ミッション破壊作戦～衆合無に至るまでの暇

■リプレイ

●ミッション２１－５「鳳凰光背武強明王殿」
　温かな陽射しを浴び、ヘリオンは霞む蒼穹を往く。
「……で、今回の目標は？」
　往路の機中、風魔・遊鬼（風鎖・e08021）の淡々とした確認に応じたのは、湯島・美緒（サキュバスのミュージックファイター・e06659）。
「岩手県奥州市。胆沢城に出現した『鳳凰光背武強明王殿』です」
　奥州市は岩手県の内陸南部に位置する。古代、彼の地は『蝦夷』と称された。初代征夷大将軍である坂上田村麻呂により築かれた城柵が面妖なビルシャナに占領されて、そろそろ半年が経つ。
「鳳凰光背武強明王、か……今回のビルシャナは、ちっと親近感湧いちまうな」
　相馬・竜人（エッシャーの多爾袞・e01889）の鋭い眼差しに、不敵が帯びる。
　強さのみを追い求めるビルシャナひしめく鳳凰光背武強明王殿は、強襲型魔空回廊破壊の難易度も桁違い。だが、初挑戦に怯むケルベロスはいない。
「……」
　ユグゴト・ツァン（不変の怪・e23397）は寡黙に来る時を待ち構える。
　時に全身地獄化し混沌を纏うユグゴトだが、現状、総て家族が形を成すのに注がれている。人の姿の彼女を見やるレヴィア・リヴァイア（海星の守護龍・e30000）は、頼もしげな表情だ。
（「今回は、武闘派無名堂の皆様と一緒デス。思い思いに叫ぶデショウが、其処にはきっと魂の絆が在る筈」）
　同じヘリオンに搭乗する人数は最大８名だ。同じ旅団に属する者が半数を超えるのは、それなりに珍しいだろうか。
「共に回廊を砕きマショウ！」
「うん……頑張ろう」
　ユグゴトやレヴィアだけではない。頷き返した此野町・要（サキュバスの降魔拳士・e02767）もそうだ。しっかとグラディウスを握る要は、余裕の欠片もない面持ちで窓の外を睨んでいる。その紫の視線は或いはデウスエクスも射抜けるのではと思える程、強い。
　その緊張感も然り――現在、『菩薩累乗会』なるビルシャナの大攻勢の真っ最中。鳳凰光背武強明王殿はその拠点の１つと目される『予兆』を見たケルベロスも少なからずだ。
「強さを求め救いの道を外れた者達、だと言うのに菩薩累乗会を守ろうとする……素晴しいではないか！」
　自然と張り詰める空気の中、ヴァジュラ・ヴリトラハン（戦獄龍・e01638）は嬉々として吼える。
「強さ以外を求めたその思い、それが強さになるだろう。それでこそ挑み甲斐が有るというものだ、愛しき敵よ！　故に俺は、腹の底から叫ばせて貰おう！」
　出発時は、知る由もなかったが……図らず、累乗会反攻作戦の先触れの呈となった今回。尤も、為すべき内容は常のミッション破壊作戦と全く変わりない。
（「ヴァジュラ団長は、何もかも背負ってしまう生粋の戦闘狂だけど。今回は背負われず、一緒に並んで戦いましょう」）
　フレア・ガンスレイブ（ガラクタ・e20512）は、静かに闘志を燃やしている。
　回廊を壊す、敵に勝つ、そして皆で生きて帰る――尋常に一握の稀有を交え、彼らは光刃を携え春の空を翔ける。

●光刃に託す叫び
　この世は『衆合無』に至るまでの暇――何を為そうが、何を為さざろうが、何れは全て、ひとつとなる。ビルシャナの「悟り」の境地が、美緒は気に入らない。
「最後は自分達の勝ち確と思っているみたいですけど、油断していると痛い目に遭いますよ」
　ピンクの髪を靡かせ、サキュバスの少女は音楽活動を通して鍛えた声を張る。
「生の暇だか何だか知りませんけど。その余裕を無くして、そろそろ今生きている事と向き合ってみたらどうですか！　ここは返してもらいます！」
　そして、世界と己を合一したビルシャナは、濁世にて遍く衆中一切を救済する――それこそが、「光の使徒」たる目的だとも。
