星花に捧ぐレクイエム

作者:朱乃天

 街外れの片隅に、草木が鬱蒼と生い茂る雑木林がそこにある。
 人が立ち入ることも滅多にない、荒れ地となったこの場所を、更に奥へと進んで行くと。辿り着いた先にあるのは、廃虚と化した古びた教会だ。
 深い夜闇に閉ざされた、色褪せ朽ちた退廃的な世界。
 過去に取り残されたまま、彩を失くしたその廃屋の玄関口となる庭園に。星が舞い降りたように咲いた黄色いミモザの花だけが、モノクロームの空間に鮮やかな色を添えていた。
 建物の中も荒れ果ててはいるものの、星明かりを浴びたステンドグラスの光彩が、嘗ての荘厳とした面影を浮かび上がらせる。
 この廃教会で祈りを捧げる者はもう誰も無く。時の流れる侭に朽ちていくのを、ただ待つばかりの運命だ。ところがある時――建物の中で一つの怪しい影が蠢いた。
 それは拳大ほどの宝石に、蜘蛛のような機械の脚が付いたモノ――小型ダモクレスが瓦礫の散らばる床を這いずり回り、そこで見つけた何かに向けて移動する。
 小型ダモクレスが進む先にあるモノは、天使のレリーフが刻まれた華美なオルゴール箱。
 壊れて動かなくなって棄てられて、二度と音が鳴らなくなった機械仕掛けの演奏箱に、デウスエクスの力が新たに宿る。
 オルゴールが突然眩しく輝くと、光の霧に包まれながら、鋼の天使が形を成して顕れる。
 優しい音色で癒しを齎すオルゴールの箱は、死の調べを謳う破滅の天使となって新たな生を得て。
 贄とし捧げる命を求め、機械の翼を広げて人々の住む市街地へと飛び立っていく――。

 夜空に遍く星々と、地上に降り注いだ星の花。
 そんな幻想的な景色が織り成す廃教会に、ダモクレスの影が忍び寄る。
「ミモザの花咲く廃教会、眺めるだけなら素敵な光景だと思うけど……」
 安らかな眠りに就いたままの世界なら、まだ良かったかもしれないと。危惧していたことが現実となり、ラウル・フェルディナンド(缺星・e01243)は顔に憂いを帯びつつも、黙って話に耳を傾ける。
 玖堂・シュリ(紅鉄のヘリオライダー・en0079)が語る予知した事件の内容は、棄てられたオルゴールがダモクレス化して人々を襲うというものだ。
 ダモクレスによる被害は幸いにもまだ出ていない。しかし放置しておけば、多くの人々が虐殺されてグラビティ・チェインを奪われてしまうだろう。
 敵はまだ教会の中に留まっている。これから現場に急行し、ダモクレスを撃破してほしいとシュリは言う。
「今回戦うダモクレスなんだけど、オルゴール箱に彫られた天使の姿が元になっている感じだね。綺麗なんだけどどこか無機質で、機械的な天使のような見た目をしているよ」
 そしてこの敵は、オルゴールらしい、歌を奏でるような攻撃をしてくるようである。
 星を紡いだ旋律は流星群となって降り掛かり。花を唄えば、攻め手を阻む花弁の嵐が吹き荒れる。また、嘆きに満ちた悲哀の調べを聴く者は、心に眠る負の記憶に囚われてしまう。
 本来は、人々の心を癒す音色を鳴らすオルゴールの箱が、魂を搾取する異形に変り果ててしまうという悲劇。このような存在を生み堕としたのも、人が犯した罪であろうか。
 否――罪無き人を殺めようとするダモクレスの過ちを、終わらせるのが地獄の番犬だ。
 オルゴールの天使が滅びの歌を奏でる前に、安らかに眠らせてほしいとシュリは願う。
「廃教会に咲くミモザの花ですか。夜空の星と重ね合わせれば、きっと素敵な光景が見られるのでしょうね」
 夜空に遍く星と地上を彩る花との競演に、マリステラ・セレーネ(蒼星のヴァルキュリア・en0180)が思いを巡らせながら、心の中で静かに誓う。
 廃墟と化した場所に尚咲き続ける花にこそ、生命の息吹を感じられるだろう。
 だからこそ、ダモクレスの偽りの生を終わらせて、平穏を取り戻すことこそ――自分達が成すべき使命であると。


