累乗会反攻作戦~落日の精舎

作者:白石小梅

●反抗作戦
「皆さん、お集まりいただきありがとうございます。我々はこれより、ビルシャナどもの『菩薩累乗会』に対する、大規模反抗作戦を決行いたします」
 望月・小夜(キャリア系のヘリオライダー・en0133)は、力強く頷いた。
 シルフィディア・サザンクロス、軋峰・双吉、大成・朝希、アビス・ゼリュティオ、フィオ・エリアルド、館花・詩月……これらの番犬たちが先頭となって行った調査が実を結び、遂にビルシャナ菩薩どもの動きを掴むことに成功したのだ。
「攻められたならば、攻め返す。それが番犬の流儀。ではまず、敵の状況を説明いたします。菩薩累乗会を行ってきた四体の菩薩は、それぞれビルシャナ勢力の占領された四つのミッション地域に『精舎』を建立しようと現場指揮を執っています」
 難攻不落の要塞を建て、何らかの大規模儀式を行う腹積もりだろう。
 見過ごすことは出来ない。
「強襲型魔空回廊によってすでに敵に占領されている以上、攻める方法はミッション破壊作戦のみ。しかし指揮官たる菩薩を迎え、各地域の兵力は大幅に増強されています」
 敵拠点の防備が充実している以上、こちらもそれを破るだけの大戦力が必要だ。
「そこで、現在使用可能な状態にあるグラディウスを全て投入し、各地域に集中爆撃を仕掛けます。拠点を粉砕した上で、建立指揮を執っている菩薩を討つ。それが『累乗会反抗作戦』です」

●攻撃目標
「今回は各地域の『強襲型回廊を破壊する』ことが任務の成功条件です。敵は強襲型魔空回廊に拠って前哨基地を建設していますので、回廊を破壊さえすれば精舎の建立は阻止できますから」
 各地域には、元々ミッション地域にいた有力ビルシャナに加え、指揮官の菩薩とその直属の部下、更に幻花衆と輝きの軍勢が配されて菩薩警護の任務に就いているという。
「各々、資料から各地域の敵戦力について把握しておいてください。では、菩薩のいる地域と回廊の確実な破壊に必要なこちらの戦力をお伝えいたします」
『埼玉県秩父山地に、自愛菩薩』。必要戦力3班。
『青森県上北郡おいらせ町に、恵縁耶悌菩薩』。必要戦力9班。
『宮崎県高千穂峡に闘争封殺絶対平和菩薩』そして『岩手県奥州市・胆沢城に芸夢主菩薩』。共に必要戦力12班。
「この数で一斉爆撃を行えば、それだけで破壊確率は100%です。例え参加数が3分の1でも50%の確率で破壊可能であり、戦力が多い程に破壊確率は上昇するでしょう」
 万が一、破壊に失敗した場合は通常のミッション破壊作戦と同様に撤退するしかない。
 だが、例え頭数が少なくとも一斉に強襲を掛けるなら破壊可能性は十分にあるわけだ。

「ですが今回は更なる戦果……回廊を破壊されて敵が混乱している隙を突き、菩薩撃破までを狙います」
 菩薩の周囲にはビルシャナ達と同盟勢力のデウスエクスが居る。菩薩を討つには、その周囲から戦力を引き離す必要がある。
「そこで攻撃部隊は地域ごとに陽動班と急襲班に分かれてください。混乱している敵は『より派手な攻撃を行っている班』に殺到して来ます。陽動班は派手な襲撃を行い、菩薩の周囲から敵を引き付けて、菩薩への急襲成功率をあげるのです」
 敵を誘引するほど状況は厳しくなるが、陽動班の役割はより多くの敵を各個撃破しつつ、長時間引きつけて地域から撤退する事にある。
 そうして作られた間隙を縫い、急襲班が隠密行動で菩薩に近づき撃破するのだ。
「ですが菩薩の周囲には最低限の戦力は残るでしょうし、菩薩は身の安全を第一に撤退優先で行動します。隠密中に発見されれば、敵が殺到して菩薩に辿り着く事も出来ません」
 菩薩まで近づけた戦力が弱小であれば、その時点で撃破は諦めるしかなくなる。撃破には、戦力の集中運用が肝要。更に、陽動班と急襲班の連携が隠密行動の成否を分ける。
「1地域に10班以上の戦力を集中すれば、7割以上の確率で菩薩撃破を狙えます。逆に、それ未満の参加班数では、菩薩を討つのは難しいでしょう」
 そして小夜は、思い出したように付け加える。
「ああ。現時点で菩薩の存在は確認されていませんが、残るビルシャナ占領地である島根県隠岐島の拠点を狙う事も可能です。菩薩との戦闘が発生しない為、通常のミッション破壊作戦と同様の作戦内容となりますが、拠点を潰すことに損はありません。余剰戦力が出るならば、考えてみてください」

