菩薩累乗会~戦艦竜夢曼荼羅

作者:黄秦


(「明日からまた仕事か」)
 モニターだけが光を放つ薄暗い部屋で、コントローラーを操作しつつ、四之宮五郎(32)は憂鬱だった。
 新作ゲームはまだ遊び足りないし、ソーシャルゲームのイベントだってまだコンプしていないのに、有給休暇は今日までなのだ。
 更なる休暇を願い出たら……まあクビだろう。そもそも、もう残ってない。
「あークソっ、ゲームだけしてればいい世界に転生したい! 出来れば勇者で! もちろん無双ハーレム展開で!!」
 とっても都合のいい願望をSNSに呟いたその時。
「汝の願いをかなえよう」
 厳かな声とともに、『ケルベロス絶対殺す明王』は顕現したのだった。

 五郎がケルベロス絶対殺す明王に連れてこられたのは、春先の人気のない海岸だった。
 荒れる波が飛沫を上げ、身を切るように冷たい潮風に晒され、五郎は震えた。
「本当にここが、ゲームだけしつつ勇者になって無双ハーレムできる世界なんだろうな?」
 ケルベロス絶対殺す明王は頷いて、黄金に輝く腕を高く上げた。
 とたん、凄まじい地鳴りと共に海が二つに割れる。水柱をあげ現れたのは、ドラゴン――『オスラヴィア級戦艦竜』だ。
 鋼鉄の亀甲が水をはじいて黒く鈍く光る。20メートルの巨体に相応しい、天突く巨大な三つの砲塔。
 ドラゴンの偉容に圧倒されて、五郎は束の間、ぽかんと立ちすくんでいたが、やがて、その口元は笑みにほころび、歓喜に全身を打ちふるわせた。
「これは……俺の召喚した最強モンスターか!!」
 そんな訳はないが、ケルベロス絶対殺す明王は適当にうんうん頷いておく。
「これで勝つる! ゲーム三昧! 無双! ハーレム! 邪魔する奴は砲撃で皆殺しだ! ひゃっはー!!!」
 およそ勇者にあるまじき言葉を連発しつつ、狂喜する五郎。
 砂浜を飛び跳ねるその体には徐々に羽が生え始め、五郎はゲーム系ビルシャナへと変貌していった。

 その様子を見つめながら、ケルベロス絶対殺す明王は誰にも聞こえぬように呟いた。
「……お前達は、ケルベロスを招き寄せる餌に過ぎない。
 闘争封殺絶対平和菩薩が呼び寄せてくれた戦艦竜を使い、ケルベロス絶対殺してみせる」


「ゲームは楽しいけど、ほどほどがいいと思うの」
 安月・更紗(シャドウエルフのヘリオライダー・en0214)は予知を語る。
 ビルシャナたちの恐るべき作戦、『菩薩累乗会』。
 それは、強力な菩薩を次々に地上に出現させ、その力を利用して、更に強大な菩薩を出現させ続け、最終的には地球全てを菩薩の力で制圧するというものだ。
 この『菩薩累乗会』を阻止する方法は未だ判明していない。ケルベロスたちが今出来るのは、出現する菩薩が力を得るのを阻止し、進行を食い止める事だけだ。
「今、活動が確認されている菩薩は『芸夢主菩薩』なの。
 ゲームと現実の区別がついていなかったり、俗世を離れてゲームだけをしていたいと思っているゲーマーの人を導いてビルシャナにしちゃう菩薩なの。
 この菩薩の勢力が強くなると、多くの一般人が現実とゲームの区別をつけることができなくなり、次々とビルシャナ化してしまう危険があるみたい。
 しかもこの芸夢主菩薩は、菩薩累乗会を邪魔してきたケルベロス達を警戒してて『ケルベロス絶対殺す明王』の他に『オスラヴィア級戦艦竜』を仲間にして、とある海岸近くでケルベロスたちを待ち構えてるみたいなの。
 ……異世界? ううん、ちゃんとこの世界の、某県にある、フツーの海岸なの。
 周辺に人はいないし、船も出てないから、一般人の避難とかは気にしなくて大丈夫なの。
 ビルシャナ達は、海上にいる戦艦竜の背に乗ってるから、ドラゴンの砲撃を頑張って避けながら、戦艦竜に上陸して戦うことになるの」
 一番前にゲーム系ビルシャナを立たせて、絶対殺す明王と戦艦竜はその後ろから攻撃してくる。
 先にケルベロス絶対殺す明王を撃破出来れば、ビルシャナ化した五郎を説得して助けられるだろう。
「多分、『現実見ろー!』とか『ゲーム代欲しけりゃ働け―!』みたいに、現実を思い出させることを言ってあげれば正気に戻ると思うの」
 と、更紗はちょっと厳しいことを言う。
 オスラヴィア級戦艦竜は、ビルシャナ2体を撃破すると、闘争封殺絶対平和菩薩の制御を失って、海底に帰っていく。
 もしこれを撃破するなら、ビルシャナ2体より先に戦艦竜を撃破する必要があるが、戦艦竜の力は強大であり、非常に困難だと更紗は言う。
「……戦艦竜は『定命化』してて、そう長くないみたいだから、ここで無理に倒す必要もないと思うの。
 上位のドラゴンからの命令が絶えて、自分もいつ死ぬかわからない所を、ビルシャナの菩薩に利用されちゃったみたいだし……」
 いずれにしても、戦艦竜の攻撃を受け続けながらの長期戦は厳しい。短期決戦で、ビルシャナ2体を撃破することが望ましい。
「大事なのは、ビルシャナを倒して、『菩薩累乗会』の進行を食い止めること、そしてみんなが無事に帰ってくることなの。
 無理はしないで、でも、きっと勝って戻ってね!」
 更紗はそう締めくくり、ぺこりと頭を下げたのだった。


