霞城の桜

作者:地斬理々亜

●桜の名所を取り戻そう
「皆さんに、ヒールして欲しい場所があります」
 白日・牡丹(自己肯定のヘリオライダー・en0151)は、そう切り出した。
「向かっていただきたいのは、山形県にある、城跡を整備した都市公園です。桜の名所でして、名前を霞城公園といいます」
 周囲をぐるりとお堀で囲まれたこの公園には、東西南北それぞれに門がある。
 しかし、西門と北門は、デウスエクスの攻撃によって石壁が崩れ、道が塞がってしまった。南門、ならびに東大手門は、お堀に掛かっていた橋が落とされてしまったのだ。
「このままでは人々が公園内に入れず、桜を楽しむことができません。そこで、ケルベロスの皆さんにヒールをしていただきたいのですが、お願いできますか?」
「もちろん!」
 牡丹の言葉に元気良く応じたのは、ケルベロスの1人、アッサム・ミルク(食道楽のレプリカント・en0161)だ。
「でもって、ヒール終わったらお花見してもいいよね?」
「ええ。私もお花見に参加しようと思います。楽しみましょう」
 ウキウキした様子で尋ねたアッサムに、牡丹はふわりと微笑んだ。
 それから牡丹は、桜について説明を付け足す。
「公園内は広く、様々な箇所に桜が植えてあります。その数、およそ1500本。他のグループから離れて、少人数で静かに花を楽しむこともできるでしょう。また、お堀の近くに行けば、水面に映る桜を鑑賞することもできます。鴨がのんびり泳いでいるのも見られるかもしれませんね。それから、私のお勧めスポットとして、『霞城の桜』があります」
「霞城の桜?」
 アッサムが繰り返す。
「はい。公園の西側、ソフトボール場の横にある、エドヒガンの老木ですね。樹齢600年を越えると推定されている、市指定の天然記念物です。きっと今年も、見事な花が咲き誇っていることでしょう」
 牡丹は笑顔と共に語った。
「なるほどね、一見の価値がありそうだね。さて、オレは美味しいお団子屋さんを探しておかないと……良いお店が見つかったら、買って、公園に持って行くよ」
 アッサムは楽しそうに、アイズフォンでウェブ検索を始めるのだった。


■リプレイ

●4つの門の修復
 霞城公園、南門。
 集まった20人のケルベロスの内、【EDB】の7名はこの場を担当することにした。
「さて、始めるか」
 陣内は、満月のようなエネルギー光球を生成し、落とされた橋へとぶつけた。
 眸は、黄金の弓『彩光』を構えた。きらり、きらめくサンストーンが揺れる。その妖精弓から放たれた矢は、橋へと祝福を与えた。
「僕らも!」
「分かったぜっ」
 ジェミがオーラを橋へと溜め、それに合わせるようにして広喜がオウガ粒子を放出する。
 フェアリーブーツを履いた夜江は、とん、とん、と軽やかなステップを踏む。美しい舞と共に、花びらのオーラが橋へと降り注いだ。相棒の『錫丸』も爽やかな風を翼から生む。
 それからナザクが、フローライトとルベライトをあしらった黒色の杖、『紫電』を突き出した。雷の壁が構築され、橋を修復する。
「――♪」
 最後に、エトヴァの歌声が響き渡った。
 幻想化を伴って修復された橋は、もう通行できそうだ。

 北門。
「車が通れるの、ここだけなんだよな」
「そうだね。ヒール頑張ろう!」
 瑞樹とアッサムが言葉を交わす。
 瑞樹の力により、さぁっ、と魔法の木の葉が舞い上がった。アッサムがドローンを飛ばして続く。
 木の葉とドローンによるヒールで、崩れた石壁が元に戻っていった。

 西門。
 累音と夜は塞がった道を前に並び立つ。
 これが、共にケルベロスとしての任務をこなす、最後の機会。
 言葉はいらない。
 ふわり。累音の温かく柔らかな『春風』のオーラが癒しの力を発揮する。
 夜が身に纏う『静惺』から放たれる気が、それに重ねられた。
 2人の力が、道を開く。

