菩薩累乗会~滄溟に雲出づるが如くに

作者:銀條彦

●温故知新っていうけど故きだけを温ねてればもうそれでいいじゃない
「ああああ! やっぱり! レトロゲーこそが至高っ!!」
 夜勤から足早に帰宅し仮眠もそこそこに、青年がプレイを開始したのは一昔も二昔も前の名作アクションゲーム。
 マニュアル冊子など無くとも直感的にどうにかなる抜群の操作性、絶妙に計算され尽くされたゲームバランス、達成感を味わいつつも負担とは感じないベストなボリューム、ハードの限界性能を引き出さんばかりのドット絵芸……。
 ピコピコと電子音まるだしだが妙に印象的なワンフレーズを何度も繰り返す素朴なBGMの中いつしか青年はすすり泣いていた。
「ああああ……現実なんていうこの画面解像度だのみの不完全なクソゲーなんざ放り投げていつまでもいつまでも、この至高の世界の内で語らっていたい……」

 ――その願い、聞き届けよう。

 そんな声と一筋の光明が降り注いだその後。
 気がつけばなんやかんやさくさくと話は進み、奇妙な鳥人に連れられた青年は、さくさくと海の見える砂浜を歩いていた。
「……本当にこんなトコで好きなだけ好きなゲームして過ごしていられるんだな?」
『無論、お前の願い聞き届けてやると約束したであろう――来いっ!』
 妙にグラマラスで艶かしい鳥人の掛け声は青年ではなく海の方角に向けてのもの。
 ――直後、穏やかだった蒼き海面は、突然に、激しく波立つ。
 巨大な何物かが合図に応えて急浮上し、轟音と共に、海の上へとその姿を現したのだ。

『よっしゃ潜水艦キター! これはすでに名作ゲーの予感ぷんぷん!』
『これは潜水艦ではなくオスラヴィア級戦艦竜というのだが……覚醒したのならばまぁ良い。あの艦の背でお前はこれから好きなだけ好きなゲームに没頭するがよい』
『マジっすか、コケッコー! 砲台3つ、ケッコーケッコーッ!』
 女ビルシャナの台詞の通り、降り注いだ『芸夢主菩薩』の力をあっさりと受け入れた青年の身は人ならざるビルシャナへと完全に変化を遂げていた。

「ふん……あの程度の雑魚にも使い途はある。精々ケルベロスを誘き寄せてみせるがいい。『芸夢主菩薩』の加護得た私と『闘争封殺絶対平和菩薩』の支配下に在る戦艦竜の力とで、絶対にケルベロス殺す……殺す……」
 そんな『ケルベロス絶対殺す明王』の冷徹な独り言は、
『センパイ、これやっぱ横スクロールシューティングっすか! パワーアップアイテム流れてこないっすか! ヨーソローケッコー!』
 戦艦竜と夢のレトロゲーライフ待つ未来を前にすっかりと有頂天な雄鶏ビルシャナの耳にはまったく届いてはいないのだった。

