●凍てつく波動
「この度はまことに申し訳ありませんでした!」
青い顔をしたスーツの若者が、上司と並んで頭を下げる。
「まあ、やってしまったものは仕方がないでしょう。幸い大きな事故には至りませんでしたし……」
「いえ、今後このような事が起こらぬよう、重々注意して――」
苦笑いを浮かべる取引先の人物に、上司はなおも言い募る。
間違いは誰でも侵しうるもの。だがやってしまったのならその後始末が必要だ。客先に対し、結果的に上司を引っ張り出す形になってしまった若者は、神妙な顔で頭を垂れていたが。
「……!」
近くを偶然通りかかった、バケツを持った清掃業者の姿に、彼は視線を奪われた。
「――君、おい、どうしたんだ。君も言う事があるだろう?」
「あ……も、申し訳ありません! このミスを挽回できるよう、誠心誠意努めさせていただきます! ですから、この度ご迷惑をおかけした事は――」
上司の言葉に我に返り、若者はもう一度謝罪の言葉を述べる。だが先程までとは違い、その手で清掃業者からバケツを奪い取り……。
「どうか、この通り! 水に流していただけませんか!」
その中身を、自らの頭にぶちまけた。
飛び散る水。驚きの波はお客、上司、清掃業者、そして周りの人々へと伝わり、その表情は順に凍り付いた。
「もう一杯あればよかったんだよなー。上司にもかけて二段オチにすれば爆笑間違いなしだったのに」
若者は、その時のことをさも楽しそうに思い出している。
病室の端の、ベッドの上で。
●
「皆さん、どうか聞いてください! 病魔退治の任務ですよーっ!」
ケルベロス達に向けて、白鳥沢・慧斗(オラトリオのヘリオライダー・en0250)が呼びかける。話によれば、病院の医師やウィッチドクターの尽力により、ある病魔の根絶計画が佳境を迎えているらしい。
「今回のターゲットは『慢性ユーモア過剰症候群』! 時と状況を顧みず、笑いを取りたくなってしまうという至極恐ろしい病気です!!」
身震いするような仕草と共に、少年は話を続ける。
病に冒された患者は、現在大病院へと集められているが、その中の重篤患者の病魔を一体、こちらで受け持ってほしいという依頼のようだ。
「デウスエクスとの戦いに比べれば、緊急度合は落ちますが……この作戦を成功させれば、人々を悩ませる病を一つ消滅させることができるのです! 是非とも、協力をお願いいたします!!」
この班の担当する患者は、入社三年目の若い男性社員。元々は生真面目なタイプで、冗談を言うような人間ではないそうだが……今は病の影響により、笑いを取りたい衝動に苛まれている。
「彼の病魔を倒す事が主目的になりますが……それに先立ちって個別耐性を得ておくことで、戦闘時のダメージを緩和することも可能です」
個別耐性は、この患者の看病をしたり、元気づけたりすることで得られるようだ。特に今回の場合は、「ネタに走りたい」という衝動を発散させることが有効であると予想される。
「共に笑い合えることが何より有効でしょう。張り合ってみるのも一つの道かも知れませんね!」
ぐっと拳を握り締め、ヘリオライダーは戦いに臨む者達に、激励の言葉をかける。
「それでは皆さん、よろしくお願いいたします!」
参加者 | |
---|---|
物部・帳(お騒がせ警官・e02957) |
シド・ノート(墓掘・e11166) |
明空・護朗(二匹狼・e11656) |
塩谷・翔子(放浪ドクター・e25598) |
クラレット・エミュー(君の世は冬・e27106) |
天原・俊輝(偽りの銀・e28879) |
月井・未明(彼誰時・e30287) |
レティ・エレミータ(彩花・e37824) |
●笑顔を求めて
病魔根絶作戦のために任された一室、発作の際に騒ぎになるのを抑えるためだろうか、あまり物のない部屋に、ケルベロス達は踏み込んだ。
先頭を行くのは白衣を纏ったウィッチドクター。患者のもとに問診に向かうのは、恐らく慣れたものだろうが。
「あ、どうも先生……へぐっ!?」
顔を上げた患者は反射的に身体を硬直させた。白衣に包まれたのは医者にしては引き締まった体。そんなシド・ノート(墓掘・e11166)の顔にはやけに偉そうな口髭が、そして頭の上にはファンシーなネコミミが乗っかっていた。あと何か隣に犬の着ぐるみが立ってる。
「はじめまして、俺はシドっていいます」
「そして私はペットのポチです」
