きみと揺蕩う桜色

作者:小鳥遊彩羽

●幕間
 トキサ・ツキシロ(蒼昊のヘリオライダー・en0055)はその日、物凄く悩んでいた。
 もうすぐ自分の誕生日――それは彼にとっては、皆と一緒に遊びに行く理由をつけられる日(とトキサは思っている)でもある。
 今年はどこに行こうかと、インターネットで情報を検索し、本屋にも足を運んで。行列の出来る美味しいパンケーキやパフェに目移りしつつ、ふと瞬いた目が見つけたのは、広げていた雑誌の隅に載っていたとある記事。
 知っているはずの風景の中に差し込んだ、その風景の中にいるとは想像もつかない、淡い色彩。
 見る間に青年の瞳が、少年のように輝いて。
「よし、ここにしよう!」
 写真に映る淡い色彩に、トキサは満足げに一つ、頷いたのだった。

●きみと揺蕩う桜色
「水族館に一緒に遊びに行ってくれる人、募集中でーす!」
 後日、トキサは早速ケルベロス達へと声を掛けていた。
「ちょうど今の時期、夜の館内が桜の色でライトアップされるんだって」
 外に桜が咲いている、今の時期限定のちょっとした催し。
 桜色にライトアップされた夜の水族館は、昼とは違うより幻想的な世界を楽しめるのだという。今の期間は、主に館内や水槽に桜の造花を飾り、水槽だけでなく壁面にも桜の形のライトが当てられ、花が咲くのだそうだ。
「そこはクラゲとかも結構有名な所で、長いクラゲのトンネルが有るんだけど、ふよふよ泳ぐクラゲが桜色のライトで照らされて、クラゲと一緒にお花見してるような気持ちになれるらしいんだ」
 他にも、プロジェクションマッピングを用いて映し出された桜をバックに行われる、イルカのダイナミックなショーなどもあるとのこと。
 大きな水槽の中で泳ぐシャチやベルーガはとても愛らしく挨拶をしてくれるし、悠然と構える群れのペンギン達は雄大さと愛嬌を兼ね備えているよう。別の水槽で泳ぎ回るイワシの群れは桜吹雪のようにも見えるし、クマノミ達の隠れ家である珊瑚礁の間にも桜が咲いて、まるで日常とは違う世界に迷い込んでしまったような心地にさえなる。
 レストランではシーフードカレーやパエリア、各種パスタの他、エビの形を模したオムライスや、イルカの顔が描かれたパンケーキ、そしてこの時期限定の桜のスイーツなども味わえるそうだ。レストランは巨大な水槽の周りを囲むように作られていて、巨大なジンベエザメやエイがゆったりと泳ぐ姿を見ながら食事を楽しむことが出来るのだとか。
 もちろん、館内のショップで買えるお土産も、ベーシックな物から今の時期限定の桜の花を飾ったイルカやシャチ、魚達のぬいぐるみやキーホルダーなど様々。
「俺は一通りぐるーって回って遊んでるから、どこかで逢えるかもしれないね」
 地上に咲く桜と、海に生きる魚達の共演に、楽しみなんだーとトキサはのんびり笑って。

 ――春。新しい始まりの季節。
 もしかしたら今日の日が、誰かにとっての良き始まりの日になるといい。
 そんなことを願いながら、トキサはヘリオンの扉を潜るのだった。


■リプレイ

 館内を回る前に、スバルとヒナキはお土産屋さんへ。以前貰ったぬいぐるみのお礼にと、ヒナキが選んだのは真っ白で真ん丸な瞳のシロイルカ。
「マシュマロみたいだね。ありがと、大事にするよ!」
 春っぽいのもあるねとスバルが示したピンクのイルカやクラゲ達に、ヒナキはそうですねと小さく頷いて。
「春色めいて、可愛らしいです。……海でも、春を感じられるんですね」

