菩薩累乗会~話せなければ伝わらない

作者:ヒサ

「通りすがりの子供が泣いてたから大丈夫かって声掛けただけで不審者扱いされるし上司は残業強要して来るくせに定時でタイムカード切らせに掛かるし所帯持ちは早く帰らなきゃとか言ってめんどくさい案件気軽に押し付けて来るし! 人の親は確かに偉いが! 俺だって! 妻子が高望みだとしても彼女くらい欲しいっての! 無闇にでかくて表情筋が仕事しないからって女子に近付く事も許されないとか何なんだよこれがゲームだったら見た目で人を判断しちゃいけません魔物にだって心優しい者は居るのですとか言って貰えるのに……!」
 ──といった悩みを抱えている、体格良く健康体で適度な運動も欠かさないがそれ以上に無類のゲーム好きである二十代半ばの男性のもとに現れた『ケルベロス絶対殺す明王』は言った。
「芸夢主菩薩の導きだ。菩薩はお前に、好きなだけゲームの世界に浸れる場所を与えると仰った」
 そうして着いた先は、人里離れた寂しい海岸沿い。まだ冷たい海風が吹く中で青年は訝しむ。だが明王が片手を翻すと、海面が波打ち巨大な竜──『オスラヴィア級戦艦竜』が姿を現した。海面に浮かぶこの竜の広い背の上が、青年の為の場所だと明王は説いた。
「凄い、これなら誰にも邪魔されない……!」
 会社と自宅を往復する日々を送っていた青年にとって巨大竜の姿は非日常そのもの。子供のように目を輝かせる彼は、いつしかビルシャナに姿を変えていた。

「『菩薩累乗会』、ええと、菩薩四体目かしら」
 メモ帳片手に篠前・仁那(白霞紅玉ヘリオライダー・en0053)が切り出した。
 強力な菩薩を地上へ出現させその活動で以て民間人を取り込み、それにより得た力で更なる菩薩を喚ぶというビルシャナ達の作戦。
「これを阻止する方法は、ごめんなさい、今も未だ判っていないの。
 なのでひとまず、動いている菩薩の配下達を倒して作戦の進行を抑えて欲しい」
 今回の相手は『芸夢主菩薩』。ヘビーゲーマーを取り込んでしまうのだという。この菩薩の力が強まると、人々は現実とゲームを混同するようになり、社会秩序が脅かされる危険があるとのこと。
「不法侵入とか、窃盗とか、殺人とかかしら……まともな生活が難しくなって現実逃避した人達が新たなビルシャナになる事もあり得るらしいわ」
 ゆえに捨て置くわけにはいかない。が、向こうもケルベロス達が阻止に動くのは想定済みらしく、配下『ケルベロス絶対殺す明王』と、定命化による死が間近に迫ったドラゴン『オスラヴィア級戦艦竜』の軍勢を動かし迎撃して来る。
「なので今回あなた達に行って欲しいのはこの辺り」
 仁那は地図を広げ、海岸線にほど近い海を指し示した。
「海に浮かぶ戦艦竜の背中に明王と、ビルシャナにされたゲーマーさんが居るので、まずはそこまで向かってちょうだい」
 接近にはまず、戦艦竜の砲撃をかいくぐりながら地上と海面を進んで貰う必要がある。この戦艦竜が本来の力を発揮出来るのは海中深くに居る時であり、加えて死に瀕し戦闘力は落ちている。ゆえもあり、海を移動する時も含めケルベロス達が一方的に不利になるような事はまず起こらないと見て良いだろう。無事辿り着いたら、戦艦竜に上陸してビルシャナ達から片付けて貰うのが確実だ。
 ビルシャナ達と戦う間も、戦艦竜の砲撃は止むわけでは無い。その為、出来るだけ手早く済ませるのが望ましい。とはいえビルシャナとなった青年を救う為にはまず明王を倒して菩薩の影響を弱めねばならない。
「明王が戦艦竜を制御しているからなのか、ゲーマーさんが元々は真面目なひとだったからか、他に何か理由があるのか、はわからないのだけれど。今回、説得自体はそう難しくなさそうよ」
 『ゲームばかりしていたら駄目』『現実から逃げては駄目』などと諭しつつ戦闘を続けそのまま倒せば良いだろう。説得に力を入れ過ぎて攻める手を緩めてしまえばケルベロス達が戦艦竜に倒されかねない。
 なお戦艦竜は、ビルシャナ二体を倒せば制御を失い撤退するようだ。今の彼らは指揮官と連絡を取れぬまま作戦行動に出る事も叶わず海中で死を待つばかりの存在となっていたらしく、そのまま逃がしても構わないとのこと。
「あなた達が戦艦竜を倒すつもりなら、ビルシャナを全滅させる前にドラゴンを倒して貰わないといけないけれど……ええと、いくらあなた達でも多分、ハードモード、よりも大変なのではないかしら」
 見事戦艦竜を倒せたとしても、その後ビルシャナを倒せなくては累乗会を阻むという本来の目的を果たせない。
 また、ビルシャナが一体でも戦場に留まっているのであれば戦艦竜も撤退しない為、ケルベロス達が退こうとしても追撃して来る可能性がある。その為、作戦次第では撤退の段取りも考えておく必要があるかもしれない、とヘリオライダーは言った。
「戦艦竜が居るからでしょうね、ビルシャナの方も自分から逃げることはまず無さそうよ。
 ……無事に、確実に、済ませて貰えると、わたしは嬉しい」


