菩薩累乗会~ケルベロスを殺す罠

作者:ほむらもやし

●予知
 白波がすさまじい音を立てながら岩にぶつかり、砕け散る。
 海からの強い風は防波堤の縁でゴウゴウと音を立てながら内にある松林の方に吹き抜けて行く。
 何かに、反感を抱いた人間は、正直でも無邪気でもなく、さらには自分自身への素直さすら失ってしまう。
 白い鳥の姿の如き異形——ケルベロス絶対殺す明王に連れられて、真冬に逆戻りしたような海を見ているこの青年も、今はそういう心境なのかも知れない。
「本当にこんなところで、ゲームの世界に転生できるんだろうな?」
「もちろんなのじゃ。ほれ、これを見るが良い」
 明王が声と共に腕で合図すると、岬のように海に突き出る形の岩場の先に、ひときわ大きな白波が立ち昇り、全長20mはありそうな戦艦竜が海面に姿を現す。白波が砕ける甲板——背中の前後には連装砲塔が搭載されており、その砲はあらゆる敵を打ち砕けそうに見えた。そして連装砲塔の間には素晴らしい居住空間があり、そこならば際限なくゲームを楽しめそうに見えた。
「すごい、やっと見つけた。これが僕の輝ける場所だ!!」

 ふん、喜んでおるわ、愚か者め。お主はケルベロスをおびき寄せる餌じゃ。
 にしても、立派じゃのう、ほれぼれするのう、この巨砲をぶちこまれれば、ケルベロスとてただじゃあ済むまい。楽しみじゃ、楽しみじゃ。
 おおよしよし、お主の身体をこんなにしたのはケルベロスじゃ。死ぬ前に気が済むまで暴れさせてやるからのぅ。

●ヘリポートにて
 ビルシャナが、強力な菩薩を多数出現させ、その力を利用して、連鎖的に更に強大な菩薩を出現させ、最終的には地球を菩薩の力で制圧しようとする『菩薩累乗会』なる作戦が継続している。
 止める方法が見いだせないままに時間が過ぎている。
「また『菩薩累乗会』に関する新しい動きがあったから、すまないけれど、聞いて欲しい」
 今回も『菩薩累乗会』を阻止する方法は、未だ不明で調査中あると、ケンジ・サルヴァトーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)は告げてから、本題に入る。
「今回、新たに活動が確認されたのは『芸夢主菩薩』だ。『ケルベロス絶対殺す明王』と『オスラヴィア級戦艦竜』の力を使って、君らを殲滅しようと待ち構えている。これは罠だ。だから征ってくれ。なんて言いたくないさ。だけど、今、『菩薩累乗会』を止めるには征ってもらうしか無いんだ……」
 ケンジは戦略無き経営陣の元にいる中間管理職の悲哀を滲ませるように頭を下げた。
 芸夢主菩薩はゲームと現実の区別がついていなかったり、現実を嫌い、ゲームだけをしていたいと望む愛好者の心に付けいる。
 現在、ビルシャナとされた青年は、『ケルベロス絶対殺す明王』と『オスラヴィア級戦艦竜』と共にあなた方ケルベロスの襲撃を海で待ち構えている。
「今からヘリオンで向かって、到着は午後0時頃だ。まだ敵の目の届いていない防波堤の内陸側からスタートして、岬の先の海上、そこにいる戦艦竜、その背中にいる『ケルベロス絶対殺す明王』とビルシャナを目指して一気に駆け抜けて、攻撃を仕掛けて欲しい」
 防波堤を越えて岩場を駆け始めれば、敵はすぐにあなた方を発見する。直ぐに主砲の砲撃が開始される可能性が高い。だが、戦闘開始となればあなた方もグラビティで応戦出来るから一方的にやられること無い。
「今回の敵戦力は、『ケルベロス絶対殺す明王』とビルシャナとなった青年、『オスラヴィア級戦艦竜』の合計3体。『ケルベロス絶対殺す明王』、ビルシャナのどちらか1体を倒せば任務は成功だ。さらに『オスラヴィア級戦艦竜』は『ケルベロス絶対殺す明王』とビルシャナの2体が倒されれば、深い海の底に帰って行くから、実質的にはビルシャナ2体を倒せば上々だ。戦艦竜は無理に倒さなくて良い——倒さなくても定命化による死も間近だからね」
 それと分かっていて、『オスラヴィア級戦艦竜』を倒したい場合は、ビルシャナ2体を倒す前に撃破することとなる。ただし、非常に難しくて危険、しかも倒せなければ大失敗になるリスクまでもある。
 さて、ビルシャナへの説得により一般人の狙う場合は『ケルベロス絶対殺す明王』を先に倒さなければならない。『ケルベロス絶対殺す明王』の存在により『闘争封殺絶対平和菩薩』の影響が強まっているからだ。
 説得についての難易度は極めて低い、今回のビルシャナとなった青年は半ば無理矢理にビルシャナとされている様なものなので、『ケルベロス絶対殺す明王』を倒した状態であれば、どの様な説得内容であっても、説得の意思を持って接すれば、人間に戻すことは可能だろう。
「戦闘手段は『ケルベロス絶対殺す明王』は因果を歪ませる技に長けている。ビルシャナにされた青年は一般的なビルシャナに準じるがモンスター娘を模倣したような攻撃。『オスラヴィア級戦艦竜』は砲撃と体当たり的な質量攻撃、高温のスチーム噴射という感じだ」
 定命化を迎えて弱体化しているとは言え、戦艦竜は危険な存在だから、充分に気をつけて下さいと、ケンジは言う。
 もし希望的観測に基づく勝算を根拠に、作戦が実行されれば、説得どころか、1体も倒せず失敗する。
「戦艦竜は定命化で弱ってはいても、攻撃力は以前と変わらず強力だ。従って長期戦は無理だから、何を目指すにしても迅速な行動が肝になるはず——無茶に無理を重ねている作戦でパーフェクトを狙う必要は無い」
 そんなことよりも理不尽にビルシャナにされた青年を救い、皆で生還できるように手を尽くそう。
 生きてさえいれば、楽しいことに巡り会える。ケンジはそう締めくくると、この危険な戦いに向かってくれるケルベロスを募り始めた。