参加者
幸・鳳琴(黄龍拳・e00039)
毒島・漆(魔導煉成医・e01815)
ニケ・セン(六花ノ空・e02547)
神白・鈴(天狼姉弟の天使なお姉ちゃん・e04623)
氷霄・かぐら(地球人の鎧装騎兵・e05716)
フレック・ヴィクター(武器を鳴らす者・e24378)
リノン・パナケイア(黒き魔術の使い手・e25486)
晦冥・弌(草枕・e45400)

■リプレイ

 春特有の少しくすんだ青空に、轟音が響く。
 黒々とそびえたつ島の如き戦艦竜が、吼えたと同時に打ち出した砲弾は、灰藍色の海面を割っていくつもの高波を発生させながら飛んだ。
 その弾道の目標地点は、疾駆する数台のマリンジェットだ。
「ちっ。撃ってきやがりましたね……」
 毒島・漆(魔導煉成医・e01815)は舌打ちする。
「一気に突っ切ります。振り落とされないよう気をつけて下さいっ!」
「は、はいっ!」
 同乗の神白・鈴(天狼姉弟の天使なお姉ちゃん・e04623)に声かけて、漆は襲い来る砲弾の中を強引に突っ切ろうと、スピードを上げた。
 その隣を、幸・鳳琴(黄龍拳・e00039)フレック・ヴィクター(武器を鳴らす者・e24378)のマリンジェットが追走し、後の2台が少し後ろからついてくる。
 砲弾の間をかいくぐろうとした彼らの耳に、奇怪な経文が響いた。まるで脳内に直接送り込まれたように、反響する。
「ビルシャナの経文!? 気を付け……」
 リノン・パナケイア(黒き魔術の使い手・e25486)が注意を促すも遅く、鳳琴は舵を切り損ね、砲弾の一発を船体に受けてしまう。
 ケルベロスにとっては致命傷でない攻撃だが、マリンジェットは耐えられずに大破する。
「大丈夫です、これしき!」
 仲間たちに先へ行けと促し、鳳琴とフレックは荒れる海を掻き分けて戦艦竜へ泳ぐ。

「ははは! いいぞいいぞ! 悪のケルベロス軍団を皆殺しだー!」
 砲撃を続ける戦艦竜の背でゲーム系ビルシャナと化した四宮五郎(32)は大はしゃぎだった。
 ケルベロス絶対殺す明王は、飛び跳ねすぎて滑って転ぶ五郎を冷ややかな目で見つめている。
「いてて……ようし、次は勇者様の『チカラ』を見せてやるぜ!」
 羽毛に覆われた右手をつきだし、ゲーム系ビルシャナはカッコイイポーズを取ると、ムムムムと唸りながら静止する。
「? 何をやっている。早く撃て」
 促すケルベロス絶対殺す明王に、彼は尻をさすりながら答えた。
「必殺技のゲージを溜めてるんだ」

