕エンジニア・e01431)が鐐へを顔を向ける。
「どうしたよ? 鐐」
「ああ、さっき注いでまわったの、誰か本当にジュースと間違えてたりしないかなと」
 鐐の言葉に雄介も周辺を見回すが、明らかに未成年と分かるケルベロスはいない。もちろん移動して場所が離れたなら、その限りでもない。
 それを横で聞いていた流石が続ける。
「宴会にゃそんな間違いもつきものだろ。確認がてら回って皆のお裾分けでももらうか? そうすりゃいろんなもん食えそうだ」
 腹の虫も落ち着いたら、それもいいなと鐐は頷く。
 肉も良い加減に焼けて、良い匂いが漂っている。
「おっと、皆、食べる前に写真撮るから、ちょっと待ってくれ。後で皆も一緒に撮ろうな」
 雄介はクラシックなフィルムカメラを手に笑みを浮かべた。
 あとで公園内を回って、他の皆を撮っていくのも良さそうだ。それも今年の思い出。来年もまた皆と変わらず、花見ができればと雄介は願っていた。

 彩り鮮やかな花見弁当、クラリス・レミントン(銀ノ弾丸・e35454)の手作りだ。
 クラリスはこの春、大学入学し、その祝いも兼ねている。皆それぞれに、酒や料理に手をつけながら、時折夜桜を見上げた。
 鈴代・瞳李(司獅子・e01586)は、クラリスの頭を撫でた。
「クラリス、大学入学おめでとう! まさにサクラサクだな」
「おー、美味そうだな。嬢ちゃん、入学おめでとうさん。こいつは……入学祝いってところだ」
 アッシュ・ホールデン(無音・e03495)は、桜のシロップを使ったノンアルコールカクテルをクラリスに差し出す。ミントの葉が乗せられ、春の香りが漂う。
「わあ……すごく可愛い!」
「ノンアルカクテルとは、洒落た事するなぁ。色男」
 リェト・アルカータ(火界の恒月・e28496)は、ちらりとノンアルコールカクテルを視界に収める。
 ふわりと風が吹いた。桜の花をゆっくりと散らす、季節の移ろいを促す風。
 リェトは周囲を見回しシートの上に落ちている綺麗な桜の花弁を見つけると、クラリスの耳上に添える。
 クラリスの白い髪に、桜の淡いピンク色がよく映えた。
「……今はこれが限界だな」
 クラリスは目を丸くしたが、笑みを綻ばせる。
 瞳李は何を思ったのか、焦ったようにシフォンケーキを取り出す。てきぱきと切り分け、クラリスの分にだけ苺を乗せる。
「クラリス! ほら、桜のシフォンケーキだ。苺も乗せよう」
 アッシュはその様子を面白そうに笑みを浮かべ見守る。
 同じくリェトも口の端をあげ、瞳李をちらりと見やり日本酒の瓶へ手を伸ばす。
「俺らで予行演習しとけば、大学で変な男に捕まらんだろ。さて、年長者が注いでやるぞ。酒に飲まれてダメな大人を体現しないようにな」
「おー、ありがとな。お礼に注ぎますよ、年長者殿?」
 アッシュは礼とともに軽く口を混ぜる。
 そんな会話を聞きながら、クラリスはケーキを味わいつつ、満面の笑みを浮かべ告げる。
「楽しい思い出だけじゃなく、素敵なお祝いまで……皆、ありがとう」

