黒き翼は桜と共に

作者:成瀬

 ある日の黄昏時のことだった。
 もう少しすれば宵闇が近付こうという頃、久遠・征夫(意地と鉄火の喧嘩囃子・e07214)は街の中心部から離れた広い道を一人歩いていた。道の両側には桜の木々が植えられ、今が見頃である。征夫はただ何となく足を止める。何か、落ち着かない。単なる気のせいだろうか。気付けば辺りには誰もいない。
 考えるより早く身体が動く。視線、だ。
 勢い良く振り返ると、一体のビルシャナがそこにはいた。二振りの刀を携え闇を閉じ込めたような黒い瞳を征夫に向けている。
「……お前は」
 何か、呟いているのが聞こえる。
 刀、優れた刀を。奪え奪い尽くせ。さすれば私が。私だけが。そんな言葉の欠片が辛うじて『マホロバ』の口から零れ落ちる。
 しかし征夫が何か問いかける前にぎらりと刀身が煌めいた。

「征夫が宿敵のデウスエクスに襲撃を受けると予知したの。連絡を取ろうとしたんだけど、どうしても繋がらなくて……征夫が無事なうちに救援に向かって欲しいの。皆の助けがあればきっと大丈夫だと信じてるわ」
 目的地は広い桜並木、周囲に人気もないので人払いは必要無いし増援の可能性も無いとミケは伝える。
「『マホロバ』は優れた刀を集め続ければ、使い手もまたいなくなる。やがて刀の道には自分しかいなくなる。そういう考えが底にあるようね。かといって言葉がまともに通じるわけもなし、撃破するしかないわ」
 指先で服の端をきゅっと掴み頭を下げ、ミケはケルベロスたちに助力を願う。
「征夫が危ないの。どうか力を貸して頂戴。……一刻の猶予も無いの」


参加者
マイ・カスタム(ゼロと呼ばれたカスタム・e00399)
ウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)
狼森・朔夜(迷い狗・e06190)
久遠・征夫(意地と鉄火の喧嘩囃子・e07214)
筐・恭志郎(白鞘・e19690)
尖・舞香(尖斗竜・e22446)
巽・清士朗(町長・e22683)
美津羽・光流(水妖・e29827)

■リプレイ


 桜並木。
 黄昏の風が一陣、さくらの花弁を舞い上げて通り抜けていく。
 昼でもなければ夜でもない。灯りが少なかった時代には仄暗い闇が迫るこの頃は魔と人が交じり合う刻とされてきた。曖昧な、刻。
 しかしこうして出会ってしまったからには、白黒はっきりさせなければならない。この物語の結末を。決着を。無論、久遠・征夫(意地と鉄火の喧嘩囃子・e07214)は、死ぬ気など毛頭ない。妖刀亀斬りをすらりと抜き、静かな瞳を『武具明妃マホロバ』へ向けていた。人に真剣を向けたのなら自分も斬られる覚悟を持てとは師の言葉、それは褪せることなく心の中に息づいている。今、この瞬間も。
「人間辞めて、師匠斬って、そこから得た高見の景色はどんなだい?」
 古傷にそっと指を這わせるような、この感情の名前は何というのだろう。
「戦え。私はお前に勝って欲しいものを得る。それだけだ」
「そんなものでしか、師匠を超えられなかったのか」
 マホロバは答えず、二振りの刀を征夫と似たように構える。或いはこの結末を、その答えとしようとしているようでもあった。


