菩薩累乗会~蒼き龍の背に乗って二次元

作者:ハル


「はははっ、ゲームの世界の中では、俺はエリートで、英雄で、超モテモテなんだ! だから、それ以外の世界なんて、消えてなくなってしまえばいいっ!!」
 飽きることなくスマホを覗き込む少年の目は虚ろだった。現実に絶望した彼には、最早ゲームや二次元の世界しか心を許せる場所がない……そう思い込んでいるよう。
 だが、砂浜を踏みしめる少年は、僅かな時間だけ現実に立ち返り、自分を先導する寡黙な女形の鳥人の背を見た。まるで、全身が殺意で構成されているかのような剣呑な雰囲気は、こうして眺めているだけでも、少年に死を予感させた。
「こんなところに、本当に一生ゲームだけできる楽園があるのか?」
 生唾を飲み込み、少年は怯えを悟られないよう鳥人に問いかける。
 すると鳥人は、海岸沿いから、海の広がる地平線を指さした。
「はっ? ただ海があるだけで、なにも――」
 ――ないじゃないか? 続けようとした言葉は、急にうねりをあげ始めた海面に沈んでいく。
 海底から姿を現したのは、全長が有に20メートルは越えているだろう戦艦の如き装備を宿した蒼のドラゴンであり……。
「さ、最高じゃないか! これで俺はこのイカしたドラゴンに守られながら、ブサイクな自分に思いを馳せることもなく、ゲームの中のイケメンで快適な自分に死ぬまで浸れるって訳だ!」
 少年は、歓喜と共にドラゴンの背にある居住スペースに乗り込んでいく。
 一歩、また一歩と踏み出すごとに、その身をビルシャナ化させながら……。

 寡黙な女形の鳥人は、ゲームゲームと騒ぎながらビルシャナ化していく少年の背を眺めながら、ようやく沈黙を破る。
「さぁケルベロス……餌は撒いた。疾く針にかかるがいい。分かっていても、かからざるえないのが貴様らだ。闘争封殺絶対平和菩薩が呼び寄せてくれた戦艦竜を使い、ケルベロス絶対殺してみせる」
 少年に聞こえないよう呟かれた一言は、やはり殺意に濡れていた。


