寒空の下、海は暗く淀んで見えた。
だんだん暖かくなってきたとはいえ、水遊びをするにはまだ早すぎる時分だ。冷たい風の吹く海岸には今しがた訪れた二人以外、誰もいない。
「そんで、どういうことや?」
早口に方言で尋ねたのは二人のうち、くたびれたスーツを着た中年男性だ。眼鏡の奥、クマの浮いた目で海を眺めながら、男性――カズトは苛立たしげに同行者に問いただした。
「『ずっとゲームだけできる場所がある』……っちゅー言葉を信じて、忙しい中付き合ってんねんぞ。ゲーセンみたいな場所やと思ってたのに、何が悲しくて寂れた海岸に来なあかんねん」
「忙しいとは。オフィスで独り、パソコン作業に勤しんでいただけだろう? 早くゲームをしたいのに、我慢して」
冷笑したのは豊満な肢体を巫女装束に包んだ同行者だ。ただし手足と頭部には鳥類の特徴が備わっている――ビルシャナだ。
「お前はゲームがしたいのだから、それ以外の時間は無駄だ。『忙しい』などと俗世を飾る必要はない。そんなものは忘れて、ゲームにだけ没頭すればいい」
「だからどこでせぇって言うんや! はよ、その場所に連れて行けや!」
「連れて行け? ああ、まだ教えてなかったか――もう着いてる」
その言葉が合図かのようだった。
ビルシャナの背後の海面が、突如盛り上がったのだ。激しい水音とともに艦船のような大質量の存在が姿を現す。
「紹介しよう。オスラヴィア級戦艦竜――最強のデウスエクス種族たるドラゴンにして、お前がずっとゲームをできる場所だ」
降りしきる飛沫の中、カズトはあっけにとられたままビルシャナの解説を聞き流していた。全長二十メートルはあろう青々とした巨体に、鎧のような鱗、角を備えた獰猛な顔。この巨竜の前では人間など紙クズに等しいに違いない。
だがカズトが注目していたのは巨竜の背中を覆う甲羅だ。複数の砲塔を構えたそこに一箇所、透明なカプセルに包まれた個室がある。ここからではよく見えないが、その中にちらっと見えたのは最新型のゲーミングPCでは!?
「まさか、あれが……!?」
「機材、通信速度、空調、食事……最高の設備と環境、何より邪魔されない時間を約束しよう」
「マジかー! うっひょー! もう働かへん! ずっとゲームやるでー!!」
生気を注入されたように、カズトは両手を上げて戦艦竜へと駆け出した。その脚が、腕が、そして頭がダチョウのようなものに変貌していくが、その変化に気づかぬようにカズトは岸からジャンプし、竜の甲羅へ駆け上がっていく。
「……お前は、ケルベロスを招き寄せる餌に過ぎない」
新たなゲーム系ビルシャナの誕生を見届けた巫女装束のビルシャナ――『ケルベロス絶対殺す明王』の眼が、嚇怒の真紅に染まった。
「闘争封殺絶対平和菩薩が呼び寄せてくれた戦艦竜を使い、ケルベロス絶対殺してみせる」
●芸夢主菩薩
『菩薩累乗会』。
菩薩の影響を受けたビルシャナを量産し、そのビルシャナたちを菩薩と一体化させることで菩薩力を上昇。その菩薩力をもって更なる強力な菩薩を地上に出現させる――。
このサイクルを繰り返すことで最終的に地球すべてを制圧するこの作戦は、2018年3月に判明して以降、現在も進行中だ。
「依然として、出現する菩薩が力を得るのをそのつど阻止するしか、対処法はわかっていない。そんな中で、また新しい菩薩の活動が確認された」
それが『芸夢主菩薩』。
ゲームと現実の区別がついていなかったり、俗世を離れてゲームだけをしていたいと思っているゲーマーの人を導いてビルシャナにさせてしまう菩薩だ。この菩薩の勢力が強まれば、多くの一般人が現実とゲームの区別をつけることができなくなり、次々とビルシャナ化してしまう危険があるらしい。
「キミたちにはこの菩薩の対処に向かってほしいんだけど」
ティトリート・コットン(ドワーフのヘリオライダー・en0245)の声音がよりいっそう真剣身を帯びた。
「ここまで菩薩累乗会を邪魔されて、敵はキミたちを警戒しているみたい。待ち構える戦力がとてつもない」
敵の内訳は、まずビルシャナ化した被害者。こちらは戦闘力はたいしたことはない。
強敵なのは『ケルベロス絶対殺す明王』。
そして最大の障害がドラゴン、『オスラヴィア級戦艦竜』だ。
