菩薩累乗会~このファンブルな人生に祝福を!

作者:秋月きり

 人生なんてクソゲーだ。
 それが17年間の人生で赤井・隆司が抱いた持論だった。
 人生がRPGならば俺のプレイヤーは常にファンブルばかり。ステ振りを間違えているか、GM、或いは用意されたシナリオがクソ意地悪いか。
「こんなところに、本当に一生ゲームだけできる楽園があるんだろうな?」
 故に、世間一般を騒がしているビルシャナと言う侵略者の甘言に乗った事も、彼女――隆司は女と判断した――に連れられ、海岸に来た事も、責められる謂れはない。少なくとも自分ではそう思っている。
「直ぐに判る。芸夢主菩薩に導かれたお前ならば」
 スタイルの良い女修験者を思わせる鳥人間は大仰に頷くと、海の一角を指し示す。
「――!」
 隆司が息を飲んだのも致し方ない事だった。ビルシャナが指差したその瞬間、海が割れたのだ。
 出現したのは背に砲塔を抱く、巨大な亀にも似たドラゴンだった。20m超の見た目からして戦艦と言っても過言ではない。
 否応なしにテンションを上げる隆司に、ビルシャナは淡々と告げる。
「これは戦艦竜と言う。お前はこのドラゴンの体内にある居住スペースで24時間365日、ゲームを行い続けるのだ」
「ひゃっほうっ。これで勝つる! 誰にも邪魔されずにゲーム三昧だ!」
 歓声を上げる隆司だが、自身の身体がメキメキと変化していく事に気付いていない。否、気付いていたとしても彼にとってそれはどうでも良かっただろう。
 一介のビルシャナと化した隆司は己の翼を用いて戦艦竜へ乗り込むと、いそいそと居住スペースへと向かう。学校や家、全てから解放されゲーム三昧を送れる日々は彼にとって、とても魅力的なものだった。
「ゲーマーよ、お前達はケルベロスを招き寄せる餌に過ぎない。闘争封殺絶対平和菩薩が呼び寄せてくれた戦艦竜を使い、ケルベロス絶対殺してみせる」
 背後行われたビルシャナ――ケルベロス絶対殺す明王の独白に気付けないままに。