「『氷の精霊よ、我が声に応えよ! 氷のビルシャナサークルゥーーーーー!』」
 戦艦竜の背から響いた詠唱と共に、回転する氷の輪がいくつも出現し、ケルベロスらをマリンジェットを斬り裂いた。
「う、わわわっ」
「あぶない!」
 氷霄・かぐら(地球人の鎧装騎兵・e05716)は晦冥・弌(草枕・e45400)を氷の輪の直撃から庇うが、船は大破し、海に投げ出されてしまう。
「ぷはっ……大丈夫?」
 なんとか水面に顔を出したかぐらに、同じく浮かんできた弌は頷いた。
「ひゃっはー! さす俺!」
 戦艦竜の上ではゲーム系ビルシャナが相変わらずはしゃいでいる。その様子にイラッとしつつも、弌の注意はケルベロス絶対殺す明王に引き付けられていた。
 あれこそが、今回の黒幕なのだ。
「ふふ、そっちが絶対殺すなら、絶対に生き延びてやりますよ……」
 昏い笑顔を浮かべて、弌はひとりごちた。

「『重刃争術……怨刀【飛災】』!」
 漆の放つ一撃は、ケルベロス絶対明王に黒く纏わりつく。凝った怨念が呪詛となり重なる厄は明王をその場にくぎ付けにした。
(「思い出します、珊瑚色の戦艦竜と戦った日々を。今回も……負けない」)
 能天気なゲーム系ビルシャナを前面に立てて、狙うべきケルベロス絶対殺す明王は、距離を置いて後ろ。そして、戦艦竜の援護砲台。嫌な布陣だ。
「それでも! 私たちの拳、届かせましょう!」
 水中とて鳳琴の技が鈍ることはあり得ない。
 反撃の轟竜砲が、ケルベロス絶対殺す明王を撃ち貫く。
「ぬうっ!」
 苦悶するケルベロス絶対殺す明王。
「『空間に咲く氷の花盾…皆を守ってっ!』 」
 鈴は自らの一族に伝わる秘技によって、フレックや鳳琴の前に氷花の盾を出現させた。砲弾がマリンジェットを狙うより先に飛び出し、翼広げて海上を駆ける。
 勇猛果敢なドラゴンならば、相手にとって不足なし……なのだが、フレックの目下倒すべき敵は、一般人の背に隠れたケルベロス絶対明王だ。
「『殺す』という決意の割には、後ろからは少し消極的じゃないかしらっ!?」
 せせら笑う明王の鳥面が強張る。フレックの放つ『御業』が半透明の巨大な掌で、鷲掴みにしたからだ。
「ぐぎゅぅ」
 ニケ・セン(六花ノ空・e02547)の竜砲弾が同時に放たれるを、捕縛された明王は躱しきれず、その身で味わう事となる。「『ひぃふぅみ、とお数えてからぼくを見て』 」
 弌の指さす先には、太陽が暖かな光を投げかけている。明るく輝くそれが、リノンに影払う力を与えた。


「く……ははは。ケルベロスどもは、我を狙うか」
「笑ってる場合か! あいつら、どんどん近づいてくるじゃないか! 早く俺にバフを寄越せ!」
 その言い草にもケルベロス絶対殺す明王は逆らわず、印を組み呪を唱える。と、戦艦竜が禍々しい光に包まれ、巨躯はさらに大きくなりその力を増した。
「お、おい! なんでモンスターの方を強化するんだよ?」
「これは作戦のための布石である。汝はこれで……勝つる!」
「マ? 卍?」
 動揺のあまり半端なJK語になってるビルシャナに、明王は鷹揚に頷いて見せた。
 戦艦竜は大きく息を吸うと、ケルベロス達にむけて轟炎を吐き出す。それは確かに一段と破壊力を増していた。
 炎は鈴の氷壁を溶かし、かぐらの展開するヒールドローンを燃やし、その威力を弱めてなおケルベロスたちを焼き焦がしたのだ。
 その威力を見て元気を取り戻したゲーム系ビルシャナは、次は自分の番だと、刃のついたコマを中空に出現させる。ビンタの要領で手を高速で振りコマを叩いて回転を与えれば、摩擦により生じた炎をコマは纏った。
「『いっけえええ! 炎のコッビルシャナブレェエエドオォッ!』」
 最後の一打に全力を籠めて叩きつければ、炎纏うビルシャナブレードは、高速回転で襲い掛かり斬り裂くも、鈴の『御業』が鎧となって、その刃を弾き、炎を消した。
「ええ~、なんで俺の攻撃は効かないんだよぉ……最強の攻撃技なのにぃ」
 零すゲーム系ビルシャナを、鈴はきっと見据えて言う。
「ここはただの海ですし、後ろのも召喚されたモンスターじゃないです! というか、いい年して仕事もせずに勇者ごっことか小学生ですか! 恥ずかしいですよ!」
「………………!?」
 ゲーム系ビルシャナがフリーズした。美少女の放った正論は、氷雪系最強の技のように鋭く冷たく、彼の心を貫いたのだ。
 明王は密かに舌打ちする。
 鐘を取り出し、打ち鳴らせば、不吉な音色が、鈴の心に恐ろしいものを呼び起こした。
 『それ』が実体化するより早く、和柄の四角い者が鈴の視界を覆った。
 攻撃を引き受けたニケのミミックは鐘の音によって呼び起こされたトラウマに苦しみ、くるくると回転し始める。
「あ、ありがとう……だいじょうぶですか?」
 鈴の礼が届いているのかどうか、ぐるぐる回り続けるミミック。ニケを見やると、至極真面目な顔で『大丈夫』と親指を立てた。
 その間に、漆が上陸を果たす。
「お待たせしました。注文のケルベロス8名、お代はテメェの命になります」
 言うなり、漆は、ケルベロス絶対殺す明王をサイコフォースで爆破した。明王の手にした鐘が衝撃で弾き飛ばされる。
 たたらを踏んだ明王に影が差す。宙に跳ぶ鳳琴が、真っ直ぐに如意棒を突きおろした。
 気合一閃、明王を鋼の甲羅の上に突き倒す。
「おぉおおっ……」
 明王が呻く。大きな隙の出来た今が仕掛け時だ。フレックは攻撃の間合いを図る……が。
(「時刻みで仕掛けたいけど……」)
 明王に仕掛けるには、遠い。
「そうね、お前などに空亡の力は相応しくない」
 魔剣を収め、フレックは『御業』をよびだした。炎弾が明王を焼き焦がす。