参加者
陶・流石(撃鉄歯・e00001)
叢雲・蓮(無常迅速・e00144)
シエナ・ジャルディニエ(攻性植物を愛する人形娘・e00858)
四辻・樒(黒の背反・e03880)
月篠・灯音(犬好きの新妻・e04557)
鞘柄・奏過(曜変天目の光翼・e29532)
鞍馬・橘花(乖離人格型ウェアライダー・e34066)
天乃原・周(あま寝・e35675)

■リプレイ

●会敵
 岬の先で光が煌めく。それと同時に何かが飛んでくるのが見える。
 それらが音よりも早く飛ぶ、戦艦竜の主砲弾であることを、叢雲・蓮(無常迅速・e00144)は瞬時に理解した。
「来るぞ!」
 言い放つと同時、砲弾が炸裂して目の前に火柱が立った。爆炎に巻き上げられた岩片が怒濤のように降り注いで、行く手を阻むように砕け散る。
「今だ、進め――」
 前に出た、四辻・樒(黒の背反・e03880)は身体が粉々になるような激痛にひたすら堪えながら、直ぐ後の蓮、そして、怒りに顔を歪める、月篠・灯音(犬好きの新妻・e04557)に、顔も向けないままに促した。
 最初に艦砲射撃の洗礼を受けるだろうことは、皆、予測していた。
 ディフェンダーがその役割を果たそうとするだけで、集中砲火を浴びる。理解はしていても、実際に大切な者が滅多打ちにあう光景を目の当たりにすれば、自分が殴られているような気分にもなる。
 灯音は歯を食いしばり、感情を抑え込むと、小さな分身を大量に作り出す。場違いな程に可愛らしい、灯音を模したマスコットの如き分身の群れは勢いよく駆け出して、本物の灯音の指し示す先で、前衛を守る動きを取る。
 炎に包まれたままの、シャーマンズゴースト『シラユキ』を見遣る刹那に、天乃原・周(あま寝・e35675)は、思案する。今、前衛で無傷なのは、蓮だけだ。『シラユキ』と、ボクスドラゴン『ラジンシーガン』は、今のままなら、次の一撃を凌ぐことは出来ない。そして敵と味方の両方を同時に見渡せる場所は岩場の上だけで、敵からみれば、恰好の的になるということも。
「最悪手になりそうだね」
 苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべ、周はドラゴニックハンマーを砲撃形態と変えると、素早く薙いで竜砲弾を撃ち放った。砲弾は居住区画の『ケルベロス絶対殺す明王』を直撃した。続けて、周の砲撃に射線を合わせて放たれた、鞍馬・橘花(乖離人格型ウェアライダー・e34066)のビームの束が命中して追い打ちとなる。
「楽観的に考えましょう」
 緩く唇の端を噛みしめ、橘花は推進装置を駆使しながら、身体を低くした姿勢で岩場を進む。
 同じ頃、先行していた、陶・流石(撃鉄歯・e00001)が、戦艦竜の背中に到達する。それに機を合わせたように、蓮の放った雷の一撃が明王を捉える。

