●病魔のビジョン
事件は会議室で起きた。
とある小学校の会議室だ。
「寒暖の差が激しい日が続いていますが、体調管理にはくれぐれも気をつけてください。新年度早々に病欠などということになってしまったら、生徒たちに示しがつきませんからね」
事件の犯人は、厳めしい顔をした短躯の男。この学校の校長である。
始業式に備えての職員会議において、彼は教育者の心構えを語っていた……はずだった。
「かく言う私の体調は完璧です! 秘境探検隊の隊長を務められるほど! そう、体調だけに!」
唐突に繰り出された親父ギャグ。
「……え?」
と、教師の一人が思わず聞き返すと、校長は同じフレーズを繰り返した。
「タイチョーだけに!」
「……」
もう誰も聞き返さなかった。いや、聞き返せなかった。
心の温度を示す目盛りというもの存在するのなら、この会議室にいる者たちのそれは零点下を示しているだろう。
ただし、校長を除く。
「ホント、絶好調ですよ、絶好調! そう、校長だけに! ゼッ、コー、チョー!」
『ゼッ』と『コー』と『チョー』に合わせて、校長は三種類の珍妙なポーズを決めた。若手芸人の一発ギャグを彷彿とさせる。テレビ番組等で披露すれば、確実に共演者から事故扱いされる類のギャグだが。
そんな事故レベルのギャグを真正面からぶつけられたことによって、大半の教師は凍り付いていた。『大半』に属さない者も何人かいたが、笑っているわけではない。しくしくと泣き出していたのだ。この異様な空気に耐え切れずに。
しかし、嗚咽の声ごときで校長の快進撃ならぬ怪進撃は止まらなかった。
「先日、PTAの会長にお会いしたんですが、すこぶる快調のようでした! そう、会長だけに! だはははははははははははは!」
翌日。
「医者はどこだー? 医者はドクター! だはははははは!」
校長はハイテンションを維持していた。
壁にクッションが仕込まれた病室の中で。
「ナースさん、聞こえてますかー! 今日の病院食は美味しかったですよー。もう言うことナース! 婦長さんは不調かもしれませんが、私は絶好調! そう、校長だけに! ゼッ、コー、チョー! だはははははははははははは!」
だが、『ゼッ、コー、チョー』のトリプールポーズを上手く決めることはできずいにいた。
拘束衣を着せられているからだ。
●ザイフリートかく語りき
「病魔根絶計画がまたおこなわれることになったので、おまえたちの力を貸してほしい」
ヘリポートに集まったケルベロスたちの前にヘリオライダーのザイフリートが現れ、重々しい声音でそう告げた。
「今回の標的は『慢性ユーモア過剰症候群』なる病魔だ。現在、それに罹患した者たちが、ある大病院に集められている。おまえたちもそこに赴き、重篤者に取り憑いている強力な病魔を排除してくれ」
病魔を一体残らず倒すことができれば、その病気も完全に根絶される。今後、新たな患者が現れることはないだろう。
逆に言うと、一体でも逃してしまったら、計画は失敗ということだ。
「さて、その慢性ユーモア過剰症候群についてだが――」
重々しい声を一段と重くして、ザイフリートは病魔の説明を始めた。
「――実に恐ろしい病魔なのだ。罹患者は『なにか面白いことをして人を笑わせたい』という衝動を抑えられなくなり、時や場所を考慮することなく、素っ頓狂な行動に走ってしまうのだからな」
しかも、『素っ頓狂な行動』とやらにはセンスが伴っておらず、仮に時や場所を考慮したとしても笑いを取れるようなものではないらしい。
そして、この病気の更に恐ろしいところは、罹患者の大半がなぜか真面目な社会人だということだ。
命にかかわる病気ではない。
だが、人生はだいなしになってしまうだろう。
「おまえたちに担当してもらう患者も社会人だ。名前は虎尾・龍雄(とらお・たつお)。年齢は五十四歳。小学校の校長職に就いている。本来は非常に謹厳な人物らしいが、今は病魔のせいで所謂『おやじぎゃぐ』を連発しているとのこと。その中でもとくに『校長だけにゼッコーチョー』というのがお気に入りだそうだ」
何人かのケルベロスが思わず吹き出した。もちろん、『ゼッコーチョー』というギャグに笑ったのではなく、そんなことを真顔で口にするザイフリートに笑ったのだ。
