菩薩累乗会~盤上遊戯を菩薩に捧ぐ

作者:白石小梅

●戦艦遊戯
 打ち寄せる波は岩に砕け、飛沫は撥ね散る。
 冷たい潮風は未だ春を寄せ付けぬ、北の海。
「俗世を離れゲームを極めることが出来る場所……か」
 一人の老人が、岬より身を乗り出して、海を睨み据える。
 連れ合いには先立たれ、娘は都会で自立し、仕事も引退。
 やってきた余生にテレビゲームというものに興じてみようと、コントローラーを手に取った時、彼は第二の人生の扉を開いた。
「本当にこんなところにあるのか? 俺は早いところ公孫淵で中華統一して、一色家で戦国日本を平らげて、タイ王国で太平洋戦争を勝ち抜かにゃならんのだ」
『安心しろ。好きなだけ遊戯に興じられるとも』
 応えたのは、人とはかけ離れた白き鳥の女。
 ビルシャナは、金の籠手を海に向けて振り上げる。
 合図の如く。

 そして、水面に黒影が浮かび、怒涛は下より砕かれた。
 爆音の如き咆哮がまだ暗い空へと響き渡る。
 大波を断ち割り男の前に現れたのは、玄武の如き姿の巨竜。
「……っ!」
 巨大な体躯は、もはや船。いや、その背に巨砲や垂直発射装置を纏った、その姿は……。
『これこそ、オスラヴィア級戦艦竜。いくさ遊びの竜宮城よ。ほら、ご覧』
 見れば艦橋に当たる部分には、最新のテレビとゲーム機が据え付けられている。
「は、はは……確かにな。ここなら、誰の邪魔も入るわけがない……! 俺は覇王となって天下を統一する! 何度でもだ!」
 魅入られた男は、輝きを放って姿を転じる。
 弁慶頭巾を被り、長刀を手にした鳶のビルシャナへと。

 ゲームに興じる鳶を眺めながら、その女もまた竜の背に乗って。
『それでいい……芸夢主菩薩によってお前は遊戯に没頭し、やがて同じ欲望を持つ者どもを呼び寄せて、大勢力と化してゆく。そして闘争封殺絶対平和菩薩が呼び寄せてくれた戦艦竜。この二つの手駒があれば、盤上遊戯に勝つのは、この私だ』
 含み嗤う女の名を……ケルベロス絶対殺す明王という。

●菩薩累乗会
 望月・小夜はきつい面持ちで、集った面々を見回す。
「ビルシャナたちの大作戦『菩薩累乗会』が更なる動きを見せました」
 強力な菩薩を地上に出現させ、その力を増すことで更に強大な菩薩の召喚を繰り返し、最終的には地球全てを制圧する、菩薩累乗会。
 停止させる方法は判明しておらず、とりあえず菩薩が力を得るのを阻止するいたちごっこを続けてきた。
「ですが敵も幾度となく菩薩累乗会を邪魔されたことで、切り札を切って来たようです。今回、活動を始めた菩薩は『芸夢主菩薩』。極端なゲーマーを導く菩薩で『ケルベロス絶対殺す明王』たちに命じて、贄となる一般人をビルシャナ化させてきました」
 この菩薩の力が強まると、多くの一般人が現実とゲームの区別をつけることができなくなり、次々とビルシャナ化してしまうという。
 そこまでは今まで通り。だが、今回は。
「この度、敵が菩薩累乗会を守らせるために用意した傭兵は『オスラヴィア級戦艦竜』。スパイラル・ウォー時、別動隊として海底に伏していた竜の艦隊です」
 戦艦竜。古き強敵の名に、多くの番犬が息を呑む。
「慈愛竜召喚に伴いその指揮下に加わるはずが、指揮官が音信不通となって指揮系統から孤立。次の行動の目途が立たぬまま定命化が進み、彼らは海底で死に瀕していました。弱ったところを闘争封殺絶対平和菩薩に唆され、ビルシャナ勢力へ加わったとのこと」
 進行した定命化により戦闘力が減退していてなお、その力は二体のビルシャナを軽く凌ぐ。
「ですが菩薩累乗会を放置は出来ません。それは、我々の敗北も同義。ビルシャナ達は戦艦竜の背に乗り、海岸部で皆さんを待ち構えています。砲撃を掻い潜って戦艦竜に上陸し、ビルシャナを撃破するのです」
 それが、今回の任務だ。

