累乗会反攻作戦~空より降る光

作者:ヒサ

 幾名かのケルベロス達の調査により、累乗会を進めている菩薩達の動きが掴めたという。
「ミッションにも挙がってるビルシャナの占領地に、菩薩達は『精舎』を作ろうとしているようなの」
 埼玉県秩父山地では『自愛菩薩』とその配下の『エゴシャナ』が、現地を守っていた『ちっぱい絶対殺す明王』と共に作戦を進めており、『幻花衆』と『輝きの軍勢』もその護衛についている様子。
 同様に、宮崎県高千穂峡には『恵縁耶悌菩薩』と『デラックスひよこ明王』、『アヴァリティア』に『幻花衆』と『輝きの軍勢』。
 岩手県奥州市の胆沢城には『闘争封殺絶対平和菩薩』『カムイカル法師』『鳳凰光背武強明王』『幻花衆』『輝きの軍勢』。
 青森県上北郡おいらせ町は『芸夢主菩薩』『ケルベロス絶対殺す明王』『フリーダムビルシャナ』『幻花衆』『輝きの軍勢』。
「島根県隠岐島は今のところ静かなようよ」
 リストを書きつけたメモの頁を開いて提示した篠前・仁那(白霞紅玉ヘリオライダー・en0053)は言った。
「これらの場所に精舎が出来てしまえば攻略が難しくなる。それに、向こうも作って終わりでは無いでしょうね。なので、この阻止をあなた達にお願いしたいの」
 作戦の大筋はミッション破壊と同様。今使えるグラディウスの全てを投入し、一箇所に複数チームで赴き確実に破壊を成し、可能であれば更に菩薩をも倒して貰うのが理想となる。
「それで、わたし達の方で試算した結果によると」
 彼女の手が各項目に添えられた単位の無い数字達を示し補足を口にする。曰く、埼玉県秩父山地へは三チーム以上であたって貰えれば確実なミッション破壊が見込めるであろうとのこと。同様に、宮崎県高千穂峡と岩手県奥州市胆沢城へはそれぞれ十二チーム、青森県上北郡おいらせ町へは九チームが向かって貰えれば良いだろう。因みに島根県隠岐島の場合は十五チームが必要だという。
「グラディウスの総数とか動ける人数とかは、ええとごめんなさい、わたしは正確には把握出来ていないのだけれど……十分な戦力を割けないとしても、理想の三分の一程度の戦力が確保できれば、五十パーセントくらいで破壊を期待出来そう、という事らしいわ」
 この後で正確な総戦力の確認を、と仁那は口にしかけるが、その辺りはケルベロス達でして貰う方が確実だろう。戦力配分の調整も含めればヘリオライダーには出来ぬ事、頼らせて欲しいと彼女は口にした。

「それから……ミッション破壊については詳しいひとも居るとは思うけれど、確認させてね。まずグラディウスでの強襲をして回廊を壊して貰って、それから出来れば、敵が混乱している隙に菩薩を倒して貰う事になるわ。ただ、菩薩には護衛がついているから、地上に下りた後、更に陽動をして貰うチームが必要になるみたい」
 陽動班が派手に攻撃を仕掛け、配下をなるべく多く惹きつけることが出来れば、菩薩を狙う隠密班が動き易くなる。
 作戦が上手く行った場合、陽動班は一チームで対処出来る以上の敵を相手にせざるを得ない状況となる事も考えられる。だが全てを相手取るのは無謀──可能な範囲で倒して貰えれば今後が楽になるであろうが。菩薩から引き離し敵陣を翻弄し、時間を稼ぎ隠密班の援護をした上での撤退を試みて貰いたい。
 菩薩の撃破を目指す隠密班は、菩薩本体と、陽動班が惹きつけきれなかった残戦力を相手に戦う事となる。また、菩薩自身は安全に撤退する事を優先する。菩薩へ辿り着く前に作戦を敵に気付かれた場合、配下達の迎撃を受け菩薩を捉まえる事は出来なくなるだろう。
「──ところでさっきの数字は、『ミッション破壊に』欲しいチーム数で」
 紙面を滑った仁那の指が、捨て置かれていたままの別の数字を示す。目立つものには『+7~』とあった。
「菩薩も確実に倒すとなると、一地域に十チームは欲しい、のですって」
 それができれば勝率は七割を超えるのだが……。戦力配分と連携が鍵となる難しい作戦となるだろう。
「お願いしてばかりでごめんなさいね。他のミッション破壊を置いておいての作戦になる事だし、菩薩に逃げられたとしても破壊には成功してきて欲しいところだけれど……いえ、勿論、菩薩も倒してくれれば後々とても助かるでしょうけれど。
 ……グラディウスもだけれど、あなた達、こそ。どうか無事に戻って来てちょうだい」


