菩薩累乗会~楽園への道

作者:椎名遥

 すでに日は暮れ、人気も絶えて。
 寄せては返す波音だけが、静かに響く夜の海。
「なあ……本当に、こんなところにあるのか?」
「ああ、もちろんだ。お前の望むもの――」
 そこに、足音を忍ばせて周囲をうかがいながら二つの影が現れる。
 一方の影が口にする期待と不審の入り混じった問いに、もう一方の影は自信に満ちた声で頷きを返す。
「何者にも邪魔をされず、ゲームにだけ専念できる世界。我が主、芸夢主菩薩様の導く楽園への使いは――ここにいる!」
 ばさりと音を立て、影が振るうのは翼と化した腕。
 同時に、静かだった海の中に二つの赤い輝きが灯る。
 ――直後、海面が大きく波打ち、割れて、現れるのは巨大な影。
 20メートルにもなろうかという巨体。背中に備えたいくつもの大砲。
 それは――、
「これこそが、闘争封殺絶対平和菩薩の導きによって我らに与えられた楽園の守護者――戦艦竜だ!」
 ドラゴンを背後に控えさせて、影――ケルベロス絶対殺す明王は両腕を広げて同行者に語り掛ける。
「知っているだろう? 最強のデウスエクスとまで呼ばれるドラゴンの力を。その恐ろしさを」
「……ああ」
「そのドラゴンは、今、我らの支配下にある」
「そう、みたいだな」
 語り掛ける言葉は芸夢主菩薩の力を帯びて心へと滑り込み、巨大なドラゴンへの恐怖も、目の前にいるビルシャナの異形の姿への警戒心も、語る言葉の怪しさも、その全てを薄れさせてゆく。
 そして、
「つまり――このドラゴンが、お前の望む楽園を作り、守るための力となるのだ!」
「そう、か……そうだ。そうなんだ!」
 力強く言い切る明王の言葉が、相手の心を完全にとらえたとき。
 疑問、疑念、警戒心。明王の言葉を疑う心が晴れて、迷いを払って顔を上げた相手の姿が、たちまちのうちに羽毛に覆われてゆく。
 そこに生まれたのは、芸夢主菩薩に仕える新たなビルシャナ。
「この力があれば、ゲームを邪魔をする奴を全員追い払える。休日に呼び出す上司にも、どこかへ連れて行けとうるさい家族にも、誰にも邪魔をされずにゲームをし続けられる! これが、楽園!」
 砂浜にひざまずき、目覚めた真理の中でビルシャナはドラゴンを見つめて感動の涙を流す。

 ――だから、気づかない。
「せいぜい頑張るがいい。お前達は、ケルベロスを招き寄せる餌に過ぎないのだから」
 一歩引いた場所から見つめる、明王の呟きに。
「我はケルベロス絶対殺す明王。闘争封殺絶対平和菩薩が呼び寄せてくれた戦艦竜を使い――我が名の下に、ケルベロス絶対殺してみせる」


