累乗会反攻作戦～壊れかけの祈りの果てに

■リプレイ

●宮崎県高千穂峡
　陽気に染まる九州の風は、春の温かさを孕んでいた。
　降下ハッチから覗く南国の地の風景は何処までも青く。機内に吹き抜ける風の匂いは思いの外、清々しく感じられた。
　宮崎県高千穂峡。
　大分県と熊本県、そして宮崎県の県境から少々南下した場所にあるここは、天孫降臨神話が根付く場所として名高い。
　そんな神話由来の土地は今や、ビルシャナ達によって占拠されていた。
「何としてでも成功させましょう」
　背に掛かる白銀の髪を風に嬲られながら、天壌院・カノン（ペンタグラム・e00009）は決意を口にする。
　その手に抱く光剣グラディウスは高らかに輝き、主の気持ちを如実に反映していた。
　決意を表明するのは彼女だけではない。
「頑張りましょうね」
　柔らかく微笑む十夜・泉（地球人のミュージックファイター・e00031）も光剣を携え、彼女の背を支える様、ずずいと前に出た。
　周囲を見渡せば、その目が捉えるものは新緑の大地や青い空だけではない。自身らを輸送して来たヘリオンを始め、上空に浮かぶヘリオンは9機。そのいずれも既に降下準備の最中なのだろう。
（「いつものミッション破壊作戦と違う、か」）
　ノル・キサラギ（銀架・e01639）の視線はそれらヘリオンに向けられていた。
　通常のミッション破壊作戦であれば在りえない光景。それが9つのヘリオン――72人のケルベロスによる強襲作戦だ。普段と違う大人数。しかし、正直に今の気持ちを吐露すれば「少ない」でもあった。
「必要なのは12チーム。対して3チームは埋まらず、でしたね」
　フェイト・テトラ（黒き魔術の使い手・e17946）の独白は神妙な表情で、だが、それは一転して笑顔で次の文句が紡がれた。
「だから、あとは僕たちの魂の叫び次第、ですよ」
　ヘリオライダーは質より量と断じた。だが、量が否でも質でカバー出来ない等と一言も言っていない。
　故に彼らはそこに賭ける事にしたのだ。
　このチームだけでない。ここに集ったケルベロス達は何れも同じ想いを抱いている筈だ。
「精舎なんて作らせません。今まで傷付けられた人達の為に、一人でも多くの人を守る為に！　必ずここで破壊しましょう！」
　中条・竜矢（蒼き悠久の幻影竜・e32186）の宣言を皮切りに、ケルベロス達は各々、降下を開始する。
　ふと見上げた視線の先で、何れのヘリオンからも、虚空に躍り出る幾多の影が見えた。
　目指すは高千穂峡に建設された寺院。そして、今、粛々と建設されつつある精舎だ。
「人々の平穏の為、守らねばならないものがあります。それを踏み荒す者達を許す訳にはまいりません」
　虚空にその身を投げ出したルリ・エトマーシュ（フランボワーズ・e38012）の放つ理はヒトを人たらしめる物。故に、ケルベロス達はグラディウスを構える。
「この地は取り返す、ぶっ潰れてろ！！」
「てめーらは欲に溺れてくたばってろ！」
　アルシエル・レラジェ（無慈悲なる氷雪の弾丸・e39784）、そして長久・千翠（泥中から空を望む者・e50574）の叫びは光となり、ビルシャナ達の拠点を貫いていた。

　もうもうと煙が上がっている。
　五点着地で落下の衝撃を緩和したケルベロス達は、己が得物であった光剣を見やる。
　70センチ程の小剣は今や、輝きを失っており、ただの古めかしい剣型の兵器に過ぎない。蓄積したグラビティ・チェインを放出してしまった今、この兵器は本来の能力を失っているのだ。
　だが、結果は出た。
　爆炎と雷光が覆う最中、彼らの目はそれを捉えていた。
　魔空回廊と精舎の崩壊。
　彼ら望む、勝利の形を。
「破滅よりも助け合いによる進歩を、仲間と生きる明るい未来を選ぶ！　これが、俺の……俺達の選んだ『結果』だ！」
　光を失ったグラディウスを魔空回廊に突き付け、千翠はにぃと笑む。
　それは勝利の宣言だった。

