カレーに合うのはナンですか……?

作者:狐路ユッカ


 黄色い鳥が、叫んだ。
「サフランライス最高!!」
 10人の取り巻きはスプーンを手に歓声を上げる。
「白米じゃカレーにゃ合わねえよな!」
「だからっつってナンじゃ食った気しねーよ!」
「やっぱりサフランライスが一番合うよね!」
 グレイビーボートを頭に乗せた黄色い鳥……ビルシャナはうんうんと頷いた。
「米食とスパイスのいいとこどりのサフランライスは無敵だ!」
 ナンとか白米とかをカレーにくっつけて出す奴は死あるのみ。ビルシャナはそう叫んでサフランライスにカレーをぶっかける。郊外の廃墟の中は、芳しきスパイスのかほりで充たされていた。


 秦・祈里(豊饒祈るヘリオライダー・en0082)は頭を抱えて唸る。
「……なにあれ……」
 また変なビルシャナが出たんだよー、と祈里は半べそをかいてそう言った。
「サフランライス明王っていうんだけど、カレーにはサフランライスなんだってさ」
 もー何合わせたっていいじゃん美味しいじゃんと祈里はため息をつく。
「明王の取り巻きは10名。カレーにサフランライス以外は合わないって主張してる人たちだよ。まあ、ナンでも白米でもその他でも、合わせると美味しい物を教えてあげたらいいんじゃないかな? そしたら撤退してくれるとは思う……」
 信者達は別に倒しても構わないが、一般人なので攻撃すると死んでしまうだろう。なんだかんだ後味悪いから助けてあげて、と祈里は苦笑いした。
「えーと……サフランライス明王の攻撃方法だけど……サフランライス以外のカレーに合わせる主食をディスる念仏を唱えたり、スパイスの香りの閃光をはなったり、頭の上のグレイビーボートからカレーをぶっかけてきたりするから、気を付けてね」
 なんともカレー臭い戦闘になりそうである。現場は郊外の廃墟なので、思う存分カレー臭く戦って大丈夫だよ、と祈里は付け足した。
「ビルシャナを倒したら、折角だし皆でカレーパーティーなんてのも良いかも。信者達が持ち寄ったいろんなカレーも置いてあるみたいだし」
 なんて、少し能天気な事を言いながら祈里はケルベロス達をヘリオンへと案内するのであった。


参加者
マイ・カスタム(ゼロと呼ばれたカスタム・e00399)
天矢・恵(武装花屋・e01330)
和郁・ゆりあ(揺すり花・e01455)
燦射院・亞狼(日輪の魔戒機士・e02184)
熊谷・まりる(地獄の墓守・e04843)
大首・領(秘密結社オリュンポスの大首領・e05082)
セレネテアル・アノン(綿毛のような柔らか拳士・e12642)
不入斗・葵(微風と黒兎・e41843)

