菩薩累乗会~オーバー・ザ・リミット

作者:黒塚婁

●覚醒
 ――世間はめんどくさい。やることが色々あるし、巧くいかない事が多いから。
 でも、ゲームの世界では違う。何でも巧くいくし英雄にだってなれる。あの世界に浸っていたい――うん、いっそ、邪魔する奴らを排除できたら、一番なんだけど。
「ゲームの楽園ていうから来たけど……海じゃん。リアル釣りゲーでもしろってか」
 ヘッドホンを首に引っかけ、目の下に色濃い隈を刻んだ少年が、目の前に広がる海岸線と空を忌々しそうに睨む。
 ふてぶてしい物言いは他者への敵意に満ちている。
 もっとも、寂れた波止場に人気はない。楽園とはほど遠いな、口を尖らせた少年を、まあまあと宥めたのは――黒い嘴、白い毛並み、神々しい光――そして、頭に三つ首の犬を模した冠をいただくビルシャナ。
「これをみるがよい」
 ふてくされたような少年の様子にビルシャナは笑みとも呆れともとれる吐息を零し、指を鳴らす。
 すると、たちまち海面が上昇する――迫り上がった波が高く打ち上がり、飛沫が彼らの上できらきらと輝いた。
「うわあ、マジかよ!」
 少年は歓声を上げる。先程まで無かった瞳の輝きで見つめる先には、浮かび上がった巨大な『戦艦竜』――鋼鉄の背には小さな居住スペースがあり、それを護るように無数の砲台を背負っている。
 指さし、それらを説明したビルシャナは目を細め――これは君が好きなように使うと良い、と囁く。
「へえ、邪魔する奴はこいつで黙らせて、ゲーム三昧ってか。いいじゃん」
 まるでゲームみたいだ、そう喜ぶ彼の姿が、たちまちビルシャナと化していく――。
 はしゃぐ小柄なビルシャナを尻目に――ケルベロス絶対殺す明王は凍えるような視線で虚空を見据えていた。

●夢の終わり
「集まったか――例の、ビルシャナの菩薩達の件だ」
 雁金・辰砂(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0077)は腕組みを解き、ケルベロス達に向き合った。
 初めて聴くもののあろうか、ここ最近世間を騒がせている『菩薩累乗会』なる動き――これは、強力な菩薩を次々に地上に出現させ、その力を利用し、更に強大な菩薩を出現させ続け――最終的には地球全てを菩薩の力で制圧するというものだ。
 これを阻止する方法は、今の所不明――打てる手といえば、ひたすら出現する菩薩の目論みを阻止し、進行を食い止めることのみ。
「今回確認されているのは『芸夢主菩薩』……ゲームと現実の区別がつかぬ者や、現実を忘れゲームに没頭したい者を導き、ビルシャナとする菩薩だ」
 この菩薩の勢力が強まれば、多くの一般人が現実とゲームの区別をつけることができなくなり、次々とビルシャナ化してしまう危険がある――今回はこれを止めに行かねばならないのだが、辰砂はひとつ区切ってケルベロス達を見た。
「既に幾度か菩薩累乗会を阻止されてきたことを警戒してだろう。奴は『ケルベロス絶対殺す明王』と『オスラヴィア級戦艦竜』と組んだようだ」
 ケルベロス絶対殺す明王とビルシャナ化した少年は戦艦竜の背に乗り、海上にて待ち構えている。奴らへ接敵するためには、まず戦艦竜の砲撃を掻い潜り、それに上陸せねばならない。
 オスラヴィア級戦艦竜は二十メートルほどの巨大なドラゴンだ。背の装甲は金属で出来ており屈強で、頂点にはいくつもの砲台を備えている。同じような装甲に護られた首と手足を持つそれは、巨大な亀のようにも見える。
 これはかなり強大な敵で――倒せないわけではないが――まともに相手をすべきではない。幸いにも、ビルシャナ二体を倒せば、戦艦竜は勝手に海底へと帰っていくようだ。
 そして、もうひとつ。
 ビルシャナと化した少年は救うことが可能だ――しかし、それにはまず、ケルベロス絶対殺す明王を倒さねばならない。
 こちらを倒してしまえば、後は説教しながらひっぱたけば夢は醒めるだろう――辰砂の物言いは乱暴だったが、そういうものらしい。
 戦場となるのは人気の無い波止場――随分前に破棄されたため、周囲に船などもなく、すぐに沖を臨むことができる場所だ。
 上陸するための足がかりは、多少工夫する必要があるだろう。
「ドラゴンを倒したいならば、ビルシャナを残したまま戦うことになるだろう。戦略的にはあまり賢い判断ではないが――戦うのは貴様らだ。好きにするといい。ただし、菩薩累乗会を阻止するために優先すべき討伐対象はビルシャナだということを忘れるな」
 やれ、厄介なものを引っ張り出して来たものだ――辰砂は嘆息を重ね、説明を終えるのだった。


