菩薩累乗会~僕は異世界の住人になるんだ

作者:沙羅衝

「ねえ……。本当にこんな所で、一生ゲームしてれば良いなんて場所があるの?」
 小学校5年生の中島・速雄が、隣にいる大きなビルシャナに聞いた。ここは何処かの海岸の様で、目の前には砂浜が広がっている。季節が季節であれば、沢山の人で賑わっているだろう。
 速雄は来年から6年生になる。だが、いつもテストの点数は悪く、親にしかられてばかりだった。
 そんな彼が得意だったのがゲームだ。特にMMORPGと呼ばれる、複数の人間が一つの世界にログインし、同時にキャラクターを操作し、敵を倒し、報酬を得るというゲームが得意だった。彼はデータを収集し、実行するという技術に長けている様で、その的確な状況判断から、言わば異世界の住人の中でトップランカーとなっていた。
 だが、それは異世界の話。状況判断は得意であるが故に、自分の置かれた状況と実力の差が、まざまざと理解できてしまう。どうやら彼の親は、有名な進学校に通わせたいらしく、毎日テストの点数の事ばかり言うのだ。
「勿論だとも、さあ、これを見るがいい!」
 ビルシャナは手をさっと上げると、目の前の砂浜の奥、つまり海からなにやら巨大な生き物が姿を現し始めた。
「う……わ……」
 速雄はその光景に、思わず尻餅をついた。
 彼等の目の前に現れたのは、全長20メートル程の巨大なドラゴンだった。
「す、すげえ……」
「このドラゴンの背に居住スペースを用意している。そこでゲーム三昧できるという訳だ」
 その言葉を聞き、速雄の肩が震え始めた。
「いいぞ……! 此処でなら、俺は解放されるんだ!」
 速雄はそう言って叫ぶと、ビルシャナとなっていったのだった。
「さて……。目的は一つ果たしましたね。折角闘争封殺絶対平和菩薩が呼び寄せた戦艦竜……。必ずやこの戦力でケルベロスを殺しましょう!」
 ビルシャナ『ケルベロス絶対殺す明王』は、そう呟いた。

 宮元・絹(レプリカントのヘリオライダー・en0084)は、集まってくれたケルベロス達に、どう言おうか迷っていた。その事に気がついたケルベロスが、どうかしたのかと尋ねた。
「いや、実はまた今回も『菩薩累乗会』がらみの依頼やねんけど、な」
 絹はそう言って言葉を濁した。
 絹の言う『菩薩累乗会』とは、強力な菩薩を次々に出現させたビルシャナが、それをどんどん繰り返し、最終的に巨大な菩薩を出現させるという作戦だった。既にその作戦は3回実施されており、徐々に敵が強くなってきている事は、ケルベロスには分かっていた。
「今回の菩薩は『芸夢主菩薩』。ゲームと現実の区別がついていなかったり、俗世を離れてゲームだけをしていたいー! って思っているゲーマーの人を導いてビルシャナにさせてまう菩薩やねん。この菩薩が今回『ケルベロス絶対殺す明王』と『オスラヴィア級戦艦竜』で、うちらケルベロスの襲撃を迎え撃つっちゅう作戦を取ってきた」
 戦艦竜という言葉に、色めき立つケルベロス達。即ちドラゴンである。知っての通り、ドラゴンはケルベロスに対する最大の障害である。その強さは計り知れない。その様子を見ながらも、絹は話を続けた。
「まあ、そないなるとは思っとった。でもまあ、来たモンはしゃあないから、此処からは依頼そのものの話や。
 今回の敵はその『ケルベロス絶対殺す明王』にビルシャナ化されてしもた、中島・速雄君。小学校5年生。彼を撃破することがまず第一の目的や。
 戦場はこの戦艦竜が海岸近くの海上におるから、そこに砲撃をかいくぐって飛び込むで。ちゅうのも、このビルシャナ達が戦艦竜の背中に乗っとるからや」
 絹の説明を呆然としながらも確りと聞くケルベロス達。思わずゴクリと唾を飲み込む者もいるようだ。
「まず、この戦艦竜やけど、砲撃によって大きなダメージを与えてくる。しかも同じ隊列の人間を巻き込む系のな。メインはダメージそのものが高い感じや。当然、この戦艦竜の背中に乗っても、砲撃は続くから、油断はしたらあかんで。
 で、メインの速雄君。彼はゲームの住人になっているみたいでな、なんか大きな剣で向かってくるわ。でも、その戦略は結構クレバーっぽくてな、こっちの陣形を混乱させるような手段をとるみたいや。
 ほいで最後が、『ケルベロス絶対殺す明王』。速雄君と同じような感じになるな。気をつけなあかんのは、同じ隊列におるっちゅう事や。ちゅうのもな、他の『菩薩累乗会』に参加した人やったらわかると思うけど、先にこの『ケルベロス絶対殺す明王』を倒した時に、彼を説得する事によって正気に戻すチャンスが生まれるねん。
 ただ、や。今回のオスラヴィア級戦艦竜。生半可な強さやない。まともに戦ったら、目的であるこのビルシャナ2体もままならんやろ。まあ、よっぽど自信があるんやったら、挑んでもええけど、引き際はよく見極めや。はっきり言って超ハードモードになるからな。
 幸いやけど、このビルシャナ2体を倒すとこの戦艦竜は闘争封殺絶対平和菩薩の制御を失って、海底に帰っていくから、無理はせんことやな」
 絹はそう言うと、ええかな、と締めくくる。ケルベロス達は少し、ドラゴンという敵に興奮しているようだ。
「まあ、目的はこのビルシャナを倒すことや。実際この戦艦竜は定命化によって死に瀕しているらしいからな。その辺考えて、頑張るんやで!」


