累乗会反攻作戦～天の怒りはすべて星

■リプレイ

●天の怒号が地を叩き
　緑豊かな秩父の山々を眼下に望み、戦士たちが宙を舞っていた。
　ヘリオンから降下したケルベロスだ。
　その手に輝くはグラディウス。
　その心に宿すは憤怒の炎。
「これ以上、ビルシャナの好きにはさせません！」
　地上の強襲型魔空回廊を睨みつけて、ヴァルキュリアのエストレイア・ティアクライス（野良メイド騎士・e24843）がグラディウスを振り上げた。
「たぶらかされて酷い目にあわされた方々の怒り、身をもって知っていただきます！」
「静かで豊かで多くの命を育んでいる……ここいらは本当に良い山だ」
　と、視線を巡らせて呟いたのは同じくヴァルキュリアの二階堂・たたら（あたらぬ占い師・e30168）。
　もっとも、すぐに視線は魔空回廊に固定され、呟きは叫びに変わったが。
「侵略者が我が物顔で荒らしていい場所じゃないってことさね！」
「おっぱいに優劣なんてありませんわ！」
　たたらに続いて叫んだのはサキュバスの琴宮・淡雪（淫蕩サキュバス・e02774）。何故におっぱいを持ち出したのかというと、ここに巣食うのが『ちっぱい絶対殺す明王』と名乗るビルシャナたちだからだ。
「ちっぱいにはちっぱいなりの長所もあるのよ！　肩も凝りにくいし、全体のバランスもスラっとしてるわ！」
「それに可愛い服を選び放題なの！」
　可愛くあることをなによりも重要視するオラトリオの大弓・言葉（花冠に棘・e00431）が声を張り上げた。淡雪もそうだが、彼女もまたバストが豊かである。しかし――、
「胸が大きいと、着られる服が限られるのよぉー！」
　――豊かさから来る悩みもあるらしい。
「人間、見るべきところは胸だけじゃないと思うよ」
　地上にひしめくビルシャナと螺旋忍軍とダモクレスの混合軍に向けて、竜派ドラゴニアンの夢山・蒼矢（明るい蒼・e40188）が言い放った。
「他にもいっぱいあるじゃないか。顔とか声とか性格とかね。そういうのを無視して胸だけで人を語るのは間違ってるよ！」
　チーム最年少でありながら、まともな大人の意見である。あるいは最年少だからこそ、いろいろなものに心が穢れされていないのか？
「胸はなくても胸いっぱい♪　胸はなくても夢いっぱい♪」
　と、歌い始めたのはオラトリオの遠之城・鞠緒（死線上のアリア・e06166）。先程、淡雪が『全体のバランスもスラっと云々』と口にしたが、鞠緒の体形はまさにそれだった。胸部から立体感を削ぎ落とした無駄のない体形。曲線よりも直線に美を見出す者に称賛される体形。『ユニセックス』だの『少年的』だのという表現が意思を持っているなら、『よっしゃ！　俺たちの出番だぜ！』と張り切るであろう体形。
　ようするに貧乳である。
「小さな胸でも生きている♪　小さな胸でも生きていく♪」
「こんな風に胸のことを気にしているレディーも少なくないってぇのに――」
　泣き声にも似た鞠緒の歌声を聞きながら、オラトリオの軋峰・双吉（黒液双翼・e21069）も魂の叫びを発した。
「――そのコンプレックスを抉るような真似をするたァ、自分のナリを気にしてる人間の一人として許し難いぜ！」
　そして、最後にサキュバスの鮫洲・蓮華（ぽかちゃん先生の助手・e09420）が大音声を魔空回廊に叩きつけた。
　グラディウスの切っ先とともに。
「こんな馬鹿げた教義も菩薩の悪巧みもここで挫くよ！」
　絶叫の語尾に爆発音が重なった。
　衝撃波が走り、火の手が上がり、爆煙が巻き起こる。
　しかし、ケルベロスたちは無傷だった。グラディウスが障壁を発生させていたからだ。
　一方、魔空回廊は無傷では済まなかった。砕け散り、吹き飛び、消滅している。
　揺れ動く地に蓮華が降り立ち、再び叫んだ。
