菩薩累乗会~スピードラン

作者:長谷部兼光

●餌と本命
 とある海岸。
 何処までも広い大海原を眺めながら、青年は一人黄昏る。
 ……この春、めでたく二浪が決定した。
 どうしてそんなことになってしまったかと言えば、
 まぁ。
 その。
 ろくすっぽ勉強せずゲームに熱中していたからだ。
 ゲームならばジャンルを問わずのめり込み、勉強ならばジャンルを問わず放置した。
 その結果の二浪であり、故に青年は一念発起する。
 傷心とゲーム納めも兼ねて今は徹底的に遊びつくし、取り敢えず五月位から本腰入れよう! と。
 駄目な方向の一念発起だった。
 尚、去年も同じような誓いを立てて失敗した事実は既に忘却の彼方である。
 そんな調子なので、青年は『誰の邪魔も入らない、ゲームをやるには絶好の場所に連れていってやろう』という、あからさまにあからさますぎるビルシャナの甘言に引っかかってしまったのだった。
「それで、やたらとないすばでぃなお姉さん。その場所にはまだつかないの? もう疲れちゃったよ」
「ええい、この自堕落の出不精め……まあいい」
 青年曰く、やたらとないすばでぃなお姉さんがその場で数度手を叩くと、水面が大きく波打って、飛沫と共に全長二十メートルはあろうかと言う艦の如き竜がその姿を現す。
「おおお! なにこれすっごい!」
 菩薩の力が働いたか、竜に仰天し、奇声を上げた青年の姿はみるみるうちに異形へ変じ……。

「ふん。ビルシャナに変じた一般人。海底より現れた戦艦竜。菩薩累乗会。地球の守護者を称するならば、座視は出来まい。来るが良いケルベロス。悉く屠ってくれる!」
 全ての準備は整った。
 お姉さん――ケルベロス絶対殺す明王は万全の態勢で番犬達を待つ。

●明王のたくらみ
「これはまた……殺意マシマシな名前っすねえ」
 ケルベロス絶対殺す明王。あまりにも直球なその名に、黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)は思わず嘆息する。
『菩薩累乗会』
 強力な菩薩を次々に地上に出現させ、その力を利用して、更に強大な菩薩を出現させ続け、最終的には地球全てを菩薩の力で制圧すると言う、ここひと月続く、ビルシャナたちの大規模作戦。
 現状、『菩薩累乗会』を阻止する方法は判明していない。
 唯一此方が打てる手は、出現する菩薩が力を獲得するのを阻止して、累乗会の進行を食い止める事だけだ。
 今回の累乗会は『芸夢主菩薩』なるビルシャナ主導のもの。
 ゲームと現実の区別がついていなかったり、俗世を離れてゲームだけをしていたいと思っているゲーマーの人々を導いてビルシャナにさせてしまう能力を持つ。
 この菩薩の勢力が強まれば、多くの一般人が現実とゲームの区別をつけることができなくなり、次々とビルシャナ化してしまう危険がある。
 芸夢主菩薩は、これまでの戦いで、菩薩累乗会を妨害したケルベロスを警戒しており、『ケルベロス絶対殺す明王』と闘争封殺絶対平和菩薩に制御された『オスラヴィア級戦艦竜』の戦力をもって、こちらを排除するつもりだ。
 戦場となるのは海岸近くの海上――戦艦竜の背の上になる。
 撃墜される可能性があるため、ヘリオンが近づけるのは戦艦竜の射程圏外ギリギリまで。
 そこから先は生身一つで戦艦竜の砲撃を掻い潜り、肉薄する必要があるだろう。
 作戦はビルシャナを一体以上撃破すれば成功。
 ケルベロス絶対殺す明王を先に倒した場合、ビルシャナ化した青年の説得――救出も可能だ。
「説得難度自体はそう高くないっす。まぁ、ほんのちょっぴり自堕落で人生の迷子になってるだけっすからね。どんなスタンスの言葉でも、それが真摯であれば十分に伝わるでしょう」
 問題は説得『環境』の方だ。
 青年の救出――ビルシャナ化解除を含め、オスラヴィア級戦艦竜は二体のビルシャナが居なくならないと攻撃をやめない。
「青年の説得中もバシバシ攻撃してくるすよ」
 さらに補足するなら、この戦艦竜は定命化が進行し、既に死期が近い。
 本来ならば、竜の軍勢として次なる大作戦の準備を行っていたが、スパイラル・ウォーにより、多くのドラゴンが音信不通になった事で、目的を失い海底でそのまま定命化を迎えてしまったらしい。
 ビルシャナの制御から離れれば、再び海の底へと沈み、二度と活動することは無いだろう。
 故に、往時程の力無いにせよ、ドラゴンだけあってスペックが非常に高い難敵だが、この竜を倒したところで大勢に影響は与えない。得られるものは竜殺しの名誉のみだ。
 ただし、撃破するにしろしないにせよ、竜の攻撃は間断なく続く。火力が火力だ。完全に無視することは難しい。
 また、ビルシャナを一体のみ撃破して撤退する場合、戦艦竜の追撃を振り切る作戦も必要になってくるだろう。
「タイムアタック的な意味でもスピードランっすね。時間をかければ、恐らく絶対殺す明王の思う壺っす。どうかをお気を付けてっす!」