（「貴方達、鳳凰光背武強明王も１度はその救済を捨てたのに、累乗会を守ろうとする……私もそうです。ダモクレスを辞めておきながら、それでもダモクレスを救いたい」）
　地球とマキナクロスの融和がフレアの夢。だから、彼女は大切な者の為に大切な者と戦い続ける。「ガラクタ」と称する我が身を酷使するのも厭わない。
「ビルシャナが人の願いを叶え、やがて救済を為すのだとしても。私が叶えたい願いも成し遂げたい救済も、貴方達のそれじゃない」
　寄り添い共に生きる事もせず、曲解して上辺だけの欲を叶え、悩みも努力も無駄と救済を謳うビルシャナは許せない。
「そんなに叶えたいのなら、私の願いと魂をグラディウスの一撃から聞くが良い――地球上から居なくなれ！」
「ただ力を求めるのなら見過ごしましょう。されど、その力をもって仇をなすならくい止めましょう」
　それが力を得た者の責任と、遊鬼は静かに言い放つ。
　竜人にしてみても、ただ喧嘩したいだけという気持ちは、まあ判る。
（「ただな、そういうのはある程度ルールの中にいるから出来る事なんだぜ」）
　ルールから逸脱してしまえば、排除対象となる。喧嘩しか出来ない愚か者は、それ以上の力で叩きのめされる。それがルールだ。
「テメエらにとっちゃ今がその時なんだよ――判るか、ルールも守れねえ傍迷惑な侵略者！　殺すぞッッ！！」
　最後に物騒を叫んで、グラディウスを振り被った。
「やりたい放題やって、只で済むなんて思ってないよね……返して、もらうよ……っ！」
　至極シンプルを叫ぶ要に続き、ユグゴトは大きく息を吸う。
「力に溺れた鳥人間よ。私は貴様の存在を赦せない。数多の人間を必要とせず、自己を『強烈』へと導く思考、地球の危機――定命の危機――の極みだと断言すべき」
　仔への脅威を取り除くべく、自身の恐怖を殺すべく、全身全霊で叫ぶ。
「此処に蔓延る生命は私の『仔』だ。仔を恐怖させる存在にはお仕置きを！　砕けろ！　壊れて終え！」
　ユグゴトが「仔」へ大いなる愛を奉げ続けるならば、レヴィアは海を愛し海と共に在る事を誇る。
（「妾の愛しき海を、海を擁する此の星を、海に育まれし愛しき者達を守り救い取り戻す為に！」）
　レヴィアは思う――己の魂も又、海と星と多くの出逢いに依って育まれて来た。自己犠牲でもなければ自己満足でもない、只の自己中心に他ならぬと自覚しても、レヴィアは腹の底から海を守る事を乞い願う。
（「誰かを守りたい、救いたい、願いを叶え幸せになって欲しいと言うのは純然たるワタシの願い。其れがワタシの魂の在り方デス。だから、応えて下さい、グラディウス……ワタシの魂の叫びに」）
「聞け明王よ！　妾が憤怒は海すら煮立たせ汝等の求むる力も守る物も須らく押し流し圧し潰す！　妾の魂を其の身其の回廊に刻み込むが良い！」
　ヴァジュラにとって――人を救い星を守るは、ケルベロスの誓い。弱きを助け強きを挫くは、ドラゴニアンの誇り。そして、より強きに挑むのは戦闘狂の性だ。
「俺の中のあらゆる心が『回廊を砕け』と叫ぶのだ」
　故に、彼は笑って挑む。己が心と地獄の全てを以て。
「愛しき敵よ、強さを求めた同胞ならざる同類よ。お前も、お前の守る回廊も、全て粉々に打ち砕く！」
　八者八様の魂の叫びが、光の刃を通して魔空回廊を穿った。

●鳳凰光背武強明王
　立ち込めるスモーク。狼狽の空気が充ちる中、素早く集合したケルベロス達は、一様に硬い表情で健在の魔空回廊を見上げた。
　流石に、ビルシャナの占領地域に於ける最高難易度は、伊達ではない。だが、確かに最初の一撃は成った。次の一手は、速やかなる撤退だ。
　粛々と仲間のグラディウスを集め、己のアイテムポケットに収める遊鬼。
「どちらに？」
「ミッション中のケルベロスに逢えれば、協力して貰えるデショウ。魔空回廊から離れるように動けば良いのデハ？」