「これまでの病魔根絶計画と同様、今回も病魔への個別耐性を得ることで戦闘を有利に進めることができるだろう。そのための手段は大きく分けて二つ。一つ目は、おまえたちが観客役となり、龍雄の『おやじぎゃぐ』に大受けしている振りをして、彼の衝動を発散させることだ」
ただし、『振り』であることが龍雄に判ってしまうと、逆効果かもしれない。
「もう一つは、おまえたちが龍雄と同じ土俵に立ち、真っ向からぶつかって場を盛り上げること。つまり、最高のタイミングでツッコミを入れたり、対抗して『おやじぎゃぐ』を叫んだりすればいいのだ。もちろん、龍雄に合わせるのだから、笑いのレベルは低くても構わない。そう、たとえば……」
言葉を切り、首を微かに傾げるザイフリート。どうやら、『おやじぎゃぐ』なるものの一例を必死にひねり出そうとしているらしい。
三十秒後(ケルベロスたちの体感時間は三時間ほどだったが)、彼はようやく口を開いた。
「ヘリオンに乗っていると、お腹が減るよん……というのはどうだろう?」
『どうだろう?』と問われても、答えようがない。先程は吹き出したケルベロスたちもさすがに表情を強張らせている。
その反応をザイフリートは別の意味に受け取ったらしい。
「判り難かったか? 今のは『ヘリオン』と『減るよん』を引っかけたのだ。念のために言っておくが、ヘリオンに搭乗することと空腹を覚えることの間に明確な因果関係があるわけではない。しかし、地口にリアリティーを求めるのもどうかと思い、あえて……」
真顔のままで語り続ける彼を前にして、ケルベロスたちは思わずにいられなかった。
『ある意味、この人がいちばん面白いわ』と……。
参加者 | |
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天蓼・星(星灯・e04647) |
ラズリア・クレイン(天穹のミュルグレス・e19050) |
盛山・ぴえり(超電波系アイドルぴえりん・e20641) |
エージュ・ワードゥック(もちぷよ・e24307) |
常祇内・紗重(白紗黒鉄・e40800) |
霧郷・千晴(晴天を望む金狐・e44393) |
ガートルード・コロネーション(コロネじゃないもん・e45615) |
パール・ランダム(ワイルドブレイズ・e53434) |
●凄絶なる死闘! 野獣よ、叫べ!
この世に無傷の勝者などいない。
勝利は常に大きな代償を求めてくるのだから。
たとえば、それは自らの命。
たとえば、それは仲間との絆。
たとえば、それは平凡な人生。
たとえば、それはプライドとか外聞とか羞恥心とか……まあ、そういった類のやつね。
「……こちらです」
看護師の青年に導かれて、ケルベロスたちは足を踏み入れた。
特殊な患者のための病室に。
部屋の中央には直立状態のストレッチャーが置かれ、拘束衣を着た初老の男が縛りつけられている。
彼こそが『特種な患者』であるところの虎尾・龍雄だ。
看護師は恐る恐るといった足取りでストレッチャーに近付き、震える手で拘束を解いた。
その間、龍雄はおとなしくしていた。とはいえ、病魔による衝動が消えたわけではないだろう。今は攻撃前のいわば『溜め』に相当するフェイズ。
「では、お願いします」
ケルベロスたちにそう言い残し、看護師は逃げるように退室した。
彼の姿が消えた瞬間、『溜め』も終わったらしく――、
「フリィーダァァァァァームッ!」
――龍雄は拘束衣を脱ぎ捨て、トランクスだけの姿になった。
「やっと解放されましたー! 院長先生が許可を出してくれたんでしょうかね? 『べつに解放してもいいんちゃう』とか言って。インチョーだけに!」
寒い上に無理がある親父ギャグ。通常の場なら、空気が凍りついてしまうだろう。
しかし、ここは『通常の場』などではない。
戦場だ。
そして、龍雄の親父ギャグは戦いの始まりを告げる鬨の声。それを聞いて凍りついてしまうのは、戦場から逃げ出すことと同じ。
(「お、思っていた以上に手強いかも……」)
親父ギャグの破壊力(の無さ)に慄きながらも、ケルベロスの一人――ガートルード・コロネーション(コロネじゃないもん・e45615)は己を鼓舞して、戦いに身を投じた。
「あはははははははは!」
両手を叩き、大袈裟に笑い声を響かせるという形で。
彼女だけではない。狐の人型ウェアライダーの霧郷・千晴(晴天を望む金狐・e44393)も尻尾を揺らして笑っていた。
