夜夢ホストクラブ

作者:絲上ゆいこ

●ちょ、マジ、自分、レジェンドっての? テッペン取ってくんで!
 朝帰り、朝靄の中。
 駅までトボトボと歩く男達。いつもの仲間との麻雀の帰り道だ。
「親の金で麻雀を打つのが悪い事な訳ないじゃん。だってオレをこんなんにしたのはアイツらだよ? 責任とらなきゃいけないよなァ、親はさ」
 ヘラヘラと仲間に軽薄に笑いかけながら、彼は持説を展開する。
「お」
 ふとすれ違った仕事帰りのホスト達を一瞥した彼が、下卑た表情を浮かべた。
「アイツらも良いよなぁ、ちょっとお喋りするだけで人様の金で酒も飲めるし給料がでるなんてさァ。オレもさぁ結構見た目良いじゃん? ちょちょーっとホストになりゃナンバーワンくらいすぐ取れるぜ」
 女ってどうせ外側しか見てないだろ? と、徹夜明けでバサバサの髪を撫で付ける男。
「そろそろ親も働けってうるせえしな、ナンバーワンホストにオレはなるぜ」
 仲間たちがゲラゲラと笑い、男は手を上げた。
「んじゃ、オレはこっちだから、またな」
 曲がり角を曲がった瞬間。
 かは、と引きつった息を漏らして、そのまま男は前へと倒れ込む。
 じわじわと広がる血。
 巨大な鍵が回り、地を叩く。
 いつの間にかその場に居たロングコートに帽子の男がしゃがみ込み、倒れ伏した男の耳元に口を寄せた。
「――オッケェーイ、おめーのゲキヤバな夢はァ? 理解しちゃった的なァ? おめーの夢、俺が代わりに奪って来るンで。ヨロシクゥ~」
 両手の人差し指を立てて、指差しウィンク。
 立ち上がったその男――。ドリームイーターは肩で風を切って歩きだした。

●バイブス上げていくんでェ、ヨロシャッス~!
「さて、仕事の話を始めようか」
 くゆる煙草。
 集まったケルベロス達に首だけで会釈したヴィヴィアン・ウェストエイト(忘失の焔・e00159)はそう切り出し。彼の横でレプス・リエヴルラパン(レプリカントのヘリオライダー・en0131)がひらひらと手を振った。
「おー、ヴィヴィアンクンと一緒に調べていた事件が予知されてなァ。今日はお前たちにホストをしてもらうぞー」
 首を傾げるケルベロス達に片眼を瞑り、レプスは資料を展開する。
 掌の上の立体映像は、そこそこ栄えた歓楽街の地図に赤い丸が記されたものだ。
「夢を語り、騙り、何もしていなかったヤツをドリームイーターが殺してな。成り代わったソイツが代わりに夢を叶えようと言うのさ、それもとびきり歪な形でな」
 ヴィヴィアンは青い瞳を細め、肩を小さく竦める。
「殺された男はホストになると嘯いていた。敵の狙いはその赤丸近辺のホストクラブまで絞り込めたぜ」
「ケルベロスは一般人に比べて夢の力が大きい。ドリームイーターが狙う要素……、そう、その近辺のホストクラブでナンバーワンホストである事を示せば、ドリームイーターは食いついてくるだろうな」
 どこか楽しげなレプスは資料を閉じ、ケルベロス達に包みを手渡した。
「つまり、……ケルベロスクン達がナンバーワンホストに扮してくれりゃ、一般人が危険にさらされる事も無いって事だ」
 包みの中身は、パリッとした仕立てのスーツ。
 レプスはにっこりと笑い、ヴィヴィアンが細く息を漏らしてケルベロス達の顔を見渡した。
「まぁ、これも仕事だ。折角なら雰囲気出そうぜ」
 敵は一体。
 とてもチャラい喋り方で、ぶん殴る事しか知らないような戦い方をするだろう。
 しかし。その一撃は殴る事しか知らない故に、とても重い。
「と、言う訳で。私もサポートするわねっ。ふふふ、サポート第一弾としてもう連絡を入れて、近辺店舗を一軒確保したわよ!」
 遠見・冥加(ウェアライダーの螺旋忍者・en0202)が手をあげて、ぴょんと跳ねる。