参加者
リィンハルト・アデナウアー(燦雨の一雫・e04723)
アイヴォリー・ロム(ミケ・e07918)
楝・累音(襲色目・e20990)
ヴェルトゥ・エマイユ(星綴・e21569)
ベラドンナ・ヤズトロモ(はらぺこミニョン・e22544)
フローライト・シュミット(光乏しき蛍石・e24978)
ユノー・ソスピタ(守護者・e44852)

■リプレイ


 深藍色の夜のヴェールを彩る星の群れ。
 地上に射し込む光が照らすのは、空から星が零れたような、ミモザの花咲く庭園だ。
 星を映すが如き黄色い花が誘う先に、忘却の彼方に取り残された廃教会がそこにある。
 この地で生み落とされた新たな災厄。ダモクレスと化したオルゴールの天使を倒す為――ケルベロス達は教会の扉を開いて、内部に踏み込む。
「教会、天使、オルゴール……理想の組み合わせではあるが。死を誘う偽りの旋律ならば、在るべき姿に、もう一度安らかな眠りを与えよう」
 ヴェルトゥ・エマイユ(星綴・e21569)は教会の中に入るなり、ぐるりと建物内を見回した。古びて朽ちた教会は、瓦礫が散乱していて荒れ果てた状態だ。そうした中で、星明かりを浴びたステンドグラスの光彩だけが、嘗ての荘厳とした面影を醸し出している。
 そして部屋の中央に、ステンドグラスをスポットライトのようにして浮かび上がる一つの影が目に付いた。この退廃的な光景に相応しいその存在こそが、機械仕掛けの天使型ダモクレスであった。
「破滅の歌を響かせる鋼の天使様、か……」
 普段は物腰が柔らかくて穏やかな性格の、ラウル・フェルディナンド(缺星・e01243)の表情がダモクレスの姿を目にした途端、戦士としての真剣な顔付きになる。
「お前が紡ぐ最初で、最期の声。聴衆が地獄の番犬でよけりゃあ聴いてやるから、さあ――存分に哭け」
 ラウルがすぐさま二挺の銃を抜き、魔力を込めて生成された銃弾が、火を噴き無数に撃ち放たれる。描く軌跡は、星が毀れ落ちるが如く。戦場を彩る狂弾の驟雨は、機械仕掛けの天使の四肢を捉え、地に這い蹲らせんと縫い留める。
 静寂に包まれていた廃教会に、突如として銃声が嵐のように響き渡る。この一撃が戦いを告げる号砲として、ケルベロス達は本格的に戦闘へと移行する。
「――白の王宮の、鍵を開く。狂った星座。声なき支配者よ」
 掲げた竜の銀鎚を手に、ベラドンナ・ヤズトロモ(はらぺこミニョン・e22544)の呪文を唱える声が凛と響く。詠唱せしは【ブレシンの災厄】に刻まれた記憶を呼び覚まし、封印された狂気の力を召喚する魔法。そうして顕れたのは、巨大な竜の顎門の幻影だ。
 解き放たれた劈く無音は、耳を塞いでしまいたくなる程畏れを抱かせて。ダモクレスに得体の知れない恐怖を植え付け、怯ませる。