●殲剣の理
「次の『菩薩累乗会』の動きが判明しました」
 居並ぶケルベロス達へ開口一番、イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)はそう切り出した。
 ビルシャナの菩薩達に主導された恐るべき大規模作戦は、依然、進行中であるという。
 強力な菩薩を次々に地上に出現させ、その力を利用して更に強大な菩薩を出現させ続け、最終的には地球全てを菩薩の力で制圧するというその企みは、これ迄、ケルベロス達の尽力によってその速度を削られながらもいっこうに止まる気配を見せない。
「それでも……少しでも菩薩が地上から得る力を奪い『菩薩累乗会』の進行を食い止める為に今はただ戦うしかありません」
 予知が告げた次なる菩薩の名は『芸夢主菩薩』。
 ゲームと現実の区別がつかなかったり俗世を離れてゲームだけをしていたいと願うような重度ゲーマーばかりを導いてビルシャナにさせてしまう菩薩だ。
 もしも菩薩の勢力が強まればもっと多くの一般人が現実とゲームの区別を完全に混同し始めビルシャナ化の連鎖が広がってゆく危険性がある事をヘリオライダーは憂いた。
「『芸夢主菩薩』はケルベロスの皆さんの存在を最大限に警戒していて、『ケルベロス絶対殺す明王』に加えて『オスラヴィア級戦艦竜』という強大な戦力まで投入してケルベロスの襲撃を待ち構えている様です」
 オスラヴィア級戦艦竜の運用上、彼らとの戦闘の舞台となるのは海岸近くの海上だ。
 ビルシャナ達は戦艦竜の背に乗っているので、まず戦艦竜からの砲撃を掻い潜って戦艦竜に上陸し戦う必要があるという。
「とはいえ、戦艦竜といえどもその砲撃はグラビティ攻撃ですからその射程はケルベロスの皆さんと同条件。敵射程内へ差し掛かった時点でこちらからの反撃も可能な筈です」
 ……それは同時に、戦艦竜への上陸を果たした後も決して安全地帯とはならず、引き続き戦艦竜からの攻撃も続行されるという事でもあるが。

 戦艦竜上で待ち構えるビルシャナは2体。『ケルベロス絶対殺す明王』と明王に唆されてビルシャナ化した元一般人のビルシャナである。
「明王としては戦闘特化型の『ケルベロス絶対殺す明王』は、戦艦竜に比べれば見劣りますがそれでも強い力を備えています。もしも元一般人のゲーマーさんをビルシャナ化から救出したいのならまずこの明王を先に戦場から排除した上で説得を試み、元一般人さんにもビルシャナとしての撃破を行う必要があります」
 そしてイマジネイターはやや躊躇いがちに――けれどはっきりと、今回の最大戦力である『オスラヴィア級戦艦竜』の撃破は必要ないと言い切った。
 かのドラゴンは現在、完全に『闘争封殺絶対平和菩薩』の制御下にあり2体のビルシャナが傍に居る事でその制御は保たれているのだという。
「ビルシャナを2体とも撃破した時点で戦艦竜は制御を失って海底に帰ってゆくでしょう。もともと海底活動の為に進化した彼らに無理を強いて海上へと留めているのですから。そして……既に定命化が進んだかのドラゴンにそれ以上の未来はもう無いのです……」
 おそらくは、上位のドラゴンからの命令も長らく途絶えまま定命化による不可避の『死』が迫るという危機的状況をビルシャナの菩薩らによって利用されているのだろうと、少女は哀しげに述べ……そして。
「いずれにせよ、弱体化が進んだとはいえドラゴンである戦艦竜からの攻撃に晒されながらの戦いに変わりは無く、長期戦となれば極めて不利です。短期決戦で一気にビルシャナを討ち取る戦術が必要となるでしょう」
 直ぐにまたヘリオライダーとして顔を取り戻し、真っ直ぐな赤瞳で、ケルベロス達を死闘待つ蒼き海原の空へと送り出すのだった。


参加者
風藤・レギナエ(啼き喚く極楽鳥・e00650)
稲垣・晴香(伝説の後継者・e00734)
ルードヴィヒ・フォントルロイ(キングフィッシャー・e03455)
遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166)
空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709)
アトリ・カシュタール(空忘れの旅鳥・e11587)
シンシア・ジェルヴァース(兇劍継承・e14715)
ザンニ・ライオネス(白夜幻燈・e18810)

■リプレイ


 蒼き海上、波飛沫は白きふた筋。
「あれが戦艦竜オスラヴィア……生き残りが居たのですね」
 その幼さに比してあまりに怜悧に過ぎる翠の眼光――シンシア・ジェルヴァース(兇劍継承・e14715)が見据える波間には戦艦竜の威容が聳える。