 桜色の華やかな煌めきに迎えられ、まるで竜宮城に来た心地。
「もっと奥まで行ってみようぜ、俺の乙姫様」
「……乙姫様ァ!? アタシが!?」
 さらりと告げて繋いだ手を引く虎次郎に、ブリュンヒルトは思わず顔を赤くするけれど。夢と幻想に満ちた世界の全てが輝いて、二人の未来を祝福してくれているように思えた。
 アリシスフェイルが紡ぐのは、戦場へ送り出してくれる彼への言葉では伝えきれない感謝の想い。
「トキサの誕生日だもの、貴方の好きなものを、出来れば私も一緒に楽しみたいのだわ」
「それじゃあ、とっておきの場所へ行こう」
 差し伸べられた手を引き、トキサはベルーガが泳ぐ水槽へ。
 春模様の水族館。いつもと違った世界に散らばる楽しみを、一つ一つ探しに行こう。
「ね、千は見たい生き物はいる?」
「千はペンギンさん見たい! 可愛いのに泳ぐ時はとっても素早くて格好いいのだ!」
 きらきらと瞳を輝かせる千に吾連も笑って、
「すいすい泳いでるところ、見てみたいね。俺はシャチが気になるんだ」
「シャチさんも格好いいな! 一緒に探そ!」
 笑顔と手を重ね、歩き出す。二人で探せば、きっとペンギンもシャチもすぐ見つかるに違いない。
 幻想的な風景を相棒のミミックと眺めていたイッパイアッテナは、目当ての青年を見つけると笑顔で祝いの言葉を述べる。
 兎にも角にもペンギンと、高揚したラウロは真っ先にペンギンの元へ。愛らしい彼らを只管眺め、やがて本題を思い出して踵を返す。ここへ皆を招いてくれた青年への、誕生日祝いとお礼のプレゼントを思案しながら、土産物屋へと。
 出逢いは静かな夜の水辺。
 寄せる波の意味を込めてロティと呼んだ切っ掛けを思い返し、傍らのシャーマンズゴーストに大好きだよとゆるり笑えば、伝うぬくもりに熾月の頬が緩む。ファミリアのぴよも自分もと言わんばかりに跳ねるから、殊更に。
「あ、トキサ、おめでとう」
 そこに通り掛かったトキサにそう伝えればありがとうと返る笑み。一緒にいた知り合いにも手を振りつつ、熾月達の探検はまだ続く。
 桜の影が舞う水中を滑るように泳ぐ魚達。その飛ぶような動きに魅入るあかりに、陣内は幼い頃の想い出を語る。
「あの日、俺達も『飛んで』いた」
 手の届かない場所だと思っていた。けれどあの日家族と潜った海の中は、陣内にとっては確かに大空だった。
 翠の瞳に映る憧憬は触れてはいけないもののように思えて、目頭をそっと抑える陣内へ声を掛ける代わりに、あかりは小さく呟く。
 ――まるで、天国みたいだ。

