水晶湖の宝物

作者:秋月諒

●それぞれのお祝い
 誕生日、というものの祝い方はそれぞれだという。育ててくれた家族や友人に感謝するのだという話を聞いたのはもう随分前の話だ。知識としては知っていて、けれどどうしたら良いのだろう、と思う。家族はもういなくとも、感謝したい人たちは沢山いる。ありがとうを伝えたい人も。
「けれど、ですよね……。ケーキが作れるわけじゃないですし」
 まずはクッキーからだね。と笑みを見せた年上の友人は仕事だろうか。買って来るのもいいけれど、一応、もう19才になったのだから。
「己が魂を主として。相応しい私かどうかは、まだ分かりませんが……」
 ゆるゆると狐の尾を揺らし、よし、とレイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)は顔をあげた。
「まずはお仕事です」

●水晶湖の宝箱
 水晶の湖、と言われる場所がある。森林区域にある透き通った大きな湖だ。観光地としては『隠れた名所』と言われるには理由がある。なにせ、湖が最も美しく見えるのは寒い時だ。冷え切った日、もしくは雨の後。足場も悪ければ、湖まで歩く間は風も強く吹く。その上ーー。
「湖の周辺、駐車場区域から商店街までの一帯がデウスエクスの攻撃によって被害を受けてしまったんです」
 水晶湖は街のシンボルでもある場所だ。その一帯が破壊されたままでは、みんな困ってしまう。
「そこで、ヒールの依頼があったってことか」
「はい」
 千鷲の言葉にレイリは頷いた。
 無事にヒールが終われば、次の観光シーズンには多くの人を招くことができるだろう。
「それと、こちらはお誘いなんですが……ヒールが終わったら、水晶湖を見ていきませんか?」
 水晶湖の冬の姿。凍りついた湖面の上を、今なら歩けると言うのだ。
 透き通った氷の上を歩いていけば、水底を覗き込むことができる。春を待つ水草に、埋もれる木々。
「まるで水の上を歩くよう、なんですよ」
「レイリちゃんは行ったことあるんだ」
 小さく首を傾げた千鷲にレイリは頷いた。
「以前に一度だけ。前に行った時は夜だったんですが、すごい綺麗だったんです。今くらいだと夕方になるんですが……とっても綺麗なので、皆様とも一緒に見たいなぁと思いまして」
 誕生日を迎えて、大人に近づいて。
 これまでの感謝を込めて、私の知っているとっても綺麗な場所にお招きしたいなぁ、なんて。
「でも、えっとまずはヒールからでお仕事のお願いではあるのですが」
 レイリはそう言って、ケルベロスたちを見た。
 晴れ渡る5月の為に、まずはヒールと。冬の名残の水晶湖へ秘密のお散歩に。
「宜しければ、一緒に行きませんか?」


■リプレイ

●水晶湖の誘い
 湖面に、風が滑り込んだ。ひゅう、と小さく音を鳴らす風は街路樹を揺らし、ヒールを受けた地面に身を起こした草花が身を起こす。癒しを受けた大地は水晶湖に美しい夕日を差し込ませていた。
「――、飲み込まれてしまいそう」
 思わず、そんな声が纏の唇から零れ落ちた。抱くのは自然への畏怖の念。いつでも羽ばたけるようにと、身構えていれば踊るような足取りで、半ばまで踏み入れた彼女が振り返る。
「ーー大丈夫ですよ」
 差し出された手と共に柔らかな微笑がそこにはあった。
「冬があなたを呑むことはない。あなたの隣にはいつだって、冬の娘がいるのですから」
 ……かっこつけすぎでしょうか、なんて誤魔化すように少しイルヴァが笑えば、ぎゅう、と手を握った纏の唇から「これなら大丈夫そう」と声が落ちる。
「格好いいわ」
 小さく笑うように落ちた声ひとつ、白百合の天使は微笑んだ。
「エスコートお願いね」
 水晶湖に風が踊り、足音が重なる。
「ボートから揺れる水面越しに見るのも悪くないけど、凍ってると水が動かないから飛んでみるのに似てる」
 メリルディの言葉に、なるほど、と漆は頷いた。
「そう言われてみればボートとはまた別の趣がありますね」
「でも、飛んでるときとも違うかな」
 何より漆と手、繋げないから。
「いつもありがとうございます。リルのおかげでまた1つ新しい思い出ができました」
 水晶湖の中は、ちょっとしたアクアリウムのようだった。見つけた魚にハンナは口元を綻ばせた。
「あ、あそこにも」
 指差すレイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)を追いかければ淡い光が湖面に差し込んで行くのが見えた。夕陽だ。色彩に湖面は染まっていく。ファイアオパールの橙色。
「……あ……フォルティカロ嬢の、瞳の色、みたい」
 ついまじまじ 見つめてしまって、ぱち、と瞬いたレイリにハンナは苦笑した。
「あんまり美しかったから。ごめんなさい、ね」
「ハンナ様の瞳も、ですよ」
 新緑が淡く、染まるようです。とレイリは微笑んだ。