「好き勝手する鳥野郎に一泡吹かせた。……っても、まだ終わってねーけどな」
　猫を被る暇もなく、次へ。グラディウスを腰ベルトに手挟んだアルシエルは己が得物であるファミリアロッドと爆破スイッチを引き抜く。
　魔空回廊の破壊と精舎の破壊を成した。ならば、ここからはもう一つの仕事が発生する。
　それこそ、菩薩――この地に顕現している恵縁耶悌菩薩を倒すと言うものだ。
「頼みましたよ、皆さん……」
　ウイングキャットのみるくを抱き寄せたルリは祈るように独白する。散開していく9つのチーム。その内の3チームが討伐の任に当たっている。
　そして彼らは。
「派手に暴れましょう！」
　己の翼で飛び上がった竜矢の声は鬨の声の如く響く。
　彼らに与えられた役割は陽動だ。彼らの動きが派手であれば派手である程、あの3チームの補助となる。
　故に。
「守る力の強さを受け止めてみるがええんやで！　ですよ！」
　ライドキャリバーのアデルと共に立つフェイトの宣言は何処か皮肉気で、そして頼もしい物であった。

●壊れかけの祈りの果てに
「おお！　ケルベロス！　汝らの欲望は何だ！」
　問いと共に放たれる紅雷は、アヴァリティアからの物だった。
「答える義理はないね！」
　紅雷をロッドで受け止めたアルシエルは唾棄の如く応じる。そう。ビルシャナ如きに答える必要はない。彼の望み、それは――。
（「仲間の望みを全力で叶えたい」）
　だが、その想いを口にする事は無いだろう。17歳の彼にとって、それは歯痒く、こそばゆく、認め難く、しかし、それでも確かに抱く願望だった。
「僕の欲望は皆が皆として生きること！　理不尽な脅威のない世界を作ること！　だから敵となるのなら僕達が相手になるですよ！」
　オウガ粒子を振り撒くフェイトの叫びに、欲望そのものを肯定するアヴァリティアは是と頷く。
「その為に、まずはこの地に巣食うビルシャナの殲滅をさせて貰おう」
　ノルの飛び蹴りはアヴァリティアに突き刺さり、その場に踏鞴踏ませた。
「夜空に輝く天の御使いよ、彼らに煌きを与え賜え」
　歌うように。囁くように。
　紡がれたカノンの詠唱は燃え尽きる筈だった星々の欠片を召喚。アヴァリティアの頭上に鉄槌となって降り注ぐ。
　流星によって引き起こされた爆音は、グラディウスの力の残滓である爆炎と雷鳴に負けず劣らず、戦場に轟いていた。
「これも自信はありませんが、フタツメ、当たれば痛いですよ？」
　より速く。より重く。より正確に。
　痛みに喘ぐアヴァリティアを宵の刀身で貫いた泉は終わりを告げる。光と消えるアヴァリティアを見送るのは、葬送の如く響く鍔鳴り音だった。
「地獄の番犬如きがっ！」
　言葉少なに斬り掛かって来る2陣の刃は、疾風の如く駆け抜ける幻花衆であった。逆手に構えた短刀が体勢を崩すノルを切り裂くべく、疾走する。
「やらせない！」
　だが、禍ツ風を受け止めるのは、蒼き鋼壁だった。
　竜矢の日本刀、そして如意棒は二筋の軌跡を捕え、金属音を辺りに響かせる。
　そして爆音が響いた。
「お前達も俺達も同じだ。互いに後が無いな！」
　色彩豊かな煙を背景に、アルシエルが不遜に笑う。実際の処、彼の発言は陽動の為の詭弁であったが、それを察する能力は幻花衆にはない。また、アルシエルの言葉は彼女達にとっては正であった。
　菩薩達の崩御は彼女達にとって第二の母星の崩壊を意味する。スパイラル・ウォーで第一の母星の里を失った彼女達にとって、それは許容できるものでは無かった。
「輝き共よ！」
　忍軍よろしく跳躍した彼女達の援護は光の槍と、巨大な鎌の形をとって行われた。
　彼のダモクレス軍の真意を幻花衆達は知らない。何らかの取り交わしを行った菩薩達ならば知りうるかもしれないが、そんなことはどうでも良かった。
　今は、共にケルベロス達を打破するのみ――。
「ここを貴様らの墓場とする。涅槃へ行け、ケルベロス！」
　無数のひよこ――正確にはひよこの形をした爆弾がアデルに降り注ぐ。直撃をドリフトで躱したアデルはしかし、爆風によって巻き上げられた無数の破片を受け、車体に亀裂を残していた。
「貴方達の相手は、私達がします！」
　輝きの軍勢――輝きの鎌に突き刺さる砲撃は竜矢の物だった。アームドフォートから放たれる砲弾は爆音と爆風を巻き上げ、輝きの鎌を強襲する。
「治しますね」
「頼みましたよ！」
　ルーン文字を空中に描きながら治癒グラビティを行使するルリの声に応えるのは、サーヴァントの代わりにと歓声を上げるフェイトだった。みるくの放つ清浄な風もまた、アデルやアルシエル、竜矢に刻まれた傷を快復へと向かわせる。
「歪め。蝕め」
　自らを苛む呪詛を短杖に宿した千翠は鎌を抱くダモクレスを破滅へと誘っていく。まとわりつく幻影の名前は懐疑。ビルシャナは、そして菩薩達は信じるに値する相手か。心の無い筈のダモクレスに逆巻く疑念に、電子頭脳が火花を散らす。
「ワレワレ、ハ」
「派手に散れよ！」
　そして、動きを停止したダモクレスへオウガの拳が叩き付けられた。派手に吹き飛んだ輝きの鎌は地面に衝突。二、三度の痙攣の後に動きを停止する。
「欲望欲望ってうるっせぇんだよ！　上等だ！　お前らの欲と俺達の欲、どっちがより強い欲かはっきりさせてやんよ！」
　光と消えていくダモクレスへ、集うデウスエクス達へ、そしてその先にいる筈の菩薩達に届けとばかりに戦鬼の咆哮が響く。その想いは千翠だけのものでは無い。ここに集う8人のケルベロス達の総意でもあった。
　――ビルシャナの、デウスエクスの好きにさせない。
　その為に彼らは戦う事を選んだのだ。