■リプレイ


「サーフラン! サーフラン!!」
 バターン。廃墟の扉が開いた。
「むっ、誰だ!」
 謎のサフランコールを続ける信者達とビルシャナの元へ、8人の影が伸びる。
「カレーと言えば取り敢えずインドだけど……インドも地方により主食は異なり、米を食べる南インドでも実は、サフランライスなるものは存在しない!」
 高らかにそう宣言したのは熊谷・まりる(地獄の墓守・e04843)だった。えっ、と信者達がざわつく。
「てっきり本場の味だと思ってた……」
 そんな呟きに、うんうんとまりるは頷く。
「サフランで黄色くした料理と言えば、地中海生まれのパエリアやミラノ風リゾット、クスクスだけど……それらとごっちゃになり、日本お得意のアレンジが施され」
「ほうほう」
 真面目に聞いている信者を見て、ビルシャナはあわあわしている。
「……『カレーにはサフランライス』が生まれたという訳で」
「へーっ」
 本格カレーじゃないんだ、じゃあいいやぁ、なんて言いながら、ミーハーそうな女が去って行った。更に追い打ちをかけるようにまりるは語る。
「そんな出自の怪しいものにカレーを合わせるより……ジャガイモ! ジャガイモだよ!! 茹でてよし、揚げてよし、マッシュポテトにしてよし!」
 信者の1人が生唾を飲み込む。こいつぁやべえぞ。
「茹でた素朴な味わいの芋はカレーの複雑な味わいを引き立たせ。フライドポテトにカレーをかければジャンクフード的な味わいが背徳感と共に味覚を刺激し! まろやかなマッシュポテトはカレーを優しく包んで味わせてくれるよ」
 ああめくるめくジャガイモの世界。男性信者の1人はすっかりそのワールドにひきこまれうっとりしている。ビルシャナはその様子を見て男性を破門にしてしまった。それでも、残った信者達は喚いている。
「だ、騙されないぞ! 本場の味でなくともサフランライスは最の高!」
 そんな声に不入斗・葵(微風と黒兎・e41843)は疑問を抱く。
(「サフランライスって美味しいけどあんまり馴染みがないんだよね……フツーなのが一番!」)
「サフラン入れてねェただの米とか無価値~!」
 イラァッ……。葵が纏うオーラが変わった。ただの米が無価値? なんですと? 農家の子を怒らせた罪は重い。白米への感謝が出来ぬ者はサフランライスを食べる資格などない。
「サフランライスって元々白米を香辛料で炊いたものであり、元のお米が美味しくなかったらサフランライスも美味しくならないんだよ?」
 彼女が取り出したのは、新米と古米で炊いたサフランライスだ。
「さあ、どっちが新米でどっちが古米かわかる?」
 差し出されたものはサフランライスなのだから断るわけにもいかず、信者達は一口ずつ味見をする。
「うーん」
「正直わからん」
 お前らの舌馬鹿かよ。ビルシャナはそう言いたいのをグッと堪えた。
「そんな中途半端な愛で最高と言うな!」
 ピシャァンと葵がぶった切る。
「そんな人たちに白米様を馬鹿にする資格なんてないんだからね!」
 そもそもこの米がないとサフランライス作れないでしょうが! と指を突き付けられ、信者の1人はとぼとぼと去っていくのであった。
「た、タイ米でも作れるもん!」
 退かぬ信者は騒ぎ出す。
「全てを包む悠久のインダスのごときカレーの前に、主食論争などただ愚かとしか言いようがないが……」
 すっと立ち上がったのはマイ・カスタム(ゼロと呼ばれたカスタム・e00399)であった。
「あえて言おう。ナンもいいぞ、と」
 えっえっ、と混乱を極める信者達。
「ナンは邪道だっつって」
 遮り、告げる。
「米のご飯とは大きく趣を変えたパン系の食感、チーズやガーリックなどを混ぜ込んだカレー以外でのバリエーション。そして何より、カレーのルーツたるインドで、カレーと共に食するために生み出されたその歴史の重さ。まさしくカレーの古女房といわざるを得ない」
 立て板に水。一気にそう説明すると、今度はこちらに洗脳されたようにうっとりと男が頷いた。
「いいねえ、古女房……」
 そしてふらふらと去りゆく信者。
「サフランライスのスパイスがねーとはじまんねーだろーっ!」
 キレる残った信者達。そんなやり取りに、セレネテアル・アノン(綿毛のような柔らか拳士・e12642)は首を傾げた。
「ん~……折角カレーにスパイスが入っているんですから、カレーの方のスパイスをもっと楽しみませんか~?」
 えっ、と信者が振り返る。
「サフランは確かに相性の良いスパイスですが、良過ぎて他のスパイスの持ち味を殺してしまう事もあるんですよ~」
 ビルシャナの頭に乗ったグレービーボートを指さす。スパイスの良い香りは、そこからも確かに漂って来ていた。
「す、スパイス同士が喧嘩……」
 ショックを受けたような顔で信者の1人が膝を着く。
「そこでお勧めするのがこのチャパティですっ。チャパティはナンやサフランライスに比べてシンプルでプレーンな主食です~!」
 セレネテアルは、じゃんっとどこからかチャパティを取り出して高く掲げた。
「お、おお……!?」
「つまり、カレーそのものの味やスパイスをより深くまで楽しむ事ができ、色んなカレーを食べ比べるのにも適した通な主食なんですっ」
 さあさあっ、とチャパティを信者達に配り、口を開けるよう促す。
「サフランライスがダメとは言いません……が! サフランライスでは味わえないカレーそのものの美味しさを是非感じてみてください~!」
 召し上がれ! と口元へチャパティを突き付けられ、女性信者はつい口を開いてしまう。
「……え、なにコレすごく合う」
 ビルシャナはぶわっと泣き出してしまった。
「うわーんやだもう破門!」