 程無くして戦艦竜からの砲撃が開始された。
 初撃は紙一重で回避する事に成功するも、やや距離を隔てて先行する無人の小型船に対して戦艦竜は見向きもしない様子だった。
「囮の船へは反応ゼロっすか……ま、手出しされないならされないで帰りの足が無事確保できたってコトで」
 結果オーライ。自動操舵装置は、無人のあの船を指定の座標へと導いた後、停止する筈である。
 ザンニ・ライオネス(白夜幻燈・e18810)はぼさぼさの赤銅髪を一掻きした後、あとは、無事戦い終えてそこへと辿り着くだけっすとこの戦場で一番の難題を事も無げに口にした。
 最大射程を測りかねていた稲垣・晴香(伝説の後継者・e00734)だったが予備があるならば遠慮は無用と戦艦竜に向けての航行を続ける。
「上陸前での明王への直接攻撃は難しい、か……」
 敵射程内への進入と同時、空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709)はビルシャナ達の姿を求めたが視認できる範囲には存在しなかった。
「じゃあ、戦艦竜ちゃんに叩っこむしかあらへんなぁっ!!」
 ひときわ陽気で喧しい関西弁と共に放たれた反撃の一矢。
 回避行動を取りつつ疾駆する船上という悪条件を物ともせず風藤・レギナエ(啼き喚く極楽鳥・e00650)の時空凍結弾は甲板の一部を氷結させた。が、それを喜ぶ暇は与えられなかった。
 直後の敵二射目、彼らの乗る船はあっという間に轟沈させられたからである。
 散開して離脱したケルベロス達は、ある者は持ち前の翼で、また多くの者が咄嗟の跳躍からの空中二段ジャンプによって大きく距離を稼ぎ巨敵への上陸を目指した。

「戦艦竜、ここでまた逢えるなんてね」
 背中に三門もの砲台を連ねる竜のさまは三本煙突だった『あいつ』を想起させもする。
 ルードヴィヒ・フォントルロイ(キングフィッシャー・e03455)が南洋での激闘を思い返したのと同様に幾人かの脳裡にはかつて各々が対峙した戦艦竜の面影が浮かんでは消える。
「あの闘いから二年。当時は私たちも未熟で弱かった……しかし今ならば」
 そんなモカの自負は決して慢心ではなく、彼女の、ケルベロスとしての矜持から。
「常に目の前の人類の敵を排除するのみ!」

 一方でただ一人、海中を往く影が在った。
(「注意が届き難い尾部方向からならば……」)
 敵後方からの上陸を狙うシンシアは、海岸へと向いた巨体を大きく迂回しての潜水泳法を余儀なくされていた。
 予め水中呼吸を準備した彼女にとってそれ自体はなんら苦とはならないが其処には誤算があった。元々は海戦特化として進化したドラゴンにとって、隠身すら伴わぬ海中からの接近を察知する事は、どの方角からであれ容易いという点である。
「――させないっす」
 明王らの待ち構える区画を求めて走るザンニは、艦上に連なる砲塔すべてが空を飛び宙を跳ぶケルベロスではなく海面下へと向けられている事をいち早く察知し、躊躇無く、射線へとその身を割り込ませる。
 見切りを以ってしても避けがたく強烈な砲火を浴びたザンニは、赤銅に鮮血を色濃く滲ませながらも、癒しの霧を纏い甲板上への着地を果たす。
 あの一撃を受けていたのがもしも己だったら何も出来ぬまま沈められていたかもしれないとディフェンダーたる青年の救援に心から感謝しつつ、シンシアもまたフック付きロープを渡しての登攀で仲間達の元へと合流する。
 素早く態勢を立て直して復帰したザンニの姿に、アトリ・カシュタール(空忘れの旅鳥・e11587)は安堵の息を吐くよりも早く緊急手術を施し終えていた。
「メディックとして守り手として。皆さんを、守ってみせます」
 守る為に戦う――ウィッチドクターたる彼女の誓いはその後もケルベロスを強固に支え続ける事となる。


