血染めの花

作者:八幡

●血染めの花
 少しだけ冷たい風が頬を撫ぜて空へ消えていく。
 その風を追うように空へ視線を向ければ、そこにはとても濃い紺色と桜色によって彩られた世界があった。
 思わず目を奪われるような光景、所謂夜桜と呼ばれるその風景を暫しの間見つめていると……夜桜の向こう側より何か巨大なものが迫ってくるのが見えた。
 それに気づいた人々が逃げる間も与えず、その巨大なもの……牙は地面に突き刺さり、見る間に姿を変えていく。そして姿を変え終わったそれは鎧兜をまとった兵士……竜牙兵へとなり、
「グラビティ・チェインをヨコセ」
 冷たく言い放つと、突然の出来事に茫然とする人々へ鎌を振るってその首を狩りとる。
 鎌が振るわれるたびに一つ、二つと生首が地面へ転がり、狩り取られた元の体から溢れる血液が、周囲に咲き誇っている桜の木の幹を、花弁を朱色に染めて……ようやく事態に気付いた人々が声にならない声を上げて逃げ始める。
「ヒトリたりとも逃がしはシナイ。サァ、オマエたち逃げ道をフサイで確実にシトメテいけ」
 そんな人々に対して、ゾディアックソードを持った竜牙兵が声を発すると、他の竜牙兵が呼応するように動き……竜牙兵が動くたびに周囲に満ちる血の匂いが濃くなっていったのだった。

●竜牙兵
「人の多い公園に竜牙兵が現れるんだよ!」
 小金井・透子(シャドウエルフのヘリオライダー・en0227)はケルベロスたちの前に立つと話を始める。
「人が多い……それでは先に避難勧告を」
 そんな透子の話を聞いた、斬宮・紅緒(憧憬の雪路・en0267)がもっともなことを言うが、
「そうしたいんだけど……竜牙兵が現れる前に避難勧告を出しちゃうと、竜牙兵が他の場所に行っちゃうから大変なんだよ」
 透子は悩まし気に目を伏せた。先んじて被害を回避しようとすれば、その場は何とかなるかもしれないが、その代わりに別の場所でより大きな被害が発生することになるのだろう。
「だから、みんなには竜牙兵が現れてから行動してもらうことになるんだよ」
 伏せていた目をケルベロスたちへまっすぐに向けて透子は、先手を打てないのは悔しいけれどと続ける。
「行動開始後、人々の避難誘導は必要でしょうか?」
「ううん、避難誘導は警察の人たちに任せられるから、みんなは竜牙兵を撃破することだけに集中してね!」
 そんな透子の言葉に頷いた紅緒が、一般人の避難について聞くと。透子は小さく首を振り、念を押すように竜牙兵に集中してねと答えた。
「みんなが相手にする竜牙兵は、簒奪者の鎌を持った個体が二体、バトルオーラをまとった個体が一体、ゾディアックソードを持った個体が一体の合計四体だよ。ゾディアックソードを持った個体を中心に連携をとって、効率よく相手を倒す戦い方をするみたい」
 概要について理解した様子のケルベロスたちへ、透子は話を続ける。
「効率が良いと言うと、各個撃破でしょうか?」
「うん、脆いところと厄介なところから崩すのは基本だから……でも、それを逆手に取ることもできると思うんだよ」
 それから効率が良いと言う部分を聞き返した紅緒に透子は答える。
 逆手に取る方法については色々な方法があるだろう……とはいえ策に拘ると落とし穴も多いもの、正面から力で倒せるならそれに越したことはないだろう。
 一通りの説明を終えた透子は、再びケルベロスたちを真っ直ぐに見つめ、
「人々の惨殺なんて絶対許せないんだよ、だからみんな絶対阻止してね!」
 両の手をぐっと握り締めて、ケルベロスたちに後のことを託した。


参加者
西条・霧華(幻想のリナリア・e00311)
エデュアルト・ブライネス(惻隠の羽根・e01553)
木戸・ケイ(流浪のキッド・e02634)
真上・雪彦(狼貪の刃・e07031)
ミレイ・シュバルツ(風姫・e09359)
九十九折・かだん(自然律・e18614)
恋忘・ゆえ(藍微塵・e50364)
ウィル・ファーレイ(研究の虜・e52461)