 ケルベロスに先手を許したダモクレスであったが、彼等を敵と認識して反撃を開始する。
 天使が奏でる旋律は、元がオルゴールらしい優しく澄んだ歌声だ。夜空に煌く星を想い、紡いだ音色は光の礫となって流星群の如く降りかかり、ケルベロス達は痺れるような痛みに打ち付けられてしまう。
 だがそこへ、アイヴォリー・ロム(ミケ・e07918)が剣を地面に突き刺し星座を描く。
 彼女が口遊むのは、菫色の夜に嗤う不吉な骨の歌。血髄よりも赤い慟哭が、ダモクレスの歌の魔力を打ち消す加護の力を付与させる。
「聴衆は我々地獄の番犬、万雷の拍手を差し上げますよ!」
 華やかな甘味の中に、ビターな味わい含んだ笑みを覗かせて、毅然とダモクレスに立ちはだかるアイヴォリー。
「治療の方は任せて下さい。すぐに治しますから」
 続けて回復役のマリステラ・セレーネ(蒼星のヴァルキュリア・en0180)が、すかさず薬液の雨を降らせて仲間の傷を瞬く間に癒す。
「葉っさん……みんなに……温かい陽の力を……『光合成形態』……」
 フローライト・シュミット(光乏しき蛍石・e24978)の右肩に宿りし攻性植物、紫色の花を咲かせる【葉っさん】から光が溢れ出る。それはあたかも太陽の日射しのように暖かく、夜の世界を昼間のように明るく照らし、仲間の耐性力を引き上げる。
「こんなにきれいな場所で、オルゴールの音もきれいなのに。でもそれが敵になっちゃうなんて、何だか悲しいね……。けれど、悲しい音楽を止める為にも倒さなくちゃ、ね」
 一見すると女子と見紛うようなリィンハルト・アデナウアー(燦雨の一雫・e04723)は、憂うようにダモクレスを一瞥するが。でもだからこそ、凶行に及ぶ前に自分達の手で決着を付けなければならないと。
 リィンハルトは構えた槍に稲妻宿し、紫電の如き鋭い突きでダモクレスの脾腹を貫いて。弾ける電流が、敵の駆動回路を麻痺させる。
「その調べはまるで、己への鎮魂曲みたいだな。所詮天使など、俺にとっては絵画や夢の中での空想でしかないが」
 楝・累音(襲色目・e20990)が呼吸を整え気を高め、星の欠片が輝く漆黒の棍に力を溜める。その研鑽された武術の技から繰り出される攻撃は、流れるような動きで棍の乱舞を叩き込む。
「機械仕掛けの天使とやら、災いの芽は早々に摘ませてもらう」
 西洋鎧に身を包んだユノー・ソスピタ(守護者・e44852)が、全身に力を溜めて無骨な剣を抜く。累音の技を柔とするなら、ユノーの技は剛の剣。筋力を載せて振り抜く超重力の一撃が、ダモクレスの鋼の身体を断ち斬り傷を刻み込む。
 廃教会で破滅を唄うオルゴールの天使に、安らかなる眠りを捧げんと。戦士達の響かせる剣戟の音が、戦いの序曲を奏でるのであった――。