「うふふふふ。どうしたら、そんな面白いギャグが思いつくの?」
「ぷぷ、ぷぷぷぷぷ……」
と、蛍光ピンクのジャージに身を包んだ盛山・ぴえり(超電波系アイドルぴえりん・e20641)も笑い声を漏らしていた。千晴やガートルードと同様、個別耐性を得るための演技をしている……というわけではなく、どうも本気で笑っているらしい。
三人の反応に気を良くしたのか(なにせ、病魔に取り憑かれて以来、初めてウケたのだ)、龍雄はたたでさえ高いテンションを更に高くした。
「はい、爆笑もらいましたー! 今日も私は絶好調! そう、校長だけに! ゼッ、コー、チョー!」
『ゼッ』と『コー』と『チョー』に合わせて披露される三種類の珍妙なポーズ。龍雄のお気に入りにしてお得意のギャグだ(拘束衣を脱いだのは肉体を誇示するためではなく、ポーズを決めるためだったのだろう)。
それに対するリアクションは笑い声だけではなかった。
シャドウエルフの天蓼・星(星灯・e04647)とオラトリオのラズリア・クレイン(天穹のミュルグレス・e19050)が龍雄の両サイドに素早く回り込み――、
「なにゆーてんねん!」
「脇の切れが甘いで!」
――白い武器を相手の頭に叩き込んだ。力の限りに。
もっとも、血は流れなかったし、龍雄が悲鳴をあげることもなかった。
悲鳴の代わりに響いたのは小気味良い音。
「ツッコミのタイミングを習得するために――」
と、星が呟いた。
「――お笑い番組を繰り返し何度も観たわ。おかげで古今東西のお笑いに無駄に詳しくなってしまったけど」
「いやいやいやいや」
ガートルードが思わず笑い役を忘れて、かぶりを振った。
「古今東西から『今』の字が抜けてない? 今時、それはないでしょう」
そう言って彼女が指し示したのは、星が手にしている古典的な武器。
ハリセンである。
「いえ、ハリセンはオールタイムベストなツッコミアイテムです」
と、星に代わってラズリアが反駁した。言うまでもなく、彼女が龍雄に叩きつけた武器もハリセンだ。
「その証拠に……ほら、校長先生を見てください」
ハリセンによるWツッコミを受けた龍雄は恍惚の表情を浮かべ、歓喜に身を震わせていた。
●壮絶なる激闘! 悪魔よ、哭け!
「厳しい戦いになりそうだな。しかし、退くわけにはいかない。私にとって、これは初めての任務なのだから」
小さな声で独白しながら、ヴァルキュリアのパール・ランダム(ワイルドブレイズ・e53434)が前に出た。『厳しい戦い』に加わるために。
「今日の私は……絶!」
パールは両の拳を腰だめに構えた。
「好!」
拳を振り上げ、顔の前で交差させた。
「蝶!」
より高い位置に拳をやり、全身を『Y』の字にして、虹色の光の翼を展開した。その翼の形は蝶のそれだ。
「そう、絶好蝶! 蝶だけに! 背中の翼が蝶だけにぃーっ!」
そして、パールは仲間たちを振り返りると、投げられたボールを拾ってきた犬さながらに得意げな表情を見せた。
「どうですか、先輩方?」
(「いや、どうですかって言われても……」)
そんな当惑の思いを表に出すことなく、千晴がまた笑ってみせた。
「あはははははは! や、やばい。笑いすぎて涙が出そう……」
「蝶だけにぃぃぃーっ!」
千晴の笑いから勇気と力を得て、パールは再び絶叫した。本来の意味で『やばい』かもしれない。
「だはははははははは!」
歓喜に震えていた龍雄が我に返り、大声で笑い始めた。もちろん、笑うだけでは終わらない。十八番(といっても、他にレパートリーはないのだが)をまた披露した。
「なかなか、やりますね! 私も負けていられません! 校長だけに、ゼッ! コー! チョー!」
「その程度か? 私のゼッコチョーに比べれば、まだまだだな」
そう言って龍雄の前に立ったのは、人派ドラゴニアンの常祇内・紗重(白紗黒鉄・e40800)。彼女の首から下は普段よりもボリュームが増して筋骨隆々たるものになり、しかも金属の光沢に彩られていた。オウガメタル『アダマント』で形成した肉襦袢を纏っているのだ(ちなみに肉襦袢の局部はブーメランパンツに覆い隠されていた)。
「ゼッ!」
裂帛の気合いとともにサイドトライセップスを決める。
「コー!」
続いて、ダブルバイセップス。
「チョー!」
最後にサイドチェスト。