「またしてもビルシャナです! ビルシャナの菩薩達が計画した恐ろしい作戦『菩薩累乗会』……その第四段が襲い掛かろうとしています」
 まだ終わらないのはある程度予期されていた事態とはいえ、ケルベロス達に予知の内容を告げる山栄・桔梗(シャドウエルフのヘリオライダー・en0233)の顔色は冴えない。また新たな動き、勢力の介入がある事が、嫌でも察せられた。
「一先ず、改めて『菩薩累乗会』についての説明をさせて頂きます。『菩薩累乗会』とは、強大な菩薩を地上に出現させ、出現させた菩薩の力を元に、更に強力な菩薩を出現させ続け、やがては地球を菩薩の力を覆い尽くしてしまおうというもの。阻止する手立てが判明していない点も、未だ変わりはありません」
 対症療法しか手立てのない現状と、自身の力不足を嘆く苛立ち。その両者から、桔梗は静かに拳を握りしめる。
「新たに確認された菩薩は、『芸夢主菩薩』。ゲームと現実の区別がついていない、または俗世や嫌な現実を忘れ、ゲームに没頭したいと考えるゲーマーの人を導いてビルシャナにさせてしまう菩薩のようですね」
 『芸夢主菩薩』の勢力が拡大されれば、今回被害にあった者のみならず、多くの一般人の者達も飛躍的に教義に看過され、現実とゲームの区別がつかなくなって次々とビルシャナ化してしまう事が予想される。
 そうなれば、社会のモラルは容易に崩壊するだろう。
「また、以前の対菩薩三連戦と異なる点は、芸夢主菩薩がこれまでの皆さんの働きの成果を非常に警戒しており、『ケルベロス絶対殺す明王』と『オスラヴィア級戦艦竜』という強力な戦力で皆さんを迎え撃とうと画策している事です」
 戦場は、海岸付近の海上。ケルベロス達は戦艦竜の砲撃を掻い潜りながら戦艦竜に上陸。艦竜の背で待ち構える『ケルベロス絶対殺す明王』並びにビルシャナ化した少年と戦わなければならない。
 無論上陸してからも、戦艦竜の砲撃は止む事はないだろう。
「説明した通り、敵はビルシャナ2体とドラゴン――正確には、オスラヴィア級戦艦竜一体となります。その在り方から、かなり前掛かりな戦法をとるだろう『ケルベロス絶対殺す明王』にも警戒は必要ですが、それ以上に数分に一度程度の頻度で放たれるオスラヴィア級戦艦の撃滅砲は強力で、注意が必要です」
 ケルベロス絶対殺す明王を撃破してしまえば、芸夢主菩薩の影響力は弱まり、ビルシャナ化した少年を救える目が出てくる。
「オスラヴィア級戦艦竜に関しては、撃破する必要はありません。両ビルシャナを撃破する事ができれば、闘争封殺絶対平和菩薩の制御を失い、海底に逃げ帰った後に寿命を迎えるでしょう」
 オスラヴィア級戦艦竜の撃破も不可能ではないが、そのためには必然的に両ビルシャナの撃破前に撃破を行う必要がある。不可能ではないものの、非常に困難であると考えてもらいたい。
「螺旋忍軍、ダモクレスに続き、ついにはドラゴンまで……。戦艦竜は定命化によって死期を間近にした結果、著しく弱体化しているようですが、それでも最強のデウスエクスたる所以は存分に見せてくるはずです。戦艦竜の強力な砲撃に晒される頻度を減らすためにも、短期決戦は必須。どうか皆さん、ご無事に戻ってきてください!」


参加者
ディークス・カフェイン(月影宿す白狼・e01544)
リーズレット・ヴィッセンシャフト(その呪いは私の鼓動を止める・e02234)
八上・真介(夜光・e09128)
鏡・胡蝶(夢幻泡影・e17699)
ロア・イクリプス(エンディミオンの鷹・e22851)
アーニャ・クロエ(ルネッタ・e24974)
植田・碧(ブラッティバレット・e27093)
赤鉄・鈴珠(ファーストエイド・e28402)