「あねご……は、はやい」
 思わず一十がそう零す程に、春の粧いに心弾ませ舞う花弁の如く軽やかに進むナディアを追って、【バロッツァ】の面々はクラゲの回廊へ。
 花色映して揺蕩うクラゲは、宛ら海中の桜吹雪。
 ゆったりとした心地に浸るナディアの隣で、夢と現の狭間を漂うかのように、ライファも頭をゆらゆらと。
 そこに響いたシャッター音は、十蔵のスマホが奏でたもの。今時の若者文化と女性とのデートコースの視察のためという下心全開で、あれやこれやと質問を重ねる十蔵に、一十がいまどきのトレンドはSNS映えらしいとアドバイス。
「水族館デートに誘うなら、落ち着いた大人の余裕というものをだなぁ」
 女性視点から助言を送りつつも、ナディアはクラゲトークに花を咲かせるライファと一十の姿を背後からスマホに収め、こういう花見も悪くないと満足気に頷くのだった。
「こっちこっち~、三人ともお姉さんについてきて~」
 案内図を手にした由に導かれ、【飴屋】の一行もクラゲの元へ。
「――あぁ、まさに桜吹雪だ」
 希莉が零すのは感嘆の声。桜色に照らされたクラゲはいつもと趣が違い幻想的で、本物の桜吹雪を見ているようで。
「上から降って来そうよねぇ。お願い事をしたら叶っちゃいそう~」
「降ってきたらいくつか捕まえて、飴屋に飾っておこうかしら」
 可愛いとはしゃぐ由に千歳も楽しげな様子で、海の桜を間近でじっくり堪能する。
「果てまで行けば竜宮城、見えてくるかもしれませんね」
 どこまでも続く夜の花吹雪。弌の言葉に花よりお酒な『お姉さん』達は、美味しい料理にお酒にと即座に想いを巡らせる。
 お酒が恋しくなったなら、泡沫の竜宮城を確りと目に焼き付けて。いざ、次の宴へと。
「これ、はなあに? 海に咲く花みた、い……!」
 桜色の淡い光差すトンネルの中。硝子にくっつく程に近づき花枝のような足を追うジゼルにくすくすと笑み綻ばせ、クラゲのことを教えるメロゥ。
 二人の弾む声に耳を傾けつつ、幻想的な宙を見上げてグラムは深く息を呑み。
 クラゲは好き? と訊ねるメロゥに、ジゼルもグラムも頷いて。
「色も形も多種多様で、見ていて飽きることがありません」
「お花みた、いだから、森育ちのわたしもきっと好きになれる気がす、る」
 初めての海。春の海。その欠片のような、この小さな箱庭で。
 柔らかく注ぐ桃色の灯りに、水中から桜を見上げているような心地になる。
 ふわり世界を揺蕩って、掴みたくても掴めない。当て所なく漂う海の月はまるで――。
「――どうか月夜は、ずっと俺の傍に居てください」
「きちんと掴んでいるでしょう?」
 零れた想いに指絡め繋いだ手を揺らし、ぎゅっと腕に抱きつく月夜。伝う確かなぬくもりに、絃は無邪気に頬を緩めた。
 仄暗い世界で逸れてしまわぬよう繋いだ手。微かな緊張はすぐに解けて、揺蕩う桜で彩られた世界に宿利はただ目を奪われる。
「クラゲって、見ていると時間の流れがゆっくり感じられるし、食べるとコリコリして美味し……」
 言いかけて我に返れば、ダイナが納得顔で頷いていて。
「……完全に食欲脳だな」
 ダイナはすぐに冗談だよと笑い、帰りは中華をと提案を。気恥ずかしさを覚えつつも、宿利は楽しみが増えたと微笑んだ。
 ふわふわぷかぷか、クラゲのように漂いながら眠ったら気持ちが良さそうで。
 そんな思考を巡らせながら、アラドファルは精一杯背伸びをして水槽を見上げる綾を抱き上げふと訊ねる。
「……綾は海のいきものなら、何になってみたい?」
「綾はね、クジラになってみたいのじゃ! 海を自由に泳げたら、とっても楽しそう!」
 満面の笑み綻ばせる綾に、アラドファルも笑みを深め頷いた。
「クラゲはね、前から好きだったんだ」
 桜色の光が舞うトンネルの中。興奮気味に告げるマイヤに、ラズリーも一緒になって水底の春の光景に見入り。
「癒されるよね。ゆらゆらふわふわと、こんな風に自由に漂って生きていければ良いな」
「……わたしも! 自由にふよふよしたいって思ってたんだ」
 仲間、と、楽しげにマイヤは笑った。
 桜色に染まる硝子細工のようなクラゲ達は、まるで海の花のよう。
「花言葉をつけるとしたら、何だろうねぇ?」
 ふと呟きを落としたルーチェに、エヴァンジェリンが思い描くのは穏やかな春の夜の海。
「そう、ね……『微睡み』かな」
 彼らのように漂っていたら、心地よくて眠ってしまいそうだから。
「僕なら……『あなたに身を委ねます』かな」
 ルーチェの答えに、エヴァンジェリンはクラゲらしくて好きと楽しげな笑みを重ねた。
 水中都市に春が来たら、いつもこんなに美しいのだろうか。