■リプレイ

●突き刺さる牙
 深い紺色の空を切り裂くように落ちて来た、巨大な牙が地面へ突き刺さる。
 突き刺さった衝撃で地面は抉れ、押し出された空気が振動となって周囲の桜を揺らし、揺らされた桜はその身に咲いていた花を手放して……周囲に桜の花びらが舞い落ちる。
 花吹雪のように桜が舞い落ちる中、巨大な牙は武装した骸骨の兵士……竜牙兵へと姿を変え、
「季節外れだが、もみじは好きか。答えは要らない、私に、堕ちろ」
 舞い落ちていたはずの桜が何時の間にか楓へとなり替わり、竜牙兵たちの目を奪う。それから唐突の出来事に冷静さを失った竜牙兵が周囲を見回せば、楓吹雪の中心で自分たちを受け入れるように両手を広げる、九十九折・かだん(自然律・e18614)の姿を見つける。
 お前が私を殺すことを赦してやろうと言う狂気じみた寛大さを見せるかだんを見た瞬間、簒奪者の鎌を持った竜牙兵の内の一体が飛び掛かり、もう一体が鎌を投げつけた。
 飛びかかる竜牙兵の脇を抜けた鎌が回転しながらかだんへ襲来するが……かだんはそれを避けること無く正面から受け止める。
 それはその場を引かぬと言う強い意志によるものだろう。だが回転する鎌はかだんの意思を断ち切るように胸元の肉を裂き、受け止めきれなかった威力にかだんが僅かに上体をあげたところにもう一体の竜牙兵が鎌を振り下ろす。
「血の花なんて咲かさせません」
 しかしその鎌が振り下ろされるよりも早く、西条・霧華(幻想のリナリア・e00311)が振り下ろされる鎌を睨みつけるかだんの脇を駆け抜けて、飛び込んできた竜牙兵の脇腹へ自らの体をぶつけた。
 霧華が体をぶつけた拍子に鎌の軌道はかだん逸れて霧華の肩口へ突き刺さり……自分の肩から生える金属を霧華は何処かはかなげな微笑みを浮かべたまま確認する。
 だがそれも瞬きの間のこと、霧華は視界の端に敵に喰らいつくオーラの弾丸を捉え、
「その首もらった!」
 そのオーラの弾丸が巨大な牙が突き刺さった場所に居たゾディアックソードを持つ竜牙兵に直撃した。
 霧華が声のした方へ視線を向ければ、木戸・ケイ(流浪のキッド・e02634)の姿があり、霧華が視線を向けたのと同時にケイのボクスドラゴンであるポヨンが属性を注入して霧華の傷を属性で上書きする。
 属性を注入された不意に霧華は体を落として鎌から逃れ、
「逃がさない」
 その頭上と鎌を持った竜牙兵の頬を掠めて、ミレイ・シュバルツ(風姫・e09359)が放った糸の束が、ケイを睨みつける剣の竜牙兵を捉えた。
 蜘蛛型ローカストの糸を参考に作り出されたアルミニウムメタル製の鋼糸は竜牙兵の目の前で広がり、周囲に展開してその体を鋼糸の檻に閉じ込める。
「裂け、彼岸花」
 それからミレイが掌を返すと檻が収縮し、竜牙兵の体を斬り刻む。
「あなた方の目論見に徒花を咲かせてあげましょう」