 最後に、東大手門。
 遊が現出させた光の盾を追いかけるように、ユラは九尾扇から幻影を放った。
「えいっ☆」
 【渦】の1人、うずまきが振るうのもまた九尾扇。続いて、すっと空中に羽ばたいた『ねこさん』が、清浄なる風を起こした。
 リーズレットは、妖精の祝福と癒しを宿す矢を橋へと射る。
 淡雪は、自らの胸を強調するポーズをとりつつ、桃色の霧を放出した。
 彼女ら【渦】の3名のヒールの後、希莉が紙兵を大量に散布する。それから希莉は、横のすずを見た。
 りんりん、とベルが鳴る。その音色に誘われるようにして、すずは地獄化した歌声を出した。『ブラッドスター』――生きることの罪を肯定する歌。
「仕上げ、と。これで列車から見る人も安心かな」
 オウガ粒子を撒いて橋のヒールを完了させたひさぎは、線路の方を見た。
「お疲れ様、だな」
「皆さん、お疲れ様でした!」
 一仕事終えたケルベロス達がリフレッシュできるようにと、清士朗と牡丹がおしぼりや飲み物を配っていった。

●霞城の桜(前章)
 少しの時が経ち、希莉とすずは『霞城の桜』の下に来ていた。
 りん、とすずはベルを鳴らす。
『これが霞城の桜なのですね。すごい大きいですし綺麗です』
 地獄となった声で、すずは率直に言う。
「本当に見事だね。綺麗としか言いようがない……」
 希莉は頷き、瞳を細めて桜を見上げた。
『まるで希莉様みたいです』
 続いたすずの言葉に、希莉は瞬き。
「ふふ、ありがとうね」
 嬉しさと共に微笑み、希莉はすずの髪についた花弁をそっと取った。
 すずの方が桜の精のようだよ、なんて心に浮かべながら。
 温かい緑茶と、お団子。持ち寄ったものを口にしつつ、共に花を眺めるひとときはとても愛しく。願わくば、また、と2人は微笑み合った。

 同じ霞城の桜の下には、【渦】の3人の姿もあった。
「ワイワイするのも楽しいですけれど、たまには桜見ながらゆっくりするのも風情がありますわねぇ」
 淡雪がしみじみ言う。心地の良い春風が3人の肌を撫でた。
「そうだな、たまにはこういう……」
 リーズレットが同意しようとしたところ、で。
「桜『ヨーグルト』ドリンクだよ☆ 来る前に作ったらとても美味しかったからお裾分け♪」
 うずまきが飲み物を取り出した。ねぎらい、手を伸ばす淡雪。
 リーズレットの本能は告げる。――危険だ。
 とっさにリーズレットは、ねこさんに目配せ。笑顔でケミカルライトと法被を2人に渡した。
「さぁ!! 堕天使リーズレットのリサイタルだ!!」
 めっちゃノリノリで歌い出すリーズレット。
「ひゅーー! リズ姉ーー! こっちむいてーー!」
 瞳輝かせうずまきは叫んで。
「……リーーズーー」
 一方の淡雪は死んだ目でケミカルライトを振る。
「っは!?」
 不意に淡雪は気づいた。
「今度こそ布教しなくてはいけませんわ!」
「よーし! 頑張るぞー!」
「え? え?」
 なんだかんだ、いつも通りのかしまし3人組である。

●散歩道
 瑞樹は、お堀の周りを散策していた。
 公園内を逆時計回りに歩く。馴染みのこの地での、いつものコースだ。
「っと」
 桜花ばかり見上げていれば、足元がおろそかになるのは必然。
 気をつけないとな、と考える瑞樹の尖り耳に、楽しげな声が届く。
 見れば、かの『霞城の桜』の下には、花見を満喫する幾人もの姿があった。
 瑞樹は微笑を浮かべ、歩みを再開した。それから呟く。
「どんどん焼き、買えるよな。きっと」

