華燭散華

作者:志羽

●華燭散華
 疎影・ヒコ(吉兆の百花魁・e00998)はある神社の境内を歩んでいた。
 ひらりと、舞う花弁を掌に受け止めてふと笑み零す。その花弁はどこから待ってきたのかと視線巡らせれば、御堂の向こうに淡い桜色が見て取れた。
 あそこか、と誘われるように足を運んだ先は――人の気配がない。
 首筋を撫でるような、何かをわずかに感じるも気にするほどではないか歩を進める。
 すると開けた場所に己を見つけ、花弁で誘った桜の大樹が佇んでいる。
 その元へ一歩踏み出したのだがふと、気配を感じて足を止めた。
 するりと、大樹の後ろから幹を撫でる白い手と共にくすくすと零れる笑い声。
「見つけたわ、あなた、わたしの婿様。わたしの、次の婿様」
 軽やかな笑い声と共に大樹の向こうから姿を現すものがいる。
 その姿に、ヒコは瞳細める。
 白無垢を着た、額から真白い角を二本生やした女はうっとりとした、幸せそうな笑みを浮かべて手を差出した。
「さぁ、婿様」
 その手をとるつもりなどもちろんない。一歩、近寄って来る姿にヒコは構える。
「あいにく式場の予約もねぇし、婿様なんて呼ばれる気もないから遠慮するぜ」
「あら、マリッジブルー? ふふ、そんな、かわいらしい」
 大丈夫ですのよと女は艶やかに、笑って紡ぐ。
「祝いでくれる方達にお礼ができないけれど、華燭の典は二人がいればできますでしょう?」
 わたしの何人目の婿様かしら。幸せはひと時、もう前の婿様の顔は覚えていない。さぁ、わたしと結ばれましょうと女は言う。わたしの白無垢、赤に染めて幸せにしてくださいなと。
 それは、女の愛の表現なのだろうけれどヒコは冗談だろうと笑って返す。
 黙って殺されるわけにはいかないのだから。
「言いますでしょ? 結婚式は墓場って」
「そこに行くなら一人で行ってくれ」
 見送りくらいはしてやるよと、ヒコは紡ぐ。
 はらりと花弁の舞い落ちるその場は、修羅場。

●予知
「ヒコ君が、推しの強い女の人に結婚迫られてる……! おむこにいっちゃう!」
 そう、慌てて紡いだ夜浪・イチ(蘇芳のヘリオライダー・en0047)へとザザ・コドラ(鴇色・en0050)はそれは別に皆を集める程ではないのでは変な顔をする。
「違、その、デウスエクスの襲撃!」
「なんで最初からそう言わないの!」
「ごめん、ちょっと、待って。うん」
 一呼吸おいて、イチは宿敵であるデウスエクスの襲撃を受けると予知をしたのだと紡いだ。
「連絡したけど繋がらなくて、時間もない。今はまだ無事だと思うけど急いで向かってほしいんだ」
 それなら、ぎりぎり間に合う、駆けつける事ができるとイチは言う。
 そのデウスエクスは高下駄をはき、着崩した白無垢姿。その額には角を持つ。
 予知したかぎりでは螺旋忍軍のひとりのようだとイチは続けた。
 周辺は、ある神社の裏手。開けた場所にある桜の大樹の前。人の気配はなく、別段人払いなどの必要もないようだと紡いだ。
「ヒコ君と、このデウスエクスとの関係まではわからないけど、婿様にするっていうのは――殺すってことだと思う」
 おそらく一人で相手をするのは難しい。だから行ってほしいのだとイチは言う。
「それは……婿様にさせちゃ、ダメね」
「そう。喜んで婿様に、なんて事まったくないから」
 だから、よろしく頼むよとイチは紡ぐ。
 ケルベロス達はイチからの言葉を受け、花散る場所へと向かう。


参加者
メイア・ヤレアッハ(空色・e00218)
疎影・ヒコ(吉兆の百花魁・e00998)
平坂・サヤ(こととい・e01301)
狗上・士浪(天狼・e01564)
神乃・息吹(虹雪・e02070)
オルテンシア・マルブランシュ(ミストラル・e03232)
茶野・市松(ワズライ・e12278)
多鍵・記(アヤ・e40195)