 そう、彼女はホストに興味がある。レディ故に。
「へいへい、サポートは頼んだぜっと。――さてと、奴さんの下らない夢を覚ましに行こうか」
 ヴィヴィアンは長々と煙を吐き出してから、灰皿に煙草をちぎるようにねじ込み立ち上がった。
「……所でここって禁煙じゃなかったかしら?」
「不思議だな、俺が入る部屋は全て喫煙室の筈だぜ」
 ヴィヴィアンが嘯き。冥加が彼を見上げて、むうと唇を尖らせた。


参加者
花道・リリ(合成の誤謬・e00200)
ダレン・カーティス(自堕落系刀剣士・e01435)
阿守・真尋(アンビギュアス・e03410)
ルース・ボルドウィン(クラスファイブ・e03829)
遊戯宮・水流(水鏡・e07205)
八上・真介(夜光・e09128)
比良坂・冥(カタリ匣・e27529)

■リプレイ


「ご指名ありがとうございます、ヴィヴィアンです」
 艷やかな黒髪。仕立ての良いスーツに、オールバック。所謂ワイルド系といった見た目だろうか。
 ヴィヴィアン・ウェストエイト(忘失の焔・e00159)は軽く頭を下げて、ソファに掛けた。
「No1にはなれそうですか」
 エイティーンで成長したメルカダンテは、横に掛けた男に凛然と首を傾ぐ。
「さあな、でもアンタは指名をした。そうだろ?」
 見た目が煌びやかなものこそ、誰も見てないところじゃ血反吐まみれなモンだ。
 ここに集う姫達は皆、夜に惑わされた蝶。
 ホストたる彼らは、彼女達を惹きつける誘虫灯でなければならぬ。
「すごい、頑張ったんだね」
 阿守・真尋(アンビギュアス・e03410)の言葉に、コクリと頷いた八上・真介(夜光・e09128)。
 キッチリとスーツを着こなした彼は、茶の入ったグラスを傾ける。
 『女の人は話を聞いてほしいもの』だと昔聞いた。――情報の出処は酷く信頼できぬモノではあるが、全くの嘘という訳では有るまい。
 酒の飲めぬ真介でも、話を聴くことはできる。
「それに、この店の一番の方にお相手してもらえて光栄だわ」
「そんな事無いよ、厳しい世界だから。俺なんてまだまだだよ」
「なら、応援しなきゃね。ねえ、アレを開けて頂戴」
 真尋が指差したのは、高い高いワインだ。
「……その代わり、愉しませて頂戴ね。どうぞお気になさらず、此れくらいで有り金尽きる程の稼ぎはしていないわ」
「ん。……今日は精一杯楽しんでいって」
 真介は柔らかく瞳を細め、ボトルに手を伸ばした。
「でも俺、アルコールは飲めないんだ」
 笑う真尋。
「まあ、おねだり上手ね。こちらのノンアルコールカクテルも」
「……ありがとう」
 真介がほう、と頷いた。
 ああ。
 今宵は姫の暗澹を覆い隠すほど、輝いてみせよう。
 こうしてケルベロスホストクラブ、俺厳夢の長い夜は始まった。


「こういう場所、慣れてないんだろ?」
 No1たる男は、落とすべき相手を理解している。ヴィヴィアンはメルカダンテの掌を取ると、傅いて騎士がそうする様に唇を寄せた。
「だけどアンタはこの場においてこの上なく主役さ。その真珠みたいな髪にドレス。その白に全ての色が吸い込まれて、アンタを飾る花になるのさ」
 哀しみに失った色が、自らを彩ると言うのならば。――哀しみは癒えずとも、そこに意味は有るのかもしれない。
「そう」
 ヴィヴィアン、上手に出来たのでご褒美です。
「では、おまえをNo1にするためにこの店で一番高い酒を、おまえに」
 メルカダンテは、どこか触れがたい神秘的な雰囲気で瞳を伏せ。
「……タワー? というのにしますか?」
 ありがとう、と彼女の耳元で囁いたヴィヴィアンは唇を歪めて笑った。
「素敵なお嬢様からシャンパンタワーのご注文だ。アゲてくぞ!」
「イイ男には!」