 コクピット状の簡易な居住スペースを発見したケルベロス達が雪崩れこめば内部ではビルシャナ達が待ち構えていた。
『のこのことやって来たかケルベロス共――疾く死ねぇっ!』
 燃え上がるような殺意の叫びとは裏腹に、朱き片翼は、流水の如き澱みない戦闘動作から前衛列の全てを薙ぎ払う斬撃を振り撒いた。
「絶対殺されてたまるかよってね」
 お返しとばかり攻撃手としての威力を上乗せした轟竜砲がルードヴィヒから放たれ、その隙を突くように同じく最前列を張る晴香も螺旋掌を繰り出す。
「兇劍の切れ味、とくと御覧あれ」
 星の魔力宿したシンシアの蹴撃が明王の体から白き羽毛を散らせる。
 戦艦竜には劣るとはいえ明王の攻撃はずば抜けて冴え渡り、その回避力も決して低くは無い。短期決戦を目指すからこそ打っておくべき布石というものを番犬達は軽視しなかった。
「旅人達への守護をあなたに……!」
 アトリが翡翠色の翼へ祈りを捧げれば前衛列の矛と盾たる者達の守りは増し、ヴェクサシオンの淡き清浄たる羽ばたきが残る後衛列の守護を引き受ける。
 『想捧』唄いあげる遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166)の歌声は番犬達の牙をより鳥人達の喉元へと迫らせる後押しをした。
「レトロゲーム、あなたと遊ぶためにレギナエさんに教えて頂いてきました。今日はわたし、スーパーです! そう、今日のわたしはスー……はいぱーまりお!」
 ふふふー♪ と青ツナギっぽい衣装に身を包み、抱えるはカメもといサメのぬいぐるみ。
 ピョイーンプヨンと明らかにメディックには要らないアグレッシブな跳躍アクションから繰り出された鞠緒の名乗りは高らかかつ謎配慮。
「ふっふっふ……何らかの空気を読んだ鞠緒との2Pプレイで2コン握るこのブラザーから、愛を込めてのマイクアタックや!」
 戦場に『ケルベロス絶対殺す明王』在る限り、どれだけ割り込みヴォイスで力説しようとも巣ごもりビルシャナにはあらゆる説得が不可能である。だが……。
『まさかの第2ステージ、横スクロールアクションにジャンル変更とは……それもケッコーケッコー!』
 敢えて現実を古き良きレトロゲームの世界観へと積極的に寄せてゆくレギナエや鞠緒からの言葉やアクションそれ自体は、届き、受け入れられる。『芸夢主菩薩』の救世にも通じるものなのだから。
 それらは後に控える説得の難易度をちょっとだけ上げもしたが……もう一つ、レギナエ達当人すら予期せぬ効果を引き起こす事となる。 ――敵陣の方針不一致である。

「貴方は何も解っていない!」
 モカもまたパッシングブリーズたる本領を妙にカクカクした空中連続ジャンプを交えながら発揮し、通常弾……と呼ぶにはホーミング性能キレキレの気咬弾が明王へと命中する。
「私たちがこの任務のためにどれだけ議論し、作戦を詰め、戦うかを! リアルこそが命をかけた、最も面白いゲームなのだ!」
『残機ゼロ縛りの定命プレイでその意気やよしケッコー! 我がドット絵っぽい炎柱攻撃を天井から喰らえコケッコー!』
 敵三体がひたすら火力集中と順次撃破に徹した場合、盾役や回復役の尽力を以ってしてもケルベロスの被害は更に甚大だった筈である。
『殺し易いケルベロスから順に殺してゆけと言っておるだろうがこの雑魚が!』
 最初こそセンパイこと明王の言いなりだった巣ごもりも、よりゲームっぽさをアピールしながら戦うケルベロスへとその関心と攻撃は偏り、火力集中はおろか回復支援すらどんどん疎かになってゆく。
 好きなだけ好きなゲームだけをすればいい……それは明王自身が口にした誘い文句だったのだから。