 この作戦には、用意できる全てのグラディウスを投入する。暫くの間ミッション破壊作戦自体を行う事ができなくなるため、失敗すれば精舎建立を防ぐ術は失われる。
「敵は前哨基地の建立を始め、こちらは即応できる全戦力でそれを突き崩す。どちらがどれだけの優位を勝ち取るかが、この闘いの帰趨を決するでしょう」
 それでは出撃準備を、お願いいたします。
 小夜はそう言って、頭を下げた。


参加者
エリシエル・モノファイユ(銀閃華・e03672)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
紗神・炯介(白き獣・e09948)
リリー・リーゼンフェルト(耀星爛舞・e11348)
比良坂・陸也(化け狸・e28489)
北條・計都(凶兆の鋼鴉・e28570)
長谷川・わかな(笑顔花まる・e31807)
鋳楔・黎鷲(天胤を継ぐ者・e44215)

■リプレイ


 空気を裂く耳鳴りの中、流星のような輝きが降下していく。
 それは熱き想いに呼応した小剣の群れ。
 一つ、二つ……いや、八つ。
 胸に抱いた義憤を輝ける剣に込めて、星の守護者は遥か高空より身を躍らせる。
 それは、昨年の一月以降、幾度となくこの国に見られた光景。
 だがこの日は、雲の間に八つの群れが、また一つ。
 別な場所にもう一つ。
 二つ、四つ、八つ……。
 やがて小剣の輝きは、百に近い流星群となって、岩手県奥州市の上空を舞う。
 そして、凄まじい爆音と雷鳴が、胆沢城に鳴り響く……。


 強襲型魔空回廊は、それ自体が爆雷の如く爆散した。
 大地を揺らすほどの衝撃に、しばしの間、音さえも飛ぶ。
 帯電する霞の中で、立ち上がったのは、四人の幻花衆。
「か、回廊が……迎撃態勢を……!」
「いや、菩薩に指示を仰ごう」
「ああ。菩薩が無事なら、もう一度……」
 回廊の破壊は、補給が絶たれ、この地の城壁が消滅したことを意味する。
 だが戦の流れが、彼女たちに撤退を許さなかった。
 周囲から近づく歓声。そして近づいてくる、大音量の音楽。異様な気配に、彼女たちがハッと振り向いた刹那。
「もう二度と精舎なんて建てさせねえ! 手前ぇ等の目論見はぶっ潰す! 何度だって土台から壊してやんよ!」
「うん! 貴方達の野望は阻止してみせる! 皆の事、絶対に守るんだから!」
 比良坂・陸也(化け狸・e28489)の放った火焔の球が、忍たちを打ち据えた。長谷川・わかな(笑顔花まる・e31807)が、彼とちらりと視線を合わせながら、大音量で闇を祓う歌を紡ぎあげる。
 そしてその背後から、一斉に番犬たちが飛び出してきた。
「ふん。お前たちか。人の心に付け入り蝕む外道に変わりはなし……我等がその悪業、尽くを叩き潰す……!」
「ちょっと放っといたらネズミ算式に増えかねない奴らが、他のデウスエクスと組むなんてね。ホント、タチ悪いったらありゃしない。ああ、叩き潰してやろう!」
 紡がれる歌の援護の中、鋳楔・黎鷲(天胤を継ぐ者・e44215) の放った竜の砲弾が混乱する忍を打ち据え、エリシエル・モノファイユ(銀閃華・e03672) の一閃がそこを追撃する。
 幻花衆は悲鳴を上げて逃げ惑った。螺旋射ちや毒の苦無での反撃も、逃げ腰な中では足止めにもならない。
「ああ……お前達の思い通りにはさせない! ぶっちぎるのは……俺達だ!」
 北條・計都(凶兆の鋼鴉・e28570) もまた、ライドキャリバーこがらす丸に乗り込んで、盛大なバックファイアを噴き上げた。火炎と共に忍達を蹴散らしながら、轟竜砲で追い立てる。
『狼狽えるでない、忍ども。行け、輝きのからくりたち』
「……!」
 その声が響いた瞬間、鎌を携えた二体のダモクレスが前面に降り立った。
「カ、カムイカル法師! 番犬の襲撃です!」
『見ればわかる。彼奴らは回廊を破壊した勢いに乗り、菩薩の命を狙う腹であろう』
 背後に立った法師は、忍達が縋り付くのをたしなめながら、癒しの後光を放つ。
「ふん、闘争封殺……絶対平和菩薩だっけ? そうよ。誰だって闘争は望まない……だから、ここで終わらせるッ! この鳥籠ごと、ブチ破ってあげるわッ!」
 リリー・リーゼンフェルト(耀星爛舞・e11348) の音響機器が、大音量で鳴り響かせたヘリオライトを共鳴増幅させる中、彼女は舞い踊る。
「ああ。人の意思は人のもの。僕の意思は僕のもの。衆合無だかなんだか知らないが……他者の意思まで取り込んでいく君たちには、心底吐き気がするよ……!」
 獣の如き殺気を漲らせて、紗神・炯介(白き獣・e09948) が跳躍する。
 それは、リリーの連撃の舞いと、炯介の渾身の拳。番犬たちを押し留めんと前に出てきた輝きの鎌を一撃で押し戻し、番犬たちは正面突破を図る。
(「幻花衆、四体。輝きの鎌、二体。そして法師……頭数は多いが、法師を除けば強敵じゃない。更に、主戦力の法師は恐らく癒し手……ぎりぎりだが」)
 どうにかなる。
 玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)は氷結の光線で、前を行く仲間たちを援護しつつ、そう判断を下す。
『ふむ。精鋭、か。こ奴ら如きでは抑えきれぬな……ならば』
 その時だった。彼がその出現を特に警戒していた敵に、気付いたのは。
「……! 避けろ、奴だ……!」
『出ませい、明王! 菩薩の守護を、全うせよ!』
 法師の一喝に合わせて、鳳凰の如き黄炎が、突如として前衛を薙ぎ払う。
 番犬たちの進軍を一撃で跳ね飛ばし、荒々しき黄翼の明王がその眼前に降り立った。
『我、鳳凰光背武強明王! 求むる闘争を、ここに得たり!』
 忍達が、歓声を上げる。
 癒し手の法師。攻め手の明王。支柱を得て、敵勢は勢いを盛り返した。
 ここは、二転三転する戦場の真っただ中。
 累乗会反攻作戦、胆沢城の闘いは、こうして始まった。