「ビルシャナの菩薩達が恐ろしい作戦を実行しようとしている話は聞き及んでいると思う」
 神妙に切り出すリーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)の声は重く沈んでいた。
 二度あることは三度ある。三度ある事は……とごくりと息を飲むケルベロス達へ、リーシャは再度それを告げる。
「作戦名『菩薩累乗会』。その作戦の4番目になる内容が予知されたの」
 やっぱり!
 戦慄するケルベロス達へリーシャは恐るべき予知内容を告げる。
「現在、活動が確認されている菩薩は『芸夢主菩薩』。ゲームと現実の区別がついていなかったり、俗世を離れてゲームだけをしていたいと思っているゲーマーの人を導いてはビルシャナにしてしまう菩薩の名前よ」
 この菩薩の勢力が強まれば、多くの一般人が現実とゲームの区別をつける事が出来なくなり、次々とビルシャナ化してしまう危険があるようだ。
「その上でだけど、今回は前回までと毛色が違うようなのよね」
 芸夢主菩薩は、これまでの戦いで、菩薩累乗会を邪魔してきたケルベロス達を警戒しており『ケルベロス絶対殺す明王』と『オスラヴィア級戦艦竜』の戦力を以って、ケルベロスの襲撃を待ち構えている。
「戦艦竜の出現故、戦場となるのは海岸近くの海上となるわ」
 ビルシャナ達は、戦艦竜の背に乗っているので、戦艦竜の砲撃を掻い潜って接敵、その背に上陸して戦う必要があるだろう。
「まず気を付けるべきは当然、戦艦竜――オスラヴィア級戦艦竜ね」
 砲撃による遠距離砲撃は当たればダメージが大きいが、対策を取っていれば怖れるものでは無い。むしろ、接敵してからが問題となるだろう。
「身体を蝕む定命化――重グラビティ起因型神性不全症によって体力が落ちているとは言え、個体最強であるドラゴンの能力は高いわ。砲撃と息吹、そして尻尾による殴打は攻撃力も高く、油断出来るものでは無いわ」
 だが、この戦艦竜は闘争封殺絶対平和菩薩によって制御されているようなのだ。それ故、そのこと自体が弱点でもある。
「乗り込んでいるビルシャナ2体を撃破すれば、ドラゴンは制御を失い、海底に戻っていくようなの。戦闘が始まればビルシャナは2体とも背中――甲板に出ちゃうから、先にビルシャナを撃破すれば戦艦竜を無理に倒す必要はないようね」
 逆を言えば、戦艦竜を倒す事は至難の業ではあるが不可能ではない。作戦次第になるだろうが、それだけの能力をケルベロス達も有していると、リーシャは告げる。
「ビルシャナは2体。ケルベロス絶対殺す明王は格闘戦を得意として、ビルシャナはゲームの魔法の様な攻撃を主としてくるわ」
 尚、例によってなり立てのビルシャナはケルベロス絶対殺す明王さえ撃退すれば、説得による救出が可能だ。
「今回はビルシャナ化した理由が理由だから、そんなに複雑な説得は必要ないわ。この世界――現実がゲームに負けず劣らず刺激的だとか、楽しいとかそう言う事を示せばいいし、何だったら一発殴って現実を見せるだけでも問題ないわ」
 要するにドラゴンの攻撃を掻い潜り、明王を撃破すれば、説得できる状況に持っていく事が出来る。そうなれば一言二言、小言を言う程度でもビルシャナが解けるようだ。勿論、後味悪い結果になりかねないが、明王と共に撃破する道も選択できる。
「一般人とケルベロスの間に遺恨を残しかねないから、あまりお勧めはしないけどね」
 助けられるのであれば助けて欲しい。そうリーシャは告げていた。
「ビルシャナの菩薩の事件も、遂にドラゴンまで動員して来る羽目になっちゃうなんてね……」
 遠い目をしたリーシャは、ふっとため息を吐くとケルベロス達に向き直る。
 ドラゴンの有無は関係ない。彼らはそれでも戦い抜くと、金色の瞳に信頼を浮かべていた。
 それ故、送り出す言葉はいつもと同じだった。
「それじゃ、いってらっしゃい」


参加者
リリア・カサブランカ(グロリオサの花嫁・e00241)
ノル・キサラギ(銀架・e01639)
スノーエル・トリフォリウム(四つの白翼・e02161)
月見里・一太(咬殺・e02692)
イピナ・ウィンテール(眩き剣よ希望を照らせ・e03513)
輝島・華(夢見花・e11960)
鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512)
アルシエル・レラジェ(無慈悲なる氷雪の弾丸・e39784)

■リプレイ

●海洋戦線、異常有
「来たかケルベロス」
 大海原。オスラヴィア級戦艦竜の背に立つケルベロス絶対殺す明王が豊かな胸の前で腕組みし、ぽつりと呟く。
「き、来た?! 何がだよ!? ――ってうわーっ。水上バイクが10台くらいこっちに向かってるぞ!」
 通信機から響く焦燥の声は隆司――ビルシャナと化したゲーマーの青年からだった。引き籠った後、ゲーム三昧だった筈の彼はしかし、戦艦竜に備え付けられた装備を使いこなすぐらいには色々と弄る暇はあったようだ。モニターを通して外を伺ったのだろう。
「……彼奴等がケルベロス。芸夢主菩薩に導かれたお前を現実世界に叩き戻しに来た番犬共だ」
「そ、そうか。じゃあ」
 何かの起動音と共に響く隆司の声は、囮のみが彼の存在意義と見立てた明王にとっても、頼もしく聞こえる。
「別に倒してしまっても構わんのだろう?」