参加者
霧島・奏多(鍛銀屋・e00122)
マキナ・アルカディア(蒼銀の鋼乙女・e00701)
桐山・憩(機戒・e00836)
塚原・宗近(地獄の重撃・e02426)
機理原・真理(フォートレスガール・e08508)
アリュース・アルディネ(魂喰らい・e12090)
紅・姫(真紅の剛剣・e36394)
錆・ルーヒェン(青錆・e44396)

■リプレイ

●出航す
「まさかこんなタイミングで水上バイクを買う日が来るとはな…… 」
 エンジンをかけつつ、桐山・憩(機戒・e00836)がぽつりと零す。しかも、此処で使い捨ての可能性もある――思わずバイクをじっと凝視する。シートにちょこんと座ってたエイブラハムはそんな主へ物憂げな視線を送りつつ、優雅に身体を伸ばす。
 見上げれば曇天。風は時々ランダムに吹きつけ、海も少し荒れている。好天とは言いがたいが、ケルベロスならば問題は無いだろう。
「今は私が頑張る番なのです。上手く上陸出来たら、よろしくですよ」
 機理原・真理(フォートレスガール・e08508)はプライド・ワンに声をかけながら、水上バイクに繋ぐ。
 多少手のかかる準備はそれくらいだろうか――波止場にて、ケルベロス達は最後の準備を整えていた。
 アイスブルーの瞳を細め、霧島・奏多(鍛銀屋・e00122)は視認できる目標を見やる。ぽつんと浮かぶ唐突に現れた島――その正体は、オスラヴィア級戦艦竜。この場は射程外ではあるものの、相手もこちらは確認できているだろうな、と低く零す。
 射程範囲に入れば、攻撃を受けるだろうと予測する冷静な声音に、
「頑張って掻い潜ってこーねェ」
 うんうんと頷き、錆・ルーヒェン(青錆・e44396)が微笑む――明確に愉しげに。
 それにしても、とマキナ・アルカディア(蒼銀の鋼乙女・e00701)が吐息を零す。
「菩薩累乗会、ドラゴン勢力も巻き込んでハードルが上がっていくわね……」
「にゅふ、まったく無茶してくれますよね~」
 独特の笑みを浮かべ、アリュース・アルディネ(魂喰らい・e12090)がそう思いませんか、と髑髏の形に変じたブラックスライムともども皆へ話しかける形で問いかけると、
「難易度が上がる続けるのはゲームだけにして欲しいけれどね」
 まったくだと肩を竦め、塚原・宗近(地獄の重撃・e02426)が言う。ええ、マキナが頷くと長い銀糸がさらりと音を立てた。
「それでも菩薩顕現阻止の為、人々を護る為にも力を尽くしましょう」
「そうね。あいつらの思い通りになんてさせないわ」
 こくり、真摯な首肯をひとつ。バイクの大きさに苦心しつつ、紅・姫(真紅の剛剣・e36394)がエンジンをかけて、前方を睨んだ。

 先頭を皆で入れ替わりながら、彼らは海上を奔る――たちまち撃ち込まれたミサイルで、彼らの倍はある水柱があちこちに立ち、海面をひどく揺らした。
 高く立つ波にコントロールをとられ、大きく跳ねるのを無理矢理御す。
 操作に手間取っているアリュースがいつもの笑みを捨て、真顔になっているが――幸か不幸か、誰も気付かぬ。
 激しい戦艦竜の攻撃をかいくぐりつつ全速力でバイクを繰るには、皆の技術に多少の程度はあるにせよ、集中が必要だった。
「はは、ノーコンで助かるねェ。直撃したら消し飛ぶだろうけど……スリル満点だねェ!」
 眼前の水飛沫に飛び込みながら、ルーヒェンが物騒なことを楽しそうに歌う。
 勿論、反撃できないこともない。
 相手の攻撃が届くならば、こちらも反撃可能なのだ。だが目的は戦艦竜ではなく、その背にいるビルシャナである。
 再び、今度はごく間近にミサイルが撃ち込まれる――海水が豪雨のように降り注ぎ、波がこれ以上無く暴れ――いずれもケルベロスにとっては致命的な問題にはならないが、水上バイクが保つだろうか。宗近はぐっとハンドルを握り込み、振り払うように声を発する。
「最悪泳ぐ!」
「その意気だ……遅れるなよ!」
 ずぶ濡れのエイブラハムはいつも以上に悲しげな瞳をしていたが、憩はにやと笑って更に加速するのだった。