「戦場は海岸近くの海……ビルシャナたちは戦艦竜の背に乗っているから、そこに乗り込んで戦う必要がある」
だがそのためには、撃ち込まれる戦艦竜の砲撃を掻い潜らなければならない。
近づきすぎると撃墜されてしまうためヘリオンからの直接降下はできない。着陸後、海岸から乗り移ることとなる。
敵に近づく段階から厳しい戦いとなるだろう。
「オスラヴィア級戦艦竜は定命化のせいで瀕死状態なうえに、海上だとその本領を発揮できない。だから撃破も、理論上は可能だと思う。でも強敵だから至難の業には違いないね……ボクとしては、ビルシャナを撃破したらすぐに離脱するのを勧めたいかな」
ビルシャナを二体とも撃破したら、オスラヴィア級戦艦竜は闘争封殺絶対平和菩薩の制御を失って海底に帰っていく。ビルシャナ撃破後は速やかに陸地へ移らねばならない。
また、ケルベロス絶対殺す明王を先に倒した場合は、ビルシャナ化した被害者の救出が可能となる。
「今回の説得はそれほど言葉を選ぶ必要はないよ。心の傷や強い主張があるわけじゃないからかな。戦いながら叱りつけるかんじの説得でも正気に戻ってくれるはず。その分、戦いの方に意識を注いでほしい」
戦艦竜の背に乗った後も、砲撃は確実にケルベロスたちを苦しめるだろう。短期決戦で挑むのがいいかもしれない。
「定命化した戦艦竜は放っていてもいずれ死ぬ。だから無理に戦う必要も、追う必要もないよ。でももし仕留める作戦でいくなら、しっかりと準備をしていってね」
参加者 | |
---|---|
巽・真紀(竜巻ダンサー・e02677) |
ヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020) |
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753) |
紗神・炯介(白き獣・e09948) |
天野・司(心骸・e11511) |
比嘉・アガサ(のらねこ・e16711) |
ヨル・ヴァルプルギス(グノシエンヌ・e30468) |
イ・ド(リヴォルター・e33381) |
●砲弾
曇天に火が昇る。
旋回する砲塔が吐き出したグラビティの火球は尾を引いて空を突き進んだ。だが直後、六角形状に分裂した火球は流星のように地表へ――海岸を走るケルベロスたちへと降り落ちている。
海岸に着弾した灼熱の雫が、轟音と衝撃を撒き散らす。マインドリングの盾をも貫く熱波に、比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)の頬で汗が弾けた。この威力では、仮に囮の船を用意したところで意に介されず、まとめて吹き飛ばされていただろう。砲撃によるアンチヒールが倦怠感のように纏わりつくが、その脚は止めない。ヨル・ヴァルプルギス(グノシエンヌ・e30468)が先んじて見出した最短経路を、ディフェンダーを先頭に噴き上がる土砂を切り裂きながら、ケルベロスたちは風となる。
「ドラゴンの背中がステージかよ――ま、不足ナシってトコか。オーライ、踊るぜ」
先頭で鎖の魔法陣による盾を展開するヨルや、アガサやヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)たち前衛に、巽・真紀(竜巻ダンサー・e02677)がブレイブマインのスイッチを押し込んだ。その回復効果は紗神・炯介(白き獣・e09948)の『魑魅魍魎』によって増幅している。皮膚を炙る高温がカラフルな爆風のおかげで遠ざかったのを感じつつ、ヴィルフレッドは後衛に『情報』を贈った――眼前にそびえる、要塞のごとき威容の狙うべきポイントを。
「人どころか、竜まで引っ張り出すのか。底知れねぇ連中だなぁおい!」
オスラヴィア級戦艦竜――飛沫をあげる土砂の向こう、海岸にほとんど接するように側面を見せている巨影に、天野・司(心骸・e11511)は心沸き立つように口の端を上げた。そのとき戦艦竜の外装――司の橙瞳が凝視した一点が、前触れもなく爆発する。
サイコフォースの炸裂から時を置かずに土煙を突き破ったのは、イ・ド(リヴォルター・e33381)が蹴り放ったグラインドファイアだ。だがこちらは戦艦竜のかすかな身じろぎで生じた風圧に、あらぬ方へ軌道を変えられてしまう。