堂々と言い放つ着ぐるみ……物部・帳(お騒がせ警官・e02957)に、どうにかといった調子で患者が声をかける。
「け、ケルベロスの方……ですよね?」
「よくぞ見破りましたね。私はリア充の爆破を司る神……邪悪なリア充共に立ち向かってくれる勇者を探しています」
「!?」
普通なら困惑すべき場面だろうが、患者の口元には明らかにツボに一撃喰らった歪みが生じている。
「なるほど、中々効いていると見える」
そんな様子を探りつつ月井・未明(彼誰時・e30287)が頷く。こちらも手応えを感じつつ、帳も着ぐるみの懐からゴム紐を取り出した。
「さあ、この選定のゴムを口に咥えなさい。貴方が真に勇者ならば――」
「まぁ、それはともかくだ」
「えっ、これまだ私のターンでは!?」
「最初からトばすと話が進まないんだよ……」
塩谷・翔子(放浪ドクター・e25598)の手により、犬の着ぐるみが下げられていった。
では気を取り直して、シドがカルテに目を落とす。
「今日はよろしくお願いしますね。えーっと、すべ……?」
「ナメカワ。滑川タカオミだな、私はクラレットと言う。よろしく」
ああ、良かったそっちの読み方か。クラレット・エミュー(君の世は冬・e27106)の訂正にシドが頷く。何にせよとりあえず第一の罠は突破した。
「君はとても面白い人だと聞いた。良かったら私にも色々聞かせて、見せてくれる?」
「……ああ、その前にヘルメット被って貰いましょうか」
レティ・エレミータ(彩花・e37824)に続き、進み出た天原・俊輝(偽りの銀・e28879)が患者の頭にそれを被せる。それはこれから始まる治療に必要……というわけではなく。
「こわーいオバサンからツッコミが来るかもしれませんからね」
「だれがオバサンだ、ちょっと前のオネエサンと呼びな!」
背後から翔子のハリセンが飛んだ。
「面白い話……ダジャレとかか、ですか?」
慣れぬ敬語につっかえつつ、明空・護朗(二匹狼・e11656)が首を傾げる。その後ろではタマが興味深そうに顔を覗かせていた。
「では、まず私からとっておきの話を」
いきなりではやりにくかろう、という事で呼び水代わりクラレットが咳払いを一つ。
「ある日、電車が止まってなあ。一体何かと思ったら、布団が架線にひっかかったようでね。
――文字通り、布団が吹っ飛んできたというわけだ」
「ふとんが」
「ふっとんで」
繰り返す護朗に、クラレットがどや顔で首肯した。
「ははは、すごいですねホントにそんなことが! それじゃ僕は真っ暗な部屋でマクラを見つけた話をしますよ」
「オチをバラしてどうするのさ」
「では本官はサクラの下にマクラを埋めた話を」
「そっちも!」
翔子のハリセンが二度、小気味良い音を響かせる。
「エントリーナンバー2、月井未明だ」
患者の正面に陣取った未明は真剣な顔で相手を見た。つられて患者も息を呑む、が。
微動だにしない未明の上にウイングキャットの梅太郎が乗っかり、ゆらゆらと尻尾を動かし始める。定位置を探す様にしていたそれは、やがて。
「長い髭」
ぶふっ、と音を立てて患者が吹き出した。
「続いて、ちょんまげ」
「や、やめ……っ連続はきつい……!」
「繋がり眉毛」
にらめっこの要領の連続攻撃に、患者は見事撃沈した。
「あはは、面白いなぁ。皆よくネタを思い付くものだね」
「皆、すごいね」
レティに続き、感心したように護朗が頷く。その表情は当初に比べて和らいだものになってきていた。
「よし、じゃあ次は俺がー……」
そしてそのきらきらと、期待を込めた目が、シドに向いた。
「……」
あ、タイミング逃した、と彼は思う。一度冷静になるとこういうのはきつい。
「ナースコールで、ナース凍る……」
「え?」
思わず小声になってしまった。患者は思いっきり笑っているのが救いではあるが。
「病院でびょいーん、びょいーん!」
皆の視線は、どこか温かいものだった。
「ん、シドさん、どうかした?」
「いや、ちょっと心が複雑骨折をね……」
護朗の問いに、彼は胸を押さえて答えたという。
「――では勇者よ、この選定のゴムを口に咥えなさい。貴方が真に勇者ならば、私がゴムを引っ張っても無事でいられるでしょう」
こういうのテレビでよく見る。帳の振りに、患者は喜んで喰い付いていく。
「これまで多くの戦士が挑戦しましたが、悉くこのこの選定のゴムの錆となりました。覚悟は――え、何かべとついてるから使用済みはイヤ? 最近の若者は我儘でありますなあ!」