参加者
目面・真(たてよみマジメちゃん・e01011)
ミルフィ・ホワイトラヴィット(ナイトオブホワイトラビット・e01584)
燈家・陽葉(光響射て・e02459)
黒住・舞彩(鶏竜拳士・e04871)
鈴木・犬太郎(超人・e05685)
影渡・リナ(シャドウフェンサー・e22244)
那磁霧・摩琴(シャドウエルフのガンスリンガー・e42383)
宇迦野・火群(浮かれ狐の羽化登仙・e44633)

■リプレイ

●砲撃
「よし、行くぜ」
 鈴木・犬太郎(超人・e05685)は、そう言って海面を跳ねた。目標は目の前に存在する巨大な戦艦竜。
「ビルシャナになんか負けないよ!」
 影渡・リナ(シャドウフェンサー・e22244)も犬太郎に続き、飛び出す。
 ドゥン!!
 その二人に気がついたのか、戦艦竜の主砲が火を噴いた。巨大な爆発で、海面がその衝撃派でひずむ。
 ドォォン!!!
 その砲弾は、海面に叩きつけられ、10メートル程の水柱を作り上げた。
「これは、まともに食らうとひとたまりもなさそうだ……!」
 その砲撃は犬太郎の身体をかすめたが、なんとか踏みとどまり、彼はその水柱を見てそう呟く。そして『ヒーロースレイヤー』を上段に振りかぶって跳躍した。
「はぁああ!!」
 その無垢な一撃を、戦艦竜の上で構えを取るビルシャナ、ケルベロス絶対殺す明王に対して、容赦なく振り下ろした。
「……ふっ」
 しかし、その一撃は軽く避けられてしまう。
「さあ、観念しなさい!」
 リナは明王の横にいる、ビルシャナと化した中島・速雄にそう言い、魔法の木の葉を纏う。
「本物の戦闘か。燃えるね……。こっちの戦力は……」
 速雄は、そうブツブツと言いながら、周囲を窺う。
『舞い裂け!』
 速雄が周囲を確かめた時、燈家・陽葉(光響射て・e02459)がエクスカリバール『鎖突杭剣』に鎖を繋ぎ、明王の足元に投げつけ、払った。
 どぅ!
「奇襲……ですか。小ざかしいですね」
 明王は自らの足元を襲った傷を確認し、そして左手を翳し、回復させた。
 だが、間髪要れず、上空から他のケルベロス達が一気に飛び込んでいく。
「いくわよ!」
 黒住・舞彩(鶏竜拳士・e04871)がその明王の隙を付き、電光石火のハイキックを見舞った。その蹴りはちょうど明王の頭をかすめ、その衝撃で明王はふらりと体制を崩した。
「煎兵衛、オレに続け! しもべ達よ、皆を守れ!」
 目面・真(たてよみマジメちゃん・e01011)がナノナノの『煎兵衛』に指示を出し、最前列の舞彩と犬太郎、そして煎兵衛自身にヒールドローンを展開し、更に少しの傷を負った犬太郎に、ハートのバリアを纏わせた。
 そして、ミルフィ・ホワイトラヴィット(ナイトオブホワイトラビット・e01584)が明王に対してアームドフォート『アームドクロックワークス・ネメシス』の力を解放する。
「ゲーム、ですか? まあ、色んな明王がいるものですわね……。ですが、速雄様の為にも……先ずは貴方から撃破しますわ!」
 ミルフィのアームドフォートの砲身が、幾つものエネルギーを集約させ、一斉発射させる。
 ドォ!
「……甘い、そして、殺す!」
 だが、明王はふらりとしながらも、その砲撃を避け、そして速雄に指示をする。
「手は浮かんだか!」
「……敵の状態はまだ分からない。だが、鉄板でいく!」
 速雄はそう言うと、大剣を抜き放ち、集中する。
「はあ!」
 横一線に払った切っ先から、前を行く3人へと泡がはじけるような音と共に残撃が放たれる。
 バシュゥウ!
「……く!」
 その攻撃を犬太郎は何とか避けることができたが、舞彩と煎兵衛が吹き飛ばされる。
 バチバチバチ!
 その泡のような力で、真の放ったドローンが墜ちていく。
「随分派手にやってくれるね……。火群さん!」
「これは、ウカウカしてらんないね!」
 宇迦野・火群(浮かれ狐の羽化登仙・e44633)が那磁霧・摩琴(シャドウエルフのガンスリンガー・e42383)の声に頷くと、二人は意志を疎通させて、お互いの役割に集中する。火群は前衛の2人と1匹へと紙兵を散布し、摩琴は陽葉、リナ、そして自分達にエクトプラズムの擬似肉体で護らせていった。
 こうして、戦いの火蓋は切られた。それは、長い戦いの幕開けでもあった。