参加者
クロハ・ラーヴァ(熾火・e00621)
ノーフィア・アステローペ(黒曜牙竜・e00720)
上村・千鶴(陸上競技部部長・e01900)
ルルド・コルホル(恩人殺し・e20511)
ドロッセル・パルフェ(黄泉比良坂の探偵少女・e44117)
荒谷・つかさ(疾風迅雷の鬼娘・e50411)

■リプレイ

●FF
 荒谷・つかさ(疾風迅雷の鬼娘・e50411)が怪力王者を駆使し波打ち際まで運んだ台車の姿は既に小さく。ケルベロスの駆るモーターボートは飛沫を上げて海を行く。
 見据えるは竜。そして、前衛達を睨めつけるのは長大な二門の砲。
 遮蔽物が存在しない海の上。これより先を目指すには、傷を厭わぬ覚悟が必要だ。
「よし、行くよ。ペレ!」
 ノーフィア・アステローペ(黒曜牙竜・e00720)は蒼炎のボクスドラゴン・ペレに軽く拳をぶつけると、ドラゴニックハンマーを砲撃形態へ移行させる。
 ペレが居れば丁度二門分。あちらが砲口を向けてくるならば、こちらも咆哮で迎え撃つのみだ。
「黒曜牙竜のノーフィアより累乗会の尖兵達へ。剣と月の祝福を!」
 刹那、敵と味方の砲火が互いを射抜き、波が荒れた。
 ボートの役目は此処までだろう。操縦桿から手を離したリューディガー・ヴァルトラウテ(猛き銀狼・e18197)はそのまま仁王立ち、アームドフォートの照準を竜へ向ける。
「目標捕捉……動くな!」
 上下左右に大きく揺れる小船。だが、リューディガーはそんな状況も意に介さず、獲物を狙う狼の如き鋭敏なセンスで竜を捉え、発砲する。
 リューディガーの射撃が行く手を阻む大波を砕いて戦艦竜の巨体に命中したと同時、クロハ・ラーヴァ(熾火・e00621)は極小の足場を蹴って飛び移り、脇目も降らず絶対殺す明王へ肉薄する。
「さて、ではそのお手並みのほどを拝見しましょうか」
 クロハが竜の背に足跡を刻むたび、彼女の携える黒のグルカナイフ・victoriaが火を纏い、炎に変じ、終には明王を焼き切った。
「とはいっても、早々に殺されるつもりは毛頭ありませんがね」
「案ずるな。元より貴様らは嬲り殺す算段よ」
 蝕む炎を抑えつけ、明王は殺意の光をクロハへ向ける。しかし光は射線に乱入したフィアールカ・ツヴェターエヴァ(赫星拳姫・e15338)によって遮られ、明王は忌々しげに舌を打つ。
 明王の悪態など知ったことではない。上村・千鶴(陸上競技部部長・e01900)は小船のの上で静かに、クラウチングスタートの態勢を取る。
 可能ならばヘリオンから直接高高度の強襲を仕掛けたかったところだが、ダンテが『それは難しい』と言うのなら無理強いは出来ない。
 ……下は海。慣れ親しんだ陸地とは多少勝手が違うが。
「On your mark!  Get set! Go!」
 それでもやるべきことは変わらない。千鶴は初速から最高速度で海(しょうがいぶつ)を飛び越えて、自身の全力で竜の頭を殴り伏せる。
「おはよう、ございまーすっ!!!」
 続けてつかさもドロッセル・パルフェ(黄泉比良坂の探偵少女・e44117)を殴って竜の背まで吹き飛ばす。
「オウガの拳は『負傷』すらも殴り飛ばすと言いますが……!」
 殴られたドロッセルにダメージはない。むしろ頭の中は冴え冴えと、不思議な感覚だが『雑念』が殴り飛ばされたと言ったところだろうか。
 集中力の高まったドロッセルは薙刀・天竺牡丹が抱える『魂』を解放し、自身の五感をさらに研ぎ澄ませた。
「そこの青年! 何を呆けて突っ立っている! 援護しろ!」
 次々と竜の背に上陸するケルベロス達の存在が面白い筈も無く、絶殺明王は青年を咎めた。
「いやでも俺イベントとか飛ばさないタチだし。一通り見るまで手出しは無用かなって」
「ええい! 馬鹿者! 現実とゲームを混同するな!」
「えええ!? お姉さんがそれ言うの!?」
 とんだフレンドリーファイアだよ! と愚痴りながら青年は手にしたライフルでフィアールカを撃つ。
 連撃を受ける形になったフィアールカはしかし事も無げに微笑んで、
「助けられたらいいけどねー、ま、容赦はしないよ?」
 明けのオーロラにも似たオウガ粒子を前衛に拡散しながらそう言うと、青年は俄かにたじろいだ。
 覚悟の差、実戦経験の差がそうさせたのだろう。
「まぁ、辛い事や面倒な事から目を背けたい気持ちは分からんでもねぇけど……ほんと、ビルシャナは得意だよな、そういう人の弱味につけ込むの」
 フィアールカのミミック・スームカが明王を攻撃しているその間、オウガ粒子を受けたルルド・コルホル(恩人殺し・e20511)は楔を打ち込むような鋭い蹴撃を戦艦竜にめり込ませ、有無も言わさぬ上陸を果たす。
「それこそ我らが救済、我らが在り方。それに一々盾突く貴様らは最早救えぬ愚物に他ならぬ。故に――」
「『絶対殺す』か。成程、確かにこいつは救えねぇ」
 ルルドはククリ――オドーラに付着した飛沫を拭い、構える。
 問答は無用だ。文字通り、この明王を除かなければ話にならない。
 きらり、とオドーラが光り、明王のトラウマを映し出そうとしていた。