●崩壊の音
「ケル……ベロスっ！」
　軌跡が幻花衆を切り裂く。カノンの日本刀によって袈裟懸けに斬られた幻花衆はその一撃を以って絶命。光の粒へと還っていく。
「息が上がってますよ。大丈夫ですか？」
「ええ」
　ルリのオーラを受けながら首肯するカノンはしかし、全身を包む気怠さに表情を歪める。
　これで5体。多いと取るか、少ないと取るか。しかし、デウスエクス混成軍の動きは未だ、止まっていない。
　対して、ケルベロス達の被害は大きい。防御を担っていたディフェンダーの内、既にフェイトのサーヴァント、アデルの姿は無く、竜矢やアルシエルに刻まれた傷は深かった。
　そして、被害を受けているのは二人だけではない。カノンも泉も、そして後衛として戦線を支えてきたノルやフェイトやルリ、そして千翠が受けている損傷も決して軽微なものでは無かった。一人二人欠けても不思議では無い激戦の中、それでも皆がまだ立っているのは、ひとえに攻守取れた布陣の為だった。これが攻撃に偏り過ぎても、逆に防御に偏り過ぎても戦線崩壊は必至だったと思われた。
　だが、故に多くの敵を引き付ける結果となった事も事実。
（「それが、陽動部隊としての勝利とも、言える訳ですが」）
　苦しい時であれ穏やかな微笑を崩さない泉は、内心で自身らの奮闘をそう評価する。
　最初に自身が屠ったアヴァリティアを含め、ケルベロス達と対峙するデウスエクスの数は8体。残る3体のデウスエクス、ひよこ明王と幻花衆、そして輝きの夢と言う名の幾多の得物を宙に浮かべたダモクレスはほぼ無傷のまま、ケルベロス達に敵対の色を向けていた。
　それも当然だ。派手な立ち回りの中、それでも各個撃破を心掛けたのだ。残された敵がほぼ無傷である事は、当然と言えば当然。
「でも、負けませんよ！」
　瞳を真紅に染めた竜矢が如意棒を杖代わりに立ち上がり、己が心を絶叫した。
　身体は既に限界を訴えている。全身を覆う傷はじゅくじゅくとした血潮を零し、体力を奪って行く。フェイトやルリ、みるくによる懸命の治癒はしかし、治癒不能ダメージの蓄積には敵わないのだろう。効きが悪くなっている事は理解していた。
　それでも敗北を認めない。認めるつもりは無い。神ならぬ人の身。故に限界が無い筈はない。だが、それはここではないと自身を叱咤する。
「対象捕捉、光弾生成……これが私の全力です！　フリージング！　ゼロバースト！」
　そして竜矢から冷気と光の衝撃波が迸る。超低温の衝撃を受けたデラックスひよこ明王はその場で硬直。自身の纏った付与魔法の輝きが次第に色褪せていく様子に、焦燥すら浮かべていた。
「番犬如きが！」
　咆哮はその焦りを打ち消す為だろうか。殊更大きく響き渡る。
　彼らもまた限界なのだとざらついた笑みを浮かべるのは、ヴァルキュリアの少年だった。
　ヴァルキュリアの本質は兵站。そして看取り。
　ならば、ここで滅びゆく明王の最期を見守るのもまた、彼らの仕事だ。
「西方より来たれ、白虎」
　アルシエルの弾丸によって呼び出された白き虎は、爪牙で明王の羽毛を切り裂く。黄色の羽毛が派手に散らばるその姿に、明王の最期を見出していた。
「――ノル」
　そして死の名を呼ぶ。それは銀の色を纏う青年の形をしていた。
「コードXF-10、魔術拡張。ターゲットロック。天雷を纏え！」
　ノルの喚び出した英雄の剣――雷の銃弾は明王の身体を貫き、死の牙を刻印する。
「雷弾結界っ！！」」
　それこそまさに地獄の番犬の業。不死者の不死に終止符を打つ、神殺しの一撃だった。
「助けられないと諦めていた。だけど、それを変えられる日が来るならば！」
　ビルシャナによって犠牲になった人々はもう戻ってこない。そして彼らを助ける術をケルベロス達は持っていなかった。否、今ですら持ち得ていない。だが、菩薩を撃破する事で、それが叶うのならば――。
「菩薩達を倒し、世界の平和を約束する、ですよ」
　女性を象る光を召喚するフェイトは柔らかく微笑む。彼の微笑と同じぐらい柔らかな光に包まれたノルもまた、笑顔でそれに応じるのだった。