●小さなほころび
 ケルベロス達は防御寄りの布陣を組んだ。それは一撃の重さよりも、じっくりと事に臨む為。事を急いては目的を仕損じる。
『羽剣抜刀。剛針よ、大気を羽撃け!』
 真が羽ばたき、銅の羽軸を打ち出す。
 トトトトトト!
 すると、大量の羽が、明王と速雄に突き刺さった。
「小ざかしいと言っている!」
 すると、その眼光が後列にいる摩琴、陽葉、リナ、火群へと向けられる。その眼光の力が、自分達を威圧していく。
「まだ、まだだ!」
 それに気付いた犬太郎が、摩琴の盾となり、庇う。
「こっちを、向きやがれええ!」
 攻撃はそのままに犬太郎は大きな『ヒーロースレイヤー』を、返す刀で大げさに切り付ける。
「あら、回復しなくて良いのかしら?」
 続けて『ドラゴニックメイス』を叩き付ける舞彩。するとその傷口から、少しだが凍りつける様にグラビティがじわじわと広がった。
「……明王! キミは回復を行ってくれ。攻撃なら、大丈夫だから!」
 そう言って、目を見開き、超速の一撃を振るう速雄。
 ズバア!!
 真とリナを狙った残撃を舞彩と煎兵衛が受け止める。
「くう!!」
 そして、轟音と共に戦艦竜の砲撃が上空から前衛へと襲い掛かる。
 どどどどどお!!
 激しい爆音を上げながら、舞彩と煎兵衛が被弾する。
「キミは、黙ってて!!」
 陽葉が弾丸を素早く戦艦竜の砲身に打ち込む。だが、その弾丸は少しの傷しか与える事は無かった。
(「大丈夫。これが、後になって効いて来るはず。だから、皆それまで……」)
 まだ効果は薄い。でも、いつかきっとこれが布石になる。これこそがほころびを生むんだ、と。
 陽葉はそう思いながら、周囲を見渡す。自分以外は完全に狙いは明王。それはケルベロスの作戦だった。陽葉を除き、戦艦竜はあえて無視したのだ。

