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都内の某劇場。リハーサルを終えた出演者やスタッフたちに、差し入れを配って回るスタッフの1人は言った。
「竹内さんから煎餅の差し入れです」
後輩の俳優の名前を出され、演者たちの中でも一際イケメンの俳優は言った。
「なんで煎餅なの?」
その男は嘲笑して続けた。
「本当センスないな、竹内。なんでこういうじじ臭いもの選ぶんだよ。疲れた後は甘いものが欲しくなるに決まってんだろ」
その場の空気が凍りついたことも一切気にせず、さっさと立ち去った男は劇場用の地下駐車場へと向かった。
「あなたなら、私の理想のエインヘリアルになりそうね」
シャイターン『青のホスフィン』は、突如男の前に現れた。
男は声をあげる間もなく、ホスフィンの生み出す青い炎に包まれる。
人気のない地下駐車場で燃やし尽くされるかのように見えた男の姿は、甲冑を身につけたエインヘリアルへとなり代わっていた。
「やっぱり、エインヘリアルなら外見にこだわらないとよね」
長身を通り越して天井すれすれの頑強な身の丈、兜の下の男前な顔立ちにほれぼれしながらも、ホスフィンはグラビティ・チェインが枯渇したままのエインヘリアルに行動を促した。
「でも、見掛け倒しはダメだから、とっととグラビティ・チェインを奪ってきてね。そしたら、迎えに来てあげる」
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「死者の泉の力を操るシャイターンの1人、『青のホスフィン』に動きがあったっす!」
黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)は、招集されたケルベロスらに確認された予知の内容を説明した。
「ホスフィンに目をつけられたのは、俳優の『甲山・敬太』という人っす。俺はよく知らないんすけど、そこそこ売れてる役者さんみたいっすよ。シャイターンに選ばれるだけあって、性格はあれなんすけど……甲山よりも煎餅に同情したくなりますねぇ」
冗談を交えるダンテに対し、にこりともしないノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)の気だるげな反応がダンテには刺さった。
ごまかすように咳払いをしたダンテは続ける。
「エ、エインヘリアル化した甲山は、駐車場からステージの上へと移動してきます。まだ残っている劇場関係者の方たちは、少し離れたスタッフルームにいるっす。もし甲山に見つかれば、グラビティ・チェインを奪うために殺されてしまうっす。そうならないよう、ステージ上に現れた時を狙ってエインヘリアルを食い止めてください」
劇場のステージは奥行きもあり幅も広く、スタッフらと充分隔てられている点でも民間人を気にせず戦える。
『万が一、誰かが踏み入ろうとしたときの防止策もあれば完璧っすね』と言い添えたダンテは、エインヘリアルの戦力について触れる。
「甲山はバレエダンサーから俳優に転身したらしく、その身のこなしも戦闘に現れてくると思われまっす」
重厚な鉄甲に全身を覆われながらも、エインヘリアルから放たれる体術は高速の域を見せつけ、『バトルオーラ』と同じ能力を発揮してくる。
「エインヘリアルになったからには、葬るしかないな……」
多くは語らない表情でつぶやくノチユだが、元人間を相手にするという引け目を感じないことはなかった。その真意を計り兼ねるダンテは、戦闘域となるステージの心配をした。
「ステージへの被害は避けられないかもしれませんが、そこは皆さんにヒール作業を頑張ってもらうしかなさそうっす」
今にもため息をもらしそうな表情を見せて、ノチユは視線を伏せた。
参加者 | |
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クイン・アクター(喜劇の終わりを告げる者・e02291) |
奏真・一十(背水・e03433) |
シィラ・シェルヴィー(白銀令嬢・e03490) |
ビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339) |
ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615) |
星乃宮・紫(スターパープル・e42472) |
マギー・ヴェイル(嘘と棺・e44972) |
久我・有栖(報仇雪恨・e55613) |
