菩薩累乗会~グラインディング・ヘブン

作者:雨音瑛

●楽園への道
 歩くたびにずれる眼鏡を直しつつ、米谷・薫(よねや・かおる)はビルシャナ――「ケルベロス絶対殺す明王」の後をついてゆく。
「……まだ着かないの? あーあ、ここまで歩いてくる時間でどんだけレベル上がったんだろ」
「何、もうすぐだ。もう間もなく、楽園へと着く」
 そんな会話を何度か繰り返し、やがてたどり着いた場所は海岸であった。
「ここが、一生ゲームだけできるっていう楽園?」
 薫が問うが早いか、明王の合図で波間が割れ、全長20mほどの『オスラヴィア級戦艦竜』が現れる。
 凶暴そうな顔。背に配置された、いくつかの砲台。だが、薫の目を引いたのは――背に用意された、居住スペースだ。明王が説明するまでもなく、薫はその意図に気付く。
「あのスペースなら、誰にも邪魔されずにレベルが上げられる……! やっ……たー!!」
 そう叫んだ薫は、一瞬にしてビルシャナと化した。
 喜び勇んで居住スペースに向かう薫の背に向けて、明王はそっとつぶやく。
「所詮、お前はケルベロスを誘き寄せるための餌。闘争封殺絶対平和菩薩が呼び寄せてくれた戦艦竜を使い、私はケルベロス絶対に殺してみせよう」
 翼を広げ、明王はほくそ笑んだ。

●ヘリポートにて
 来たか、と、ウィズ・ホライズン(レプリカントのヘリオライダー・en0158)はケルベロスたちを見渡す。
「予知により、ビルシャナの菩薩達が恐ろしい作戦を実行しようとしている事が判明した」
 その作戦は『菩薩累乗会』という。強力な菩薩を次々に地上に出現させ、その力を利用して更に強大な菩薩を出現させ続ける。そして、最終的には地球全てを菩薩の力で制圧するというものだ。
「この『菩薩累乗会』を阻止する方法は、現時点では判明していない。私たちに今できるのは、出現する菩薩が力を得るのを阻止し、菩薩累乗会の進行を食い止めることだけだ」
 現在活動が確認されているのは『芸夢主菩薩』。現実とゲームの区別がつかなかったり、俗世を離れてゲームだけしていたいと考えるゲーマーを導いてビルシャナにしてしまう菩薩だという。
「この菩薩の勢力が拡大されれば、多くの一般人が現実とゲームの区別がつかなくなり、次々とビルシャナ化してしまう危険がある」
 それに、と、ウィズは一段と厳しい表情となる。
「芸夢主菩薩は、これまでの戦いで菩薩累乗会を邪魔してきたケルベロスたちを警戒している。どうやら『ケルベロス絶対殺す明王』と『オスラヴィア級戦艦竜』の戦力でもって、ケルベロスの襲撃を待ち構えているようだ」
 戦場となるのは、海岸近くの海上。ビルシャナたちは戦艦竜の背に乗っているため、まずは砲撃をかいくぐって戦艦竜に上陸して戦う必要がある。
「相手は、ビルシャナ2体と、ドラゴン1体。ケルベロス絶対殺す明王と、ビルシャナ化した一般人、オスラヴィア級戦艦竜だな。今回は、ビルシャナを1体以上撃破するのが目的となる。まずは敵の戦闘能力について説明しよう」
 ケルベロス絶対殺す明王は状態異常の付与を得意としており、氷の輪を飛ばしたり、経文を読み上げて心を乱したりするほか、ヒールグラビティも所持している。
 ビルシャナ化した女性・薫は命中率が高く、ファンタジーRPGに出てくる魔法のような攻撃を仕掛けてくる。足止め効果のある風の刃、ひときわ威力の高い必殺魔法、パラライズ効果のある雷魔法だ。
 オスラヴィア級戦艦竜は攻撃力が高く、強力な砲撃のほか、噛みつき、ヒレのついた手で切り裂く攻撃をしてくる。
 また、オスラヴィア級戦艦竜は、ビルシャナ2体を撃破すると闘争封殺絶対平和菩薩の制御を失い、海底に帰っていく。
「オスラヴィア級戦艦竜を撃破したいという場合、ビルシャナ2体よりも先に撃破する必要がある。が、これは非常に難しい。ゲームでいうところの『超やり込みモード』に該当するだろう。……と、戦闘能力については以上だ。次は、ビルシャナ化した一般人、米谷薫の救出についてだ」
 彼女を救出する場合は、ケルベロス絶対倒す明王を先に倒す必要がある。明王を撃破した後であれば、ビルシャナ化した薫に攻撃しつつ説得することで、救出が可能となる。説得の際は『ゲームばかりしている子どもを叱る』レベルで大丈夫だという。
「戦艦竜を撃破しない場合でも、攻撃を受け続ける状態にある。そのため、長期戦は不利になるといえる。気をつけて事に当たってくれ。……それにしても、まさかビルシャナ菩薩の事件にドラゴンまで絡むようになるとはな。大変な相手だが、どうか全員、無事に帰ってきてくれ。武運を、祈る」
 ウィズは手袋をはめ直し、ケルベロスたちに笑みを向けた。