 爆音が響く。
 遥か遠目に見える戦艦竜から放たれた大量の砲弾はケルベロス達の乗り込む水上バイクを破壊していた。
「――っ!」
「問題ない。あれはダミーだっ!」
 爆発の衝撃に息を飲むリリア・カサブランカ(グロリオサの花嫁・e00241)に、その隣を走るアルシエル・レラジェ(無慈悲なる氷雪の弾丸・e39784)が短く告げる。
 彼の言葉通り、自動操縦の水上バイクはデコイの役目を果たし、そのまま海の藻屑となってしまった。
「あれを当てますか」
 イピナ・ウィンテール(眩き剣よ希望を照らせ・e03513)の戦慄は誰もが抱く物だった。威力は大きいが命中率に乏しい。それが戦艦竜の攻撃だった筈だ。ヘリオライダーの助言を是とするならば、彼の竜が狙撃手の恩恵を抱いているとも考えにくい。
 残る水上バイクは9台ほど。だが、戦艦竜迄の距離は依然として遠い。
「――第二弾!」
「任せろ!」
 ノル・キサラギ(銀架・e01639)の警告と共に響き渡る金属音は鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512)の勇ましい掛け声に後押しされていた。
 仲間達の前に飛び出た彼はドラゴニックハンマーを一閃。砲弾その物をあらぬ方向へと吹き飛ばす。
 それがディフェンダーの矜持、と言わんばかりの一撃に仲間達から歓声が沸き上がった。
 そして、防御を担うのは彼だけではない。ケルベロスチェインとオウガメタルの鋼鉄の腕を振るう輝島・華(夢見花・e11960)もまた、郁の隣に立ち、二陣、三陣と続く砲撃を叩き落していく。
「行きましょう、皆様。この程度の砲撃、一撃たりとも皆様に着弾させませんわ!」
 ふるふると揺れる薄菫色の髪と共に上がる宣言は、それだけでも頼もしかった。
「明王の撃破も、隆司さんの説得も、そしてドラゴン退治もやり遂げてみせちゃおう!」
 スノーエル・トリフォリウム(四つの白翼・e02161)の言葉に一同は微笑を浮かべ。
「御招待に与り、番犬様の御成りだ!」
 月見里・一太(咬殺・e02692)の宣言は鬨の声の如く、高らかに響いた。

「くっ。全弾外しただと!」
 自身の行った全ての砲撃が有効打に至っていない事に、隆司は悪態をつく。
 モニターの向こうの影は次第に大きくなっているが、それを防ぐ術は今の隆司や明王、そして戦艦竜にはない。
「それで、どうなると言うのだ?」
「そんなもの、決まっているだろう!」
 明王の問いに応える隆司の声は、むしろ悲鳴に近かった。
「アボルダージュ――接舷攻撃だよ!」
「ほぅ」
 目を細める明王に気付かず、隆司は更なる言葉を口にする。
「俺も出るぞ! この楽園を奪われてたまるか!」

●アボルダージュ
 接舷攻撃。
 ガレー船を主とした人力船が海の覇者であった時代、衝突角による体当たりと、その後、船員によって行われた乗込戦闘を指す言葉だ。
 移乗攻撃とも、切り込みとも呼ばれるそれは、成程、戦艦竜の背に乗り込んだケルベロス達を現す言葉としては相応しい。
 そして、応対するビルシャナ達もまた、険しい瞳でそれを見詰めていた。