「いずれ滅び逝く定命なら……」
 この手で引導をという願い抱えた少女が戦艦竜へと向けた銃口は、だが、今はまだ足止めの意図のみを其処に篭めるに留まる。
 戦艦竜への牽制役を買って出たシンシアとルードヴィヒだったが、かつて城ヶ島海域に多数配備された戦艦竜の様な高性能に比して命中率や回避性能に劣るといった弱点も持ち合わせないオスラヴィア級を相手に、双方とも、まずは何分か掛かりで足止めを撃ち込む処から始めねばならなかった。
「捕縛……のグラビティは無かったっけ」
 ルードヴィヒははいぱーまりおからの狙UPに助けられ攻撃を当てる事自体にはさほど苦心せずに済んでいたが自身に戦艦竜牽制の目的を果たせる手札は無く、回避妨害の足止め2種でシンシア支援に徹するしかなかった。
 そして能力的にも活性グラビティ的にも徹底した理力特化のシンシアは、スナイパー位置から発してなお極端に命中で劣る非理力グラビティ1種のみが敵の攻撃力を削ぎ得るという状況だったからである。

 おそらくは想定よりも長き戦いになるという予感を覚え、アトリの指先はほぼ無意識の内紫竜の花へと触れていた。
 竜胆へと篭められた、いつも貴方の傍にという純なる想いと白翼の騎士との絆。
(「大切なあなたの元に帰るためにも、私、頑張る」)
 優しき紫雨が番犬達を包み、穢れを濯ぎ落としてゆく。

 ビルシャナ間の齟齬の煽りを受けて戦艦竜の闘い方も場当たり的なまま定まらない。
 巣ごもりの意を汲み壁の一部を可動させての突進でギミック役をやらされたかと思えば明王の殺意に引き摺られての支援砲撃に移ったりと、弱体化進むとはいえ強力な駒である事に変わりは無いドラゴンに最適の戦法を取らせているとは言い難い状態だった。
『殺す、殺してやる……』
 明王から最も殺し易いと目されたらしきシンシアは、その殺意を一心に受けここ迄庇われ続けていた。
「勇敢なる者に新緑……いや、海洋の祝福を!」
 誘発されて撃ちこまれた戦艦竜の砲撃で深手を負ったモカは大いなる滄溟の援けを得、その気脈から我が身へと受け取った加護を生命力として収束させてゆく。
 だが爛と輝く鳥眼の執念が、遂に、厚き守りを掻い潜る。
『ケルベロス絶対殺す……!』
 大きく拡げられた両翼から奔る殺意はシンシアを取り巻く空間ごと断絶せしめる斬撃へと結実してしまう。
(「――憐れ、ですね……」)
 これまでに少女が戦った数々の戦艦竜の様にかのオスラヴィアにもせめても壮麗たる戦場と誇り高き死を……少女のそんな望みは。
 少女自身がゆっくりと膝をつき倒れると同時、この蒼海での達成は断念される事となる。


『芸夢主菩薩の教えサイコーコケッコー!』
 遊び相手を得た巣ごもりビルシャナはほくほくとほっぺを膨らませてポーズボタン攻撃をお見舞いするコッコーと絶コー調である。
「むきぃー! あのミミズク野郎なんざ今のその楽しさになーんも関係あらへんで!」
 嗚呼コレだ。
 すべてをゲームに仕立てて意のままに操ろうとするアイツ――『芸夢主菩薩』の遣り口はつくづく苦手やと過去のトラウマを刺激された上に明王からも次に狙われ始めたレギナエは内心でついつい弱音を吐きそうになっていた。
(「せやけどケルベロスが弱気なとこ見せたら、それこそ菩薩の思うツボや!」)