参加者
レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)
イェロ・カナン(赫・e00116)
藤波・雨祈(雲遊萍寄・e01612)
天月・光太郎(満ちぬ暁月・e04889)
未野・メリノ(めぇめぇめぇ・e07445)
クレーエ・スクラーヴェ(白く穢れる宵闇の・e11631)
小鞠・景(冱てる霄・e15332)
クラン・ベリー(赤の魂喰・e42584)

■リプレイ

●急襲
 穏やかに寄せては返す波の向こうに、不吉なものがいる。遠目に「それら」を確認しながら、藤波・雨祈(雲遊萍寄・e01612)は相棒であるレーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)に後ろ髪を結ってもらう。
「さて、本気でいくとしようか」
 言いつつ、用意した二隻のボートのうち、片方へと乗り込んだ。
 もう片方は、ケルベロスコートなどを被せたマネキンや藁が乗せられている囮だ。
 エンジン全開で目指すは、海上に浮かぶ「戦艦竜」だ。
 ケルベロスたちの接近に気付いた戦艦竜は、砲撃を開始した。最初に着弾した弾丸は波間に落ちたが、何度目かの砲撃で囮のボートへと着弾する。藁に詰めていた火薬で上がる煙幕を抜け、ケルベロスたちは戦艦竜へと接近してゆく。
 徐々に大きくなる砲撃音をくぐり抜け、遂にケルベロスたちは戦艦竜に上陸できる距離まで迫った。
「来たな、ケルベロス! 貴様らは、この私が絶対に殺す!」
「できるものなら、してみなよ」
 ケルベロス絶対殺す明王の言葉に冷たく返し、クレーエ・スクラーヴェ(白く穢れる宵闇の・e11631)はボートから飛び出した。エアシューズ「Ventus vero Tempestas」で戦艦竜の背中を走る。起こした炎を纏って蹴りつけるは、明王だ。
 それを皮切りに、ケルベロスたちは次々と戦艦竜の背中に上陸する。
「くっ……頼むぞ、戦艦竜!」
 言われ、戦艦竜はその手を動かした。手はクレーエの背中を切り裂いた。
「さあ、お前も楽園を護るために戦うのだ!」
「レベル上げの楽園……誰にも、奪わせない!」
 米谷・薫へと呼びかけ、明王は氷の輪を飛ばした。薫も続いて雷撃を飛ばし、応戦の姿勢を見せる。
 小鞠・景(冱てる霄・e15332)は素早くライフル銃を構え、明王に向けて光線を撃ち出した。続いて動いたレーグルも、魂を喰らう蹴りを繰り出す。
 レーグルが明王から距離を取るが早いか、雨祈は左手の小指を噛み切った。落ちた血を自身の影に落とせば、そこから波紋のように影が波打つ。
「絡め取れ、影法師」
 まるで波に押されるように、あるいは地を這うように伸びた影は、明王を浸食してその羽毛の体を締め上げた。
 一方で、未野・メリノ(めぇめぇめぇ・e07445)は前衛の背後で鮮やかな爆発を起こす。それに背中を押されるようにミミック「バイくん」は飛び出し、明王へと噛みついた。
 最初の撃破目標は「ケルベロス絶対殺す明王」だ。
 とはいえ、薫の方も放置できないだろうと、天月・光太郎(満ちぬ暁月・e04889)はグラビティの刃を作り出した。
「重力刃精製、加圧完了! 悪いがコイツは、ちっと重いぞ!」
 叫び、投げた刃は見事薫へと突き刺さった。刃はすぐに爆ぜ、同時に薫へと重力を加える。そう、行動阻害のグラビティだ。
 クラン・ベリー(赤の魂喰・e42584)は先ほど戦艦竜の攻撃をもろに受けたクレーエを光の盾で癒す。そしてどこか控えめに、クランは薫へと言葉を向ける。
「ゲームばかりして、自分だけ楽しんで、人に迷惑をかけたらいけない、よ。君がここにいる、というのは、そういう事なんだよ。そんな中でゲームをしても、楽しくないよ。心配する人もいる。ちゃんと、家族の元に帰ろう」
「この者を連れ帰るのであれば、私を倒してからにするんだな」
 明王は薫の前に立ち、鼻を鳴らした。
 ミミック「カジュ」は果敢に立ち向かい、明王へと噛みつく。
「ゲームのようにはいかないからこそ――ままならないけど、意味があるんだよ」
 熟れた果実色の眸に海の色を映しながら、イェロ・カナン(赫・e00116)は呟いた。ゆっくりと息を吐き、撃ち出すは回避を阻害する砲弾だ。
「……白縹も。頑張ろう、な」
 その言葉にまるで反応せず、ボクスドラゴン「白縹」は明王へとブレスを吐き出した。