　フレアへのレヴィアの返答はいっそ大雑把だが、まあ、間違ってはいまい。誰からともなく駆け出せば、程なくして。
　――――！！
　視界を染める黄炎。輝く翼が羽ばたくように、前をひた走る４人を舐める。
「衆合無よ、己等を赦し給え」
　立ち塞がる唯一の紅蓮の眼差しは炯炯として、袈裟を纏いながら、黄炎の光翼に数多の武装を舞わせる。
「己等憤怒無く、慈悲無く、断罪無く、功徳無く、菩薩守護を怠り、然して救済もせず」
　混乱の只中で、低い声音は何故か殷々と響く。
「だが今、大地にビルシャナの精気は満ち、救世を求む念も満ちている。ならば、赦されぬ己でも、其の大役を果たせよう」
　鳳凰光背武強明王は滔々と語る。
「全てを捨てた身なれど、曼荼羅遮那艦隊の顕現までは、累乗会を護り抜こう」
　静かな独白は、却って、立ち塞がったこのビルシャナの強さを窺わせる。
「もしもの時、きっと我は止まらない。止められ――」
「要らん。誰のもだ」
　ユグゴトの呟きを即座に切って捨て、ヴァジュラは厳つい全身に力を溜める。
「目の前の敵をぶち倒し、大手を振って帰る、それだけだ！」
　轟く雄叫び。頑強なる筋力を載せた超高速の斬撃が、戦いの火蓋を切って落とす。
「やれやれ、だな」
　ユグゴトと同じ『覚悟』をしていた竜人は、苦笑を髑髏の仮面で隠す。敵越しに彼女を見やれば、肩を竦めてオウガ粒子を前衛へ放出していた。竜人も初撃の炎を鎮火すべく、肩を並べる仲間に混沌の水を浴びせる。
「……」
　相次ぐ、列ヒール。だが、要は自らに燻る痛みに眉根を寄せる。
「……開放っ！」
　予め宙に浮かせていた３枚のカードを触媒に魂食らう気を放ったが、寸前で接触点をずらされた。
　ミッション地域故に、敵の情報はある程度判明している。防具耐性も万全ながら、敵の範囲攻撃さえ軽くない。なれば、敵のポジションは。
「クラッシャー、ですか……らしいというか、奇を衒わないというか」
　そう言えば、予兆でも先程と似た事を呟いていたか――うん、まとも。同じビルシャナでも「あほなのばっか」相手してきた美緒には、何だか新鮮だ。
　ともあれ、火力が脅威なら、予定通りに「紅瞳覚醒」を歌い護りを固める美緒。
　回復が足りなければ、メディックに移る心算のフレアだが、短期決戦が旨の撤退戦で、一手を移動に費やすのさえ惜しい。まずは畳み掛ける所存で狙い澄ましたスパイラルアームは、確かに明王の袈裟を斬り裂いた。
「海を、地球を侵す者に、憤怒の鉄槌を！」
　同時に、ルーンアックスに雷気を走らせ、レヴィアも神速の突撃を敢行する。
　歴戦揃いの編成だ。クラッシャー相手なら、早々の総攻撃も叶いそうだ。それを見て取った遊鬼は無言のまま、ケルベロスチェインを手繰る。得意の猟犬縛鎖を放った。

●衆合無に至るまでの暇
「竜をも凌ぐ仏恥義理、只々喧嘩に注ぎ込まん」
　スナイパーの痛撃に身を震わせるも、ビルシャナは武装を一斉にレヴィアに向ける。
　ガキィッ！
　間一髪、竜人が割り込んだ。力任せの一撃に抉られながら、仮面の内の双眸を剣呑に眇める。
「よし殺す」
　元不良としては喧嘩好きの性状は嫌いではない。が……袈裟を着たままブッチギリとか言い出すのが気に食わない。
「喧嘩したきゃ普通特攻服だろ特攻服。もっと形から入れよなテメエ。得意だろうがそういうの」
　言いがかりレベルの因縁をつけながら、奪われた生気を気力で充たす竜人。そこは攻撃だろうというツッコミは、無かった。シリアスビルシャナが相手で幸いである。
「我が術は治癒。我が術は破壊。我が言語に集え。狂乱の兵者どもよ」
　ユグゴトの精神感応が、前衛達に『痛覚麻痺』と『破壊衝動』を刻む。
「暗黒星ユゴスが輝きを放ち、汝等を強化する筈だ。滅ぼせ。穿ち給え」
　強烈な暗示は汚染に近く、圧倒的な破壊力を齎す――強化の業だ、一応。
「さあ、俺と殺し合え！」