「……歓迎と言う雰囲気は無さそうね」
 当然ね、とのリリアの独白にケルベロス達は苦笑を浮かべる。ビルシャナ達は殺気立っており、ケルベロス達の排除を望んでいるようにしか見えない。
「ドラゴン……」
 そして、鎌首を擡げる戦艦竜に、華が嫌悪を口にする。
 少女とドラゴンの因縁。それは2年と半年ほど前の竜十字島の出来事に端を発していた。それ以来、少女の心を暗い影が覆っている。
 許せないと言う気持ちは拭い去る事が出来ない。だが。
「皆様で、無事に帰りましょうね」
「ああ」
「そうだね」
 愛機ブルームは唸りで、ノルと郁は笑顔で返してくれる。
「来たよ!」
 問答無用?! と声を張り上げたのはスノーエルだった。間に割って入ったマシュ――自身のサーヴァントが庇わなければ、誰かがビルシャナの蹴撃の犠牲となっていただろう。
「ケルベロスっ!」
 彼女の名は『ケルベロス絶対殺す明王』。教義の内容は定かではないが、その名の通り、ケルベロスを殺す事を是とした物であれば、不意打ちにも似た攻撃は当然のように思えた。
「行けっ。古代魔法王国の叡智、メテオストライク!!」
 追い打ちはビルシャナ――隆司による隕石召喚だった。空から降り注ぐ無数の巨石群を回避、或いは弾き飛ばす事で最悪の事態を逃れたものの、その威力は強大である事が見て取れた。
「と言うか、古代魔法王国って!」
 少なくとも郁の知る限りの正史に於いて、世界を覆う古代魔法王国なんて存在していないし、デウスエクスがそんな都市を築いた記録などもない。
「やはり隕石魔法には対抗手段が無いようだな! ケルベロス!」
「奴さんの脳内設定、どーなってんだ!」
 絶対殺す明王の台詞も何処かやけっぱちに聞こえたが、応対する一太もまた、怒号で返答する。
 そして隆司はそれらを全て華麗にスルー。次の呪文詠唱に取り掛かっていた。
(「これが、芸夢主菩薩の力と言うつもりか!」)
 ぎりりとアルシエルは歯噛みする。
 現実とゲームの区別をなくすと言われるビルシャナ菩薩の力の恐ろしさはむしろ、その馬鹿馬鹿しい想いを現実のものにする事ではないだろうか。現にその教義に導かれた隆司は自身が最強の魔術師であり、最強の剣士であると言う妄想、否、設定に捕らわれている。そして最悪な事に、それだけの力をケルベロス達に行使出来ているのだ。
 そして戦場に咆哮が響いた。
 戦艦竜の雄叫びは息吹となり、リリア達後列を襲撃する。大量の水流はそれ自体が巨大な槌の如く、ケルベロス達を殴打していた。
「――連携なら俺達も負けない」
「餌に釣られついでに、明王、テメェを咬み殺してやるよ」
 ケルベロス絶対殺す明王に流星を纏う蹴りを叩き込んだノルに続き、一太の竜砲弾がその痩身に突き刺さる。踏鞴踏む明王の身体に叩き付けられたのは、蹴りの如く持ち上げられたブルームの車輪による轢撃であった。
「西方より来たれ、白虎」
 アルシエルの召喚した白虎は爪牙を以て明王を切り裂き、豊かな白い双丘を零れさせた。
「わーぉ」
 とは詠唱途中の隆司から。しまった、明王たんも攻略対象だったか、と、そんな言葉がオウガ粒子を放出するスノーエルの耳に届いたが、無視する事にした。
 見れば、魔法陣を描く華と郁もげんなりした表情をしている。己の属性を郁に付与するマシュも同様に思えた。
 緊迫感を削ぐビルシャナの言動は、斯くも恐ろしい物なのか。
「おのれ破廉恥な! やはりケルベロスは死に絶えるべきだ!」
「うっさいバカ! っーか、テメーも本質は同じなのかよ!」
 羽毛に包まれている為か、まびろ出た膨らみを隠そうともしない明王から非難が飛ぶ。対するアルシエルの返答は悪態だった。
 肩を竦めるリリアもまた、魔法陣を描くことで仲間の補助を行う。ビルシャナの言動によって緊迫感は台無しだが、行われる戦闘は本物。そして、それは未だ、始まったばかりなのだ。
(「敵には敵の望みが。私たちには私たちの望みが」)
 それがどのような形で成就しようとしているのか。今は、見通す事が出来なかった。