●戦艦の妖鳥
 敵は『狗殺明王』『鳶山法師』と名乗る二体のビルシャナと、戦艦竜。
「鳶山法師は元々、芳三さんという老年男性でした。仕事一筋の人でしたが、引退を機にテレビゲームに興じたところ大いにはまってゲーマーになり、そこを唆されたようです」
 歴史シミュレーション系のゲームが好きだった彼は、鳶の姿に僧兵衣装をまとったビルシャナと化した。
「一体でもビルシャナを倒せれば、任務は達成。更に狗殺明王を先に倒してから鳶山法師を倒すことで、芳三さんの救出も可能です。敵勢力は戦艦竜の懐柔に力を使ったのか、ゲームなんかしてる場合か、と叱りつつ叩きのめすだけで我に帰るでしょう。また、戦艦竜はビルシャナが二体とも倒されると、戦意を失って海底に撤退することがわかっています」
 問題は、三体の敵の苛烈な攻撃に晒されながら、その目標を達成できるのかという点だ。
 その問いに、小夜は表情を硬くしつつも。
「戦艦竜が本領を発揮できる『海底』では無く『海上』に限定された闘いです。ビルシャナ二体の撃破、もしくは一体撃破後に離脱するならば……」
 戦艦竜たちは定命化によってやがて死ぬのだから、危険を冒して追撃する必要はないわけだ。

「……過酷な任務となりますが、我々には選択肢はありません。避けられぬ罠なら、喰い破るのみ。出撃準備を、お願い申し上げます」
 小夜はそう言って頭を下げた。


参加者
西水・祥空(クロームロータス・e01423)
フィルトリア・フィルトレーゼ(傷だらけの復讐者・e03002)
新条・あかり(点灯夫・e04291)
リリー・リーゼンフェルト(耀星爛舞・e11348)
泉宮・千里(孤月・e12987)
夜殻・睡(氷葬・e14891)
流水・破神(治療方法は物理・e23364)
陽月・空(陽はまた昇る・e45009)

■リプレイ

●接舷攻撃開始
 未だ冷たい潮風の吹き付けるごつごつとした岩場。
 今やその海岸線は、地獄の番犬さえ迂闊には近づけない危険地帯と化した。
 玄武の如き戦艦竜の背に乗った、白い妖鳥がじろりと遠い岩影を睨んだ。
『鳶の爺。小型船舶が来るぞ……新たな遊戯の始まりだ』
 数台の小型船舶が弧を描いて散りつつ、戦艦へと向かってきている。
『なぁにぃ、赤壁の戦いでも始まるのか? 面白い! 我こそは覇王なり!』
 大仰に笑いながら、現れるのは鳶の法師。
『さあ、提督命令である! 小癪な奇策ごと、撃ち払え!』

