累乗会反攻作戦～大回廊破壊指令

■リプレイ

●奇襲
　立ち込める白煙に身を隠し、森の小道を急ぐ10の影。作戦の第一段階、グラディウスによる強襲型魔空回廊の破壊に成功し、ケルベロス達は次なる目標、恵縁耶悌菩薩への奇襲へと足を急がせていた。
「さすがに、あれだけの本数を叩き込めば、いかに強固な障壁とて耐えられなかったようだな」
　突入の際のことを思い出し、櫻田・悠雅（報復するは我にあり・e36625）は誰に言うともなく呟いた。
　総勢70名以上のケルベロスで、一斉に魂の叫びを込めたグラディウスを叩き付ける。通常のミッション地域の破壊に比べても、実に９倍近い本数を、一度に叩き付けたのだから。
　ミッション地域の攻略に必要なグラディウスの本数を考えると、これは実に堅実な結果だった。だが、それで満足してはいけない。戦いはこれからが本番。この地に精舎を築こうとしている恵縁耶悌菩薩を倒し、その目論見を阻止することが真の目的なのだから。
「さて……。どうやら、菩薩の下まで辿り付けはしたようだが……」
　生い茂る木々の陰から様子を窺いつつ、ムギ・マキシマム（赤鬼・e01182）が仲間達に目配せする。藪を抜けた先に広がっているのは、多数の石灯籠が立ち並んだ境内や庭園を思わせる場所。
　どうやら、早くも精舎とやらの建設が、着々と進められているようだった。しかし、それにも増して不気味なのは、この地に集まった様々な種類のデウスエクス達による混成軍の様子だった。
「な、なんだか、随分と落ち着き払っているみたいですけど……」
　恐ろしい程にまで静まり返っている敵の様子に、エナ・トクソティス（レディフォート・e31118）は少しばかり踏み込むのを躊躇った。
　グラディウスの攻撃による余波や、陽動班による撹乱の効果がなかったとは思えない。だが、どうやら敵も、こちらの襲撃は予期していたようだ。未だ菩薩の下に数多くの敵が残っているのは、即ち彼らの全てが菩薩の護衛と考えて良いだろう。
　敵の数は、菩薩を抜きにしても30体近い。奇襲を仕掛けるタイミングを合わせねば、各個撃破される恐れもある。
　果たして、このまま仕掛けて良いものか。ここまで来るため、身を隠す術こそ完璧に近かったが、奇襲を担当している班と班との連携の甘さが悔やまれた。大人数で一緒に行動しなかったため、途中で発見されることこそなかったものの、もう少し互いに仕掛けるタイミングや連絡手段をしっかりと確認しておくべきだった。
「今のところ、敵はこちらに気付いていないみたいだけど……どうする？」
　アビス・ゼリュティオ（輝盾の氷壁・e24467）が、仲間達の顔を見回しつつ改めて尋ねる。このまま味方を待つのも一つの手。しかし、時間を掛け過ぎて陽動の効果が薄れれば、今度は自分達の退路も危うい。
「ようやく辿り着いたんだ。しっかりと片を付けさせて貰う。此処まで繋いでくれた仲間の為にもな」
「面白い……。そろそろ、あの鳥モドキどもの喉元に噛みついてやりたかったんだ」
　草間・影士（焔拳・e05971）が拳を掌に叩き付け、富士野・白亜（白猫遊戯・e18883）もまた静かに頷く。どうやら、他の者達も、言葉には出さずとも想いは一緒のようであり。
「今こそ攻勢に出る時だね」
　そう、影渡・リナ（シャドウフェンサー・e22244）が告げたことが、奇襲を仕掛ける合図となった。
「……っ！　現れたな、ケルベロス！」
「敵ノ襲撃ヲ確認……。排除シマス」
　こちらに気付いて刃を構える女忍者。無機質な機械音声で、淡々と告げて来る機械の天使。その反応こそ様々ではあるが、今は彼らの相手をしている時間も惜しい。
「あれは……！　どうやら、他の方々も考えは同じだったようですね」