ポジションも相まって高い回避能力を誇るデウスエクスに、生半可な攻撃は届かない。そしてそれを十二分に理解しているからこそ、ケルベロスたちはスナイパーを起点とした作戦を築いていた。
「構えろ」
あれを倒す――命中精度の高まった『Le chrysantheme』が戦艦竜に吸い込まれた。竜が砕け散る菊を幻視しているかはわからないが、玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)が地を強く蹴る。加速した先にいるのは投擲体勢に移ったアガサだ。
「飛ばせ」
「コケるなよ」
短いやりとり。二人にはそれで充分だった――首根っこを掴んだアガサが砲丸投げのように陣内をぶん投げる。
「炯介、通り過ぎて海ポチャしない程度によろしくね」
「善処するよ」
ヴィルフレッドが意味深な微笑を炯介に見たときには、情報屋の少年は遠心力によるもの凄い加速の後に空へと飛ばされている。同様に真紀が、司の投擲で宙を飛び、やや遅れてイ・ドがアガサに――陣内のときより丁寧だった――に投げ飛ばされる。
高射砲の発射にも似た芸当は、通常の身体能力プラス怪力無双の活用によるものだ。飛び立った四人がダブルジャンプでさらに宙を跳び、戦艦竜の甲羅の直上まで翔破する。
眼下に、教典を繰る巫女装束のビルシャナがいた。
次の瞬間、ビルシャナの羽が鋭い輝きを宿して放たれる。
「ケルベロス絶対殺す明王……回りくどい教義の他ビルシャナより、余程わかりやすくて良い」
殺到する羽矢を、イ・ドが前方に展開したオウガメタルで凌いだ。その間、一足先に甲羅に降り立った陣内が刀を抜き放ち、即座に斬りかかった。
「ケルベロス、忌々しい犬……」
長い白毛をなびかせて明王が斬撃の間合いから跳び退った。陣内とイ・ド、甲羅の縁から鉤縄を下ろす真紀とヴィルフレッドを、真紅の瞳に映す。
「ここがお前たちの墓場だ。まとめて地獄に送ってくれる」
●殺意
「なんやお前ら、ここは俺の場所やぞ! あっ、さては」
甲羅上の一角、透明なカプセル状の居住スペースの窓からダチョウの頭が出てきた。ゲーマー系ビルシャナと化したカズトがはっと気付いたように明王に血走った目を向ける。
「そいつらが、俺を会社に連れ戻そうとしてるって連中やな!?」
「その通りだ」
どこか鬱陶しそうに、明王は役目を果たした餌に返答した。
「ゲームをやり続けたければ、私とオスラヴィア級戦艦竜を掩護しろ」
「ガッテンや! この楽園は潰させへんで!」
促されるままカズトが取り出したのは、探索ゲームなどで用いられてそうなフラッシュライトだ。強烈な光を照射されたイ・ドがとっさに目をかばう。眩しくはあるがたいした威力はない――別方向から桁違いの威力の光が放たれたのはその直後だ。
一瞬前までイ・ドが立っていた空間を戦艦竜の砲撃が貫いた。だが砲撃はそれで終わりではない。各所に設置された砲塔が旋回し、光弾を次々と撃ち出しながらイ・ドと彼を寸前で救ったヴィルフレッドを追いかける。
「ゲームゲームって……そうやって遊んでいる間にも周りの人はリアル経験値積んでレベルアップ(昇進)してるのに、君ときたら」
カズトに苦言を呈するヴィルフレッドのこめかみを血がつたう。連射砲の直撃は免れたものの風圧だけで裂けたのだ。だが傷には構わず、少年は拳銃の引き金を絞った。炎の銃弾は明王の防御をすり抜けて翼を燃え上がらせるが、快哉をあげる余裕はない。光の舞踏場めいて乱舞する砲撃が、ついに二人を捉える。
直後の爆発は、光弾が二人を撃破したことによるものではなかった。ヴィルフレッドたちを襲った砲撃は、炯介の差し向けたメタリックバーストによってその威力を削がれている。爆発したのは複数ある砲塔の一つ。司が虹色の急降下蹴りで破壊したのだ。
軽やかなバク転で着地した司に、凍れるリングが飛来した。司にだけではない。いくつもの八寒氷輪が、二匹のウイングキャットたちの羽ばたきすらものともしない冷気で後衛たちを切り刻み、蝕む。空間ごと気温低下させた一帯に明王が追撃を加えようとしたとき、そこから黒ずくめの影が飛び出した。黒いハンマーを振りかぶり、滑らかなステップで明王に迫ったのはヨルだ。