「あぁ、陽が落ちるから、西日を反射してキラキラだな? 凄いのは判るけど、いい子にしててな?」
 足元を覗き込んだりとはしゃいでいたミュゲを抱き上げるつかさの姿に、こうしている本当に親子みたいに微笑ましいと思う。思うの、だが。
「俺を置いて行かないでくれ、寂しいぞ?」
「え? あぁ……ごめん」
 僅かに頬を膨らませて、レイヴンが拗ねたフリをして見せれば返るのは笑みだ。ふわり、と風に揺れて新緑が踊る。
「もうすぐ春、か。お前と出会ってから1年になると思うと感慨深い」
「良かったと思ってるよ。あんたと、春の訪れを待つこの景色を見る事が出来て」
 ねぇ、とクィルはヒノトを見た。
「ヒノトくん。夕陽が似合う君。見つけた春は君でいいかな」
 だってすごくあたたかいから。
「足元の春を包んでる冬はクィルだな。澄んでて綺麗で優しくて、そっくりだって思ったんだ」
「ーー」
 掛けてもらった言葉は擽ったくて、でもやっぱりあったかくて。それじゃぁ、とクィルは友人を覗き込む。
「僕が包んで守って、それを君があたたかく照らして春になるんだ。……なんていうのはどうかな?」
「へへ……いいな、それ!」
 ぱち、と瞬いて満面の笑み。なあ、とヒトノはクィルに言った。また来よう、と。
「ここに目覚めた春を見に。一緒にさ!」


 白い息を零し、越える水晶湖の縁。静かに静かに歩を進めれば氷の下に息をひそめた水中の草木たち。
「……宝箱に仕舞われてたんだね。嗚呼、盗人だって持ち帰れない」
 キョーダイ、と肩の上の兄弟分へとヤタは提案一つ。
「そこに降りてご覧よ」
 揃いの鱗を持つキョーダイが怪訝に降り立てば、かすか湖面を染める黄金の光。
「ほうら、お宝も輝き増してより豪華に……冷たい? ごめんって。その足で俺の頭に乗っかるのはやめて下さい、やめて」
 キンキンにーーとまではいかなくても、冷えた足先はやっぱり冷たい。報復を額に甘んじて仰ぐ空。そこに来る春よ、とヤタは静かに笑った。
「冬の宝をこの日まで残してくれてありがとう」

