●夢の始まり
ひと気の無い海岸。
「……なぁ、本当にこんな所に一生ゲームだけできる楽園があるのか?」
ヨレヨレのジャージを着た青年が、不安そうに前を歩く人影へと詰め寄った。
「…………」
人影は、バサッと腕を振り上げて何やら合図を送る。
腕は人間の物と思えぬ翼が生えている。何故ならこの人影、『ケルベロス絶対殺す明王』なるビルシャナだからだ。
——バシャアアアアン!!
明王の合図に応えるかのように、海面が突然競り上がり、大きな波飛沫となって空中へ広がった。
「あっ……!?」
青年が驚愕する。
海面へ戻った波の後ろには、巨大な蒼い戦艦がその威容を誇るように鎮座していたからだ。
全長20mを超えようかという超大型戦艦は、竜の首をぐるりと巡らせて、明王や青年の方を見据えている。
「オスラヴィア級戦艦竜だ」
ケルベロス絶対殺す明王が言った。
「乗るが良い。彼奴の背中に居れば俗世の何物にも邪魔をされずにゲームが出来よう。違うか?」
明王がそう誘うのへ、青年はすっかり感激して、
「やったぁぁぁぁ、これで勝つる! 誰にも邪魔されずにゲーム三昧だ!」
狂喜乱舞する間に、自分もビルシャナへと変貌を遂げてしまった。
それと言うのも、ケルベロス絶対殺す明王の甘言に、『芸夢主菩薩』の加護が働いていたからだ。
「よううし、これからは24時間365日、ゲームやり続けるぞっ!」
この青年、平凡なサラリーマンだったのだが、日々の激務の合間の僅かなプレイ時間だけではソシャゲのランキング争いに到底食い込めないのを嘆いて、
「ずっと思ってたんだ! 毎日が休日だったらゲームへ思う存分没頭できるのにって! ランキング上位に入ってレアな賞品も貰えるだろうなって!」
仕事も何もかも投げ捨ててゲームだけしていたいと妄想するようになっていた。
その心の隙を『芸夢主菩薩』につけ込まれたと見える。
「ククク……何も知らずに滑稽なものよ……お前達は所詮、ケルベロスを招き寄せる為の餌に過ぎぬわ……」
嬉々として戦艦竜の背中へ乗るビルシャナを眺めて、ケルベロス絶対殺す明王が嗤った。
「闘争封殺絶対平和菩薩が呼び寄せてくれた戦艦竜を使って、ケルベロスを絶対に殺してみせようぞ……!」
●現実から手を差し伸べよう
「ビルシャナの菩薩達が最近企て始めた『菩薩累乗会』について、またも新たな動きが判明したであります」
小檻・かけら(油揚ヘリオライダー・en0031)が説明を始める。
『菩薩累乗会』とは、強力な菩薩を次々に地上へ出現させ、その力を利用してもっと強大な菩薩をどんどん喚び出して、終いには地球全土を菩薩の力で制圧するという計画だ。
「『菩薩累乗会』を阻止する方法は……ええ、未だに糸口すら見つかっておらず……ですが、このまま手をこまねいて見ている訳には参りません」
ケルベロスが今すぐやるべきは、次々出現する菩薩が力を得るのを阻止して、菩薩累乗会の進行を食い止める事だ。
「現在、活動が確認されている菩薩は『芸夢主菩薩』であります」
ゲームと現実の区別がついていなかったり、俗世を離れてゲームだけをしていたいと思っている度を越したゲーマーを導いてビルシャナ化させてしまう菩薩だ。
この菩薩の勢力が強まれば、多くの一般人が現実とゲームの区別をつけられなくなって、次々とビルシャナ化してしまう危険性があるという。
そうなる前に、一刻も早く事件を解決しなければならない。
「芸夢主菩薩は、これまでの戦いで菩薩累乗会を邪魔してきたケルベロスの皆さんを警戒していて、『ケルベロス絶対殺す明王』と『オスラヴィア級戦艦竜』なる戦力を用意して、ケルベロスの襲撃を待ち構えてるであります」