 白陽と千舞輝は公園の端に陣取った。
 桜の写真を撮り、ゆっくり食事をし、お喋りしたり。
 そのはずだったのだが。
 酒の匂いが強い。宴会が始まっているのだから、当然だがそれにしては身近で匂いがする。その犯人はすぐそばにいた。
「ほれほれ、御神さんも飲め飲め。ウチの酒が飲めへんっちゅーんかー?」
 千舞輝は妙に機嫌も良く、少し顔も赤い。グラスを白陽へと押し付け、明らかなほろ酔い状態だ。
「……おーい、多分、それお酒」
「んー? たぶんこれ酒と違うってー? 気分やて気分、飲んべぇムーヴを数年早めにお楽しみやわ」
 千舞輝の言葉に白陽は首を傾げる。
 飲んべぇムーブは楽しむものか。そんなことを考えていたら、ふいに何かが当たる。
「はーん、これ動きづらいわぁ。猫パンチも当たらんのちゃう?」
 明らかに酔っている。まだ未成年だが、ジュースと間違えてこの状態。
 酔っているためか、加減なしの高速猫パンチも遠慮なく着弾し、盛大な音を立てていた。
 にゃははと笑いながら、楽しそうに千舞輝はパンチを繰り出していた。
「あいた、こらこら」
「あと酔っぱらいって何やるモンやったっけ。寝るぐらい? イマイチわからんわー、にゃっはは」
 白陽は千舞輝の手を捕まえ引っ張り、その場に寝転がらせる。酔っている相手の手を捕まえるくらい訳はない。
 千舞輝も特に反撃することもなく転がった。
「ほれ、膝枕。ねこは大人しく寝るが良いよ」
 白陽に言われるまま、千舞輝は機嫌良く目を閉じた。

 ダリアとリィンハルトは、レジャーシートを敷き、寒さ対策にと用意した大きなブランケットに一緒に入る。
 桜前線も北上し、日本ではこの辺りが花見も最後。ちょうど今が見頃だ。
「ほら、ここをこうして……」
 ダリアは商店から提供してもらったお弁当の紐を引いた。紐を引いて少し待ったら温かくなるというもの。リィンハルトは初めて見るのか、目をキラキラさせている。
「で、少し待つんだね。なら、待ってる間にお稲荷さん食べようよ」
 待ってる間にリィンハルトが用意した稲荷寿司を覗き込む。酢飯に桜でんぷんが使われ、ピンク色が春らしい。
 互いにひとつずつとる。
「なんだか食べるのもったいないね。でもおなかすいたし……せーので食べよっか?」
「うん、それじゃあ……」
「「せーの」」
 ひと口ずつ味わっている間、桜が緩やかな風に揺られ、花弁が散らされる。
 ふわりと舞ったその1枚がお茶を注いであったカップの中に落ちた。
「わー、すっごい偶然。今年も良いことありそうだね」
「だね、良いことの予兆だ!」

「散りゆく桜を追いかけ、来たぜ。北海道! 夏に鍋、冬にアイス! そういうやつ!」
「……その例えは良く分かんないけど……まあ、フェルが嬉しそうだしいいか」
 フェルミリスは楽しそうに桜の下へ駆け寄る。無月は笑みを浮かべ、フェルミリスの後を追いかけた。
「でもやっぱり手ぶらだと物足りないなー。お花もいいけど団子も、ね。無月クンはどっち?」
「団子もいいけどお花もね、な俺は手ぶらで、物足りない手を埋めるしかできないのですことよ」
 フェルミリスの隣を歩きながら、無月はゆっくりとフェルミリスの手へ触れようとする。
 緩やかな風が桜の花弁を散らす。どことなく周囲の喧噪が遠く聞こえる。互いの存在だけになる感覚。
 柔らかな茶色の髪に、綺麗な花弁が落ちる。
「いけないなー、無月クンは。お花にお触りは厳禁なんだゾ」
 フェルミリスは笑って、無月の手を取った。
 公園内には他のケルベロスもいるが、各々の時間を過ごしており、2人を気にかける様子はない。
 団子も酒もない。本当に手ぶら。
 ライトアップされた夜桜の下を、2人で歩く。たったそれだけ。
 でもドキドキして、とても心地よい時間。
 フェルミリスの答えに、無月は何度か瞬きを繰り返す。
「ぐあー! 私何言ってるんだろ。私綺麗ですって感強いなぁ」
 さすがに照れくさくなったらしく、フェルミリスは誤魔化し笑った。
 無月もようやく頬を緩める。
「あはは、意識高いのはいいことだよね、うん。実際綺麗だと思うよ」
「えっと、ありがとう。な、何か売ってないカナ、このまま探しに行こ!」
 どこかそわそわした雰囲気のまま。でもそれは、相手が特別な人だから。
 春風が吹く。二人の背を押すように。
 無月は満面の笑みを浮かべ頷いた。
「どこへだって付き合うよ、小腹も空いたしな」