■リプレイ


「……そうなるわよね」
 植田・碧(ブラッティバレット・e27093)の視線の先には、海に浮かべるまでもなく大破したボートの残骸が。
「敵からすれば、狙いやすくなるだけだしな。――うぉっ!!」
「大丈夫です?!」
 ロア・イクリプス(エンディミオンの鷹・e22851)は、一旦遮蔽物に隠れながら頭を掻くが、その遮蔽物も役に立っているとは言い難い。何故ならば――。
「久しぶりね、戦艦竜さん。二年と少しぶり……かしら?」
 少し離れた海上で、圧倒的威容を誇る戦艦竜の前では、遮蔽物など砂上の楼閣。電雷砲で吹き飛び、アーニャ・クロエ(ルネッタ・e24974)とティナの治療を受けるロアを心配そうに鏡・胡蝶(夢幻泡影・e17699)は見つつ呟いた。胡蝶はかつての水神との激闘を思い出し、同時に戦艦竜の背でポツンと立つ二体のビルシャナの姿にうんざりとした心地。無論、そうしながらも自身に蠢く幻影を付与するのを忘れない。
 そういった訳で、事前に予想されていた通りに先手を取られたケルベロス。だが、戦艦竜との距離が、ケルベロスにとって大きな障害とならないのは周知の事実であり。
「いくぞー!」
「合わせるぞ、リーズレット。海の、進化の可能性を、凍結させる」
 リーズレット・ヴィッセンシャフト(その呪いは私の鼓動を止める・e02234)が「氷河期の精霊」を召還し、ディークス・カフェイン(月影宿す白狼・e01544)が年季を感じさせる手鎚を海に撃ち込む。
 すると、瞬く間に海は凍結し、戦艦竜までの道を作った。
「や、や、ヤッタゾー!! ――って、し、失礼……少々舞い上がってしまった、少々な!」
 生み出した成果に、リーズレットが諸手を挙げるが、戦艦竜の砲撃音によってすぐに我に返る。そうして、意気揚々と氷の道を踏み出そうとした二人の横を――。
(ドラゴンとビルシャナ、か)
 澄ました顔で八上・真介(夜光・e09128)が、さも当然のように海上を走って駆け抜け、その卓越した技量でもってケルベロス絶対殺す明王に襲い掛かる。
「ディークスくん、リーズレットさん、おさきにです」
 海を泳ぐ赤鉄・鈴珠(ファーストエイド・e28402)のスピードは、ボートに劣るものではない。海面から勢いをつけて飛びかかった鈴珠の重力を宿した蹴りは、明王に叩き込まれた。
「こ、こういうのは雰囲気が大事ですよね!」
「……その通りだ、行こう」
 呆気にとられるディークスとリーズレットを、フォローするアーニャ。ディークスは頷くと、アーニャを先頭に仲間に遅れぬよう駆け出し、冷気を宿した晶樹の手鎚を振り上げた。
「見えなき鎖よ、汝を束縛せよ」
 リーズレットも、束縛で仲間の攻撃が命中しやすくなるよう努める。
「……今日はサボる暇はなさそうだな」
「ドラゴンだもの。でも、こうやって対峙するの、少しだけ楽しいと思わない?」
 アーニャに続き、碧の治療を受けるロアの口元に苦笑が浮かぶ。絶え間なく続く砲撃。そして、自信の肉体に早くも刻まれた傷に彼は、
「……まっ、多少はやる気が出てくるってもんだ」
 ケルベロスチェインを展開し、やる気の証明とした。