「ふわふわ可愛い……クラゲはきっと、水の精……」
 揺らぐ桜色に心和らげ、ハンナはトキサと微笑み交わし。
「トキサくんもクラゲは好き?」
 リィンハルトの問いに、好きだよと頷くトキサ。その視線がふとクラゲ達へ逸れた直後、リィンハルトとハンナは声を揃えて告げる。
「――お誕生日、おめでとう」
 祝辞に深まる、照れたような笑み。良き日にはケーキがつきものと次は桜のスイーツを目的に。今日の主役はもう少しだけ、二人占め。
 はぐれないように手を繋ぎ、桜満開の海の世界へ。
「このふよふよ感はちょっとシンヤに似ているな」
「……俺はこんなにぐにゃぐにゃしてるかなぁ」
 クラゲを見て零すルチルに、シンヤは首を傾げ。
「……似てるぞ? ほんとだ。だからるるはここがとても気に入った」
 クラゲは海の月。ルチルは星。夜空に浮かぶもの同士。ならばきっと今宵の夢は二人一緒に、満開の桜が咲く海に揺蕩うのだろう。
「好きなのか、クラゲ」
 以前もそうだったのを思い返しながら、蓮は微動だにせずクラゲを見つめる志苑に問う。
「そうですね、好きです。……もう少し、ここに居てもいいですか?」
「……好きにしろ」
 ゆったりと揺蕩う桜色。傍にはいつも望みを叶えてくれる人。
「次は貴方の望みにお付き合いしますので、遠慮なく仰ってくださいね」
「まあ、いつか機会が訪れたらな」
 微笑む志苑にそう返し、蓮は頭上を揺蕩う桜色を仰いだ。
 仄かな春色に染まる海の世界に、淡い薄紅の彩を纏いゆらゆらと游ぶクラゲ達。
「すごいな、キレイだな」
 視界を覆う桜の花弁のような光に思わず言葉を失くすラウルの傍ら、心に灯る想いの数とは裏腹にシズネが零すのは短い言葉ばかり。けれど繋いだ手に力を籠めたなら、共にこの光景に心奪われていた喜びと幸せを確かめるように、ラウルもそっと握り返した。
 花弁のように散りながらも決して落ちることなく、幻想的に舞うクラゲ達にはしゃぐメリーナの笑顔に、要はそっと微笑む。
 昔の彼女にとっての白鳥のように、その優雅な姿で人目を惹いて、見えない所では一生懸命で、加えて空だって飛べそうな。
 水底に差す陽光みたいに、手を差し伸べてくれたひと。
(「……連れて来てくれてありがとう」)
 桜色の水槽越しに見えた影に、やっと逢えたと満面の笑みが咲く。
 春乃はトキサの手を取り背伸びをして、耳元で三度目の『おめでとう』と、大事な報告を。
「――恋をしたの、わたし」
 みんなには秘密よと声潜め、春乃はでも、と続ける。
「わたしの色はまだわからなくて。だから、もうすこしだけ、見守っていてね」
 トキサは眩しげに春乃を見やり、待ってるよと頷いた。
 深い青の世界を揺蕩う彼らのように、ただ天命のままに漂い揺れて同じ波に溶けることが出来たなら。
「でも、クラゲになったら、きっと絡まってうまく手を繋げませんね」
 だから、今ここに居る貴方が良いとアイヴォリーは囁くように紡ぎ、傍らの存在を確かめるように、夜は繋いだ手に少しだけ力を込めて引き寄せた。
 幻の海でふたり、溺れたいと願っても、泡沫の夢で交じり合うことは叶わない。
 それでも、君が迎える朝が涙に濡れることのないように――共に眠る間は、確りと腕に抱いていよう。
「わ……見て、すごくきれい!」
 思わず声を上げたロビンの瞳に、灯る煌めき。トンネルへ足を踏み入れた【水烟】の面々を出迎えるようにゆったりと泳ぐ桜色のクラゲ達は、大きな花弁のようで。
「生き様がクラゲみたいだと言われる僕でーす。似てる?」
 問う結弦に、一同揃っての納得顔。
「推しとゆのはあるのかしら?」
 水族館が初めてのアーリャは皆のオススメに興味津々。
「少ぅし眠くなってしまうのが玉に瑕、かしら」
 楽しさを目一杯プレゼンしないとと使命感に燃える息吹の推しは、まさに今周囲を舞う花吹雪のようなクラゲ達。
「俺のおすすめはマンタ! でっかくてすいーって行くやつ」
「僕のオススメはジンベエさんだよー」
 身振り手振りを交えながら水槽を横切る哭に、結弦がほわんと笑って続く。
「わたくしはベルーガが好きです!」
 初めて仲間のベルスーズは、ほんのり桜色に染まった皆を眩しげに見回して微笑み。
 一通り見て回ったら、クラゲのトンネルにもう一度。それから、花見には団子とレストランへ。
「ムフフー、みんなとたべるー」
 ふくふくと膨らんだこよりの頬は春色のごとく染まって。
「……けどなんでおれの奢りが決まってんだよ」
 いつの間にかそうなっていたことに眉を寄せるメィメを他所に、早速何を食べようか思案する皆の楽しげな声。春と桜とさかな達を目一杯詰め込んで、賑やかな時間はまだ続く。