　右翼から現れた別の班の面々を確認し、アリシア・メイデンフェルト（マグダレーネ・e01432）は力強く頷いて武器を構える。言葉にこそ出していなかったが、どうやら襲撃のタイミングは一致させることに成功したようだ。
「ええんやで菩薩、ねぇ……。名前も教義も随分とふざけた奴だね」
　半ば呆れた表情で、アビスは軍勢の奥に陣取っている、一際強力なビルシャナへと視線を向けた。
「お前たちの企みは、ここで終わりだよ。精舎も建てさせないしお前にはここで死んでもらう。覚悟してよね」
　それだけ言って、後は聞かない。こういう手合いには、問答するだけ無意味であると知っている。
「さぁて……潜伏暗殺となると人聞きは悪いが、相手が相手だ。精一杯務めさせて貰おうか」
　狙うは菩薩の首、ただ一つ。影士の言葉を皮切りに、ケルベロス達は群がる敵の軍勢へと、一斉に身を躍らせた。

●乱戦
　奇しくも襲撃のタイミングを合致させ、恵縁耶悌菩薩の喉元へと迫ったケルベロス達。だが、それでも総勢30体以上のデウスエクス達による壁は、思いの他に強靭な壁として彼らの前に立ちはだかっていた。
「ケルベロスの毒牙から、恵縁耶悌菩薩様を守るのが我らの使命！」
「目標ヲ確認……。殲滅……殲滅……」
　降り注ぐ無数の螺旋手裏剣。それの雨が止み切らない内に、今度は機械天使達によるミサイルやビームの嵐が襲い掛かって来る。１体、１体はそこまで強力な敵でないにしろ、これでは菩薩まで辿りつくのも一苦労だ。
「勝利の歌をここに呼べ。いざ顕現せよ。今ここに振るうは、明日を切り開く雄飛の剣なり！」
　群がる敵を纏めて一掃すべく、アリシアがルーンの力を借りて生成した宝剣を高々と掲げた。その刃を振り下ろすと同時に、敵陣が瞬く間に火の海に包まれるものの、しかしあまりに敵の数が多過ぎる。
　数体の敵であれば海嘯の如く飲み込んだであろう業炎も、10体以上の敵を前にしては、火柱程度の効果しかなかった。ならば、せめて燃え移った炎だけでも広げんと、ボクスドラゴンのシグフレドがブレスによる追い討ちを見舞ったが、その返礼として飛んで来たのは、恐ろしいまでに目を吊り上げた、大小様々なひよこの群れ。
「さあ、あなた方も、我がもふもふの海に沈みなさい！」
　後方に控えていたデラックスひよこ明王の放ったひよこ達が、一斉にシグフレドに殺到した。小さな箱竜の姿は瞬く間に黄色の洪水の中へと飲み込まれ……完全に押し潰されたところで、ひよこ達はシグフレドを巻き込む形で盛大に自爆した。
「くっ……なんという数だ。集中攻撃を食らったら堪らんな」
　稲妻の障壁で仲間達を守る悠雅だが、それとていつまでも続くものではない。今のところ、敵にこちらの強化を崩して来る動きがないのは幸いだったが、それでも回復できないダメージは戦いが長引けば長引くほどに溜まって行く。
「時間はこちらで稼ぐよ。でも……あまり、余裕がないのは覚えていて欲しいかな」
　自身のフォローはボクスドラゴンのコキュートスに任せ、アビスもまた防御用のドローンを展開した。攻撃の手が減るのは癪だったが、そうでもしなければ、矢継ぎ早に飛んでくる攻撃の雨に耐えられそうになかった。
「こっちの狙いは菩薩だけだ。雑魚の相手してる時間はないぜ」
「無論、承知の上だ。……合わせられるか？」
　影士の言葉に、白亜が淡々とした口調のまま問い返す。このまま戦っていてもジリ貧ならば、最初から菩薩を狙うまで。
「さあ、逃げ場はないぞ。正面に引きずり出してやるぜ！」
「獲物を狙うネコ科の牙……お前の喉笛に食らいつかせてやろう」
　互いに呼吸を合わせ、体内に宿した気を練り放つ二人。重なる気弾は白猫の如く大地を駆け抜け、やがて巨大な白虎を思わせる姿へと変わり。
「……やったか！？」
　大地諸共に飲む込むような形へ菩薩へと襲い掛かったのを見て誰かが叫んだが、果たしてその一撃は、菩薩の喉笛を捉えることはなかった。