「遂に、ドラゴンが出てくるまでになりましたか……」
 どこか呆然とした表情を浮かべていたセリカだったが、集まったケルベロス達に気づくと一礼して説明を始める。
「ここしばらくの間、ビルシャナが活発に動きを見せていることはご存知でしょうか?」
 その作戦名は『菩薩累乗会』。強力な菩薩を地上に出現させ、その力を使ってさらに菩薩を出現させて……を繰り返す事で、最終的には地球全てを菩薩の力で制圧する事を目的とした作戦である。
 人間を殺してグラビティ・チェインを獲得する事を目的としないために、一見すると脅威度が低いように見えるかもしれない。
 だが……。
「そして、いったんこの作戦が軌道に乗ってしまうと、そこから先で阻止することは不可能に近くなります」
 そう、苦しい表情でセリカは告げる。
 一体の菩薩が二体になり、四体、八体、十六体……と、倍々ゲームで増えてゆく菩薩達。
 もし、初期段階で倒すことができなければ……遠くないうちに、ビルシャナの勢力はケルベロス達の手に負えない程の速度で増えだすことになるだろう。
「現在、この作戦を完全に防ぐ手段は判明しておらず……できることは、出現する菩薩が力を得るのを阻止して進行を食い止めることだけです」
 この作戦は、菩薩の影響を受けたビルシャナを量産し、そのビルシャナ達を菩薩と一体化させる事で菩薩力を上昇させ、上昇させた菩薩力で更なる菩薩を呼び出すことでサイクルを回していく。
 だから、影響を受けたビルシャナを倒すことができれば、完全に解決する事はできなくても出現する菩薩が力を得ることを防ぐ事はできる。
 その際に、動いている配下を倒すこともできれば、わずかであっても作戦を後退させることもできるかもしれない。
「今回活動が確認された菩薩は、『芸夢主菩薩』です」
 この菩薩の教えは、ゲームと現実の区別がついていなかったり、俗世を離れてゲームだけをしていたいと思っているゲーマーの人を導いてビルシャナにさせてしまう。
 そして、この勢力が強まれば、多くの一般人が現実とゲームの区別をつけることができなくなり、次々とビルシャナ化してしまう危険がある。
「ですので、この菩薩の影響を受けたビルシャナを撃破するのが今回の目的となりますが……」
 そこまで話して、セリカは表情を曇らせる。
 芸夢主菩薩は、これまで菩薩累乗会を邪魔してきたケルベロス達を警戒しており、戦力を整えてケルベロス達を待ち受けている。
「相手の戦力は、芸夢主菩薩の配下『ケルベロス絶対殺す明王』と、新しく生まれるビルシャナ。そして――『オスラヴィア級戦艦竜』の三体です」
 これは、スパイラル・ウォーによって多くのドラゴンが音信不通になった事で、目的を失い海底で定命化を迎えてしまった戦艦竜を、闘争封殺絶対平和菩薩の導きによってビルシャナ勢力が組み込んだ結果である。
 定命化によって死に瀕しており、それに伴って戦闘力も衰えているが――最強のデウスエクスたる『ドラゴン』の力は、それだけで十分な脅威となる。
 幸いと言えるのは、背中に乗せたビルシャナと連携するために、戦艦竜が本領を発揮できる『海底』では無く、海岸近くの『海上』での戦いになることだろう。
「新しくビルシャナになった人ですが、ケルベロス絶対殺す明王を先に倒すことができれば、救出のために説得する隙が生まれます」
 もともと軽めの逃避行動だったからなのか、それともビルシャナに疑念が強かったからなのか……ともあれ、説得の難度は低く、わがままを言う子供を叱る程度のものでも十分説得はできるだろう。
「また、ビルシャナを二体とも撃破すると、戦艦竜は闘争封殺絶対平和菩薩の制御を失って海底に帰っていきます」
 定命化に蝕まれている以上、放っておいても戦艦竜の余命はそう長いものではない。
 無理に倒さずとも、それで良しとするべきだろう。
 目的は、あくまでもビルシャナの活動を阻止すること。
 倒そうと無理をするあまり、ビルシャナを逃してしまっては本末転倒なのだから。
 そう言って、説明を終えるとセリカは小さく息をつく。
 二体のビルシャナに加えて、戦艦竜を同時に相手取る戦い。
 海上に浮かぶ戦艦竜の砲撃をかいくぐって接近し、その上で戦い、倒す。
 戦艦竜が弱体化しているとしても、決して簡単なことではないが……それでも、やらねばならない。菩薩累乗会を止めるために。
「難しい戦いになると思われますが、皆さんならできると信じています」
 だから、
「――無事に、帰ってきてくださいね」


参加者
ジルカ・ゼルカ(ショコラブルース・e14673)
リリス・セイレーン(空に焦がれて・e16609)
八神・鎮紅(紫閃月華・e22875)
山蘭・辛夷(ハードワイヤード・e23513)
ヒビスクム・ロザシネンシス(地中の赤花・e27366)
仁江・かりん(リトルネクロマンサー・e44079)
燎・月夜(雪花・e45269)