 戦艦竜の咆哮が響き渡る。
 思わず耳を塞いでも、体の真芯を斬り裂いてくるようで、弌は膝を降りそうになる。
 かぐらはドローンのモードを切り替え、弌を集中的に守らせた。
「大丈夫?」
「はい、ありがとうございます」
 まだ少しだけふらついたけど、弌は立ち上がった。
「『光のビルシャナフォォオーーースッ』」
 ゲーム系ビルシャナの攻撃は、既に防護を固め、フレックや鳳琴、それにミミックたちの連携で防がれている。
 ケルベロス絶対殺す明王は経文を唱えようとして動けない。
 焼かれ凍てつき、締め付けられて。集中攻撃を受けた明王は回復もままならず、瀕死であった。接敵を防げなかった時点で、彼女の負けだ。
「うぐっ……」
 漆の刃の切先を受け止めようと、明王が腕に力を籠めた瞬間、ニケのフロストレーザーで凍りついていた腕が砕け散った。
 呪詛を乗せた刃は、吸い込まれるかのように易々と、明王の胴体を斬り裂いた。
 どっと溢れだす血潮が明王の白い羽毛を紅く染めあげる。
 反撃を試みて明王の振り上げたもう片方の腕に、異形の影が食いついた。
「……狩る」
 リノンの魔術が生み出した影は牙を食い込ませ、食い千切った。
「ギャアアアアアアア!!!」
 さしもの、ケルベロス絶対殺す明王もたまらず悲鳴をあげてその身を2つに折った。
 弌の投げかけた縛鎖が絡みつき締め上げる。
 フレックの『御業』の放った炎弾が止めとなった。
「……負け、か…………」
 炎に包まれたケルベロス絶対殺す明王は、少しづつ後ずさっていく。
「覚えておくがいい……私が死んでも、第二第三のケルベロス絶対殺す明王が顕れ……菩薩累乗会は成るのだ! ふはははは……ぐふっ!」
 息絶えたケルベロス絶対殺す明王は、戦艦竜から滑り落ちた。
 海面に到達するより早く、ケルベロス絶対殺す明王は核まで燃え尽き、消滅したのだった。