「で、でかいですね。戦艦竜の攻撃に注意してビルシャナ倒しちゃいましょ……!」
 近づけば、戦艦竜の迫力はより増す。
 しかし、真介に電気ショックを飛ばすアーニャの言う通り、敵は戦艦竜だけではない。
 それを証明するように――。
「ゲームの邪魔をしないでくれる?」
「……ケルベロス、必ず殺す。覚悟しろ」
 スマホを手にした少年が、巨大化させた剣を振るい、明王が紅い瞳を光らせた。
 両ビルシャナの攻勢は、接近につれより苛烈なものに。
「くっ!」
「っ!?」
 ポジションチェンジの影響で、一時的に足の止まった胡蝶とリーズレットが集中的に痛打を喰らう。
「鏡さん、ヴィッセンシャフトさんっ! サポートするわ! スノーも二人を守ってあげて!」
 碧は、すぐに戦乙女の歌で、まずは後衛のリーズレットを歌で援護。スノーもいつでも庇える体勢をとりながら、仲間にエンチャントを施した。
「……此方は、火力を重視しよう」
 ディークスが、電光石火の蹴りを見舞う。
「……明王のあの目。知っているぞ、その感情」
 真介は、紅に鈍く輝く明王の瞳に、既知感を覚えた。それは、真介の中で燃え盛るもの――特定の相手を絶対殺すという殺意。
「ならば、疾く死んでくれ、ケルベロス」
「それはできない相談だな」
 真介の雷を帯びた槍と、明王の腕の延長線上に備わる焔の刃がぶつかり合い、周囲に炎雷を撒き散らす。
「早速か。大丈夫か、胡蝶!」
 現状、手の空いた者はいない。だから、碧に変わり、ロアが再びケルベロスチェインを展開するしかない。効率は悪いが、仕方がない。
「邪魔だ、金髪女!」
 剣を振り回す少年を、アーニャが止めてくれている間に体勢を立て直さなければ。
「こっちはだいじょうぶですよっ!」
 幸い、鈴珠が明王の身体を変形させたナイフで裂くと、BSの重なった明王を後退させ、禍禍しき後光でヒールさせる事に成功する。
 その間に、胡蝶とリーズレットはなんとか体勢を立て直した。
「出遅れたわ、ごめんなさい。赤鉄さん、受け取って」
「すまん! 響、挽回するぞ!」
 胡蝶が、鈴珠に妖しく蠢く幻影を付与する。
 リーズレットは明王にブレスを放射する響の攻撃を目眩ましに、咆哮を。
 ――が!
『散れ、矮小なるケルベロスよ』
 威厳に満ちた声に、ケルベロス達は背筋を凍らせる。戦艦竜の砲身はケルベロスを完璧に捕捉しており、冷気を帯びた砲弾が前衛を一気に薙ぎ払うべく殺到する。
(……イクリプスさんにはああ言ったけど、一番気を引き締めなければいけないのは、私かもしれないわねっ!)
 碧がカラフルな爆風を発生させると、勢いに押されかける前衛を奮い立たせる。敵の攻撃に偏重した布陣を見る限り、メディックの働きは非常に重要なものになってくる。
「一先ず、安い宗教かぶれを根絶やしにすることで借りを返させてもらうわね?」
 胡蝶が掌を翳す。そこから現れたのは、「ドラゴンの幻影」。放たれた灼熱の業火は、明王を瞬く間に火達磨にする。
(さて、いつ来る……?)
 ディークスは、戦艦竜の動向を注視しながら、紋様が浮かぶ黒爪にてオーラの弾丸を自在に操り、明王の元へと誘導する。
 警戒すべきは、撃滅砲。これまで、戦艦竜の放つ二種の砲撃は、背の砲台からそれぞれ放たれている。ならば、残る撃滅砲は一体どこから――!?
「こんな現実糞食らえだ!」
 ディークスの思考が、少年の勇者の剣によって切り裂かれ、強制的に中断される。
「貴様からだ!」
 吹き飛ぶディークスを、明王は女体型の柔軟性を生かして追撃しようと、焔刃を振り上げる。
「させるかよ!」
 その寸前、ロアがチェーンソー剣を盾に割り込んだ。剣を伝って炎に侵されながらも、ロアは歯を食いしばって凄まじいモーター音を張り上げながら応戦する。
「響、突進だ! 私も後に続くぞー!」
 猛烈な勢いで、少年のエンチャントを打破すべく突っこんでいく響。リーズレットは明王の動きを牽制するように、Deathscythe Hellを全力で投擲した。
「誰も余裕のある奴はいないか。だが、それは敵側も同じ事だ」
 真介が、鎌で明王を斬りつける。
「ッ」
 殺意に塗れた瞳で明王は真介を睨むが、彼は一顧だにせず、その生命力を簒奪する。
(上手くいったみたいですね!)
 その際、壊アップが発動し、アーニャは僅かに頰を緩めた。しかし、すぐに表情を引き締めると、
「ゆっくり、休んでくださいね」
 輝く月のオーラで、ロアを癒やした。一方、アーニャの頭上に陣取ったティナは、「お前もな」そう言いたげに、翼を羽ばたかせる。
「こうげきも、だいぶあたりやすくなっていますね」
 鈴珠の飛び蹴りで吹き飛ぶ明王。鈴珠が感じる手応えは、次第に確固たるものとなっていた。明王はキュアを有しているとはいえ、鈴珠達ジャマー二人に集中砲火を受けては対応は難しいのだ。