いそいそと取り出した新品に交換し、果たしてゴムは患者の口に咥えられた。
ばちーん。
「おーっ」
「はは、お見事」
勢いあまってベッドにひっくり返った患者を、護朗の拍手とクラレットの賞賛が迎える。
気合が入りまくっていたためか、ゴムの直撃で目を回しているようだが。
「おお勇者よ、何ていうかやっぱりダメでしたか」
「……大丈夫ですかね?」
「何だか幸せそうに見える。多分大丈夫だ」
俊輝の問いに未明が頷く。
「丁度良い、このままストレッチャーに乗せてしまおう」
「名残惜しいけど、そうだね」
「私ももう一回くらいやっときたいですが……確かに、そろそろ良い時間ですね」
翔子の提案に、レティと帳がそう応じる。
「それじゃ頼んだよ、シド」
「ああ、準備は良いかな?」
問診は終わり。ここからは治療の時間だ。拳を握り、また開き、シドの視線は自然と患者の顔を捉えた。
「――大丈夫、きっと治してみせるよ。そしたらまた一緒に笑おうや」
病魔召喚。ウィッチドクターの手により、病魔がその姿を現す。
●病巣
この瞬間に慣れる時は、来るのだろうか。倒すべき敵の出現に、内の緊張を押し出すように護朗が口を開く。
「これが、『慢性ユーモア過剰症候群』……!」
他のケルベロス達もまた、各々の武器を手に。
「あー出オチってやつ?」
「流行りネタの欲張りセットみたいなビジュアルでありますな」
「うーん、何ていうか節操が無いよね。これがスベるってこと?」
シド、そして帳とレティの率直な感想に、びくりと病魔が身体を震わせる。
「今、誰か言ってはならん事を……」
禁句らしきものに反応したようだが、とりあえずそれは気のせいと言う事にしたらしい。
「笑いの神はここに降臨せり。我が生み出す爆笑の渦に包まれ、息絶えるが良い」
改めて、何やら大仰に構えた病魔の周囲には「来るぞ……」「腹筋崩壊注意」など謎の文字列が飛び交っている。
「……何だあれ」
「何と言われてもな。字幕……?」
そうしてクラレットと言葉を交わす未明が、病魔の放つよくわからない光に照らされる。
「そうか、おれにもだんだん分かってきた。あれはとてつもなく面白いもののような気が――」
「ない。それはないから。戻っておいで」
覿面に効き始めた催眠効果を、翔子の従えたシロが打ち消す。翔子自身もまた雷の壁を展開し、それらの攻撃に備えていった。
「患者さんには一時下がっていてもらいましょうか」
ストレッチャーに乗せたタカオミを、その身で護るようにしながら俊輝が運び出す。
「援護するね。そっちには行かせない……!」
金属粒子を散布する護朗の前に、タマが進み出で、神器を咥えて飛び出していく。それに合わせてレティも跳躍、上からの一撃で敵の気を引いてやる。
「それでは、さくっと倒してしまいましょうか!」
「火力担当ってあんまりしないんだけど、とりあえず殴っておけば良いんスよね!」
そこを帳の銃弾と、シドの放った雷光が奔った。
続く戦いの中、重ねられたダメージを無に帰すべく、病魔は自己強化にかかる。効果は回復のみに終わらず、さらなる要素をその身に追加していく。
「それ以上ゴテゴテされても困るな」
護朗によるブレイブマインの煙から、翼を一つ振るってクラレットが飛び出す。硬化させた爪は、敵の自己強化で増えた部分――抑揚のない言葉で喋る饅頭のような顔を削ったところで、ビハインドのノーレがその動きを固めにかかる。
「こちらも、手を貸しましょう」
眼鏡を置いた俊輝の指示に合わせ、美雨もまた金縛りを発動。拘束した敵を俊輝がグラインドファイアで炎に包む。
事案、炎上、祭り、と字幕が支離滅裂に踊る中、シドが再度仕掛けにかかった。
「あっ手元が滑ったー」
「滑っただと、誰が……!」
棒読みと共にフルスイング。爆ぜる雷光がその身を焼き、レティが破鎧衝で追撃をかえたそこで、病魔は強、抵抗に出る。
「いい加減にしろ、貴様等にはおもいやりが足りない!」
病魔の身体を中心に、氷塊の槍が飛び出す。物理的なそれと、同時に展開される冷気の波を、ディフェンダー陣が壁となって受け止めた。
「……いまいち」
「ふむ、全くピンとこないな」
「なっ……!?」
未明とクラレットの言葉、そして同じく味方を庇いに入った梅太郎の欠伸に、敵の周りが驚愕と叩きコメで埋まる。ケルベロスの取った作戦として、壁役は十分に配置されていたのが一因ではあるが、何よりも患者との交流で得た個別耐性が、ここでその真価を発揮していた。