●乱戦
「お、おい、上陸してきたぞ」
 先程まで、戦艦竜の砲撃にすげえすげえと喜んでいたビルシャナであったが、ケルベロスの接近にかなり狼狽えていた。
 だがケルベロス絶対殺す明王はそんなビルシャナを閑却し、じっと集中を高めていた。
 水上バイクの音が止まった瞬間、いよいよビルシャナも閉口し、場を支配するのは重い沈黙。
「悪い子みーっけ!」
 それを破ったのは、金属の脚が立てる小さな軋み。そして心なしか弾む、ルーヒェンの声。ビルシャナを指さす彼の背後、薄暗い空の下でも鮮やかに煌めく粒子が広がる。
 輝きの中心から飛び出した蒼銀――後方から一気に距離を詰めながら、マキナがコアブラスターを解放する。光線に合わせ、号砲が轟く。
 真理の放った一撃は先に地で爆ぜ、爆風に紛れたアリュースがにゅふふと笑みを浮かべながら、明王へと接近し、星型のオーラを叩きつけた――が。
「浅いわ!」
 肩口へ強かに振り下ろされた彼女の脚をがしりと掴み、明王が吼えた。
「そっちこそ、甘いわね」
 嘲りは遠方から。姫の声に続いてすぐ傍まで迫る竜砲弾に気づき、それは思い切り横へ飛び退く。
 肘から先をドリルに変じたルーヒェンと、鋼の装甲に身を固めた宗近が迫る。回避は不可能と見た明王は、両者の攻撃を両腕で受け止める。深追いはせず、二人がさっと距離をとると明王の足元が爆ぜる。
 これも浅い――爆風の向こうで明王が退くのを確認し、奏多は目を細めた。
 戦艦竜の背は鉄板敷きの甲板で、奥には小部屋と思しき建物、その上に物々しい武装が乗っている。至近距離から見ると人など容易に消し飛ぶ口径の大砲――当然、砲口は今もケルベロス達を狙っている。
 戦場はフラットで身を隠すような場所はない。互いに正面からぶつかるしかない環境であった。
 小部屋の近くに小柄なビルシャナが銃を両腕に抱えるようにして立っているが、どこか心許ない面持ちだ。
「おい、しっかり守れよ……!」
 震え声で叱咤し、彼は光を放つ――明王は受けた呪縛をひとつ解き、
「死ねい、ケルベロス――!」
 その名に恥じぬ殺意を放ち、明王が黄金の拳で正面から殴りかかってきた。
 受け止めるは、真理。展開したアームドフォートの隙間、チェーンソー剣の腹に、明王の拳がぶつかり火花をあげる。
 炎を纏ったプライド・ワンが二人の元へ飛び込む。反動で距離を取った双方の間に、姫が滑り込む。差し出した手の内で、マインドリングが輝く。
「撃て撃て撃てぇ!」
 ビルシャナが叫ぶ。戦艦竜が彼の命令に従っているかどうかは不明だが、同じタイミングでミサイルが降り注ぐ。
 今まさに展開された光の盾は一斉に砕かれ――護りの力はそのまま残るにせよ、身じろぎすらできず、仲間達が蹲る。
「……っ、この距離はきついな」
 爆風に煽られつつ、憩がスイッチを押す。押し返すようにカラフルな爆風で仲間を鼓舞し、エイブラハムが羽ばたき、祝福を重ねる。
「命中を確保してから守りを重ねるつもりだったが……これは逆の方がいいかもしれないな」
 揺れる灰の隙間から状況を窺い、奏多がひとりごち、ケルベロスチェインを繰る。
 至近距離から浴びた戦艦竜の攻撃は想定以上――それならば、宗近が声を発し、その剣風で煙ごと薙ぎ払い、
「今回は早めに終わらせるよ――この一撃の重さが全てを証明する」
 明王へと斬りかかる。
 正確無比ゆえに実直な剣筋――明王の懐近くにぐっと踏み込み、全ての重みを乗せた袈裟斬り。
 無論、明王もそのまま受け止めるだけではない。自ら間合い深くに潜り込むように突撃することで、軸をずらそうと試みる。
 ――だが、その脚を黒い槍が貫いていた。
「にゅふふふふ、この瞬間を待っていたのです~って言ったら、信じます?」
 アリュースが相変わらずの笑顔でブラックスライムを手繰り、引いていくそれと入れ替わりに、揺れる青褐色の髪。
「―――……"お食べ"」
 自らの胸へと突き立てた五指――明王の眼前で、振り抜いた彼の爪は朱に染まっている。
 それは酔狂の自傷などではない。鉤爪を翻し、敵へと振るう。その血は穢――腐食の呪いそのもの。
 すぐさま距離をとる明王を眺め、潮風に吹かれながら、ルーヒェンが錆びた両脚を自嘲する。
「とっとと決めなきゃ、もっと錆びちゃいそー」