 少年の一閃を受け、スノーが戦闘不能に追い込まれる。
「重唱展開、術式列挙、重力昇華、論理錬成、適解構築。死を遠ざける戯れに、千の言葉を聴きなさい。開帳――、千夜一夜の坩堝式」
 対して、胡蝶達ケルベロスは、徹底して明王に狙いを定める。タクトのように指先を振るい、胡蝶が光の呪文を描く。すると、明王は強制的に術式で身を侵された。
「グゥゥ……身体が、動かぬッッ!」
 様々なBSに縛られた明王は、身を苛む凍傷に呻き、同時に思い通り動かない身体に苛立ちを露わにした。
「疾く往け」
 その隙を見逃すケルベロスではない。先程から満足に攻撃を回避する事もできない明王に、真介が予備動作なしの抜刀術で魔法の刃を一閃させる。
「ディークスさん!」
 アーニャは、ディークスへと薬液の雨を降らせて癒やす。
「助かるぞ、アーニャ」
 ディークスは軽く目礼すると、呼気一吐、拳を握る。
「……お前に、視えるか?」
 踏み込みと同時に放たれた連撃は、神速の如し。白狐狼の力も上乗せされ、なんとか捌こうとする明王に、死角から尾の一撃が襲い掛かる。
「殺す……殺す! ケルベロスウウウウゥゥゥッ!!」
 口内を血で溢れさせた明王が、屈辱から憤怒の叫びを上げる。
「ひかりなく、なにかのひそむ、ほらあなの、おそれはあなたをきずつける」
 しかし、その叫びすらも鈴珠の生み出した幻像によって、洞窟の闇に封じ込められる。
「これでドトメだッ!」
 リーズレットが、確信を持って束縛魔法を行使する。足元の鈍った明王は、威力の倍加されたリーズレットの一撃で、血の海に沈んだ。
 だが――。
『その言葉、そっくりそのまま返させて貰う。こちらもトドメだ』
 戦艦竜が、その巨体に相応しい大口を開く。
「来るぞ!」
 本能的な恐怖が、マイペースな真介に大声を上げさせる。
 やがて放たれた撃滅砲は、一直線にアーニャの元へ。
「その様子じゃ流石に俺が近づいた方が早いか、仕方ねぇ!」
 反射的に、ロアは手を伸ばした。だが、その手は届かない。
「あとは任せたよ、ティナ」
 蒼の閃光に飲み込まれていくアーニャの表情は、笑顔だった。ティナと、そして仲間を信じている顔。
 次の瞬間、轟音と共にアーニャの小さな身体がその場から掻き消える。
 凄まじい破壊音に釣られ、音の方へとケルベロス達が視線を向ければ、吹き飛ばされた先――砂浜には風穴が空き、その中心に深い傷を負ったアーニャの姿があった。
「くっ! 私にもっと力があれば、助けられたかもしれないのにっ!」
 戦艦竜は、少なからず弱体化していた。撃滅砲であろうとも、一撃でやられてしまうような威力ではない。しかし、火力特化のビルシャナ2体を同時に相手していれば、話は別だ。可能性は薄いと知りつつも、碧は臍を噛む。そうしながらも、懸命に戦乙女の歌を唄い上げ、主砲を操って少年を抑え込もうとするロアの手助けをするのであった。