 教会で天使と戦う構図は、自分達の方が悪者みたいだと。ヴェルトゥはそんな風に思って心の中で苦笑しながらも、害成す敵には容赦しないと、ライフル銃を構えて狙いを定める。
 魔力を充填し、銃口から発射された光線が、ダモクレスの肩を的確に貫いていく。
「死を齎す唄など歌わせない……穏やかに眠れ」
 ラウルが高く跳躍し、月を灯したような白金のブーツに風を纏い、重力を乗せた蹴りを機械仕掛けの天使に見舞わせる。
「さあ、行って。偽りの天使を懲らしめて」
 ベラドンナの振り翳した魔法の杖が、小鳥の姿に変化する。小鳥はベラドンナの命に従いダモクレスに突撃し、鏃のように鋭い嘴が、機械の身体を啄むように傷付ける。
「永い眠りから目覚めて早速だけど……。ごめん……もう一回眠ってもらう……」
 手を緩めることなく波状攻撃を仕掛けるケルベロス達。フローライトは蛍石の御守が嵌め込まれた杖を振るい、迸る雷の矢が天使目掛けて一直線に放たれる。
 ケルベロス達は手数の多さでダモクレスを攻め立てる。しかしオルゴールの天使が奏でる音色は鳴り止まない。華やぐような調べを唄えば、色鮮やかな花が咲き乱れ、やがて相手を呑み込む花弁の嵐となって、攻め手を遮るように吹き荒れる。
 そこに今度はウイングキャットのルネッタが、花弁の嵐に対抗すべく、翼を羽搏かせて清浄なる風を巻き起こす。
「逃すを赦さず。刺し注げ、檻の熾雨――」
 リィンハルトが魔法の書物を開いて呪文を唱えると、空中に描かれるのは光輝く魔法陣。魔力を込めると、熾烈な光の雨が降り注ぎ。天使を檻に閉じ込めるが如く、悼みの雨がダモクレスの鋼の身体を撃ち抜いていく。
「――終りなきを終えましょう、御身だけの其の為に!」
 アイヴォリーの全身から溢れる禍々しい気が渦を巻き、ダモクレスの全身を取り囲むようにぐるりと螺旋に廻らせる。
 それは彼女が唯一継いだ旧き巫覡。天使の甘美な歌声を、苦痛に歪んだ哀歌に変えて。延々と繰り返される嘆きの声を隠し味として、戦場という名の御膳に盛り付けられた至上の饗応を、どうかお召し上がれと、古今の餐を模るように奉る。
「ソスピタの名に懸けて、偽りの天使はこの手で必ず討ち倒す!」
 ユノーが気迫を漲らせながら間合いを詰めて、西洋剣で斬りかかる。対するダモクレスは身構えながら躱そうとするが。ユノーの空いた片手に嵌めた指輪が光を放つと剣になり、不意を突くかのように光の剣で機械の天使を斬り付ける。
 ケルベロス達の猛攻に、ダモクレスの天使は損傷著しく次第に追い詰められていく。それでも戦う翼は未だ折れず、抗うように歌を響かせる。
 天使が紡ぐ、切なく悲哀に満ちた葬歌の調べ。その歌声を聴いた累音は、耳を塞ぐも抵抗できずに引き込まれ、心の奥に眠る記憶の扉が開かれようとする。
 負の世界に囚われてしまった累音の前に広がる光景は、一面が赤く染め上げられた血溜まりの中、己が斬り捨ててきた死骸の山が築かれている。
 頭を振って記憶を振り払おうとしても決して消えることはなく、血に塗れた骸が縋り付いてきて、悪夢の闇に心が取り込まれようとした時だった――。
「相手の姿や音に……惑わされちゃダメ……」
 フローライトが右手の人差し指を突き出して、マリステラと共に癒しの光を放つと、累音の心に纏う闇を掻き消していく。
 こうして悪夢の檻から開放された累音は肩を竦めつつ、天使を永久の眠りに就かせる為に全ての力を解き放つ。
「――舞うは青き夢見鳥、お前に掴めるか」
 自らの霊気を練り上げ刀を形成し、刃を振るうと青い炎の蝶が舞い踊り。剣舞に合わせるように炎の蝶がダモクレスに群がって、生命力を貪るように吸い尽くす。
 幽世の蝶の炎が見せるは、果たして現かまやかしか。機械仕掛けの天使が視る夢は、死出の旅路の入り口だろうか――。
 ダモクレスが蹌踉めきながら地に膝を突く。そこにヴェルトゥが歩み寄り、告解する天使に裁きを下すように手を翳す。
「――少し、じっとしていてもらおうか」
 ヴェルトゥの足元から敵に向け、鎖の束が蠢くように這い寄りながら、ダモクレスの身体に絡み付く。巻き付く鎖は天使に罰を与えるように締め上げて、一輪、また一輪と、桔梗の花がダモクレスの命を糧に咲き誇る。
 そして全身を無数の花で埋め尽くし、天使に捧げる手向けの花として、最後は星屑のように儚く消えていく。永遠に美しく咲く花など無いのだと――命潰えたオルゴールの天使の亡き骸は、花と一緒に召されるように消え散った。