 ちょっと気の毒な気もしなくもないが、洗脳を解くのが役目だ。ケルベロス達の演説は止まらない。
「カレーにはパンだ」
 ざくっと斬り込んだのは天矢・恵(武装花屋・e01330)。
「はぁ?」
「しっかりと浸して食えばカレーの味が口の中に広がるぜ」
 どさっと信者達の目の前に置いたのは、米粉パン。
「パンとか食った気しねぇし!」
「このパンは米粉で作った物だ。これも米食だぜ」
 信者達に衝撃が走る。良いから食え、と差し出されたパンを恐る恐る口へと運ぶ。
「食感が変わってカレーを一層ひきたてるだろ」
「で、でも……こんなん食った気しないし……」
 抗おうとする信者に、追撃。
「パンでは軽いか。では」
 恵は、目の前でパンに切り込みを入れてカレーを中へ流し込む。
「な、何して……」
 封をして、いつのまにやら熱しておいた油の中へ放り込んだ。
「アッー!」
 こんがり、きつね色に仕上がるそれは……。
「特製カレーパン、食っていかねぇか」
「たべる」
「おま」
 真っ青になるビルシャナ。信者が一口カレーパンをかじると、油で程よくボリュームが出たそれがカリッと音を立てる。じゅわりと広がる油に、中で再加熱されたカレーがとろりと溢れてきた。米粉特有の甘味のあるパンにそれが絡めば、もう抗う事は出来ない。
「うま……」
 これもありだなとか言いながら去っていく信者の背を、ビルシャナは見つめるしかできなかった。
「サフランは高ぇだろ。都度作っていたら金が幾らあっても足りねぇぜ、それだけ稼げているのか」
 恵が続けてそんなことを言うと信者はふんとそっぽを向く。
「他切り詰めてるから平気だ」
「サフランからはアレの香りがしねぇか……入浴剤の香りの飯が本当に合うか」
「失礼な事言わないでくれるー!?」
 どっちに失礼だよ、と言いたくなるのを堪えてビルシャナはそれを見守る。なんだかんだ律儀だ。
「カレーの可能性をひとつに決めちゃダメ!」
 喧嘩をやめて二人をとめてとばかりに口を開いたのは和郁・ゆりあ(揺すり花・e01455)だった。
「麺類、お米、パン、あらゆるものを包み込むことこそがカレー!」
 みんなが今まで見せてくれた食材を見て! と指を指す。そして、ゆりあ自身が推すのは……。
「日本の独自の出汁文化のうどんと合わさることによってできたカレーうどん……!」
 どん、とあっつあつのうどんを机に置くと、立ち上るルーと出汁の香りが辺りを包む。
「お兄さん、一緒に食べない?」
 蠱惑的なウインクを飛ばし、ゆりあは男性信者に擦り寄った。
「う、あ」
「一つに決めちゃもったいないわよ!」
 ね、とうどんを指さすゆりあに、男はしっかりと頷く。
「いただきます」
「靡きよってからにぃい!」
 さすがレンタル彼女のバイトで鍛え上げられた愛想の良さ(媚び力ともいう)である。
「カレーに合う麺は、うどんだけではないぞ!」
 その流れを止めてなるかとばかりに大首・領(秘密結社オリュンポスの大首領・e05082)が差し出したのは年越しカリーそばだ。
「そ、そば」
「特に南蛮蕎麦は、鶏肉とネギの相性はさることながら、そこへカレーを投入することで、蕎麦とカレーの風味が合いまさに至高の一品となる!」
 ほかぁ、と湯気を立てるカレー蕎麦。たまらん。
「そ、そんなの蕎麦屋さんの領域だし……カレーがほんとに美味しいカレーとは……」
 ごちゃごちゃ言っている信者に首を横に振る領。
「尚、カレーは、我が組織お抱えのインド人料理人と蕎麦は我が手打ちによる監修だ!」
「ひぇっ」
「さぁ、おあがりだ!!」
 うっかり流されて食べちゃってる信者を見て、ビルシャナはもはや涙目だ。残された二人の信者を縋るように見つめている。