「まるでインクルージョンみたいです」
 笑って眠堂の袖を引けば、本当だ、と小さく驚いたような声がした。
「覆って包んでるみてえ。草花を冬から護ってるのかもな」
 宝物を大事にするのと同じように。
 柔く落ちた声に、ふ、と景臣は笑みを零す。
「宝物の様に護っている、ですか。貴方は優しい考え方をなさるんですね」
 笑う声に、感じる擽ったさは褒め言葉故だろう。
「優しいお前と時間を共にしているから、移ったんだよ」
 吐息一つ零すように、眠堂はそう言った。
 足裏に返る感触が、此処が湖の上だと晟に伝えていた。
「それにしてもこれほどの透明度がるとは驚きだな。普通であれば不純物や気泡で水底をのぞき込むことは難しいはずだが、これが水晶湖と呼ばれる所以といったところか」
 氷が自分の体重で割れないように、ゆっくりと晟は水晶湖の上を歩いていく。そういえば、と思い出したのは此処に一度来たことがあるというレイリのことだった。
「誕生日の挨拶ついでにそのあたりの話でも聞きに行くとしよう」
 風が、吹く。空の風はまだ冬の色彩を残していた。
(「水晶湖か、素敵な場所だね。こんなきれいな場所があったなんて。雨で橋が水没していたらきっときれいなんだろうなあ」)
 蛍の目に、湖の中、小さく動く魚の姿が見えた。ヒール中に気になったその場所は、どうやら魚達の寝床だったらしい。空から見れば、虹の煌めきに似て、広げた翼が淡い影を描けば水晶の湖の中に小さな虹が見えた。
 パチ、とその景色を蛍はカメラに収める。
「見た目は綺麗だが、凍ってるってことだから。あそこに見える水草も、きっととても寒いんだろう」
 ゆっくりと足を進めながら、ガロンドはふと思った。でもああやって耐えている、と。
「あの水草から僕はどう見えてるのか」
 春を待つ湖底の植物に、己の過去を重ね合わせる。小さく、落ちた息は苦笑であったのか吐息であったのか。水晶湖の名のとおり、宝石のようなひとときだったな、とガロンドは思う。
「……宝石と違って持ち帰れないのが少し残念だが」
 湖底を覗き込めば、何かが揺れていた。緑、だ。
「もしかしたら……! 薄暗くて遠いからはっきり見えないけど、白い花が咲いてる……ような気がする」
 ぱ、と立ち上がってウォーレンは振り返った。
「花咲いてたよ、光流さん。やったねー」
「へ? これは……」
 多分増水で沈んだ草むらに貝殻か何かが良え感じに流れ着いただけやけどーー。
「せやな、あれは花や」
 先輩がそう言うなら。
「先輩、良く見つけたなあ」
「やったねー。どんな花だろうね」
「ーー」
 それは、まるで花のような笑顔であった。熱い頬を夕焼けの所為にして光流は言った。
「氷溶けた頃に確かめに来ような」
 夕焼けが、水晶湖を照らしていた。分厚く、透明な氷の下広がる世界を宿利は一歩ずつ歩きながら足元を見つめる。時が進むのは、先の見えない未来を知ること。私は、今傍らに在る、大切なものが変わっていくのが怖いから。
「でも、この森にもいずれ春が来る。氷は溶けて、湖も今と違う姿になる」
 進まずには、居られない。
 多くの辛いことにも、向き合わなくてはならない。
「ただ、今はもう少しだけ……」
 吐息のように、小さく声は落ちた。
 時を止めたように、全てを忘れてこの美しい水晶湖にだけ想いを馳せて。宝物のように記憶にずっと、残せるように。

 彼はどんな風に感じ、何を思い描いているのだろうか。そう思いながらスヴァルトが視線を向ければ、ちょうど目があう。
「ーー」
 湖面を見ていた筈の碧色と出会えば、ディークスは笑みを零した。夕日を透過し浮かび上がる湖面越しの景色は幻想的で、刻一刻と変わる時間から切り離された過去を象徴している様な錯覚を受けた。過去は変えられない。だが、未来は変えられる。そう思い、向けた視線の先で彼女と出会ったのだから。

 手が届きそうに見えて、実際には届かない風景が足元にあってそれを見下ろすように歩いていく。
「本当の所はどうなのか、飛べないボクにはよく分からないけど、「空を飛ぶ」ってこういう感じなのかな?」
 靡く髪をそのままに、ふ、とアンセルムは笑みを浮かべた。今日はちょっと違う世界を探検だ。次は凍っていない時に、そのまた次は凍っている時に今度は誰かを誘ってまた来よう。
「皆で一緒に見て、記念に写真でも撮れたら素敵だよね」

 凍りついた湖面に映り見えるのは、まるで此処とは違うどこかの世界の自分とまみえるような気分だった。思わずあかりは湖面に指をつける。冷たさは気にならなかった。
「……そちらの世界には僕が置いてきてしまった「あの人」はいるだろうか。王子さまとツバメは、雪解けを知らずに、暮らしているのだろうか」
 ――眠りの国で、2人で静かに。
 問いかけても氷越しの自分の姿は、唯声も無く見返すばかり。ふわり、と春の風があかりの髪を揺らした。
「……そうだね」
 これが、この世界が僕の選んだ道だから。
 緩く首を振って、少女は立ち上がる。
「さよなら。黄昏の国の僕と――「くらがり」」
 もういない名前をそっと、呟いた。