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関係者用の通用口を抜け、エインへリアルとなった甲山・敬太は舞台袖へと出る。点いたままの照明に照らされる舞台上を目指し、甲山は窮屈になった舞台袖から姿を現した。
広い舞台のフチに立つ複数の人影を見つけ、エインへリアルは身構える。そこにはステージに続く各出入口を封鎖したケルベロスたちが待ち構えていた。
ケルベロスの1人、マギー・ヴェイル(嘘と棺・e44972)の能力により、ステージを中心にして戦闘域内とを隔てる見えない殺気の幕が降り始めると、
「色男サン、オイラと遊んでよ☆」
クイン・アクター(喜劇の終わりを告げる者・e02291)は口を開き、同時にサキュバスの角と翼を現した。瞬く間に距離を詰め、飛ぶようにエインへリアルへと迫ったクインからは鋭い蹴りが放たれる。それに対し、エインへリアルは腕を交差させるようにして防御態勢を取った。両腕の装甲がクインの一撃を受け止めると同時に、巨体がふらつくほどの衝撃に襲われる。
激しい挨拶を受けたエインへリアルに対し、普段はおどおどしている女子中学生のはずの星乃宮・紫(スターパープル・e42472)は「危機ある所に輝く紫の星! スターパープルただいま参上!」と堂々と言い放つ。
「悪いけど、あなたを⾏かせる訳にはいかないの! 劇場のスタッフのためにも!!」
ヒーローになりきり勇ましく言い放つ紫に対し、エインへリアルは自らがまとうオーラを発現させ、激しく揺らめかせる。そこから集束されるオーラは、砲撃と化して紫に向けて放たれる。
散開するケルベロスらの間を気砲は過り、客席の一部を吹き飛ばした。
「紫の連撃、味わいなさい!」
わずかな間に距離を詰める紫は、果敢に攻撃を繰り出す。エインヘリアルは否応なく紫に意識を引きつけられる。
エインヘリアルが出てきた通用口を速やかに封鎖したビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)は、舞台袖から姿を見せる。
「――パープルキィィィック!」
その時、最後のキックを決めようとした紫だが、防ぐことに徹していたエインヘリアルから急激に発散されるオーラが紫をはね返す。膨張した力の勢いに目を見張りながらも、紫は抜かりなく受け身を取って体勢を維持した。
殺気立つ様子を見せるエインヘリアルは息巻く。
「貴様らのグラビティ・チェインから奪ってやる!」
攻撃の指示を受けたボクスドラゴンのサキミとボクスは、翼を広げてエインヘリアルの陽動に向かう。
「封鎖は完了した、存分に相手をしよう」
そう言って攻勢を促すビーツーと、ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)の視線は交わった。
2匹を払い除けようと躍起になるエインへリアルに対し、攻撃を放とうとするノチユは暗灰色の炎を燃え上がらせた。サキュバスであるノチユの片翼と角は同じ色に燃え、地獄の炎を操るノチユは炎をまとうガントレットを振り抜く。
腕の装甲は受け止め防いだように見えたが、耐え切れず圧されるエインへリアルは大きく突き飛ばされた。
追撃の流れを組むビーツーとマギーに押し込められるエインへリアルを注視しながら、
「落ち着いて、手堅く参ろう」
支援に乗り出す奏真・一十(背水・e03433)は粉薬を取り出し、複数のケルベロスらに行き届くよう吹きかけた。
舞い散る薬と共にふわりと漂う芳香は、張り詰めた神経を解きほぐし、冴え渡る感覚を引き出していく。
一十の横で多数の治療用の小型ドローンを操るシィラ・シェルヴィー(白銀令嬢・e03490)はつぶやいた。
「ステキな香りですね」
調合したアロマをほめるような口振りだったが、
「強い薬は毒にもなるから、気をつけないとな」
薬の怪しげな効能について触れた一十に、シィラはわずかにおののいた。
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久我・有栖(報仇雪恨・e55613)が操るオウガメタルの粒子が舞う中、
「どうせそのツラも鎧も⾒かけ倒しだろ。そうじゃないっていうなら、僕らを倒して証明してみろよ、クズ」
エインへリアルがステージから場外へと向かわないよう、ノチユは挑発をかかさない。
取り囲むようにして距離を計るケルベロスたちを眺めていたエインへリアルだが、その視線はノチユの姿一点に集中し始めた。
騎士然とした口調で、エインへリアルはノチユの言葉に応じる。
「どちらがこの舞台を制するか、はっきりさせようではないか」
陽気に見える振る舞いのクインは、
「オイラたちでキミの最後の舞台を飾ってあげるよ」
強襲時に発露した凶悪な笑顔を覗かせながら言った。
有栖は思わず渋い表情でつぶやいた。