■リプレイ

●恋のはじまり
 神社に白無垢とは誂えた様な俺向きだな、と――疎影・ヒコ(吉兆の百花魁・e00998)は零す。
「しかし婿様なんて呼ばれる謂れも資格もねぇんだが」
 嫣然と微笑む女は、デウスエクスだ。
 彼女の言葉に従う気も全くない。これから戦いとなれば、苦しいものになるだろうと予想できた。
 けれどふと、女の表情が歪む。
「邪魔しないで、くださる?」
 女の不機嫌そうな声に掛るように知った声が響く。
「おぅ、ヒコ。生きてっか? ……生きてんな。よし」
 狗上・士浪(天狼・e01564)は変なのに絡まれてるなと口端上げて軽口叩く。
「とりあえず、まずは婿入り阻止せにゃ。俺ぁ、そんな結婚断じて認めません」
「ヒィさんが肉食系女子に結婚を迫られてると聞いて! 愛がない上に無理やりな結婚なんて駄目よ。イブ許しません」
 士浪に続いて、神乃・息吹(虹雪・e02070)も深く頷く。そしてにっこりと、笑みを女へと向ける。
「そんな訳で、邪魔させて頂くのだわ」
「ええ、とりあえず推しが強すぎるのはよろしくないと思う訳です」
 二人の間にどんな御縁があったのか。それを多鍵・記(アヤ・e40195)は知り得ないけれど。
 それでもこの出会いは良いものでは無いと知っている。
「御両人の意向って大事ですよね。その御式、挙げさせません!」
 そう言って、記はきりっと表情引き締める。
「わぁ、きれいな花嫁さんなの。でもね、一方的な愛はダメなのよ?」
 ねぇ、とメイア・ヤレアッハ(空色・e00218)は傍らのボクスドラゴン、コハブに問いつつ、視線向ける。
 ゆるりとご機嫌であるように尾が揺れているのは気のせいではない。
「きれいなお姉さんだからってデレデレしたらダメなんだからねっ」
 そう紡ぐと、わかっているというように一声の返事。
「つゆもな! 漢を見せてやれってんだ!」
 と、茶野・市松(ワズライ・e12278)が言えばウイングキャットのつゆはふんと鼻鳴らす。
 そして市松こそ、というようにぺしりと尾で叩いてくる。その意味を受け取って、市松は胸を張り。
「オレは当ったりめぇだい! 虜になんてならねぇよ!」
 心配すんなと市松が答えるとつゆも羽ばたいてゆるりと飛ぶ。
 ザザ・コドラ(鴇色・en0050)はジィジもねと傍らのボクスドラゴンに。
「いつも助けてもらってるから、今日はお助けよ!」
「此度もちゃんと間に合ったかしら?」
 オルテンシア・マルブランシュ(ミストラル・e03232)はそれにしたって、ひどい既視感ねえと零す。
 それでも、常の務めとなにひとつ違わない。
 それならば――変わらない。
「私たちが為すべき事も変わらないわ。ね、カトル」
 足元でオルテンシアの従者はぴょんと跳ね、今日も主を守るべく、その助けになるべく前に立つ。
 その様子はヒコにとっても戦いの場での常だ。
「来てくれて、助かる」
 一人じゃちと重すぎると紡ぐヒコに平坂・サヤ(こととい・e01301)はふと笑って。
「――お呼びであれば、こたえましょう」
 すべて、ヒコのよいように。
 サヤの言葉は皆の想いでもある。
 あなたが望むなら、サヤはちからになりましょうと構えた。
 この場にいるということは、予知を受けて。危機に駆け付けてくれた仲間達は頼もしくあり、ヒコの緊張は一瞬緩む。
 けれど、それも対せば一層のもの。
 向き合うのは愛を紡ごうが、請うてこようが敵である事には違いない。
「お祝いしてくれるなら歓迎よ。でもそうじゃないなら」
 邪魔しないでと、冷えた声が響く。