 天使のダモクレスを無事に撃破し終え、死の調べを奏でる歌はもう聴こえることはない。
 廃教会での修復を終わらせた後、ユノーは礼拝堂で佇むように瞑目し、ダモクレスの冥福を祈る。その彼女の隣では、マリステラが同じように黙祷し、祈りを済ませた二人は互いに顔を合わせて安堵の笑みを漏らす。
「さて……少し景色を眺めにでも行くか」
 ユノーの呼び掛けに、シスター服の少女は大きく頷き同意して。外に向かうと星が煌めく夜空が二人を出迎えた。
 目の前には黄色いミモザの花が咲き、視界の遥か先には数多の星が瞬いていて。まるで絵画の世界に入り込んだみたいだと、二人は疲れも忘れてすっかり見入っていた。

 星の光を浴びるミモザの花の彩りは、そこに命が輝いているみたいだと。
 フローライトはただ息を呑み、星明かりが映す夜の世界を静かに見つめる。
 朽ちた廃墟は過去の遺構、止まった時と動いている時が並んで重なる不思議な世界。
「綺麗なモノが見れたね……葉っさん……。今日もお疲れ様……」
 肩で息衝く攻性植物に、フローライトが労うように優しく声を掛け。愛おしそうに手を添え撫でた。

 この場所からなら、教会もミモザの花もよく見えそうだと。ヴェルトゥは少し離れたところで腰を下ろし、箱竜のモリオンを腕に抱えて膝に乗せ、緩やかな時間をただ過ごす。
 廃教会を見上げていると、懐かしくて感傷的な気分に思わず浸ってしまう。
 教会も、天使も自分にとっては眩し過ぎる存在で。それは失ってしまった大切なものに似ているからなのか。
 身に纏う、宵色に揺らめく民族衣装は故郷の残滓。心の奥から滲んで溢れ出てくる寂しさに、身体を強張らせながら眺めた空は。手を伸ばしても、星明りの幽かな光さえ届かない。
 青銀の瞳の中に映るのは、星を灯したようなミモザの黄色。
 嗚呼……世界はこんなにも、色鮮やかなのに――。

 吹き抜ける風の薫りは春の甘い匂い。
 箱竜のキラニラックスを抱き上げながら、ベラドンナが見上げた先には。木に咲く愛しいミモザの花と、夜空を照らす星が彼女の瞳に映り込む。
 ミモザを眺めていると思い出す。まだ両親と暮らしていた頃、独りで夜に散歩に行って。周りが暗い中、黄色いミモザの花だけが、ぼんやり明るく見えていた。
 ベラドンナにとって春を感じさせてくれる花。でもその根元では、震えて泣いている幼い頃の自分に会ってしまいそうな気さえして。
 独りでいる寂しさを感じた瞬間、ふと気が付いた。少女の脳裏に思い浮かぶのは、ミモザと同じ金色の髪の人。その人と、一緒に見ようと誘えば良かったと。
 春待ちの蕾の薄紅添えた唇を、指先で軽くなぞって、想いは心の中に秘めたまま――。

 廃教会の壁を背に凭れるようにして、累音は空を仰ぎ見る。
 頭上は遠く、足元には近く、月に輝く花が咲いていて。視線を隣に移せば、黒髪の少女が寄り添うようにして、同じく星と花とを愛でていた。
 夜空に輝く星は見上げていると零れ落ちそうで。手を伸ばしても掴めることのない星も、地の星のように咲くミモザには、こちらなら届きますねと、志苑が花に手を伸ばす。
 ミモザは感謝の気持ちを伝える花だと、志苑は言の葉添えて、一房摘んで累音に花を手渡すと。当の本人は、大したことはできていないと苦笑交じりに受け取って。
 彼女の決して驕らず、人を敬う素直さと、そこに秘めたる強さと優しさに、彼はただ感服するばかりでしかなくて。
 そういえばミモザの花には、他にも『思いやり』という意味があったと思い出し。手にした花を彼女の髪に乗せて飾り立ててみる。
 黒髪に揺れる黄色の花に、少女は擽ったそうに微笑んで。彼女の笑顔に、天使は案外身近なところにいたのだと、青年は釣られるように笑い返したのであった。