戦場となるのは、海岸に程近い海上である。
「ビルシャナ達は戦艦竜の背に乗っていますので、戦艦竜の砲撃を掻い潜って竜の背中へ着地して戦う必要がありましょうね」
かけらはそう断じた。
「さて、皆さんに倒して頂きたいのは、派遣されたケルベロス絶対殺す明王と、ケルベロス絶対殺す明王によって開眼した元人間ビルシャナ、そしてオスラヴィア級戦艦竜、個体名『グレイシャル』の3体であります」
ケルベロス絶対殺す明王は、敏捷性を活かした『殺意の鐘』を見開いて広範囲を睨みつけ、複数人のトラウマを魔法で具現化させてくる。
また、理力に満ちた『殲滅の光』を放射して、複数の相手へ威圧感を齎す。
「一方の元人間ビルシャナは、『激レア低排出カード』という攻撃をしてきます」
頑健さに長け、敵1人の身体を斬り裂いて状態異常を倍加させる、射程自在の斬撃グラビティだ。
「更に、『多重進化高ステカード』なる破壊攻撃もありますね。敵単体へより多くのダメージを与える、敏捷に秀でたグラビティであります」
他方、唯一のドラゴンであるグレイシャルだが、当然ながら今回一番警戒すべき強敵であるのは間違いない。
「グレイシャルは、背中の砲台から『ブリザーバレット』を連射してくるでありますよ」
敏捷性や破壊力に優れた砲弾は射程の長さと恐るべき威力を誇り、着弾した箇所から一気に熱を奪って氷漬けにしてしまう。単体攻撃であるのが唯一の救いか。
他にも、頑健そうな『アイシクルレーザー』を広範囲に照射して、こちらは敵複数人へ斬られるが如き激痛と極寒を見舞って凍えさせるという。
「ちなみにオスラヴィア級戦艦竜グレイシャルは、多くのドラゴンが螺旋忍軍の主星スパイラスに隔離された余波を受けて、海底で定命化に蝕まれていたようであります」
命令を出す筈の上位のドラゴンからの連絡が途絶し、自らの死が迫っているという状況を、ビルシャナの菩薩に利用されてしまったのでしょう——とかけらは推察した。
「グレイシャルの戦闘力は高いでありますが、定命化によって死の淵にいる為、無理に戦う必要はありません」
ビルシャナ2体を撃破——もしくは人間に戻すなど無力化——すれば、再び海底へ沈んでいくと予測される故に、ビルシャナ撃破後は速やかに離脱する作戦が妥当だろう。
「ただ、グレイシャルを撃破しない場合も、その攻撃を受け続ける事になりますから、長期戦は不利になりましょうね。どうにか短期決戦でビルシャナ2体を撃破できれば宜しいのでありますが……」
そうなってくると、大切なのはいかに早くケルベロス絶対殺す明王を倒すかである。
「ケルベロス絶対殺す明王が戦場にいる限り、芸夢主菩薩の影響力が強いせいで元人間ビルシャナの説得は不可能であります。彼の救出を目指すならば、先にケルベロス絶対殺す明王を撃破する必要があります。ご注意くださいね」
参加者 | |
---|---|
水無月・鬼人(重力の鬼・e00414) |
シィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612) |
クロコ・ダイナスト(牙の折れし龍王・e00651) |
ヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608) |
テレサ・コール(黒白の双輪・e04242) |
折平・茜(モノクロームと葡萄の境界・e25654) |
月白・鈴菜(月見草・e37082) |
シュネー・グリュクトート(エンゲルロイエ・e42582) |
●
海岸。
8人は、海岸沿いの道にまず降下してから、戦艦竜達の待つ波打ち際へと急いだ。
ズオッ——!