 轟音が、海岸線に響き渡っている。
「敵砲を確認いたしました。近付く者は全て掃う心づもりのようです」
 隊列の後方より、西水・祥空(クロームロータス・e01423)がそっと囁いた。
 番犬たちは船舶を囮に、地上より岩場の影を走りながら、戦艦竜へと接近しつつある。
「しかし僧兵姿で乱世の覇王だったり、海戦の提督だったり。忙しいな、あの爺さん……現実とゲームの区別がつかなくなるって、まさにあんな感じか」
 跳び込んだ岩場に背を合わせつつ、夜殻・睡(氷葬・e14891)が肩をすくめる。
「……さて。敵は囮が引きつけてくれてるけど、ここからは遮蔽物もないわ。海岸近くに釘付けに出来てることが救いね。次の砲撃で、一気に走って飛び移る。準備はいい?」
 リリー・リーゼンフェルト(耀星爛舞・e11348)の問いに、泉宮・千里(孤月・e12987)がにやりと笑んで。
「ああ。向こうも撃って来るだろうし、こちらも叩き込みながら走るのみ。これで王手とは行かずとも、その道筋を繋ぐ一手を成してやろう」
 頷き合ったその時、始まりを告げる砲撃音が轟いた。
 跳躍した八人。敵艦の上で、白い鳥がハッとこちらに視線を向けて。
『左舷方向、敵影! 艦を退かせて距離を……』
『いや! 初速を考えれば間に合わん! 艦このまま! 砲撃を続行し、落とせるだけ落とせ! 甲板員サーベル抜刀! 移乗してきた分は、白兵で討つ!』
『ふむ……』
 白い鳥は、嘴を歪めて頷いた。台詞が時代を飛躍しつつも、その指示が理解できるところが厄介だった。鳶は、的確に盤上の指揮を執っている。
「罪のない方々をこのような闘いに巻き込んだ上、遊びに使っていた能力まで引き出して闘いに利用するのですね……その行い、許すわけにはいきません!」
 フィルトリア・フィルトレーゼ(傷だらけの復讐者・e03002)が、眉を顰めて銀光を放つ。
「敵の妨害が来るわ! 走って!」
 その援護で超感覚を引き出したリリーと千里が、カプセル弾と氷弾を放つ。敵からは閃光が放たれ、激しい撃ち合いの中を番犬たちは駆け抜けて。
(「囮の船はもう全部、海に浮かぶ人魂みたいに燃え上がってる。あの砲は、こっちの足場を崩す気だ」)
 その動きに呼応して、魔力の木の葉を舞わせるのは、新条・あかり(点灯夫・e04291)だ。
「西水さん。お願い」
「お任せを。数秒でも、時を稼ぎます」
 付呪に身をゆだね、祥空が放ったキャノンが戦艦竜の脇を穿って牽制する。
 だがルーンの加護を放ちつつ先頭を走っていた流水・破神(治療方法は物理・e23364)が、舌打ちと共に岩場の先端で足を止めた。
「ちっ! 一跳びで行くには遠い!」
「僕が先に行く。引き上げるから、遠慮なく跳んできて」
「……任せた! さあ、俺様が跳ね上げるから、跳べ!」
 ダブルジャンプで一人先行したあかりに応じて、破神は仲間たちの足を掌で受け止め、戦艦竜へと跳ね飛ばす。
『落とせ! 一人でも!』
「いいや。させやしない」
 睡が跳びながら集中すれば、喚く明王の手元が暴発する。その隙に、次々と戦艦竜の甲板へ身を躍らせる番犬たち。だが遂に、敵砲がこちらを射角に収めた。
「僕が最後! 手を掴んで!」
 九尾扇を翻し、陽月・空(陽はまた昇る・e45009)がそう叫ぶ。
 瞬間、岩場は轟音と共に破砕し、破神の姿は爆風に呑み込まれた。
「……っ!」
 消し飛んだ岩場を見つめて、息を呑む六人。その背後に、傷を負いつつも空と破神が転がり落ちた。
「げほっ……九尾扇の幻影を残して飛んだのか……助かったぜ。ありがとよ」
「うん。芳三さんも助けよう。そして皆で無事に帰って美味しいご飯を食べるんだ」
 降り注ぐ火の粉、焼けた石くれ、水の蒸発する蒸気の中、遂に八人は戦艦竜の上に立った。
『一人として落ちずにここへ立つとはな。流石は番犬。そう、言っておこう』
 その傍らに鳶の法師を引き連れて、こちらを睨み据えるは鳥の明王。
 ……ここからが、闘いの本番だ。