 ビルシャナがぎゃあぎゃあとサフランライスの良さを語り始めた時、大きなため息をついた男がいた。
「そもそもがこの話題、前提が話しになんねーよ」
 燦射院・亞狼(日輪の魔戒機士・e02184)だ。腕を組み、ばかばかしいとばかりに吐き捨てる。ビルシャナはいきり立ち、そんなことないもんとぷりぷり怒り出した。
「何にかけるか以前にカレーの種類によるだろ、なもん」
「サフランライスは全部に合うもん!」
 すでに口調がょぅじょになってるビルシャナ。
「ま、俺ぁカレーパスタが至高だと思うぜ、なんなら米よかよく引き立て合うぜ。意外とマイルドなんだぜ? 異論は認めねー明王だコラ」
「へーそうなんだ」
 感化されそうになる信者二人。ちょっと待て、とビルシャナは二人の肩を掴む。
「サフランライス以外の物を勧めるなど、悪。そうであろう?」
 囁くビルシャナに信者二人は頷いた。だめだこいつら。
「では行け、悪の使者を倒すのだー!」
 ビルシャナの命に従い突っ込んでくる信者の腹部を、セレネテアルが手加減攻撃で殴りこんだ。
「危ないから寝ててくださいね~♪」
 領はすぺぇんともう一人の信者の頭を叩く。そして、ずりずりと気を失った二人の信者を廃墟の外へ運んでぺいっと投げると、高笑いをキメた。
「フハハハ……カレー南蛮蕎麦の具にしてくれるわ!」
 良い鶏出汁がでそうですね。
「駆けろ羽撃け、展望を想起せよ、中枢を志せ!」
 まりるは、ビルシャナが何かやりだす前に突っ込んで行ってその黄色い図体を思いっきりどつく。
「ぎゃんっ」
 ビルシャナは悲鳴を上げると、頭部のグレービーボートからカレーをぶちまける。
「わわっ」
「オラっどけや」
 亞狼は、口調こそキツイものの彼女を庇うべく突き飛ばす。
「ぅわカレーくせえなオイ」
 ひっかぶったカレーに眉を顰め、ギロリとビルシャナを睨みつける。
「おぅコラ、こっちだ」
「むきゃぁーっ!」
 ビルシャナは訳も分からず亞狼に陽動されるままスパイスビームをぶっぱなす。くさい。じゃなかった、芳しい。
「カレーが続けば飽きもくるだろ」
 恵が、星の煌めきを宿した蹴りを放つ。
「飽きないもんんんn」
 ビルシャナが駄々をこねるのを見てため息交じりにゆりあは前衛の仲間たちへメタリックバーストを施した。
「いろんな組み合わせの方が楽しめるよ~」
「そうそう……白米もいいよ……ねっ!」
 マイが怒號雷撃を放つ。カレーの多様性を認める側の者としては、このビルシャナの主張は看過できない。
「ひえぇ」
 白米を肯定する声を聞き、すかさず葵は頷いた。
「そう、白米だって美味しいんだから……っ!」
 先刻白米を馬鹿にされたお怒りと共に、氷結の槍騎兵を召喚してビルシャナを勢いよく串刺しにする。腹部に槍を突き立てられたまま、ビルシャナは経文を唱え始めた。
「うう、サフラン……さふら……」
「ま~だ言ってる。えい!」
 セレネテアルの強烈な蹴り、先閃諷封がビルシャナの頭部をぱこーんと蹴り飛ばした。
「今だよ!」
 みるにゃの回復を受けた領がビルシャナに迫る。
「さぁ、我が忠実なる僕よ、食事の時間だ!」
 冷気と共に現れた三つ首の化け物が、ビルシャナに噛みつく。
「あばばばば!」
「これで終わりだ」
 恵がいずこからか取り出した一振りの刀で、ビルシャナをかっ捌く。
「お前もカレーの具にしてやろうかー!」
 まりるがトドメとばかりにニートヴォルケイノの炎で焼き払った。ぷすぷす、と焦げ目が残り、ビルシャナは消える。あたりには、ほんのりとカレーの良い香りだけが残った。


「んじゃ後ぁ任せた……」
 亞狼は、軽く右手を挙げると踵を返す。
(「どれ一杯やってくか……んで〆にカレーラーメンいくか」)
 アイズフォンを起動しながらのその足取りは何処か軽い。
 皆であたりをヒールしながら、葵はふう、と小さくため息をついた。
(「残ったカレーに罪はない……よね」)
 あの、と切り出す。
「美味しい白米があるんだけど、よかったらみんなで食べない?」
 セレネテアルが嬉しそうに頷いた。
「賛成っ♪ 私の持ってきたチャパティもどうぞ~♪」
「うん、交換こしよ!」
「カレーパーティーだな」
 マイが嬉しそうにナンを手に取った。
「お……、このカレーなかなか美味いぞ」
 恵は信者達が置いて行ったカレーなべをぱかりと開けて中身を味見し、手招きをする。
「ほんと!?」
「食べるー!」
 ゆりあも一口頬張ると、満面の笑みでお代わりをねだった。
「今度はうどんもいれよう!」
「蕎麦もあるぞ、遠慮なくたんとめしあがれ、だ!」
 領が持参した生めんをでーんと差し出す。その様子を見ながらフライドポテトを取り出し、まりるは満足そうに頷くのであった。
「カレーはあまねく主食を等しくカレー味に染め上げるよねー……つまり何に合わせても美味しい、ってことだ。うんうん」
 カレーの道は深く、広く、そして、優しい。全てを包み込むカレーの偉大さに、ケルベロス達はしばし酔いしれるのであった。

作者:狐路ユッカ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年4月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 7
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