 月の光が、桜を輝かせる。
 修復を手伝って、その礼にもらった酒と適当に持参した酒のアテをシートの上に並べる。
「お、いいとこに来たな。なぁ、歌おうぜ」
 ヴェスタ・ヘレン(ウェアライダーのブレイズキャリバー・e58485)は、通りかかった相沢・創介(地球人のミュージックファイター・en0005)とアーウェル・カルヴァート(シャドウエルフのヘリオライダー・en0269)へ声をかける。
 既に酒を煽った後なのか、ヴェスタは少し出来上がっている様子。2人は顔を見合わせたが、この後誰に呼ばれてもいない。
「歌、か」
「ここは創介君の出番のようですね」
 創介が呟くと、アーウェルは彼の肩に手を置いた。ヴェスタの招きに応じ、空いているところへ腰をおろす。
「創介は……未成年だったな。アーウェルは飲めるんだろ?」
「皆さん、楽しそうでなによりですね。ええ、頂きます」
 予備のコップに注がれた酒に口をつけ、皆の様子を見回して、アーウェルは頷いた。
 創介は愛用のギターを爪弾き、音を確かめている。
 桜の舞う、楽しい夜に何がいいだろう。明るい曲、美しい桜に、夜空に輝く丸い月に似合う、切ない綺麗な曲。

 歌が響く。ギターの音が響く。
 公園での花見は賑やかに過ぎていった。

●旅館
 八島・トロノイ(あなたの街のお医者さん・e16946)はガラス越しに見る桜に目をやる。
「ようやく桜前線に追いついたな。……良い桜だ」
 西日本の早いところでは3月には咲いている。とかく年度末になれば、人によってはゆっくり花見とはならないだろう。
 トロノイは商店街の修復の礼にもらった酒瓶を開け、グラスへと注いだ。筐・恭志郎(白鞘・e19690)へグラスを差し出した。
「僕は……」
「今ならとっておきのベルの首輪の樽酒を出すぜ?」
 トロノイのサーヴァント、オルトロスのベルナドットの首輪に樽がついている。ベルナドットも主人の言葉を理解したのか、恭志郎のそばに歩み寄り、つぶらな瞳で見つめる。
「流石にこういう場で何かやらかしたら申し訳ないし、俺は遠慮しときます」
「恭志郎さんも飲もうー。ベルさんのお酒だよー」
 ウォーレンはグラスに口をつけた後のようで、酔って恭志郎に酒を勧める。
 恭志郎は成人しているが酒は未経験。それもあって躊躇いも多い。ベルナドットは構わず、恭志郎を見つめたり、頭をすり寄せてくる。
 狼狽えたまま、恭志郎は周囲のグラスを手に取った。
「……えーっと、じゃあ……」
「――なんて、びっくりした? 僕も実は酔ったフリでしたー」
 さすがにかわいそうになってきたのか、ウォーレンが笑いだす。
 続いてトロノイも両手を合わせて、謝罪を口にする。
「悪い、生姜入りの甘酒だ。アルコールはほとんど入ってない」
 恭志郎は何度か目を瞬きさせるが、冗談と分かって息を吐く。安堵のほうが勝つのか、持っていたグラスをそのまま口へ運んでしまった。
「なんだ、冗談ですか。良かった……に、がっ!」
「……え? 恭志郎さんー?! 大丈夫?」
 持っていたグラスは日本酒が入ったもの。それをそのまま、飲んでしまったのだ。
 その後、悶絶している恭志郎をケルベロス数人が目撃したらしい。