「かなしいおしらせですが、いまのあなたはイケメンじゃなくて鳥です。あと今はゲームと言ってもあなたはプレイヤーじゃなくて、ちょっとつよい敵やくになってますよ。ケルベロスの敵、ですよ?」
「それがどうした! 今の身体がどうだろうが、ケルベロスの敵だろうが! ゲームの中、二次元で理想の俺に浸れればそれでいいんだよ!」
 鈴珠の説得に、少年が耳を貸す素振りはない。
 鈴珠が惨殺ナイフで少年の羽毛を切り裂けば、対抗するように彼女のいる中衛に戦艦竜の弾幕が押し寄せる。
 戦艦竜を完全に無視するような戦術をとった結果、明王の早期撃破はなんとか叶ったが、その弊害として戦艦竜の攻撃を防いだり回避する手立てがなく、ケルベロス達は継続的に大きな被害を被っていた。
「こんな時だからこそ、笑うんだ! 天高くな!」
 後衛で引きつり気味に笑うリーズレット、そして碧も例外ではない。覚束ない足元を懸命に堪えている。
「ゲームで遊ぶのは大変結構だし、どんどんやっていいと思うわ。 でも、現実そこそこ、ゲームで充実。それでいいんだから、人間のままの方がずっと楽しめるわよ?」
「そこそこの顔さえあれば、俺だってなぁ!!」
 戦艦竜の攻撃に加え、勇者の剣で胡蝶は切り裂かれ、意識を刈り取られる。序盤の消耗も祟ったのだろう。
「そうやって現実逃避する様な精神お子様が、モテる筈が無いだろう。夢に浸ってないで、現実で自分磨きをする訓練でもしてみるんだな。駄々をこねる時間は終りだ。目を覚ませ」
 胡蝶を後方に下げ、降魔の力を帯びた拳で、ディークスが少年の頰を殴り飛ばす。
「現実でも活躍したりモテたりしたいなら、まずは外に出て太陽の光浴びて健康的になってから出直して来い。家に引きこもってるのに出会いがあるわけないだろ、馬鹿」
 頰を抑えてケルベロスを睨む少年に、真介は「虚」の力を宿した鎌で斬り掛かる。すると、迫力に押されるように少年は後退した。
 明王を撃破して影響力が弱まった影響が、少しずつ出てきているのだ。
「私からも一言だけ。頼る場所を間違ってはならないぞ、少年! 見る目を養うのだ!」
 リーズレットが、毒を宿した攻性植物をけしかけながら告げる。
 その背後で、ティナもアーニャの代弁をするように、「やりすぎ注意!」と書かれたプラカードを振っている。
 その時、少年の脳裏には、鈴珠の言葉も蘇っていた。

 ――あの時は何も考えず拒絶したが、本当に今いる場所は正しいのか?

 少年の太刀筋が鈍る。ディークスに攻撃を回避させると、胡蝶が残し、そして響が重ねた酷い火傷が、少年を蝕んでいく。
「あと少し、あと少しよ! 少年の説得さえできれば!」
 スノー、アーニャ、胡蝶に朗報を持ち返るため。碧は鈴珠を戦乙女の歌で励ます。
「最近のゲームは現実と変わらねえ。逃げ込み続ければそこでリアルと同じくまた叩かれる。目覚ませ、ゲームは遊ぶ物で現実逃避するものじゃ――ッッ!」
『黙れ』
 チェーンソー剣を少年に叩き込んだロアが、耐性の薄さを突かれ、戦艦竜の撃滅砲によって彼方へと吹き飛んでいく。
 しかし、複数の怪我人という代償を払った結果、ついに!
「……僕のせいなのか?」
 ようやく呪縛から解き放たれた少年が膝をつく。ロアの返り血を浴び、罪悪感を覚えた彼の身体から、ビルシャナの特徴が消え失せていく。
「馬鹿なこと言ってないでさっさと帰るぞ」
 呆然とする少年を強引に立たせ、真介が背に背負う。
「戦艦竜がうみにかえっていくみたいです!」
 鈴珠が言うと、足場が大きくグラついた。闘争封殺絶対平和菩薩の制御を失った戦艦竜が、海底へと逃げ帰ろうとしているのだ。
「陸地に帰って勝利を報告しましょ!」
 目的は達した。碧が天を仰ぐと、仲間達から賛同の声が次々と上がる。
 ケルベロス達は海へ飛び込むと、負傷を負った仲間が待つ元へと向かうのだった。

作者:ハル 重傷:鏡・胡蝶(夢幻泡影・e17699) アーニャ・クロエ(ルネッタ・e24974) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年4月6日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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