●帰還のために
 戦艦竜や薫の攻撃をいくら受けようと、ケルベロスはひたすらに明王を狙った攻撃を仕掛けて行く。ただダメージを蓄積させるだけでなく、回避や防備、攻撃力を下げるグラビティを選択して。
 結果、明王の体力は凄まじい勢いで削れていく。端的に言っても、明王は既に満身創痍であった。
「馬鹿な、この私がこんなに早く敗れるというのか……!」
「どうやら、そのようだな。覚悟はできてるか?」
 光太郎は意識を集中し、明王を爆発に巻き込んだ。その後は、溜息交じりに足元を見遣る。亀の甲羅のような戦艦竜の背中は、攻撃や海流に合わせて時折揺れている。
「やれやれ、まさか戦艦竜まで味方につけて来るとはな……だけどもここで引いちゃいられない、頑張らせていただきますか」
 気を引き締め直した光太郎の言葉に、メリノも真剣な表情でうなずいた。続いてフェアリーブーツ「光花の舞」で、仲間を鼓舞するように舞い踊る。
「大変な状況ではありますが、怯むつもりはありません。欲張りだとしても、菩薩累乗会を打ち破り、全てを撃破して薫さんも救出して帰りましょう」
「だな。薫を含めたみんなで帰るためにも――」
 そう簡単には沈まぬよう、しっかりと足を踏みしめて。イェロも舞い、花弁のオーラを降り注がせる。
「白縹、行ける?」
 返答はなく、白縹は無愛想に明王へとタックルを決める。それでも楽しそうに笑うイェロの髪に結んだ淡紅色は、ただ海風に靡いている。
 バイくんが黄金をばらまくと、砲台が回転して砲弾が撃ち出された。
 来る、と目を閉じたクランであったが、不思議と体に痛みはない。恐る恐る目を開ければ、目の前でカジュが消滅するところであった。
 明王や薫の攻撃を何度か受けていたため、戦艦竜の一撃で消滅したわけではない。が、初めて戦いに赴いたクランにとって、息を呑むことであるのは変わりない。
「その調子だ、戦艦竜!」
 高笑いを上げ、明王は経文を読み上げ始めた。催眠効果のあるその経文は、ケルベロスが最も警戒しているグラビティだ。
「――む」
 小さくつぶやいたレーグルは、それ以上は続けずに雨祈の前に出た。聞こえた経文で、目眩のような感覚を覚える。
「楽園は渡さない!」
 薫もまた、風の刃をケルベロスに向けて放った。白縹へ向かったそれを、間一髪、イェロが庇い立てる。
「良かった、無事で」
 イェロの微笑みに、白縹は僅かに目を見開いた。イェロにとって、その反応だけで十分だ。
 さて、今度はケルベロスの番。景は星録の一節を口にする。
「――出番ですよ、箒星」
 喚ばれた帚星は、明王へと一直線。景の攻撃力とグラビティの命中率、何よりこれまで与えた回避の阻害によって、明王は避ける術をもたない。
 当然とばかりに、星は明王を砕く。
「私は絶対にケルベロスを殺す者だ、こんな、ところ、で――!」
 明王は倒れ、足の先から徐々に消えて行く。最後に残った一枚の羽根は、風に流されて消えていった。
「まずは厄介な明王撃破、ですね。戦艦竜は以前は取り逃しましたが……今回で、面倒事は全て終わりにしたいところです」
 肩に掛かる髪を払い、景は戦艦竜の頭部を見遣った。
 次の狙いは、戦艦竜だ。
「こんな形でまた戦艦竜と相対する事になるとは……本命では無いけど、狩らせて貰うよ」
 クレーエの脳裏をよぎるのは、かつて相対した戦艦竜。まだそんなに強くもなかったあの時は、無様に何度も倒れたものだった。
 相手が違うとはいえ、今度は負けたくない。気を引き締め、ブラックスライム「Tor von 《Alptraum》」を解き放った。
 戦艦竜に黒い残滓が噛みつく間に、癒しの術を持つケルベロスが動く。
「待ってろ、レーグル」
「私もお手伝いします、ね」
「あの、盾も付与しておきますから、ね」
 雨祈とメリノによる癒しのオーラに続き、クランによる光の盾が、レーグルの状態異常を消し、防備を高める。
 先ほど受けた催眠はすべて消え、ひとまずは安心といったところか。
「雨祈、未野殿、ベリー殿……感謝する」
 多少の痛みは残りこそすれ、感覚は正常。レーグルは戦艦竜へと向かい、如意棒の一撃を叩き込んだ。