参加者
三和・悠仁(憎悪の種・e00349)
ロベリア・エカルラート(花言葉は悪意・e01329)
大粟・還(クッキーの人・e02487)
罪咎・憂女(刻む者・e03355)
夜陣・碧人(影灯篭・e05022)
ガロンド・エクシャメル(災禍喚ぶ呪いの黄金・e09925)
柚野・霞(瑠璃燕・e21406)
アトリ・セトリ(スカーファーント・e21602)

■リプレイ


 ケルベロス達が向かったのは埼玉県秩父山地。ここを護る明王達もが菩薩に協力しているとあって、その目論見を砕くにあたり彼らが抱く思いは倍加する。
「──そもそも『ちっぱい絶対殺す明王』って何なんですか! 殺せるものなら殺してみなさい! というかわたしがお前を殺す!」
 柚野・霞(瑠璃燕・e21406)はその華奢な体に見合わぬ、且つ常の落ち着いた振る舞いからは想像し難いほどの怒気を放ち先陣を切る。
「どうせ地名だけ見て占拠したんだろうがな。此処はお前らよりも遥かな昔からの雄大な時の流れを感じる為の地だ。てめぇらのくだらねぇ主張に踏み荒らされて良い場所じゃねぇんだよ!」
「秩父で乳の話とかツッコミどころなんだろうけどさ! 取り敢えず、鳩胸以下の鳥人間は黙って死んでろ!」
 ガロンド・エクシャメル(災禍喚ぶ呪いの黄金・e09925)は不快を露わに、夜陣・碧人(影灯篭・e05022)は自身のペースを保った様子で続き。
「ええ、胸しか見てない女性の敵は早急に退去しやがれください!」
 体格に見合った、ほど良い胸囲の持ち主である大粟・還(クッキーの人・e02487)は大きく頷いて、
「それにビルシャナはもううんざりです、累乗会だかなんだか知りませんがいい加減にしろ!」
 倦んだ色をも力に変えて。手にしたグラディウスに籠め、重力に身を任せた。
 ──そして。この地に精舎を成し更に踏みにじらんとする菩薩への怒りもまた、彼らの身を嬲る強風にも負けぬほど、激しく示される。
「ここの菩薩様は随分とツマラナイ相手だよね。自分だけ大事なら一人で十分でしょ、こっちに出てくるな。ガンダーラに逃げ帰って引き籠もってれば良いよ!」
「自身を大切にするのは思い遣る他者があってこそ。交わりを否定して自身だけを見る事とは違う!」
 他者を拒絶するなど愚かだと真っ向から否定を紡ぐのは、ロベリア・エカルラート(花言葉は悪意・e01329)も罪咎・憂女(刻む者・e03355)も、他者との関わりの尊さを知っているがゆえ。だからこそ、
「人の心を弄ぶような輩を増やすわけには行かない。だからこの場所は、必ず解放するよ」
 アトリ・セトリ(スカーファーント・e21602)の声は静かなれどはっきりと。しかと握る手から伝わる思いに、短剣が応え力を纏う。
「流れる水、山々の景色……この地の全ては、そこに住まう人々の、そこに生きる命の為のもの。侵略者如きが居座るを、許せようものか」
 三和・悠仁(憎悪の種・e00349)が宿す獄炎が、激しく盛る。
「血肉の一片まで蒸発して、失せてしまえ──!」