「『〝絶対〟と名乗る割りに、低練度の者すら殺せぬとは大言壮語が御上手ね』」
誰かを庇ったのだろう、切り裂かれた袖が氷結している。だというのにヨルのかんばせは凪いだ水面のようで、唇すら動かない。魔女に代わって敵を嘲ったのは、彼女の帽子に乗っかる愛らしい少女人形だ。
「『策を弄して此の様。いっそ哀れだわ』」
「挑発か、こざかしい。死に急いでいるなら」
振り下ろされたハンマーを前に素早く呪を紡ぐと、明王は硬化した翼を振りかざした。
「望みどおり殺してやる!」
得物ごと弾き飛ばされたヨルに明王が翼を向ける。だがそこから羽の矢が放たれるよりも早く、轟竜砲が明王の胸元に直撃した。焼けちぎれた巫女装束を直す余裕もなく、呻きながら明王が砲撃の軌跡を目で追えば、そこにいたのは陣内だ。
よろめく明王へとアガサがダッシュする。だが明王に焦りの色はない。そしてその理由が天に迸った。拡散砲ヘキサブレイズ。戦艦竜が撃ち出した業火が分裂し、ケルベロスの前衛陣を焼き払う――はずだった。
灼熱の雨滴が甲羅に次々と降り落ちる。だがそれらは一滴もケルベロスを巻き込まなかった。言うなれば、炎は後衛めがけて放たれ、途中で力尽きたように落下して戦場を熱く染めたのだ。
「なっ……何をしている、私を掩護しろ!」
怒りが効いた――全員がそう認識するのと、明王の顔が強張ったのは同時だった。フラッシュライトでこつこつがんばっていたカズトに、切羽詰まった様子で指示を飛ばす。
「さっさと回復をよこせ!」
「盾か? そりゃ無駄ってもんだ!」
カズトが救援物資で明王の防御力を高め、真紀が踊るような所作でアガサに破剣の加護をもたらす。それらがほぼ同時に完了したとき、アガサは自らのグラビティを明王の頭上に顕現させていた。
『しぶきあめ』――冷たい豪雨は無数の銃弾にも似て、明王を打ちのめした。エンチャントが剥がれ、数えきれぬ傷を生む。中には致命傷もあったろう。力尽きたのか、濡れそぼつ明王がアガサの方へよろめいた。
「……このままでは終わらせん」
「!」
短い呟きが聞こえたときには、明王は翼をアガサの背中に回して組みついている。執念か、その力は死にかけのものとは思えないほど強く、振りほどけない。後方からの不吉な音にアガサが首をめぐらせれば、ひときわ大きな砲塔がこちらに方角を合わせていた。あんなものの直撃をくらえば――。
「死なばもろともか」
淡々とした声は斬風を伴っていた。イ・ドの長大な鎖鎌『ジークムントの楔』が、アガサを拘束する翼を根元から刈り取ったのだ。
「貴様には合理的だな。悪くなかった」
「おのれケルベロス……!」
斬り飛ばした翼を捨て置き、アガサとイ・ドがその場から跳び退る。苦悶する明王の怨嗟は次の瞬間、戦艦竜が撃ち出した光の濁流に呑み込まれた。
●回復
巨大な光の奔流が消えたとき、もうそこに明王はいなかった。ケルベロスの手で死を迎えたのだが、カズトの頭はまだその事実について来れてない。とりあえず、明王に連発するつもりだった救援物資を戦艦竜へ渡して――。
そのときカズトの頭部が炎上した。
「だぁああ、熱っつ!」
すぐさま自分に救援物資を施して消火に成功するが、カズトの受難はまだ続いた。次々とイ・ドが蹴り放つ炎を見て、慌ててカプセル内に頭を引っこめる。
「何すんねん、殺す気か!」
「君は騙されている」
中衛にメタリックバーストを重ねながら、炯介が穏やかに語りかけた。
「相手はデウスエクス。目を覚ませ。このままでは死ぬだけだ」
「あんなトリ頭の言うこと真に受けて、騙されて、ついでに命まで奪われたんじゃ割りに合わないと思うけど?」
連射される光弾は、しかし誰一人として傷つけることはない。先ほど以上に怒りの作用を実感しつつ、アガサは手近な砲塔に獣撃拳を繰り出した。すでに凍っていたこともあってその一撃で砲塔が爆砕する。
「騙されてへんし! ここに揃っとるマシンで、ずっとゲーム三昧や」
「ゲーム三昧だ? ンな生活、即飽きが来るんじゃね?」
「『命を賭けたゲームがしたい訳ではないでしょう。いい加減になさい』」
呆れたような真紀も、叱りつけるヨルも、今本気で説得するつもりはない。