龍雄の『ゼッコーチョー』より何倍もパワフル。
故に何倍も寒い。
それでも笑いは起きた。
「あはははははは!」
「おなか、いたーい! もう勘弁してー!」
例によって、千晴とガートルードである。千晴は『涙が出そう』と言っていたが、ガートルードは本当に涙が止まらないらしく、ハンカチで顔を拭っている……のではなく、演技であることがバレないように顔を隠しているだけだ。
その様子を見ながら、ヴァルキュリアのエージュ・ワードゥック(もちぷよ・e24307)が感慨深げに言った。
「パールさんが言うとおり、厳しい戦いだねー。とてもじゃないけど、素人にはついていけないよ。もっと、ギャグを知ろうとしないと……しろうとしないと……シロウトしないと! 素人だけに!」
いや、『感慨深げ』というのは気のせいだったようだ。
その渾身の(?)駄洒落に対して、千晴とガートルードがまた笑い声をあげた。反応するまでに少し間が空いてしまったが、それについて二人を責めるのは酷というものだろう。普通ならば、間が空くどころか、沈黙が永遠に続いていたはずだ。
「校長だけにゼッコーチョー!」
と、龍雄がおなじみのトリプルポーズで皆の注意を自分に引き戻し――、
「知ってますか? 軍隊でいちばん早起きなのは曹長さんなんですよ! 早朝だけにぃーっ!」
――脈絡もなく親父ギャグを繰り出した。エージュに対抗心を刺激されたらしい。
千晴とガートルードが笑う間もあらばこそ、エージュが新たな親父ギャグで応戦した。
「わたしのパワフルな兵器の一撃を受けて、平気だった敵はいないんだよー! 平気だけに!」
言い終えると同時に所謂『ドヤ顔』をカメラ目線で決める。いや、もちろん、カメラなど存在しないのだが、彼女の心の目には見えているのだろう。
龍雄の心の目もカメラを捉えたらしく、エージュと同じ方向を見て、同じような表情をしてみせた。
「知ってますか? 機長さんになれるほどの優秀な人材はそんなに多くないんですよ! 貴重だけに!」
「うわー! 切れ味鋭い親父ギャグに打ちのめされそう! でも、ライダースーツを着てきたから、これくらい、だーい丈夫! ライダーだけに!」
「知ってますか? 酋長さんはいつも遠方に……」
龍雄の親父ギャグとドヤ顔、エージュの親父ギャグとドヤ顔、龍雄の親父ギャグとドヤ顔、エージュの親父ギャグとドヤ顔――寒々しいサイクルが十回ほど繰り返されたところで星とラズリアがツッコミを入れた。星は龍雄に、ラズリアはエージュに。
「えーかげんにせい!」
「ジブン、ホンマにライダースーツを装備してるやないかーい!」
ハリセンの音が続け様に響く。
こうして、個別耐性を得るための苦闘は終わりを告げ……なかった。
足りない。
まだ足りない。
「足りないなら、力尽くで奪っちゃうもんねー!」
更なる個別耐性を獲得すべく、自称『超電波系アイドル』のぴえりが笑い役からボケ役に転じた。
その雄姿の背後に控えるのはテレビウムのチャウやん。主人に対する感情(諦観にも似た想い)に相応しい顔文字が思いつかないのか、ケルベロス・ウォーへの協力を呼びかける公共CMを頭部の液晶画面に映し出している。無音で。
「こうやって不真面目なことを全力でやろうとする君らの姿勢、嫌いじゃないぜ! いや、嫌いじゃないどころか、愛してると言ってもいいレベル! アイドルだけに愛しどる! 愛し、ど、るぅーっ!」
『愛し』で両腕を上に突き上げて『I』をつくり、『ど』で左腕を曲げて『D』に変形させ、『るぅーっ!』で左腕を水平にして『L』の形で締める。笑いの手旗信号とでも呼ぶべき三段アクション。
「二番煎じというか四番煎じやないかーい! もう、トリプルポーズ系ギャグは見飽きたわー!」
星がぴえりの後頭部にハリセンを叩き込んだ。同時にテレビウムのチャウやんも膝の裏に蹴りを入れるという形でツッコんだ。
「どわぁーっ!?」
ぴえりはわざとらしい悲鳴をあげ、前のめりに倒れ込んだ。
「ケルベロスだけに蹴るべろすぅ~! 『悶絶なる奮闘! ぴえりんよ、転べ!』ってところかなー!」
「章題サギに便乗すんな! てゆーか、『悶絶なる奮闘』って日本語になってへんやろ!」
倒れたままのぴえりをラズリアがハリセンで追撃し、チャウやんがまたも蹴りを入れた。ラズリアはともかく、チャウやんのほうは本気で蹴っているように見えるが、きっと気のせいだろう。