早速グレイシャルがアイシクルレーザーを乱射してくる。
「鬼人の背中はあたしが守るからね……!」
咄嗟にヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)が走る恋人の前へ滑り込み、凍てつく光線を我が身に受けた。
「あんま無理すんな?」
庇われた水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)は彼女の頭へぽんと手を置くや、再び駆け出す。
「うん」
(「つらい戦いでも彼が一緒なら……」)
ヴィヴィアンも頷き、後に続いた。戦闘中故、碌に言葉を交わせずとも元より以心伝心な2人は気にも止めない。
「この戦艦竜、死に掛けてる割には、ビルシャナの言う事を聞く辺り健気に生き残ろうって腹なんかね?」
素早くグレイシャルの前足に取りついてよじ登りながら、率直な疑問を口にする鬼人。
背中の上まで登り切れば、視界にケルベロス絶対殺す明王と元青年ビルシャナが。
「それとも、人間から嫌われて延命を図るつもりか……なんにしても、哀れなもんだ」
鬼人は空の霊力帯びし無名刀をパッと閃かせ、ケルベロス絶対殺す明王目掛けて斬りかかる。
ザシュッ!
羽毛と血が飛び散り、明王の無様な悲鳴が青空に吸い込まれた。
ヴィヴィアンも、恋人に次いでグレイシャルの背に到達、すぐ戦線に加わる。
「Benedictio tua,et anima mea orationis」
背中に天使の羽の幻影を背負って歌うは、大切な人を守りたいとの思いを込めて、持ち歌をアレンジした聖歌。
白い光と天使の翼の幻影がヴィヴィアン自身を優しく包み込み、凍傷が癒えると同時に加護を得た。
「折角春爛漫で暖かくなってきたのに、寒さをブリ返すとは空気の読めない戦艦竜さんデース!」
続いて戦艦竜の背中に登ってきたのは、ギターケースを背負うシィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)。
「ではでは、足元に一発お見舞いしてやるデース!」
と、今しも自分が踏み締めているグレイシャルの背中へドカンとバスターライフルをぶっ放した。幾らドラゴンとはいえ背中が戦場になるのは珍しい。
命中したエネルギー光弾は奴が有するグラビティを中和して弱体化させていく——シィカが自ら買って出た役割は戦艦竜の牽制であった。
一方。
「うぅ……一体でも厄介なデウスエクスさんが複数な上に戦艦竜まで連れてくるなんて……わたしの人生並みにハードモードじゃないですか……」
クロコ・ダイナスト(牙の折れし龍王・e00651)はバサバサと羽ばたいて空中から戦艦竜へ接近、背中の上に降り立った。
先に戦艦竜が一発海岸へ撃ってきた為、残念ながら隠密気流を活かした奇襲とまではいかなかったが。
「何とか1体くらいおかえりできませんかね……? だ、駄目ですよね……はぁ」
強敵達との対峙に思わず溜め息が零れる弱気なクロコ。しかし、いざ武器を構えると途端に勇ましくなるのが彼女の性格。
「ケルベロスを絶対殺すだなんて、絶対にゆるすわけにはいきません! 覚悟してください!」
『砲撃形態』に変形させたドラゴニックハンマーを振り下ろして竜砲弾を発射、ケルベロス絶対殺す明王の片足を吹っ飛ばし、激痛を与えると共に動きを鈍らせた。
他方。
「ケルベロス絶対殺す明王……ですか」
幾度となくダモクレスに殺意を向けられてきたテレサ・コール(黒白の双輪・e04242)が、やや委縮した風に呟く。
彼女を乗せたライドキャリバ―のテレーゼは、グレイシャルの先制レーザーから主を庇って負傷。
それでも、いつになく弱気なテレサを励ますようにエンジンをフカして、戦艦竜の足を駆け上がっていった。