『イイ酒を!』
「イイ女には!」
『イイ酒を!』
「イイ夜には!」
『イイ酒を!』
 ヴィヴィアンのコールの元、重ねられる声。
 シャンパンコールは君だけのために。グラスで作られたタワーの上からシャンパンが流れ、弾ける。
 遊戯宮・水流(水鏡・e07205)は、グラスに口付けしてウィンクを。
「さあ皆さんご一緒に、朝まで飲むなら俺厳夢! 貴方も皆も店長も。一緒に飲みましょー!」
 チラリと視線を送られた店長――比良坂・冥(カタリ匣・e27529)は柔和に微笑んで、白手袋に映えるグラスを手に。
「イタダキマース!」
 くい、とグラスを傾けた。
「コールってなにあれ呪文?」
 ルース・ボルドウィン(クラスファイブ・e03829)の横で、艶とスーパーウルトラデラックス美女が呟く。
 解せないながらも、美しいシャンパンが流れる様は美しい。
「なぁリリ、あと5タワーくらい建ててみないか?」
 ルースが煙草を咥えると、スーパー(中略)美女――花道・リリ(合成の誤謬・e00200)が安ライターを差し出し火を灯した。
「そうねぇ、数を増やすのも良いけれど、もっと高いタワーが見てみたいわ」
 どこか冗談めかして、肩を竦めて笑うリリ。
 彼の吐き出した紫煙が揺れる。
「天井に届くくらいに、とびきり上等な酒のやつを、ね」
 だって、ボルドは私の愛犬。
 犬が主人に尽くすのは当たり前。
 そして、主人が犬を甘やかすのも当たり前の事。
「流石俺のリリ、愛してるぜ」
 リリはルースの上客であり、ドリンクバーでありライターでありATMだ。
 俺は姫だけの愛犬。
 敬い傅きじゃれ合い、財布以外の全てを癒そう。
「金に糸目はつけないわ、ただし、絶対に満足させてみせなさいよ」
「了解」
 煙草を捻り消し、ルースは立ち上がる。
「――今日は俺が一番を貰う。そのタワー、まだ伸ばして貰おうか」
「いやー、今日は凄いねェ。タワー増築行っちゃましょうや!」
 ダレン・カーティス(自堕落系刀剣士・e01435)が指の間にグラスを挟み込んで幾つも飾り、人懐こく笑う。
 あるべき姿とはこういう事なのだろう。異様なまでにダレンは空気に馴染みきっていた。
 ――とは言え、馴染んでいるのは彼だけでは無い。
「夜道姫来てくれてありがと☆」
 手を一度閉じて、開く。
 そこに現れたのは小さな薔薇だ。
 水流は夜道のテーブルへとその薔薇を飾り付け、どっしりと座り込んだ十一と反対側に腰掛けた。
「おとーさん、息子の働きっぷりを覗きに来たんだわ」
「狭間さんただお酒が飲みたいだけじゃ……」
 十一が薔薇を手にとってクルクルと回しながら言うと、夜道がアンニュイな表情で呟いた。
「それに働かざるもの飲むべからずって言うだろ? 夜道も連れて来たし。No1を取るなら売り上げに貢献する上客も必要だろ?」
 どこかドヤと十一が言うと。
「働くなら、源氏名付けないとねぇ。そうね……ダルメシアン、何てどう?」
「え、俺の源氏名ダルメ……」
 肩を竦めた夜道が薄く微笑む。
「同伴なんてダルちゃんすごーい」
「へー、ダルメシアン。強そうだねぇ」
 その瞬間冥と水流が囃し立て、一瞬でダルメシアンと化した十一。
「貴方のお名前はワンちゃんと同じなのね!」
 横のテーブルでジョニーと離していた冥加が微笑み、やれやれと十一――ダルメシアンは立ち上がった。
「おやおやようこそレディ、強面ジジイにスリルをご所望で?」
「うんうん、了解だよ。少し待っててね冥加ちゃん♪」
 ジョニーにダルメシアンが声をかけると、普段はバーを経営している彼は手慣れた動きでシェイカーを振り。
 苺にレモンパチパチ弾ける甘酸っぱいカクテルの、仕上げに薔薇の花片を添え。