■リプレイ

 キセルをくわえてハンドルを握り、山蘭・辛夷(ハードワイヤード・e23513)は笑みを浮かべる。
 視線の先には月明かりに浮かぶ戦艦竜の巨大な影。
「ボートの操縦はハワイ以来だ。ちゃんと動いてくれよ」
 キーをひねりエンジンをかけて。
 同時にジルカ・ゼルカ(ショコラブルース・e14673)が布をつけたラジコンを、仁江・かりん(リトルネクロマンサー・e44079)は無人ボートを別方向から走らせる。
 それらは一瞬で破壊されるけれど、
(「少しでも距離を……」)
 祈るような気持ちでジルカは前を向き――その目を、三対の視線が射貫く。
「ひえ……っ」
 戦艦竜と二体のビルシャナ。
 敵意に満ちた視線に、悲鳴が漏れ、体は震え上がる。
 けれど、
「っ!」
 震えは消えなくても、今は強気の演技でごまかして。
 憧れの人のように強くあろうと、拳を握って目を見据え、
「俺は、ちゃんと、やるんだ!」
 迫る氷輪を拳が打ち払い、火砲をレッドレーク・レッドレッド(赤熊手・e04650)の炎が焼き払う。
 その余波に船は大きく揺れて異音が響き、
「いけるか!?」
「ああ!」
 振り返るレッドレークに辛夷は力強く頷きを返す。
 攻撃は仲間が迎撃して、船もリリス・セイレーン(空に焦がれて・e16609)が紡ぐ人魚姫の恋歌に、かりんと八神・鎮紅(紫閃月華・e22875)のヒールがあればまだ持つ。
 後は、フルスロットルでまっすぐに、次弾よりも早く――速く。
(「お前に根性があるのなら、応えろ!」)
 竜が起こす波を避けることなく乗り上げて、辛夷の心の声に応えるように船は飛び上がる。
 その上でレッドレークは胸元の茜鞘の護剣をそっと握る。
 皆を護り切ること。無事に帰ること。
 大切な人への思いを込めて。
「行くぞ!」
「よくぞ来た!」
 降り立つと同時に、打ち込まれるのは明王の拳。
 殺意の乗った一撃を燎・月夜(雪花・e45269)は身をそらしてかわし。
 返す刃を明王は跳躍して回避する。
「死ぬがよい!」
「いや、死ぬのはお前だ」
 放たれる回し蹴りよりも早く、純白の弾丸が撃ちこまれる。
 それはヒビスクム・ロザシネンシス(地中の赤花・e27366)の撃ち出す待雪草の弾丸。
「死と希望を象徴する主の花よ! その花言葉に刻まれし呪詛を開放せよ!! スノードロップの花言葉、俺はお前の死を望む!」
「ちっ!」
 指弾で撃ち出すのは主人が死の呪詛を込めた特性品。
 真っ白に輝き、死を刻むべく追尾する弾丸に、明王は小さく舌打ちして距離を取り。
 弾丸を打ち払った直後、並走して踏み込む鎮紅が振るう二刀が薄く傷を刻み込む。
「貴様ら……!」
 睨む明王の視線を受け止め、レッドレークは苦笑する。
「ビルシャナはどうも苦手だが……貴様は明快でやりやすいな」
 相手の瞳に宿るのは、強い敵意と殺意。
 これだけ強い意志に満ちていれば見紛うこともない。
「倒させてもらうぞ。信者は集められなかったようでお気の毒だがな!」
「いくらでも集められるとも。貴様らを倒せばな!」
 言葉を交わし、殺意を交わし。
 戦艦竜の背の上でケルベロス達とビルシャナは交錯する。