参加者
フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)
ベルンハルト・オクト(鋼の金獅子・e00806)
大粟・還(クッキーの人・e02487)
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)
罪咎・憂女(刻む者・e03355)
ピコ・ピコ(ナノマシン特化型疑似螺旋忍者・e05564)
バジル・サラザール(猛毒系女士・e24095)
ナイン・クローバー(青薔薇と歯車・e51019)

■リプレイ


 人里離れた初春の寂しい海、海岸から視認出来る距離まで戦艦竜が寄れるような場所。その現場でまともな船をまともな方法で調達する事は、残念ながら困難と言わざるを得なかった。
 なのでケルベロス達はまず軽く周囲を見回り、事故にでも遭ったか水際に打ち寄せられていた船の残骸を回収しヒールで修復した。
 幸い、海は未だ静かだった。件の青年はともかく明王は既に此方の存在に気付いていてもおかしくは無いが、距離ゆえだろうか、攻撃を撃ち込んで来る気配は今のところ無い。そのため簡単に点検するくらいの余裕はあった。
 結果、ひとまず動力付の船同等に扱えるようになった事が判明する。最悪泳いで渡る事も彼らは考えていたが、これを用いれば少なくとも水浸しの体を寒風に晒すよりは快適に事を運べるだろう。
 全員で乗船する。極力纏まっての行動を予定していた為、多少狭くとも乗れるならばと彼らの行動は迅速だった。例え戦艦竜の砲撃を受けようとも纏めて沈めさせる気は無いとフラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)が武器を構え舳先に陣取る。罪咎・憂女(刻む者・e03355)は後方で警戒に。防衛と修復の援護に大粟・還(クッキーの人・e02487)らとバジル・サラザール(猛毒系女士・e24095)がつき、ベルンハルト・オクト(鋼の金獅子・e00806)、ピコ・ピコ(ナノマシン特化型疑似螺旋忍者・e05564)、ナイン・クローバー(青薔薇と歯車・e51019)が応戦要員として散開する。操縦はひとまず点検時に動作確認を行ったキソラ・ライゼ(空の破片・e02771)が。互いにフォローし合えるこの態勢は、下手にばらけて動くより余程安全だ。
 暫し海上を進んだ頃、前方を見ていた者達が警告を。飛来する光弾を、纏う呪力の助けを得たフラッタリーが、振るった鈍器で捉えて弾いた。
「今のは?」
「明王の攻撃のようですね」
「ってコトはもう」
「はい、射程圏内です」
 例えば、戦艦竜だけが長距離砲撃をし得る、などの可能性は無いと判っている。双方条件は同じ、ケルベロス達は迎撃に動く。
「操縦を替わろう」
「アリガト、頼む」
 ベルンハルトが船の制御を引き継ぐ。少年の本領は刀による近接戦だった。明王の指示を受けてか、ほどなく戦艦竜も砲口を向けて来る。その大口径は危機感を抱くに十分、それに備えて来た者達はまず竜の砲撃精度を下げるべく長銃を構えた。
 光線が二条、竜へ。当てはしたが、敵に動じた様子が無いのは竜ゆえだろうとナインは推測した。あれを狩る事を断念し作戦を組み立てたのは、惜しく思う者も居たろうが堅実な判断と言えよう。
「竜が大人しくしていてくれれば助かるが」
 憂女が魔眼を開く。ピコが御した砲台が火を噴いた。竜が撃った砲弾を、跳んだフラッタリーがその身で阻みに行き、爆風の衝撃で船体が揺れる。
「しかし拡散する光線などが来た場合ー、叩き落とすのは難しいですわねぇー」
「実弾だけでも十分凄いと思うわよ」
 無理は厳禁とバジルは、火傷まみれで戻って来た仲間の傍に幻影を生み出した。還とるーさんは焦げた船へヒールを。未だ移動に影響は出ていないようだが、念には念をと。何しろベルンハルトの操縦によって、性能が許す最高速度を維持している船は、最短距離を駆け抜ける気だ。敵としてはこれほど狙い易い的もそうあるまい。攻撃を逸らす各人、特に盾役達の技量が重要となろう。
 やがて竜へと近付くにつれ、その背上の状況がケルベロス達にも判るようになる。
「お前の世界を邪魔する者達が来た、我らはこれを排除せねばならぬのだ、いい加減立て」
「そんな、こんな所まで邪魔しに来る奴なんて……本当だ来てる!?」
 青年が慌てて携帯ゲーム機をスリープさせ腰を上げる。やっと動いた、とばかりに明王が深々息を吐いた。青年は元の体格ゆえもあろうか、明王より余程頑丈そうにケルベロス達には見えた。数発程度の誤射があったとしても彼は動じぬだろうが、此方の被害を抑える事は難しくなりそうだった。