●激突
「がんばったのう。あの砲撃に耐えたのは、褒めてやろうぞ……じゃがな」
 ゆらゆらと身体を振りながら、明王は楽しそうに言うと、流石の方に顔を向けて、両眼を輝かせる。
「死ぬのじゃー!!」
 次の瞬間、前に躍り出た『シラユキ』が輝きを一身に浴びて動かなくなる。攻撃に備えて身構えて流石が、それを認めた瞬間、後から飛び出て来たビルシャナの斬撃が、前衛の面子に襲いかかった。
「軽口叩いてんじゃねぇよ!」
 ビルシャナの鋭い爪が、流石の太腿のあたりの肉をゴッソリと抉っていた。溢れ出す血が波に揺れる床にこぼれ落ちてドリッピング模様を描く様に、ビルシャナはまるで敵のモンスター娘でも捕らえたが如くに狂喜する。
「Perturbation(恐れなさい)……少し大人しくして欲しいですの」
 ビルシャナに向け、シエナ・ジャルディニエ(攻性植物を愛する人形娘・e00858)は言い放ち、続く動作で、攻性植物ヴィオロンテに激励を促した。
 耳をつんざくような激励の咆哮、あらゆる音がかき消される中、『ラジンシーガン』はボロボロの自らを顧みずに属性インストールを放ち、鞘柄・奏過(曜変天目の光翼・e29532)が癒術を重ねる。
「今瞳に映るは鏡像……信じて身を委ねて欲しい……」
 顕現した赤光のメスが振るわれる刹那、前衛の者たちには、奏過の姿が反転しているように見えた。
「やれることはやりましたが、まだ厳しいようですね」
「明王とビルシャナも強いが、なにより戦艦竜が厄介だな」
 激昂の叫びと共に傷を癒した樒であったが、刻まれた回復不能のダメージの大きさに残された時間が多くは無いことを予感していた。
 戦艦竜が咆哮を上げる。直後、足元に出現した裂け目からピューと笛の如き音と共に蒸気が噴き出した。高温の蒸気に包まれた『ラジンシーガン』は何が起こったか分からぬといった様子で揺らめくと、そのまま横に倒れた。
「おう、どこ見てんだよ!」
 勢いづく明王との距離を一気に詰めた流石は、鋼の視線で睨み据える。それは眼底の向こう側にある意識に到達し焦燥と動揺を刻みつける。
「これ以上、うちの旦那を傷つけてみろ、許さないからな」
 揺がぬ気持ちを確かめるように、灯音は銀槍状のライトニングロッド掲げる。直後、念を込めた杖先から放たれた雷光は硬質化して剃刀の如き、淡く光る障壁と変わる。
 守りは固まった。今が畳みかける好機と、蓮は瞼を閉じて明王への意識を集中させた。
「はあっ……!」
 瞼を開き、息を吐き出す刹那、極限まで集中した意識は周囲の光景をスローモーションの如くに感じさせる。明王の足元から爆炎が立ち昇ろうとして、それが、同時に噴き上がった蒸気がそれを打ち消される様が見えた。何が起こったのか? 蓮が理解する前に目に映る世界は普通の速度で動き出す。直後、明王は大きく羽根を広げ、突き出した掌底から業火を放った。
 輝く炎は、蓮、流石、樒を瞬く間にのみ込んで、業火とダメージを刻みつけ、重ねられた加護の全てを消し飛ばした。