「久遠君!」
 マイ・カスタム(ゼロと呼ばれたカスタム・e00399)の声が、一人と一体の間に割って入る。
「剣士気取りのカラス風情が久遠君を狙うとは、覚悟はできてるんだろうね?」
 無事な姿を確認すると、マイは征夫を庇うよう前に立つ。
「人を斬ってまで選んだ道がそれなのか。ガチ勝負から逃げて、ライバル土俵から引きずり下ろして、てっぺん獲るってか」
 大したヘタレだと心の内でひとりごちる。己の生き方とあまりに違うマホロバを狼森・朔夜(迷い狗・e06190)は理解も同情もしない。それが朔夜の持つ眩しい程の強さ。
「征夫先輩、無事か?!」
 駆けつけた美津羽・光流(水妖・e29827)は間に合ったようだと安堵に短い息を吐く。
(「元同門で師匠の仇かいな、そりゃキツイわ」)
 なるべく精神的な負担をかけないようにと心に決め、目を閉じ意識的な呼吸をひとつ。光流が再び瞼を持ち上げた頃には、光流の纏う空気がぴりりと引き締まる。癒し手として加わったウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)は負傷具合を素早く確かめるが、どうやら戦闘前に到着できたようだ。
「詳しくはないけれど、刀は人を守る為の剣であり盾であると思う。でもあなたには、違ったんだね」
 ビルシャナになる前に助けられなかったのは悲しいこと。しかし辛いのはきっと征夫の方だろう。ウォーレンはそう思って、悲しみを口には出さず胸に秘めておくことにした。
「話は、それなりに聞かせてもらいました。剣を愉しめなくなった時点で、あなたは剣を捨てるべきでしたね……!」
 大好きな夕焼け空が力を与えてくれているように、尖・舞香(尖斗竜・e22446)には思えた。どのような風が渦巻いてしようとも、それが嵐であったとしても、その雨風に晒されながら立ち続けるのが武士の道。その力と輝きとは確かに舞香の内に秘められている。
「美と知略の星、妖星の名の元に、助太刀します」
 鋭く尖った尾を揺らし、舞香は戦場となるこの場に声を響かせた。
「何度も共闘した友との連携、あなたには崩せません」
 凛とした赤茶の瞳、その色が光の加減か感情に伴ってか色を増しているようにも見える。筐・恭志郎(白鞘・e19690)は小さく身を震わせた。恐怖の為ではない。守るべき者の為に持てる力を尽くす。シンプルでこれ以上無い程明確な意志が、身体中に力を巡らせる。恭志郎の左胸、心の臓が地獄の炎を吹き上げるのが分かった。だが不思議と、嫌な感じはしない。
「逢魔が時だ。知らず降魔と見えることもあろう――…巽清士朗、助太刀致す」
 最後にヘリオンから降り立った巽・清士朗(町長・e22683)が、刃物の如き鋭い眼差しでマホロバを射抜く。長い艷やかな漆黒の髪が、夕刻の風になびいた。
「良き刀の持ち主となろう者たちだ。良いだろう。全て奪えばそれだけ、私の強さは確かなものになる」
「あっちは間に合わんかったな。人間やめてもうたんなら、しゃあない。――やるで」
 飄々とした雰囲気は何処へやら。光流は淡々と、至極あっさりとそう言って戦いの始まりを告げる。
「異形化してなお己を失っているのか――…哀れなものよ」
 純粋な想いであったのだろうと清士朗は察する。だかにこそ狂気に陥ってしまったのだろうとも。しかしながら全ては手遅れ。
「疾く、眠らせてやるが情けか」
 たったひとつだけ、できることがあるとすれば。執念を断ち切り終わらせてやることだけだ。
「皆、来てくれてありがとうございます。……最後まで、頼みます。どんな結果になろうと、持てる力を全て出し尽くした結果なら。俺は受け入れる」
 マホロバの黒き翼が広げられ、羽ばたきが風を巻き起こす。風に混じり短剣のような羽が空気を裂いてウォーレンに向かい、肩や腕を深々し貫いていく。防具の守りがあってもこの初撃は決して軽くない。同時に黒き力が侵蝕するように、癒しの力を僅かに低下させる。間髪入れずもう一度、今度は紅蓮の炎が刀身に宿り生き物の如く火を揺らめかせた。大きく踏み込んでマホロバが斬り込むと、熱風混じりの衝撃波が前衛の四人に直撃する。ダメージの多少はあれど、全員避けるには至らない。
「夕闇を照らせ」
 ケルベロスの手番になるとウォーレンや恭志郎、朔夜を中心に攻撃防御の増強を狙い、清士朗が耐性や魔術的な力をそれぞれ高めていく。
「春くれば 星のくらいにかげみえて 雲居のはしに いづるたをやめ」
 片手に刀、もう片方の手には連なる鳥居を模した縛霊手。呼吸は長く、静かに。清士朗が成すのは『天真正伝鞍御守流 手弱女』。全身をセンサーと化し、あらゆる攻撃を見切ろうと感覚が研ぎ澄まされていく。
「やらせはしない。彼は、久遠君は。私たちの大切な……仲間なんだ」
 いつになくマイの声に熱や感情的なものが宿った。それに気付いた何人かが視線を向けた。掌底をマホロバの腹部に叩き込み、唇を引き締める。
 付き合いは長いというのに未だに下の名前で呼ばないのは、『久遠』の字面を酷く好ましいと思うがゆえ。仄かに灯った微熱は秘めた侭、ずっと傍にいられたらとは思うも、マイは未だ口に乗せる事はできないでいる。
 ペインキラーを使い痛みの感覚を遮断し、征夫は戦いに臨んでいた。炎に対するは月。緩い曲線を描き、斬撃は確かな手応えを手に伝えてくる。
「嫉妬や妬みをいくら重ねようと、本当の強さにはならない。それが分からないてめぇに、刀剣士を名乗る資格なんざねぇんだよ」
「戯言だ。勝てばそれが強さの証明になる。問答する時は過ぎた。殺してやるから大人しくしていろ」
「それこそ戯言だろうが。殺せるもんなら殺してみろってんだ」
「ううん、殺させないよ。……征君。君の死ぬところなんて、少しも想像できないんだ」
 柔らかな表情で恭志郎が微笑む。
「そうそう。死ぬには良い日ってくらいええ天気やねんけど。あかん。だーれも殺させへんよ」
 腕の前で波を描き光流が空間を切り裂く。
「西の果て、サイハテの海に逆巻く波よ。訪れて打て。此は現世と常世を分かつ汀なり」 冷たく仄暗い海水が溢れ、やがて荒れ狂う波となってマホロバを打ち据えた。朔夜から与えられた破剣の力を宿し、痛烈な一撃が足元が僅かにふらつく。
「くらえ!」
 素早く屈んで桜の小枝を拾い上げた朔夜は、強く握り込んで投擲する。命中した小枝は花と共に爆ぜ、激しい音を鳴らしながら音と閃光でマホロバの動きを阻害する。枝が散る。花が、散る。
 癒し手を狙った黒き羽を、舞香が身を挺して庇う。
「……っ、私がいます。大丈夫、目を開けてください」
 反射的に瞼を落としたウォーレンは、はっとして目の前の背中を見る。
「ありがとう、舞香さん。痛くない? 今度は僕が役目を果たすよ。……痛みが真珠に変わるように、涙が罪を雪ぐように――傷も恐れも躓きも、光の雨になるように」
 ウォーレンの上に雨が降る。
 あの日と同じか違うものか。天を仰ぎ濡れた身は痛みに同調し、掌には真珠色の光が生み出されるた。言葉通り、舞香へその光を投げかけ苦痛を和らげ傷を塞いでいく。戦場で時が止まることはない。仲間を、敵をよくよく見て状況を把握しようと努め、ダメージが偏っている味方へ重点的に回復をかけていく。広範囲に渡る攻撃も頻繁に仕掛けて来るせいで、その代わりウォーレンが攻撃を挟む余裕はあまりないようだ。