 ミレイが放った糸を鎌を持つ竜牙兵は反射的に目で追う。そしてその隙に眼鏡を外した霧華は体を落とした体勢のままに腰をひねり、斬霊刀を引き抜いた。
「テメエらはさっさと逃げろ!」
 卓越した技量で竜牙兵を斬り付けるも、斬った後に先の一撃の痛みのためか膝を折った霧華に視線を向けつつ、真上・雪彦(狼貪の刃・e07031)が声を上げると、茫然とケルベロスと竜牙兵の戦いを見つめていた周囲の一般人が我に返り蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。
 その様子に小さく頷いてから雪彦は両手に持った斬霊刀から零体のみを斬る衝撃波を放つ。
「オノレ……ケルベロス!」
 放たれた二筋の衝撃波をゾディアックソードで受け止めた竜牙兵は忌々し気に雪彦を見つめてミレイの糸を振り払い……その横で苦しそうに息を吐く霧華を見つめてから地面へ守護正座を描いて自身の傷を癒した。
 それとほぼ同時に地面を蹴ったバトルオーラを身に纏う竜牙兵が霧華の横を抜けるように踏み込み、その顔面へ音速を超える拳をねじ込む。
 その一撃を霧華はオウガメタルを張った両手で受け止めるが、殺しきれなかった衝撃に吹き飛ばされて大きく一回転した後に桜の木に強かに背中と後頭部を打ち付けた。
「やれやれ武骨だねぇ」
 拳を振り抜いた体勢のままの竜牙兵へ、エデュアルト・ブライネス(惻隠の羽根・e01553)はやれやれと溜息をついてから、その後ろで魔方陣を描く剣の竜牙兵へリボルバー銃を向けて物質の時間を凍結する弾丸を精製、射出する。
「さよならだけが人生、とはいうけれど」
 エデュアルトが放った弾丸を右手で受け止め、そこから凍り付く竜牙兵へ、恋忘・ゆえ(藍微塵・e50364)が杖を向けるとエクトプラズムで生み出した無数の蒼い花弁が竜牙兵の体を包み込む。竜牙兵を包み込んだ花弁は鋭利な刃物となってその体を刻み、
「今宵、花舞い散る中、今生の別れと参りましょう」
 刻まれゆく骨の体を前にくるりと小さく回ったゆえは回った勢いで広がったエプロンドレスの端をつまんでさようならと芝居がかった挨拶をした。
 そしてゆえの横から彼女のミミックであるクゥラが黄金の息を吐いて、鎌を持つ竜牙兵をけん制し、
「希望を貴方に、さぁ、ここで負けないで下さい」
 クゥラが竜牙兵をけん制している間に、桜の木に背中を預けたまま荒い息をする霧華と、胸元を裂かれて血を滴らせるかだんへ、ウィル・ファーレイ(研究の虜・e52461)が希望の為に走り続ける者達の歌で彼女たちの傷を癒す。
 それからウィルは風に吹かれた砂の紋のように傷口が消されていくかだんたちの後ろで、徐々に自分たちから距離をとって行く一般人たちの姿を確認し、
「さぁ、これからが本番ですよ」
 自分たちの前に立ちふさがる竜牙兵たちを真っ直ぐに見つめた。