●霞城の桜(後章)
「桜、綺麗!」
「すげえ、でけえなあっ」
 ジェミと広喜が共にはしゃぐ。【EDB】の面々もまた、『霞城の桜』の下にいた。
「人間だったら何歳くらいなのかな」
「……樹木にとっての歳月ハ……人よりも、緩やかなのかもしれまセン」
 ジェミの疑問に対し、地面に敷物を広げ終えたエトヴァが呟く。
 それからエトヴァは、緑茶を注いで回った。
 水面で揺れる桜の花弁と金箔が、目にも楽しいお茶である。
 お茶の後に披露されるのは、広喜のおにぎりだ。
 形はいびつ、中身もちょっとはみ出ている、けれど。
「具ヲ入れルことを学んだのだな……広喜は、勉強熱心だ」
 そのおにぎりを食べた眸が言う。
「そういうのを『愛情が籠ってる』って言うんだぜ」
 陣内にも分かる、広喜が何度も挑戦を繰り返したであろうことが。
「おう、あいじょーいっぱい籠めたぜっ」
 広喜は嬉しげに、満面の笑顔を見せた。
「私はこれを持ってきました」
 おにぎりがボリュームたっぷりだと予想し、食べやすいサンドイッチを少しだけ用意してきたのは、夜江のささやかな気遣い。
 タマゴやハムなど、定番の味で、ほど良く皆の心が満たされる。
 さらに、ジェミがお弁当箱をオープン。
 卵焼きにウインナー。モロきゅうに、こんにゃくピリ辛煮。ささみスティック、スモークチーズ、小魚の佃煮に、いぶりがっこ、などなど。
 茶色率高めのこのチョイス、おつまみにもなるようにと選択されたものである。
 ありがたく飲まねば、とばかりに、成年組は酒盛りを開始。
 陣内が持参したのは、木苺果汁入りのフルーツビールである。
「こいつで桜に乾杯しようと思ってね」
「風流ですネ」
 エトヴァが応じる。
 全員の手に、淡いルビー色の液体が行き渡った(ただしジェミは木苺ソーダ)。
 乾杯の後に喉に流し込まれるそれは、華やかな香りがして、爽やかな味だった。
 続いて、眸が三種の日本酒を注いだ。利き酒を催すのだ。
「ワタシは……成分の差で正解が分かってしまウのでずるイかな」
「分析とか強そうじゃないか、ずるいぞ」
 眸へ言いつつも、ナザクは初挑戦の利き酒を楽しむ。
「すげえ楽しい」
 元々笑顔しかできないが、酒を摂取すると一層ニコニコになる広喜である。
「日本酒って甘いの? 辛いの?」
「甘口辛口どちらもあルな」
 ジェミの疑問に眸は答える。
「……あ、これ、前に飲ませてもらったやつじゃないか?」
 陣内が言った。眸は、ふっと微笑んだ。
 やがて、桜餅や三色団子を場に並べたナザクが語り出す。
「日本酒と甘味。この組み合わせは意外に思われがちだが」
「うむ」
「何も現代人の奇抜な発想というものでもないんだ」
「そうなのか」
「古くは江戸の時代には酒と甘味を合わせる風習があってだな……」
「なるほど」
 長い長い話である。合いの手を入れているのは陣内だ。
 その間に、ジェミはこっそり、いぶりがっこをナザクの周辺に配置した。気づいているのかいないのか、ナザクは、こりこりといぶりがっこを頬張りつつ話を続けている。
 広喜はウトウト、スリープモードに自動突入。エトヴァがそっとブランケットを掛けた。
(「あったけえなあ」)
 眠る広喜は変わらず笑顔。
 夜江は、どれから食べようか迷いながらも、ジェミのおかずやナザクの甘味、それにお酒を口に運ぶ。
「皆さんのお話は毎日楽しいのですが、桜の下だともっと楽しいです」
 素直な気持ちを夜江は言葉にした。初めての桜の下での食事は、期待以上だったと。
「桜は不思議……皆が幸せになるヨウ」
「大侵略期より生きる桜か」
 エトヴァとナザクが、霞城の桜を見上げた。
 桜は花弁を降らせる。ケルベロス達にも、日向で佇むキリノや、ミルクを飲む錫丸にも。
 まるで祝福のように。
 その一片が陣内が持つ杯に飛び込む。彼は、再度、乾杯した。