 突破は、阻まれた。
 尤も、実際には意図を挫かれたわけではない。この班の役割は、隠密班の浸透を助ける陽動にある。
(「柄にもなく派手に攻めたけど……おかげで、かなりの数を引きつけたみたい。ただ……」)
(「ああ。個体差あるんだろうけど、やっぱあの明王、頭抜けて強いな。しかも八体。勝ち目は……」)
 わかなの視線が、ちらりと陸也の方に揺らぐ。
 その時、ずいっと陣内が二人の間を進み出た。明王に気圧された気持ちを掃うように、胸を張って。
「狼狽えるな。俺は先の戦艦竜も討った。今回も、必ず勝つ」
 その大言壮語は、無論、陽動のための挑発。そして同時に、怒りを誘発するグラビティ『ル・クリザンテム』の枕詞だ。
「だがここに顕現したのは闘争封殺絶対平和菩薩と聞いた。闘争の否定を掲げる菩薩たちに、力を求めて喧嘩に全てを注ぐはずのお前たちが、何故従っているんだ?」
 ふんと鼻で笑ってのければ、明王は眉を寄せて怒りを見せて。
『我ら赦されぬ身なれど、同胞より乞われた助力を拒む道理無し! 訪れる闘争があるならば、身を退く道理は更に無し!』
 明王の叫びに合わせ、遂にビルシャナ勢の反撃が始まった。
「来るぞ! 明王がクラッシャーでダモクレスがディフェンダー! 法師はメディック! 忍者は恐らく、ジャマーとスナイパーの混成だ! 行け、こがらす丸!」
 突っ込んで来る軍勢の脇からこがらす丸が激突する。
「見せてやる……これが北條・計都の精一杯……地球人の精一杯だ!」
 足並みが乱れた敵勢に、計都は胸から輝ける剣を取り出すと、開戦を告げる一打を打ち込んで。
 一方、炯介はその熱さと対照的に、敵とぶつかり合う仲間たちに銀光の癒しを解き放ちつつ、背後に冷えた目を向ける。
「ただ力を求め、闘争を続ける明王。法師くん。君の教義に従えば、君こそ彼らを止めるべきじゃないのかい? それともビルシャナの教義とは状況で旗幟を変えるのかな?」
 だが法師の方はその挑発を鼻で笑って受け流し、怒りに唸る明王をたしなめた。
『鎮まれ、明王。痴れ狗の誹りに惑わされるな。絶対平和教義が世に満ちるまで、争いを収めることこそ我らが責務。争い撒く者どもをその力で黙させよ。永遠にな……』
 そうして彼は数珠を輝かせて明王の怒りを散らし、更に忍達を指揮して明王に分身を纏わせ始める。
(「平和が教義な菩薩の麾下だけあって、癒し手としては一流ね。ここに拠点を設けたのは、攻め手に欠ける自分たちの能力を補う狙いもあったのかも……!」)
(「敵の核は明らかにあの明王だ。あれを討てれば更に時間も稼げるだろうね……でも、敵は随分、癒しの厚い編成だ。さて、吉と出るか、凶と出るか……!」)
 頷き合ったリリーとエリシエルは、前へ出てきたダモクレスと激突する。一方は蹴りで敵を押さえ、一方はその剣閃で足を掬って。
「見せてやろう、我等ケルベロスの力を」
 二人の突撃が防御を抑えた隙を、黎鷲は見逃さない。グラビティで編まれた楔が飛び、明王の躯体を縛り上げる。
『この程度の力で我を止められると思ったか』
「我らと言ったぞ。これは前座だ」
『!』
「青白き月煌、遷ろう月。惑いの導きに、絶対なる零へと至れ……!」
 陸也の掲げる符が、凍てつく光を解き放った。縛られた明王をその雄叫びごと氷の内へと閉じ込めていく。
「耐性やドレインが主で、行動阻害系の技を使う敵はいないね! なら、遠慮なく歌うよ! もう一度!」
 飛んで来る苦無の援護射撃も、わかなの歌う、破邪の音色のヘリオライトが対抗する。
 いける。番犬たちが、再び意気を上げんとした、その時。
 明王が火焔と共に氷鎖を砕き、こがらす丸の横腹を抉り抜いた。
「こがらす丸……!」
 光と消えるこがらす丸を一瞥もせず、明王は鳳凰の如く蘇る……。