 二人のジャマーは上手く役割を分担し立ち回っていた。
 朔夜は足止めで動きを鈍らせ、戦闘直後に比べ大きく一行の命中率は上がっている。
「さて、根性見せるか、我が身可愛さに防戦に回るか。どっちを選ぶ?」
 桜の花弁が降り続く中、朔夜の持つハンマーに紅蓮の炎が宿る。
「いや違うよ。この炎は、情けないお前のなんかとは違う。よく味わえよ」
 獣の如く駆け出した朔夜が、片手に握ったハンマーを叩き潰す勢いで振り被り、そして打ち下ろす。避けようとマホロバは動くが反応が間に合わない。じわじわと身体を焼かれながらも、マホロバの狂気は止まらない。もう、止められないのだ。
「ナイスです、狼森さん。……そろそろ頃合いか。征君、援護するよ」
 ハンマーが引き戻されるとほぼ同時、次いで軽やかに九尾扇が振るわれた。持ち主恭志郎、征夫へ妖しく動く影を味方につけ魔術的な力を高める。
 すっと細めた瞳でマホロバが朔夜を睨みつける。刀で己の前方に文字を描き、己の身を包み込む薄い防御壁を展開させた。異常状態全てに対応する僅かな耐性を得るが――。
「それは既に予測済みや」
 ふざける様子もなくぼそりと呟いた光流が掌で螺旋の力を練り始める。凍てつく氷の螺旋を放ち、防護壁の持つ守護を破剣の力で綺麗さっぱり打ち消す。ぱりん、と硝子の割れるような音が響いた。
「俺の刀は我流やねん。道も何もあらへん」
「……まるで一つの生き物のようだな」
 連携の取れた動きを評してマホロバが小さく零す。炎に腕を焼かれながらも刀は決して手放さず、後列へ向けて紅蓮の炎を放つ。だが届かない。マイは光流を、清士朗がウォーレンを庇うことができた。半歩身体をずらし鎧の厚くなった部分に攻撃を当てさせる。
「町長、平気?」
「問題無い。我が身に受けた炎も今は蝋燭の火が如しよ。引き続き回復と支援にまわる」
 中衛の二人へと、清士朗が紙兵散布で更に耐性を。その紙は龍にも似て、呪や炎を食い尽くそうと味方のまわりを飛び回る。
 手厚い支援に回復、守りの手は万全。クラッシャー一人であっても、少しだけ時間をかけて確実にじわじわと危なげなく、ケルベロスたちは戦いの主導権を取り推し進めていた。
(「やっぱり、この状況でも逃走はしないか」)
 念の為と警戒していたマイが表情を引き締める。まだ何も終わっていない。敵が一人であっても、油断はならないとこれまでの経験で悟っていた。
 その時。
 薄くマホロバの血に濡れた羽が放たれ、征夫の体躯を容赦なく貫いた。深い色をした紫の瞳が見開かれる。
「征!」
 叫ばれたその声を、征夫は妙に冷静にいつもと違う呼び方だと理解する。大丈夫。赤茶の瞳の彼にそう応えるよう踏みとどまり宿敵『武具明妃マホロバ』と対峙する。
 肩口に突き刺さった羽を僅かに眉を寄せて抜き取り無造作に捨てた。
「自らを刀にするのが刀剣士、刀にこだわり過ぎてそれを忘んじゃねえよ」
 見ればマホロバは傷だらけで、立っているのがやっと。己ではもう止まることなど出来はしないのだ。そう、成ってしまったのだから。
「刀を極めし者は自らも刀と化す……無刀っ!」
 久遠・極の太刀。広げた翼が巨大な刃の如く、最後に残った力を削り取る。
 ゆっくりと崩れるマホロバへ喧嘩屋が囁いたその言葉は、仲間の耳へは届かなかった。