「沙ァ、参リマセウ」
 船の接岸より早く、フラッタリーとキソラが床を蹴り竜へ跳び移る。翼を広げた憂女はバジルを連れ竜の横腹を駆け上る。
「この船が戦闘後も無事である確率は三割にも満たないかと」
 呟いたピコが揺れる船から跳んだ。悩ましいなと嘆息したベルンハルトは一応動力だけは止めてから続く。
「お忘れ物はございませんね」
「ひっくり返る前に行きましょうか」
 その後ナインが辺りを確認し、還達と共に船を後にした。


「早々に仕留めてくれる」
 ケルベロス達と対峙し明王が前へ。青年はそれより少し離れて中衛に。これならば彼を無用に傷つけずに済みそうだとごちたピコが、自陣前衛達の傍へ援護の幻影を投じる。
 フラッタリーが明王へ竜砲を撃ち放つ。轟音に紛らすようキソラが呪いを掛ける。憂女が蹴りを浴びせに跳んだ。敵の動きを鈍らせる為のそれらに続くよう、拳に流銀を纏ったナインが踏み込んだ。
「そちらの方を奪いに参りました──お覚悟を」
 敵に痛みを刻むよう深々穿つ。その様に思わずといった風、青年が明王へ治癒を。先に与えた呪詛ゆえに傷そのものは今ひとつ、なれどケルベロス達が敵へ掛けたその呪詛自体を彼は確実に解きに掛かる。
「この程度の傷は捨て置け」
「え、攻撃係は足りてるんじゃ」
「お前も殴れば決着が早まる」
 明王が青年へ攻撃を指示する。試しに青年を標的として視てみればケルベロス達には、彼にどちらの行動に出られても厄介である事が看破出来た。青年を先に叩き伏せる方が事は数段容易く運ぶだろうが、彼らの目的は青年の救出──状況に迫られぬ限りはと、決めていた。
 ケルベロス達の動きを明王は、彼らが船に居た時から観察していたのだろう。治癒を妨げる呪音で前衛を包み、次いで指示を受けた竜が光線を放ち後衛を薙ぎ払う。ベルンハルトの装備はその熱を軽減し得たが、それでも刹那、息を詰める。
「大丈夫!?」
「私はひとまずナインさんを」
「恐れ入ります」
 咄嗟に癒し手を庇った事で立て続けに攻撃を浴びたバジルが皆を見渡し、スマホを叩く還の声を受けベルンハルトへ幻影を。更にるーさんの翼が翻れどなお不足と見て憂女がドローンを撃ち出した。攻め手達は己の役割に集中し、手を休める事無く前へ。
「少々失礼をー」
 額に獄炎を燃やしながらも一旦バジルへ微笑み掛けたフラッタリーが指突を見舞い、相手の治癒力を活性化させる。他の前衛達の傷は幸い、未だ酷いものでは無かった。立て直せたと見てピコは自身へ幻影を──敵を攻める事において射手達に不安は無い様子であり、しかし己はそうとは言い難いと判断した。敵の出方を見る限りでは、自陣への強化が無駄になる事は無いだろう。
 その後もケルベロス達は、元より攻撃に専念すると決めた者達以外は治癒に手を取られる事が殆ど。だが、回数自体は少なくとも鋭く強く、三名の攻撃を集中させる事で少しずつ、明王が自在に振るまえぬようにと追い込んで行った。防御を考えぬ彼女の攻撃力も、その効果を最大限に増幅せんとする青年の技も脅威ではあったが、護りを固めケルベロス達はそれに抗った。
 やがて窮地に立たされた明王が自身の立て直しを図るべく獲物の活力を奪う爪を振るい、しかしその痛みを盾役が引き受け減じる事に成功したのを好機と、青年が治癒を試みるより速くに息を合わせ得た者達が一時的に攻勢に出、一気に明王を葬る──初めから標的を絞っていた事と、治癒に手を割き呪詛の悪影響が嵩まぬ状態を保てていたがゆえに、彼らはそれを成し得た。