「……どうしてかな。こんな美しい景色を見るたびに、いつも泣きそうになってしまうの」
「美しいものを見て涙が出ると言うのは自分の中の何かが洗い流されていくから、かもしれないねぇ」
 泣きたければ、泣いて良いんだよ、エヴァ。
「僕が翼で隠しているから」
 覆うように広げたルーチェの翼が影を作る。白い頬に触れる夕日は淡い色彩へとかわり、ゆっくりと顔をあげたエヴァンジェリンの瞳と出会う。
「そっか。洗い流されて、この湖の一部になるなら、それも悪くないね」
 もう大丈夫、と微笑めば涙跡を軽く拭うように指先が触れる。
「手、冷えているんじゃない? 出してご覧、暖めてあげるよ」
「……うん」
 兄さんの手を冷やしてしまう、と少し躊躇して。けれど、こんな手だけれど、そっと嬉し気に差し出した。

 足先の金のインクルージョン越しに見る銀の気泡や、青さを保つ水草が優雅に揺れた。美しく恐ろしい、息を飲む。
「湖そのものが豊かな宝石か」
 ほう、と零した息ひとつ、見つけた姿にアラタは手を振った。アラタ様と振り返った娘は夕焼けに一度眩しそうな顔をする。
「レイリ、誕生日おめでとう。宝物を分けてくれて、ありがとうな!」
 アラタも大切にすると、と頬を染め微笑んだ。

「そうだ、皆で水面の底よく見てみない?」
 違うものが見えるかもって、とシヅキの提案にふふ、とナガレは口元を綻ばせる。
「それはいいね。今なら潜らなくてもよく見える」
 立ち止まって膝を折り、見えた世界はーー。
「――ね、ナガレには何が見えた?」
「……ちがうセカイ」
 落とすように呟いた。答えとしてはフテキセツで、真面目に言うなら緑の群だ。けれど真っ先に浮かび上がる『見えたもの』
「シヅキ。君は?」
「ちがう、世界」
 なんでかな、と熾月は笑った。吐息を零すように。
「あのね、俺も同じ事思ったんだ。どうしてかな、この透けた氷の下には在るのかもって」
 水晶の湖の魅せる魔法かな? なんて。

「レイリにも是非見て欲しいのだわ」
 春の訪れを祝うように、祝われるようにお祝いの気持ちを伝えたいから。にっこりと笑いあって、千歳とアリシスフェイルは少女を呼んだ。
「レイリ、ねぇ、これ見て?」
「これは……わぁあ、蕾です!」
 それは、千歳とアリシスフェイルの見つけた水中の水草に灯る小さな蕾。
 ぱちと瞬いたレイリの耳がぴん、と立つ。
「お誕生日おめでとう、いつも、お疲れさま」
 これからもまたよろしくね、気持ちを込めて、千歳は笑いかける。
「誕生日おめでとうなのよ。いつも大切な情報をくれてありがとう」
 私、今年も、これからも、とアリシスフェイルは顔をあげた。
「あなたと今日みたいな素敵な思い出、重ねて行きたいのだわ」
「はい。私で良ければ喜んで」
 ぱち、と瞬いた狐の娘は嬉しそうに笑った。

 湖面に映るのは自分の筈なのに、どうして水晶の向こう側にいる自分は泣いているのだろう。思わず指先で触れても、少しも濡れてなどいないのに。
「……泣いているのは、だれ? ……沈んでいる春は、どこ?」
 アイヴォリーの呟きに返る声はなく、ぐらり傾いで座り込む氷の上。いつしか夕暮れの光も遠ざかりこのままもう辿り着けずに、凍えてしまいそうな気さえして。
「――でも」
 息を吸い、アイヴォリーは震える脚を叱咤して歩き出す。進む先にはきっと透徹る水晶の湖面、春を待つ水底が、あると、信じたいのです。

 そう、と歩く湖上の道。爪先の、先の先に見える水底の世界。謐かに眠る春待ちの仔らは、氷の中に閉じ込められてるみたいでそう思えばすこし畏れも感じる。
「ね、レイリさんは如何です。畏怖と、愛おしさと水晶の奥に何を見ますか?」
「……、昔は、少し此処が怖かったんですが」
 それは畏れであったような気がする。目覚めの時を待つ水底の世界。
「でも、今はきっと愛おしさです。大成様は如何ですか?」
 首を傾げたレイリに、そうですね、とひとつ言葉を作り、あぁけれど、と朝希は笑みを浮かべた。
「謎掛けめかした問いよりも先に言うべき言葉がありました」
 感謝の前に好きなことを強請ったって良い日の筈なのに、喚んでくれた貴方に心を込めて。
「――お誕生日、おめでとうございます」