「……そうですね。人命がかかってますし、眼鏡真教の信者獲得のチャンスでもある……」
今も炎を纏って突撃するテレーゼに触発されてか、テレサは決意を固めてジャイロフラフープ・オルトロスを展開。
明王とグレイシャルを同時にロックオンするや、無数のレーザーを一斉にお見舞いした。
「どうしてそんなにまでケルベロスを憎むの……?」
折平・茜(モノクロームと葡萄の境界・e25654)は、ケルベロス絶対殺す明王の注意を引けないかと声を掛ける。
「ケルベロスにも救えないものがあったから、貴方が殺すっていうの!?」
声に複雑な感情が滲んでしまうのは、茜自身、もしケルベロスに覚醒していなかったらこの明王のようになっていたかもしれない——と自分のもう一つの未来を見ている気がしてならないからだ。
「害虫を殺すのへ理由が必要なのか? 個人的な恨みが無くても害虫はとことん駆除するだろ。綺麗好きならな」
ケルベロス絶対殺す明王が嘴でせせら笑うや、両の翼を広げて禍々しい後光を放射してきた。後衛陣を言い知れぬ痛みと威圧感が襲う。
「……っ」
元よりまともな返事など期待してなかった茜はそれ以上の追及を諦め、凍傷を押してQuaerite Soleの刃をジグザグに変形させ、斬りつける。
不規則な切っ先は明王の丸い腹をズブリと引き裂き、容易には塞がらない深手を負わせた。
ヴィヴィアンのボクスドラゴンであるアネリーも、属性インストールで茜の凍傷を癒したりと奮闘中だ。
「鳥倒して、説得して、戦艦竜に余裕があればギャフンと言わせるんでしょ?」
シュネー・グリュクトート(エンゲルロイエ・e42582)は、そう誰にともなく問いかけてから、
「うっ、攻撃手段がないシュネーは、せめて睨みを利かせておくわ」
ふと口元へ上品に片手を添えて、物憂げなミルキーアメジストの瞳を揺らして明王達から視線を外した。
本人が言う通り、この日のシュネーは全てヒールグラビティを揃えてきた。
「お父様は撤退前に精一杯戦ってきてください。どうせ倒れても……あ、いえ……」
それでいて、常々恐れ敬うウイングキャットのお父様へは、なかなか毒のある本音もといジョークをさらりと言うシュネー。
——ピシャッ!
気を取り直して己が血液を溢れんばかりに振り撒いては、クロコへ頭から浴びせて冷え切った身体を治癒した。
お父様は、娘分の意思に忠実に、鋭く伸ばした爪で明王の腹をバリバリ引っ掻いている。
「……死の淵の戦艦竜……」
相変わらずの無表情ながら、どことなく情の篭った声音で呟くのは月白・鈴菜(月見草・e37082) 。
(「……彼なら、海底でただ朽ちていく位なら戦って最後の輝きを放たせてやろう、なんて考えるのかしら……?」)
鈴菜はそんな想像を巡らせつつも、口ではしっかりと竜語魔法を唱えて掌を突き出す。
放たれた『ドラゴンの幻影』は赤々と勢いづく火の海のように翼を広げて明王へ突撃し、その燃え易そうな全身を炎で包み込んだ。
●
戦いは続く。
グレイシャルが多用してくるブリザーバレットを、革鎧で何とか耐えるのはシィカ。
「それでは今日もロックにケルベロスライブ決めてくデス、イェイ!」
賑やかにギターを掻き鳴らして、我が身を蝕ばむ悪意を遠ざけるべく天高く歌声を響かせる竜姫は、実に頼もしい。
「力を合わせよう、鬼人!」
と、『鋼の鬼』と化したルーチェに覆われた拳で、明王を力一杯殴るのはヴィヴィアン。
「おう!」
鬼人も越後守国儔を瞬きするより早く抜刀、明王をたちどころに斬り捨てた。
「今回は全力を出せますね」
以前ヴィヴィアンと共に一芝居打った事のある茜が、息の合った連携を目の当たりにして微笑む。
だが、一方で、グレイシャルの氷ばかりが脅威という訳でもなく。