 引き続き、ゲーム系ビルシャナの討伐、と言うよりお説教タイムに入る。
 漆は先ず、ビルシャナに覚醒のサイコフォースを食らわせた。
「グワァー!」
 痛みに悶絶するゲーム系ビルシャナ。
「寝言は寝て言うから許されるんですよ。いい年したおっさんが勇者だ無双だハーレムだの恥ずかしくないんですか?
 いい加減さっさと目を覚まして仕事に行ってください!」
 さらに鳳琴が鉄拳聖裁する。
「いい年してゲームとは情けない! ちゃんと現実を見て、しっかり働いてください!」
 逃げ場はない。思いっきり殴りつけられた五郎、ズシャアアアアーっと擬音をたてつつ甲羅の上をすっ飛び、砲台に激突した。
「くそう……いい年いい年って年末かよ……。カーチャンみたいな物言いしやがって……」
 血まみれかつ涙目のビルシャナ五郎。親御さんの苦労がしのばれた。
「妄想は自由ですけど、その勇者ごっこ……こどものぼくから見てもイタいなぁ」
 わざとヒき気味に言う弌に、五郎は叫んだ。
「酷い! もっと蔑んで!!」
「ええ……」
 ……これもきっと、菩薩累乗絵って奴の仕業なんだ。そう言う事にしておこう。
「ゲームって楽しいよね~。ずっとやってたい気持ちも分かるけど、生活費はどうするのかしら? 好きな事だけやるにはそれが出来る環境が必要なのよ」
「色々と仕事をしたりした後にするともっと楽しくなるわよ! 後しっかり働くと課金もできるわ!」
 かぐらとフレックは生活面から諭す。それはわかるけど……とまだもごもごする五郎だ。
「あーあ、このままだと会社クビですね。楽しみにしてる新作ゲーム、五郎さん、買えないんだ。可哀想……」
 鈴が言う、『新作ゲーム』『できない』がクリティカルだったようで、五郎は今日一番動揺を見せた。全身から脂汗を垂らし、決死の反論を試みる。
「いや、だから、俺はここにいる限りゲームし放題で、つまり新作ゲームだってチート能力で」
 リノンは容赦なく、真実を告げた。
「なんとここは現実で、残念ながらよその世界ではない」
 五郎の目からハイライトが消えた。
「ウソだっ!!!!!」
 血反吐を吐くが如き悲痛な叫びが、春の空と海に響き渡る。
「望んだ所でゲームし放題の世界などうまい話があるわけがない。FXで大当たりするか逆玉の輿でも狙うと良い。まあつまりだ……共に働こう」
「あ、あと、ここ、もうすぐ崩壊するわ!」
 さらっと付け加えるフレックである。
 次々とつきつけられる現実に打ちのめされて、五郎はうなだれた。そんな彼に、ニケは本質を問いかける。
「本当にやりたいのは、ゲームなの? それは、誰かを殺して、それで得られるものなのかな?」
 はっと顔を上げた五郎の横を炎が掠めた。今もなお戦艦竜の砲撃は続いていたのだ。飛び来る砲弾や炎を、鳳琴が、かぐらが受け止めていた。
「四宮さん、目を覚まして。ゲームで誰かを傷つけるのは止めて」
 そう言うニケ自身も無傷ではない。いや、誰もかれもが傷だらけではないか。
 ケルベロスの真の敵は誰だったのか。五郎は今度こそ本当に『現実』を見た。
「そこから降りておいでよ。それでゆっくりしよう?」
 ニケが手を差し伸べる。五郎は震える手羽先を伸ばし、恐る恐るその手を取った。びっしりと生えていた羽根が、妄想の数々と共に抜け落ちていく。
 鳥面が外れて素顔が顕れた。
「……明日からまた仕事だ」
 そう言って五郎は泣きじゃくるのだった。


 制御を失ったドラゴンは、凄まじい勢いで海底へと沈んで行く。すぐに全身が海中へ没してしまうだろう。
 力が抜けて動けない五郎を数人がかりで抱えて運ぶ。
「ふふ、天使が召喚されましたよ!」
 鈴が冗談を言うと、五郎はそれはそれは嬉しそうに頬を弛めたのだった。

 波は高く、激しく渦が巻いている。その勢いに飲まれて、束の間、海中に沈んだフレックは、深く昏い闇底へ消えていく戦艦竜の砲台を見た。
 あのドラゴンがもう二度と浮上することはないのだろう。あの闇の底に沈んで溶けて消え果てるのだ。
(「静かに、せめて安らかに……願わくは海の自然に触れてその美しさを……」)
 フレックは、沈みゆく鋼鉄のドラゴンのために祈った。


 全員がずぶ濡れで岸に上がったころには、海はまるで何事もなかったように凪いでいた。
 うみねこばかりが姦しく鳴いている。

「ビルシャナって他の種族を取り込むが上手だったりするのかしら……?今回も含めて全部違う種族だったし」
 この侵攻を思い返してかぐらは言う。
「こういう手を思いつくんだから、ビルシャナって馬鹿にはできない相手だなぁ」
 弌の言う通り、ビルシャナの脅威を再確認するケルベロスたち。
 そう、これが最後の菩薩累乗会とは思えない。第二、第三の……。
「いやこれ四回目だから! もういいから!」
 かぐら、真顔だ。とは言え、菩薩累乗会を完全に阻止する手段が未だ判らないのも事実だ。
「菩薩累乗会……元を断ってみせましょう!」
 鳳琴と皆は、互いに頷き合った。

 あらゆる力を利用し、勢力を強めんとするビルシャナたち。
 ケルベロスたちの戦いはまだこれからだ。

作者:黄秦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年4月6日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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