そんなスラップスティック(?)な展開を黙って眺めている龍雄ではない。大声で笑いながら、何度目かのトリポルポーズを決めた。
「だはははははははは! 盛り上がってきましたねー! ゼッ、コー、チョー!」
それに負けじと紗重も自己流のゼッコーチョーを再び披露した。
「ゼッ、コー、チョー!」
今度は彼女一人ではない。ボクスドラゴンが頭上で一連のアクションをトレースしている。弟分の(本人は自分が兄貴分だと思っているようだが)小鉄丸だ。
「やっぱり、先輩方は凄い……」
そう呟いたのはパール。皮肉や冗談ではなく、本気で感心しているらしい。床を舐めるぴえりやボディビルじみたポーズを決める紗重に向けられた眼差しは尊敬の念に染まっている。
「私もいきます! 絶! 好! 蝶!」
ソンケーすべき先輩方に追いつくべく、パールもトリプルポーズを決めた。
後はもうカオス。ツッコミが追いつかないほどのスピードで龍雄たちのギャグが病室に飛び交うのであった。
「ゼッ! コー! チョー!」
「絶! 好! 蝶!」
「ゼッ! コー! チョー!」
「愛しどるぅぅぅ~ん!」
熱くも寒い饗宴ならぬ狂宴は一時間ほど続いた。
●快絶なる熱闘! 戦士よ、笑え!
「では、いきます」
龍雄の中にいた病魔――慢性ユーモア過剰症候群をウィッチドクターの星が具現化させた。実にマヌケな姿の病魔だった。
「そういえば、この病魔を倒すことが本来の目的でしたね」
疲れ切ったような顔をして、パールが身構えた。いや、『疲れ切ったような』ではなく、本当に疲れて切っているのだ。彼女だけでなく、全員が。
「めちゃくちゃ疲れてはいるけれど――」
と、エージュが言った。
「――負けるわけにはいかないよね。懇切丁寧に病魔を根絶しちゃおう! そう、コンゼツ丁寧に!」
「この期に及んで、まだボケるんかーい!」
と、ラズリアがエージュにハリセンをぶつけた。個別耐性は得たのだから、もうツッコミを入れる必要はないのだが(それを言うなら、ボケる必要もないのだが)、条件反射が染みついてしまったらしい。
「す、すみません。思わず身体が動いてしまって……」
我に返り、あわてて頭を下げるラズリアであった。
そして、戦いは終わり、マヌケな姿をした病魔は消え去った。
「大丈夫ですか?」
星が心配げに尋ねた。戦闘で負傷した仲間たちではなく、病室の隅で蹲っている龍雄に。
「……」
龍雄はなにも答えなかった。病魔に取り憑かれていた時の記憶に心を苛まされているのだろう。一人きりなら、この場で間違いなく自分の命を絶っている……というのは大袈裟かもしれないが、少なくとも枕に顔をうずめて足をバタバタさせたり、頭を何度も壁に打ちつけたい衝動には駆られているはずだ。
「まあまあ、そんなに落ち込まないで」
千晴が龍雄の肩を優しく叩いた。
「すべては病魔のせいなんだから、校長先生が恥ずかしがることはないんだよ。それに笑い自体は決して悪いものじゃないんだし。良い機会だと思って、これからは多少でも人生に笑いを織り交ぜてみたら?」
「やりすぎると大変なことになりますから、節度は大事ですけどね」
と、ガートルードが言葉を付け足した。口許に苦笑を浮かべているが、先程までと違って、それは本物の笑みだ。
紗重もフォローに加わった。
「病気が発症した時、周囲には教員しかいなかったらしいが、生徒たちにも披露してみたらどうだ? 案外、反応が良いかもしれないぞ」
「そうそう」
と、ぴえりが頷いた。
「子供って、くっだらないギャグでも大受けするし、おもしろいことを言う大人のことも大好きだしねー。コウチョーの株も上がったりして」
「……」
皆の励ましを聞いても、龍雄は顔を上げなかった。
しかし、思いは届いたのだろう。蹲ったまま、蚊の鳴くような声で呟いた。
「……ゼッコーチョー」
作者:土師三良 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年4月20日
難度:やや易
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 6
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