「どうぞ、冥加ちゃん♪」「おっちゃんの奢りだ」
「えっ、良いのかしら?」
 わあ、と耳を跳ねる冥加。そこに現れた新たな皿。
「冥加姫にはふわふわパンケーキもね。おっちゃんの奢りだそうだからね」
 冥が瞳を細めた。
「ここって心の寂しさを埋めたくて来る人もいるでしょ? そんな皆に私の財布から皆さんに奢っちゃう」
 夜道がメニューを指差し、スライド。ここから、ここまで。
「喜んで貰えたら私の心も温まるの」
 キラキラと後光が見えるような言葉。
 抱える様に握られた財布。夜道は優しく笑って見せる。
「ヨミ姫神!」
「皆、デザートも食べる? 僕にお任せ? いーよサービスしちゃう!」
 冥と水流がやんやと囃し立て、ジョニーと陣内がフルーツやボトルを回りのテーブルまで配りだす。
「えっ、その財布は俺の財布だよなぁ!?」
 十一が顔を上げて吠えた。そう、夜道の持っている財布は彼の財布だ。
「え、おとーさんの財布なの? ふーん神神」
「ささ、夜道姫飲んで飲んで☆」
 雑に流す冥と水流。
「ありがとう、美味しいお酒が飲めて幸せね」
「そうね、姫の幸せは俺の幸せだよ」
 底抜け柄杓の如く酒を飲みはじめた夜道に、冥はフルーツをあーん。
 お返し、とフルーツを彼に差し出した夜道は、思い出したかの様に十一へと振り向いた。
「わんちゃんお酒飲みたがってたじゃない? ねぇ、No1を目指すんでしょう?」
 十一のグラスが開く度に、際限無く注ぎ込まれだした酒。ホストは飲む事も仕事なのだ。
 飲む、開ける、飲む、開ける。当然、ドボドボに酔いが回る十一。
 同じペース。素面で飲み続ける夜道。
「ザル以上、だと……!?」
 グラスに酒を注ぎ続ける水流が驚きの声を漏らす。
「くっそ、酒を水みてーに飲みやがって……、俺の財布だよなアレ……」
「やん、一夜の夢に値段をつけるなんて寂しい事言わないで。俺をてっぺんにしてくれんでしょ?」
 店長たる冥は黙々と冷酷に、伝票の数字をバブリーに増やし続ける。
「水も飲み過ぎれば中毒を起こすよ?」
「わー店長えぐーい、ダルメシアンどんまい☆ 僕もてっぺんにして☆」
 夜道がいい笑顔で首を傾げ。
 フルーツをつまみながら、水流は同じくとっても良い笑顔で(色々な意味合いで)死んだ十一を労った。


 ――上手だなあ。
 あかりが陣内を目で追ってしまうのは演技では無い。
 交わす視線。一瞬だけ息を飲んだ陣内は『常連客』の横で立ち止まった。
「やぁ、今日も来てくれたの? 随分と綺麗だね」
「お世辞でも嬉しい」
「本当だよ、ドキッとした」
 エイティーンに着飾った服。
 お姫様なんて、柄じゃないと分かっている。でも。
「ありがとう。せめてものお礼に、あなたの為にがんばるね」
 あかりは精一杯背伸びした値段の飲み物を頼み。ジャスミンの花を添えたカクテルを手早く用意する陣内。
 『虚構』が織りなす世界。ならば、普段言えない本心もカクテルに混ぜようか。
 手の甲に甘いキス。
「……じゃ、また後でね、お姫様」
 テーブルの隙間をすり抜け、手をひらひら。
「えっ? 目が青い? これカラコンだヨー☆」
 他のテーブルに嘯きながらダレンは、愛しいシナモンシュガーの髪の白百合の香りを感じながら席へと掛け直す。
「あれっ? 姫もしかしてネイル変えた?」
 ふわふわの髪を揺らして振り向いた纏の指先の色は、カクテルドレスと合わせられているようだ。
「……あら、気付いちゃった? そう、綺麗でしょ」
 今日は姫、ダレンこと、源氏名蓮ちゃんの『ma princesse』として。
 担当ホストの愛らしき花として咲くに努める事も、一流たる矜持だ。
「ウン、キレー」
 纏が煙草を取り出し、咥える。
 ダレンが手慣れた動きで火を灯せば、煙がくゆる。