●力とは
 唸りを上げる真理のチェーンソー剣が、明王の片腕を掠める。宙に羽が、血霞と共に舞い上がる。
 断続的に攻撃を受け、無数の呪縛に蝕まれようとも、明王はなかなか倒れなかった。
 ――羽毛は赤黒く染まり不格好に削れ、装束もあちこち破れている。だが、ケルベロスを殺すべしという教義に燃える明王の姿は気迫に満ち、一切怯む様子は無かった。
「……でも、あと一押し」
 ビルシャナからの援護を封じるべく――ウイルスカプセルを放ったマキナへ、返礼とばかり孔雀型の炎が押し寄せる。彼女は涼やかな表情で受け流したが――直後、広がった閃光に、視界を奪われる。
「来るぞ、身を守れ、アルカディア!」
 後方から叫んだのは、憩――空より戦艦竜のミサイルが降り注ぐ。身構えたマキナの四肢を、ミサイルが容赦なく射貫いていく――彼女はケルベロス達の中でも最も守りの相性が悪く、とても消耗していた。
「ジッとしてな!」
 憩が崩れ落ちた彼女に駆け寄り、高圧で皮膚に治療薬を打ち込んだ。
 後方で、或いは優先的に庇われているとはいえ、彼女もまた無傷では無い――戦場を駆り仲間の傷を癒やす最中、服は焦げてぼろぼろになり頬は煤で汚れている。
 敵に直接仕掛けなくても、心が何かで満たされる――奇妙な感覚だが、それを追求している暇は全くなかった。
「こいつらバケモノかよ!」
 ビルシャナが騒ぐのにマキナは苦笑いをひとつ零し、何とか立ち上がる――まだ戦えるが、あまり長引くと危険だろう。
 こちらの援護が削られないことだけが幸いか、零し、奏多もいよいよ攻撃に転じる。
 彼の掌に銀の弾丸――認識した瞬間にそれは忽然と消えている。
 行け、という彼の眼差しを察して、宗近が距離を詰める。極限まで高まった集中力で放たれた電光石火の蹴撃は、明王の脚を素早く撃ち砕いた。沈み込みながらも拳を振るったそれを、姫が抑え込む。
 彼女も体力の限界に近づいていた。幾度も攻撃を受け止め続け、小さな身体には痛ましい生傷が無数に残っている――それでも、変わらず身を挺する。
「今のうちに!」
 応えるように、リズミカルな爆音が轟く――プライド・ワンが奏でる弾幕を受け止める明王が、目を見開く――空間が瞬時、歪んだ。
 奏多が一足先に放っていた銀の星旄――既に炸裂し空間に固定されていた銀の弾丸が明王の額で解除され、爆ぜたのだ。
 収束する散弾、その反動全てが乗った強烈な一撃はそれの頭部を吹き飛ばし、明王は前のめりに倒れていった。
「クソがッ」
 憤りを隠さず――覚悟を決めたビルシャナが、銃を構えた。
 牽制のため、すかさず距離を詰めようとした真理を、戦艦竜のビームが襲う。
「ッ……!」
 咄嗟にアームドフォートで身を庇ったが、殆ど無防備な背後から、腕と脚を光線が貫いた。
 鉄の甲板に崩れ落ちた彼女へ、ビルシャナは狙いを定めた。
「俺の邪魔を……!」
「快楽はばくはつです~!」
 相手の一撃を待たず、爆ぜるは快楽の球体――アリュースが放った一撃は容赦なくビルシャナを更に後方へと吹き飛ばした。
「ゲームは確かに素晴らしい物ですが、そればかりして勉強を怠けてはいけませんよぉ。今の努力が将来につながりますからねぇ。ちゃんと勉強しないとお仕事にもありつけないし、最新のゲーム機なんて買えませんねぇ~♪」
 ねぇ~とブラックスライムを髑髏の形に変じて動かし、アリュースはその危機感を煽る。
 ビルシャナは正論に反論を持たず、倒れ込んだまま、せめてもの銃弾を放つも――姫のハンマーに叩き落とされる。