●狗殺明王
『我が名は狗殺明王! 狗どもの絶殺こそが、我が教義!』
「やれやれ。この地にゃ、テメェらにくれてやる領土も命も無い……争いは、遊戯内だけで十分だぜ!」
 千里の放った烟霞は明王の前後を包み込み、その中を無数の剣閃が舞い踊る。明王は金色の籠手でそれを耐え忍びつつ、痺れに呻く足元を睨む。
「戦艦竜を回復させる腹だ! めんどくせえの抜きで殴り合いたかった相手だが、しょうがねえ! 奴を止めろ!」
 破神のルーンが輝いて、それを受けるは新条・あかり。
「僕の特製。これで、どう」
 弾いたカプセルが明王の肩口を抉る。だが敵は構わず癒しの力を解き放った。その力が戦艦竜の痺れを解き放つと、雄叫びと共に周囲の発射管から、ミサイルの群れが舞い上がった。
「……!」
 爆炎が、臓腑を喰い破る獣の如くに降り注ぐ。業火は、前衛を一気に呑み込んだ。
 腹立たしいことに、戦艦竜は自身を爆撃しようとも傷つくことはないらしい。その甲羅には、亀甲模様の障壁が浮かび上がって自滅ダメージを防いでいる。
『ははは! 死ね! ケル、ブェ……ッ!』
 不意を突かれた明王の鼻面を、竜弾が撃ち据えた。砲撃槌を構えて火炎を断ち割るのは、フィルトリア。
「私の役目は、皆さんを守る事。例え戦艦竜が相手だとしても……必ず守り切ってみせます!」
 その傷が思いのほか浅いのは、背後に己の気力を分け与える者がいるからだ。
(「この威力……戦艦竜は、一体だけでもこっちを全滅させかねない強さだ。その上、敵は更にもう一体……!」)
 炎を払い、睡は努めて思案を冷やして跳躍する。火炎の向こうに、長刀を構える僧兵の姿を捉えたから。
『ははは! ならば天下無双の荒法師の一撃も、受け止めてみせよ!』
 後衛を薙ぎ払う一条の光。睡がその一撃を受け止めるも、全員を庇えるわけではない。
「ビルシャナの方でもこの威力……無茶が利く時間も長くはございませんね」
「僕は前衛を回復するよ! 急いで! あの明王を!」
 印を組むように指を合わせる祥空、天に剣をかざす空。展開する封鎖領域が敵の障壁とぶつかり合い、星辰の加護は流星の如く瞬いて前衛に降り注ぐ。
「ええ! 行くわ!」
 リリーのスパイラルネメシスが弧を描いて、鼻面を押さえていた明王の腕を抉った。
『殺してやる……殺してやる!』
 明王が無数の光矢を解き放つ。消えかけていた炎も、彼女が憎悪をくべれば再びその勢いを増して。
 殺意に憑かれた明王。戦遊戯に狂う法師。戦場を揺るがす竜。
 三者三様の敵を前に、番犬たちの闘いは急速にその熱を増していく……。

 そして、数分の後。
 闘いに、転機が訪れる。
 ばらばらに撃ちまくっていた戦艦竜の火砲が、一斉に一人に狙いを定めた時に。
「私を狙いますか……やはり、無限にはお相手できませんか。それでも、私が倒れるまでは、何度でも」
 膝をついた祥空は、それでもなおキャノンの銃口を砲へと向けた。火力差に構わず、彼は引き金を引き、そしてその圧倒的な火砲が、彼を吹き飛ばす……その瞬間だった。
 小柄な影がその目の前へと跳び込んだのは。
「ちっ! 手前は攻め手だ、最後まで倒れないのが仕事だろうよ!」
「!」
「こっちは、俺様の仕事だぜ……!」
 そして爆炎が、破神を呑み込んだ。
 熱波に目を閉じた祥空が顔を上げた時。
 すでにその姿は甲板上にはなかった……。