●継戦
 思いの外早く撃破できた明王であったが、戦艦竜は明王ほど手ぬるい相手ではなかった。
 弱点らしき属性は見当たらず、咆吼一つ上げず、戦艦竜は苛烈な攻撃を仕掛けて来る。
 受けた攻撃によっては、クランとメリノの回復では追いつかないこともある。そんな時は、ひときわ高い攻撃力を誇るクレーエも、霧を放出して回復の援護をする。
 苦戦した過去が重なるが、今回の目標はあくまでもビルシャナの撃破。それに、薫の救出を忘れてまで熱くなるつもりはない。
「さすがに明王ほど簡単にはいかないか」
 いっそこぼれる笑みをそのままに、クレーエは息を吐いた。
「そのようだな。一層気を引き締めてかからねばなるまい」
 同意したレーグルは、光の盾を自身に纏わせた。また、白縹の注入した属性で、レーグルの傷がいくらか消える。
 この場に、無傷の者などいない。
 幾度も仲間の盾となったバイくんも、メリノが不安を覚えるくらいにはぼろぼろだ。それでも指示を受け、盾役に徹している。
 バイくんはがエクトプラズムでハンマーのようなものを具現化して戦艦竜を殴りつけると、イェロが素早く詠唱を済ませる。
「良いトコ見せて、期待してる」
 節榑立った杖の一振りは大鷲となり、確かに戦艦竜の体力を削ってゆく。
 光太郎の蹴りに、雨祈の斬撃も順調に重なる。
 クランはひときわ消耗の激しいイェロを癒そうと、仄かな光を燈す赤い果実を手にした。
「赤くて甘い、それはひとつの理想郷」
 果実が空に弾け、癒しの光が降り注ぐ。
 安穏と暮らしていたクランの日々は、ここにはない。
 先にケルベロスとなった弟妹の苦労を知ってからは、自分が守らなければと思った。そのために、強くなりたい、と願う。
 だからいま、どうにか自身を奮い立たせて、この場にいる。
 鋭い眼光から読み取れない怯えは、確かに青年の中にあるのだ。
 また、大きく足場が揺れる。
 戦艦竜は手を動かし景を切り裂かんとするが、一足早く割り込んだイェロが盾となった。
「楽園は、私が守る!」
 閃光が疾り、クランの眼前に広がる。一瞬にして、体の力が抜けてゆく。
「僕はここまで、みたいだ……あとは、頼んだ、よ……」
 その場に倒れるクランを一瞥し、レーグルは仲間に告げる。
「……攻撃対象の変更だ。米谷殿の救出へと切り替えよう」
「わかりました。では、そのように」
 微動だにせず、淡々と応える景。それは自分を抑えているからこその態度ではあるのだが。
「おいしい食べ物もずっと食べ続ければ、何時か飽きが来るように、ゲーム以外を全て放棄して、いつかゲームが楽しくなくなった時、貴方には、何も残らなくなってしまいます」
 言いながら、超鋼金属のハンマーから砲弾を撃ち出す。
「ゲームをすることは咎めてはいません。仕事や日々の家事もして、ゲームもする。メリハリをつければ、ゲームはいつまでも楽しいままですよ」
 言葉に詰まる薫を横目に、景はメリノに目配せする。
 メリノは大きくうなずき、溜めたオーラで雨祈を癒す。そうして、メリノもまた説得に加わる。
「ゲームって楽しいですよね。夢中になってしまうのもわかります。でも、デウスエクスとして闘いが激しくなれば、そのような日々は続かなくなってしまいます、よ」
 ふと景を見れば、うなずいてくれているのがわかる。師匠のように、あるいは先生のように尊敬している相手の反応にどこか嬉しくなり、メリノは続ける。
「新しいゲームも出なくなってしまうでしょうし、これからも楽しい日々を過ごすためにも、もうそれ以上、そちらへは行かずに、どうか、戻ってきて下さい」
 そう、新作もプレイできなくなる。クランも開戦当初に言ったことは、どう響いているのだろうか。
 諭すような言葉に、薫はじっと空を見上げた。