「……損傷、軽微……。戦闘ヲ、続行シマス……」
　煙が晴れると同時に現れたのは、強靭な金属の肉体を持った機械天使。自らの身体を盾にすることで、菩薩を気弾から守ったのだ。
「まだだよ！　放つは雷槍、全てを貫け！」
「私も、お手伝い致しますわね。Gravity maximum．Aim set――」
　それでも諦めず、続けてリナとエナが菩薩を狙う。今度の一撃は、必殺の威力だ。轟く雷槍に追随する形で、発射されたのはレール状の砲身を持つ４本の大口径砲。それらの一斉射は敵と敵の間をすり抜けて、真っ直ぐに菩薩へと向かって行くが。
「恵縁耶悌菩薩様！」
「我らがお守り致します！！」
　瞬間、閃光の中に割り込んで来たのは、その身を捨てて菩薩を守らんとする２体の幻花衆だった。
「そ、そんな……」
「あくまで、菩薩を守るつもりなのですね。……自らの身を、犠牲にしても」
　雷槍に貫かれ、超重力に潰されて、原型も留めないまま黒焦げになった幻花衆達。それを見たリナとエナは、思わず背中に嫌な冷たさを覚えずにはいられなかった。
　任務のためなら、自らの命さえ容易に捨てる螺旋忍軍。そして、目的のためなら他者を惑わし、利用することにも躊躇いを持たないビルシャナの菩薩。
　純粋な力だけではない、精神の奥底に至る部分での、デウスエクスの恐ろしさを垣間見た瞬間だった。不滅の寿命を持つ彼らにとって死は忌むべきものだが、それ以上に命に対する価値もまた、大きく異なっていると言わざるを得なかった。
「ふはははっ！　諦めろ、ケルベロス！　そしてお前達も、全ての欲望を肯定する恵縁耶悌菩薩様の軍門に下り、内に秘めたる衝動のままに行動するがよい！」
　無言で佇む恵縁耶悌菩薩様に変わり、漆黒の羽毛を持ったビルシャナが叫んでいる。
　アヴァリティア。この地に強欲寺院を築いた、全ての欲望を肯定するビルシャナの一種だ。
「確かにな……。人は罪を犯せば誰かに許してもらいたくなるものさ」
　苦戦に次ぐ苦戦に口元の血を拭いながらも、ムギが答えた。もっとも、それは決してアヴァリティアの言う、欲望を肯定するための言葉ではなく。
「けどな、罪ってのは、やっちまったなら己自身で向きわなきゃならんもんなんだ。何も知らないお前達が、土足で踏み躙っていいもんじゃねえんだよ！」
　欲望は人間に不可欠な存在。しかし、その本能のままに生きれば畜生同然。そして、一度でも犯してしまった罪は、決して無条件で許されるものではない。
　怒号と共に、伸びる如意棒。その一撃は、傲慢なるアヴァリティアの胸元を捉え、一つ気の下に貫いた。

●遺憾
　恵縁耶悌菩薩との戦いは、混迷の様相を示していた。
　長引く戦闘と凄まじいまでの敵の手数に、既にサーヴァント達は限界を迎えて消滅している。その反面、周囲には様々なデウスエクスの亡骸も転がっていたが、ケルベロス達の消耗も激しかった。
「くっ……！　せめて、もう一手ほど、離れた敵を狙う術を用意すべきだったか……」
　歯噛みする白亜。遠距離を狙う手段を１つしか持っていない彼女では、菩薩を連続で狙い続けようにも、攻撃を容易に見切られてしまう。いかに追尾性能の高い技であっても、格上の敵を相手に、これは悪手だ。
「さあ、そろそろ観念するのです、ケルベロス！」
「抹殺、抹殺……。任務ノ障害ヲ、抹殺……」
　迫り来る無数のひよこの群れに、機械天使達の繰り出す砲弾の雨。それらは時に、こちらの回復の要である、後列の者達を執拗に狙って来る。
「やらせません、これ以上は！」
「……無駄だよ。僕達がいる限り、君達の攻撃は通させない」
　既に満身創痍であったものの、アリシアもアビスも躊躇うことなく仲間達の盾となった。だが、いかに頑強な彼女達といえど、今回ばかりはあまりに敵の数が多過ぎた。