 闘いには、転機が訪れる。
 それは、敵にもまた。
『ぐ……ぅ、貴様ら……!』
 膝をついたのは狗殺明王。
『奴らの狙いはお前だ! 一度、下がれ!』
 法師の叱咤に生来の冷徹さを取り戻し、明王は身を癒さんと逃げを打つ。千里がその影に追いすがるも、明王は素早く戦艦砲の上へと跳んで、刃から逃れた。
『私はまだ死なぬ! お前たちを、皆殺しにするまでは!』
 その身が光り輝いて、圧倒的な回復力が燃え上がる。だが爆発的な癒しの力は、次の瞬間、種火のままにふっと消えた。
『……!?』
「残念だったわね! 癒し手のくせに、闘いに夢中で気付かなかった? アタシたちの放った病は、アンタをとうに蝕んでるわ!」
「癒しの力が発動すれば、僕らの病原体はその力を相殺して、あなたの治癒を阻害する。ずるいかな。でも、これが僕が……学んだことの一つ。ごめんね」
 そう語る、リリーとあかりの手元には、濁った色のカプセル。弾かれた二発は、ウィルスをまき散らしながらその両膝を撃ち抜いた。
 茫然と膝をついた明王の目に映ったのは、渾身の力をその拳に集める、千里。
「次から次へと好き勝手を働いたんだ。これ以上の跋扈を許すわけにはいかねえぜ? そっ首ごと、水泡に帰しな……!」
 放たれた気弾の轟音が明王の絶叫を呑み込んで。
 その余韻の消えた時。
 首のもげた白い鳥が、ずるりと砲から滑り落ちて、炎の中に消えた。

●鳶山法師
 流水・破神が倒れ、狗殺明王は死んだ。だが、それでも闘いは未だ半分。
「急いで……! いくら布陣を堅くしてても、もう長くはもたないよ……!」
 空はこの戦艦竜が巻き起こした惨劇の記憶から、癒しの魔力を抽出して前衛を支え続けている。
 だが戦場そのものが天罰の如く業火を降らせる中では、その力にも限りがある。
『あ奴を討つとは、流石、流石よ!』
 狂気に憑かれて突っ込んで来る法師。その長刀を拳でいなして、フィルトリアが叫ぶ。
「芳三さん! 貴方はあの明王に利用されていただけです! このままでは貴方は人類の敵となり、普通に遊ぶ事すら出来なくなってしまいます!」
 拳から放たれた炎弾が、法師の横っ面を弾き飛ばした。法師は鼻血を飛ばしつつも、無理矢理に長刀を振り下ろす。
 その一閃が彼女を撫で斬る刹那、割って入ったのは一本の刀。
「うん。ゲームをするのは良い。別に止めない。けど時間と場所を考えなよ……爺さん」
 それは睡。火傷から滴る血を拭って、業火に包まれた戦場を振り返る。
 打ち込んで来る法師をいなしながら、彼は長く息を吐いて己の霊力を紡ぎ、氷鏡を築いていく。それが、己を癒す技であることに気付いた時、フィルトリアは叫んだ。
「いけない! 睡さん!」
 そして、法師の一閃が瞬いた。前衛を薙ぐ一撃から彼女を庇い、睡は血飛沫に沈む。
「なあ、ゲームって……燃え沈む船の上で、するものじゃ……ないだろ……」
 膝から崩れた彼の脇腹には、古い火傷の痕があった。