 エデュアルトに指示された通りに喰霊刀が捕食した魂のエネルギーを霧華へ分け与えながら、斬宮・紅緒(憧憬の雪路・en0267)は考える。
 霧華は辛そうな演技をして敵を惹きつけると言っていたが……見る限りでは演技では済まなそうな程の傷を負っているようだ。
 戦闘前にウィルが呟いていたように、統制が取れている相手ほど厄介な敵は居ない。
 けれども、それはケルベロスとて同じこと、
(「私たちも連携に自信がありますので、どちらが上か見せてあげましょう」)
 そう言っていたウィルの言葉を思い出して、紅緒は彼らを支えるべく支援に集中することにした。

●穿つ刃
 自分を切り裂いた鎌を追うように、かだんは駆けると鎌を回収した竜牙兵の真正面で鉄塊剣を大上段に構える。
 それから地獄化した足で地面を砕くが如く力強く踏み込み、鉄塊剣を腕力だけで御し単純かつ重厚無比の一撃を叩き込んだ。
 反射的に鎌で自分の体を守ろうとした竜牙兵だが、重厚な一撃はその守りごと竜牙兵の腕をへし折る。
 腕を折られた竜牙兵は怒りの声をかだんへ向けるも、
「私の首から、殺していいぞ」
 かだんは先ほど裂かれた自分の胸元の少し上……首筋へ指をあてて此処を狙ってこいと挑発する。
 その挑発を受けた竜牙兵は我を忘れるほどに怒り狂い手にした鎌をかだんの首筋向けて振り下ろすが、今一度かだんが踏み抜くように地面を蹴ると、かだんの脚を中心に地面が抉れ……体勢を崩した竜牙兵の鎌はかだんの首を浅く裂くにとどまった。
 直撃は避けた……が、それでも傷が浅いとは言えない。ウィルは、目の前の竜牙兵の顔を噴き出す自分の血で染めながらもその場に留まるかだんへ次の回復の準備をしつつ、もう一体の鎌の竜牙兵を警戒すべく視線を向ければ、そこには霧華の首筋を狙って鎌を振るう竜牙兵の姿があった。
 振り下ろされた鎌は霧華の首を狩りとるように見えたが……ゆえのクゥラが霧華の脇からひょっこりと現れて、その鎌を代わりに受け止めた。
「効率良くいきたいらしいが、つまらん奴らだ」
 鎌に体を裂かれて地面を転がるクゥラの傷をケイのポヨンが癒す中、当のケイは面白くもなさそうに呟き、剣の竜牙兵へ向けて両手に持った斬霊刀を振り抜いた。
 舞い散る桜吹雪を切り裂くように飛来する二筋の衝撃波を竜牙兵は剣で受けようとするが、その剣は一撃目に弾かれ二撃目の斬撃が竜牙兵のむき出しになったあばらを裂き……更にエデュアルトによって氷に侵食された腕が、その威力に耐えきれずに砕け散る。
「長期戦はこちらが不利。回復手を潰す」
「ハッ! テメエは此処で眠ってろ!」
 剣を弾かれ腕を砕かれ完全に無防備になった竜牙兵の頭蓋へ向けて、ミレイは風精弓を構えて心を貫くエネルギーの矢を放ち、雪彦が力任せに投げつけるようにオーラの弾丸を放つ。
 ミレイのエネルギーの矢と雪彦のオーラの螺旋を描くように混じりながら竜牙兵の頭蓋へと吸い込まれ……避ける術も無かった竜牙兵の頭は爆竹を鳴らすような軽快な音を立てて弾け散った。
「呆けている暇はありませんよ」
 頭部を失った竜牙兵ががらがらと崩れ落ちる中、かだんの真横をすり抜けた霧華が、かだんの目の前で尻餅をついた竜牙兵へ全身を纏うオウガメタルを鋼の鬼と化して殴りつけた。
 地面へ打ち付けるように放たれた一撃は、竜牙兵を通して地面をすり鉢状にへこませるが、竜牙兵の上に乗る形になった霧華へ向けて別の竜牙兵がオーラの弾丸を放つ。
 放たれた弾丸は再び霧華の顔面を捉えようとして……ぶつかる寸前に突き出された鉄塊剣がオーラの弾丸を弾く。突き出された鉄塊剣の根元へと視線を向ければ、そこには腕からも血を滴らせるかだんの姿があり、
「弾丸の雨なら楽しいだろう」
 オーラの弾丸を弾いた衝撃で内側の血管が破裂したのだろう。上空へ向けて弾丸を射出していたエデュアルトが、そんなかだんに小さく首を振ってから一歩下がると、放たれた弾丸が雨のように鎌を持った竜牙兵たちへと降り注ぐ。
「雨の後には、光も必要でしょう」
 弾丸の雨が降り注ぐ中、ゆえは天に掲げた杖の先に圧縮したエクトプラズムで大きな霊弾を作り、弧を描くようにかだんの前に居た竜牙兵へ投げつけると……霊弾に押しつぶされた竜牙兵は粉々に砕け散った。
「栄養もかな」
 あれが栄養になるとも思えないけどと肩を竦めたエデュアルトにゆえは柔和な笑みを返し、
「後少し、ですよ」
 ウィルは大地に塗り込められた惨劇の記憶から魔力を抽出しながら周囲を見回す。
 竜牙兵は指揮を執るものと、攻撃の要の一つが落ちた。対してこちらは盾役を買って出たかだんたちの消耗が激しいものの概ね問題ない……もし、ミレイが言っていたように長期戦になった場合は盾から順番に崩れていただろう。
「大地に眠る死霊よ、仲間を癒す力となれ」
 そんなことにならなくて良かったと魔力を集め終わったウィルはその力でかだんの傷を血が止まる程度には消し去り、紅緒もまた彼女らの傷を癒した。