「あんま、苦しまんようにしたいとこやけど――」
――向こうはやる気満々やね。シャイターン……青のホスフィン、あいつ絶対ぶっ殺したんねん。
エインへリアルと化してしまったとは言え、元人間の相手をするのはいい気分ではない。有栖はその思いを呑み込んだ。
誰もが同様の思いを抱いていない訳ではない。
ためらいの気持ちがわだかまり、どこか曇りがちな表情のマギー。
――今しなくちゃいけないのは迷う事じゃなくて、助けられる⼈を助けること。ケルベロスとして⽬覚めた意味は、きっとそこにあるから。
改めて決意を固めたマギーは静かに武器であるバールを握り直した。
両腕を胸の前で構え、片足を傾けるエインへリアルは攻撃を誘うような素振りを見せた。
打ち負かすのみと拳を突き放とうとするノチユに対し、片足を軸に回転を始めるエインへリアルの動きはまさにバレエの動き。高速の回転でノチユの鋼鉄の拳を弾き、連続する回転は止まらない。
どこからともなくバレエ組曲が流れてきそうな優雅ささえ備え、そのまま詰め寄る勢いの止まらないエインへリアルから距離を取るノチユ。
エインへリアルは回転する動きに合わせて発現するオーラを操り、再び気砲を放つ。連続で放たれる気砲は集中してノチユを狙い、追尾する動きを見せた。果敢に着弾する先に回り込んだボクスは、身を挺してノチユへの被弾を防ぎ、ステージの隅へと吹き飛ばされていく。
瞬時に攻撃手は入れ替わり、一十は回転し続けるエインへリアルに挑みかかる。一十の両手に見えた鏡面は鋭いナイフで、その刃は対象を映し出すために妖しく光を反射する。
斬り込む一十の刃を受けて、エインへリアルの回転は一瞬止まる。しかし、強い反動で刃ははね除けられた。その反動にも怯まず、一十の刃はエインへリアルの装甲と火花を散らす。かち合う攻撃が重なり続けると、エインへリアルは長い片足をほぼ垂直に蹴り上げ、反射的に身を引いた一十の前髪をかすめる。それだけでは終わらず、エインへリアルの踵落としが頭上高くから振りかかろうとした。機敏な動きで飛び退いた一十のいた床部分には、大きな亀裂が刻まれた。
一十の動きを追っていこうとするエインへリアルを前にして、ビーツーが攻めかかる。オウガメタルから成る溶け出す金属体をまとい、ビーツーの右腕は戦鬼の鉄腕と化していた。
エインへリアルの強靭な肉体は容易には消耗せず、手足を覆う装甲で巧みに攻撃を弾き、柔軟な体さばき、バレエのような動きからなる体術がケルベロスらを翻弄する。
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テディベアを片手に抱えて離さないシィラは、
「わたしたちとあなたの舞台は、此処で終わらせましょう」
手の中で鳴るスイッチの音を引き金に、派手な反撃の狼煙を上げて攻勢を促す。激しい爆発音が響いたが、爆煙のみを伴うアクション映画のような演出。背後で巻き起こる爆風が、不思議とケルベロスらを奮い立たせた。
その手を覆うように糸を絡めたマギーの右手には、ひとりでに鋭利な切っ先が紡がれていく。呪いの力により硬質化する切っ先を向けて迫るマギーに対し、エインへリアルの体は回転を始めようとした。
冷静に動きを見極めるマギーの一撃は、エインへリアルの眼前すれすれを過ぎっていく。冷汗を感じる前にエインへリアルの体は反応し、後方へ宙返りした拍子に伸ばされた足でマギーの腕を弾く。
篭手をはめた右手を突き放つ有栖は、篭手についた鉄爪でエインへリアルの脇腹を穿った。エインへリアルの体は宙で傾き、激しく突き飛ばされながらも着地する。
ケルベロスたちは一瞬の間に攻撃を重ねていき、同調して動き出すクインは言った。
「キミに相応しいフィナーレまで連れて行ってあげるよ」
クインの腕に巻かれた鎖は自在に伸縮し、黒い雷光をまとって対象を狙う。何度弾いても襲い来る鎖の動きに、エインへリアルは次第に追いつかなくなる。
連撃を防ぐことに傾注するエインへリアルに向かっていく一十と紫は、挟撃を狙う。「パープルフィンガー!」と気合を込めたこん身の一突きを放つ紫によって、エインへリアルは追い詰められようとした。しかし、紫の一撃をかろうじて避けるエインへリアルは、同時に鎖の軌道から逸れていく。
一十は青黒い地獄の炎を足元から噴出させ、加速する動きで回避するエインへリアルを追った。地獄の炎をまとった蹴りがエインへリアルを捉え、腹部へと衝撃が放たれる。
反撃に備えて飛び退いた一十だが、エインへリアルの長い足がギリギリ届くやもという距離。流れるような動きで構えたエインへリアルだが、その腕にかじりつく1匹の姿があった。サキミはエインへリアルの注意をそらそうと必死に縋りついていた。