　哄笑しながら居合い斬りを放つヴァジュラ。危うい迄の熱狂に不安そうな美緒だが……大丈夫、これが戦闘狂の素だ。
　同様に、レヴィアの渦巻く海竜の薄刃が、要のハウリングフィストが奔る。歓喜する兵らの獰猛なる連撃に、明王も又、何処か愉悦を醸して応戦する。
「……なるほど、似た物同士、ですか」
　ドレイン技を助けに基本は攻撃一辺倒のビルシャナ。それを幸いに、美緒は順に護殻装殻術を掛けていく。とは言え、メディックは美緒１人。防具を砕かんばかりの猛撃に、火力の手が回復に割かれては勿体無い。彼女自身は攻撃に回る余裕も無く、早々にヒールに専念する。
「……」
「皆、すみません。否定出来ません」
　敵の攻撃は近接のみ。ならば、後衛の遊鬼は高速移動からの足止めと捕縛、フレアは服破りと氷の技を丁寧に重ねていく。
　そうして――転機は、ユグゴトのデストロイブレイド。１度目はかわされ、２度目は武強仏恥義理斬と相殺され、強化を挟みながら３度目の正直。
「……く」
　忌々しげな鳳凰光背武強明王。ジャマーの厄は重い。「怒り」の効果も覿面だ。
　見切りを鑑みれば、次の敵の攻撃は範囲技たる鳳凰黄炎光舞翼――単独で中衛に立つユグゴトに。
「己は鳳凰光背武強明王。赦し給え、ただ力だけを求むる事を！」
　だが、怒りは『攻撃時』の標的を強制するのみ。ビルシャナは、自身に光背興武法輪功を編む。
　それでも――初めて回復に回った隙を、ケルベロス達は見逃さない。
「お父さん直伝のピック投げです！」
　初めて、美緒はフリーズピックガンを撃つ。雪ダルママークのピックが狙い過たず突き刺さるや、黄炎が燃え立つ形のまま凍り付く。
「鎧装展開、杭打機形成。地獄解放、火喰鳥装填。対火対熱対神兵器、起動します」
　立続けのアナウンスと共に、フレアの鎧装が巨大な漆黒の杭打機を組立てる。装填した長大な杭『火喰鳥』の爆炎が上がるや、ビルシャナの熱を喰らい凍て付かせた。
「……」
　続いて、終始無言の遊鬼のサイコフォースが爆ぜれば、その傷口もビキビキと凍結する。
「深海より御出でませ。慈愛の刃、海竜の背鰭よ」
　波濤唸り鯨をも上回る巨大な海竜は忽ち超高圧縮され、極細の刃と化して超音速で発射する。
「愚にも付かぬ者共を千々に千切りて散り散らし給え」
　斬り裂けぬ存在など無いとのレヴィアの豪語に違わず、深海より来る刃は袈裟を刻み、羽毛を散らす。
「手と足以外にも注意するこったなぁッ！！」
　古竜の尾――それは、縦に振るうテイルスイング。嘴を砕かんと振り上げた竜人の尾の破壊力は、強烈の一言。
「……喧嘩は終わり、ね、楽しかった？」
　欄外ノ壱「近衛魂札切り」――今度こそ、要と明王の接触点が寸分違わず重なるや、喰魂の気が荒れ狂う。
　――――！！
　ぐらりと傾ぎながら、尚も踏ん張ろうとするビルシャナを前に、暴風龍を銘した鉄塊剣が咆哮する。
「怒りて焔、吼えては嵐、我が一撃は滅びなり」
　同胞の意気が頼もしい。だが、全てを背負い戦う事こそ、ヴァジュラの歓び。
　他が為こそ己が為。全ては戦に、己に通ず――それが戦獄龍の魂。
「仏恥義理の連撃……見事也」
　剣圧による暴風と地獄から噴き出す炎――暴虐の一撃が、袈裟ごと鳥躯を両断する。末期の言葉は、ヴァジュラの耳にだけ届く。退路が拓けた、瞬間だった。

作者：柊透胡	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2018年3月31日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 4／感動した 0／素敵だった 1／キャラが大事にされていた 1
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