●攻略
 戦艦竜が大きく震え、呼び寄せるのは超質量の大津波。
 泳ぎが不得手故、多少の手加減を期待したいところだが、ドロッセルに向けられた、竜の最早激怒にも等しい怒りがそれを許してはくれないだろう。
 ジグザグに大きく裂けた竜の傷口が怨じるのは、九割九分ドロッセルへの報復だ。
 一拍、呼吸を整えると、天地上段に構え直し、その身に取りついた怨霊を完全開放し、雷気を纏う。
 木行・終式。
「雷霆ノ如ッ!」
 瞬間、ドロッセルは雷の龍へと変じ、爆音と共に戦艦竜と相討つ。
「さあ、あなたの相手は私です。いざ、尋常に!」
 竜の怒りを収める手段は敵味方含めて誰も持っていない。
 後戻りはできない。後はただ……全てが終わるまで抑え込むだけだ。
「甘いな。敵が一人と誰が言った」
 絶殺明王が刀の如く鋭い翼にグラビティを収束し、その身を両断しようと千鶴の全力に並ぶ速度でドロッセルに迫る。
「うん。そうだね。『敵』は一人じゃないよね。当然、そっちにとっても……だね」
「……貴様ッ!」
 しかし寸前、ノーフィアが盾となって刃を受け止めると、ペレが即座蒼炎をドロッセルへインストールし、ノーフィアの傷はつかさがえいやと殴り飛ばした。
 一瞬が終わり、絶殺明王が刃を引き距離を取ろうと後退る。しかし、彼女の背後にあったのはノーフィアが創り出した『収縮する世界』。超重力の黒球は明王の躰を殺意ごと食い千切り、ノーフィアはついでに使う機会の無かった照明弾を至近で炸裂させる。
「こんな光、目くらましにもなるモノか!」
「だろうな。だが、こっちの攻撃を受けてちゃ説得力の欠片もないぜ?」
 自然法則を無視してルルドの『影』が伸び、奇襲を好む『狼』が槍となって明王を貫き体内を猛毒で蹂躙する。
 ルルドもまた持て余していた照明弾を炸裂させ、戦場を白い闇で埋め尽くす。
「フィアールカ!」
 ルルドは叫ぶ。白い闇の中でも、彼女は好機に備えていると確信して。
 果たして次の瞬間、真白の間隙を引き裂いたのは、女神の制裁。
「甘いの! 絶対に殺すってんなら、これくらいやれなの! サラスヴァティー・サーンクツィィ!」
 流れるものを司る女神の名を冠した足技。荒々しく揺れる大波の戦場で、真の激流すら超えるレベルの蹴撃が明王を押し流す。
「リューディガーさん!」
「わかっている!」
 リューディガーがロッドを翳せば無数の矢が出現し、蹴撃の波間を漂う明王に殺到する。
「甘言で人を惑わす貴様らビルシャナは断じて許さん!」
「誰が貴様らの許しなど……!」
 敵ながらその胆力は見上げたものだ。無限無数の矢に貫かれた躰を軋ませながら明王は命を燃やし再び加速する。先程よりも早く、迅く。
 そんな速度を見せつけられれば、千鶴も黙っていられない。
 明王と番犬、二つの意地が真正面からぶつかって、打ち克ったのは――。
「だったら私は、それよりも疾く……何よりも先へ……!」
 千鶴だ。彼女のパイルバンカーが明王を貫いて、その動きを凍らせた。
 クロハは静止した明王の前に出て、どうぞ、一曲お相手を、と、鎮魂歌を――炎舞を刻む。
 一撃目。明王はクロハの蹴撃に蹴撃を以て返したが、矢が決定的に体力を奪っていたのだろう。二撃目には脚の防御を弾かれて、三撃目から先はただ、クロハが織り成す陽炎にその身を晒した。
 攻防の果て、命と殺意の抜けたその骸はふとした拍子に波に攫われ……。
 もう、いずことも知れない。