『放つは雷槍、全てを貫け!』
 此方の攻撃と相手の攻撃が交錯する。リナはゲシュタルトグレイブに稲妻の幻影を宿らせ、明王へ放つ。
「チッ! 確かに、私は回復を行うほうが良い、か?」
 肩口を襲う切り口から、思考を邪魔する思念を入れ込んでいくリナ。その攻撃の効果に、明らかに嫌がるそぶりを見せる明王。
「そこですわ!」
 すかさず星型のオーラを蹴り込むミルフィ。その力が明王の防具を飛ばすと、じりじりと明王は距離を取った。
「命中率が下がるのはマズイ、掛け直しは任せて!」
「摩琴さんは前、ウチは後ろに!」
 火群がそう言うと、摩琴は頷き傷を塞ぎつつ、付けられた敵の攻撃の効果を打ち消していく。そしてあわせてオウガメタルの力を付与する。
「それだけ戦況を見渡して冷静に判断できるなら、勉強の大事さは分かるでしょ?」」
 摩琴が走り回りながら、速雄に声をかけた。すると速雄はその度に、首を横に振る。
 攻撃が降りそそぐ中、失伝の二人が東奔西走する。まだ経験は少ないけど、出来る事をするんだ。そう思いながら動き続けた。
 その一連の攻撃、防御を繰り返す。傷つけ、傷つけられ、回復し、回復される。未来永劫続くかと思うような繰り返し。敵の攻撃は速雄によって指示され、的確にケルベロス達を打ち抜いていった。
 だがそれでも、ケルベロス達の連携が少しばかり勝った。
 それは、陽葉が仕込んだ弾丸が作り出した綻び。その効果がジワジワと効いて来たからに他ならなかった。

●クレバー
「学校の宿題をやったのか? 春休みだからナイ? バカ者、こういう時こそ勉強をするべきなんだ! 空からの贈り物だ、受け取れ!」
 少し戦況がケルベロスに傾いた時、真が速雄に語りかけながら、明王と速雄に翼から聖なる光を放ち、その傷口を広げる。
「うるっさい!!」
 すると速雄は武器を落とし、口だけ動かす。
「気を抜くと勉強どころか何もできなくなるぞ。ゲームもな! 分かったら早く帰って勉強しなさい!」
「うるさいったら!!」
 ズバア!
 その言葉を受け流しながら、リナが明王に空の霊力を帯びたゲシュタルトグレイブを突き刺す。そして速雄に向かって言う。
「こんな所でビルシャナなんかになっていないで。ゲームするなら、家か友達と一緒に程々にすればいいんじゃない?」
「うるさいうるさい!」
 首を振り否定をする速雄。
「みんな、来る!」
 リナが叫ぶ。それは戦艦竜の砲撃を予期したものだった。
 どど……どぉ!
 だが、その攻撃はあらぬ方向へと打ち放たれ、海面に水柱を上げるだけだった。
「よし。効いて来たね」
 陽葉がその砲撃の行方を確認し、頷く。
「く……殺す!」
 明王はその瞳を燃え上がらせ、グラビティを放とうと試みる。
 だが、発動しない。
「……おのれ」
 グラビティの変わりに、憎しみの表情をケルベロスに向けるのみであった。
「お前がなぜケルベロスを敵視するのか。……その理由なんて知らない。でも、絶対に殺されてなんてやらない」
 陽葉はそう言って、『鎖突杭剣』を叩き付けた。すると、明王の持っていた剣を弾き飛ばした。そして与えていた氷が噴き出す。
「あなた相手なら、このサイズが良さそうね」
 そして舞彩が左腕から地獄を放ち、一振りの大剣に変え、そこに雷光を纏わせる。
『魔人降臨、ドラゴンスレイヤー。ウェポン、オーバーロード。我、竜牙連斬!』
 どぉぉおお!!
 派手な爆音をあげ、ビームが明王を貫く。
「いけそう、ね。でも、まだ気は抜かないよ」
 摩琴がガンベルトに備え付けられている薬瓶を投げ割る。するとそこから柔らかな香りが姿を現す。
『親愛なる仲間たちに期待を、希望を掴む集中力を。香れフォーサイシア!』
 その香りをグラビティに乗せ、前衛に纏わせる。
「やっぱり、放っとけないし。まずはこの戦いに勝つ!」
 火群も気を抜く事無く、紙兵を更にばら撒いた。
「この香り……良いな」
 自らの周囲に浮かぶレンギョウの香りを纏った紙兵を見て、目を閉じる犬太郎。ゆっくりと地獄の炎を拳に宿らせる。
 ミルフィもまた、同じタイミングで『ナイトオブホワイト』の腕部分を腕に装着する。
『一撃だ、俺のたった一撃を全力で完璧にお前にブチ込む』
『貴方を討つには…この腕一本で、事足りますわ…!』
 明王を捉えた二人は、挟み込むように前後から飛び込んだ。
 ドドッ!
 そして、その拳が同時に打ち付けられた時、明王は消滅していったのだった。