「アリシア！　アビス！　……貴様達、覚悟はできているんだろうな？」
　自らの代わりに倒れた二人。その姿を目にし、悠雅は怒りのままに鎖を放つ。しかし、そんな彼の一撃もまた、機械天使の壁に阻まれてしまい。
「こちらを狙っているのですか？　ならば、撃ち落として……」
　壁役を失ったことで集中砲火の対象となったエナが、迫り来る砲弾を相殺せんと迎え撃つが、やはり数の暴力には適わない。
「くっ……さすがに、迎撃しきれませ……！？」
　言葉を紡ぎ終わらない内に、爆風に飲み込まれるエナの身体。煙が晴れ、中から姿を現したのは、力尽き倒れ果てた彼女の姿だった。
「まだだ……。まだ、俺は諦めないぞ！」
　だが、それでも決して怯むことなく、ムギは自らの身体を張って突撃する。
　ここからでは、菩薩を直接殴るのは不可能。それでも、己の筋肉に宿した全ての力を解放すれば、一矢報いるくらいはできるかもしれない。
「恵縁耶悌菩薩、俺はお前の行いを決して許しはしない！　一切合切を断ち切れ筋肉！」
　岩をも砕く剛腕が、叫びと共に盛大に宙を切る。一見して空振りにしか見えない一撃だが、しかし発生した衝撃波は、それだけで敵を破壊するのに十分な代物。
「恵縁耶悌菩薩様をやらせるな！」
「やつを倒せ！　我らの全てを以て、首を取るのだ！」
　生き残りの幻花衆達が、一斉にムギへと手裏剣を投げ付けて来た。この間合いでは、避けることなど適わない。次々に身体へ突き刺さる手裏剣を、ムギは自らの胸板で全て受け止めて。
「うぉぉぉぉっ！！」
　強引に腕を振るって生み出した衝撃が、恵縁耶悌菩薩へと向かって行く。しかし、果たしてその攻撃が菩薩へと届く前に、立ちはだかったのは１体のアヴァリティアだった。
「ごふっ……み、見事なり、ケルベロス……。その限りなき闘争本能……己の衝動に従い、戦い続けることもまた、真理なり……」
　羽毛を舞い散らせ、菩薩の代わりに崩れ落ちるアヴァリティア。しかし、対するムギにもまた、もはや力は残っておらず。
「……ムギくん？」
　後ろから、リナが恐る恐る尋ねるが、返事は無い。見れば、ムギは全身に手裏剣が突き刺さったままの姿で、しかし決して倒れることはせずに、そのまま意識を失っていた。
「これ以上は限界だな。……少々癪だが、撤退するしかなさそうだ」
　倒れていたエナの身体を抱え上げ、影士が仲間達に告げた。せめて、予定していた人数が揃っていれば突破もできたかもしれないが、３班中１班が欠けた状態での襲撃は、さすがに無理があった。
「全員が合流できていれば勝てたかもしれぬが……」
「奇襲する者達の間で、連携の詰めが甘かったか……」
　同じく、倒れた仲間達に肩を貸し、白亜と悠雅がそれぞれ呟いた。このまま留まり続ければ、全滅は時間の問題だ。
　とりあえず、今は魔空回廊を破壊できただけでも良しとせねば。見れば、同時に仕掛けたもう片方の班も満身創痍。これ以上は、こちらが撤退するタイミングを失う危険がある。
「悔しいけど……ここは退くしかないみたいだね」
　それだけ言って、リナは特殊なガスで戦場を包み込む。砲撃の音が戦場に響いた瞬間を狙い、ケルベロス達は一斉に四散して、混沌と化した戦場を後にした。

作者：雷紋寺音弥	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2018年4月13日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 2／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 2
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