 ミサイルが降り注ぎ、広がった油で水面は燃え、沸騰した霧は周囲を包み込む。
『戦遊戯は愉しいなァ! 次は何して遊ぶかなァ!』
 狂気の法師に、リリーと千里が飛び掛かって。
「アンタこのままじゃKOTYよ。嫌なら目覚めなさい!」
「ああ。悪夢染みた遊びは終いにして、現に帰ってきな。芳三さんよ……!」
 長刀を掻い潜り、二人は舞うように一撃をねじ込んだ。喚きながら二人を追う法師を、今度は重力波が圧して。
「そうだよ。娘さんにとって、あなたはたった一人の家族で、帰る場所なんだよ?」
 お家に帰りなよ……おとうさん。
 ぜいぜいと片膝を突きながらも、あかりは引き金を引く。
『うるさい! 俺は覇王だ! 艦よ! こいつらを撃ち殺せ!』
 悲鳴にも近い叫びで、彼は命じる。そして。
『……どうした? 我が艦! 砲を放……!』
 突如として起こった爆発が、法師の体を吹き飛ばした。
「あなたの船は今、痺れて動けないとのことですよ。不肖ながらこの私が、果たすべき仕事を仕上げましたから。さあ。歴史に覇を唱えるのでしたら、ご自宅で存分に……」
 恭しい言葉と共に、現れたのは祥空。ただ一人で竜にキャノンを撃ち込み続けた彼の執念は、遂にこの時、実を結んだのだ。
 もはや、機会はこの瞬間しかない。次に戦艦竜が動けば、戦列は崩壊する。
「これが、最後です! 芳三さんを正気に戻してください!」
 黒い炎を拳に纏わせ、フィルトリアの渾身の一撃が法師の腹にめり込んだ。血反吐を吐き、法師は目の色を失いつつも……。
『嫌、だ……! 嫌だ!』
 ぎょろりとその瞳が焦点を結び直し、だらりと下がっていた長刀が持ち上がった。血飛沫と共にフィルトリアが倒れ込む。
『はは! 何が正気だ! 俺はまだ、遊ぶんだァ!』
 法師の笑い声が戦場に響いた、その時だった。
 その胸倉を、背から刃が貫いたのは。
『は、は……は?』
「うん……正気に戻ろう。そして此処から帰って、一緒にゲームしよう。娘さんが会いたくなった時に会えて、美味しいご飯も食べられる、おうちに帰ろう……」
 それは、空。呪詛の力を一身に纏って放つ、呪言霊斬。
 最後の連携に全てを賭けた、一撃だった。
 刃を引き抜くと、鳶山法師は光に包まれながら、ゆっくりと倒れ込む。
『そう、か……そうだな……そろそろ、切り上げるか……』
 そして、全員が一息を付く間もなく、雄叫びが天へと伸びあがった。
 主を失い、再び闘いの目的を見失った、哀しい竜の叫び声が。
 轟音と共に海が逆巻き、何もかもを巻き込んで、戦艦竜は沈降する。
 そして全てが、水の下へと消え去った……。

●決着
 海は凪いだ。炎は消え、風は止み、物静かな波の音が岩を軽く叩くのみ。
 ……と。
「ぷ、はっ……こっちを引っ張って」
「了解! 引き上げるわよ、みんな!」
 岩場に上がったあかりとリリーが、ロープを引く。先行した二人に結んだロープを引き上げられ、仲間たちが上陸する。
「お二人とも、乱暴に運んで申し訳ございません。傷は大丈夫ですか」
 祥空の問いに頷くのは、睡とフィルトリア。
「俺は……平気。あの、爺さんは?」
「破神さんも……見つかりましたか?」
 気を失った初老の男を抱え上げて、陸に上がって来るのは千里。
「この通り。爺さんは無事だ。あいつも見つけた。だが……」
 その時、ぐったりとした破神を空が引き上げる。
「ヒールはしたんだけど……傷は重いよ。しっかりして……!」
 彼は一度咽こむと、うっすらと目を開いて、一言だけ問う。
「……勝った、か?」
 頷く仲間たちを見て、彼は長く息を吐いた。
 闘いは、終わったのだ。

 朝日が、番犬たちを照らし出す。
 戦闘不能者三名。内、重傷者一名を出しながらも、番犬たちは持ちこたえた。
 怒涛の如き菩薩累乗会は、この一瞬、その勢いを止める。
 押し寄せた荒波の次に訪れるものは、何か?
 そう……返す波だ。

作者:白石小梅 重傷:流水・破神(治療方法は物理・e23364) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年4月6日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。