●狂気に吠える
「盾が壊れていないなら、誰も、死にや、しない。でも、お前たちには、無かった。それだけだ」
 かだんはそう言い放つと、岩でできたハンマーのような大鎌をそれこそハンマー投げのように腰のひねりを加えて鎌の竜牙兵へ投げつける。
 回転しながら飛来するかだんの執着狩りを竜牙兵は鎌で受け止めるも、受け止めきれなかった威力が鎌を押し退けて竜牙兵の体を削る。
「終わらせましょう、早々に」
 体を削られてよろめいた竜牙兵へ向けて再びゆえがエクトプラズムで無数の勿忘草を呼び出して、竜牙兵の体を包み込む。青く美しい花弁は美しくも鋭利な刃となって包み込んだ竜牙兵の体を斬り刻み、
「念仏を唱えな。それとも、辞世の句でも詠んでみるかい?」
 青い花弁の嵐に包まれる竜牙兵の目の前で、ケイは納刀状態から一瞬にしてシラヌイを抜刀し、竜牙兵の体を一閃する。
 シラヌイを抜いた瞬間、周囲に桜吹雪が巻き起こり、ケイがシラヌイを納刀すると同時に風が巻き起こって……舞い散る桜が竜牙兵を包み込んで燃え上がった。
 二色の花弁が混じり合う竜巻のような炎の風の中に閉じ込められた竜牙兵は、がくがくと体を震わせた後に風に溶けるように細かく砕けて消滅した。
 ケイの桜吹雪が燃え上がる中、その光を背にした霧華は影のように最後の竜牙兵の真横へ駆けると、すれ違いざまに斬霊刀を抜刀する。
 星套で手元を隠したその達人の一撃は竜牙兵の脚を大きく抉り、竜牙兵はそのまま目の前を通り過ぎる霧華を睨みつける。
 だが、霧華が竜牙兵の視界を奪っている間にミレイは真正面から接近し、弧を描くような動きで竜牙兵の腕と胸部に蹴りを入れ、
「劈け、八咫烏」
 最後に地面を蹴った後、反動を利用して真下から突き上げるような電光石火の蹴りを竜牙兵の顎へ叩きこんだ。
 顎を蹴られた竜牙兵はよろめいて、一歩、二歩と後ろへ下がるが、よろめく足元から影が出現して竜牙兵の体を絡めとる。
 影に絡めとられた竜牙兵へ向けてエデュアルトは物質の時間を凍結する弾丸を放つと、弾丸は竜牙兵の胸元に当たって氷で浸食していく。
「……ふぅ」
 上手く弾丸が当たったことにエデュアルトは小さく息を吐き、それから紅緒の後ろに居た黒い人影へ視線を向けた。
 その人影はエデュアルトに気付かれたと察すると音も無く姿を消したが……その様子にエデュアルトは口元を綻ばせる。
「禍に狂え、月に酔え」
 だがそれも一瞬のこと、脚を斬られ顎を砕かれ体を凍結させられた竜牙兵を前に、雪彦は一瞬だけ刀身に己の瞳を映した。
「――AAAaaAAAAAaaaa!!」
 そして己の瞳を満月と錯覚する事で、意図的に狂月病を起こし……湧き上がる狂気と溢れ出る力に身を任せて斬霊刀を振るう。その姿は最早ただの獣だが、振るわれる力は絶対だ。
 一振りごとに竜牙兵の体が砕け、力の余波で桜が舞い散る……そして最後に上段から力任せに斬霊刀を振り下ろすと、竜牙兵の体は軽い音を立ててその場に崩れたのだった。

 崩れた竜牙兵の躯へ斬霊刀を振り下ろした後、雪彦は天を仰いで大きく息を吸い込む。
 それから吸い込むのと同じくらいに長く息を吐いてから斬霊刀を鞘に納めた。
「終わり、ですね」
 雪彦の様子を後ろから見つめていたウィルは完全に沈黙した竜牙兵たちと、誰一人として倒れることが無かった仲間たちを見回して……戦闘終了を告げるように宣言した。

●夜の桜
 静けさを取り戻した公園の中、霧華は眼鏡をかけてから周囲を片付けつつ破損個所を修復する。
 眼鏡をかけた途端に無表情だった霧華の顔に、儚げな笑顔が浮かぶ……きっと眼鏡が精神的な切り替え装置となっているのだろう。
「これが、地球の桜。薄紅の花弁が宵の濃紺に映えて、美しいですこと」
 そんな霧華の横で、こんな絶景が血の朱色で穢されなくて良かったと呟くゆえに促されるように空を見上げれば、ゆえの言葉通り紺色の空に桜色が咲き誇り、幻想的ともいえる光景が広がっていた。
「血染めの花なんかじゃない綺麗な夜桜がご褒美だ」
 ケイが「やったな、イェイ」と桜に向かって両手を上げれば、丁度風が吹き……風に撫でられた小さな桜色の花弁が枝から離れて宙を舞い紺色の空を桜色で埋め尽くしていく。
 それから暫しの間、一行が紺色と桜色が入り混じる光景を眺めていると、
「一般の方々が帰ってくる前に治してしまいましょう」
「おう、そうだな!」
 ふと思い出したようにウィルが公園の修復を再開し、雪彦もいけないいけないと笑って見せた。
「うんうん、若いっていいね。頑張ってね」
 それから、ぼうっと空を見ていたかだんも無言で頷くとウィルたちに倣おうとして……他人任せにしようとしていたエデュアルトをじっと見つめた。
「紅緒さんは、花はお好きかしら?」
 かだんの視線も朗らかな笑顔で躱すエデュアルトの後ろを通り抜けて、ゆえが紅緒に話しかける。
 話しかけられた紅緒は嬉しそうに勿論ですよと答え、花の育て方やゆえが最近始めたと言う小さな花屋さんについて暫しの間話し合った。
 それから公園の修理がだいぶ済んだところで、ちらほらと一般人が戻り始めて……、
「無辜の民が傷つかなくて良かった」
 その姿を見たミレイが安堵するように息を吐くと一行はその言葉に頷き、暫しの間自分たちが守ったものを確認するように夜の桜とそれを楽しむ人々の中に身を置いたのだった。

作者:八幡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年4月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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