 残る相手は気力の充実した戦艦竜と、無傷の青年。
「少々厳しいものがありますか……ですが尽力しましょう。我々はケルベロスです。やれることをやりましょう」
 ケルベロス達はクロハの言葉に頷くと、一息つく暇も無く、青年の救出を目指す。

●ハッピーエンド
「あばばどうしよう。これはお姉さんの仇とか取った方が良い奴だろうか。一体いつの間にどうしてこんなことに!?」
 引きこもってゲームしたかっただけなのに! と叫びながら青年は無茶苦茶に武器を振り回す。
 どうやら、正気に戻すためには物理的にも精神的にも説得する必要がありそうだ。
 まぁまぁ、取り敢えず落ち着こう、と、ノーフィアは鎖で青年を捕縛する。
「ゲーム、したいのだよね? その子が暴れると運営とか色々ふっとんで何もできなくなるのだよ。あとそこに電源があるのか怪しい気がするのだけどどうかな! おバカな事言ってないで目、覚まそう?」
「大丈夫! 電源とネットは自力で賄える!」
 先程までのシリアスな雰囲気を返してほしい。
「いざとなればオフゲーとか非電源系に逃げるとか……」
「それはどうかと思うの。このままだと沢山の人が死んで、ゲーム作る人もやる人もいなくなっちゃうよ?」
 フィアールカは青年に呆れ、もとい怒りの雷撃をぶつけ、スームカは具現化した武装で青年をぶつ。鳩尾に丁度いいのがめり込んだ。
「それ以前に、今頑張っておかないと、大人になってゲームやるための自由な時間が取れて、お金も程々稼げる仕事が選べなくなるわ。数年好きにゲームして残りの人生ゲームできないような地獄見るのと、程々にケジメつけながら一生ゲーム楽しむの、どっちがいい?」
 つかさが毒手裏剣を放つと、見事に青年の眉間へ命中し、毒に侵された影響か、青年は青い顔で今年は大丈夫、と呟いた。
「本当に?」
 つかさは大きな赤茶の瞳で青年をじっと見つめ、そう問うと青年は明後日の方向に首を曲げ、蚊の鳴くような声で多分、と返した。
「世の中にはどのような場面であれゲームがある。あなたはそれらすらも放置したゲーマーね。もう色々だめなら、いっそ吹っ切って私みたいに陸上競技でゲームしよう……きっと、うまくいくわ」
 千鶴が諭しながら青年に影の弾丸を打ち込むと、彼の顔は益々青くなる。毒が回って辛い、のではなく、精神的に辛いようだ。
「いや。その。最近体動かしてなくて、そう言うのはまた後で……」
「後でやろうじゃいつまでもやらないに決まっています! 積みゲーを全部消化できた例がありましたか!?」
「やめて! もう勘弁して!」
 一人、ミサイルが降り注ぐ領域でバールを振るい、その片手間でドロッセルが青年の図星を突いた。
「お前ら辛辣過ぎねぇ? 確かにゲームを旬のうちにやっておきたいって気持ちは分からんでもねぇけどよ、いつやるかって思った時にやるのが一番だとオレは思うぜ」
 自棄になった青年は、誰を狙ったとも判別がつかぬナイフを振り回すが、ルルドはそれを確りと受け止めると、手持無沙汰なもう片方の掌の上に作り出した満月をドロッセルに渡す。
「後回しにしちまったらずるずる引きずっちまうから。それに、『オレらケルベロスと戦う』っつーなかなか経験出来ないゲームが出来たんだし、満足したんじゃねぇか?」
 青年はルルドの言葉に大きく感激して見せるが、それでも鳥人間の状態は解けない。
 後一押しだが、どこかでまだ揺らいでいるのだろう。
 ……成程。彼は自堕落の甘ったれ。