「すっご、グレイシャルの攻撃、VRとはやっぱ臨場感つーか迫力が違うわ」
子どものように興奮する元青年ビルシャナの投げつけた激レア低排出カードが、シュネーを庇ったお父様の柔らかい腹を突き破り、墜落させたりした。
「お父様……!」
一応は涙に噎ぶシュネーだが、実際悲しんでる暇などなく、前後衛の回復でてんてこ舞い。
「甘いあまーい味見の時間よ。ほら、なんだか癒されるでしょう?」
舌の上で蕩ける甘い粉を雪を降らせる如くさらさらと振り撒いて、天使と見紛う踊りを披露している。
その傍ら、グレイシャルの吐いた凍てつく砲弾が茜に直撃。
「ごめんなさい……」
何故かディフェンダーではなく防具も明王の攻撃へ対策していた為に、誰の身代わりにもなれぬままぶっ倒れたりもした。
「……元青年ビルシャナを巻き込むつもりは、無かったのだけど……」
鈴菜は微かに眉根を寄せつつ、吹雪の形をした『氷河期の精霊』を召喚。
ケルベロス絶対殺す明王だけを氷に閉ざそうと暴風雪を巻き起こした。本当なら時空凍結弾を撃つつもりだったらしい。
他方、懸命に仲間の盾になっていたテレーゼも、ホイールの回転が止まってガシャンと車体が倒れる。
「当たれっ!!」
湧き上がる怒りを堪えつつ、テレサは明王の土手っ腹を狙って、ジャイロフラフープ・オルトロス内から弾丸を撃ち出す。
「右腕を失えど龍王と呼ばれし我が闘気に一片の衰え無きことを、その身で味わうがいい!」
クロコは力強く言い放つと、地獄を覆って龍王の闘気が渦巻く右腕を振り抜き、明王の顔面を目一杯殴りつけた。
「ぐっ……ケルベロスに敗れるなど、何物にも耐え難きくつ、じょく……」
それが、ケルベロス絶対殺す明王の最期の言葉だった。
●
——ズオッ、ドゴォォォォン!!
今回は、戦艦竜グレイシャルが砲撃を引き続き撃ってくる緊張感の中、説得を行わなければならない。
ディフェンダーらが仲間を庇うべく神経を尖らせ、メディックたるシュネーやアネリーは、誰か被弾しようものならすぐにヒールできるよう身構えている。
そうしてケルベロス達が極寒地獄の中でピリピリする反面。
「明王がやられるなんて……俺、後はグレイシャルに任せて、戻ってゲームしちゃ駄目かなぁ?」
元青年ビルシャナは味方の死を目の当たりにしてようやくビビり始めていた。
「……ゲームは自分で稼いだお金でやるのが大人の楽しみ方よ……」
そんなビルシャナの機先を制するべく、鈴菜が抑揚のない声を投げる。
「うっ……」
ビルシャナが呻いた。実際、グレイシャルがまだまだピンピンしている為、戦闘意欲こそ減退していても護衛の勝利を信じている彼である。ゲームへの欲は未だ収まらないようだ。
「……働かざる者遊ぶべからず……なんてね……」
そんなビルシャナを鈴菜は冷めた目で見つめた。
相変わらず某落ちる男から貰った台本を暗記している彼女だが、この諺に関しては鈴菜自身も納得しているように見受けられる。
何せ、菩薩累乗会を阻止せんと緒戦のエゴシャナ戦から今までずっと『働き詰め』の鈴菜が言うのだ。含蓄があるのも当然だろう。
「……そうか……俺がここで遊び通したら、スマホの通信費や課金代、誰が払うんだ?」
ビルシャナは言われて初めて、自分が働かなければゲーム三昧の生活が立ちいかなくなる事に気づいて愕然とした。
「過ぎたるは及ばずって日本語知らないの? 他の国でも似た様な言葉はあるのよ」
シュネーは無垢な瞳を瞬いて、小首を傾げ問うてみせた。
「何が言いたいかと言うと、それ、飽きて大切な趣味を失くす事になるだけだけれどいいの?」
如何にも僅かな雨風すら当てぬよう大切に育てられた令嬢といった風情のシュネーに、懇々と人生について説教されれば、
「いや……よ、よくないです」
ビルシャナとて自らを悔い改めたくもなろう。