　今度は空に向かって。
「破壊成功ーっ！」

●地の怒涛を人が呼び
　爆音と爆風と爆煙によって、地上は混乱に包まれていた。蓮華たち以外にも二つのチームが同時に降下しているはずだが、彼らの姿は見えないし、声も聞こえない。
　それでも、やるべきことは判っている。
「ある意味、ここからが本番ですよね！」
　エストレイアが周囲の岩や地面にフォートレスキャノンを撃ち込んだ。
　その横で双吉が叫び始める。
「やっぱり、俺ァ、スレンダーな女性が好みだなぁー！　胸とか、べつにどーでもいいわー！　ホント、どーでもいいわー！」
　両者ともに敵を誘き寄せようとしているのだ。エストレイアは発射音と破砕音を響かせることによって。双吉はちっぱい絶対殺す明王たちの教義を真っ向から否定することによって。
　ちなみに『スレンダーな女性が好み』という双吉の発言は嘘ではない。しかし、本音であるが故に、なんともいえない気恥ずかしさに苛まされていた。
（「こうやって叫んでると、こっちまでビルシャナになっちまったみてえだよな……」）
　ビルシャナのように振る舞っているのは彼だけではなかった。
　鞠緒も『ちっぱいもみんないきている如来』とでも呼ぶべき者になりきって、降下時と同じように……いや、それ以上に激しく絶唱している。
「小さな胸でも生きている♪　小さな胸でも生きていくぅぅぅ～っ♪」
　身に纏っているのは露出過多な金色の踊り娘風の衣装。露出過多といっても前述したように『全体のバランスもスラ（略）』型のボディなので、ありがたみは少ない。
「ほらほら、ここに慎ましい胸のかたがいるわよー！　ちっぱい、最高よー！」
　と、鞠緒を指し示して、淡雪が四方に声を投げかけた。踊り娘の衣装を用意したのは彼女であり、自身も同じ物を着ているが、その上からシーツを被って古代エジプトの謎多き神のごとき姿になっている。鞠緒を慮り、『ありがたみ』溢れる肢体を隠しているのだ。
　シーツの中で淡雪は思い出していた。
　ヘリオンに乗りこむ前に見た光景を。
　鞠緒が同じく『全体のバランス（略）』なヘリオライダーの根占・音々子と力強い握手を交わした時のことを。
　それは淡雪や他のメンバーたちに鮮烈な印象を残した。
　二人の成人女性（鞠緒は二十一歳、音々子は二十五歳）が向き合っているにもかかわらず、両者の胸と胸との間はとてつもなく広大だったのだから。
　大空のように。
　宇宙のように。
「遠からんものは音に聞け！　近くば寄って目にも見よ！」
　大空を越えて宇宙に響けとばかりに、たたらが大声で口上を述べた。
「我ら、ちっぱい大好きケルベロス！　義によって貴様らを斬ぃーる！　そう、ちっぱいの素晴らしさを理解できない愚か者どもを！」
　そのように皆が敵を呼び込んでいると――、
「横乳もよし、下乳もよし、谷間においては言ぃ～わずもがなぁ♪　巨乳に捨てるところなぁ～し♪」
　――奇妙な歌声が聞こえてきた。
　歌詞の内容から、歌い手の正体は容易に想像がつく。
　その想像が間違いでなかったことはすぐに証明された。
　ちっぱい絶対殺す明王が爆煙の奥から現れたのだ。九体の輝きの軍勢を引き連れて。
「ころす、ころす、ちっぱいころす♪　我が信念に揺らぎなしぃ～♪　揺れていいのは巨乳だけぇ～♪」
　実にふざけた歌だが、攻撃力を上昇させる効果があるらしく、輝きの軍勢の得物がその名の通りに輝きを放ち始めた（数が多すぎるため、全員には行き渡らなかったが）。
「うわっ。ただのセクハラ野郎じゃん……」
　と、顔を引き攣らせたのは蓮華。しかし、嫌悪を戦意でなんとか抑えつけ、頭上のウイングキャットに指示を出した。
「ぽかちゃん先生！　キャットリングだ！」
「にゃあー！」