●恋のやりとり
「移り気です? 一途です?」
 ふふりと笑み浮かべ、サヤは相手を見据える。
「サヤにはわかりませんけれど、これも恋というのでしょーかねえ」
 サヤの掌から放たれた竜の幻影が襲い掛かる。すると炎は女の上で果てなく燻る。
「婿になる気は微塵もねぇが、だ」
 手招かれた以上、他への移り気は見過ごせねぇな? と笑いかける。
 地を蹴り距離詰めれば交わう視線。
 流星の煌めきと重力をのせた一蹴を繰り出せば、華燭は呻きを零し。けれど笑う。
「婿様、嬉しいわ」
 私だけを見てくれている――うっとりと紡ぐ言葉には歪んだものがある。
「……ああいうサイコなのはサッサと退場させるに限る」
 士浪は竜鎚振り下ろす。それより放たれた竜砲弾は女を捕らえ、その衝撃は足を止めさせる。
 同情すんぜ、とその気持ち籠った視線をヒコに向けるとなんとも言えない顔をする。
「俺ぁ絶対に好かれたくねぇや」
「俺もだよ」
 士浪のつぶやきにヒコが返せばそれなら、とぶっきらぼうに言葉続く。
「……サッサと三行半叩きつけて来いよ。んで、終わったらパーッとやろうぜ」「そりゃいいな!」
 そう言いながら市松はケルベロスチェインを走らせる。
 自分を含め、前列の仲間皆の守りが厚くなるように。
 そしてつゆが清浄なる翼で羽ばたき風を送る。
「桜も綺麗だし、相手がデウスエクスでなければロマンティックなシチュエーションなのだけれど、ね……」
 息吹はヒコに向かって守りの盾を生み出す。
 皆の援護をメインに息吹は動く。
 地を蹴って攻撃を身軽に交わす。邪魔しないでという様にヒコに近づこうとするが、その前に影ひとつ。
「そう簡単に手を延ばさせてはあげないわ」
 女の意識はやはりまだヒコに向いているらしい。
 この身は皆の自由を活かすための盾なれば――その矜持もって間に入ったオルテンシアを女はきっと睨む。
「邪魔!」
 とんとその身を指先で撫でるように触れてくる。が、その柔らかな動きとは逆に衝撃が走る。螺旋の力を流し込まれたのだ。
 そこに更に邪魔するようにカトルが飛び出て噛み付く。
 その姿に籠絡の心配は無用ねと笑み浮かべれば痛みが和らいでいく。
 それはザザからの癒しだ。
「甘さと苦さ、あなたの御気に召すかしら!」
 その傍らから紡がれる一曲は記の奇想曲。
 ベーシックなベージュの指先にゴールドのクラッシュをキラキラさせて。
 彩られた指先で指揮棒の杖を軽やかに回して奏でる。
 それに潜むのは辛口のスパイス。知らないほうが良かったのにと後悔しても遅い、スパイシーな音色。
「花散る前に一曲、着席して如何です?」
 記は笑って、その足止めるがそれも束の間。
 女の意識はヒコに集中している様子。
 追いかけて来るのを正面から受けるより今は一歩、下がって変わる。
 女は自らの動きを阻まれ苛立ちも募るというもの。
 攻撃をしても、ザザが癒しを担って。それでも間に合わなければそれぞれが助け合っている。
 女が流れを自分のものにする、そのタイミングがつかめぬまま戦いの時間は過ぎ、己が削られてゆくばかり。
「邪魔をするなら……殺してしまえばいいだけ」
 それも祝いになるでしょうと引き抜いた懐剣は、手入れされぬまま。
 今まで奪ってきたであろう命を引きずるように血の痕がまだ残るもの。
「物騒なもんだな」