●戦いの終わり
「さて、いよいよキミだけだな」
 真がそう言って、ゆっくりと速雄を威圧する。
「何が、駄目、だった……」
 速雄はそう言って、大剣を一閃する。しかしその斬撃は犬太郎と舞彩によって握りつぶされた。
「ゲームの住人みたいな力を手にしていても、現実はゲームとは違う。
 貴方も私も、こんな状態。なんてね」
 舞彩はそう言って自分達の姿を確認させる。共にボロボロの姿である。その言葉は速雄を急速に現実に引き戻すものだった。
「ああ……。これは、終わり、なんだね。ゲーム、オーバー……」
 速雄はそう言うと、ビルシャナの姿がぽろぽろと剥がれ落ち始めた。同時に、足場が揺れ始めた。戦艦竜が制御を失い始めたのだ。
「いつまでもゲームに逃げてられないのは分るよな? 嫌なこと乗り越えてこそ一人前になれるんだぜ」
「……うん」
 犬太郎が優しく諭し、そのビルシャナの翼を切り落とすと、完全にビルシャナの姿を失った速雄の姿が現れた。
「自分も変われば、世界だってきっと変わるよ」
 リナはそう言って優しく声をかけ、速雄をおぶさった。
「ゲームがやりたいなら、余計に頑張って勉強しなくちゃ!
 勉強とゲームを両立できるって証明すれば、お母さんだって認めるしかなくなるよ!」
「キミなら、出来ると思う。ゲームばかりするのは勿体ないってわかってるはずだよ。大丈夫、辞めろって言っているわけじゃないんだ」
 陽葉がにっこりと微笑み、戦艦竜から跳躍する。
 撤退だ。
 徐々に海底に沈もうとする戦艦竜。もう此処にいる理由もない。目的は達成したのだ。
 ケルベロス達は、一斉に戦艦竜の背から自らの生活の地へと向かい、飛び降りる。
 その光景は速雄にとって、ゲームの世界から現実へと戻るかの様に見えたのだった。

「ありがとう」
 海岸に戻ったケルベロス達に、速雄は素直に礼を言った。その顔は少し少年の顔から青年の顔へと変化しているように見えた。
「わたくしもネトゲーは好きですし。メイドの仕事中の時も、毎回メイド長に叱られますわ☆
 でも……わたくしはゲームに逃げ込んだりはしませんわ。速雄様も、本当はゲームばかりに逃げてはいけないと解ってるのでしょう?
 ご両親を悲しませる様な事だけはしてはいけませんわ」
「うん、分かってる。ありがとう」
 ミルフィに言われた言葉を、笑顔で返す速雄。ミルフィはその顔を見たあと、安心した表情で、頑張ってくださいね。と続けたのだった。

 こうして、『菩薩累乗会』という名のビルシャナの作戦が終了した。
 戦艦竜の姿は、もう何処かへと消え、あの巨大な物体が本当に此処にあったのかと錯覚するほど、存在感を消していた。
 ビルシャナの言葉は、弱く、傷ついた心を酷く蝕むものだ。
 派手ではないが、確実に此方を侵食するのだ。
 それは人々が心を持つ故であろうか。
 そんな事を思いながら、ケルベロス達は水平線を見つめた。
 海岸に温かな風が舞う。
 それは、春の訪れを感じさせる温もり。
 ケルベロス達は、その風を肌で感じながら、帰還していったのだった。

作者:沙羅衝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年4月6日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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