●分の悪い戦い
「自分の役割は果たします……が、このままでは削られる一方です」
 奏過は考えられる最良のタイミングで癒術を繰り出しつつも、状況の悪さを零す。
 戦艦竜から列攻撃の度に前衛三人の体力の上限は磨り減られ、入れ替わるようにして回復不能のダメージばかりが積み上がって行く。最大の耐久力を誇っていた樒ですら、戦艦竜の桁違いの攻撃力の前では、か弱い存在に見えた。
「仲間は護る、そう易々と倒れて堪るか」
 癒やしに背中を押された、樒は一歩を踏み込むと翳した片手から氷結の螺旋を放つ。
 それは後方に立つ明王に捉えて氷のダメージ刻む。
 ——灯音を護る為なら我が身が壊れても構わない。だがその前にこの敵だけでも倒す。その覚悟は何とか活路を見いだしたいと思っている周にも伝播する。
(「今、ぼくに、何が、できるのだろう?」)
 早期に明王との決着を図りビルシャナの説得に移行する目論見は、戦艦竜によって完全に狂わされていた。ビルシャナが2体と言うだけでも大変なのに、規格外の強さを持つ戦艦竜に自由な行動を許しているのだから、なるべき結果でもある。
 戦艦竜の背中の上を見渡し、戦いが不利に傾いていることに歯噛みしながら、周は当初の作戦の通りに明王に狙いを定めて石化光線を放つ。ダメージと足止めは刻みつけたが、撃破にはまだ時間が必要だろう。
(「せめて戦艦竜が庇った時に、バッドステータスを付けられれば」)
 橘花の思い描く構想は漠然としたものだったが、実は的を射た有効な戦術であった。
 しかし、今回、戦艦竜による庇う動作の発生率は三割前後、橘花の攻撃と重なるタイミングまで落とし込めば、チャンスは少ない、しかも橘花自身がヒールドローンによる盾の付与を重視しているため、その有効性を発揮する機会は無くなった。
 従って誰もが、分の悪い消耗戦を挑んでいることを、頭では理解していても、それを修正する手立てを持たなかった。それ故に、戦いは泥沼に落ちたような酷い有様となった。
 ビルシャナが目の眩む閃光を放つ。狙われたのは、またしても前衛。
 ハンマーで鉄板を殴りつけたかのような衝撃音が、樒、流石、蓮の頭の中でこだまして、光による攻撃のはずなのに鼓膜に衝撃波と激痛が走る。
 ダメージはさほどでもないが、染みつけられた催眠の効果なのか、足元が揺らぐような、浮ついた感覚がある。
 間髪を入れずに、シエナの放った爽やかな風が、三人に癒やしをもたらし、意識に染みつけられた催眠の効果を消し去る。
「Determination(このまま行きましょう)! 困難から抜け出すには、やり抜くしかありませんの!!」
 困難な状況に陥った時に、安易な奇策に走ったり、起死回生の賭けや狙ってはいけない。平時であれば聞き過ごしてしまうような、平凡な注意喚起であったが、窮地にある今なら良く分かる。
 確かに戦艦竜にはしてらやれている。こればかりは、どうしようも無い。
 だけど、傷ついているのは自分だけじゃ無い。明王も傷を負っている。——この勝負は、耐えられなくなった方が負けの、殴り合いだ。

●思い残すこと無く
「久しく忘れていたよ。この感覚。やっぱり強いぜ戦艦竜——ちゃんとやり合いたい気もするが、そうもいかねえ」
 ポジション変更をしようかと思案してていた、流石であったが、明王さえ倒せば、良いのだ、と思い出す。後先のことなど考えるな、なら今は脇目も振らずに攻撃を当てろ。愚直にダメージを与えることのみを願った流石の放った降魔真拳が強かに明王を捉え、さらに命までも啜り取る。
「いっくよー!!」
 春の陽気を孕む海風を切り裂いて振るわれた二振りの喰霊刀の軌跡が、荒々しく唸る。身を庇おうと明王が翳した羽根を断ち切らんと襲いかかる。瞬間、明王の足元がぐらりと動いて、刀は戦艦竜の背に突き刺さる。それでも構わずに、蓮は刃にぐいぐいと力を篭めて、振り下ろして、引き抜き、また振り下ろす動作を狂ったように繰り返す。
 強烈なダメージに戦艦竜は小島のように大きな身体を揺さぶり、瞬間、甲高い噴射音と共に真っ白な蒸気が、蓮を目がけてジェットの如くに噴き掛けられた。それは通常の大気圧ではあり得ない程に加熱された蒸気、針のように突き刺さり肉を砕きながら、避けようとする蓮を執拗に痛めつけた。
「……ねえ、ビルシャナ聞いてよ。ゲームは楽しいけど、お仕事を放り出して遊んでいると、他の人に迷惑が掛かるからメッ、なのです」
 説得してビルシャナを元に戻してやりたいと思っていたけれど、もはや仲間の勝利を祈るしか出来そうもない、そう悟ったから、蓮は言い放ち、俯せに倒れ伏した。回復不能のダメージを積み重ねられた身体では、耐え凌げる筈もない一撃であった。
「流石——おまえは最後まで残って、明王を倒せ。灯、そちらには、絶対、攻撃を通さないからな」
「てめえ、いつから未来が視えるようになったんだよ? ちぇっ、あたしにもわかるよ、最低の巡り合わせだ」
 戦艦竜は次の攻撃でも前衛を狙うだろう。戦艦竜を退けることが出来ない以上、その攻撃をミスしない限り、消耗した二人には致命傷となる。
「何を言っているのだ? わけがわからないぞ、嫌だ、無茶をしちゃ嫌なのだ!!」
 灯音は堪えきれずに叫び、そんな未来が来る前に、倒しきれば良いのだと、満身の力を篭めて、『御業』を繰り出して、炎弾を撃ち放った。悲鳴と共に燃え上がる明王、勝てる相手なのに、何故、樒が倒れなければならないんだ。その理不尽さに腹が立った。
「ならば、おまえが死ねーー!!!」
 炎の中で、明王の瞳が煌めき、放たれた石化光線が、続けてビルシャナの薙ぐ斬撃が襲いかかる。樒の残り少ない体力を一挙に消し飛ばした。
「Pourquoi(どうして)? ケルベロスを目の敵にするのですの?」
 シエナの呼びかけに明王は、自身がケルベロス絶対殺す明王だからだとだけ、どうとでも取れる言葉しか答えない。そうしている間に、奏過のウィッチオペレーションの生み出す莫大な癒力に、背中を押されて樒は前に出る。
「あなたの覚悟に水を差すつもりはありませんが、もう少し上手くできませんか?」
「鞘柄、助かった。その力心強いな」
 そして、切なげに微笑む。当然倒れないことの重要性は分かっているつもりだ。心配も掛けたくなかった。しかし、受け止めた攻撃が多すぎた。
 古代語を詠唱する周の放った魔法光線が明王を直撃し、石化を発現させる中、橘花は懸架アームに接続されたバスターライフルにグラビティを送り込み、敵のグラビティを中和し弱体化するエネルギー光線を撃ち放った。
「やりました……でしょうか?」
「いい加減に倒れろよ。何でまだ立っているんだよ!」
 噴き上がる蒸気、閃く閃光、ケルベロスたちが猛攻で応じる戦いの果て、遂に樒は力尽きて倒れた。
 そして、流石の必殺の拳を受けてなお明王は立っていた。
「まて、こいつ……もう死んでいる」
 しかし、食い取ろうとした命が、既に無いことに気がついて、流石は明王が既に果てていると知った。