「昼間の青空と桜の組み合わせもいいけど、ライトアップと桜も乙なものね」
 大広間の一角、懐石料理を注文した面々が集まって、それぞれ堪能している。
 大弓・言葉(花冠に棘・e00431)は、傍に見える桜を見上げた。
「お昼の桜とは全然別な物のように見えてしまうよね」
 クーゼ・ヴァリアス(竜狩り・e08881)は、相槌を打ちつつ、料理を堪能している。
 旬の食材が多く、花見に和食はよく合う。
 クーゼが目の前に並ぶ料理を順に視界に収めながら、疑問を口にする。
「懐石料理って元々茶会で供されるものって聞いたけど」
「そうねえ、つまり美味しく食べればそれでいいもの。……お酒も美味しそう」
「極論だけど、それくらいが肩肘張らなくて楽ちんかもね」
 日本酒も飲みやすく、喉通りが良いものだ。少しセーブしなければ、明日に差し支えるかもしれない。互いにそこまで酒に強いつもりはないが、桜の導くまま飲みすぎてしまうかもしれない。
 光に照らされ、風に揺られて花弁が舞う。風情のある光景はやはり人を惹きつけ、再び夜桜を見上げた。

「昼に見る桜も綺麗ですけど、やはり夜桜も趣があって良いですわね」
 カトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)は、昼間に見た桜の光景を脳裏に浮かべる。
 武田・克己(雷凰・e02613)は熱燗に手をつけようとして、ふいにその手を止めた。
「あ、悪い。カトレアはまだ飲めないのに」
「どうぞ、構わずに。私は……そうですわね、オレンジジュースを頂きたいですわ」
 カトレアはまだ酒を飲める年齢に至っていない。オレンジジュースを頼み、運ばれて来たのなら、カトレアもゆっくりと口をつけた。
「桜か。親父からこんな話を聞いた事がある。大陸の女性を好きになった男が、人と同じ位の寿命の桜の樹を送った。生ある限り愛する。って言うメッセージを込めて、な」
「その話、素敵ですわね。命ある限り、ずっと愛してあげたいとは」
 真実か、伝承か。まるで肯定するように、風が強く吹き、桜の花弁を散らした。
 克己は真面目にカトレアを見つめる。
 戦場に身を置けば、いつどうなるか分からない。それでも、この人の傍にいたいと願える相手が目の前にいる。
「カトレア、俺らも命を張ってる。いつ死ぬか分からない。それでも俺の心は、いつだってお前の隣に置いて行く。俺が帰ってくるためにな」
「私も、その桜のように、ずっと命ある限り、克己の傍に居てあげたいですわ」

 染とアベルは、窓際の一番見晴らしの良い特等席へ腰を落ち着ける。
 共に食事をすることはあったが、酒はなかった。そのせいか今日の酒はまた格別だ。
「縁は酒だったってのに、こうして飲むのは初めてか。不思議なもんだ」
 アベルは染と盃を合わせた。いつもより景気の良い音がする気がする。
 染が視線のみをアベルへ移した。喉を通る酒は、何故か普段より熱い気がする。
「たまにはおまえも酔っちまえよ」
「なんだ、俺の酔が判らん程にお前さんも酔ってんのかい?」
 アベルは遠慮しているつもりなど毛頭ない。出会った頃も今は、懐かしい思い出。だからこそ、こうして共に飲める今が楽しいのだ。
 ガラス越しの向こう、風が淡い色を乗せて吹く。
 ふいにアベルは言葉を紡ぐ。
「――なぁ、染。今どんな心地だい?」
「――……云わせんのか、色男。……そうさなぁ」
 盃を揺らして、夜桜を眺めたまま染は続ける。
「おまえと一緒なら、僥倖だ」

 盃に注がれた酒に映るは、今宵の桜。己の目に映るは、今をこうして過ごす相手。返す言葉は、皆それぞれ、己の心のままに。

作者:宮下あおい 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年5月1日
難度:易しい
参加:33人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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