「まずは、あなたに感謝を」
「え?」
 ナインが青年へ頭を下げる。彼が虚を衝かれた隙に還は、後回しにせざるを得なかった分の治癒を急ぎ進めた。明王が倒れてもケルベロスへ攻撃をとでも命を受けているのか、止まぬ戦艦竜の砲撃には盾役達が奔走する。海を渡る間だけの攻撃では、竜の脅威度を十分に抑えられたとは言い難く、決着を急ぐ事が望まれる。
「あなたのような方が働いて社会を支えてくださっているからこそ、私はケルベロスとして戦えています。それに何より、私に戦う意義を与えてくださるのは、あなた達のような人々なのです」
 少女の声は静かに、表情は色無く。それでも、口にした思いは心から。だが、しかしと呼び戻す言葉を紡ぐ前に、澄んだ声は竜の攻撃にかき消される。
 暴威の中を駆けたのはベルンハルト、炎の揺らめく色を纏う刀は呪詛を振るい青年を捉える。
「目を背けたいほどの現実が辛いのは解る。だが、抗って行かねばならん。──君の日常は、俺達が守るから」
 だから戻って来て欲しいと、少年が乞う。菩薩の影響下より脱し掛かっている青年の心は確かに揺さぶられているようだが、それでも彼は未だ抵抗を止められない。治癒の力を自身に向ける様は、恐れを捨てきれぬかのよう。
 青年の戦意は高いとは言い難く、振る舞いは消極的なもの。言葉と共に、彼へ刃を届かせる事も難しくは無い。しかし彼の肉体ばかりは頑強で、加えて矛となるのは戦艦竜。明王を上回る攻撃力、何よりその精度のために、二重に薙ぎ払う光線を浴びて、るーさんとナインが倒れて行った。
「あなたが、救われてくださること、を──」
 攻撃に出ようとしない青年の動きゆえに、治癒を手伝っていた憂女やピコは攻めに回れるようになっていたが、それでもこの被害は痛い。還とバジルの治癒が後衛へ、フラッタリーは疲弊した自身を立て直しに。だが繕ったその上から、竜の砲弾が打ち崩す。
「いけない、避けて!」
「────……ッ!!」
 皆で手を尽くそうとも、僅かな隙とて致命的。寸前で届かなかったバジルが目を瞠り、頽れたベルンハルトの、骨折に至ったと思しき細い体を、眉をきつく寄せた還が戦闘域から引き離す。そうして仲間を見渡した。今立てている者達とて厳しい状態だ。彼女自身とて苦痛に堪えている身だった。皆無事でと願う思いは、これ以上はとの思考に切り替えざるを得ないでいて、ゆえに彼女は悩む。
「濫れろ、」
 それを解るからこそ、キソラは攻める手を決して緩めない。青年が抗うのを許してはおけぬと、掛ける呪いは断念する事無く幾たびも。深く理解し得るからこそバジルは、畳み掛けろと仲間の背を押す。轟音が標的を縫い止めたその隙に追撃を掛けねば機を逸する。憂女が振るう刃はかの身を引き裂いて、ピコの螺旋が幾つもの氷棘を撃ち込む。
「──参リマス」
 そしてフラッタリーは、初めから、迷いなどとは無縁だった。為すべき事を定めきってしまっている心は凪いで、過剰なまでの緊張に支配されたこの場にあれど、否、だからこそ、乱暴な治癒は正確に的確に、想定以上の効果で以て癒し手の負担を軽減する。
「……貴方には」
 青年へ重ねる攻撃の成果は、僅かずつ削るようと表すのが近い。そうならざるを得ない原因である、彼の治癒の手を少しでも緩められればとばかり、憂女はふと口を開いた。
 声を、諦める事無く。彼を思い遣り語り掛けたなら、必ず届く筈。
「半端に残して来た事は無いのだろうか。迷いは、無いのだろうか」
 竜の砲弾がピコへ。裂けた少女の肌が血を零すのを、還は急ぎ塞ぎながらも、次撃を警戒し周囲へ、青年へ、目を。
「リアルは待ってくれません、新作のお菓子とかどんどん出ますよ。ゲームは少し休憩しませんか」
 彼女の声は疲労に掠れた。けれどきちんと届いた。重ねられた言葉に僅かなれどたじろぐ色が見て取れる。
「そうね。ゲームばかりしていても、飽きてしまうのではないかしら」
「大体ソッチだって、優しいばっかの世界じゃねぇだろ?」
 バジルが問いを投げ掛け、キソラが現実を突きつける。フィクションの世界とて、他者と解り合うには越えねばならぬハードルがある筈と。
 光線が前衛を襲う。憂女が焼けつく体に苦鳴を押し殺し、護られたバジルが案じ支える。
「ゲームは息抜きが丁度良いと聞きますしー、現実と分かれているものだからこそー、良きものかと存じますわぁー」
 フラッタリーは今一度微笑んで見せた。キソラを庇った結果半身が焼け焦げていたが、得物を担う手は無事だとばかりさして構わず。
(「活動臨界まで……あと……」)
 損傷に加え戦いが長引いているがゆえの疲労もあり、ピコの身は熱を上げるが。
「ゲームは十分楽しんだのではないですか? そろそろ、現実に戻りませんか」
 投げる声は常と同じに淡々と。しかし待てはしないと彼女の砲撃は言葉を追う。
 それを起点とするように。けれど満身創痍の身では最早効果的な連携をなどと考える余裕も無く。竜より速くと急ぎケルベロス達は、各々最善と判断した行動の果てに青年を破る。
 ──ビルシャナを祓い、ヒトたる彼を救い出した。