「好きなことでもそれだけじゃ絶対飽きる。疲れた心を癒やすためだからこそ、娯楽は輝く。メリハリつけなきゃ!」
力説しながら轟竜砲で砲塔を破壊する司も、ここで説得を成功させる気はない。
戦艦竜を倒しきるにはカズトが邪魔だ。回復はもとより、ここまで積み重ねた状態異常を治癒されては勝ち目は薄くなる。
それを防ぐために、説得で精神面に揺さぶりをかけつつ、回復の矛先を散らす。
「四六時中ゲームを遊ぶことによる目、腰から始まり全身への疲労。よもやと思うが、早死にを望むわけではあるまい?」
炎を飛ばしながらのイ・ドは言葉とは裏腹に即死を望んでいそうだったが、無論そんなことはない。カズトが自身の回復に勤しむよう、生かさず殺さず程度のダメージを計算している。
しかし直後の行動は計算を裏切った。いや、当然想定はしているが好ましくない動きだった。炎上した自身を顧みず、カズトが救援物資を投げたのだ。
「俺が生きとっても、こいつが死んだら意味ないやろ!」
イ・ドから見ても合理的なその叫びの直後、修復した砲塔が狙いを定め直した。
後衛から、中衛へ。
灼熱の炎が発射された。
●屠竜
凍結し粉砕された甲羅の戦場に、炎の弾雨が降る。イ・ドと炯介を押し退けたヴィルフレッドには荷が勝った。火球を受け流しきれず、ヴィルフレッドの姿が爆裂の中に消える。
「ヴィル――」
倒れる姿を見つけても、駆け寄る余裕はない。今度は無数の光弾が、まるで今まで抑えつけられていた恨みを晴らすかのように押し寄せたからだ。
戦うため、守るために自ら駒に徹してきたヨルが、連続する熱と衝撃にとうとう膝をついた。二人目の脱落に戦慄が走る。
防具やポジションを突きつめ、グラビティを吟味し、策を細部まで練りに練った。ここまでやって、この竜はまだ倒れないのか。
いや――倒れる気配はある。
ケルベロスの眼力、そして直感が、彼らを衝き動かした。残る砲塔は一つ。その砲門が爆発的な輝きを灯す。
瞬きの後、繰り出されたのは光の濁流だ。艦艇すら一撃で沈める極大の主砲を、シールドを張ったアガサが正面から受け止めた。
「アギー!」
「行って」
苦しみを欠片も感じさせぬ声が陣内の背中を押した。間もなく光はアガサを呑み込み、押し流したが、そのときには砲塔は陣内の一刀で鮮やかな切断面をさらしている。
「オラよ、持っていきな!」
真紀のゴッドペイント、竜巻の絵が司の背に宿った。司、炯介、イ・ドが走り抜いた先、甲羅の端で己のグラビティを集中する。そこは眼下に戦艦竜の頭部を収める場所だ。
とどめだ――氷の槍が、殺神ウイルスが、炎の灯った指先が同時に炸裂し、次の瞬間、太く長い異音が大気を震わせた。それが戦艦竜の断末魔の叫びだと気付いたときには、その巨体はゆっくりと沈みつつある。まもなく海の中で消滅を迎えるのだろう。
「ゲーム漬けの自堕落な生活。孤独死も射程圏内だな、おめでとう」
楽土の終焉を呆けたように迎えるカズトに、陣内が拍手しながら近寄った。
「秘蔵のデータを他人に整理される末路をあの世から眺めたくなかったら、戻ってこい」
「うっ!」
その呻きは説得内容に対してか、それとも顎に強烈なパンチをくらったことによるものか。もんどりうって倒れたカズトから鳥類の特徴が消えていき、元の人間の姿に戻っていく。
だんだん足場が低くなっていくのを感じつつ、カズトを肩に担いで、陣内は素早く踵を返した。まずすべきは、倒れた仲間を連れて脱出。
快挙の喜びを分かち合うのはその後だ。
作者:吉北遥人 |
重傷:ヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020) 比嘉・アガサ(のらねこ・e16711) 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年4月6日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 35/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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