●帰る場所
 数秒ののち、薫は小さくつぶやく。
「私、は……間違っていたの?」
 説得は好感触だ。このまま撃破すれば、薫は元に戻る可能性が高い。
「目を覚ませ。それ以上は汝が望むものではない」
 そう告げ、レーグルは如意棒を伸ばし、薫に突きを加える。すると、すぐさまもう一本の如意棒が伸び同じ業を仕掛けた。
 レーグルが振り返ると、どこかのほほんとした雨祈の笑みが見える。
「ゲームは非日常だから楽しいんだろ。日常になったゲームは遊びじゃない、単なる作業だ。ゲームを楽しむ為に帰って来いよ」
「楽しいことは時々のご褒美くらいが丁度良いし、寝不足は肌にも良くないぜー。ゲームの中の勇者や冒険者は敵を倒してレベルあげてくもんだろうけど、その内にきみの方がわるいものになってしまいそうだ」
 溜めて解き放ったオーラで光太郎を癒しつつ、イェロも呼びかける。
「こっちに戻っておいで」
 白縹のブレスが止むと、メリノの起こした鮮やかな爆発が前衛を彩った。最後まで、しっかりと背中を支える所存だ。
 一方、光太郎の起こした爆発は、薫が対象だ。
「楽しいことをずっとやってたい、ってのはわからんでもないけどね。だからってそれを続けるために他人に迷惑をかけるようにはなっちゃダメだろう。アンタだってこうしてレベリングの邪魔をされるのは嫌だろ。それに多分向こうだと新作とか買えないぜ?」
 クラン、メリノ、光太郎によって三度も指摘された事実に、そしてごくまっとうな指摘に、薫の心は大いに揺らいでいた。
 そこへ割り込むのは、戦艦竜の砲撃だ。
 間一髪で砲撃を回避した景は、入れ違いで薫を爆発に巻き込む。それが止むが早いか、クレーエが進み出た。
「楽しいのもわかるけどね、現実を大事にしてこそでしょ。それにレベルには限界があるものだよ。だからこそ現実を蔑ろにしたままゲームに集中したって、『果て』に辿り着いたとき虚しくなるだけじゃない?」
 レベルを上げ続ける作業は、いつかは終わる。だから、とクレーエは続ける。
「色んな『世界』を広げなきゃ。ゲームだけでも現実だけでも無い……全部ひっくるめて色んな『世界』を広げた方が、きっと見たことも聞いたことも無い経験が出来るよ。広い世界は大変で、ツラいかもしれないけど地道な努力が出来る貴女ならどんなことでも楽しみに変えられるんじゃないかな」
 そのためには、まず帰ってこなきゃね、と付け足して。クレーエは《傲慢》を体現する黒き翼を持つ悪魔の化身が薫を見下した。
 薫は膝を突き、動きを止める。その直後に倒れ伏せば、人間の姿へと戻る。
 だが、胸をなで下ろしている時間は無さそうだ。
「戦艦竜が海底に帰ってゆくようです。こちらも岸へと戻りましょう」
 薫を抱え、景が仲間に告げる。既にボートは戦闘の余波で跡形もないため、泳いで行くしかなさそうだ。
 春の海は、未だ冷たい。岸までたどり着いて海上を見遣れば、既に戦艦竜も、戦闘の跡も見えなくなっていた。

作者:雨音瑛 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年4月6日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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