 静謐満ちる廃教会に彩り添える、天と地に咲く星の花。
 優しい光を抱いたミモザの花は、命の光みたいに瞬く星のようであり。
 ラウルは愁いを帯びた表情で、花に手を伸ばして触れながら。君に識って欲しいから――そう言って、シズネと目を合わせ。問われた彼は、全てを受け止めると決めたから、聞くまでもないと頷いた。
 静かに紡ぐ優しい音は、零れ咲く星の花への、溢れんばかりの想い出を。しかし幸福の色は一転し、愛する人を失くした哀しみに、世界は色を喪って、このまま消えてしまいたいと思って生きていた。
 そんな時、色無き世界に灯を燈す、宵に染まらぬ黄昏の瞳と巡り合い。彼が愛しい色を思い出させてくれたから。
「君が……俺の心に色をくれたんだよ」
 ラウルの手は無意識に、シズネの方へと向けられて。互いの手と手が触れて、伝わる熱は心安らぐ温もり感じて。自分の心を繋ぎ止めてくれるのは、彼の生命の色だと識ったから。
「消えてしまえたら、なんてもう思うなよ。おめぇには、オレがいるんだからな」
 心を照らしてくれるその一言に、自然と頬が緩んで、笑顔が咲いた。

 夜空の星と地上に咲く星のような花。
 ここはまるで星空の中にいるみたいな幻想的な世界。
 この景色を一緒に見たいと、リィンハルトはナガレを誘って同じ時間を共に過ごす。
 視界に映る天地は鮮やかで、ほう、と感心するかのようにナガレは小さく息を吐く。
 天と地の星々の、確かな命の輝きに、心惹かけるように見つめる彼女の顔を、心配そうに覗き込む少年がそこにいて。一体どうしたのかと、目を瞬かせて振り向くナガレに、リィンハルトは無意識の内に咄嗟に彼女の手を取った。
 放っておけば、このまま空に連れて行かれそうに見えたから――不安の色を浮かべる彼の表情から察したか、少女は熱が伝わる繋いだ手に視線を落とす。
「リィンは楔みたいだね」
 きっとこの子はこうやって、何度でも引き止めるんだろう。
 そんな彼のことが急に愛おしくなったのか。ナガレは彼の優しい温もり感じる手を持ち上げて、その指先に、そっと触れるだけの口付けを――。
 指先に伝う唇の柔らかな感触に、少年は仄かに頬を染めながら、蕩けるように微笑んで。今度は両手で彼女の手を握り締め、力強い口調で言葉を返す。
「――僕も大事にするよ。君が迷子にならないように」

 夜空から転がり落ちた星を、地上に植えたら根付いて花が咲いたと云う。
 そんな御伽噺を信じたくなるくらい、この日の夜は静謐なる美しさがあった。
 蕩けるショコラの瞳を輝かせながら、御伽噺を語るアイヴォリー。彼女の隣では、夜が話に耳を傾け微笑みながら、呟いた。
 ――地に堕ちた星は、帰りたくても帰れないのか。或いは此処を奥都城と定めたのか。
 そう問い掛ける青年に、天へ還ってしまわない? などと冗談めかした口調で返す少女はその言葉とは裏腹に、彼の星彩映す双眸を、じっと見つめたままでいた。
「天へ還るというのなら……翼持つ君の方が『らしい』ではないの」
 夜はお道化たように淡く幽かな笑みを零し、少女の愛しい視線に応えるように、一歩先に進んで振り返る。
 天へ渉れそうな程、星に満ちた情景なれど。踏み出す一足は、ただ大地を歩むのみ、と。
 そして逃げない意思を示すべく、手を繋ごうと差し出した時――アイヴォリーがその手を取って、次の瞬間、彼の指には銀色の輪の枷鎖が嵌められていた。
「――もう、離さない」
 彼を囚える為ならば、自分は天を失っても構わない。
 祈りよりも甘い響きで、愛の言の葉囁いて。青年の胸に顔を埋める少女の指にも、同じく光る輪が嵌められていて。
 二人は互いに掌重ね合わせて指絡め、二つの環の枷が、契となって、遍く星が見守る夜に結ばれるのだった――。

作者:朱乃天 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年4月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 2
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