●人生は山あり谷あり、クリティカルとファンブルも
 手刀が一閃する。刃物斯くやの一撃に切り裂かれ、踏鞴踏むブルームに続く追い打ちは、ビルシャナの分解魔法だった。
「ディスってやるぜ!」
「――っ?!」
 原子分解を意味する明王の叫びと共に光の粒子へと消えていくブルーム。その様に華が息を飲む。自身の半身を削られた痛みに心が悲鳴を上げていた。
「ケルベロス! 殺す!」
 教義とも本心ともつかない一撃を受け止めた郁に向けられた追撃は、丸太の様な尻尾による殴打だった。
「――見た目は亀なのに!」
 非難じみた声を零すのは、戦艦竜の牽制にと手刀を繰り出し続けるイピナだった。だが、その言葉は戦艦竜にとって何処ぞ吹く風。悲鳴を無視し、無数の砲撃と息吹、そして丸太の様な尻尾の殴打でケルベロス達を追い詰めていく。
(「何故――?」)
 仲間を治癒しながらのスノーエルの問いは、むしろ自問自答に近かった。
 ノルや一太、そしてアルシエルの集中砲火を受ける明王は、如何にキャスターの加護があれどその全てを躱しきれている訳ではない。頼みの綱である隆司や戦艦竜の攻撃も、マシュや華、郁達によって阻まれ、例え、その壁を抜けた攻撃が攻撃手へ向けられた所で、自身やリリアが即座に回復。その為、攻撃手に深刻なダメージを与えられる、と言う事態は発生していない。
 故に明王は深く傷ついている。幾多の打撃や銃弾に晒され、全身を血に染めながら、しかし、それでも倒れずにいる。
 この気迫を知っていた。彼女の勇姿はまさに――。
「狂信者が!」
「黙れ、ケルベロス! 我が心は折れぬ! 私は貴様らを殺す為だけに此処にいるのだからな!」
 アルシエルの幻影魔法を掻い潜り、拳を叩き付ける明王の雄叫びは、血反吐と共に吐きだされていた。
「このクソゲーにようやく訪れたクリティカルを無駄にしてたまるか!」
 明王続く隆司もまた、血走った視線と共に、聖剣の一撃でケルベロス達を薙ぐ。剣風と共に放たれる破邪の力は、ケルベロス達に付与された魔力を剥ぎ取るように解除していった。
 二人のビルシャナに共通する物は一つだけだった。
(「覚悟と、信念――?」)
 明王に飛び蹴りを敢行したノルは、自身の思考の結論に戦慄を覚える。
 ここにいるデウスエクスは誰しも後が無い。是非は在れど、少なくとも皆、その心意気でこの場に立っている。ケルベロス絶対殺すと言う狂信に身を捧げた明王は元より、定命化による死から逃れられない戦艦竜も然り、そして、己が楽土に固持している隆司然り。
 何が何でも目的を完遂する。その為には如何なる犠牲を生んでも構わない。その想いが執念となって、彼らの身体を動かしているのだ。
 その目の輝きを知っていた。同じ想いを――目的の為になら自身の死すら厭わない想いを、嘗ての彼は抱いた事があったのだから。
「俺達だって――」
「デウスエクスの好きにさせません!」
 ノルの叫びに呼応し、イピナが凛と断言する。繰り出す多節根の一撃は砲手に絡まり、無数の内の一本を完膚なきまでに破壊する。
 それがケルベロス達の想い。それがケルベロス達の信念。
 守るべき命を守り、取り戻せるものを取り戻す。それが彼らの使命だ。
 故に。
「私たちが敗北する理由はありません」
 傷ついた郁に緊急手術を施すリリアが断ずる。
 信念のぶつかり合いは互角。ならば、後はどちらの想いが強いか、だ。