 ケルベロス達の刃が、届く。此処へ赴いたのは三チーム、それだけの力が回廊を襲う。光と音が場を染めて、目も耳も封じられる中、彼らは身を引く重力に従い落ちて行く。
 やがて肌に触れる風が、地上が近い事を報せる。そこで憂女、ガロンド、霞は風を捉え滞空し、碧人はフレアをその供につけた。
「気を付けて行ってらっしゃい。無理はいけませんよ」
「ギャウッ!」
「……これフレアに何かあったら夜陣君に怒られるんだろうか」
「ぎゃう?」
 他の者と共に地上へ向かう碧人と元気良く返事をし傍に残ったフレアとを見、ガロンドが呟く。それが聞こえたのかは定かでは無いが、一回狙われたら帰らせて下さい、といった意思が主の方から伝えられた。狙われるという事は敵の注意を惹けたという事なので、後は下りて対処するというのは理に敵っていよう。
 地上へ下りたのは五名と四体。彼らはまず還へグラディウスを集めた。後衛からの支援に徹し原則敵に近付かぬ予定の彼女へ預ければ滅多なことは起こらぬだろうとの判断だ。
 彼らの目的は、多くの敵を惹きつけ倒す事。今回此処に菩薩を狙うチームはいないが、万一があった場合の援護が出来ればと。無論自分達が遭遇するような事があればただではおかぬとの覚悟も抱き。
 そして、その為に周囲を窺えば、敵達はひどく混乱、より正確には狼狽している様子だった。その理由は上空に。二十を超える、力宿したグラディウスにより、回廊は見事に破壊されていた。それに伴い敵達は計画の破綻を悟った様子。であれば速やかに動く事で木偶を操り得る。他チームとは違う方角を受け持ち彼らは声を張り上げ、グラビティを放ち、敵達を煽りに掛かる。ロベリアは竜砲を宙へ、アトリは周囲に地雷を爆ぜさせて、轟音を。
「機会を託してくれた同胞の為、護るべき人々の為──!」
 晴れゆく中を、空の者達は派手に飛び回る。祭壇の手から、瑠璃の翼から、地を灼き払わんばかりの光を撃つ。眩い地を駆ける者達もまた。
「──願わくは此のクッキーを以って普く一切を救済せんことを」
 還の周囲に甘く香ばしい香りが溢れる。叫んだ影響で少々傷めた喉を押さえつつではあったがそのクッキー力に衰えは無い。
「自己愛に溺れ現実から目を背け、可能性を潰すだけのそれを教義など馬鹿馬鹿しい。所詮は鳥頭か」
 悠仁は怒りと憎悪を吐き、振るった剣で風を起こす。砂塵を巻き上げ、異質の所在を知らしめる。彼は特に菩薩陣営への敵意が強い。ゆえもあり、この場のケルベロス達は元々この地を占拠していた明王を重要視するのと同様に、菩薩の直属配下であるエゴシャナ達を標的にと考えていた──菩薩本体を狙う事は厳しい状況が予想されたが、それでも確実に痛手をと。やがて碧人が近くに幼鳥の姿を捉え、雷の檻を放つ。引き攣れた悲鳴が洩れ、鳥の顔が怒りに歪む。
「こっちよ、手を貸して!」
 彼女はケルベロス達の動きにより、排除すべき者達を発見し向かって来るところであった敵の一体。連れていたのはもう一体の同族、声に応じるのは一体の明王。
「あ、そろそろ行かなくてはなりませんね」
 であればと空の者達が地上を目指す。彼らの目に映る中で、すぐに対応すべき敵戦力に加えねばならぬと判断出来たのは、何事か喚きながら飛び来るエゴシャナとその供をする輝きの鎌、計二体。