 仕草は一人前、けれどけして吸い慣れた物では無い。
 これは、彼の香りだ。
「俺も良い?」
「ん」
 煙草を咥えたダレンに、纏は視線で強請る。
 瞳を細めたダレンは煙草の先と先を押し付けて、肺いっぱいに空気を吸い込んだ。
 シガーキス。
 ぱちぱちと小さく火花が弾け、煙草から煙草に火が移る。
 ああ、全く。他の娘にだってしているでしょうに。
 燻る紫煙が混ざり合う。
 纏の胸がきゅうと苦しくなるのは、煙のせいか。それとも。
 嗚呼、わたしの中にも火がつく。
「ね、おねだりして良いカナー?」
 頷く纏。
 ぱ、と手を挙げてダレンが宣言をした。
「ハーイ! ウチのステキな姫からも! ステキな一本頂きましたァ!」
 細く息を吐く真尋。
 けして楽しくない訳では無い。
 しかし。美しく着飾った花達を見ていると、男装してホスト役をすれば自身も役得を味わえたのであろう事実が後悔と成って伸し掛かる。
「……大丈夫? お茶でも飲む?」
 何かを感じ取ったのか真介が首を傾げ、尋ねる。
「大丈夫よ、皆綺麗だな、って。――良く気がついてくれるのね。何か飲み物を貰おうかしら」
「俺には真尋が一番綺麗に見えるけど。……じゃあ、これでも」
 ドリンクバーで胸ポケットから栄養ドリンクを取り出す真介。
「本当にお上手ね、もう少し酔いたい気持ちだわ」
「喜んで」
 真尋が瞳を細めて笑い、真介も柔和に瞳を細めた。
「そうよね。真尋さんも、皆綺麗だわ」
 うっとりとした声。水流とジョニーを侍らせ、金づるとして出来上がった冥加だ。
「えー冥加姫も綺麗だよぉ、こんな美人放っておくとか男じゃないでしょー」
「うんうん♪ 冥加ちゃんもステキだよ!」
「うふふ、ありがとう。……もう少し何か貰おうかしら?」
「じゃ、季節果物入りのマンゴージュースね!」
 水流とジョニーの波状攻に冥加は両頬を押さえて笑みが隠せない。
「ボルド、まだ飲めるわよね」
「ああ、アンタとなら店の一番高い酒を麦茶の様に飲めるさ」
 嘯く様にルースが呟き、リリが一番高い酒をもう一本ボトルで入れる。
 かわいいかわいい愛犬が一番になる為ならば、こんなの全く惜しくは無い。
 一斉に湧くコールが店内を湧かせた。
「I am No1」
 ルースは一言、ボトルを一気に煽る。
「いやー、アッチの姫も中々アツいね? 俺としては、俺の最推しの姫の方がずーっとアツいってトコ見せつけててやりたいんだけどナー?」
 視線の先は、高級ブランデー。ダレンは纏の頬に掌を寄せ、囁く。
「anniversaireでもないのに強気なのね」
「やっぱり、難しいかな。今日は俺、アレをキメたい気分なんだよね」
「払えないと、思った? 『mon prince』、お応えするわ!」
「ハーイ! トドメの景気づけにシャンパンタワーと行きますかァ! 姫で神な皆々様の(財布の)お陰で圧倒的火力の10段タワーだ!」
 どこかから副音声が聞こえた気がするがそれはそれ。ダレンが跳ねると、ホスト達がありがとうございますの合唱だ。
「なあアンタ、楽しめているか?」
「そうですね。おまえのような顔のいい男に持て囃されながら過ごすのは、悪くない」
 オレンジジュースを赤い赤い葡萄ジュースで割ったノンアルコールカクテルを掌の中で転がし、メルカダンテは回りを見渡す。
「今のNo1は?」
「恐らく、ルースか橘だろうな。アイツらの太客は凄い」
 橘――冥の源氏名。
 水の如く酒を飲む夜道と、高酒を麦茶の如く注文を入れるリリ。
 彼女達の存在は、このケルベロスホストウォーの中ではやはり大きい存在であった。
「……おまえをNo1にすると言いました」
 まだ足りないならば――。


 元気に開く扉。