「人も降魔も死ねば神――…寿ぎ申し上げる」
 二礼二拍一礼し、清士朗は暫く目を閉じる。そうしてぽんと軽く、別門である恭志郎の肩を叩いて労う。
「優れた刀は人を活かす、駆けつけた皆もそう……『優れた刀』が7振だったね。奪われなくて良かった」
 己をカウントしないウォーレンに、狂い咲く桜を見上げていた舞香が振り返って微笑みかける。
「何と、美しい……。桜もですが、この場所に集まった刀もです。……私は8本あると思ってますけど」
 その言葉を受けて恭志郎が、8振目とウォーレンの肩をぺしりと叩く。
 己も刀剣士の道に在る者として思うのだ。剣の道だけが強さではないと。己の全てを使った戦い方でそれを友は知らしめてくれた。あの時一欠片の意志が生を望んでいなかったなら、こんな風に誇りに思う友を得られはしなかっただろう。
「身内がもう変なのに利用されないよう、ついでにマホロバも連れて行って貰うようにお参りしてきます」
 仲間に再度感謝を述べると征夫は桜の道の先、師の墓へ行くと皆に告げた。
 朔夜たちはその背中を見送り、桜を眺めながらその場で帰りを待つことにした。
「うん、わかった。いってらっしゃい。……ちゃんと、帰って来るんだよ」
 マホロバを倒した後もしやと思ってマイは探してみたが、奪った刀を見つけることは残念ながらできなかった。
 空を見上げる者が二人、決して長い時間ではない。そうして視線が合うとたっぷり三秒ほど互いに沈黙する。先に視線を外したのは光流の方だった。
「あー、いや。もしかしたら夜辺り雨降るかもしれへんなーなんて。桜か……ほんま綺麗やね。怖いくらいやな」
「……かもしれないねー。桜、怖い? 攫われないようにね?」
(「俺を攫うようなもの好きな桜はおらへんて」)
 ウォーレンに見惚れていたとはまさか、口に出せるわけもない。二人共に抱くのは『水』と『化』の糸。互いに何を言うでもなく何に気付くでもないがこの『縁』は、さて――。

作者:成瀬 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年4月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 2
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