●死地より還る
　例えるなら、そこは地獄だった。
　血で血を洗う修羅の国を地獄と呼ぶなら、まさしくそれであった。
　そして、修羅を思わせる戦いも終わりが来る。此度、それを制したのは地獄の番犬達であった。

　幻花衆に最後の一太刀を浴びせた千翠は大きく息を吐く。
　全身は気怠く、無数に刻まれた傷からはどれだけの血が零れたのだろう。今は無性に腹が減っていた。出来れば酒も欲しいと願ってしまう。
「戦果は上出来……でしょうか」
　彼だけではない。
　荒い息を吐く仲間達に白い木苺の癒しを施すルリはふふりと笑みを浮かべる。
　8体のデウスエクスを屠り、派手に立ち回った。陽動としてはこれ以上の無い戦果だった。それは間違いない。
「少しばかり、上手く行き過ぎた気がしなくもありませんが」
　少しの憂いをカノンが口にする。それこそ杞憂であればいいけど……との言葉を残し。
「私達の頑張りが実を結んだ、でしょうか？」
　泉の声に皆、笑い合う。
　全力を、否、死力を尽くし、そして皆、今、ここに立っている。
　今はそれだけで、その誇りだけでよかった。
「帰りましょう、です」
　フェイトの声が凱旋の如く、響き渡った。

作者：秋月きり	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2018年4月13日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 5／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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