 闘いは、急速に泥仕合の様相を呈していった。
(「……法師は攻め手に向かず、忍は主攻には力量が低い。攻めは、明王頼りか。しかし忍は分身の術使いで、幻惑や攪乱への備えは厚い……」)
(「怒り戦術も封殺され、結果としては堅陣同士で身を削り合う消耗戦だ。この状態で優位に立つのは地力に勝る方、か……」)
 黎鷲と陣内は共に竜砲弾を明王に撃ち込み続けているが、敵の回復が集中する中では、芳しい成果を上げているとまでは言い難い。
 そして法師が、ゆらりと動く。
『追い込んでおるな。忍ども、そろそろ攻撃に移る。我に続け』
「わか……っ!」
 吹き付ける火焔を鎖結界で抑えていたのは、陸也。その鼻先を、濁った色の数珠玉が掠め飛ぶ。振り返った時、そこには……。
「いけないいけない……怪我はありませんでしたか?」
「計都さん!」
 ひどい火傷から血を落としながら、わかなの前に立っていたのは、計都。彼女がすぐさま魔術縫合を施すも、その血は一向に止まらない。
(「うそ……! アンチヒール……!」)
 それでもなお、彼を倒れさせまいとするものの、血みどろの体に、何度となく無数の苦無が撃ち込まれて。
「い、たたた……怪我させちゃったら、後でしばかれちゃいますからね……二人は、元気に……帰らない、と……」
 最後まで仲間を庇い抜いて、北条・計都はついに崩れ落ちる。

 機を掴み、敵勢は一斉に攻勢へ転じる。
 怒涛の攻めに晒される中、明王に剣を打ち込むエリシエルの脇から、輝きの鎌が突っ込んできて。
「……させない! アンタたちの相手くらい、アタシが一人でしてあげるわ!」
 それはリリー。今や、たった一人の護り手。
「ちょっと! 無茶するんじゃないよ……!」
 だが斬り込んで来る明王と、その背後から嵐のように撃ち込まれる飛び苦無に、こちらも防戦一方だ。
 孤立するリリーを圧し潰さんと、ダモクレスは二体掛りで幾度も鎌を振り下ろす。すでに血みどろになりながらも、彼女は身を捻って致命傷を裂け、一気に間合いの内に入って。
「これで一体ッ!」
 手刀に纏わせた影の刃が、その首を薙ぎ払う。
 そして振り返るよりも早く、その背に鎌が突き立った。
「……っ」
 倒れ込みつつも、機械人形の足にしがみつくリリー。その手を踏みつけ、大鎌が持ち上がって……。
「させないよ」
 そして、輝きの鎌の背を、獣の爪の如く構えた腕が貫いた。その躯体は僅かに痙攣し、ショートしたように崩れ落ちる。
 人形を押しのけたのは、炯介。倒れたリリーが息をしていることだけを確認し、すぐに立ち上がって。
「……お疲れ様。少しお休み。僕はもう少しだけ、粘って来る」
 こうして、番犬の布陣から守りは絶えた。
 持ちこたえられるのは、もはや僅かな時間だけだ。