　ぽかちゃん先生が鳴き声で答え、清浄の翼でケルベロスたちに異常耐性を付与しながら、キャットリングを放った。ただのキャットリングではない。蓮華との厳しい訓練の末に習得した『ハートキャッチ☆キャットリング』である。
　攻撃力を落とす効果を持つそのリングは輝きの軍勢の一体に命中し、ふざけた歌によるエンチャントを相殺した。
「揺れるとか揺れないとか……ホント、女の敵だわ！」
　言葉が怒りの声をあげ、両手に持った簒奪者の鎌から怨念を解き放ち（傍目には言葉自身が怨念を吐き出しているよう見えた）、レギオンファントムを輝きの軍勢に浴びせた。
　エンチャントがそうであるようにレギオンファントムの効果も減衰しているが、それを補うかのようにボクスドラゴンのぶーちゃんが一体の敵めがけてブレスを吐いた。少しばかり腰が引けているのは、普段の任務よりも多くの敵を前にして怯えているからだ。とはいえ、その表情に浮かんでいるのは怯えの色だけではない。明王に対するピュアな憤りも見て取れる。
　それに気付いたのか、明王が鼻で笑ったみせた。
「ふふん！　お子ちゃまらしいリアクションだな。チビ竜よ、おまえも大人になれば理解できるだろう。巨乳の素晴らしさが！」
「いやいやいやいや」
　ぶーちゃんの想いを代弁するかのように蒼矢がかぶりを振った。バスターライフルを構えながら。
「胸の大きい女性にやたらと固執するのって、逆にコドモっぽいような気がするんだけど」
「バ、バカを言え！　巨乳嗜好は大人にだけ許さ……」
「蒼矢様の仰るとおりですわー！」
　明王の反駁を遮ったのは淡雪の悲痛な声。彼女は何十枚もの紙兵を散布していたが、その大半は濡れていた。涙のせいだ。
「すべての成人男性が巨乳好きなら、私の人生はもっとバラ色になってるはずですもの！」
　そんな主人の嘆きにもらい泣きしつつ（涙は流せないので、ハンカチを顔にあてる仕草をしているだけだが）、テレビウムのアップルがテレビフラッシュで明王を怒りを付与した。
　ほぼ同時に別の光が閃き、轟音が皆の耳朶を打った。蒼矢のバスターライフルから『輪唱砲撃（カノン）』が発射されたのだ。それは一発分で終わらず、その名が示すごとく輪唱さながらに幾重にも重なって、輝きの軍勢の一体に大ダメージを与えた。
「うん。この武器、結構いい音が出るね」
　バスターライフルを軽く叩いて、満足げに頷く蒼矢。
　彼のグラビティがもたらした輪唱は終わったが、連撃は止まらない。ウイングキャットのテノールが同じ標的をキャットリングで斬り裂き、とどめを刺した。
「さっきは『ちっぱい大好きケルベロス』と名乗ったけどさー。実を言うと、自分的には女性の胸の大きさとかはどうでもいいんだよね。とはいえ――」
　たたらが長巻型の喰霊刀『雪乃丞』を振るい、喰霊斬りを見舞った。標的は輝きの軍勢だが、目は明王に向けられている。
「――おまえさんだけはきっちり倒させてもらうよ」
「倒されるものかー！」
　明王が怒声を返した。
「巨乳は不滅！　故に巨乳好きの我らも不滅！」
「……意味が判りません」
　黄金のゾディアックソード『第二星厄剣アスティリオ』でスターサンクチュアリの守護星座を描きながら、エストレイアが呟いた。その声は重く、そして、冷たい。
　普段は陽気な彼女ではあるが、怒るとこうなってしまうのだ。

●人の怒張は天に至る
　やがて、すべての輝ける軍勢が打ち倒され――、
「～～～♪」
　――鞠緒のアリア『いま星の魂を、』が戦場に流れ始めた。それはダメージを与えると同時にトラウマの幻覚を呼び覚ますグラビティ。
「うぉぉぉぉーっ！？」
　幻覚がいるであろう場所を見やり、明王が目を剥いた。
「こっちに来るな！　消えろ！　消えてしまえ！　男の夢とロマンを打ち砕く胸パットめぇーっ！」
「……」