 事実を突きつけた。彼の心情をフォローした。ならば後はぴしゃりと叱ってやるべきなのかもしれない。
「甘言は好みません、事実のみ述べましょう。貴方が二浪しようが三浪しようが私には関係ありません。ゲームに溺れ、いつしか孤独を極め死のうがどうでも良い」
 指天殺。クロハは指の一本で青年の心と体を底まで抉るが、
「ですがそれを良しとしないでしょう、貴方の親族は」
「ああ、母ちゃん……」
 その虚(うろ)を埋めてくれる存在が青年にもきっと居るだろうと示す。
「明日から本気出す? 五月ぐらいから本腰入れる? いいか、人生にはセーブポイントもリセットボタンもないんだ。そうやって何もかも先延ばしにし続けていると、あっという間に年老いて、取り返しのつかないことになるぞ。本気で大学に合格する気があるなら、いいかげん勝負をかけてみろ!」
「は、は、ひゃい!」
 リューディガーは厳格な教師のように檄を飛ばすと、遂に青年はしゃんと姿勢を正し、礼儀正しく返事をした。
「……全く、子供の頃、親から『知らない人についていってはいけません』と教わらなかったか?」
 最後に、リューディガーは悪戯を反省する子供を見守る様な、穏やかな声音で青年に語り掛けると、フォートレスキャノンのトリガーを引き、
 ビルシャナは、消滅した。

●エンドロール、その後
 戦艦竜が水底に帰る。
 竜の翼を広げたクロハが正気を取り戻した青年を連れて空を飛び、
「大丈夫? それじゃあ帰ろうか!」
 ノーフィアもずぶ濡れ・疲労困憊状態のドロッセルを抱え空を目指す。後一分、戦闘が長引けばドロッセルの意識は無かったかもしれない。
 波間を漂う千鶴達は改めて周囲を見渡すが、戦闘の余波で流されたかボートは見当たらない。いつの間にか陸も遠く、どうやらヘリオンの到着を待った方が良さそうだ。
「生きてる内に、もう一度相対したいな」
「そう、ですね。彼とは、もっと違う形でぶつかり合いたかったですね……」
 ノーフィアの言葉に、ドロッセルが続いた。
「おーい、ドラゴンさーん。なんで定命化しないの? 誰かになんか言われてるの?」
 フィアールカの問いかけに答える事無く、竜は沈む。
「ねえ、貴方。折角はるばる地球に来たのに、ただ嫌われて死んでくだけなんて勿体ないと思わない? 残り少ない命なら、地球を好きになってみるのもアリだと思うわよ。地球って、とってもいい所なんだから」
 オウガとして、同じ定命化したデウスエクスとして、つかさは竜に手を差し伸べたかった。
 こちらの言葉を解さない訳ではないだろう。けれども竜はその手を取ることなく海に消え、掴んだのは虚空ばかり。
 彼らがわかりあえない存在で無い事は、ボクスドラゴン達が証明している。
 地球を愛さず朽ち果てる事を選ぶのは、彼らの信義がそうさせるのだろう。
 それはきっと、生死を超えた先にあるモノだ。
 交わらず、ぶつからず、消え失せる。
 デウスエクスが埒外の存在なら、それもまた、一つの結末だろうか。

 大海原はあらゆる選択を全て肯定するように……。
 ただ静かに、凪いでいた。

作者:長谷部兼光 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年4月6日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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