軽減されているとはいえ、氷も含めたそれが積み重なればいずれ脅威になったかも知れないが。
「色鮮やかに、」
「芽吹きの雨を」
翡翠の雨がそれを届かぬ願いに変えていく。
「まぁ、なんだ。ようするに――」
そこに切り込んだシドが固めた拳を思い切り振り抜いた。
「全・然、笑えねぇんだよッ!」
確かな重みを持ったそれは病魔の心身を揺るがす。勝ち筋を見つけられない状況に、病魔は視線をあちこちの泳がせる。どこかにこの状況を打破できるような材料が……。
「そうか、その見た目でネタ出し貧乏なのか……」
「そういうもの?」
つらいよな、と。ファミリアシュートを入れると同時に、何かを察したように未明が目を細める。何やら実感篭った友人の言葉に、護朗はとりあえず回復を施しにかかった。
痛いの痛いの、飛んでいけ。
「さて、ネタが見つからないのでしたら、これは如何でしょう」
そしてまごつく敵にそう声をかけ、帳はゴム紐の先端を差し出して見せた。
ゴムを咥えているため言葉は発せないが、放すなよ、絶対に放すなよと背景の字幕群が訴えている。
そしてそんな様子を一顧だにせず、レティと翔子はまとめにかかった。
「楽しいのは良い事だ。でも、それを強要するのは良くない」
「本人も周りも笑ってないとね、こういうのは」
「あと、これは多分仕方ないんですけど……微妙にネタが古いですよね」
微笑んだままそう言って、帳は無慈悲に手を放した。
「悪いけど、病巣を取り除くのが医者の仕事でね」
「厄介者には、さよならを」
弾けるゴムの音色に続いて、不可視の刃と雷鳴が病魔の身を引き裂いた。もはやどうしようもないのか、あっさりと、静かに。病魔は消え去っていった。
●勝ち得たもの
決着は付いた。結果だけを見れば、『ケルベロス達は難なく勝利を掴んだ』と言えるだろう。
ちょっとした負傷と、現場の戦闘痕をヒールすれば、その気配すらも無くなってしまう。
「こっちの方は片付いたかな」
これで、元通り。自然と、翔子の視線は部屋の外へ向けられる。
「様子を見ていこう」
その辺りを察し、俊輝がそう促す。目を覚ました患者……タカオミも、元通りと言える状態になっているはず。
「皆さん、ありがとうございました!」
既に目を覚ましていた彼は、開口一番、そう言って深く頭を下げた。
「発作によるものとはいえ、色々とご迷惑もお掛けして……本当に、お世話になりました」
腰の角度は直角を超えてさらに深く。まあまあ、ととりなすシドの後ろで俊輝が眼鏡を押さえる。
「改めて、恐ろしい病だったんですね……」
「けれど、この病に罹患したということは……君にも、元々誰かを笑顔にしたいという願望があったんじゃないかな?」
「ひとを笑わせてやりたいという気持ちは、決して悪いことだけではないよ」
レティの言葉に、「行き過ぎはマズイけれども」と付け足して、クラレットが頷く。
「君なら、きっとできるだろう」
「頑張って。そしてどうか、君の未来に、たくさんの笑顔と幸があるように」
「もったいないお言葉です。これからの励みにさせていただきます!
二人の送ったエールに、より一層青年の背筋が伸びた気がした。
「真面目だねぇ……」
その様子に、感心するように翔子が呟く。病が消えた今、きっとこれが、本来の彼の姿なのだろう。
「でも、ちょっと寂しいですかねー」
ゴム紐を引っ張ったり放したりしながら呟く帳に、タカオミはその固い表情を緩めて見せる。
「そのゴム、今度は僕が引っ張りましょうか?」
「おや、本官への挑戦状ですか?」
綻んだ空気に、未明とシドもまた、笑みを浮かべた。
「笑うのは体に良いとしたものだ。あなたにも、気兼ねなく笑って欲しい」
「本来、笑いは心にも身体にも好い作用をもたらしてくれるからね。これからもお互い正しく健康に笑って生きましょ」
暖かく、笑みの花が咲く。
「そうだね、こうして笑っていられることが、きっと――」
恐らくはこれこそが、勝ち取ったものなのだと。そう確信して、護朗は傍らのタマを撫でた。
作者:つじ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年4月20日
難度:やや易
参加:8人
結果:成功!
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