 制御を完全に失った竜が海中へと戻り行く。足元は揺れ見遣った海面も震える中、ケルベロス達は青年と負傷者を連れ撤収を図る。往路を駆けた船は既に木っ端、着水した者達は沁みる海水に耐えながら、疲れた体で板状の残骸や仲間の体等を掴む。なお、意識を失った青年とベルンハルトをそれぞれ抱えた還と憂女は、翼で宙に留まる事に成功していた。
 回収されるのと海岸に戻り着く事のどちらが早いかは読めず、ひとまず空の者が陸地までの最短距離を示し各々移動を始める。
「上がったら綺麗にしないといけないわね」
 痛みに乱れた吐息で感謝と謝罪を伝えてくるナインを構わないと宥めながらバジルは、背に負った少女の苦痛が少しでも軽くなればと治癒を試みていた。

 件の青年が意識を取り戻したのは、それから暫く後の事。タオルと毛布で包んでいた彼の体に異常が無い事をまず確かめて、ケルベロス達は安堵した。
「苦労した甲斐がありましたわねぇー」
 海水を吸って未だ重いピコの髪の手入れを手伝っていたフラッタリーが微笑む。傷同様に衣類は取り敢えずの処置を済ませてあり、動きは比較的軽快だった。
 青年に飲み物を渡し落ち着かせる。やがて混乱等から脱したらしき彼が頭を下げたのを見、まともな受け答えが出来る様子である事の確認も取れて。
「ったく、強面理由にして腐ってもどーにもなンねぇだろ」
 そののちキソラが青年へ凄む。元が柔和な顔立ちとは言い難いので、青年が震え上がる。
 が、周囲に居る者達は彼らを除けば、子供と呼び得る年格好の者と女性ばかり。疲労で動くに動けぬ者も居はするが、誰一人として彼らの見目に怯える事も無く平然と会話すらこなすものだから、青年が感銘を受けたりキソラを一方的に師匠と仰ぎ始めたりしていたが──それも、ケルベロス達の力で勝ち得た結果ゆえのこと。

作者:ヒサ 重傷:ベルンハルト・オクト(鋼の金獅子・e00806) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年4月6日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。