 イルカのパンケーキと面白い形のオムライスをお供に、市邨とムジカはレストランから蒼の世界を仰ぐ。
 綺麗な蒼の世界は水底に堕ちていくようで、少し怖いと市邨は思うけれど、
「……はい、あーん♪」
 ムジカが笑顔で桜のスイーツを差し出すのに、思わず笑みを零して。
「俺ね、ムゥがご飯を食べている姿、好きだよ」
 今もそうであるように、本当に倖せそうに食べるから。

「トキサは誕生日めでとう。魚にゃ祝って貰えたかい?」
「海から陸から、今日は祝辞の嵐になりそうで。存分に楽しんで癒されてな」
 祝いの声に二人も楽しんでくれたら嬉しいと満面の笑みで頷くトキサと別れ、ヒコと巴はイルカショーへ。
 瞬く間に桜色に染まる舞台に思わず巴は口笛奏で、本来ならば在る筈のない春を背景に堂々と舞う主役達にヒコは素直に感嘆し。
「……酒が無いのは寂しいかい?」
 冗談めかしたヒコの問いに、やはり片手が物足りないと巴は空の右手をくいと煽ったが、
「まぁ、イイもの観さしてもらったんで満足デス」
「わああッ、凄い凄い!」
「あっ、ジャンプしましたよ凄いです!」
 大迫力のイルカショーに、揃って目を輝かせるアルレイナスと膝の上のエミリア。はしゃぐ二人の声につられペシュメリアもプールを見やり、
「わ、わ、ペネト見ましたか!」
 高く跳んだイルカに驚きと沸き立つ心を抑えきれず、それを見たペネトレイトの眉が寄る。
「もう少し慎みのある楽しみ方をしやがり下さいませ」
 軽く咎められ、こほんと小さく咳払い。反省はするけれど、ペシュメリアはだって感動したんですと素直に零し、
「桜吹雪にイルカが舞っているようではありませんか」
 桜の海を泳ぐイルカはとても幻想的で、まるで空中を泳いでいるようで。海に住む動物と陸の植物の組み合わせも確かに良いとペネトレイトも納得し、暫し楽しむことにしたようだった。
 最前列の特等席で、イルカショーを満喫するルルドと早苗。
(「……こういう何気ない日常が続けば良いのにな」)
 楽しそうな早苗を見つめ願うも、自分達がケルベロスである以上は叶わないことだ。
「……のう、ルルド。これからも、いっぱい遊びに連れていって欲しいのじゃ!」
 けれど、いつか必ず来るであろうその日を迎えるためにも、そして早苗のためにも、生きて戦い続けなければとルルドは想いを新たにした。
 アイカと摩琴が買ってきたチュロスに魚の形のベビーカステラ、桜味の深海ソーダをお供に、イルカショーに興じる【エトランジェ】の面々。
「きゅきゅいー♪」
 合図に合わせて歌うイルカに癒されたのも束の間、身を翻したイルカ達はプールに潜って大ジャンプ!
「わぁ、すごいね! って、おぉ!?」
 勇が驚きの声を上げた直後、ばっしゃーんと上がる水飛沫の洗礼に、しずくは思わず皆にしがみつきそうに。
「本当に凄いですね!」
「すごいわ! 大迫力ねっ」
 すいすいと游ぐイルカ達の、息を合わせた愛らしくもダイナミックなパフォーマンスに、アイカもアイラも声を弾ませる。
「……イルカと握手会? はい、行きます!」
 興奮冷めやらぬ様子の摩琴は超速で挙手。アイカとしずくも負けじと手を挙げて。
「――そうだ、夏には皆で海へ行きませんか?」
 心ゆくまで満喫した後、綺麗な魚やイルカにまた会いたいと微笑むしずくに、皆も夏の予定に想いを馳せるのだった。
 一方こちらも水飛沫の洗礼を受けたノエリとカザハ。
「これも最前列の醍醐味……ってカザハの姉御ぉっ!?」
「そのケンカ買った!!」
 興奮のあまり水槽に飛び込まんとしたカザハをノエリが全力で止める姿が目撃されたとか。
 淡く煌めく桜吹雪の中を水を弾きながら舞うイルカ達に、レカもルリも釘付けに。水飛沫すらプロジェクションマッピングの一部のようで、客席まで飛んできた水の感触さえ心地よく。
 春の陽だまりのようなルリと過ごす時間は優しく流れ。もう少しこのまま一緒にいたいとレカは思わずにはいられなくて。ルリもまた、今日の好き日にレカと過ごせた喜びをそっと胸に抱いた。
 イルカが咲かせた飛沫に映る桜は舞い散る花弁のようで、映像の桜と踊る彼らの姿にクィルとジエロは見惚れるばかり。
「すごいねジエロ。イルカさんってあんなに芸達者なんですね。それにすごくかわいいです……!」
 水色の瞳を桜色に染め、初めて近くで見るイルカに心躍って袖を引くクィルに、くすくす笑うジエロの視線が移る。そうだねと答えつつ、『君』も存分に可愛らしいと、ジエロは胸の内でそっと思うのだった。
「ユアちゃん、みてみて! あんなにジャンプできるの!」
「すごいすごーいっ! イルカってあんな楽しく遊ぶんだっ」
 自由に游ぐ魚達。揺らぐ桜に誘われ踊るイルカ。どれもユアが初めて出逢った世界。
 はしゃぐ彼女を見ればロゼの心にも喜びの花が咲き、ロゼがくれる喜びでユアの世界は彩られてゆく。
 溢れ零れる、沢山の幸せ。盛大な拍手が響く中、ユアは隣で笑うロゼに小さくありがとうと囁いた。

作者:小鳥遊彩羽 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年4月15日
難度:易しい
参加:77人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 13/キャラが大事にされていた 1
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