「ゲームだって、やること多かったり対人戦で負けたりで楽しいことばかりじゃないでしょうが。ゲームのいい所だけ見て現実から目を背けてるんじゃないわよ」
 彼女の一喝は、今の状況にも即していた――戦艦竜の力をもってしても、ケルベロス達は揺るがない。
 このままでは負けてしまう――でも、何処に逃げれば。
 そんな戸惑いを隠せぬ少年へと向けられる奏多の視線は、髪に蔭り、そこにどんな感情が潜んでいるかは掴めなかったが。
「ゲームを悪いとは言わん……が、そればっかりじゃ、巧くいかん事が増えるだけだし、いずれはゲームも出来なくなるんじゃないか?」
 静かな声音は相手の身を案じるものであったはずだ。
 ビルシャナの周りに小さな爆発がふたつ。追い立てられるように前へと転がり出た彼の前に、傷だらけのマキナが如意棒を手に待ち構えていた。
「ゲームの世界で如何に貴方が英雄なっても。今この現実の貴方は確実に世界の敵になってしまっているわ。現実があるからこそ、ゲームの世界に浸れるのではないかしら」
 彼女はそれを巧みに操ると、ビルシャナが抱える銃を弾き飛ばす。
「取り戻しましょう、人としての現実を」
 銃を奪い、彼女は手を差し伸べる。その白磁の肌には亀裂が走り、今にも崩れ落ちそうだ――それでもなお真っ直ぐ敵に向き合う。こんな強さを、自分はゲームの世界で持ったことがあるだろうか。
 大地が大きく揺れる――これは戦艦竜が砲撃を仕掛ける前兆だと憩が注意を促す。
 限界に近いマキナに覆い被さるように、右腕がまだ巧く機能しない真理が駆けつける。それでも砲撃を凌ぎきると、両手の指先を変形展開し、彼女の治療に入る。
「実は私もゲームって好きなのです。難しいのも楽しいですし、オンラインで色んな人戦ったりするのも楽しいですからね。……でもだからって、こうやって引き籠もってゲームだけして良い良い理由なんて無いのですよ」
 苦痛を顔に出さず、声音もフラットであった。例え目の前の少年が、今は倒すべきデウスエクスであろうとも――戻ってくると信じて、人に接するように、世間話のように、語りかける。
 まあ、それでも此処に籠もっていたいっていうなら止めないけど――ナイフをくるくると弄びながら、いつしか真横に立っていたルーヒェンが空を仰いでいる。
「おバカちゃんだね、いつかは飽きちゃうっしょ」
 ずっと幽閉されてきたという彼の過去を知らずとも、その声音は、はっとするような陰鬱な響きがあった。
 口元に笑みを浮かべ、ルーヒェンは脚を軋ませ、屈み込む。
「……その前にコイツが沈んじゃうかな――ひとりぼっちで、海底にいたら確かに誰にもジャマされないかもねェ?」
 妖しい光を湛えた金の瞳でその意志を試しながら、その首元へ、ナイフを振るった。

「大丈夫そうだ。お疲れさん」
 憩が倒れ込む少年の状態を確認し、皆へ声を掛ける。
 好き勝手出来るのは、周りの支えあってこそだと。いずれは気付いてくれるだろうか――機会は与えられたのだから、そうであって欲しい……などと案じていた奏多は、ふと足元の揺れに気付く。
 前衛を務めた者達は皆ひどく消耗しており――そんな彼らを抱えて大海原に投げ出されるという一騒動を経つつ、ケルベロス達は無事、帰還するのであった。

作者:黒塚婁 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年4月6日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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