 そう言って、振り下ろされた懐剣持つ手を狙って市松は蹴り上げかわした。
「コハブ!」
 そして、それ以上攻撃を続けさせぬ様にコハブが攻撃かけ、割って入る。
 メイアはその間に星辰の輝きを以て前列の仲間達へと力を送る。
 恋というものはよくわからないけれど、それでも女のそれは違うような気がする。
 女の心の動きにも、そしてヒコとの因縁も興味があるが無理に暴くものでもなく。
「ひとではないなら、ひとでないならそれは愛ではなくて恋なのでしょうか」
 お前は、なにが欲しかったのですかと零しながら距離詰めてサヤは人としての高みの技を繰り出す。
 その間に、士浪は一呼吸置いた。
 瘴気を練り上げ、女が攻撃を受け生じた一瞬の隙に踏み込む。
「喰い千切れ……!」
 氣を集束させ、気脈の循環を断つ一撃を急所めがけて打ち込む。それは気脈を断った箇所から肉体を蝕んでいくものだ。
 続けて、オルテンシアはその意識を自分に向ける為に急降下の一撃を繰り出す。
 先程よりも苛烈な視線。狙いは自分へと引き寄せられる。
 女の手にしたその懐剣、それを握り込んででも引きつけて見せると言う意志がオルテンシアにはある。
「よし、もういっちょ!」
 と、オルテンシアの攻撃に続けて市松も仕掛ける。
 その脚に流星の煌めきと重力を載せ飛び蹴れば女の身体の中心を射抜く。
「誑かす。言をもって狂わすって漢字で書くんですよね」
 記はふと、ヒコに視線を向け。
「けどヒコさんって、そういうの鈍そ……何でもありません」
 ヒコからのなんだよというような視線に首降って、次はこちらと女へ向かって放つ。
 召喚したのは氷の騎士。それは真っすぐ、迷いなく女へ向かい凍てつかせる。
 コハブが傷を受けた仲間に属性インストールを。
 メイアは全てを凍えさせる弾丸を生み出し女へ。その身を凍てつかせ、動きを阻めば忌々しそうな舌打ちが響く。
「もう、邪魔、ばかりっ!」
 振り返り様、女が繰り出す攻撃。
 それを間に入ってコハブが変わりにうける。
 皆の耐性は十分。
 それならと息吹は魔法のブーツで高く飛びあがり虹をまとって急降下の蹴りを一撃見舞う。
 攻撃見合う最中に女の着物の端が視界の端に揺れる。
 少しだけ、見惚れてしまったのは秘密だ。
 白無垢という、それに人並みに憧れがあったりもするが恥ずかしいから内緒だ。
 けれど今、それに心奪われることは無く息吹は距離を取る。
 そして一瞬の合間を作る為にもだ。
「おい、こっちだ」
 一声かけ、ヒコが振り下ろしたのは光の剣だ。その一刀を懐剣で女は受け止めた。
 すると嬉しそうに笑う。
「求められるのは、幸せよ。婿様からなら」
 そんなつもりはないと笑ってヒコが距離置く。
 向けられる視線は恋をした女のものではあるのだが、それは決して受け入れてはいけないものと知っている。
「わたしの言葉も、仕草も、何も届かないのだもの。力づくで振り向いてもらうしかないじゃない?」
 どうしてわたしと一緒に来てくれないのと問う。
 どうして、どうしてなびいてくれないの、と。
 それは、と紡ごうとしてヒコは――口閉じた。
「教えてやるには勿体ない」
 何故か、それを知っているのは――今は己だけで良い。
 まるで悪戯するように笑って返せば女は瞬いて、嬉しそうにする。
 連れない男ほど欲しいのよと嫣然と紡いだ。