「この辺りの敵はこいつらだけよ、この分なら自愛さまの方も大丈夫だと思うわ!」
「すぐにまた増援が来そうだねぇ。いつでも退けるように用心しておいた方が良さそうだ」
「解りました、ありがとうございます」
 地上で本格的な戦いが始まり、下りて来た面々は見たものを地上の者達へ報せる。ケルベロス達の方は更に、前線へ上がる前にと残る三本のグラディウスも還へ預けた。
「頼りにしてるよ」
 自陣中衛へ向けて言ったアトリは援護の魔葉をまず霞へ。ガロンドは前衛達の知覚を強めるべく纏う青銀を操る。
 敵は現在五体、前後衛に二体ずつ。ケルベロス達はまず、初めに狙った前衛のエゴシャナへと攻撃を集めた。
「シトリーよ、我が声に応えよ」
 霞の詠唱は冷徹に。
「ちっぱいは悪、ちっぱいは滅ぶべし。嗚呼あの魔法少女も乳さえあればロリ巨乳という素晴らしい存在となれたであろうに勿体ない」
「お黙り下さい、わたしはこれでも今年成人です」
 が、説法という名の雑言をぶつけられ、続いた声が震える。
「なんと、人の子でありながらその歳にしてその胸とは哀れな」
「……今の敵が片付いたら次はアレを刺して来ても良いですか?」
「んー、中衛ほっとくのも危険だしね」
 得物を握る手に力を籠め、翼を常よりやや急いた風はためかせる彼女へ、ロベリアが僅かに視線を上げて応える。必要な時は手伝うよと微笑むと同時に星を象る魔力が今の標的へと飛んだ。
「るーさん、手伝ってください」
 銀光散らす還の声に応えウイングキャットが宙を舞う。フレアがそれを補佐すべく傍の憂女へと熱を分け与えた。
「ありがとう」
 言葉だけを残し。翼を広げた彼女は一息に敵へと迫り、抜いた藍刃で斬り払う。その衝撃に重なるのは碧人が放った真紅の凶器。正確に見舞われた連撃に息を詰める敵へ、未だ終わりでは無いと報せるのは悠仁が携える、血そのものを凝らせたが如き禍々しい剣。
「当人すらも蔑ろにする愛など愛と名告るのも烏滸がましい。そんなものを囀る口など引き裂いてくれる」
 声は、荒く無慈悲に、溢れんばかりの殺意で以て。流れる刃は裏腹に重く、敵の小さな体を叩き割る。
 まずは一体。けれど悠仁は目に映る全ての幼鳥を狩り尽くさんとばかり、次なる標的を睨めつける。
 つい先程到着した敵増援が四体、今敵は計八体。それでも未だ、広範囲を巻き込む攻撃は有用とは言い難い状況にあるのが厄介だったが、獲物には事欠かない。盾役と思しき幻花衆、中衛に下りて来た輝きの書。何より煩わしいのが、後衛に増えたエゴシャナ達。明王は好き勝手に動き、ダモクレスは淡々と援護に徹しているようだが、幼鳥らは連携して戦おうとする。その呪言達は高らかに広く響き渡り重なる音でケルベロス達を苛んだ。
 これに明王の歌の力が乗ろうものなら面倒だ。先程受けた光輪の呪力が未だ残る身に堪えつつ霞は斧鎌を明王へと放つ。しかしそれは忍に阻まれ届かない。やはり盾役を先に排除すべきかとケルベロス達は今一度敵前衛を集中して狙う事にする。
「フレア。明王の動きに注意を」
「新しく来たダモクレスも要注意かもしれないね」
 碧人の声が端的に指示を。強化があれば捨て置く気は無いとロベリアもまた身構える。一体目のダモクレスは手にした鎌を得物に戦っており、であれば『書』の方もと推測出来た。
 この場において単体で最強であるのは明王のようだとケルベロス達は看破していた。だが攻撃の、見目はともかく尾を引く災禍の危険さは他に分がある。エゴシャナ達に対抗する為に還は味方前衛へ光の加護を纏わせ続け、後衛へはクッキーの布教をし続けていた。敵の多さゆえにるーさんとキヌサヤはその手伝いに専念せざるを得ないでおり、それをアトリが支えに回る。優しい風と治癒の力を宿す葉が癒し手達へ更なる力を与えた。
 これら加護はケルベロス達皆を支える力となって行き、油断ならぬ戦いの中で各々が自身の務めに専念する助けとなる。
「アドウィクス」
 主の指示によりミミックが金銀の幻影を生じさせる。敵後衛の視界を侵したところへガロンド自身は光弾を撃ち込む。初めに敵の目を惹いた光は今は、標的の動きを封じる為にこそ放たれて、支えの一つとなる。その隙に踏み込んだ憂女の刀が敵盾役の身を抉る如く斬り捨てて、射手達の攻撃がその奥へと突き刺さる。
「罪咎さん、頼もしくて有難いけど少しは休憩して貰えると見てる方としても安心だねぇ」
「っ、……失礼」