 鎮紅、辛夷、リリスがオウガ粒子の輝きを振りまき、レッドレークは真朱葛に黄金の輝きを宿す果実を実らせる。
 超感覚を覚醒させる金属の輝きと、呪縛を退ける聖なる光。
 その輝きの中でヒビスクムが放つ蹴りを、明王は渾身の力を込めた拳で迎え撃つ。
「飛び蹴りはメイドの嗜みってな!!」
「ぬるいわ!」
 互いにぶつかり、弾け、体勢を崩して立て直し――飛び退く明王の眼前をかすめ、月夜の投げ放つ刀が地へ突き立つ。
 合わせ踏み込むジルカの手の中で、揺らめく青の蛍光が形を成す。
 差し伸べた手に生み出されるのは、ベニトアイトの煌き宿す幻影の大鎌。
 それを振るわせまいと、戦艦竜の氷弾とビルシャナの炎がジルカへと襲い掛かる。
 敵は一人ではない。
 同時にケルベロスも一人ではない。
「頑張れ、ガブリン!」
「いっぽ、お願い!」
 迫る氷と炎を、ヒビスクムのボクスドラゴン『ガブリン』とかりんのミミック『いっぽ』が、かりんの張り巡らせる鎖の守りと共に受け止めて。
『きみに、あげる』
 ジルカは大鎌を振り下ろす。
 勝負を決するには浅い。
 それでも勝敗につながる一太刀。
「ぐ、ぁ!」
「なんでだよ!」
 明王の口から声が漏れ、体が揺らぎ。
 その光景にビルシャナは悲痛な叫びをあげる。
 視線の先では、怒りを目に宿す明王と、かりんの回復を受けるサーヴァントの姿。
 僅かな交錯でも、互いに無傷で終えることなどできない。
「なんで、そんな怪我をしてまで俺の邪魔をするんだよ!」
「だって……あなたは昔の俺みたいだもの」
「え……」
 叩き付けられる経文を、ジルカは正面から受け止める。
 苛めから逃げて、引きこもっていた昔の自分。
 あの頃、鏡の中で見た目を彼がしているように見えるから。
「だから、放っとけない」
「君は……」
 ビルシャナの声が揺らぎ――、
「惑わされるな!」
「……ああ!」
 明王の言葉に揺らぎは消え去って、再度ケルベロス達へと向き直る。
「やっぱり……」
「厄介だな」
 かりんの呟きに、ヒビスクムは顔をしかめる。
 火力の高い戦艦竜とビルシャナ。
 そして、ビルシャナを救出するには回避に長けた明王を先に倒さないといけない。
「ま、しゃーねーか。やれることはきっちりとやる。それだけだぜ」
「できることからコツコツと、ってね」
 厄介でも、やらなければならないなら手を抜くわけにはいかない。
 ヒビスクムは辛夷と笑みを交わし、二人同時に地を蹴る。
「これなら!」
「どうかな!?」
 頭上からヒビスクムが打ち込む地裂撃と、足元を狙うジルカのスターゲイザー。
 上下に散らした連携攻撃を両手両足で迎撃し、続くリリスのライジングダークを蹴り壊し。
 突き出される明王の拳をレッドレークは迎え撃つ。
 拳の一撃は赤熊手で迎撃するも――続く二の蹴り、三の突き。打ち込まれる乱撃にゴーグルは砕け、口からは血が滲み、
「がんばって!」
「ああ、まだだ!」
 それでも、かりんの癒しを受けて歯を食いしばり武器を握る。
 信じる心を赤熊手にこめて、放つは大器晩成撃。
 その一撃に、明王の両腕は白の氷で覆われて。
 一歩退いた明王を左右から挟み込むように、鎮紅と月夜が切りかかる。
「其の歪み、断ち切ります」
 両手の刃に魔力を宿し、鎮紅が振るうのは深紅の光刃。
 舞い散る花弁のように光を零し、無数の剣閃が明王を切り裂いて。
 同時に踏み込んだ月夜の振るう刃は――全て牽制。
 刃に注意をひきつけて、不意を突いて蹴りだすフォーチュンスターが明王を捉えて跳ね飛ばす。
 いかに回避に長けたキャスターでも、すべてを避けることはできない。
 狙いを高める位置どり、加護を重ねればなおさらに。
 そうして、明王へ攻撃を集中させれば――必然、ビルシャナと戦艦竜への抑えは薄くなる。
 リリスの背を狙って、ビルシャナの手に氷輪が生み出され、
「悪いけど、封じ込めさせてもらうよ」
 解き放つ寸前、無数のクナイが降り注ぐ。
 とっさに、狙いを変えた氷輪がクナイを撃ち落とすが――、
「そのクナイ、爆発するよ」
「なぁ!?」
 辛夷の言葉と爆発は同時。
 零式バーストクナイ――零の術によって作られたクナイが、ビルシャナも戦艦竜も巻き込んで爆発をおこす。
(「注意は引けた。後は――どこまでやれるか、だね」)
 戦艦竜の雷砲を飛び上がって回避して、向けられた意識と敵意に辛夷は笑みで応える。
 戦艦竜とビルシャナ、二体を相手取るのは決して簡単ではないけれど。
「さ、おねーさんと遊ぼうか!」