●恋のおわり
 追いかける、逃げる、阻むと。
 手は届きそうで届かないような。女にとってはそんな流れだった。
「どうしてヒコさんを追いかけるの?」
 ちょっとした興味で記が問う。
 その問いに女は笑って、答えるわけないじゃないと紡ぐ。
「これはわたしと婿様だけのものよ。教えてなんてあげないわ」
 それは乙女のような物言いと記は思う。
 けれど、それが相手をしない理由にはならない。
 構えたガトリングガンから打ち出すのは砲弾の雨。
「ヒィさんには簡単に触らせません」
 息吹の手には紫林檎。それを齧れば開幕のベル代わり。
「アナタの悪夢は、どんなに甘い味かしら」
 女の持つ悪夢はいかなものか。それは女に襲い掛かる。
「お嫁さんは女の子の夢、だけれど……押し付けがましいのは宜しくないのよ」
 それに、と息吹は言葉続ける。
「そんな歪んだ愛は誰も望まないわ」
 銀の瞳瞬いて、その姿を見止め零す。
「だから……此処で“婿様”に散らしてもらいなさいな」
 そこでふと思ったのは、それが女にとって悪夢になるのではないかと。
 だがそれも今すぐ、わかるものでもなく。
 女の動きは目に見えて、精彩を欠き始める。
 ケリはヒコが付けるべきだろうと思いつつ、士浪は一歩踏み込んだ。
 それはまだ、追い詰めるには一歩足りないからだ。
 超重の一撃を女へ落とし込めば、その身は進化の先を奪われ凍結していく。
 狙いすました一撃は女から外れない。
 振り向きざまの懐剣での攻撃はぴょっと飛び出したカトルが受け、届かない。
「選ぶのはあなた。唆すのは私。――どこまでだってつきあってあげる」
 そろそろ終わりを迎える気配。
 オルテンシアはヒコへとひとひらの幻を。篝火が風に靡き、消えぬ炎は勇ましく暗闇を弾くように導く。
「ほら、ヒコ! 口開けろ! 一口食ってみない!」
 と、傍らから声がして。
 市松が林檎飴をその口へ。修行の賜物、食べればたちまち力がみなぎる代物だ。
 メイアにとって――恋は、まだ知らないものだけれど。
「お嫁さんには憧れちゃう。あなたもとってもすてきなお着物ね」
 わたくしもいつか――そう思うのだけれど。
「でもね、あなたがきれいなのは見せかけだけ」
 本当に愛した人はいなかったのかしら? と、メイアは思う。
 そしてそれは。
「ちょっと、悲しいことね」
 メイアは、けれどその想いを叶えさせてはいけないことを知っている。
「ねぇ、撃ち抜かせてくれるよね?」
 メイアのその手のひらに集まる冷気は凍える歌を謳う。カチコチ固まって、凝縮され。
 恋も愛も想いも散らせて――おやすみなさい。
 指先に宿され、示した先を撃ち抜く魔弾はほうき星のように尾を引いて。
 ふと、目の前にひらりと待った花弁に視線を奪われるがそれも一瞬。
「好いお日柄ではありますけれどねえ。そうと望まないのでしたら、誰も攫わせるわけにはいかないのですよ」
 懐に踏み込んで、サヤは一節を紡ぐ。
 ありえることは、おこること――因を元に果を手繰りゆくのはその指先示した先、女の貫通される可能性。
 ありとあらゆる可能性を手繰り集約し反映させるのは一瞬だ。
「サヤは言祝ぎに来たのではなく、おまえを見送りに来たのです」
 深い衝撃が女を貫き、その身は傾ぐ。
 視線が合うのは一瞬だ。
「望む婚姻相手は冥土の河原で見つけるんだな」
 あいにく俺は、それではないと告げて。
 ふらりと傾いだ一瞬を見逃さず、ヒコは地を蹴る。
 羽ばたきと共に踏み出して、双翼が生み出す辻風に梅の香を纏わせる。
「東風ふかば にほひをこせよ 梅の花――……忘れるな、この一撃」
 おやすみ、華燭とヒコは紡ぐ。
 愛し方の分からぬ女よ――来世では『花喰鳥』の加護があらん事を、と。
 囁きではなく、皆に聞こえる言葉だ。
 女はひどいわねと笑った。最後に己の為だけの手向けもくれないのだからと。
「いとしいむこさま、おやすみなさい」
 けれど、至極幸せそうな顔をして女は終わりを迎える。
 片道の想い。それがどうして生まれたかは、滅びた女のみが知るものなのだろう。
 華燭とは、餞の言葉なのだったかとオルテンシアは思う。
 それは自らの其を飾るものではないのだと。
 焦がれた道、一筋違えば――と。
「……想いから定められる命もあったのかしらね」
 どこか、在り方の相似に微か煩う良心の呵責がオルテンシアの胸の内にはあり仕舞い込む。
 傍に走り寄ってくる従者を受け止め、皆を見れば無事の様子。
「本当に惚れてたんだな」
 士浪がモテるのも大変だなと揶揄すれば、ヒコは苦笑する。
「こんな立派な桜があるんだ。菓子も酒も無いが花見してこうぜ」
 すぐに帰るにはもったいないとヒコは瞳細める。
 そうですねぇとサヤは花弁を掌の上に。
「花を見送るには好い日ですよ」
 ふわと舞い上がったそれを追いかければ夜の端が降りてくる。
「ふふ。お花見気分で、飲み物とか食べ物とか、持ってきたら良かったかしら」
 息吹もまた、風に吹かれた花弁を捕まえる。
 けれどそれはまたすぐ離れて行って。
「……ねぇ。次はちゃんと、唯一の誰かと……幸せになれたら良い、わね」
 それを視線で追いながら、そっと舞うそれに願いを篭めて零す。
 その呟き耳にし、記もまたお見送りくらいは、と。
 花弁零す大樹を見上げた。
「ひとりで散るのは寂しいでしょう?」
 それくらいは、と紡ぐ。
「コハブ、頭の上に花弁が」
 メイアが指先を伸ばしそれを取れば一声鳴いて礼を言う。
 そしてふわりと飛びあがり、今度はメイアの頭上の花弁をてしてしと前脚で払った。
「ま、無事で何よりだな」
 市松は口端上げて笑み、ぽんと肩を叩く。
 するとつゆもぴしりとヒコの肩を尾で叩き、桜を見上げる女の子の元へ飛んでいく。
「つゆはヒコを子分だと思ってるみたいだな……」
 その言葉に子分かとヒコは笑って、つゆを追いかけていく市松を見送る。
 桜を眺めつつ、咲き誇って散っていくその下にいる仲間達。
「――……来てくれて、ありがとうよ」
 ヒコはそっと紡いで、皆の元に向かった。

作者:志羽 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年5月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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