●説得
 無数の光の粒と変わり、ケルベロス絶対殺す明王は砕け散った。
 流石は拳を突き出した姿勢のまま、ビルシャナの方に顔を向けて言い放つ。
「まあ、生きるためにゃ金が要る、サボって痛い目を見るのは構わんが、最低限は稼がねぇとな!」
「え、何をいきなり?!」
 流石に氷の闘気を叩きつけた、ビルシャナの顔が驚きの色に塗り替えられて行く。
 ダメージを気にしている暇も、話こんでいる暇もない。今は、一気に説得にケリを付けなければ、戦艦竜の次の攻撃で、また誰かが倒れてしまう。ビルシャナの足元に崩れ落ちる流石に代わってシエナが口を開く。
「Avertissement(危ういですわ)……ゲームを買えなくなっちゃいますよ?」
「え? だってこれがゲームなんじゃ」
 ビルシャナは首を傾げるが、明王の撃破により既に芸夢主菩薩の影響を脱したのか、常識的な思考を取り戻している。ただ、自分の置かれている状況が飲み込めていない。
 直後、ヒールでは直しきれないダメージを負い、灯音と奏過に肩を支えられた樒の鋭い声が飛んでくる。
「だから、お前の現状は、仕事の状態から逃げようという現実逃避でしかない。お前自身が良くわかっているだろう!!」
「こんな所で何をしてるのだ! 納期は絶対なのだ、休日出勤になっちゃうのだ!!」
「人間の世界に戻るのです。機械加工、好きなんでしょう? 仕事を終わらせてすっきりさせましょう!」
 休日出勤という言葉に、ビルシャナは震え上がって、我を取り戻した。そして機械加工という言葉に、勉強を続け、技を磨き続けた記憶のイメージが、超高速で回る走馬燈の如きに瞳の奥で巡る。
 次の瞬間、ビルシャナの頭の中で、ビルシャナと一体化していた青年のイメージが分離する。
「僕は残業も休日出勤も大嫌いだ。でもそれ以上に、春の新作ゲームも遊びたいし、仕事も極めたい」
 果たして、青年が、人間に戻り、ゲームの中のモンスター娘に甘い言葉を掛けて貰いたいと心の底から願った時、ビルシャナの身体は無数の光の粒となって爆ぜ、後には全裸の青年が倒れていた。
 直後、戦う理由を失った戦艦竜は戦いを止めた。そして岬を離れると深い海の底を目指して潜航を始める。
 そのおかげで、背中に乗っていたあなた方ケルベロスは、大急ぎで陸に戻らなければならなかった。

作者:ほむらもやし 重傷:叢雲・蓮(無常迅速・e00144) 四辻・樒(黒の背反・e03880) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年4月6日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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