 すいすいと水族館の皆と歩き続けて幾許か。何度目にもなる感嘆の台詞の後にふと思い立ってヴィルベルは言葉を振った。
「割れないかちょっと心配だよね」
「……へぇ? 何でそこでうちを見るんかな?」
 片眉跳ねあげたそこで、エトヴィンから余計の一言。
「確かにうりちゃんはヘビーなだから……」
「あー、それは流石に酷いな」
 思わずいれた声ひとつ。笑ったアキトを目の端に、ウーリはひとつ息を吸いーー優しい微笑みと声でヴィルベルとエトヴィンに言った。
「二人とも安心し。湖面より先に割ったげるから」
 でもって空の下に沈めたる。
「ってうわあ、お仕置きもヘビー級で怖い」
「いやいや、深い意味はナイデスヨ? でもかち割るならエトヴィンの頭でご勘弁を……あ、俺も? やっぱり?」
 二人、だ二人。
 にっこりと笑うウーリが歩を進めれば、やっぱり必要なのは逃げか。アキトの陰に隠れてやり過ごせないかと、道を探るヴィルベルの横、エトヴィンは耳と尾を震わすおふざけをひとつ。
「……」
 そんな二人に、拳の代わりにウーリは深いため息をつく。今日は信頼って事にしてと、そんな声を聞きながらアキトは安心するのだ。いつものこの感じに。この友人達の心はこの湖の様に実に透明であるなと、実感して。

「凍ってんなあ……」
 冬の間、魚はどこにいっているのだろうか。気になり覗く水底に魚影は無いが凍った泡が真珠やビー玉のようにあった。見え隠れするのは角度の所為か。右に左に、目移りしていればサイガの目にカメラを構えるキソラの姿が見えた。目にしかと焼き付けて、シャッターを押し歩く姿に追いつけば空にカメラを向けた男が、ふいに足を止める。
「ちょいじっとしてて」
「次はなんだ」
 口にしつつも狙いは読めていたのか。陽を背に並び立てば影絵でしょ、とサイガがハニワのポーズ的なヤツを決める。
「……」
 落ちたのは笑みであったか吐息であったか。光と映る空、その向こうの未だ目覚めぬ彩に落ちる影。どの色も成程宝石のようで。ならばこれもまた宝箱だと。まだかよ、と落ちるサイガの声に小さく笑い、この僅かな時間を切り撮るようにキソラはシャッターを押した。
 不意に、頬に熱を感じた。ああ、と涼香は吐息を零す。夕焼けの色彩に世界が染まって行く。藍色の空がゆっくりと近づいてくる。
「……ああ、陽が傾いてきた」
「わあ! 氷が夕日を移していくね」
 小さく、口元に笑みを浮かべた涼香が振り返る。
「また一日春に近づくね」
「こうやって氷は春に彩られていくんだ。時間は止まっているかと思ったけど……違うんだね」
 頷いて見た景色は、水晶の中に閉じ込められているだけでは無かった。水晶湖の上、水面を歩くようにして過ごした時間もやがて夕方を迎える。
「氷が溶けて花が咲く頃に、また来たいね」
「ん、そうだね、そうだね! この湖に春が来たら、夏が来たら。また来よう!」
 今度はもっと大勢できたいね。とアイリスは笑った。

「惨劇の辛い予知を見、其れでも気丈に伝えてくれる日々。喪われていく命を臨むのは苦しかろう」
 けれど、と夜は言う。
「君のお陰で沢山の命が護られ、明るく灯り続けているよ」
 見上げる空に星の瞬きがまた一つ二つ。幽き光だが、美しく澄んでいる。
「いつもありがとう。そして、誕生日おめでとう」
 この広い世界の中で、出会った奇跡に感謝を。
「ありがとうございます。藍染様。でも、私だけじゃ、なくて。声を聞いてくれる方がいます。信じてくれる皆様が。だから、私は立てます」
 私は私に出来ることを二度と見失わない。そう決めたあの日から。
「だから私からも、ありがとうございます」
 星々は、光は守り抜かれた日々で輝いている。水晶湖に吹く風は柔く、頬を撫でていった。さぁこれからは大海の時。星々が輝く、夜の水晶湖に踊るような足音たちが重なった。

作者:秋月諒 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年4月7日
難度:易しい
参加:40人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 9/キャラが大事にされていた 0
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