 敵の間近で、その身で以て攻撃を受け止める盾役へ友は言う。サーヴァントを連れている者が多いゆえに彼女の耐久度は盾役中随一なれど、より多くの戦果を望むのであれば盾役達ばかりに負担を掛ける事が必ずしも正しいとは言い切れない。彼女達もまた貴重な攻撃の手なのだから──ケルベロス達はその数をこそ活かすべき。敵が増えるにつれ、彼らの戦い方も少しずつ、多数を相手にする方法へと切り替えられつつあった。
「──好きに出来ると思わない事だよ。イリスはそのまま、フレアちゃんはみんなを手伝ってあげて」
「ギャウッ!」
 明王が後衛、ダモクレス達へ賞賛を謳う。機械達は淡々とその効果、火力への加護だけを受け取るが、ロベリアが破呪の力を籠めた鎖を広げそれを阻みに。彼女と同じくふわり微笑むビハインドと、円らに澄んだ瞳を瞬く小竜は、質量持たぬ武装を次々吐き出すミミックと共に明王を攻めるケルベロス達を手伝った。
「雷陣は雷神にて神鳴の陣──」
 今、前衛を固めるのは比較的戦闘力の低い忍達。そちらは複数纏めて薙ぎ払うべく、その手段を持つ者達が対応する。轟雷が、烈風が、爆発が、脆い盾を蹴散らした。
「今何体くらい行ったっけ?」
「エゴシャナ二体、幻花衆とダモクレスが二体ずつ、までは数えてましたけど」
 時計を確かめ問うたロベリアに還が首を振る。敵の癒し手が此方の護りを砕くのに対応すべくウイングキャット達に指示を飛ばしながら働き続けたクッキー教主の声は割れていた。
「幻花衆にプラス二体だよ」
 息を上げつつも、良い調子だとアトリが微笑み。
「ついでに大物を一つ足して下さい──シトリー!」
 霞の術が明王を屠る。彼女もまた疲労のあまり、翼を休めに束の間地へ下りる事が増えつつあった。
 声を掛け合い、支え合い、繕い、継いで、ここまで来たけれど。戦い続けたケルベロス達の限界は既に近い。それは誰もが解っていた。いつでも退けるように、少しずつ地域外縁を目指すよう動きながらだったが。
「ごめん、あとをお願いだよ」
 それも、崩れるとなれば瞬く間。初めに限界を迎え膝をついたのは、比較的打たれ弱い身ながら盾役として攻めに護りに奮闘して来たアトリ。飛び来る魔剣から悠仁の身を護り意思を尊重し後を託した彼女を当然置いては行けない、だが未だ彼らは戦える。だからその気があるうちは、ケルベロス達はこの場に留まるほか無い──万一包囲されるような事があるならその前には見切りをつけねばなるまいと。
 彼女の穴を埋めるように、射手を務めていたイリスが前へ。けれどそれから少しして、彼女の傍でフレアとアドウィクスが力尽きる。碧人が息を呑んだものの、今はと唇を結び直し敵を苛みに戻る。
 こうなった時にはウイングキャット達を前へ遣る手筈であったけれど、少し手を休めた隙に瓦解しそうだと癒し手達が止めた。ならばと霞が顔を上げたが、高精度で敵へ呪詛を与え得る貴重な攻撃役の身で今動くのは致命的と思い留まる。
 そしてそうした事情達は敵方も解っているようで、数を使い捨てながら圧し来る中、戦線維持に努める癒し手達が狙われるのを盾役達が護る。既に消耗していたイリスも長くは保たず、憂女が単身、となるのにそう時間は掛からなかった。
「その声だけは赦さない──このまま死ぬが良い」
 悠仁の斧が三体目のエゴシャナの肉体を叩き潰す。それでも未だ残る幼鳥の姿を彼の瞳は見据えたけれど。
「行け、『黄金龍の果実』!」
 それを殲滅するだけの猶予は最早無い。ガロンドから眩い金光とその源が放たれ負傷に喘ぐ憂女を支えたが、それも時間稼ぎに留まる。必ず生還せねばならぬ立場の還を護って憂女は膝をつき、その原因である呪音の波に侵されロベリアもまた。
「すま、ない」
 護りきれず、などと憂う暇すらも無い。敵陣からの更なる追撃に耐えきれず還の身が傾いだ事で、ケルベロス達は撤退を決めた。倒れ伏す寸前の体を支えた碧人が男性陣に同様の依頼を飛ばし、霞の翼が敵の隙を誘うべく広範囲へと光を放つ。
「次はきっと、根絶やしに出来る……いや、僕らの手でそうしたいものだねぇ」
「……ええ、必ず」
 ガロンドの声に、悠仁は歯噛みしつつも頷いた。そう、ケルベロス達ならば──ケルベロス『達』だからこそ、それは『今』では無く『次』と。
 その時には、逃げおおせたであろう菩薩共々、きっと。

作者:ヒサ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年4月13日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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