『毒霧ハメの無いレスラーなんか怖くはないケッコー!』
 真紅のリングコスチュームは扇情的ですらある大胆カットだが暖簾に腕押し。
 これ程の有名女子レスラーの姿すらも彼の目には2~3頭身のドットキャラに映っているのかもしれないが、さして気にも留めず、明王への対峙のみに集中する晴香は軽やかで重いドロップキックを浴びせた。
『殺せる……今ならまず一匹確実に殺せるヒヒヒ……』
 嘴から漏れ始めたそんな呟き。もしも明王の衝動が理性を――いや『より多くのケルベロスを殺したい』という別の衝動を上回り戦況も何もかなぐり捨ててトドメ刺しを優先させてしまったら……今この瞬間にも横たわるシンシアの命が喪われてしまうという焦燥が其処にはあった。
 だが早期決着こそがあの娘を護る1番の近道と決意した晴香は焦りすらも闘志へと変えて技の数々を研ぎ澄ませてゆく。

 魚雷群は前衛列に居並ぶケルベロスへと降り注ぎ、灼焔に爆ぜる。
 だがもはや戦艦竜の破壊力を以ってしてもサーヴァントに到るまで合致させた防御、敵全員が備えるブレイク攻撃の前にも途切れぬ盾の供給と強き癒し――その全てを突き崩すには至らない。
「自分の生まれる前に出たレトロなゲームって古き良き感じがして素敵っすよねぇ……と、おちおちノスタルジらせてもくれないっすか」
 ゆるりぼやきながら振るった虚刃から生気を補うザンニ。より多くの仲間の火力を明王撃破へと結集させるべくルードヴィヒも『Stray Dog Run』によるドレイン主体へと切り替えてゆく。
「遠之……はいぱーさんも攻撃をお願い」
 そう背中を押されアトリに治癒を託した鞠緒の歌声は、一転、癒し難き絶望と虚無のみに彩られた物語を明王へと捧げる。

「シンシアに代わってこの稲垣・晴香がフィニッシュ決めさせていただくわ! 今、必殺の――正調式バックドロップ!!」
『……ケ……ケルベロスとゲーマー絶対殺スウゥゥッ!!!』
 それがゲーマーケルベロスとゲーマービルシャナに終始振り回され続けた明王最期の言葉であった。


『やだやだ現実社会にサヨナラグッバイで俺はコイツとレトロゲー旅に出るんだい!』
 そんな駄々をこねながら自身と戦艦竜にBS耐性ヒールを掛けた巣ごもりビルシャナだったが明王が倒れて早々にあのちょっと無理のある語尾は取れている。

「ゲームでは攻撃を受けても痛くはないけれどこれはリアルだから痛いでしょう? ゲームオーバーで復活など出来ないんですよ!」
 鞠緒へと戻ったオラトリオのそんな一声から開始の説得タイムは約2分。
 レギナエのレトロを嗜むが故のレトロゲー美化否定から流れるようにルードヴィヒがクソゲー偏愛演説に突入。奥深い沼な気配を前にぜひ生でご教授頂きたいとなどと呑気な笑顔で申し出たザンニまで巻き添えを喰らった。
 晴香からは最新ゲーについていけない自分をごまかしてるだけではとのキツい指摘。
 そして、現実世界を否定すれば現実の中の営みとして存在するレトロゲー文化もまた破壊してしまうとのアトリの広い視点からの忠言。
 などとやってる間にも先のキュアで状態回復した戦艦竜からの砲撃やら突進やらをモカやヴェクさんが受け止めているのだからモタモタはしていられない。
「……ご、ごめんなさいごめんなさい! ちょっとした気の迷いだったんですぅ!」
「よっしゃぁ仕上げのガツンや!」
 そして。
 でっぷり巣ごもり鶏が消えちょっと痩身な会社員男性が遅めの仮眠を貪り始めると同時、砲撃は止まり浸水が開始する。
 救われた者と救うため倒れた者とを丁重に抱えたケルベロス達は、海底へと遠ざかる黒き巨影を横目に、戦場から船上へと無事の離脱に成功する。
 ――見上げれば、空にはぽっかりご機嫌なボーナスステージでもありそうな白い雲一つ。

作者:銀條彦 重傷:シンシア・ジェルヴァース(兇劍継承・e14715) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年4月6日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。