●さくら、きずな
 公園内、広場。
「ほえー……これが桜って言うんだね!」
 くるりくるり、ユラは回り出す。
「あんまりはしゃぐと転んじゃうぞ」
 見守る遊は言うものの。無理もない。
 4年間地下室で暮らしてきた彼女にとっては、目に映る何もかもが新しいのだ。
 ひたすら恐怖の記憶しかなかったあの頃。
 数か月は慣れることのできなかった、外の世界。
 けれど、今は違う。花びらの降る中、回るユラは、笑顔を咲かせている。
(「桜も綺麗だが……君も綺麗だよ、ユラ」)
 遊は彼女を愛おしく思う……抱き締めてしまいたい。
 親子ほどに年齢差のある、未来の伴侶。
「遊さん……だーい好き♪」
 そっと彼の元に歩み寄ったユラは、背伸びして、遊の頬へと口づけた。

 お堀の縁にて。
「さ、食べるか」
 清士朗、ひさぎに向け満面の笑顔。
 ひさぎが清士朗の愚痴を聞いてあげる、という話はあった。
 だが彼は、こんな注文をしていたのだ。
 ――愚痴は吐かんが代わりに、弁当を作って来てくれ(はぁと)。
「清士朗さんにかかるといっつもそうなんよ」
 言いつつ、ひさぎの差し出した重箱の中身は、次のようなものであった。
 筍ご飯のおむすび。野菜の豚肉巻き、菜の花のおひたし、ふきと油揚げの煮物。三つ葉の卵焼きに、唐揚げ。
 春野菜も入った、完璧な行楽弁当である。
 舌鼓。
 満喫。
 完食。
 満腹!
「うむ満足。では膝を借りるぞ」
「膝枕ぐらい構わない、けど」
 ごろり。清士朗はひさぎの膝に己の頭を預ける。
「……寝ている間に悪戯されそうだな」
「ちょっと、何もしません、てば!」
 清士朗はひさぎの両手を捕らえる。
 しばらく抵抗を試みていたひさぎの手は、やがて動きを止め、きゅ、と清士朗の手を握り返した。

 喧噪から遠く離れ、静寂が支配する場に、累音と夜はいた。共にあつらえたばかりの和装を纏って。
 夜は、旅立つ累音を、最後にして最上の持て成し――茶を点て振る舞うことで送り出そうとしていた。
(「茶には嘘も偽りも映らない」)
 夜は茶筅を手に取る。
(「なぁ累音」)
 ――君がいない場所は私にとって彩りを失う。
 夜の手が、わずかに逡巡した。
(「……俺は所詮、事象だ」)
 気づかぬふりをし、累音は夜の未来を想う。
 ――お前の行く路に『幸せ』があるならば、その場所は遠からず新しい彩りで埋まるだろう。
 言葉にはせず、想いは胸の中に。
 やがて、美しく柔らかな色の茶が入った椀が、累音の前へ差し出される。
 口に含めば、ほのかな苦味。茶のものか、己の心ゆえか。
「これまで頂いてきた茶の何よりも、美味かったよ」
 累音が空の椀を置く。
 2人は互いへと、深く深く礼をした。
「ありがとう。君と出会えたこと、過ごした日々に、ありったけの感謝を」
「俺からも心からの感謝を贈ろう。ありがとう」

 桜ははらはらと花弁を降らせる。
 春の日が、過ぎてゆく。

作者:地斬理々亜 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年4月17日
難度:易しい
参加:19人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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