エインへリアルは腕から引き剥がしたサキミを、腹立ち紛れに一十の方へ蹴り飛ばす。悲痛な鳴き声をあげながらも、サキミは一十の隙をつこうとしたエインへリアルに向けて水のブレスを吹き出した。
サキミの一撃を受けて面食らうエインへリアルに、ノチユはすばやく迫る。勢いよく蹴り出されたノチユの一撃が相手に片手をつかせるが、エインへリアルの動きは衰えず、そのまま側転する動きから距離を取られる。
態勢を整え、踊り出す構えを見せるエインへリアルは、波打つオーラの像をはっきりとさせていく。全身にまとうオーラを鮮明化させた後、エインへリアルはより機敏な動きを見せつけ、ステージを縦横無尽に動き回る。踊り回るというべきか、ターンを踏む度にエインへリアルが放つ気砲が乱れ飛び、ケルベロスらはその合間をすり抜けて攻撃を続けた。
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怒涛の攻撃を撃ち出すエインへリアルに対抗するビーツーは、
「――彼の者に、点を穿つ力を」
避雷針となるロッドに電流をほとばしらせる。ビーツーが対象にまとわせる電流は、治癒の力となって全身に行き渡っていく。
「あなたに捧げる喝采は、銃声で足りるでしょうか」
そう言ってリボルバー銃を向けるシィラは、かすかに震える指先に気づかない振りをした。表情だけは人形のように変わらない。
ここで止めることが元人間だった彼への手向けになると信じ、シィラは狙いを定めて引き金を引いた。
兜を狙ったシィラの弾丸により、回転する動きを止めたエインへリアルは大きく体を逸らした。その瞬間に乗じて、ボクスはマグマのかたまりを吹きかける。装甲を溶かしかねないほどの灼熱に晒されたエインへリアルは、ボクスを瞬時に払い除けた。ボクスは舞台の幕に当たって止まり、飛行を続けてエインへリアルに挑み続ける。
マギーは再度紡がれた切っ先を向け、
「――あなたはここで止める」
装甲を砕く勢いで攻撃を放ち、エインへリアルの態勢を突き崩した。
クインはエインへリアルのバレエの動きを真似し、狙い澄ましたタイミングで回転をかけた蹴りを放つ。追撃を受けて転がるように膝を折るエインへリアルに向けて、
「色男サン、どう? オイラのダンスもなかなかじゃない?」
笑みを浮かべるクイン。その笑みがこの上なく憎たらしく映り、プライドを刺激されたエインへリアルは「その程度でいい気になるなっ!」と挑発に乗る。全力で回し蹴りを放とうと飛び出したが、その一撃は走り出た一十によって受け止められた。
エインへリアルの片足を抱えるようにして、一十はそのまま動きを封じ込める。保つのは一瞬だけでも、雷電を操る有栖には充分な余裕を与えた。有栖が直撃させた雷撃は、煙をあげるエインへリアルを舞台の壁際へと吹き飛ばした。
「あんたの舞台に付き合うのは俺達が最後だ。僕の噺も、聞いていけよ」
そう言ってノチユが人差し指を口に当てると、不気味な囁きがこだまし始め、エインへリアルのみを追いかける。
勢いを持ち直そうにも、底上げされる気力にも限界がある。ケルベロスらに圧されていくエインへリアルの体は、蓄積される傷に悲鳴をあげ始めていた。
「あなたには誰も殺させません!」
勇ましく言い放つ紫が操るのは、紫に燃え盛るドラゴンの幻影。
「パープルドラゴフレイム!」
掛け声と共に放たれたドラゴンは、肩で息をするエインへリアルを炎の中に巻き込み、空中でとぐろを巻きながらエインへリアルを締め上げる。その姿がだらりと両手をぶら下げると、エインへリアルの体は炎の中で燃え尽きていった。
「ど、どうか……安らかに……お眠りください……」
エインへリアルを葬り変身を解いた後の紫は、すっかり気の弱い中学生に戻っていた。
舞台や客席の修復に皆で精を出した後、ビーツーは重い足をスタッフルームの方へ向けようとして言った。
「向かうか、事情を伝えねばな」
ノチユは命が踏みにじられたことだけは忘れぬようにと、彼のいた痕跡、ヒールされた箇所を見つめていたが、ビーツーの声を聞いて足を向ける。
「舞台の関係者は出演者がいなくて困るだろうけど、自分たちが殺されるよりはマシだよね☆」
普段からのヘラヘラした態度で言い切るクインは、持ち込んだかぼちゃのプリンの差し入れを手向けにと、劇場の廊下を歩いて行った。
作者:夏雨 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年4月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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