 明王が、吠え猛る。集中的な攻撃で傷だらけながらも、未だ意気軒高に。
「声が、枯れたって……諦めないよ。絶対に……」
 わかなの放つ桃色の霧が、最後の壁となって仲間たちの膝を辛うじて支えている。
 だが陣内は、敵陣の向こうに待ち構えていた機を捉えていた。
 明王の剣に、呪いを込めた爪で打ち合いながら、彼はそっと囁く。
「日頃の行いが良すぎたな。俺たちの作戦は、成功した。お前たちは、もう終わりだ」
『何を。我の喧嘩は、まだまだこれから!』
 明王がそう叫んで陣内を弾いた時だった。敵陣の向こうに登る黒煙に気付き、悲鳴にも似た声が響き渡ったのは。
『法師! 精舎の方角より火の手が!』
『な……まさか……伏兵か! 忍ども、退けい! 明王、死にぞこないに構うな! 菩薩の下へ向かう!』
『馬鹿な! 本陣へ敵を案内する気か! 疾く片を付け、取って返すのだ!』
 焦った明王は陣内に向けて無理に剣を振り下ろした。無論、無理矢理な一撃は、陣内の髭先を掠めて空を切る。
(「支柱が仲違いして指揮が乱れ、忍者たちは動揺して動きを止めた。敵の援護が攻撃に回り、明王の耐性を俺たちが砕くまで……長かったぞ……!」)
 その瞬間、明王の顔に小さな狸が喰らい付き、異質な重力場が更にその動きを抑え込んだ。
『!』
「すまねーな。謀るのは化け狸の……隙を突くのは番犬の性分って奴でよ」
「君を菩薩の下へ帰しはしない。絶対にね」
 それは、陸也のファミリアと、炯介のライフル。
 明王が、雄叫びと共にそれを打ち払った時。一筋の刃が明王の喉首を貫いていた。
『がっ……!』
 刃を握るのは、エリシエル。だが明王は喉笛から血飛沫を飛ばしながらも、その首に掴みかかって。
『……負けは、せぬ! この命、焼き尽くしても……!』
「はっ! 根競べかい。いいよ。地味な勝負だけど……受けて立つよ!」
『よせ! 明王、よせ!』
 体内より一気に炎を噴き上げて、明王は燃え上がった。エリシエルは火焔の中へ呑み込まれるも、しかし彼女も唸りながらぶちぶちと刃を押し込んでいく。
「諸共合切……ぶった斬る!」
『良き、喧嘩よ! 燃え上がれ! 竜をも凌ぐ、仏恥義理ッ!』
 その火勢が、爆炎と化して全てを巻き込む直前。
「悪くない……ああ、悪くはないな。こんな戦いも」
 とん、という音が響く。
「だが、冥土の旅には、お前の主と共に逝け」
 黎鷲が息を切らしながら刀を納めた時。明王の首が、ぽろりと落ちる。
 炎は吹き消え、鳳凰光背武強明王はゆらりと崩れ落ちた。


『明王! 駄目だ!』
「今だよ! もう十分! 皆、倒れた人を連れて走って!」
 法師は忍の制止も聞かずに、消えゆく屍に縋り付いた。
『お前がいなくなれば、誰が菩薩を護るのだ! 逝くでない! 明王!』
 倒れた者を抱えて駆け抜ける番犬たちの後ろから、友将の死を嘆く悲鳴が轟く。
 敵は、追っては来なかった。
 だが指揮を乱した彼らは、本陣の救援にはもう間に合わないだろう。
 隠密班は、菩薩を討ったのか。
 あとは、どれだけの敵があそこに残っていて、どれだけの味方が辿り着けたかが全てを決めるだろう。
 番犬たちは圧倒的な戦力差を前に、任務を全うしたのだ。
 あとはただ無言で、彼らは土煙の中を走り抜ける。

 闘争封殺絶対平和菩薩、胆沢城に死す。
 彼らがその報を聞くのは、もうしばらく後のことであった。

作者:白石小梅 重傷:エリシエル・モノファイユ(銀閃華・e03672) リリー・リーゼンフェルト(耀星爛舞・e11348) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年4月13日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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