「大体、24時間ゲームだなんて、仕事より辛い、ある意味完全な苦行だぜ?」
そこへ、ゲームに関してなら一家言持った鬼人が畳み掛ける。
流石はゲーム系旅団の団長、ゲームの持つ魅力だけでなく暗部もしっかり理解していた。
「絶対に飽きて後悔するから、悪い事は言わない。やめておきな。ゲーム好きがいうんだ、間違いは無いぜ」
日頃はてんでやる気のない鬼人だが、やる時はやる男である。
「うぅ……好きなゲームが苦行になるのは嫌だ……」
なればこそ簡潔ながら言外へ説得力を持たせた主張によって、ビルシャナを大いに動揺させた。
「そうだよ。ずっとゲームするなんて、いくら好きなことでも絶対体力と気力がもたないよ! そしたらきっとゲームを嫌いになっちゃう……なりたくないでしょ?」
ヴィヴィアンは恋人の説得を後押しすべく、鬼人の主張の論拠を補足していく。
「だから一旦止めておうちに帰ろう。遊びは日常を頑張ってるご褒美なんだから」
まるで姉が弟へ言い聞かせるように諭されて、ビルシャナも感じ入るところがあったらしく、
「うん……ゲーム、嫌いになりたくない……」
と、素直に頷いていた。
「恋愛ゲームでは百戦錬磨のわたしも、現実ではこのように非リアですよ!!」
幾らビルシャナを人間に戻す為とは言え、独り身である事を自虐するのが精神的にキツいのか、半ばヤケクソで叫ぶのはクロコ。
「ゲームで勝ったからって現実ではそうはいかないので早めに目を覚まさないと、わたしのように取り返しのつかないことになりますよ!!!」
何故か縁遠いクロコが言うといやに説得力があるのも哀しい。
「……うっ……魔法使いにリーチかかってる身としては耳が痛い……」
そのお陰か、ビルシャナのテンションをドン底まで突き落とすのへ成功した。
「ゲームのやりすぎは眼精疲労から目が悪くなります」
テレサはテレサで、気のせいか神々しいオーラを放ちつつ慈悲を垂れる。
「眼鏡をかけなさい。眼鏡は全てを見通します」
と、半ば強引に眼鏡の素晴らしさを説いては改宗を促した。
「眼鏡を崇め、眼鏡を称えなさい。世界に眼鏡を、眼鏡に光を」
「め、眼鏡に光を……??」
敬虔な眼鏡真教信者にグイグイ押されて、思わず眼鏡様を讃えるビルシャナ。
「一日ずっとゲームなん毎日してたら飽きるに決まってるデース!」
両の拳を握り締めて力説するのはシィカだ。
「第一、それでゲーム以外にもご飯とか色々するお金はどうするデスか!!」
彼女の主張は至極尤もである。人間、余程の大金持ちにでも生まれなければ、一生遊んでは暮らせない。
そして、懐の暖かさに関係なく、どんなにハマっている趣味だろうと休みなくぶっ通せば飽きるのだ。
ましてや、手持ちのゲームを全て遊び尽くしたり、ソシャゲやアプリにしてもイベントやストーリーを極め尽くした先にあるのは、新しい刺激を求める為の支出である。
「ご飯……どうしよう」
「ほらほら目を覚ますデース! 何事も節度を持って楽しむのがロックな大人デス!!」
シィカが言い募るのへ気圧されて、うろうろと視線を彷徨わせるビルシャナ。
「節度か……確かに、そろそろ今やってるソシャゲにも飽きてきたし、暫くゲームは休んで、真面目に働くよ」
遂に本音を零して、人間の姿に戻った。
後は彼と倒れた仲間を抱えて、沈み行く戦場から海岸へと脱出するだけだ。
作者:質種剰 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年4月6日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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