(「――まずいな」)
(「まずいね」)
 周りを警戒していたレッドレークとメディックのかりんが、それに気付く。
 時間を経るにつれてケルベロス達の動きは鋭さを増し、明王の動きは鈍ってゆく。
 積み重なる加護と呪縛の結果、最初は三度に一度だった攻撃も、今は二度に一度、三度に二度と捉える回数が増えている。
 だが――倒すにはまだ遠い。
 当てることを優先したために、クラッシャーは少なくなり――結果、長期戦を強いられて。
 長期戦で最も負担のかかるディフェンダーは、大半を耐久力に欠けるサーヴァント。
 同時に、戦艦竜とビルシャナの注意をひきつけている辛夷も長くは持たないだろう。
 そして――、
「カァッ!」
 仲間をかばって氷輪を受けたガブリンに明王が乱撃を放ち――ガブリンが倒れる。
「っ――これ以上、やらせん!」
 続け、撃ち込まれた炎弾を撃ち落として、レッドレークは歯を食いしばる。
 これ以上倒れれば、戦況は逆転する。
 そして、その時は決して遠くない。
「急げ!」
「ああ!」
 声に応えて飛び出す影は二つ。
「ドワーフの一発は足に来るぜ!!」
「これ以上、やらせないよ」
 ヒビスクムの『華斧 華刃剥命』。
 ジルカのバールのようなもの。
 大地をも断ち割る勢いで振り下ろされる二人の攻撃を受け止め、明王の足元にいくつものヒビが走り。
「易々と、断てると思うな!」
「元より、易々とできるとは思っておらん!」
 力尽くで押し返して、打ち込まれるのは明王の拳。
 宙に浮いたジルカへ放たれる拳をレッドレークが受け止める。
 そのまま拳を上へとそらし、半回転させた赤熊手が打ち込まれるのは明王の足元。
 とっさに、飛び上がって避ける明王。
 ――だが、狙いはそこではない。
 突き下ろす赤熊手が打ち据えるのは、ヒビが走る戦艦竜の甲羅。
「そこで大人しくしているが良いぞ!」
 打ち込まれた衝撃を乗せて、石巖の如き刃となった甲羅の破片が空中の明王を切り裂き。
 同時に、リリスが生み出す黒太陽が明王を照らし出す。
 地上からの甲羅の刃と天からの黒光。
 天地同時の攻撃に明王の意識が乱れ、たたらを踏んで。
「もう足掻くのは諦めてはいかがでしょう?」
 その隙を逃さず月夜は刃を投げ放つ。
 投じた刃は呪詛を宿し、明王をその影ごと貫いて、
「おのれ、おのれ!」
 動きを封じられた明王へ、鎮紅は駆ける。
 想起するのは友人の姿。
 剣に生きる彼女が見せた太刀筋に倣う様な――、
「おの――」
「――断ち切るッ!」
 一閃、怨嗟の言葉ごと切り裂いて。
 それが――ケルベロス絶対殺す明王の最後となった。