「チョリーッス! ココにNo1が居る感じがしたんで、とりま、自分がテッペン取りにきたっス!」
 モザイクの上にスーツを着込んだ男、ドリームイーターだ。
 その瞬間、リリの拳がその顔に叩きつけられた。
「なんなのその喋り方、癪に障るわね。タバコ臭くてイライラしていたのよね。――ぼっこぼこにしてやるわ」
 モザイクが弾け、ルースの方へと転がる敵。
「ハッ。シケたスーツだな、そんなナリではチョウチョすら落とせぬだろうよ」
 彼の医師としての知識は、革靴を振り下ろす場所に遺憾なく発揮される。
「それに、リリに殴られるとは良い度胸だ。命ひとつでは足りぬと思え」
「お、お前らマジ」
 息を詰まらせ爪先で弾き飛ばされた先はダレンの目前だ。
「それじゃァ、正義の名の下にオシオキと行きますかね……ッ!」
 正義の意志的な物が籠められた手に持っていたボトルを、拳ごと敵に叩きつけられる。
「ん」
 お高い酒が弾け。
 倒れてきた敵をひょいと飛び避けた真介の鎖が床を這い、皆に加護を与え。
「ダジリタ、いらっしゃい」
 重ねる形で真尋が星図を展開すると、敵をライドキャリバーが轢いて行った。
「なあ、お前をどうしても抱きしめたくて仕方ないヤツがいる事、知っているか?」
 ヴィヴィアンから燃え上がった地獄の記憶は、顔のない女と化す。
 敵を抱く腕は針が幾千本と生え。まるで慈しむの様に、愛しい物であるかの様に、わざとらしい手付きで抱き寄せる。
 そこに部屋の端で、酒箱の様にじっとしていたびーちゃんが跳ねて敵へと齧り付く。
「適当に喋ってるだけがホストって思うなよ三流!」
 たまらず跳ねた先に落ちてきたのは、流星めいた水流の蹴りだ。
「ちょ、ヤバじゃね?」
「おう、客にマンション買わせてから生意気言いな?」
 さぁ、遮るものなき先へと。
 後は、ただ、堕ちるだけ――。
 ここに居合わせたホストは、ただのホストでは無い。
 レベルの上でNo1ケルベロスだって居たのだ。
 合掌。
 モザイクが解け、とどめを刺された敵が風に攫われた砂の様に解けて行く。
 息を吐きヴィヴィアンは、瞳を細めた。
「メルカダンテ、酒が飲める様になったらその服でアブサンを飲みに行きな」
「……アブサン? なぜ?」
 じゃり、とモザイクを踏みしめたヴィヴィアンが振り向きもせず呟き。首を傾ぐメルカダンテ。
「行けばわかるさ」
「教えてくれないなんて、いじわるですね」
 仕事が終わっても店を出るまではホストだ。
 ならば、夢の続きでお姫様を待とう。
「良い酒であった」
 ルースが尊大に頷き、自らの姫に振り向いた。
「ボルド。アンタはこれからも私だけの機嫌を取るのよ、嘘でも他に尻尾を振る犬は不要だわ」
 リリはルースの横に歩を進め、彼を見上げて腕を引く。
「さ、お家へ帰るわよ」
「ああ」
 姫が妬いている。
 元より、ルースの帰る場所なんて一つだ。
 ルースは、リリを最後と決めたのだから。
「妬けるねぇ」
 クツクツと喉を鳴らしたダレンに、しなだれかかる纏。
「ねえ、『mon prince』」
 そう、ダレンのお姫様もきっと同じ気持ちなのだろう。
「今宵の全ては折半、お小遣いも減額ですからね☆」
「……えっ?」
 何だか想像とは少し違ったようだ。
 掃除とヒールの始まった店内で、呆然とダレンは立ち尽くす。

作者:絲上ゆいこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年4月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 3
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