 やがて均衡はケルベロス達に傾いていく。
「……何故、だ」
 貫手の一撃でボクスドラゴン――マシュを沈めた明王は嘆息する。
 個体差であれば自身の方が上。急造のチームとは言え、自分達が敗北する理由は考えられない。その筈だった。
 体に受けた無数の傷を修復する為、呼吸によって気脈を整える。だが、能力をグラビティを集中せど、その傷に癒える兆しは訪れなかった。
「明王たん……」
 神妙な声に心配するなと声を掛けようとし、それが叶わない事を知る。
 黒狼の一撃が、自身の喉を捉えた事を悟ったからだった。
(「私は届かなかった。だが、いずれ、我が教義がケルベロス、貴様らを――」)
 思考は言葉にならない。それより早く、真なる闇が明王の意識を覆っていた。
「知ってっか? 神はダイスを振らねぇそうだ」
 絶命した明王の身体を投げ捨て、一太が鋭い視線を隆司に向ける。
「だが、お前はダイスを振った。ファンブルもねーよ。それがお前が『選んだ』って事だ。ダイスを振ったのは神様じゃねぇ。『お前自身』だ!」
(「そして、俺達もな……」)
 嘆息し、周囲を見渡す。
 ケルベロス絶対殺す明王も、それを補佐するビルシャナも、そして戦艦竜も強かった。誰しもが傷だらけで、もはや余力など残っていない。
 自分達は明王を倒し、戦艦竜を倒す為に最良の布陣を敷いた自負はある。今思えば……と言う感想が無い訳でも無いが、それでも最善を尽くした、と言う言葉に偽りはない。
 だが結果として戦艦竜に挑む筈だった気概は残されない結果となってしまった。
 残念と言えば残念。だが、その結果こそが、彼らの思う『楽しみ』でもあった。
「ファンブルがあって、クリティカルがあって、絶対成功も失敗も、色々な成果がある。だから、ゲーム……人生は楽しいんだろうね」
 全部が思い通りにならないからこその楽しみがあると、ノルの言葉に頷くしかなかった。
「今まで見てきたものはどう?  ゲームみたいでしょ? でも現実なんだよ」
 よっぽど刺激的だったんじゃないかな? との注釈はスノーエルから。微笑みに、ビルシャナから「う、うう」と言葉が零れる。
「折角ならゲームと現実、どっちも楽しんだ方がお得だと思いませんか!」
 イピナはビルシャナの手を取り、自分の生き方を熱弁する。
 掌を包む柔らかさに、ビルシャナが赤面するが、それは気にしない事にした。
(「あざといなぁ」)
 女性慣れしてない青年に対する説得としては最上の物だろうけど、と半眼になるアルシエルはこほんと空咳を行う。
「アンタの人生の主人公はアンタだ。主人公が諦めてたらどんなゲームも始まんねぇぞ」
「人知れず孤独に生きていくエンドよりも、自分で切り開くルートの方が俺は楽しいと思うけどな」
 だから、その切り開く主人公になれ、と郁の励ましに隆司の身体がフルフルと震え出す。
「人生なんてクソゲーだと言うのなら、そう呼べなくなる位楽しんでしまえばいいんです」
 そして華の笑顔にビルシャナはがくりと膝をつく。
 やがてそこに零れるのは、嗚咽混じりの呻き声だった。

●彼の戦いに祝福を!
 ざばーんと水の音がする。
 海底に帰っていく戦艦竜を見送るケルベロス達の視線は、むしろ悔悟に染まっていた。
「元気でやれよー……って、無理か。寿命なんだっけ?」
 隆司の能天気な声だけが、海に静かに消えていく。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年4月6日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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