　喚き散らす明王をとてつもなく冷たい眼差しで見下ろしながら、ウイングキャットのヴェクサシオンが清浄の翼をはためかせた。
　それによって傷を癒された蓮華が明王に肉迫し、戦術超鋼拳で防御力を削り取る。
「判りやすい変態だけあって、トラウマも判りやすいね」
「にゃん」
　蓮華の言葉に頷き、テノールがキャットリングで追撃した。
　間髪を容れずに主人の蒼矢も間合いを詰めて――、
「巨乳が不滅だとしても、巨乳好きの君は不滅じゃなかったみたいだね」
　――蓮華と同様に戦術超鋼拳を叩き込んだ。
「い、いや、我らは不滅だ！　この世からちっぱいを一掃するまでは決して……」
「一掃させるもんですかー！」
　と、言葉が怒鳴り声で割り込んだ。
「ちっちゃい胸にはね！　弾けんばかりに夢が詰まってるのよ！　なによりも女の子の胸は総じて可愛い！　そして、ちっちゃい胸はそこに更に可愛いを上乗せできるの！　そんなことも判らないなんて……」
「判ってたまるかー！」
　と、今度は明王が割り込んだ。
「はっきり言わせてもらうがな！　男は女に可愛さなんか求めてはいない！　可愛いかどうかじゃなくて、見た目がエロいかどうかが重要なのだ！　そんなことも判らぬとは……」
「判ってたまるかー！」
　と、またもや言葉が割り込んだが、今度は怒鳴るだけでは終わらず、時空凍結弾を相手の胸板に撃ち込んだ。
「女の敵め！　胸毛を燃やしちゃる！」
　胸毛など生えていないし（羽毛はびっしり生えていたが）、時空凍結弾で燃えるわけがなかったが、指摘する者はいなかった。皆、言葉と同じくらい激しく怒ってるか、さもなくば呆れ返っているからだ。
「女性を鑑賞物としか思ってないんですね……最低です」
　激しく怒っている者の一人――エストレイアが『第二星厄剣アスティリオ』を掲げ、『御使いの威光（ミツカイノイコウ）』を発動させた。先程と同じように重く冷たい声で呟きながら。
　その不可思議な呪いの力を受け、明王が膝をついた。
　すかさず、呆れ返っている者の一人――双吉が螺旋掌を食らわせる。
「すべての男の代表みたいな顔をして個人的な嗜好を撒き散らすのはやめてくれないか？　他の男までとばっちりを受けちまうから」
「な、なにを言う！？　ちっぱいを憎んで巨乳を愛する心は個人的な嗜好などではなく……」
　最後の力を振り絞って己が主張をぶつけようとした明王であったが――、
「あー、はいはい。もういいから」
　――たたらが遮り、『雪乃丞』を無造作に振り下ろした。
　次の瞬間、一人の巨乳好きが地球上から消えた。それが良いことなのか悪いことなのかは判らないが、今回の任務が終わったことだけは間違いない。
「皆様、お疲れ様でした！　これでまた平和に一歩近付きましたね！」
　エストレイアが仲間たちに微笑みかけた。普段の彼女に戻っている。
「平和だけじゃなくて、新手の敵も近付いてるはずさね。そいつらがやってくる前に退散、退散」
　たたらが走り始めた。他の者たちもそれに続く。
　自愛菩薩を倒すことはできなかったとはいえ（もとより挑むつもりもなかったが）、魔空回廊の破壊に成功したし、敵の戦力を減らすこともできた。まずまずの結果だろう。
　にもかかわらず、『全体のバ（略）』な鞠緒だけは浮かない顔をしていた。
「どうかしたのですか、鞠緒様？」
　淡雪が恐る恐る尋ねると、鞠緒は唸るような声で答えた。
「できれば、ここにいる明王をすべて倒したかったです。一体だけではなく……」

作者：土師三良	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2018年4月13日 難度：やや難 参加：8人 結果：成功！
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