(「頑張るねぇ……お互いに」)
 明王の撃破を目の端で確認して、氷輪をかわしながら辛夷は苦笑する。
 ここまでビルシャナが戦えているのは、それだけ強い思いがあるからだろう。
 そこに同情が無いわけではないが――ビルシャナとなって邪魔者を排除するならば、それと戦うのは自分達の役目だ。
「わかってるかい? 君が目指す楽園は、結局邪魔者がケルベロスに変わるだけで血塗られた道だ」
「それは――」
 気付かなかった――否、気付けていなかった事実に、ビルシャナが言葉を失う。
 あるいは、明王が健在であれば修復できただろう心の揺らぎは、そのまま氷輪の隙間を生み出して。
 その空間へ飛び込む辛夷を戦艦竜の炎弾が捉え――爆炎を突き破り、辛夷は拳を振り上げる。
 そして――、
「ここまでやれるなら、人としての現状だって変えれると思うんだがねぇ」
「……え?」
 伝わるのは、とん、という軽い衝撃。
 そして言葉と笑み。
「楽園というのは自分の手で作り上げるものだぞ、青年よ」
 そう伝えて、辛夷は崩れ落ちる。
「そんなの、この力無しじゃ……」
「できるだろう」
 倒れた辛夷を見下ろして、呆然と呟くビルシャナにレッドレーク達が歩み寄る。
「ゲームだか何だか知らんが、やりたい事があるならやれば良い」
「好きなことだけをするのに、そんな力はいらないよ」
 ビルシャナの揺らぎを感じてか、動きを止めた戦艦竜の甲羅の上で彼らはビルシャナに語り掛ける。
 ダモクレスから覚醒し、ゼロから居場所を作ってきたレッドレーク。
 何の力もないまま、苛めから逃げて引きこもっていたジルカ。
 だからわかる。ビルシャナを縛っているものは、捨て去れぬものではないと。
 だけど、
「だが貴様はそうしなかった。出来なかったのではなく、しなかったのだ。切り捨てられないもの、守りたいものが他にあるからではないか」
「それは――」
「仕事仲間に友達に、そして家族――でしょ?」
「……ああ」
 語り掛けるリリスに、ビルシャナはわずかに迷って……そして、頷く。
 自分を変えるのが難しいのは、今持っているものも大事だと思うから。
 方向性こそ違っても、変わりたいと願う姿に少しの親近感を覚えつつ、リリスはビルシャナに微笑みを向ける。
 少しずつ、ビルシャナから羽が抜け落ちてゆく。
「ひとりぼっちだと、好きなこともつまらないのです」
「楽しかった事も、すごいゲーム技術も、聞いたり見たりしてくれる人がだれもいない」
「誰にも邪魔されず、ずっとひとりで好きなゲームしか出来ない楽園は、寂しくはありませんか?」
 ビルシャナを見つめて語り掛けるかりんとジルカ。
 競える相手、語り合う相手。
 それは、ゲームだけでは得られないもの。
「息抜きでやるのはいいと思いますが、本当に大切な人間関係まで捨てて孤独になってはいけないでしょう」
「好きな事だけをし続けても、やがて虚しさが募ります。何かを頑張り、乗り越えて、其の先で楽しむからこそ、好きなものはより好きになるのではないですか?」
 バランスが大事だ、と月夜と鎮紅は語りかける。
 頑張った後で楽しむから、きっと趣味は楽しいもの。
 だけど、大事なものを捨てて頑張らずに遊べば、それはいつか楽しさを無くしてしまうだろう。
「つーか、ゲームやるのにその羽根と長い爪は邪魔だろ。その現状こそが何よりも邪魔だと思うんだが」
「……それもそうだ」
 そう、ヒビスクムの言葉に、吹き出すように笑って。
 半ば人へと戻ったビルシャナの手を、かりんはぎゅっと握り締める。
「良かったら、ぼくにきみの好きなゲームを教えて下さい。一緒に遊んだ方がきっと楽しいですよ!」
 言葉とともに、ビルシャナを不可視の球体が包み込み。
 それが消え去った後には、元に戻った青年の姿が残っていた。


 倒れた辛夷をヒビスクムが、青年をジルカが担いで起こした直後、彼らの足元が揺れる。
「これは――」
「戦艦竜が帰るみたいね」
 身構える月夜にリリスが答える。
「ぼくたちも帰りましょう!」
 かりんに頷いて鎮紅はボートへ視線を向けて。
「……」
 漂う残骸に首を振る。
 強引な乗り込みと戦闘の余波でボートは既に大破状態。
 さらに運転手の辛夷は重傷だ。
「仕方ありません。泳いで帰りましょう」
「泳ぎは苦手なのだがな……」
 頷く鎮紅にレッドレークは天を仰ぐ。
 戦闘が終われば次は水泳。きっとその先にも何かがあって。
 困難は程度の大小問わず目白押しだけど……その先に大事なものが待っているから、頑張れる。
「……もうひと頑張り、するとしようか!」

作者:椎名遥 重傷:山蘭・辛夷(フォックスアイ・e23513) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年4月6日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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